「うぁ〜〜……」

 ようやく村に戻ったアビスは大欠伸おおあくびをかきながら自分の家のベッドにその身を投げ出す。

 見てるだけで危険極まりないあの連中とのリオレイアとの戦い。
 そして、再び現れた殺人ハンター。そして、救出するも、突然殴ってきたミレイ。

 ただでさえ深緑竜しんりょくりゅうの討伐だけで体力を使い果たしていたのだから、もう今日はきっと彼はまず外に出る事は無いだろう。

 外は既に太陽が沈み、闇がこの大地を支配する。しかし、全てのハンターがこの闇に従い、眠りに入る訳では無い。

 この時間から酒場で仲間同士で飲む者、また、同じく酒場で狩猟の手続きをし、闇が支配する狩場へと足を運ぶ者もいるのである。

 しかし、アビスにとってはもう夜は夜そのものである。疲れきった体ではもう闇の世界を歩き回るのはもう不可能であろう。

 瞼が徐々に重くなり、同時に全身に倦怠感が走る。自由に動かない手を何とか動かして防具を脱ぎ捨て、それをしまいもせず、そのまま床に放置したまま、ベッドに倒れ込んだ。



「疲れた……もう無理……」

 アビスはうつ伏せになりながら枕に顔を押し当てる。そして数分、意識が完全に睡魔に取り付かれるその時、睡眠を邪魔するかのようにドアからノックの音が聞こえた。

「誰だ……、こんな時間に……」

 夜にしてはまだ遅い時間では無いのだが、今のアビスにとっては既に夜中のようなものだ。

 本当ならばそのままノックをする者を迎えないでそのまま寝てしまいたいと思っていた。だが、今は実際にはまだ睡眠の段階には至っておらず、一応起きてはいる為、嫌々ながらもドアへ近づく。

「あれ? 村長。どうしたの? こんな夜に……うわぁ〜……」

 ドアの前に立っていたのはこの村の村長だ。アビスは大欠伸をかきながら目を擦った。

「寝てる所を邪魔して悪かったかな?」

 欠伸をかいて涙を拭いているアビスの様子を見て村長は睡眠――実際はこれから寝ようとしていた所――を邪魔した事に対し、やや淡々とした態度で詫びる。

 普通ならば人が寝ている所を無理に起こした場合は、それ相応の詫びをし、そして用事を次の日に持ち越すであろう。よほど急な用事では無い限り。それに、まだ遅いとは言い難いが、人間達が眠りにつく一般的な時間帯、夜なのだから。

 だが、村長にはそのような様子はあまり感じられない。逆に、何か重要な物を持っているような、そのような雰囲気が感じられるかもしれない。



「いや、いいよ。まだ寝てた訳じゃなかったから。とりあえず中入ってよ」

 村長はアビスにとっては一応目上に当たる存在だ。わざわざ自宅にまでやってくると言う事は何か大事な話でもあるのかもしれない。そう思ったアビスは眠気を理由に村長を追い払おうとせず、自室の中央に置かれたテーブルへと案内する。

「んで、村長。なんか話あんの?」

 アビスはある程度自分が眠いという事を外に漏らさないように振舞ってはいるが、やはりどこか眠たそうである。



「今のハンターとしての生活はどうだい? 何か不安があったり、物足りないとか、そんな心境に見舞われた事は無かったかい?」

 突然ハンター業の話をし出す村長。だが、ハンターが生業であるのが一般的なこの村では重要な話と言えばそれしか無いのかもしれない。

「ん〜そうだなあ、別になんかやばい事があっても俺はいつも上手く切り抜けてきた事だし、それに何か足りないと言えば……いや、別にそんな事意識した事無いから、分かんないよ」

 今までアビスがやってきた狩猟が今、彼自身の頭に過る。

 青鳥竜せいちょうりゅうから鱗を剥ぎ取っている最中、黄甲蜂おうこうほうに背後から刺され、麻痺で倒れている最中に偶然通りかかった猫人びょうじん輸送隊にキャンプ場へ運んでもらった事。

 砂泳竜さえいりゅうを何とか砂から音爆弾で引き摺りだそうと、勢い良く投げつけたが、間違ってペイントボールを投げてしまい、結局逃げられてしまった事。

 翠牙竜すいがりゅうおさを充分に弱らせ、予め仕掛けておいた捕獲用の麻痺罠に見事引っ掛け、いざ捕獲しようと捕獲用麻酔弾を投げたつもりが、また間違ってペイントボールを投げてしまい、あたふたしてる間に罠が壊れ、結局討伐難を逃れた事。

 蜂の巣の下に零れ落ちているハチミツを採取している最中、いきなり上空に空の王者である通称火竜と呼ばれる飛竜が現れ、慌てて岩陰に隠れ、火竜に見つからないよう、ずっと震えながら隠れ続けていた事。

 あげれば切りが無い今までの狩猟の思い出が次々と浮かんでくる。

 だが、今アビスはここにいる。理由は明白である。これらのピンチは全てアビス自身、或いは何らかの外部の力で回避出来ていたからである。

 ハンターの世界ではピンチという言葉は命と密接な関係を持つと言っても過言では無い。どこからともなく、或いはハンターの何らかの行動でやってくる予測不可能な危機は、それを瞬時に解決出来ない未熟者のハンターを黄泉よみの国へと送り届ける。



「なるほどねえ」

 明らかに「自分は大丈夫だ」みたいな事しか言わないアビスであるが、それを聞いて村長はただ頷くだけであった。

「んでさあ、それが何かあったの?」

 いまいち村長が何を伝えたいのか、アビスにはよく分からなかった。



「ここら辺の村じゃああまりハンター達が集まらないから、結局ここでの狩猟で学べる事と言ったら、ただの狩猟の方法だけだろう? それに……」

 その後、村長は狩猟と、そして仲間について長々と、そして真剣にアビスに話し出した。

 単独での行動では全ての状況を全て自分1人で解決しなければいけない。それはそれで狩猟そのものの能力は向上するかもしれない。

 しかし、ハンターが相手にしているものは、強大な力を持つモンスターだ。特に大型の種に属する飛竜がその気になれば、噛み殺すのも、蹴り殺すのも、或いはその巨体を投げ出して圧殺するのも非常に容易い事だ。

 それにこの村の周辺はモンスターが少なく、何体ものモンスターをいっぺんに相手にすると言った事態はまずあり得ない。

 だが、村の向こうの世界にはこの村が受付しているクエストとは比べ物にならないくらいの過酷な世界が広がっている。

 数で襲われれば人間は強大なモンスター相手に為す術も無くなるであろうし、1対1でも、もし人間側が負傷すれば息が残っていたとしても逃げる術が無くなり、そのまま餌と化するのがオチだろう。

 その時に大きな助けとなるのが、間違い無く仲間であろう。自身の背中を守ってもらえる事は、どれほど心強い事か。通常全方向を常に細見出来ない人間――飛竜も恐らく同じだろうが――は背後からの攻撃が一番問題視される事である。

 纏めて相手にしているハンターにとって死角からの襲撃は極めておぞましい事だ。数を相手にしている場合はどうしても目の前のモンスターばかりに気を取られがちだ。それが小型のモンスターならまだいいかもしれない。

 しかし、一撃必殺の能力を誇る飛竜に囲まれれば視界からその飛竜がいなくなると同時にどこから攻められるか把握が難しくなる、或いは出来なくなる。それは同時に、死の宣告を受ける事にもなるのだ。

 仲間の存在によって死角を消せるだけでは無く、大型のモンスター相手に1人だけで戦っていては、体力にも不安が残るはずである。
それも仲間達と協力し合う事によって十分カバー出来るものだ。

 助けられても決してそれは恥とは言えない。助けられたら後で助ければいいだけの話だ。


「確かに今までは殆ど1対1で戦ってたさ。たまにちっちゃいモンスターどもの邪魔もあったけど……。でも……やっぱり仲間無しじゃあ、いつかは俺も……終わっちゃうのかなぁ」

 村長の長く、そして現実的な話を聞き終えたアビスは、もし自分が単独での狩猟をしている際に負傷してそのまま帰れなくなったら……と想像し、自分の最期の姿が頭に浮かんだ。

「君にはもうちょっと世界の広さを知ってもらいたい。そしてこの村の外で色んな仲間と出会って、もっとハンターとしての自信をつけてもらいたい」

「だとしたら俺はこの後どうしたらいいのさあ?」

「アーカサスの街は知ってるか?」

 突然村長の口から出た村から遠く離れた地方にある街、アーカサス。ここ、ドルンの村とは比べ物にならない規模を誇り、その人口も『街』と『村』では比べ物にならない。

 ハンター業も非常に盛んであり、飛竜達の情報の中心地と言っても過言では無いくらいのクエストが揃っており、各方面からは腕自慢のハンター達がその強大な力を持つ飛竜を狩猟しようと、その街へとやってくる。

 熟練したハンターにとってはその街はある意味聖地とも呼べる。


「あぁ、知ってるよ。確かあのでっかい街だよな?」

「そうさ、今度そこに移住してハンターの本当の世界を見てみるのはどうだ? きっと君のためになると思うぞ」

「いや……行くのは俺もいいとは思うんだけど……ちょっと……皆と離れるのはちょっとなぁ……」

 これから離れるであろうこの村の者達が頭に過ぎる。

 いつも酒場で笑顔でクエストを提供してくれていたメイド。

 ハンターに欠かせない鶴嘴つるはしや素材玉等を比較的安価な価格で提供してくれた道具屋の兄さん。

 アビスがハンターになるまでの間、厳格ながらも様々な狩猟の心得を教えてくれた教官。

 その他の村の人達の想い出が、村を出るのを邪魔するような、少し哀愁を帯びた感覚を覚える。


「何も永遠の別れって訳じゃないだろう? 寂しくなったらいつでも帰ってくればいいんだから」

「……あぁ。ちょっと考えてみるよ」


 決心したかのように少し下がっていた目線を村長へと戻した。

「その意気だ。後、それと明日の事だけど、確か明日はヒルトップの雪山に行くって言ってたよな?」

「あぁ、そうだけど?」

「実は君に助っ人がつく事になったんだよ」

「助っ人?」

 突然のその言葉にアビスは首をかしげる。


「そうだよ、オイラが今日頼み込んだんだけど、その人はフローリックって言ってこの村じゃあもう一流のハンターだ。彼と一緒に明日雪山に行ってみないか? 彼ならきっと君にいいアドバイスを出来ると思うから。」

「助っ人かぁ、分かったよ、じゃあ明日ね」

 アビスはさっきまで眠気を殺して話を聞いていたが、ここに来て一気に眠気が復活した。睡魔のせいでアビスはその助っ人に対してあまり深く考えず、話を終わらせようとした。

「そろそろ限界かな? それじゃ、オイラもそろそろ」

 村長がドアを開け、そしてドアを閉める前に既にアビスはベッドに沈み込み、そして今度こそ完全に睡魔に取り付かれた。

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