次の日の朝、早速アビスは酒場へと向かう。道具屋で幾つかのホットドリンクを買って。ホットドリンクは寒冷地帯で冷え込む身体に暖かさを提供する為に作られた薬剤である。

「昨日言ってたフローリックって人、どこにいんだろう? 昨日眠かったからちゃんと聞いてなかったし……」

 アビスは少しだけ昨日の事を後悔していた。眠気に負けてフローリックの事をちゃんと聞かなかった為に彼がどのような外見なのか、どこで待っているのかと言う肝心な事が分からず、今日になって焦る。何気に性別も分からない。

 酒場に到着するも、目的の人が分からなければ、声をかけるのも難しい。朝から飲んでいる者もいれば、仲間同士で何か打ち合わせをしている者達もいる。だが、誰が目的の人かは、分からない。

 どうせならここでフローリックの名をあげ、その人に直接出てきてもらおうと言う考えも浮かんだが、アビスにはそんな度胸はあまり無い。慣れた村での生活とは言え、まだそれは厳しいかもしれない。


「あのぉ〜すいません……」

 アビスは受付のメイドに申し訳無さそうに小さめな声で訪ねようとした。

「何かありました?」

 メイドは慣れた笑顔でアビスに問う。

「実は、ある人探してんですけど、フローリックって人、どんな人か知ってますか?」


「あ、はい、その人でしたら――」
「それってオレん事じゃねえのか?」

 メイドがその目的の人が今どこにいるかをアビスに伝えようとした瞬間だった。カウンター越しにいるメイドに尋ねたアビスの隣にいる樽製のグラスを持ったままアビスを睨みつける。

 アビスはすぐにその男に目をやった。低く張りのある声に、金髪の短髪、特にこれと言った特徴の無い黒い半袖シャツ、そして他者の言う事に対して素直に「はい」と言わなさそうな死んだ魚のような目をしている。

「多分、お前がアビスだろ? 昨日村長からアビスって奴と一緒に行けって言われたからここで待ってたんだよ」

 アビスはフローリックを知らなくとも、フローリックはアビスの事は知っていた。村長からは髪の色や顔立ちを予め聞かされていたが、それ以前に数年前鋼龍に破れたゼノンの弟と言う事でこの村でアビスの名を知らない者はいない。

 どうやらアビスはこのフローリックと言う非常に性格の悪そうな男をずっと待たせていたらしい。


「そうだけど……えっと、今日は雪山に行くんだけど、一緒について来てくれるって本当なの?」

「今言ったろ? なんか村長がお前と行け行けって煩くてなあ、特別に付いてってやる事にしたぜ。オレもちょっとやりてぇ事あってな」

 やる気の無さそうな目つきは相変わらずで、面倒そうに村長に言われた事を話した。


「やりたい事って?」

「オレの太刀だよ。電気袋があと1個ありゃあもっと強化出来んかんなあ」

 あまり細かく話さず、要点だけを言うフローリック。アビスもそれがどう言う意味なのかあまりよく分からなかったが、とりあえず電気袋を欲している事だけは分かった。


「これから狩りに行くモンスターって…何?」

柔白竜じゅうはくりゅうだ。あの白くて気持ち悪りぃ奴、いんだろ?」

 柔白竜じゅうはくりゅうとは、真っ白い胴体に、ひるのような頭部を持つ飛竜である。目も無く、耳も無く、視覚や聴覚が全く発達していない代わりに非常に嗅覚が発達したモンスターであり、獲物から放たれる臭いを元に獲物を性格に仕留める。


「じゅう……白竜? 俺まだ見た事無いんだよなぁ……」

 見た事も聞いた事も無いモンスターをこれから討伐しに行く為、アビスは少しばかり恐怖を覚えた。一体どんな攻撃をしてくるのか、飛竜はそれぞれ個性的で尚且つ一撃で死に追いやる攻撃手段を持つ。予めそれを予測していなければこの地を生き抜くのは難しい。

「何ビビッてんだよ? 誰だって初めて見るって経験ぐらいあんだろ? 初めてだからってビビッってねえで、ちゃんと相手見て、そんでどうやって戦うか考えんのが、ハンターってもんだろ?」

「まあ、そうだけど……」

 フローリックは一度自宅へ戻り、風圧に耐えられるよう、脚部に重みを置いて作られた双角竜の装備、そして愛用の太刀、斬破刀を持ち、アビスと共に雪山へと向かう。

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