「さっすがに山頂ってとこだな……。ホントにホットドリンク効いてんのか? まさか不良品ってこたぁねぇよな?」

 ホットドリンクによって体は温められているとは言え、洞窟内と山頂ではその寒さは比較出来るものでは無い。温まった皮膚越しに体内へと染みるその冷気に思わずフローリックは両手で自身の体を包む。

「そうだ、あいつ、探すんじゃなかったの?」

 周りを見ろと最初に言ってきたフローリックが今は寒さに身を震わせ、ロクに周囲の危機を確かめていないのである。

 アビスは寒くないのだろうか。フローリックと違い、寒がる様子を見せない。


「分かってるや、うっせぇなぁ」

 極寒の地で平然とするアビスを睨みつける。なんだかアビスと一時的に上下関係が逆になったような気分になり、腹を立てたのだろう。

「怒んなくたって……。でも上になんか変な物見えんだけど……」

 するとアビスは洞窟の入口のすぐ上を見ながらそこへ指を指し、フローリックの方を向いた。


「なんだよ、ただの雪のかたま……って……おい……」

 フローリックがアビスの指に沿って目線を徐々に上に向けていく。そこに映っていたのは、塊にしては微妙に赤い筋を帯びたやや気持ちの悪い物体であり、そして、雪で塗れてよく分からないが、何かが2人に向かって伸びてきた。

「逃げろ!」

「うわっ! 何すん……」

 フローリックは細い目を大きく開き、アビスを思いっきり突き飛ばし、フローリック自身はアビスが飛ばされた方向と逆の方向へとその体を投げた。

 突然叫ばれ、突き飛ばされたアビスは何が何だか分からなかったが、飛ばされた理由はフローリックが叫び出して1秒も経たない内に理解した。

 その妙な塊が伸び出し、同時に牙を剥き出しにしながら2人がさっきまで立っていた雪の積もった地面に突き刺さったからだ。まるでハンマーでも叩き付けたかのような迫力だ。非常に僅かに弾力性を感じさせる轟音と共にその伸びた何かは再び塊の元へと戻っていく。



「うわわわ…何だよ!? あれ!?」

 アビスはその伸びた得体の知れない何かを見ると同時に今まで感じた事の無い恐怖、そして、薄気味悪い感覚を覚える。

「へっ……待ち伏せしてたのか?アビス、あいつが例のあの……」

柔白竜じゅうはくりゅう、だろ?」

「そうだ、見た目はただの糞デブだけどあんま近づき過ぎてたら電撃食らって偉い事んなっからなあ、気ぃつけろよ!」

 未だに入口の上に張り付いている白い皮の飛竜、柔白竜を見上げながら武器を持ちながら後ずさる。

 そして柔白竜はその肥大化した大柄で少しゴツい体とは対照的に、極めて高い音程の鳴き声で軽く鳴きながらアビス達目掛けて飛び降りる。

 完全に落下する場所を見極めていた2人に簡単に避けられたその体は腹部から力強く雪に塗れた大地に叩きつけられる。しかし、その程度で損傷するほど柔白竜の胴体は脆くは無い。完全に無傷に等しい。



「なぁ、フローリック。あいつ、目、無いけどちゃんと見えてんのかなあ?」

 起き上がり、次の攻撃に入ろうとする柔白竜の胴体から不気味に伸びる頭部を見てある点に気付き、呑気に傍らの仲間に尋ねる。

 通常の生物になら必ず備わっているであろう、眼が見当たらない、いや、それそのものが存在しないのである。

 目の無い世界を味わった事すら、いや、そもそもそれ自体想像した事は、アビスは無いであろう。

「あいつかぁ、あいつはなぁ、見て判断じゃなくてなぁ、相手のにおいとかで判断するんだよ。まあ、鼻の穴もどこにあっか分かんねぇけどなあ」

 嗅覚で周囲を頭の中に取り入れるとしたら確実に鼻と言う器官が必要であるだろうが、実際の柔白竜の頭部を見てもただ両端が広がった口が映っているだけである。鼻らしき器官はどこにも見当たらない。

 最も、2人がそれを調べる気等、少しも無いのだが。

 言い切ったフローリックは、雪の上に腹から落ちた柔白竜目掛けて自慢の太刀、斬破刀を掠らせるように斬り付けた。斬られた脚部に僅かながら傷が入り、同時に僅かながら血も流れ出る。



 太刀の最大の特徴と言えば、そのリーチ、そしてそのリーチに似合わない軽快な手数。手数は片手剣には及ばないが、その非常に長いリーチを生かし、自身を囲んだ小型のモンスターを一気に斬り倒すのに非常に適した作りとなっている。

 小型モンスターに限らず、大型モンスター、飛竜との戦いでもその長いリーチは非常に強い武器となる。

 ある程度軽量な作りになっている為、飛竜相手にすれ違うように素早く斬りつける事が可能であり、また、その長く鋭く尖った切先を使い、胴体を貫通させる事だって可能である。

 だが、逆に言えば掠らせるように斬らせなければ、太刀を使いこなすのは不可能に近い。長いリーチはやや大剣と似た部分があるが、大剣との大きな違いは、その刃の薄さである。

 薄い分、破壊力も大剣をベースに作られているとは言え、大剣と比べて非常に低い。その為、大剣のように直接叩きつけるように使えばその細い刃が飛竜の体内を守る鱗や甲殻の強度に耐え切れず、そのまま跳ね返され、逆に相手に大きな隙を与える事となる。

 逆に大剣のその分厚く、そしてハンター自身の動きをも縛り付ける重量を誇る刃ならばその叩き付けによって飛竜の甲殻や皮ごと粉々に出来る可能性は充分持っているのだが。

 小型のモンスターであればそのまま一刀両断するのも可能であるだろう。小型だけあって殆どのそれに該当するモンスターは自身を守る為の殻や皮の発達が未熟である為に簡単に仕留められる。

 だが、大型の飛竜であれば硬度が遥かに上である。太刀のその迫力ある刃、リーチから、未熟者のハンターは実際に太刀が持つ能力以上の能力を頭の中で作り上げてしまう。

 一気に斬り付けようと叩きつけ、そのまま撥ね返され、場合によっては太刀そのものがハンターの手元から離れ、そして手持無沙汰と化した未熟者へ飛竜からの制裁を受け、そのまま憧れた武器と共に昇天する者も意外と多いのである

 仮に得物が手元に残ったままだとしてもまともな使い方を知らないハンターは容赦無く地獄送りとされる。

 その為、太刀を扱うハンターはそのデリケートな作りの刃を絶対に叩きつけるように扱ったりはしない。すれ違うように斬れるのでは無く、そのように扱わなければ到底扱えるものでは無いのである。


「そう言えばこいつ、においで動いてるって言ってたよねぇ?」

 一体戦いの最中に何を感じたのだろうか。アビスは剣の手を休めず、いつものややのんびりしたテンションで尋ねる。

 柔白竜の付近で胴体や脚部を斬りつけてくるアビスやフローリックを跳ね飛ばそうと、柔白竜はその頼りなさ気な細く短めな尻尾を振り回すが、相当上部に位置しており、尚且つ尻尾自体に柔軟性も無く、思うように2人に当てられず、簡単に避けられてしまう。

「あぁ? さっき言ったじゃねえかよ」

 鮮血の付いた太刀を払いながらフローリックは面倒そうにアビスを睨みつけた後、柔白竜に向きなおす。



「それがなんかしたのか?」

 柔白竜に対する斬撃を止めずにアビスに言う。

 横から抉るようにしてフローリックに噛み付こうと、柔白竜の大きな口が迫るが、それを余裕気にかわし、そして再び近づき、太刀の斬撃を浴びせる。

「やっぱり目が見えないとあんまり早く動けないみたいだよ?」

「はぁ? そんなもん見りゃ分かるだろうが。何聞いてんだよお前。いいから攻撃してろや」

 柔白竜は嗅覚を頼りに、それを視覚代わりとして動き回る飛竜だ。その能力は他の飛竜には無い、極めて個性的且つ非常に高性能とも言えるものだ。

 だが、それが決定的な弱点とも言える。元々の意味での視覚、即ち、眼を使って動き回る飛竜より明らかにその動きは鈍重である。

 誰がどう見てもとてもその動きを俊敏、とまでは行かなくても、速いと思う者はまずいないだろう。

 臭いだけでは常に動き回っているであろう、ハンターの居場所や動作を完全に、正確に突き止めるのは無理に近いのかもしれない。

 やはり、今自分が立っている空間をハッキリと映し出せる究極のアイテムと言うのは、やはり『視覚』なのかもしれない。

 フローリックはさっきまでのようにアビスを睨みつける。太刀の攻撃を止めずに。



「でもさあ、あいつ、凄い鼻が利くんだよねぇ?」

「だからさっき言ったじゃねえか。余裕ぶっこいでねえで、真面目にやれっつうの」

 続け様に喋り続けるアビスに対して元々細く、鋭い目をさらに鋭くして睨みつける。

 すぐ間近で斬撃を行う2人に再び尻尾を振り回すものの、その攻撃は思うように2人には当らない。

 フローリックにとっての無駄話をしながらも、アビスは片手に持ったデスパライズで徐々に柔白竜のブヨブヨした皮に傷をつけ、同時に麻痺毒を送り込んでいる。



「だとしたら凄い臭いってのぶつけてみたらどうかなぁ?」

「何だって?」

 さっきまでアビスを突き放すような言葉を投げ飛ばしていたフローリックは、それを聞いて僅かではあるが、それに関心を覚える。

 アビスはデスパライズで柔白竜を斬りつける動作を止めずにその激臭と言う名に該当する道具の名を出した。



「えっと……例えばさあ、こやし……玉……とか」

「あのメッチャくせぇ玉だな。っつうか例えばって……あんなメッチャくせぇヤツ放つもんってあれしか無かったんじゃねえのか?」

「そうだったかなぁ?」

 柔白竜は自身の胴体をたった今傷つけたフローリックの方へやや遅いスピードで向き直し、その柔軟性に優れた首を勢い良く前方、即ちフローリック目がけて突き放つ。



「おっと、所で、それ今使おうって考えたのか? 使うんだったら間違ってもオレの真ん前で投げんじゃねえぞ。分かってんよな? そんぐれぇ」

 柔白竜の迫ってくる口を軽々しく避けた後、アビスに絶対忠告を告げる。

 こやし玉を使う目的は当然柔白竜であるのだが、今はアビスもフローリックも柔白竜の間近に立っている為、これだけの至近距離で投げれば確実に柔白竜以外の者もその悪臭の餌食となるだろう。

 今のアビスもフローリックにとっては一応今は仲間同士である。仲間の道具の使い方のミスによって精神的打撃を受けるのはいかに苦しい事で、尚且つ腹立たしく、悲しい事か。

「いや、俺は持ってないんだけど……フローリックは持ってるんだよね?」

「は?」

 さっきまでこれから作戦を実行するみたいな事を言い続けていたアビスだが、ここで突然その実行に使うべき道具が無いと言い出したのだ。フローリックは呆然の顔を見せるが、それも無理の無い事である。

 一時的に周囲の空気が実際に吹いている冷風とは別の意味で氷付けになったような雰囲気をフローリックは覚えた。



「あれ? まさか、持ってなかったの? 俺さあ、多分フローリックだったら持ってきてるだろうって思って今の提案出したんだけど……」

「なんでオレがそんなもん持って来なきゃなんねえんだよ。言い出したお前が持ってねえなんてもう終わってるぞ。マジで。下らねぇ。他人ばっか当てにしてんじゃねぇよ」

 折角の期待をいつもの溜息で全て捨てる。元々目下に対する態度の悪いフローリックにとってはこの話は完全にただの無駄に等しい。



「そんな事言わないでくれよ。俺だって……ちょっとは考え……」
「うっせぇなぁ! 一回ずつ落ち込んでんじゃねえよ! お前はガキか! まぁ、元々ガキだけどよ」

 折角考えた提案がことごとくぶち壊しになり、尚且つ今近くにいる頼もしい仲間に見捨てられたような気持ちになり、一瞬アビスは鬱な気分となった。

だが、フローリックはそれに対して全く同情せず、逆にテンションの下がるアビスに怒鳴りつけ、無理矢理元通りにさせる。



「わぁったよ! もういいよ! でもなんかこいつの様子が変だよ?」

「何?」

 柔白竜の後方に立っているアビスは目の前の飛竜の尻尾に異変が起きている事に気づく。

 前方の方に立っているフローリックにはその尻尾の様子は全く見えない。



「まぁ〜たお前下んねぇ事ほざくんじゃねえだろうなあ?」

「違うよ! なんかこいつ尻尾を地面にべったりくっつけてんだよ! 他の飛竜じゃあそんな意味分かんない事しないだろ!?」

 通常の飛竜ならば、尻尾の使い道は主に敵対する人間の排除である。

 飛竜の種類によってその尻尾のサイズ、構造は様々であるが、いずれにせよ、その尻尾がハンターにとって脅威な存在である事に違いは無い。

 遠心力を利用して力強く回された尻尾は犠牲となったハンターを打ち砕く。

 飛竜は後方も守れるよう、見事なまでに死角となり得る場所までも守り通しているのである。

 だが、柔白竜の場合は別であった。後方をも守るはずだったであろうその尻尾の外見は非常に細く、頼りない印象を受ける。

 それ以前に今アビスが気にしていたのは、尻尾の先端が喇叭らっぱの口のように広がり、広げた先端を地面に押し当てている事だ。



「地面にくっ付けてる? どういう事だ……?」

 フローリックは一瞬それが何を意味するのかよく分からなかったが、柔白竜の特性がその時に頭に過り、大声でアビスに指示を出す。

「やっべっ! アビス! そいつから離れろ!」

「なんで!?」

 突然大声を上げ出したフローリックだが、場の状況が上手く理解出来ず、柔白竜から距離を取ろうとせず、逆に尻尾を地面に貼り付けて攻撃しようとしない柔白竜に攻撃を続ける。



「いいから離れろ!! しばくぞコラァ!!」

 危険を察知したのにも関わらず、自分の言う事に素直に従わないアビスに対して脅迫染みた暴言を飛ばし、無理矢理にでも言葉のみで柔白竜との距離を離させた。

 その暴言に圧倒され、無言で柔白竜1匹分の距離を取ったすぐ後だった。突然柔白竜を中心にその周囲に青白い雷撃が走ったのは。

 バチバチとでも言うべきかその轟音と共に周辺の雪は激しく溶け、そして剥き出しになった地面を更に焼き、焦げを作り、その臭いを周辺に漂わす。

 その様子はまるで、電撃のバリアのようだった。火花がいくつも重なりあい、如何なる者も決して近づけさせない。近距離攻撃を専門にするハンターはこの時は一切の攻撃を封じられるのだ。

「危ないよ……これ……」

 目の前で轟くバリアを見てさらに柔白竜の恐ろしさを知ったような気分になったアビスであった。

「だから言ったろ? 離れろって。こんなの食らっちまったら一発でさよならだぜ」

 この雷撃のバリアの唯一の救いは、恐らくはこの最中は一切の移動が出来ない事であろう。それ以外はハンターを脅かすには十分な迫力を備えている。



「所でさあ、今聞くのもあれだけど……なんで尻尾地面に……」
「今聞くのがあれなんなら後にしろや! 後でゆっくり話してやっからよ! ってかそれ以前に、こいつキレてんじゃね?」

 アビスの今の状況に対して今質問するのは不適切だと思いながらも敢えて聞こうとした質問であったが、当たり前のようにフローリックにその願いが届く事は無かった。

 フローリックによって簡単に拒否される。だが、戦いが終わった後に聞けるのなら、それはそれで良いのかもしれない。

 元々あのこやし玉の事もあり、やはりフローリックには下手に喋りかけるのはアビスにとっては少し危ないのかもしれない。



「あれ? そうかなぁ?」

 柔白竜の様子だけで怒っているか、それとも正常かどうかを見極める力はまだアビスは持ち合わせていないのかもしれない。

 だが、よくよく見れば口元に微妙な変化が見られる。呼吸が荒くなり、口からはハッキリと白と言う色が見取れる息が漏れている。

 外の気温が低いから色がハッキリと現れているのかもしれないが、最初の頃はその色は全くと言って良いほど見えていなかった事から今は確実に凶暴化しているに違い無い。



「『そうかなぁ?』 じゃねえよ。ぜってぇキレてるって、ありゃ。さっきまでスッゲ〜地味な戦いだったけどこっからは面白くなんじゃねえのか? 油断すんじゃねぇぞ」

「分かったよ!」

 恐らく柔白竜が怒り出したのは雷撃のバリアを貼った時だろう。

 それまでは嗅覚のみで辛うじてハンター2人の場所を突き止め、そのゆったりした攻撃をぶつけようとするも、簡単に回避され、そして殆ど隙だらけの胴体や脚部に斬撃を浴びせられる。

 避けられては斬られ、再び避けられては斬られ、の繰り返しであり、確かにこれが最も理想的な狩猟の光景かもしれないが、ハンター自身にとって何の緊張感も無く、殆ど小型モンスターを相手にしているような錯覚を覚えている。

 ただ、その最弱とも名高いその小型モンスターをただ大きくしただけのような、そんなモンスターを相手にしてるような。

 だが、今はもうそのような緊張感の無い空気は完全に無くなっている。それは、後に分かる事である。



「やっぱそう来なくっちゃなぁ。これこそホントの狩猟ってヤツじゃねえかよ。っておっと、危ねぇじゃねえかよ」

 さっきまでの地味な戦いに業火が灯り、柔白竜の動きは確実にスピードアップしているのが見て取れる。

 嗅覚で何とかハンターを見つけ出し、殆ど確実に正面を向き合ってはその都度当たる確率の低い攻撃を繰り出していたが、今は正確な照準を定めず、大体ここにいるだろうと言う大まかに場所を定めない戦法に突如切り替えたのである。

 今、付近にいるアビスとフローリックをその肥大化した胴体で跳ね飛ばそうと、勢い良く地面を蹴り上げ、前方へとその体を投げ出し、背後から迫ってくるフローリックに背中を見せたまま頭部だけをフローリック向かって曲げ、そして横から抉るように噛みつき、同時にその胴体の向きも切り替わる。

 素早く後方へと下がったフローリックは再びその太刀を構え直す。

「うわぁ……なんか危なっかしい雰囲気になってきたんだけど……」

 凶暴化し、近寄り難い印象を周囲に放つようになった柔白竜に対し、一瞬戦意を失ったかのような感覚に包まれるアビス。



「いちいちビビッてんじゃねえよ。ずっと斬ってりゃ向こうだってキレんの当たりめぇじゃねえか。しかもそっちにゃあ盾だってあんだろうからいざって時にゃあそれで自分の事護れや。こっちなんかガードも出来ねぇんだぞ」

 フローリックに対する柔白竜の狂暴な噛みつきを目にしてから攻撃が止み出したアビスを見ながらフローリックは片手剣には存在し、太刀には存在しない特性、言わば太刀の短所を口に出し、再び柔白竜へと斬りかかる。

 太刀はその刀身の細さゆえ、大剣のように得物そのもので自身の体を護る事は不可能に近い。一応ガードしようと思えば出来るかもしれないが、その外見通りの頼りなさそうな刀身で防いだとしても、刀身が折れるか、或いは刀身越しに体を砕かれるかのどちらかだろう。

 逆に片手剣には小さく、頼りなさ気ながらも一応盾がセットで備わっている。いざと言う時は無傷と言う保証は出来ないが、自身を護るには非常に役立つ代物となる。盾がある分、太刀よりは密着し続けていてもある程度は安全なのかもしれない。

「でも盾ってもあんまり強い攻撃だったら……ってもういいや! 俺だってこいつ倒すって役目あんだから、ちゃんとやらせてもらうからな!」

「その意気で最後までやれよ!」

「おっしゃぁ!」

(『おっしゃぁ!』って…あんま盾ばっかに過信すんじゃねぇぞ…。)

 ややオーバーな掛け声をあげ、アビスは勇敢にも柔白竜の脚元へと潜り込み、飛竜の死角とも言える場所から脚に傷を再びつけ始める。

 だが、フローリックはその時、一瞬変な事を言っちまったかと、後悔を覚えたかもしれない。いくら盾があると言ってもランスや銃火式ランスのように決して重く、頑丈に出来ている訳では無い。あくまでも緊急用として用意された物である為、盾ばかり使い続けていても確実に体にも負担が残ってくる。それが積み重なれば…と考えるとやはりフローリックは今の事は取り消したいと望む。

 脚元で斬撃をおこなっているアビスを無視し、前方にいるフローリックに噛み付こうと、頭部を太刀を持つハンター目掛けて投げ飛ばす。

 勢いをつける為に足が数歩前に進んだのだが、これが同時にアビスに対しても間接的な攻撃となった。



「うわぁ! 危ないなぁ!」

 飛竜の体重で踏まれれば、ハンターならば一溜まりも無い。いきなり踏み出した脚に圧倒され、何とか横にずれて踏まれる危機を回避する。無論、フローリックは正面から真っ直ぐ突き出された頭部を回避し、そして決定打にはならなかったものの、頭部、口の上を斬りつけ、その皮に傷を負わせる。

「脚のまん前に立つな。踏まれたらアウトだぞ。どうせなら横から……って離れろよ、あれが来るぜ」

「あれって?」

「じゃあお前感電死でもしちまえ」

一瞬見捨てたような発言をフローリックがすると、アビスはあのおぞましい光景を思い出し、即座に柔白竜から距離を取る。



「酷いよ! そんな言いか…うわっ! やっぱあれかよ!」

 その場から全く動かず、再びあの雷撃のバリアを貼り出す柔白竜。フローリックの冷めた発言にその意味を理解すると同時にそのバリアの餌食にならぬよう、距離を取り、再度そのおぞましい光景を眼中に捉える。

 再び地面が焼け焦げる。

「こんな攻撃ぐらい避けるの余裕だけどさぁ〜、あんだけ電撃出してたらこっち攻撃出来ないからやんなっちゃうよね」

 雷撃を全身から放っている間は、その光景通り、絶対に近づく事は不可能である。下手に近寄れば必要の無い被害を被る事となる。この攻撃の間は向こうからは移動してこない以上、少し離れてじっとしているのが賢明である。アビスはそのバリアの様子を眺めながら僅かに余裕気な笑みを出す。



「ぜってぇお前今余裕じゃなかったよな。何強がってんだよ」

 元々避けられたのはフローリックのさり気無い警告の為であったのかもしれない。あの様子から見れば警告無しには確実にかわせなかっただろう。

「別にそう言う訳じゃ……でもさあ、なんかこいつが電撃放ってくるタイミング分かってきた気がするから次はもう1人で避けるから!」

 電撃を放つ前には必ず尻尾を地面にへばり付ける。そして体の周りにはハンターにとっても全く無害な程度の非常に微少な電撃が走る。これさえ見抜ければ確実に避けられる。アビスは今度こそと自身を持ってフローリックに伝えながら脚の側面へと走りこみ、再び麻痺毒の注入と同時に斬撃による脚部の破壊を目指す。

「ホントだろうな……」

 僅かに呆れたような目をしながらも、フローリックの斬撃も止まる事を知らない。

 胴体を狙うフローリックを上から襲おうと、一度脚をしつこく狙うアビスをその頼りなさ気な尻尾で振り払い、そして狙うべき獲物であるフローリック目掛けて思いっきり口を突き出し、地面まで狙ったその攻撃は地面の雪までも抉った。



「っつうかそこのデブうぜぇぞ!」

 雪を抉ったその口目掛けて斬破刀を横振りし、柔白竜の頭部に再び傷をつけるが、決定打には至らず。

「うわぁ〜危なっ……、ってかガードしたのにいってっ……」

 アビスは何とか尻尾の緩い、と言ってもハンターを吹き飛ばすには充分な威力の振り払いを盾で受け止め、体勢を大きく崩されながらも直接的な打撃を回避したアビスだが、やはり片手剣の盾では受け止めた腕がじんじん来るのも無理は無い。



「お前盾に過信すんじゃねぇぞ。ガードする余裕あんなら直接避けた方がい んじゃねぇのか? ってそこのデブはどこ行くんだよ!?」

 盾を装備した方の腕を振っている様子を見てフローリックは忠告を投げかける。同時に纏わりつくハンター2人を再び弾き飛ばそうと、柔白竜は前方にその肥大化した体を投げ飛ばす。

 『デブ』とは無論、柔白竜の事である。フローリックもテンションが上がってきているのか、最早正式名称で呼ぶ気は無いのだろうか。

 怒っている事によって大まかに照準を定めて攻撃してくる柔白竜は最早ゆったりと言う文字は似合わない。目の前の愚かな獲物を破壊する為の雷撃を備えた兵器のようなものと化している。纏わり付かれれば柔軟な首を使って煩い虫を追い払い、頼りなさ気な尻尾を振り回し、背後の邪魔者に威圧感を与え、そして雷撃のバリアで臆病者を退けさせる。

「っつうかこいつ、いつくたばってくれんだよ…。こっちはさっさとこいつ鍛えてやりてぇってんのによ」

 徐々にブヨブヨした皮に傷をつけていくフローリックだが、柔白竜の動きはなかなか止まらず、ハンターの方の体力が心配になってくる。

 しぶとい柔白竜を前に自身の得物のこれからの成長を期待しながらも、逆に時間的な焦りも垣間見える。



 フローリックの言う『こいつ』とは、最初のは柔白竜であるが、2回目の『こいつ』は彼の愛用の太刀、斬破刀である。

 フローリックにとって柔白竜は、彼の斬破刀の為の材料に過ぎない。柔白竜の内臓器官である電気袋、これは文字通り、電気を体外へと流す為の強力な兵器であり、この電気の餌食となったハンターは数知れない。

 だが、斬破刀にとってはこの電気袋は必要不可欠な素材である。

 斬破刀には雷撃を帯びる力が宿っているのだが、その為には電気そのものを生み出す電気袋と言う柔白竜の臓器が絶対不可欠である。

 臓器を取り付けた太刀は斬りつける際、即ち、衝撃によって電撃が走るようになる。

 最も、実際の柔白竜が衝撃によって放電を行っているかどうかは不明であるが、生物から臓器を切り離してしまえばその臓器は基本的には勝手に動く事は無くなってしまう為、工房側が衝撃によって電撃が走るように細工するのである。

 フローリックとしてはさっさと狩猟して自分の太刀を更に強化したいと思っているのだが、その目的の素材を持つ相手がなかなか倒れてくれず、徐々に愚痴っぽくなっていく。

 元々気が短く、おまけに今回で太刀がレベルアップする事がほぼ100%保証されているのだから早く強くしたいと言う気持ちは分からないと言う訳では無いが。



「でも俺の麻痺毒そろそろいいとこまで来たと思うんだけど……。そしたら一気に出来ると思うよ」

「じゃあさっさとやれっつうの。足止め係はお前なんだろ? やる事やんねえでどうする」

 アビスは半ば強制的に足止め係を担当させられたようである。麻痺毒が完全に全身に回れば餌食となった敵は脳から送られる信号の伝送に障害が走り、まともに体を動かす事や、痛みを正常に感じる事が出来なくなる。

 ハンターの前で動きを封じられる事はモンスターにとっては非常に深刻な問題となる。

 飛竜はその巨体をただハンターに突進させる行為そのものが殺戮的行為に等しく、動き回っている大型の飛竜を近距離専門のハンターが近づく等、自殺行為に等しい。

 実質、ハンター達はモンスターの動きが止まった所を狙って斬るなり叩くなりしている訳である。

 アビスの持つバインドファングと言う武器はその動きを完全に止める為の猛毒を含んでいる為、飛竜にとってはその光景は悲惨とも言えるが、ハンターにとっては絶好のチャンスとなるのである。



「でもそう簡単に動き止まったらこっちも苦労しないよ」

「ゴチャゴチャ言ってねぇでさっさとこいつ止めろ!」

「何だよ……ったく……」

 勝手に役を決められ、尚且つ荒っぽい命令みたいな言い方までされて少し気分が悪くなったように感じるアビスであった。

 だが、常に麻痺毒を送られ続けている柔白竜も完全に異常が無いと言う訳でも無さそうである。

 全身につけられた傷の痛みも重なってなのかは分からないが、その動きは未だに怒っているとは言え、最初と比べるとやや遅めな印象を受ける。

 見かけとは裏腹に、弾力性も備えた頑丈な皮は太刀の切先も防ぎ、あくまでも2人は皮を傷つける事しか出来ておらず、その戦いの終止符はまだまだ遠いであろう。



「おせぇぞ! いつまでちんたらしてんだよ! ったくよぉ」

 上から襲ってくる噛みつきを左にずれて回避しながらフローリックは未だに麻痺毒で動きを止めないアビスを急かす。

「あぁ〜もう! いい加減止まれって!」

 フローリックからまるで役立たずの部下のような扱いを受けてアビスもそろそろいい加減腹が立ってきたのだろうか。

 さっきまではやや落ち着いた感じで戦っていたアビスであったが、フローリックに急かされる事によってその口調はやや乱暴になっていく。時間の経過はフローリックの心も変貌させるのかもしれない。

(止まってくんないとまたあいつゴチャゴチャ言ってくるんだから……頼むから麻痺ってくれよなぁ……)

 最早アビスにとっては飛竜の動きを止めてその隙を狙うと言うより、今はフローリックの口を黙らせる為と言った方が正しいかもしれない。



「いつまでやってんだよ! その剣ただのオモチャか!?」

「うっさいなぁ! もういい加減止まってくれよぉ!」

 限界が来たのか、アビスは叫びながらその麻痺属性の備わったデスパライズを柔白竜の傷だらけの皮に叩きつける。

 アビスの大願が叶ったのか、柔白竜は苦しそうな呻き声をあげながらその身を縮こませ、その状態から全く動かなくなったのである。麻痺毒が全身に回り、神経をおかしくされたのだろう。



「あれっ? これって……」

「おせぇじゃねぇか。これこそマジで正真正銘の麻痺ってやつだぜ!」

 アビスが柔白竜に麻痺毒を送り込んでいる間、ずっと眉に皺を寄せながら太刀を振るい、正確にその皮に傷を負わせていたフローリックはここでようやく、皺を解除し、笑みを浮かべる。

(なんか凄いグッドタイミング……だったような。まあいいや。)

 とりあえず麻痺になったのは事実である。これでフローリックから急かされたりする事は多分無いだろう。

 心で呟いている間にフローリックは既に動きを殆ど束縛された巨体に太刀による流れるような斬撃を繰り返している。殆ど石のようになったその体に先ほど付けた傷を再び狙い、その傷口を開いていく。

 ブヨブヨした皮は素の状態では太刀の切先による突き刺しも悉く防ぐ為にどうしても傷口を開き、そこを目がける必要がある。

 フローリックは今、その傷口を大きくせんと、正確に一ヵ所だけを狙いつける。皮からは鮮血が胴体を伝って滴り落ちていく。

 一方、アビスは麻痺が解けた際の事も考え、その巨体を支える脚部を斬りつけていた。

 動きの要とも言える脚さえ破壊してしまえば、ほぼ勝利は確実とも言えるのかもしれない。敵を追う事も、逆に敵から逃げる事も出来なくなるのだから。

 しかし、飛竜には翼があり、脚が仮に破壊されたとしても飛行でどうにか出来る可能性がある為、実質脚だけを破壊しても移動を完全に奪う事は不可能であるだろう。



 ただ、アビスはそれに気づいているのだろうか。

 それ以前に元々柔白竜は巨体、悪く言えば肥満体質の持ち主だ。その体を平然と支える脚部はそれなりに非常に強靭に出来ており、その逞しい活躍は飛行の際の跳躍や、目の前のハンターに向かって飛びかかる際の飛び上りで見て取れる。

 見た目以上に強靭なその脚部の破壊は威力に乏しい片手剣では厳しいかもしれない。

 胴体、脚部を連続的に攻撃されながらも、柔白竜は身動き一つ取れず、ただその行為を受け入れる事しか出来ない。

 麻痺毒によって疼痛神経までもがおかしくなり、痛みすら感じられないのかもしれない。



「今思ったんだけどさあ、この麻痺っていつまで続くんだろ? ちょっとそろそろ離れた方がいいかもしれないよ」

 柔白竜が麻痺状態になってから2人は無言で各自が狙いたい場所を延々と狙っていたが、アビスはその麻痺に対してふと思った事があった。

 いくら麻痺で動きを拘束した所で必ずいつかは解除される時が来るであろう。だが、いつその麻痺が解除されるのかは目で確認する事は出来ず、突発的に解除が行われる。

「はぁ? こんなチャンス捨てろってんのか? 無理だな。後ちょいでこいつの息の根止めれるってんのによぉ」

 フローリックは今以外チャンスは無いであろうこの不動状態を保った柔白竜に対する斬撃の手を止める事は無かった。

 アビスの言う通り、もう麻痺状態になってから結構時間が経っている。解除された時に至近距離から暴れられれば一溜まりも無いだろう。

 アビスはその解除された際に暴れられる事による被害を恐れ、今は距離を取り、安全を保っている。

 一方でフローリックは麻痺の解除も恐れず、逆に麻痺で動けなくなっている間に今こじ開けようとしている傷口目掛けて渾身の突きをお見舞いして胴体を貫通させ、そのまま地に沈めようと考えていたのだ。

 しかし、麻痺毒を受けてる本人は麻痺で自由を奪われた体を必至で動かそうと、体を震わせているのが外から僅かに分かる。

 どうやら思考能力だけは奪われていないようだ。

 そんな中でもフローリックは決して手を止めない。諦めが悪いのか、それとも絶対的な自信があるのか、止まる事の無いその剣捌きは遂にそのブヨブヨながらも強靭な皮に完全なる入口を開く事に成功する。



「だから言ったろ? これで終わらせるって」

 フローリックはアビスを一瞥すると太刀の切先をその完全に開いた傷口に合わせる。

 どんな強靭な飛竜であろうと、体内の内臓を破壊されればただでは済まない。それ以前に、確実に死ぬだろう。

「おらぁああ!!」

 フローリックは切先に全神経を集中させ、その一撃必殺を誇る刃を生物の最大の弱点、臓器が詰まった内部へと向けて掛声と共に突き出す。



「あっ!」

 フローリックにとってはこれが柔白竜の断末魔の叫びを聞く決定的な瞬間になると思っていただろう。だが、世の中何でも上手く行くようなものでは無いのである。

 アビスが思わず声を上げたのと、柔白竜の体内で動きを束縛した毒が消え、動かそうと必死に持ち上げようとした体が突然消えた束縛によって反動のように勢い良く体がフローリックへと動いたのが殆ど同じタイミングだった。

 その肥大化した巨体が近くにいたフローリックをまるで突き飛ばすように押し退けた。

「うわぁ!!」

 一体何が起こったのか、その時の状況を読むのにそう時間がかかる事は無かった。

 その巨体に突き飛ばされたとは言え、幸いにも体当たりのような突撃のような大打撃と言う訳では無く、文字通り、押されたと言う感じだけで重傷は免れた。

 双角竜から作られた強固な装備を纏っていたのも一大事を免れた要因の一つであった。



「いってぇなぁ……こんにゃろう……。なんでこんな時に自由になんだよ……ふざけやがって」

 折角のチャンスが最悪のタイミングで失われる。吹き飛ばされた事よりも、決定的な最期の一撃を与える事に失敗した悔しさの方がずっと勝っている。

 頭を押さえながら立ち上がるが、今柔白竜の照準は完全にフローリックへと向けられていた。

 全身に回るだけの麻痺毒を送り続けたアビスもそれなりに動いていたが、アビス以上にフローリックの方がその運動量は相当なものである。

 元々太刀は重い、と言う訳では無いが、それでも片手剣と比べればそれなりの重量は誇る上、刀身の長さによって意外と体もそれに振り回されがちである。

 元々太刀は重い、と言う訳では無いが、それでも片手剣と比べればそれなりの重量は誇る上、刀身の長さによって意外と体もそれに振り回されがちである。

 大剣には及ばないものの、それに体を酷使される事により、徐々に防具の裏では汗が溜まっていく。その汗が柔白竜が得意とする嗅覚による探知の獲物となる。

 インナーにしっかりと染み込んだ汗は消え去ってくれるはずが無く、柔白竜にとっては既にフローリックの事しか頭に映っていない。アビス以上の汗量は、アビスを標的から外し、フローリックのみを限定して定める原因を作っている。



「けどなぁ……もうお前は負け確定してんだよ」

 呼吸を荒げながらフローリックは太刀の切先を柔白竜へと向ける。そして、やや自信あり気な笑みを見せつける。

 その時に柔白竜は何やら口元に電撃を走らせていたが、フローリックはそれに動じる事は無かった。

「ちょっと……! なんかやばそうだよ!」

 その口の異変を見てアビスは未だ距離を取ったままの状態でフローリックに伝えるが、フローリックは一応話は聞いているものの、それに答える様子は見せない。



「そんなこたぁどうだっていい。今は一撃食らわす事だけ考えさせろ」

 恐らくフローリックはその後に口から雷撃を帯びたエネルギーが目の前に飛んでくる事くらいは分かっているであろう。柔白竜はどうしてもその動作の遅さを克服出来ない為、僅かな変化をハンターにすぐに見破られ、その後にハンターから何らかの処置を取られる事が多い。

 今の場合、正面から飛んでくるであろうエネルギーの塊を避ける為に正面からずれるであろう。だが、フローリックは行動に移る事は無かった。


「てめぇがそこで何しようがもうオレが勝つってこたぁ決まってんだよ」

 やや遅めに柔白竜から後ずさりながら、そしてまるで諦めたような笑みを浮かべながらフローリックはきっと彼が何を言っているか理解出来てはいないであろう、柔白竜に言う。

 それでも柔白竜はお構い無しに徐々に口に雷撃のエネルギーを溜め込み、そしてその高密度の電撃の塊3つを前方へ放射状に放つ。



「んなもんあいだ抜けりゃ当たんねぇんだよ、デブ野郎が」

 柔白竜の放つ電撃の塊は前方へ3つに分かれて飛ばされる。元々動作が鈍く、直接肉体を使った攻撃をハンターへ当てる事を苦手とするこの飛竜にとってはこの攻撃手段は非常に有効なものとなる。

 距離を進むに従って徐々にその幅が広がる為、ハンターにとってはそれだけ逃げ道を塞がれるような錯覚を覚え、そしてそのまま文字通り逃げられずにそのまま電撃の餌食となる。

 その電撃は基本的に外部からの影響によって弱まる事は無い為、壁等の遮蔽物に直撃するまでほぼ延々と突き進み、その射程距離は恐ろしいものがあるが、この攻撃には致命的な弱点が存在する。

 あまりにも距離を取られれば分割された3つの凶器同士の幅が広がり過ぎてしまい、最終的には殆ど1つだけ飛んでくるような状態となる。

 残された2つの凶器はもう完全に左右にずれており、誘導性等完全に皆無なそれらはもう気にする必要は無いに等しい。

 そして遂に口を地面に置くように首を下ろし、そして地面に沿って発射されるその恐るべき雷撃の凶器。3つに分かれた凶器は距離を進むに従って徐々に離れていく。



「こんなもんこうやっでぅあ゛っ!!」

 余裕気に中央を走る雷撃から僅かに軌道を反らし、正面から豪快に回避した後にそのまま開いた傷口狙って必殺の一撃を与えようと考えていたが、雷撃の塊本体の周辺に煌く僅かな火花がフローリックの片足に掠り、想像していた柔白竜の最期が非常に情けない悲痛の叫びと共にあえなく散る。

 直撃では無かった為に致命傷には至らなかったものの、足が強く痺れ、そのまま足の力が抜け、雪の積もった地面へ体が崩れる。



「あぁ〜もうあったまくんなぁ〜! あぁのデブ野郎! ぜってぇてめぇの電気袋採ってやっからなぁ〜!」

 まるで子供のように悪口を吐き捨て、そして一度崩れた体を何とか立たせ、痺れた右足を上下に振るようにしてその痺れを紛らわせようと、自分をこんな目に遭わせた肥大化した体を持つ飛竜を睨みつける。

「やっぱりもう見てらんないよ! もう俺も一緒にやるよ!」

 さっきまで少し離れた所でフローリックの繰り出すであろう、最後の一撃と言うものを期待して自分は手を出さなかったが、フローリックの無謀な回避手段、勿論失敗したその光景を見て溜まりかねたアビスは再び柔白竜に向かってその麻痺毒の帯びた片手剣を突き出す。

「やっぱそれが一番じゃね? もう適当にやっていいぞ! もう好きにやれ!」

「なんかさっきとテンション違うような…、まあいっか」

「なんか言ったか?」

「いやいやいやいや、そんな事無いよ、さっさとやっちゃおうよ」

 今の雷撃の塊の事もあったのか、フローリックは開いた傷口だけを狙うと言う定まりきった攻撃手段をキッパリと捨てた。

 最初の頃はアビスに対して目上らしく、偉そうな態度でああしろこうしろと嫌味のように、そして時には的確に命じていたのだが、普段なら簡単に回避出来るであろう、前方に発射される電撃の塊に直撃とまでは行かなかったものの、それでも掠った、即ち、本人にとってそれの餌食になった事には全く変わりは無く、それによる屈辱が彼をそうさせたのかもしれない。

 そして2人による完全に無計画、尚且つ的確に飛竜の攻撃をかわしながらのその斬撃は弱りきった柔白竜を更に窮地に陥れていく。何も言われなくなったアビスも気が楽になり、その手数もさっきよりも増している。


「今度こそ真面目に楽にしてやっぜ!!」

 フローリックの雄叫びと同時に柔白竜の真上から極太の雷が落下し、それが柔白竜に断末魔の叫びをあげさせ、遂にその飛竜の命が尽きた瞬間が来たのである。真上から落下した雷は見事に柔白竜を貫き、背中にその皮膚の色、白色とは対照的な黒を残し、残酷な焦げの臭いを周囲に漂わせる。

 その豪快なフローリックの必殺技を間近で見たアビスは驚きとその勇ましい光景を前に思わず笑いながらフローリックに近寄った。


「すっげ〜! いや〜今のホント凄いよ! 今の雷フローリックのなんでしょ? 確かその太刀ってさあ……」
「あのなぁ、今の雷はなぁ……」

フローリックは何か言いた気なき分だったらしいが、今のアビスは豪快な必殺技に対する感想しか頭に無い為、殆ど無視状態だ。

「電気の力帯びてるって言ってたよね? まさか今みたいに本物の雷まで呼び起こせるなんてホント凄いや!  いつか俺もそんな感じの技出せたりすんのかなぁ?」
「だから聞けって、今のは……」

 相変わらずアビスは聞こうとしない。だが、フローリックの言ってる事はある程度は耳に入っているらしく、その続きはアビスの勝手な想像で進んでいく事になる。

「分かってるよ、きっと俺と会うまでの間に目茶大変な特訓とかそう言うのやってきてたんだよね? きっとそうじゃないとあんな大技普通出せないよ」
「そうじゃねって……、だからいい加減……」

なかなか自分の話を聞いてくれず、徐々に怒りを覚えていく。

「剣から雷とかの魔法みたいな凄いの出すのってさあ、俺小説とかの世界だけだって思ってたんだよ。まさか実際に見れるなんて…」
「いい加減うぜぇ口止めろやハゲが! てめぇ病気か!?」

 遂に怒鳴り、強引にアビスの浮れた言動を停止させる。折角飛竜を倒したと言うのに突然怖い顔をし出すフローリックを見て思わずアビスはビクッと身を一瞬震わせ、黙り込む。無論、アビスの頭は禿げていない。あくまでも罵声の為の言葉だ。


「……どうしたんだよ……、いきなり怒鳴ってさあ……」

「お前、ほんっとにさっきの雷オレが落としたって本気で思ってんのか?」

遺体となった柔白竜の横で再び眉に皺を寄せながらアビスに訪ねる。


「いや〜……。だってさあ、さっき『楽にしてやっぜ〜!!』みたいな事言った後にあの雷落ちてきたじゃん。やっぱフローリック落としたんじゃ……」
「あのなぁお前、ここはなぁ、小説じゃねぇんだからよ、んな魔法みてぇな事出来る訳ねぇだろうが」

 アビスは以前小説で魔法剣士が剣から豪壮な雷撃を放つシーンを読んだ事があり、フローリックのさっきの光景はまさにそのシーンの丸写しに等しい。アビスにとってはある意味夢のような光景だったかもしれないが、あくまでもここは小説の世界では無く、現実の世界である。魔法等、現実世界に於いてはただの幻想か、悪く言えば妄想に過ぎないのである。

「えっ? そう……なの? じゃあ、さっきの雷はやっぱり……」

「当たりめぇだろうが。俺が雷なんて落とせる訳ねえじゃねえかよ。お前ちゃんと現実世界とその小説、そうだな…妄想か? 現実と妄想の区別出来てんだろうなぁ? なんかちょっと心配になってきたぞ」

「いやいやいやいやそんな事無いって! ちゃんと区別ぐらい出来てるから! ほんとに!」

両手を自分自身の顔の前で必死で振りながらそれを伝える。


「良かったぜ。もし区別出来てなかったら今頃パンチ飛んでたぞ。でもあの雷誰落としたんだぁ……?」

 フローリックはアビスがきちんと区別の出来る事を確認した後、雷を落とした者の正体を探るべく、周囲を見渡す。

「別に天気悪い訳じゃないみたいだし、やっぱり誰かが魔法でもしてきたんじゃないの?」

 アビスは真っ先に天に目を向ける。空は多少吹雪によって荒れているが、それでも黒い雷雲が空を漂っている様子は無く、とても天候がさっきの柔白竜を一撃で葬った雷を呼び起こしたとは思えない。

 雷はフローリックの呼び起したものでは無いにしろ、結局は別の誰かが呼んだ事には変わりないだろう。アビスは頭からなかなか『魔法』と言う概念が離れず、最後までその概念を信じ込む。



「お前は相変わらず妄想ばっかか…。呆れて物も言えねぇ…ん? おい、いい話だぜ。お前の妄想呼んでくれたっぽい奴が来てくれてるぜ」

 相変わらず魔法魔法と言うアビスを前に溜息をこぼすフローリックであったが、崖の上で何やら白い何かが立っているのが見え、柔白竜と戦っていた時のような真剣な顔立ちに直る。

 そして同時に焦りの見えたような心境もその真剣な顔立ちの隙間から僅かに見えるような雰囲気も漂う。

「えっ? 誰? どこにいんの!? どこどこ!?」

 ある意味アビスにとっては夢の話かもしれない。その夢、即ち、魔法を呼び起こしたであろうその人物の事がたまらなく気になり、あちこちを見回して探し出す。

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