小舟がやがて極寒地獄、ヒルトップの雪山へと到着する。ふもとは緑溢れる穏やかな平地であるが、すぐ上を見上げれば真っ白い雪がその巨大な山を覆い尽くしている。

「うわぁ……寒そう……」

 アビスはただ思った事を、そのまま口に出した。

「所で、念の為聞いとくが、まさかお前、ホットドリンク忘れたってこたぁねえだろうなぁ? 返答次第じゃあお前、あん中突き落としてやっからなぁ」

 フローリックは眉間に皺を寄せて隣でただ呆然と雪山を眺めるアビスに訪ねた。すぐ背後に映る、湖に親指を向けて。


「そんな訳無いだろ? ほら、ちゃんと。」

 アビスは左手を必至で顔の前で振りながらポーチから赤い液体の入ったビンを皺を寄せているフローリックに見せつけた。

「良かったぜ、流石のお前でも忘れもんだけはしねぇみてぇだなあ。でもたまにいんだよなあ」

 突然フローリックは溜息を吐きながら歩き出した。アビスも隣をついて行く。


「普通雪山っつったら誰だって最初は飛竜とかそう言うの以前に目茶寒みぃとこだって思うだろ?」

「あぁ、そう……だよね」

 やる気の無さそうな目とは対照的に、何か苛々感を持ったその声色。アビスは少しこの男を怖く感じる。


「なのによ、たまにいんだよ、ホットドリンク忘れてくるボケが。そう言う奴見るとオレぜってぇ飛び蹴りかましたくなんだよなあ」

 2人は麓にぽっかりと開いた雪山の山頂へと続く洞窟へと足を踏み入れる。そして、2人は持参したホットドリンクを飲み干し、空になったビンを足元に捨て、周りの雪を足で集めながらビンを埋める。

 体内に吸収されたホットドリンクは、内側から皮膚を温め、外気による皮膚の低温化を防ぐ。但し、保温効果が強すぎると体内の損傷を招く為、ホットドリンクは熟練した職人によって作られる。

「別にそこまでしなくても……」

 確かに命をかけて戦うであろうハンターが、忘れ物と言う心の油断をするものでは無いだろう。だが、アビスはまだまだ子供、と言う歳では無いが、少年であり、まだそこまできつい考えを持つ年頃では無い。

 フローリックの飛び蹴りを喰らった被害者が頭に浮かぶ。



「いんだって。準備も出来ねぇ奴が飛竜ぶちのめすなんて無理な話なんだし。所で、お前、昨日村長からドンドルマの街の事話されたっぽいな」

 忘れ物をするハンターに対する制裁の話から、今度は前日の夜村長から聞いたドンドルマの話へと変わった。

「うん、そうだけど……。なんか村だけじゃあ本当に強いハンターにはなれないとか……仲間が作れないとか……。その他諸々ってとこかな?」


「やっぱそう言う話か。確かにそうだよなあ、あんなちっこい村じゃあロクに強えぇ飛竜も出て来ねぇし、それにハンター自体も少ねぇから仲間とかって話じゃねえよな。」

「だから……村長は俺にもっとデカイ街に行くように言ったのかなあ……」

「実際オレら以外にも昔は結構色んなハンターあの村にいたんだぜ。でも皆どんどん力つけて、んでもうこの村じゃあ充分過ぎるって理由でどんどん周辺の街とかに引っ越したりしてそこで新しいハンターライフ送ってるって話だ。」

 いつの間にか、フローリックからやる気の見えない表情が僅かだけであるが、消えていた。


「なるほど……。あのさあ、俺ってさあ、これから先ちゃんと仲間とか作れるのかなあって……ちょっと不安になるんだけど……」

「お前、それ人に聞くもんじゃねえだろう」

 またフローリックは溜息を吐きだした。


「あれ? 俺なんか変な事聞いたかなぁ」

「『変な事聞いたかなぁ』じゃねえよ。仲間出来ねぇ出来ねぇって思ってたらなあ、出来るもんも出来なくなるぞ。」

「あぁ……」

 ただ気の無い返事をする事しか、アビスには出来なかった。


「これからどっかでひょっとしたら誰か別のハンターに会う事だってあんだろうし、或いは今みてぇになんかの成り行きで一緒におんなじモンスター討伐しに行く事だってあんだろうし、そう言うチャンス自分で見つけて仲間ってもん手に入れるんだろうが」

「あぁ……そうだよね」

「黙ってたって仲間ってのはぜってぇ集まんねえぜ。どうしても欲しいってんなら、自分で行動起こさねぇとな」

「例えば?」

「だからなあ……」

 たった今自分で見つける事が必要だと言った矢先にこれである。アビスには今、どのように仲間を見つければいいのか、いまいちよく分かっていないのかもしれない。ただ、その聞き方は少し考え直した方が良いかもしれないが。


「……まあいいや、例えばだなあ、こんな場面、想像してみろ。ある女のハンターが凶暴なモンスターに襲われてる」

 なんで女? とふと気付くが、その時一瞬アビスはふとした事を思い出したが、そのまま黙っていた。

「そこにお前が颯爽と現れて、そいつを一旦助ける。んでその後にどっかに逃げた先で色々とそのモンスターをどう倒すか作戦を立てて、一緒に強力して、そして最後は何時の間にか仲間としての友情が芽生える……って感じだな。まあ極端だけどな」

「やっぱりそれって……」

「まあ、最後の方でイテェ事言っちまったかもしんねぇが、あくまでもお前に対するアドバイスだからなあ。こんぐれぇはしゃあねえよな」

「そうじゃなくってさあ……実は昨日なんか似たような事があってさあ……」

 昨日のあの出来事と、今のフローリックの例え話、この2つにはアビスにとって妙に重なる部分があり、それを今話そうとする。


「さあて、そろそろ喋りながらの洞窟探検もおしめぇってとこだなあ。外も白いし、あいつも白いから、油断してたらすぐぶっ飛ばされっかもしんねえから、洞窟出たらすぐ周り、見ろよ」

 元々話を最初に持ち出してきたのはフローリックだ。そして本人がこれから戦うであろう柔白竜が洞窟の外で待ち構えているだろうと、やる気の無いように見える目を鋭くさせる。最も、他者から見ればいつも通りの目にしか見えないのだが。

 最初に話し出したのはそっちだろ? と心の中で呟きながらもアビスもバインドファングを構え、これからまだ見ぬ飛竜に備える。

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