やさしく学べる線形代数 線形代数学 プログラミングのための線形代数 |
線型空間(せんけいくうかん、linear space)あるいはベクトル空間(ベクトルくうかん、vector space)とは、和とスカラー倍の定義された集合(代数系)のことである。線形空間、線状空間とも。これは「平面(あるいは空間)上のベクトルすべてを集めた集合」を一般化、抽象化したものであり、その類推により術語を流用して、一般のベクトル空間の元のことをベクトル(またはベクター)と呼称する。 ベクトル空間は線型代数学の主要な対象であり、ベクトル空間とそれに関する手法は数学のあらゆる分野で重要な道具として用いられる。ベクトル自体が元来は速度や加速度、力のように方向を持つ物理量を表すために考案されたものであるので、物理学との関連が深い。量子力学では系のとりうる状態をベクトル空間で表す。 定義K は体と称される四則演算が自由にできる代数系とする。実数全体、複素数全体あるいは有理数全体のなす集合などはそれぞれそのような集合の例である。 体 K 上のベクトル空間 V とは、
なる条件を満足する三つ組 (V, +, K) によって定まる代数系のことである。V の元をベクトル、K の元をスカラーと呼ぶ。ベクトル空間における和とスカラー倍を総称して線型演算と呼ぶ。 ベクトル空間 (V, +, K) について、V をこの空間の台(台集合)とよび、紛れの無い場合には台集合を表す記号によてベクトル空間を表す。また、「 V は K に係数を持つ」、「K を V の係数体とする」あるいは「V は K 上定義される」などとも言いまわす。また簡単に K-ベクトル空間 V などとも呼ぶ。実数体上のベクトル空間を実ベクトル空間といい、複素数体上のベクトル空間を複素ベクトル空間という。 基底の存在と次元ベクトル空間 V の部分集合で、互いに線型独立な要素からなる集合(線型独立系)を考える。ある自然数 n について、V 内の線型独立系がすべて高々 n 個の元からなっているならば V の次元は高々 n であるといい、このような自然数 n がとれるとき、V は有限次元であるという。 ベクトル空間 V が高々 n 次元であってなおかつ高々 n ? 1 次元でないとき、V の次元を n と定める。また、任意の自然数 n について、ベクトル空間 V に n 個の元からなる線型独立系が存在するとき、V は無限次元である、あるいは V の次元は無限大であるという。ベクトル空間 V の次元は dim V あるいは(体 K 上のベクトル空間としての次元であることを明示するために)dimK V とあらわす。 ベクトル空間 V における、係数体 K 上の基底あるいは一意生成系とは、次の条件を満たすような V のベクトルの集合 S のことである。
一意生成系であるという条件は(体における除法可能性により)、S が V の線型独立系のうち包含関係に関して極大なもの(極大線型独立系)であるという条件、あるいは S は V の生成系のうち包含関係に関して極小なもの(極小生成系)であるという条件と同値である。ベクトル空間が一つ与えられたとき、その基底の取り方は一つとは限らないが、基底の濃度は一定で、特に有限次元ベクトル空間の基底の濃度は次元の値 dimK V と一致する。無限次元ベクトル空間についてもその次元を基底の濃度のことであると定義して次元の大きさを区別することがある。基底が極大線型独立系であるという条件からは、ツォルンの補題(これは ZF のもと選択公理に同値)を用いることにより「全てのベクトル空間は基底をもつ」という事実が従い、またこれにより任意のベクトル空間に対して次元が定義可能であることがわかる。 部分空間と線型写像複数のベクトル空間、あるいはベクトル空間全体の成す類を考えるとき、ベクトル空間同士の関係はベクトル空間の構造(線型性)を司る線型演算に注目して記述される。K-ベクトル空間 V から別の K-ベクトル空間 V′ への写像 f: V → V′ は
を満たすとき K-ベクトル空間の構造を保つ、K-線型性を持つ、あるいは K-線型写像であるという。抽象代数学の観点からは K-準同型とも呼ぶ。 ベクトル空間 V の部分集合 W は、W が V における線型演算について閉じており、V における線型演算の W への制限によって W 自身が線型空間となるとき線型部分空間と呼ばれる。これはつまり、V に含まれるベクトル空間 W に対して 包含写像 W → V が線型性を持つことを言っている。 ベクトル空間 V の部分空間の族 {Wλ} の共通部分はまた部分空間になるが、和集合は部分空間にならない。和集合を含む最小の部分空間を {Wλ} で生成される部分空間あるいは和空間とよぶ。和空間は と書くことができる。 様々なベクトル空間数直線 R, 座標平面 R2, 座標空間 R3, ガウス平面 C などを含む数空間 Rn, Cn または一般に体 K の元の n-組の全体 Kn は成分ごとの演算でベクトル空間になる。これを数ベクトル空間と呼ぶ。数ベクトル空間 Kn に対して のような形の数ベクトルの全体は一組の基底となる。これを数ベクトル空間 Kn が内在的に持っている基底という意味で標準基底という。したがってとくに数ベクトル空間 Kn は n 次元ベクトル空間である。 零ベクトルのみからなるベクトル空間 V = {0V} は 0V + 0V = 0V, c0V = 0V (cV ∈ K) として任意の体 K 上のベクトル空間となる。これを自明なベクトル空間と呼ぶ。任意のベクトル空間は、その零ベクトルのみからなる自明なベクトル空間を部分空間として含む。自明なベクトル空間は空集合から生成されるとみなされ、次元は 0 であると定められる。 複素数全体の成す集合としての C は {1, i} を基底として実数体 R 上の 2 次元ベクトル空間とみなせる。一般に体の拡大 L/K が与えられたとき、拡大体 L はその加法と部分体 K の元の(L における)積をスカラー乗法として K 上のベクトル空間になる。たとえば R は部分体として有理数体 Q を含むから、Q 上のベクトル空間である。R の Q 上の基底はハメル基底と呼ばれ、非可算無限の濃度を持つ。 定まったサイズの行列の全体は行列の和と実数倍でベクトル空間となる。行列には行と列のサイズに関する条件によっては乗法が定義できるが、ベクトル空間としての構造には積構造は無関係であり、行も列も要素の並びであるという以上の意味を持たない。つまり、体 K 上の n × m 行列の成すベクトル空間 Mat(n, m; K) は行列単位を標準基底とする数ベクトル空間 Kn×m と同一視される。 特定の性質を持つ関数を集めた関数空間は、関数の持つ値による演算の引き戻しが定める関数の和と定数倍に関して、しばしばベクトル空間として扱われる。区間 [a, b] ⊂ R 上の連続関数の全体 C[a, b] = C([a, b; R]), R 上の無限回微分可能な関数の全体 C∞(R) = C∞(R; R), 複素解析関数の全体 Cω(C) = Cω(C; C) など、空間 X 上の滑らかさの等級が Ck である K-値関数の空間 Ck(X; K) や区間 [a, b] ⊂ R 上の可積分関数の全体 L1[a, b] = L1([a, b; R]) あるいは超関数論における急減少関数の空間やソボレフ空間のようなものが典型的である。また、線型写像の作る関数空間は後述のように行列の作るベクトル空間と見なされる。あるいは(高々)可算集合上の関数空間はとくに数列空間を構成する。(無限)実数列の全体 RN, R∞, 収束する複素数列の全体。項数 n の K-値数列空間は数空間 Kn であり、体 K-係数の一変数多項式の全体 K[x], あるいはn次以下の一変数多項式の全体などは係数列を考えることによって数列空間と同型なベクトル空間となる。
の解全体は、関数の和と実数倍に関してベクトル空間をなす。 基底変換と行列V と W をどちらも基底の定められた有限次元のベクトル空間とする。基底をそれぞれ <e1, ..., en>, <f1, ..., fm> とする。このとき、V から W への線型写像 T は、 とするとき、任意の V のベクトル v = c1e1 + … + cnen に対してその値が のように決まる。v を列ベクトル (c1, ..., cn) と同一視し、f(v) を fi の成分を第 i 成分とする行ベクトルと同一視すれば、このことは (m, n) 行列 (aij) に対して v を右から掛けていることに他ならない。 線型写像を合成することが、行列の積に対応していることも分かる。このようにして、基底を与えることで、線型写像を行列として取り扱うことが出来る。 ベクトル空間の構成法既存のベクトル空間族をつかって新たにベクトル空間を構成する方法がいくつかある。これらの構成は、逆に与えられたベクトル空間をより単純なベクトル空間へ分解するという視点も与える。とくに、ベクトル空間を表現空間とする、代数系の線型表現論ではいくつものベクトル空間が様々な構成と分解の系列として現れる。
付加的な構造をもつベクトル空間R や C は通常の絶対値が定める標準的な距離によって位相が定まり、位相体となる。一般に位相体上のベクトル空間に対して位相が定められているとき、位相線型空間の概念を考えることができる。ノルムをもつベクトル空間はノルム線型空間と呼ばれる位相線型空間の例である。内積の定義されているベクトル空間は、代数的に定義される内積から定まる二次形式を位相的な計量としてもつノルム空間であり、計量ベクトル空間と呼ばれる。基底に含まれるどの二つのベクトルの内積も 0 であるとき、その基底を直交基底という。さらに全ての基底ベクトルのノルムが 1 であれば、その基底の組を正規直交基底という。ノルム空間や内積空間に完備性を仮定することにより、バナッハ空間やヒルベルト空間の概念が導入される。 一般化体上のベクトル空間の概念は、係数として適当な環を考えることにより環上の加群に一般化される。非可換な環を係数とする場合には、スカラー乗法も左右が区別されて右加群・左加群あるいは両側加群が考えられる。特に、非可換な(多元)体を係数にとるとき、スカラー乗法の左右を区別して左ベクトル空間、右ベクトル空間の概念が定義される。 一つのベクトル空間の張り合わせによってできる幾何学的な対象の一つにアフィン空間がある。原点を固定して座標を入れればベクトル空間が現れる。ユークリッド空間はこのような空間の一種である。同様にベクトル束は多様体などの位相空間の各点にベクトル空間を対応付けて得られる、ベクトル空間の添字付けられた族である。 |