桜竜は目の前の邪魔者を一度払い除けた後、今度は思いっきりその体を両脚の付け根から捩じらせ、右翼側で好き放題暴れている大剣使いの男を弾き飛ばそうとする。

 横から迫る殺意に気付いたテンブラーは即座に攻撃を一時中断し、そしてその分厚く、重量のある得物でその飛んでくる尻尾を何とか防ぐ。

 直撃は免れたものの、盾代わりに使った大剣越しに尻尾の衝撃が全身に、怪我を負わない程度に走り、その衝撃によって思わず後退と共に尻もちをついてしまうが、即座に体勢を立て直し、そして再びその重量のこもった刃を今度は捩じった際にテンブラー側へと移った左翼目がけて振り降ろそうとするが、桜竜の尻尾はまだ治まる事を知らなかった。

 まだ攻撃していないサイド、即ち、元々左翼側にいた太刀のハンターを目がけて2度目の振り回しを行う。



「まだブラブラさせんのぉ? やめろっつうの」

 2度目の尻尾の回転式の振り回しに嫌気でもさしたのか、元々左翼側にいた太刀のハンターに向かって尻尾を振り被るその様子を見るなり、平然とした言葉を吐きながら、切先を目の前の左脚に向かって思いっきり突き刺す。

 太刀はハンマーと同じく、元々ガード出来るように設計はされていないが、太刀はハンマーと比べると質量は比べ物にならないくらいに低く、仮に敵の攻撃を防いでみた所で、その低い質量ではまともに攻撃を防ぎきれず、得物を貫通した打撃がハンターを破壊してしまうだろう。

 テンブラーの気転が利いた事により、自身を回避以外の手段で打撃から守る手段を持たない太刀のハンターが尻尾の打撃を免れる。突然左脚に走った激痛が桜竜の尻尾の攻撃を強引に中断させる。



「あ、悪い……。ありがと、若いの」

 もし大剣の助けが無ければ確実に尻尾の餌食になって重症を受けていたであろう、そのやや老いた雰囲気を持つ太刀のハンターは、その凄惨な光景を無事に回避出来た事に安心し、自分より若いであろう、その黒狼鳥の装備を纏ったハンターにやや気まずそうな雰囲気で手をあげて礼を言った。

 経験がまだまだ自分より浅いハンターに助けられたのだから多少恥ずかしい気持ちにでもなったのだろうか。

「いいって、気にすんな。それより、そろそろこいつも動くだけでも限界来てるはずだ。フィニッシュって訳で頭でも……」

 両方の翼を傷付けられ、そして、もう1つの動く為に必要なパーツ、脚部も傷つけられ、生命にはまだ危機が走っていないものの、動くだけでも相当な負担を強いられているはず。今の状況ならば安全に、弱点の頭部に向かって非常に重たい刃を最大限にぶつけられるだろうと、テンブラーは読み、桜竜が痛みに体を硬直させている間に手早く背中に大剣を戻し、そして頭の方へ素早く移動しようとした時だ。突然桜竜が天を向いたのは。



「っておい、若いの。なんかこいつ、変だぞ」

 太刀のハンターがそのやや異様な様子を見てテンブラーを止めようとする。

「変? 上向いてるだけだろ? いいじゃないか。俺はそのまま行くぜ」

 テンブラーはただ天を見ているだけで逆に言えば殆ど隙だらけのその状態を決して無視しようとはしなかった。弱点の頭部を狙うべく、顔面へとやや無謀とも言えるその場所へと移る。



「よし、今度はおれらもやるぜ! さっきまで何も出来なかったから今度はやらせてもらうぜ!」

 さっきまでは周囲に何人ものハンターが桜竜の周囲にいた為に下手に射撃も出来ず、ただその様子を眺めている事しか出来なかったスキッドは、周囲に射撃の邪魔となるハンターがいなくなったのを見て再びグレネードボウガンを構えなおし、上を向いたままのその頭部に狙いを定める。

 アビスもスキッドに釣られてさっきまで見ているだけの立場から再び戦う立場へと移る。アビスは脚部に狙いをつけてそこに潜り込もうと、片手剣のデスパライズを構え、そして1歩を踏み込んだ時だった。

 桜竜が一度下を向いた後、まるで上に何かを放り投げるように勢い良く上へと向きなおし、そして顔が天辺を向くと同時に雌とはやや思い難いかすれたような、そしてまさに飛竜に相応しい、乱暴な声色の咆哮を放つ。通常、飛竜の咆哮は人間であるハンターの耳に大きな打撃を与え、それを受けたハンターは通常、耳を両手で押さえなければ鼓膜に障害が残ってしまう。だが、今回の咆哮はただ軽く叫ぶ程度のものだった為、耳を塞ぐ必要までは無かった。

「あれ? なんだろ? 今の」

 その小さい咆哮に一瞬戸惑いを覚え、その進めようとしていた足を止める。



「咆哮だろ? あのなんか『ギャー』みたいな感じのうっさいやつだろ? でもそんなのどうでもいいじゃんかよ。さっさとやっちまおうぜ!」

 アビスが今の桜竜の行為がなんと言うものなのか分からないと思ったのか、スキッドはその行為の名称を手っ取り早く教える。そして、桜竜に攻撃をしようと、スキッドは桜竜に指を飛ばすように差しながら言った。

「いや、そうじゃなくってさぁ…。なんか…なんであんな叫びなんかやったのかなぁ…って思ってさぁ」

 なぜ小音量の咆哮を発したのか、それが気になっていたのだが、アビスの反応を見れば恐らく誰もがスキッドのような反応を見せるだろう。だが、後から訂正した頃には既にテンブラーは顔面にその重厚な刃を浴びせ、そしてスキッドもテンブラーの横から頭を狙い撃っていた。

 しかし、桜竜の頭部を守る強靭な桜色の甲殻が、その刃と弾丸を見事に防ぎ、ギリギリ傷と共に罅割れる程度に治まらせた。内部のダメージにはまだ至っておらず、桜竜の生命活動はまだまだ留まる事を知らない。



「よっしゃ、大分頭ボロボロになってきたな。ってかお前、スキッドだっけな? あんまり俺の近くとか撃つなよ。すぐ間近に弾飛んできて冷や冷やするんだからよ」

 テンブラーは頭部の甲殻を傷つけられてその痛みに後ずさる桜竜から一瞬だけ目を離し、そして背後でボウガンを構えているスキッドに忠告を飛ばす。

 重たい斬撃を食らった桜竜は痛みと、さらに連続した攻撃を受けないようにと、首を上へと持ち上げ、大剣では届かないような高さまで頭が上がった所にスキッドの容赦無い弾丸が撃ち込まれていた。

 掠りすらしなかった背後からの援護射撃であったが、流石にすぐ近くに被弾する様子を見ればどんな屈強な精神を持つハンターでも確実に僅かながらの恐怖を覚えてしまうだろう。



「いやぁ悪い悪い。でもさぁ、おれの技術的にはさぁ、絶対に誤射なんてしないって計算だったんだけどな」
「あのな、そっちは自信満々でもこっちはそうはいかないんでねぇ。気ぃつけてくれよ」

 自分の事しか考えていないような事を言うスキッドに対して、テンブラーは相手側の立場も考えてもらうように、頼み込む。

(相変わらずあいつは素直じゃないな……。遠くから攻撃すんだったらちゃんと狙わないと危ないじゃん……)

 2人の話を脚部を斬りつけながらアビスは昔から変わっていない性格に少し苦笑いしながら、攻撃を続ける。



「あれだけボロボロになってたら樽爆弾のプレゼントでもしたらいい気分であの世に逝けそうかもな。ちょっとそれ持ってくるから、適当に遊んでてくれ」

 テンブラーはスキッド達にいつものような平然な態度で言い残した後、少し離れたボロの民家の後ろへと走って行った。

「遊んでてくれって……。でももう大分弱ってるよなぁ……。樽爆弾なんて使わなくてもいいんじゃねぇのか?」

 スキッドの目に映っているのは、傷だらけになった翼、そして今にも内側から破裂しそうなまでに罅割れた頭部、更には現在アビスに斬り付けられている脚部と、樽爆弾を使わなくても普通に武器だけで戦っても充分に勝機が見える状態である。

 その間に再び桜竜は自身の脚部に斬撃の連続攻撃による激痛が走る事によって思わず膝をついてしまう。



「よし、また脚やったぜ!! やるんだったら今じゃね!?」

 アビスは遠くでボウガンを構えているスキッドに呼びかける。飛竜に最大限の攻撃を叩き込むのに最も適した時と言うのは、体を支える脚の力が抜けて倒れこんだ時だ。この状態ならば狙いたい個所を狙い放題である。立ち上がるまでの間にスキッドは早速と言わんばかりに、今地面に倒れて隙だらけの頭部目がけて爆発性のある徹甲榴弾を一度装填し、そして狙いをつける。

「サンキューアビス! ちょっとおれのとっておきってやつ、ぶちかましてやっからよぉ! ちょっと離れてくれ! 巻き込まれても知らねぇぜぇ!」

 アビスが倒れている桜竜から離れる前にいきなりボウガンを構え、そして張り切った宣告をした後に引き金に指をかける。



「っておい! ちょっ待て!! 今撃つなって!! まだだ!!」

 まだ距離を置いていないと言うのにスキッドは撃つ気満々の状態であり、そしてアビスはまだ距離を充分に取っておらず、今撃たれれば確実に爆発の巻き添えを受ける状態だ。

 アビスは声を荒げながら、そして両手を顔の前に突き出して振りながら即座にその場から離れる。

「そんじゃあ!! 行くぜぇ!! とっておき……うわぁあああ!!」

 徹甲榴弾の発射は、突然の体の向きを無理矢理変えられるぐらいの力強い強風によって妨げられる。その突然の強風によって驚きの余りに思わず引いてしまった引き金と同時に、照準が完全に桜竜とは無関係な方向に向いていた銃口から、命中しなければ何の意味も無い徹甲榴弾が空に向かって飛んでいき、そして虚しい爆発を起こして散った。



「おい! なんかやばいぞ! ほんとに!」
「最悪じゃねぇかよ……折角のとっておきが……。なんであんな変な風が、ってマジヤバじゃんかよ!!」

 アビスは丁度倒れこんでいた桜竜のすぐ後ろに降り立とうとしている何かを見てこれからの恐怖の余興を覚え、そしてスキッドは折角の強力な攻撃の邪魔をされ、苛々しながらアビスの方を向くと、すぐにさっきの強風の意味を理解した。

 あろう事か、さっきまでは今アビス達が立っている場所から離れた場所で戦っていたであろう別の桜竜が、ここにやってきたのである。

「なんでこう言う時に来んだろうなぁ……。2体いっぺんに相手なんて無理だぞ……」

 止めを刺そうとした瞬間に現れた援軍によって事態が一変し、状況が完全に飛竜側が有利となる。力関係では圧倒的に飛竜の方が上であるのだから、突然死角から攻撃されれば溜まったものでは無い。



「無理とか言ってる場合じゃないだろ……。どうすんだよ……こんな状況……」

 今まで2頭の大型のモンスターといっぺんに戦った経験の無いアビスにとってはこの現状は今は地獄に相応しいのかもしれない。

 そして、その地獄が訪れた後にようやく大樽爆弾を慎重に転がしながらやってきたテンブラーもその光景を目にし、そして事の重大さを把握する。

「ありゃりゃ……これって所謂合流ってやつかぁ……。面倒なんだよなぁこういうシチュエーション。絶対さっきの咆哮でやってきたんだろうなぁ、あいつ。」

 テンブラーは桜竜達の死角、建物の影から大樽爆弾を一度立て、そしてその上に手をつきながら呟く。だが、相変わらずその表情には焦りや恐怖と言うものが映されない。


「まあいいや、兎に角あそこに追い込んじまえばOKだ。アビス! スキッド! 結構面倒だと思うが、心配しないで頑張ってくれ!」

 樽爆弾を今立っている場所に置いたまま、アビスとスキッドに近づき、そしてまるで何か作戦でもあるかのように呼びかける。



「追い込むって…どこに追い込むんだよ?」
「まっ、それは見てれば分かる事だ。とりあえず今はむりむりにでもいいから2頭の距離離すのが先かもな」

 スキッドはそのやや意味深な言葉、そして、それを本当に実行するとしてどこに追いやるのか、指を差さずに説明していたテンブラーに聞こうとするが、聞かれた本人は今は目の前の2頭の桜色の飛竜と戦い、そして2頭の距離を何とか離すのが先決だと見たのか、結局確実に理解の出来る答えは秘密となった。

「とりあえず今はこいつでも使っとくか……」

 テンブラーは腰の後ろにつけていたポーチから何やら妙な蟲を強引に詰め込んだ玉を取り出した。

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