「多分今の一撃だけでくたばったとはまだ思えないな。まずはそれより……」

 紫凶狼鳥しきょうろうちょうの装備を纏った男は自身の傍らに置いていた大型の樽を両手で持ち上げ、そして今立っている屋根のすぐ近くに立ったポールに背中から止しかかり、そして足だけを使って徐々に下へと降りていく。背中に背負っている大剣が鉄で作られたポールと擦れ合い、やや耳障りな鉄の音を響かせる。

 そして手が使えない状態で無事に足だけでゆっくりと降りた後、その樽に衝撃を与えないようにゆっくりと降ろし、そして降りてくる様子をずっと眺めていたアビスとスキッドに近寄ってくる。



「お前ら、2人だけであれだけの飛竜と戦うのは辛いだろ?」

 未だ地面に伏せている淡い赤色をした雌の飛竜の近くにはアビスとスキッド以外のハンターらしき人間の姿が見えず、尚且つ、たった2人だけだと力不足だと思ったのか、2人に声をかける。

「いや……まぁ、どうなんだろ……さっきまでは結構2人だけでも順調だったような感じだったよな?」

 スキッドは大した危機感は持っておらず、援軍が入らなくとも今の調子で行けば雌飛竜の1頭ぐらいは2人だけで解決出来るだろうと、突然現れた銀髪の男を特に受け入れようとせず、そしてアビスに聞く。



「確かにさっきまで順調だったってのはいいかもしれないけど、でも助けてくれるってんならさぁ、一緒に戦ってもらった方がいいと思うんだけど……」

 アビスはもしもの事を考えるとやはり人数は多い方がいいとの見解を持ち、その男からの協力を受け取ろうと考える。

「なんだ? 『思うんだけど……』って。仲間になってほしいんだかどうでもいいんだか分かんない奴らだな……。そっちがどう思ってんのかは分かんないが、兎に角こっちもあの飛竜どもの討伐が目的で来たから、一応一時的に共に戦うって事で、いいか?」

 男の援助に喜んでいるのかどうかも分からないような反応を見せる2人を見て本当に2人の元に来た意味があったのかと、一瞬思ったが、元々共に戦う相手が誰であろうと、彼の目的はここに飛来した飛竜達の討伐である為、2人の微妙な態度に特に怒りや虚しさ等の感情を出す事も無く、結局彼は最終的には共に戦おうと、手を差し伸べる。



「あ……はい! ありがとうございます! やっぱり数で攻める方がいいですからね!」

 アビスは男の提案に明るく賛成すると、スキッドもそれに釣られるかのように口を開く。

「そんじゃ、アビスとあん……あ……じゃなくて……えっと、名前、教えてくれっかなぁ? おれはスキッドってんだけどさぁ」

 一瞬スキッドは銀髪の男に向かって『あんた』と言おうとしたが、流石に年上であろう外見をしている男に向かってその言葉はやや失礼だと思い、即座にその言葉を中断させ、そしてまだ聞いていない男の名前を聞く。



 そしてすぐ再びスキッドは自己紹介の続きをする。

「俺はア……」
「してこいつはアビスだよ」

 スキッドが自分の名前を紹介した後、アビスも自分の名前を教えようとしたが、スキッドに勝手に紹介され、アビスはそのまま気まずそうに口を閉じた。



「俺はテンブラーだ。大剣使いのハンターってとこだな。一応俺は爆弾使いだから、巻き込まれないよう、注意してくれよ」

「爆弾使い?」

 その台詞にスキッドは一瞬彼が一体どういう戦法を取るのか疑問に思うが、テンブラーは既に行動に入っていた。

 テンブラーはさっき近くに置いていた樽をゆっくりと寝かせ、そして今立ち上がろうとしている雌火竜の頭部に樽をやや慎重に転がしていく。そして頭部の下に達し、テンブラーは無造作に散らばっている小石を適当に広い、そして、

「ちょっとド派手に行くぞ。伏せろ」

 澄ました態度で一度手に持った小石を軽く跳ね上げ、そして再びキャッチした小石をその大型の樽に向かって投げつける。



「ド派手って何すん……うわぁ!!」

 樽に向かって一直線に飛んでいく石を見ながら呑気に一体これから何をするのかを想像していると突然その樽が鼓膜を破るほどの音量では無いほどの轟音を響かせながら内部から破裂したのだ。

 真赤なエネルギーが淡い赤色のリオレイアの顔面を襲い、目の前にいる3人のハンターに反撃をする間も無く、1頭目は頭部を滅茶苦茶に破壊され、残酷な血液、そして甲殻や鱗の破片を飛び散らせながら絶命した。



「どうだ? 驚いたか? これが樽爆弾の威力ってやつだ。一応今使ったやつは大樽おおたる爆弾って言う、『だい』って余計なもんが入るんだけどな」

 一撃で飛竜を葬った樽爆弾はその周辺に自身が爆発したと言う証拠として焼け跡や残り火を残し、周囲に血液の臭いと炎の焦げの臭いを漂わす。

「あぁ、そうだよな。確か樽爆弾ってちっこいのとでっかいのがあんだよな。して今使ったのがそのでっかいやつって訳かぁ。ってか随分あっさり終わっちまったなぁ……。なんかあれだな」

 爆発した後に樽爆弾の説明を聞いたスキッドはしばらくその爆発した場所を眺めてそしてそのあっけないリオレイアの姿を見て思わず言ったのである。村人を恐怖に陥れた凶悪な飛竜がいくら火薬を使った強力な兵器とは言え、樽爆弾の一撃で帰らぬ存在と化してしまったのだから。



 樽爆弾は外見だけを見ればただの樽そのものであるが、内部には爆破成分を含んだニトロダケ、火薬草を調合して作られた爆薬が大量に入れられており、小さいサイズの樽爆弾ならば手頃な大きさと言う都合もあるが、普通に持ち歩いていてもまず誤爆する事は無い。火薬の量が少ない為に摩擦による発熱が殆ど少なく、爆発させる場合は上部に取り付けた導火線に意図的に火を点す。

 逆に大型のサイズを誇る通称大樽爆弾の場合は、内蔵された爆薬の量も並大抵のものでは無く、爆発と言う結末も非常に危険ではあるが、運搬だけでも非常に大きな危険が伴う。内部にギッシリと詰め込まれた爆薬は外部からの振動やショック等によって僅かでも摩擦が生じるとそこに摩擦熱が生じ、そしてそこから発火、同時に内部で急激な気体の膨張が始まり、そしてその膨張に耐えられなくなった樽が最終的に破裂し、同時に周囲に大打撃を与えるのである。

 このある意味最終兵器とも名高いこの武器が起こす爆発は、それが敵対する相手、ハンターの場合は大抵飛竜であろうが、もしその殺害性の極めて高い攻撃を見事に飛竜にぶつけられればそれは大きな喜びになるかもしれない。しかし、もしこの殺害性の恐ろしく高い爆発が人間を誤って襲った場合は確実に取り返しのつかない事になるだろう。

 飛竜達の強固な甲殻や鱗を軽々と吹き飛ばすだけの爆風がもし人間が受ければ、確実に、一瞬でその生命を絶たれるだろう。それも、姿形が原形を留めないほどに。

 その為、その恐怖からこの強力な助っ人を扱うハンターはあまり多いとは言えない。当然、その重量も相当なものである為、常に持ち歩く場合は恐ろしいほどの体力を使う為、実際に扱う場合はその場で調合して事前に戦場の近くに置いておくのが一般的である。その手間はもとより、一番の理由としては誤爆のリスクから実戦で樽爆弾を使おうとするハンターがやや少ないのである。

 スキッドは飛竜と言う驚異を一瞬で払いのけた達成感と、女王とも呼ばれる桜竜がただ顔面を吹き飛ばされただけで一瞬で動かなくなったその期待外れな脆弱さが、スキッドをやや複雑な心境にさせる。

「でもさあ、別にいいんじゃないのか? あんまり暴れられたりしたらこっちも大変になるんだし。これで後2頭って事になるんだよな? とりあえず残った2頭もやっちゃわないと」

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