〜〜■◆ 道化師ピエロの楽しい楽しいお時間だよ〜(笑) もう笑ってちょ〜だ〜いwww ◆■〜〜



やあ良い子のみんなぁ〜。今日はこの私がと〜っても楽しいお話を聞かせてあげるからね〜。
突然現れて何者だこのおじさんは、と思う子も多いかもしれないけど、おじさんはこれが仕事だから、楽しく聞いてちょうだいね〜。

あ、勿論お代は要らないよ? これから未来作っていく子供達からお金を取るなんて、出来ないでしょ〜?
だから、肩の力を抜いて、気分をゆったりとさせて聴いてくれればいいからね〜。
おじさんにとっての最高の代金は、君達の笑顔だからね〜。それこそがどんな代金にもまさる究極のお代なんだよ〜。

実はおじさんねえ、この前も別の広場で子供達に面白〜いお話を聞かせてあげたらね、それはもう皆から拍手をもらっちゃったよ〜。
皆次々に楽しかった! 面白かった! また聞かせてね! って言ってくれたから、おじさん感激しちゃったね〜。
喜ぶ顔を見るとおじさんも上手く話をした甲斐があったって実感出来て、本当に気持ち良くなるんだよね〜。

勿論子供達は楽しいお話を聞かせてもらった訳だから、誰かに話したくなる子もいるんだよ〜。
おじさんはおじさんがしたお話を誰かに教えてくれると言うのも大歓迎さ。
これでおじさんの評判も色々な所に広がるから、喜べる話だと思うでしょ〜。

だけどね、ちょっと皆に聞いて欲しい事があるから、聞いてくれるかな〜。

時々その子供達のお母さんから文句を言われる事があるんだよ。
内容としてはね、あんまり詳しくは言いたくないんだけど、こんな事が多かったね。
変な話を聞かせないでくれ! これが凄く多かった。

おじさんは決して子供達を洗脳する為にお話を聞かせてるんじゃないんだよ。
楽しんでもらいたいと同時に、これから未来を作っていく想像力を養ってもらいたいと言う意識で、活動してるのに、
少しだけ悲しくなってしまうんだよね〜。

皆はそんな事しないよね? いや、君達のお母さんはそんな事言ってこないよね?
おじさんは一生懸命お話考えて聞かせてあげてるのに、それを有害だなんて言ってこないよね?
君達は分かってくれると信じたいから、それじゃ、早速おじさん頑張ってお話するから、聞いてね!







■■ それでは、楽しいお話の始まり始まり〜! ■

    〜〜 タイトル:不思議な力 〜〜

ここはとある街です。

一人のさえない翠牙竜の武具を纏ったハンターが見るからにホームレスと言った感じの外見の男性を見つけました。
男はボロボロの服を着ていて、ボロのシートの上で胡坐あぐらをかいていました。

最初はそのハンターは少しからかってやろうかと、しばらく男の様子を眺めてました。




そのボロの男の目の前を、腰の曲がったお爺さんが横切っていきました。
すると、そのボロの服の男は突然口を開いたのです。

「スパイスをまぶしたウィンナー」

ウィンナーと言えばあのちょっとだけ曲がった部分が特徴的だから、その部分をお爺さんの腰に例えれば、
なかなか面白い発言となるかと思います。
しかし、スパイスとはどう言う意味なのでしょうか? まさか、意外と頑固なお爺さんだとか?



そして次に横切ったのは、見るからに太った少年でした。
一体今度は何をお爺さんは口に出すのでしょうか?

「魚の背骨の天麩羅てんぷら

これはどう言う事なのでしょうか?
太っているから良い体格であるはずなのに、身も無い姿として捉えられてしまっています。
何故、これだけ恰幅かっぷくの良い少年が骨扱いなのでしょうか?



すると今度はミニスカート姿と長い髪の、少女らしさが存分に表現された女の子が横切りました。
お爺さんはその姿を見て何を言い出すのでしょうか?

「喫茶店の店員の少女」

確かにそれは正しい答かもしれないですね。この可愛らしさならば、少女目的でやってくる客も出てくるかもしれません。
お爺さんも案外下心があるのかもしれないですね。



そして、次に現れたのは、黒のジャケット、そして黒のズボン、黒のサングラスと言ういかにも強面な巨漢の男でした。
この強そうな男に対してはお爺さんは何と言うのでしょうか?
あまりこの人を評価したいものでは無いとは思うのですがね。

「苔豚の丸焼き3匹」

一体何が言いたいのでしょうか?
まさかモンスターにでも例えているのでしょうか?
仮にそうだとしても、苔豚を3匹集めた所で大した強さにはならないかと思います。
これだけの姿なら、火竜でも充分行けるかと思いますよね。

だけど、どうして丸焼きなの?



その次に横切ったのは、痩せ型で、眼鏡をかけた20代ぐらいの女性でした。
まるでどこかの研究所に努めているかのような雰囲気です。

「マッチョマン型のチョコレート菓子」

どうしてこんな無駄な脂肪のまるで無いような人が筋骨隆々な人間に例えられるのでしょうか?
将来の姿なのでしょうか? それとも、旦那さんなのでしょうか?
そして、チョコレートとは、どんな意味なのでしょうか? まさか、甘いと言う言葉になぞらえて甘さ、つまり優しさでも表してるのでしょうか?



最後になりますが、今度は良い肉体を持ったランナーが横切りました。
汗を流す姿がとても男らしさをアピールしていますね。

「バナナの皮」

どうしてなのでしょうか?
これだけ男らしく汗を流している男をこのような表現で終わらせてしまって良いのでしょうか?
それとも、うっかりそれを踏んでしまい、転ぶと言うお茶目な意味合いでも含ませているのでしょうか?



ボロの男を眺めていたハンターは、とうとう我慢し切れず、一体横切った人達の何を見て呟いていたのかを訊ねる事にしたのです。
何を基準にしてあのように言っていたのか、分からないからこそ興味が生まれたのです。
一瞬は生まれ変わった後の姿とか、その人の本性とか、色々と考えてはみたけど、やはり答が定まる事は無かったのです。
それならば、いっその事本人に聞いてしまえば良いと、ハンターは行動したのです。

ボロの男に話しかけると、その男は突然ハンターの頭に手を乗せてきたのです。
すると、突然周囲が光り輝き、そして光が消えると同時に、その男は姿を消していました。



そこで初めてハンターは理解したのです。
あのボロの服を着た男は、目の前を通った人間が直前に食べた物を言い当てる能力を持っていたのです。
まさか、あの男は神様か仙人の生まれ変わりだったのかと色々と想像しながら、ハンターは普段通り、狩猟を続けるのでした。



〜〜おしまい〜〜





さあみんなぁ〜。今回の物語、楽しめたかな〜?
これを考えるのおじさんとっても苦労したんだよ〜。だけどみんなが楽しんでくれた顔をしてくれるだけでおじさんは大満足さ!

お話の世界はとっても愉快だと言う事は知ってるかな〜。
現実ではありえない事を簡単に繰り広げられるのが凄くいい所なんだよ〜。
こう言う不思議な能力を持った人のお話は子供を軽々と釘付けにするんだよ。

あ、そうだ、実はおじさんちょっとこれから用事があるから、席を外させてもらうね。
本当はみんなともっとたわむれたかったんだけど、どうしても時間が無いんだよ。
本当にごめんね!

それと、読み返すのは結構だけど、後から読み直したからと言って感想を変えたりするのは、ダメだよ?

それでは、みんな! 御機嫌よう!!






                           ■■レベッカとの面会シーンへと、いざ……■■
                           ――デイトナだって、馬鹿な少女では無いのだ――

                               ε Chill gradually coming…… υ






ガラガラ……



 アーカサスの国立病院の4階に位置する、レベッカのいる病室のスライド式のドアが開かれる。

 皮膚科に属するこのフロアに、オレンジ色のセミロングの髪を持った少女がやってきたのである。

「レベッカ、ワタシだけ……うぅっ!!」

 デイトナは肩まで曝け出された右腕だけでドアを押し開け、レベッカの名前を呼びながら病室へ入ろうとするが、突然鼻に強烈に突き刺さるような悪臭に襲われる。

 一瞬でも我慢する事が出来なかったデイトナは、左手で強く鼻と口を押さえ込んだ。



(ちょっ……何このにおい!? 最悪……!!)

 思わず赤縁あかぶち鏡の奥にある緑色の瞳からうっすらと涙まで滲ませてしまうが、きっとこの感じだと同じ場所で寝ている患者達もこの悪臭に困っているに違いない。白いカーテンで囲まれている為に、その姿は直接は分からないものの、きっと何かしらの感情を抱いているはずだ。

 デイトナはこの臭気から病室を救わなければいけないと半ば勝手に責任を押し付けられたような気になり、左手で鼻と口を保護しながら、一気に病室内の窓へと走り抜ける。



 左右に4台ずつそれぞれ設置されているベッドの間を進み、そして窓のロックを右手で素早く外し、ようやく外の空気を病室内へと入れ込んだ。

 夕方の涼しげな風が窓を開けたデイトナを付き抜ける。その風の力が多少強かったからか、デイトナの白いロングスカートが膝から太腿の中間部分まで持ち上がった。ある程度長さがあったからそれ以上の問題は発生しなかったようではあるが、デイトナ本人は別の事に意識を集中させているのだ。

「げほっ……げほっ……はぁ……はぁ……」

 外の新鮮な空気を浴びると同時に、デイトナは窓から軽く上半身を突き出すような体勢になりながら一度大きく咳き込んだ。息を止めていた時間が苦痛だったのだろう。そして、改めて空気を体内に取り入れる為に、疲れたような表情で口を開けた。

 風自体はまだデイトナに吹かれ続けている為、オレンジ色の整えられた髪の一本一本が多少細かく揺さぶられているが、もう気が済んだであろうデイトナは室内へと身体を引っ込めた。無論、窓は開いたままにしている。



「ナ……ナニヨ……。アンタ……ナニシニ……キタノヨ……」

 レベッカのベッドだけはカーテンが開いた状態となっており、デイトナの窓を開く様子を見る事が出来ていたらしい。しかし、レベッカがかける言葉は、相変わらず冷たい。そして、毒の影響で野太かった。

「いや、何って……。さっきエディにあってね、それでレベッカが酷い事言われたって本人から直接聞かされたから、心配になって来てみたのよ」

 そのレベッカの変わる事を知らない態度に一瞬苛立ちを覚えながらも、デイトナは4階までやって来た経緯いきさつを説明する。窓から流れる空気がある程度室内の空気を洗浄してくれているからか、デイトナもある程度は臭気には我慢出来てきている様子だ。



「ジャアアタシガモラシタコトトカモゼンブキイタッテコト!?」

 レベッカはいぼの影響で一気に細くなった目に濁った涙を浮かべながら、自分の今の現状を喋られたのかと考え、デイトナに怒りをぶつける。

 そもそも、この悪臭の原因はレベッカの失禁であり、身体のコントロールが上手く出来なかった事が原因ではあるのだが。

「え、あ、んと……まあ、んと……そんな、事じゃない、ん……だけど、んと……」

 それに、よりによって臭気が異常に強い方を失禁させている以上は、デイトナも単刀直入に返答する事が出来なかった。それに、デイトナ自身もそれを明確に表現しようとも思わないだろう。



「ナニアンタフザケテルノヨ!? オモッテルコトアルナラサッサトイエバイイジャナイ!! クサイオンナダッテオモッテルナラサッサトイエバイイジャナイ!!」

 レベッカは自分を悪い意味で認めてしまっているらしい。ベッドの上で上体を起こした姿で、無駄に躊躇ためらうデイトナの態度と、そしてその同じ少女として比べれば、あまりにも整えられすぎている容姿に腹を立て、再び野太い声で怒鳴り出す。

「そんな事思ってないわよ……。それにそうなったのだって別にレベッカのせいじゃないじゃん。そんな諦めるような事言わないでよ」

 もう完全に自分が最低評価を下されている人間だと思い込んで、野太い声で怒鳴り散らしてくるレベッカである。

 デイトナはそんなレベッカの態度に一瞬強さと怖さを覚えてしまったのか、僅かに後ろに下がりながら困った色を映した緑色の瞳を軽くキョロキョロとさせる。それでもデイトナはレベッカに希望を持ってもらおうと、言葉をかけ直す。

 窓を開けているとは言え、未だにレベッカからはとある事情による臭気が漂って来ている。



「マタケッキョクジブンノカオジマンシニキタノネ!? アンタニドウジョウサレテモウレシクナイッテコノマエイワナカッタッケ!?」

 言い方が悪かったのか、それともその気力を回復させろと言ってくる相手の容姿の正常さに腹を立てたのか、レベッカは弱々しくなった右腕で濁った涙を乱暴に拭い取りながら、以前言い飛ばしたであろう言葉を思い出させようとする。

「ちょっと待ってよ! だから違うんだって! ちゃんとレベッカに分かってほしくて来たんだってば!」

 レベッカの考えが明らかにずれているものだと察知したデイトナは、一度自分とレベッカの意見のぶつかり合いによって生じている論点の相違を解決する為に、本当に自分がここで何を求めているのかを明確に、単純に伝える。

 必死さが込められているからか、無意識にデイトナの両手がベッドの手前部分に備えられた鉄製の柵を強く握る。



「アンタミタイナヤツシンヨウデキルワケナイワヨ!! サッサトカエッテ! コンナカオミラレタクナイノヨ!!」

 既にえんを切り落としている相手から必死に言われても、レベッカは受け入れる事が出来なかったようだ。邪魔でしょうがないオレンジ色の髪の少女を追い払おうと、疣でやられた左手を投げるように振り続けている。

「そうなの! ワタシもちょっとその話しようと思って来た所なの! エディが酷い事言ってきたみたいだけど、あんなの気にしないで!」

 あまり一つの箇所だけに限定したくは無いのかもしれないが、デイトナはレベッカが一番気にしている部分を分かる事が出来たようだ。最も、それは言われなくても性別と年齢を考えれば数秒見ただけで分かるとは思うし、デイトナだって初めてこの姿を見た瞬間に分かっていた事だろう。

 先程エディから聞かされた話の一部を思い出すが、今のデイトナに出来るのは、エディのただ絶望感しか与えなかったであろう言明の撤回だろう。ややトーンの高いその声色を張り上げながら、レベッカの精神の回復を願う。



「キニスルナッテドウイウコトヨ!? アンタノイッテルコトゼンゼンイミワカンナイ!!」

 具体的な解決方法を伝えず、ただ気持ちだけでどうにかしろと言っているように感じたレベッカは、もっとデイトナに分かり易さを追求させる。

 掛け布団を強く握っている両手が震えているが、恐らくその手で、デイトナの現時点でのレベッカと比較すれば憎い程に長く美しい髪を引き千切ってしまいたいと心で思っているのかもしれない。自分と同じ姿にする為に。

「いや、ワタシもこの流れよく分かってないんだけどさあ……。あのね、エディの言う事なんてもう気にしない方がいいのよ。多分レベッカのその今の状態の事とかで中傷とかしてきたんだと思うけど、心配しないでって! その顔ちゃんと治るから!」

 デイトナもこの一時的なやり取りの意味合いが少し理解し難いものだったと思ってしまったからか、左の指で長い揉み上げを軽く掠らせるように触りながら、自信が無さそうにやや小さめな声で言い返す。

 その髪を触る些細な動作、そして髪から顔を出している耳に装着されているリング状のピアスも、レベッカにはしゃくに障る嫌忌けんきな行為として映っている可能性がある。

 そんな事はきっと知らないであろうデイトナは声の高さを平常状態に戻し、エディの言葉よりも、自分の内容を信用して欲しいと願う。第三者の立場で考えれば、服装も言動も乱暴な印象を受けるエディよりも、優しさや可愛らしさと言う柔らかさを表現した服装や言動を意識しているデイトナの方に付きたくなるのかもしれないが、レベッカにとってはどちらを選ぶべきか迷う所だろう。



「ウソイッテアタシノコトゴマカスキ!? えでぃダッテイッテタノヨ! モウアタシノカオイッショウモドンナイッテネ!!」

 やはりレベッカの感情には負の力が強く纏わり付いてしまっているからか、デイトナ本人から見れば必死且つ、本気であるその慰めも、レベッカの荒れてしまった耳を通り抜ける頃にはもう悪口に近いものに変質してしまっているらしい。

 元恋人だったエディ、そして彼の毒ばかり詰められた発言がよほど心に突き刺さっていたのか、思い出して再び涙を流し始める。泣きながら怒っている所が、デイトナを不安にさせる原因となっているのだ。

「そりゃそうよ。エディはレベッカの事追い詰める為にわざとそう言う風に悪く言ってるんだから。一生戻んないってのが嘘なのよ」

 他の友人が相手の時は明るく社交的な性格を見せてくれているデイトナであっても、エディの性格を知っているからか、エディに対して冷たい色の灯った言葉でレベッカへと言い返す。

 それでもデイトナにとって、エディは怖い訳だから本人がここにいたら今のような発言は出来なかっただろう。だが、冷静に聞けばレベッカに希望を与えてくれるものが含まれているのも事実だ。



「アンタシツコスギ!! モウドッカイッテクレル!? アンタノカオミテタラスゴイハラタッテクル!!」

 しかし、冷静に聞いてはくれなかったようだ。レベッカはまるで病原体の塊のように見えているデイトナを追い出そうと、乱暴な口調を見せ付ける。何を言って来ようが、デイトナの姿がただの腹が立つ女にしか見えないのは時間が経っても変わらないらしい。

「悪かったわよしつこくて……。けどさあレベッカ? 自分の顔昔のように戻したいっては思わないの?」

 デイトナのその諦めたような溜息を零した後に見せた謝罪と、今デイトナがこの病室にいる事実、この2つはやや矛盾していると言える。

 だが、デイトナは本心では諦める事が出来なかった。一瞬下を向いた際に、水色と白のストライプの模様があしらわれたベストの右部に付着していた小さなほこりが目に映る。女性としてなかなか充分に膨らんでいる胸の部分を右手で払いながらレベッカに質問らしい質問を投げかける。



「ウルサスギヨアンタ!! シツコイッテジカクシテルナラモウドッカイッテヨ!!」

 デイトナを追い出す為に使う言葉はもうそのたぐいしか思いつかないのか、レベッカはもう何度目かも分からない暴言を吐き、デイトナを罵倒する。デイトナ本人も自分自身の性格を分かっている様子だから、その点についても言及している。

「だからそんな事どうでもいいから、戻したいかどうか聞かせてよ!」

 デイトナはレベッカの罵倒を無視し、両手を握り締め、持ち上げながら再度聞き直す。まあ、答はきっと聞かなくても直感で分かっているのかもしれないが。



「アンタニサシズサレタクナイワヨ!!」

 デイトナからすれば、指図をしたつもりは無いだろう。しかし、レベッカからはそのように捉えられてしまっている。

「はぁ……。あっそ、分かったわよ……。じゃあ戻りたい事前提で勝手に喋らせてもらうわね……。あのね、その顔ちゃんと戻るから! 絶対戻る! ワタシ先生から詳しく聞いたのよ! そしたらちょっと時間はかかるけど、確実に昔の顔に戻れるっておっしゃってた!」

 ここでしつこく聞き直し続けていても、断られるばかりで話が進まない為、デイトナは勝手に相手の意見を決めてしまう事にした。兎に角今は、復元される事を強くレベッカに植え付けてしまえば良いと自分に言い聞かせ、軽く笑顔すら混ぜながらデイトナは最後まで言い切った。

 レベッカは直接デイトナの動いている姿を見ていないだろうが、確実にデイトナは動いていた事だろう。



「サッサトドッカイッテッテノ! バカナキヅカイシナクテイイッテ!!」

 思い切った広言を見せてきたデイトナであるものの、レベッカを納得させるにはまだまだ無理なレベルであったようだ。寧ろ、勝手に話を進めるその自分勝手とも捉える事の出来る言動がストレスに拍車をかけてしまったのだろう。

「そっちにとってはワタシなんてそんな風に思われてるだろうけど、でも元の自分に戻りたいとか思わない!?」

 ここまで言われれば、デイトナも自分の見られ方を本当に諦めるしか無いだろう。だが、やはりレベッカ自身からの言葉を貰いたいと思っている。やや悲しげな感情すら混ぜながら、これで何度目になるか分からないが、聞き直す。

 因みに、ここまで来る頃にはもうあの異臭には鼻が慣れてしまっているらしく、殆ど何も感じなくなっていた。



「ダカラナニヨ! マサカアンタジブンノソノカッコウジマンデキルトオモッテルノ!? えでぃモイッテタケド、ヤッパリアンタハタダノメガネナノヨ!」

 そのレベッカの台詞を聞くと、デイトナに対する返答としては非常に相応しくないものだろう。ただ、喋っているデイトナをののしっているとしか思えない。もう少し返答と言う名に相応しい言葉を考えられないのだろうか。

「はぁ……やっぱりレベッカもエディと全く同じ事思ってたんだぁ……。ワタシ別に自分の格好が一番とか思ってないから。それに、ハッキリ言うけどワタシはレベッカと喧嘩しにやって来たんじゃないからさあ、お願いだからちゃんと聞いてよ」

 恐らくは恋人同士としてのえんを切っているであろうエディであるが、昔は関係を保っていたと言う関連性が、現在のレベッカを作り上げているのだとデイトナは虚しい溜息をいた。

 どちらにせよ、レベッカに自分の想いが伝わって欲しいと願っているのだ。



「ウッサイワネェ!! アンタノコエキイテタラハラタツノヨ!! アンタナニカラナニマデジマンダイスキオンナ――」

 また同じような罵倒がレベッカから飛ばされる。レベッカは自分の野太い声と、デイトナの鈴のようなトーンの高い声を比較するなり、今まで言ったような事を飛ばしたのだ。

 やはり怒り以外の感情をデイトナに見せるつもりは無いのかもしれないが……



――遂にデイトナの中で、何かがキレ・・た……――



あんたホントいい加減したらどうなのよこの馬鹿女王気取りがさあ!!!

 とうとう我慢出来なくなってしまったのか、デイトナは両手を腕が震える程に非常に強く握り締めながら、対角線上のベッドにいる人間さえも耳を塞ぎたくなるような怒鳴り声を病室内に響かせる。元々少女は声自体が高めであるから、本気で怒鳴った際の音量も半端な威力では済まされない。

 もし目の前にテーブルか、それにたぐいするものが設置されていたら、間違い無く両手をそこに叩きつけていただろう。



「ナニ……アンタ……」

 今まで見た事も無いようなデイトナの怒りの態度に、レベッカは声を失い、ぼそぼそと小さく呟いた。それでも、内心ではデイトナの事を煩い女だと思い続けているのかもしれない。

「折角人が真面目に喋ってんのに何あんたさっきからワタシの事ウザいだの馬鹿だの自慢してるだのって言ってんのよ!? あんたこそさっきから何様のつもりなのよ!? 言ってみなよ!? 聞いてあげるから!!」

 怒鳴り声を継続したまま、デイトナは自分の話も聞かず、誹謗ひぼうばかりを飛ばしてくるレベッカに激しい剣幕を見せ続ける。

 普段は明るさと可愛さを灯している緑色の瞳も、今は激高げっこうによって先端が鋭くなっており、そして白い歯の並ぶ口もその感情に影響されて言葉一つ一つを放つ度に大きく開かれる。

 怒鳴る際にその整えられた口から唾でも飛んでしまうのかと思われていたが、実際は一滴も飛ばずに済んでいる。性別は無関係であると思われるが、流石に少女であってもそれはあまり喜ばしくは無い話である。



「ナ……ナニ……ヨ……。ドウセアタシノカオガコウナッタカラ――」
「だからさああんたそうやって勝手に決め付けんのやめてくれる!? ハッキリ言って凄い不愉快!! もう不愉快過ぎる!!! ワタシはねえそうやって思っても無い事勝手に他人ひとに想像されたりすんの凄い嫌いなのよ!!」

 再びレベッカは自分の破壊された容姿について何か言おうとするが、すぐにデイトナに読み取られてしまい、再び荒げた声で押え付けられる。

 デイトナにはもう固定された信念があるからか、それを否定しようするレベッカが相手でもまるで引き下がる真似をしなかった。本当にレベッカを侮辱するつもりは無いのにと、オレンジ色の前髪を左手で横へと払った。



「カッテニッテ……ジャアアンタドウオモッテンノヨ……?」

 怒鳴ってまで悪意を持っていないと非常に強く主張するデイトナを僅かに信じようと思ってしまったレベッカは、デイトナが本心で何を考えているのかを弱弱しく訊ねる。何故か、ここに来て一気に力関係が逆転してしまっている。

 デイトナが怖いのだろうか、布団を握っている両手の力が最初の時に比べ、明らかに弱っている。

「どうも思ってないわよ別に! あんたワタシがあんたに対して変だとか気持ち悪いとか思ってるって思い込んでるみたいだけど、ワタシがいつそんな事言ったのよ!? 教えてくれる!? いつ!? いつワタシが言ったの!? 或いは思ったのよ!?」

 何も考えていない、と言う事では無く、レベッカを中傷するような思考は一切抱いていなかった、と言う意味を表現しているのだ。特に、今の台詞の最初の部分が。

 レベッカから見ればデイトナの心がそのように考えてしまっていると思われていたようであるが、それを確認する事が出来たのがいつなのか、責め立てるように一歩前へと出る。少なくともデイトナは直接口で言う事は勿論、心の中でもレベッカの身体的な悪口を考えた事は無い事だろう。



「アンタノ……カオミテナントナク……ヨ……」

 それは嫉妬の意味合いも含んでいるのだろうか、デイトナの赤いふちの眼鏡がこの瞬間だけ、妙に輝かしく、そしてデイトナ本人の魅力を引き出しているようにレベッカは見えたらしい。

 だがそれは結局、見た目だけでの判断なのだ。

「ワタシって事故に遭った人馬鹿にするような顔に見えるの!? そっちから見たらワタシはそんな腹黒い馬鹿女に見えるかもしれないけど、ワタシはそんなつもり全く無いから!」

 レベッカの直言のようなものを受けたデイトナは、自分がそのような性格だと思われているのかと、自分の容姿に不安を覚えてしまうが、それはレベッカに限られた感想であると言い聞かせるかのように反発する。

 自分のその眼鏡やピアスで細工をした可愛らしさが、密かに他者を見下す所を生み出していると周辺から思われているのかもしれない。しかし、それは文字通り、ただの細工であり、姦計かんけいを隠している訳では無いのだ。



「アンタハチガッテモ……トモダチトカカレシトカイッテタ――」
「ああそこも全然気にしなくていいから!! ワタシはねえそうやって人の身体の悪口言う奴大っ嫌いだから! 友達だろうが何だろうがそんな事言う奴と一緒にいたくないし!」

 デイトナ自身は他者を侮辱しないお人好しな女の子であっても、その周りにいる知人、友人もデイトナと同じこころざしを持っているとは限らないだろう。あまりにも極端な例で言えば、自分は喫煙はしないが、友達は平然としている、と言った所である。

 だが、デイトナの返答には、≪他者だから例外的に……≫と言う要素は含まれていなかった。

 誰であろうが事故で不幸な目に遭った人間を侮辱する者は絶対に許さないその精神は、見方によっては安心出来る少女であると同時に、彼女にとって最も恐ろしい特徴でもあると見る事が出来るだろう。だが、とりあえず普通にしていれば大丈夫だとは思われるが。



「ジャアカレシハドウナノヨ!? アイツナライイカネナイ――」
「言わないからブラウンは! 今言ったわよねぇ人の悪口言う奴は大っ嫌いだって! もしブラウンがそんな事言うような最低男だったらとっくに別れてるわよ! ブラウンは本気で信用してるから今も付き合ってるのよ! あんたいい加減疑うのやめたらどうなのよ!?」

 友達の話は聞けたが、友達以上の関係を持つたった1人の話だけはまだデイトナから直接されていなかった。レベッカはそこも直接聞きたかった為に、まるで初めから疑っているかのような態度で聞こうとするが、すぐに返答はやって来る。

 デイトナだって、平気で人を侮辱するような男とは付き合いたくない様子である。怒鳴り声は最初に比べれば収まっているとは言えるが、それでも大声と言う表現は充分正しいと言えるし、その発言内容にはとても本人には聞かせられないような棘が混ぜられている。もしこれが廊下にまで聞こえていたら、多分悲惨な事態を見る事になるかもしれない。

 それでも自分の性格を勝手に決め付けられる事にまだ耐えられないのがデイトナなのだ。



「ヨクイッタワネ……。イマノチョクセツキカレテタラアンタオワッテタワヨ?」

 今のデイトナの様子を黙って見ていたレベッカは、恐らく恋人同士の交情に終焉が迫る可能性があるだろうと、野太さが消えないその声で淡々と言った。

「大丈夫、そこんとこは心配しなくていいわよ。ブラウンはホントに信用出来るし、もし聞かれてたとしても……その時はその時だし」

 それを言われてデイトナもその今の自分の発言については問題が無いと言っているが、声を荒げるのをやめている辺り、心のどこかでは非常に心配している様子だ。

 それでも彼氏を信用しているからか、事情さえ話せば分かってくれるだろうと言う希望を捨てずにいるが、途中でいきなり歯切れが悪くなっているから、実際は怖いようだ。



「アンタ……ホントハコワインジャン……」

 彼氏に攻撃でも仕掛けるかのようなデイトナの言動が愚かに見えたのだろうか、レベッカは呆れたかのように元々細くなってしまっている目を更に細める。その怒り以外の感情を見せている辺り、ようやくデイトナと分かり合えたのかもしれない。

「そうね、普通は今みたいな事直接ブラウンなんて言える訳無いからね。でもあんたとそうやって言い合ってる内に腹立ったから思わず言っちゃったのよ」

 もし本当に今の言葉をブラウンに言えば何を言われていただろう。いや、言われると言うレベルでは済まされないかもしれない。普段のデイトナからはあまり想像したくないような辛辣な表現すらも使っていたのだから、危ないと言えば危ない。

 しかし、そうさせてしまったのはレベッカであると、デイトナは言い切った。



「ソレデケッキョク……ナニガイイタイノヨ……」

 それでもまだレベッカには理解出来ないものがあり、再びその表情に暗い色を見せながらデイトナを凝視する。暗い表情とは言っても、デイトナを心配している訳では無く、デイトナも生真面目に見えて時折空気を読み間違える事があるのだと少し馬鹿にしたかのようなものなのだが。

「ワタシはねえ、またレベッカと狩猟行きたいって思ってたのよ。理由は、まああんまりこんな事言うのもあれだけど、そんな風になったから多分周りから仲間がいなくなって寂しい思いしてるんじゃないかって思って、来てみたのよ。結局腹立つ言い方かもしれないけど、ワタシはまたレベッカと一緒に狩猟したいのよ」

 昔レベッカから受けた仕打ちの件はどうなったのだろうか、と聞きたくなるようなデイトナの答だった。

 その表情には、いつものデイトナらしい愛らしさのある笑顔が灯っており、まるでレベッカの持つ狩猟の腕前を信用しているかのように優しく自分の思いを言い渡す。

 レベッカとまた共に行こうと考えたその動機が、単にレベッカが可哀そうに見えたからと言う単純な理由だけでは無いようにも見える。だが、その捉え方にも寄るが言われた方はそれであっさりと納得しようとは考えてくれないかもしれない。



「ソレ……ホンキデオモッテルノ……?」

 レベッカにとってはきっとデイトナの方から共に狩猟に行きたいなんて言われたのは初めてなのだろう。今言ってきた事が本当に事実なのかを確かめるかのように、首を傾げながら再確認を取ろうと口を動かす。

「うん思ってるわよ。ちょっとさっきは怒鳴ったりしてごめんね」

 単刀直入な返答であるが、それでもデイトナにとって真剣なのは間違いない。

 少し時間はかかり過ぎたのだろうが、ようやく互いに心を許す事が出来る環境を作る事が出来た為、デイトナは笑顔と気まずさの両方を混ぜながら謝った。



――両手で長い後ろ髪をかき上げながら……――



「それに、レベッカはさあ、性格さえ無視出来れば充分腕は立つと思うし、もうちょっと性格押さえてくれれば他の皆ももっとレベッカの事慕ってくれると思うし……」

 デイトナはまるでレベッカに一つの戒飭かいちょくでもするかのように、短所が原因で長所が大きく損なわれてしまっている事を伝える。

 今なら、レベッカの感情も激甚げきじんな値から既に外れている訳だから言いたい事もより明確に伝えられるかもしれない。

 だからこそ、デイトナも怒りの感情を完全に捨て、出来るだけ相手が受け止めやすいように配慮をしながら再度普段の考えを改めるようにと説得を試みる。相手は同性であると言うのに、その手を合わせながらレベッカを見つめるその姿が妙に可愛いが、それが本来のデイトナなのだろう。思いやりがきっと彼女の強みであるに違いない。

「アタシダッテネェ……。アマクデキリャクロウシナイワヨ……。ナメラレルノハモウヤダシ……」

 今のレベッカならば、罵倒だけして何も考えないで終わらせないはずだ。しかし、逆にその冷静さが嫌な過去でも思い出す原因となってしまったのか、その嫌な事情を誤魔化して忘れるかのように掛け布団に顔を埋めた。



「いや、誰も甘くしろなんて言ってないわよ。そこら辺の力加減大体分かるでしょ? 自分が言われてあんまり嬉しくない事は人にしちゃ駄目なのよ。まあ厳しさってのも時には大事だと思うけど」

 デイトナも相手の心情を理解する力は持っているであろう。その嫌な思い出自体にも配慮を加えながらも、これから考えて欲しいと説得を施す。甘やかす事は指導の上では職業柄を考えれば非常に危険ではあるが、逆に鞭を打ち過ぎて支配下に置くような方法でも、ものは覚えられないだろう。

 だからこそ、今までのように上から目線をやめるようにと回りくどく頼み込んでいるのだ。

「アンマリッテ……」

 レベッカはそれは自分が今まで振舞ってきた態度を見直してなのか、それともいきなり態度を変える事に戸惑っているからなのか、デイトナのたった一つの単語に対して多少嫌な表情を作りながら呟いた。



「それに、そう言えばあんたに弟いなかったっけ? もし会った時にそんな何もかも捨てたような姉さんの姿見たら、ガッカリされるんじゃないの?」

 デイトナは一度家族の話なんかを持ち出した。きっと昔にふと聞いた事があったのだろうか、デイトナはふと思ったのだろう。今のレベッカの物理的な外見は元より、絶望感に落ちた心が弟に見られたら不味いと察知したのだろう。

 肉親を出す事で敢えてレベッカにプレッシャーを提供して、病気に打ち勝つ為の精神力を付けさせようと思ったのかもしれないし、ひょっとしたらデイトナにも弟がいるのかもしれない。

「アイツノコト……オボエテタンダァ……」

 レベッカが普段弟に対してどのような振舞いや接し方をしているのかはここでは分からないが、その呼び方を見る限りは、完全に甘やかしていると言う訳では無さそうだ。



「そりゃあ覚えてるわよ。あんた弟の笑い話してたでしょ? しかも凄い楽しそうにね。ミレイも凄いやな顔してたのワタシ覚えてるから」

 結構昔の話なのかもしれないが、デイトナは覚えていたらしい。

 換気の為に未だに窓は開けられており、その奥を見れば沈みかけた太陽によって暗くなり始めた空を見る事が出来る。デイトナは暗くなりかけている空を一瞬だけ横目で見ながら、レベッカの弟の話を思い出して、何故か僅かながら笑いを零してしまう。

「フン……」

 まだレベッカはデイトナを完全には認めていなかったからか、勝手に自分の家族の話をされて僅かに機嫌を悪くしてしまう。



「実はねえ、ワタシも姉妹きょうだいいるのよ。姉さんなんだけど、ワタシより10年以上年上のくせにだらしなくてねえ、ワタシが実家戻るたんびに怒らせてくれるのよあの人は。部屋は汚いし、掃除はしないし、しかもワタシの胸触ってきたり、パン……あ、いいやこれは……。まあ兎に角飛竜の研究家なんてやってるとは思えないバッカな姉さんなのよ」

 デイトナは弟はいないが、姉がいるようである。よっぽどデイトナを疲れさせてくれる姉であるからか、体勢的に楽になる為に両手を括れた腰に当てて身体を捩じりながら、聞かれてもいない姉の特徴を説明し始める。する側も女であると言うのに、結構過激な接触をしてくるらしい。まあ、それでもデイトナのスカートは長いからそこまで危険では無いのかもしれないが。

 だが、デイトナの方が怒るとなれば、実際の力関係は多分デイトナの方が上になるのかもしれない。

「アンタ……イモウトダッタンダァ……」

 レベッカにとってはデイトナの兄弟姉妹けいていしまい構成は初めて聞く話だったようだ。

 今のデイトナの性格はだらしない姉のせいでしっかりしているのか、それとも本当は姉側で生まれる事を親から期待されてその性格を授かったのか、どちらなのだろうか。



「年齢じょうだけはね。でもそんな馬鹿な姉さんの事とかも考えたら、ワタシもあんな所でやられる訳にいかないとか思ってさあ、それで結構必死になったものよ。あんただって、弟がいるんなら、もうちょっと頑張ろうとか思わない? ってか思ってよ」

 デイトナだって先日のアーカサスの事件で楽をしていた訳では無いのだ。仲間と一緒だったとは言え、何度も死ぬような思いを経験していたのだ。最後まで諦めなかったのは、自分を待っている肉親や知人がいるからだったのだろう。他人の存在が窮地きゅうちを乗り越える力になっていたに違いない。

 だから、レベッカにもそれを分かってもらおうと、最初は疑問形であったのに、結局命令形に言い換える。

「アッソ……」

 その返答は、何故かろくに話も聞かずに適当に放った返事とは思えなかった。

 納得はしているものの、デイトナの前だと素直に自分を見せられないからそんな態度を選択したのかもしれない。



「大丈夫だから。その身体もちゃんと治るから! そんなの一生で考えたらちょっとしたもんでしょ? ワタシが言ったらただウザいだけの眼鏡女なのかもしれないけど、だったらまたワタシの事またからかうぐらいの勢いで治るように頑張ってみたらどうなのよ? 人間ってのはやな相手がいるとなんでか分かんないけど本気になれる動物だから、頑張ってよ」

 恐らくしつこいと思われているであろうその助言も、デイトナからしてみれば何度でも言う価値があると考えられているだろう。

 きっとレベッカはデイトナなんかに上を進まれたくないとか未だに、そして密かに考えているのかもしれないが、それをなんとなく悟ってしまったデイトナは、本人なりに良い意味で自分を犠牲にしてレベッカに一つの目標を立てさせようと一考する。

 再びここでデイトナの明るく可愛い笑顔が映される。

「……ハイハイ……」

 毒の影響でその野太くなった声色からは逃れられないものの、そこにレベッカなりの可愛らしさもひょっとしたら映り込んでいるのかもしれない。その気になれば、相手がいるからこそ本当に病気に打ち勝てるのかもしれないのだから、嫌々ながらも納得をする。



「じゃあ、ワタシはもう出るね。ブラウンとの約束事もあるしさあ。じゃ、明日もきっとまた来るから、気ぃ落とさないで、おやすみ!」

 デイトナはこれでも彼氏を病室の外で待たせている状態である。あまり長く喋っていたら彼氏ブラウンに悪いだろうと考え、そして夜のブラウンとの予定も思い浮かべながらまた笑顔を浮かべる。

 その感情は単にブラウンとの関係だけから生まれるものでは無く、明日またレベッカと話すと言う予定からも生まれている可能性がある。

 その右手を持ち上げて明るい表情で挨拶をしながらベッドの前から去っていくデイトナの姿を見れば、その予測は正しいと考えても悪くは無いだろう。

「……」

 だが、レベッカはデイトナの手を持ち上げながら離れていく姿をよく見ていなかったようだ。軽く俯き、黙り込んでいる。それが意味するものは何なのだろうか。



(ちょっと途中怒鳴ってたけど、まあ多分防音かなんかあるわよ……ね?)

 左右に設置されている他の患者のベッドの間を歩きながら、デイトナの中でふと一つだけ不安になる事が頭をよぎった。

 まさか怒鳴ってしまった時に廊下にあの大声が漏れてしまっていなかったか、怖くなってきたのだ。あの時は周囲の事が頭に入ってくれなかったせいで感情に身を任せてしまっていたが、今冷静に考え直せば、どうしてもっと周囲の空気を読み取らなかったのかと後悔すると同時に、何かに襲われるような恐怖も感じてしまう。

 実際、同じ病室にいた患者達は確実に煩いと思っていただろう。それでも直接言ってこなかったのは、怒る体力すら残っていなかったからなのかもしれない。



 等と不安な想像をしている間に出入り口のスライド式のドアへと辿り着く。



―ガラガラッ……



 ドアの揺れる音が響き、廊下への道が開かれる。

 目の前には緑のコート、青い髪、そして髪と同じ色の細くも凛々しい目、間違いなく、デイトナが最も愛する男であり、その男が立っていたのだ。とりあえず、冷めたようにも見えるが、凛々しくも見えるその青い目を見詰めながら、デイトナはこれから言うべき言葉を渡そうとする。



「あ、ブラウン。今話終わっ――」



 その短い間に、ブラウンの青年らしい力の篭っているであろう右手がデイトナの頭部の上へ持ち上がり、そしてゆっくり握られる。

 その握られた拳が、デイトナのオレンジ色の髪を生やす頭部へと落とされる。



ゴツン!

「馬鹿野郎」

 頭に拳がぶつけられ、少女の頭から放たれたものとしてはやや重た過ぎであるとも言える衝撃音が響く。

 一撃を加えたブラウンは、その一文字一文字に間隔を置くと同時に強調も添えながら痛がっているデイトナを身長差の都合から上から見下ろす。明らかに怒っている様子であり、彼の青い目にもうっすらと怒りが灯っている。



「ったっ……。ちょっと何すんのよ……」

 拳骨げんこつと言う形である程度力は抑えられていたが、殴られたデイトナは頭に響いた痛みが苦しかったのか、両手で頭を押さえながら事情の分からないデイトナはブラウンに言い返す。

 本当は怒鳴って対応してやろうとでも思ったが、響く痛みによってうっすらと涙を浮かべてしまう。



「人の迷惑考えてなかっただろ? 廊下にお前の怒鳴り声が響いてたぞ」

 ブラウンはやや怒りの混ぜた声でこの病院全体に配慮が出来ていなかったデイトナの行動を見直させる。時間帯が夜に近いものだったのに、デイトナの廊下にも響く大声は大勢の人々、職員や患者に何らかの不都合を提供してしまっていた事だろう。

「え……?」

 病室を出るまでの間、廊下で何も起こっていない事を祈っていたが、デイトナの願いは通用しなかったようだ。

 開けっ放しだった病室のドアをゆっくりと閉めながら、気まずそうな表情でドアに背中を預ける。



「お前のせいでオレが先生達に謝る事になったんだぞ。オレがいなかったらお前どうなってたか想像してみろよ」

 不安げに戸惑うデイトナに向かって、ブラウンは一度何人か周りに立っている白衣の男性達を一瞥しながら、デイトナがレベッカと話している間に何が起きていたのかを淡々と説明する。

 どうやら案の定、外にデイトナの怒鳴り声が響いていたようだ。だから、関係者としてブラウンが代わりに謝罪していたとの事だ。きっと事情を説明するのが大変だった事だろう。

「あ、えっと……ごめんなさい……」

 自分のせいでブラウンに迷惑をかけてしまった事が怖くなったデイトナは、無理矢理苦笑を浮かべながら、そして軽く頭を下げて、代わりに謝罪を先生達にしてくれたブラウンに謝った。

 もしここが病院では無く、そして同じような状況だった場合、ブラウンに怒鳴られていたかもしれない。だが、ここは病院だから、騒ぐのは基本的に禁止事項である。



「オレに謝ってどうすんだよ? 先生に謝れよ」

 ブラウンから見れば、謝罪をする相手が違うと言う事で、本当は誰に謝罪をするべきなのかをデイトナに施した。何だか不味い空気になっている為、デイトナも早く何とかしなければいけないだろう。

「あ、そ、そうか……。ごめんなさい……」

 気付くのが多少遅かったデイトナは、一度ブラウンの正面から横へと数歩進み、白衣を着た医者の男に頭をゆっくり下げた。それ以上は特に言及されなかったのが救いだろう。

 涙はまだ消えていなかった。

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