国立病院を出た頃にはすっかり辺りは暗くなっていた。太陽も次の日に備え、その余りにも眩し過ぎる程の光を放出していた身体を休ませる為に、人々から見えない地平線の彼方へと姿を隠しているのだろう。

 実際は休ませているのでは無く、別の場所でまた新しい大地を照らしているだけなのだが、同じ場所にとどまり、そこで身体を休める人間達にとっては太陽との別れと表現しても案外間違いでは無いのかもしれない。

 結構前までは、太陽は海に沈んでいるとも仮説を立てられていたのだ。ドンドルマに夜がやって来るのは、結局の所は太陽が空から姿を消してしまうからなのだから、これから夜を迎える人間にとってはいちいち太陽の行方を気にしている気力は無いだろう。



 ドンドルマの夜道は現在、街灯で照らされており、そこには老若男女様々な人間が道を歩いている。これから目的を果たす者もいるだろうし、何人か固まって歩いている者もいる。一人一人特徴をあげていては一日が終わってしまう程に、多くの人間の姿が見えているが、病院を出てきた男女も今はその夜道を歩いている所である。



「それでね、レベッカったらそうやって自分の事、って言うか人生そのもの捨てたような言ってきたから、ワタシちょっと本気になっちゃってたのよ」

 きっとデイトナは病室にいた時の苦労話をずっとブラウンに打ち明けていたのだろう。

 緑のコートを着たブラウンの左に位置しながら、デイトナは多少表情に苦しいものを混ぜながらも、それでも愛人とのやりとりに相応しいような力を抜いた態度で口を動かし続けている。

「お前なあ、気持ちは分からんでも無いけどあそこまで怒鳴んのもちょっと迷惑だろ?」

 一度ブラウンは夜空を眺めながら、救いの無い状況に置かれていたデイトナの姿を想像するが、どうしても怒鳴ると言う行為だけは放置せずにはいられなかった。



「う、うん……まあそうだけど。でもあんまりほっとけなくて……。んと『もと』って言う余計なものくっ付いちゃうんだけど、その元知人だった人が追い詰められてて、それでしかも誰も手ぇ貸してくれてないとことか見てるとなんかほっとけないのよワタシ……」

 街灯の光がデイトナの身体を強く照らし、リング状のピアスを強く光らせる。まるでデイトナの感情を周囲に知らしめているようであり、当のデイトナも多少俯きながら、過去のあやまちを反省している。

 だが、かつては師友のような存在として見ていた相手なのだから、放置したくても放置出来なかったのだろう。心のどこかで本人を妨げる何かがあったが為に、無視し切れなかった様子である。

「思いやりがあるって事だよなそれ。なかなかいい心構えだと思うぞ」

 ブラウンはデイトナの考え方が一種の高見こうけんとして捉える事が出来たのか、青い目だけを左に動かしてデイトナを見ながら、表情に軽く笑みを浮かべた。



「そう? まあレベッカはちょっと嫌なとこも多いんだけど、多分ワタシが今日行ってなかったら、どうなってたかちょっと怖くなるし……。まあ大袈裟な事言うと、自殺とかしそうだったし……」

 デイトナにとっても意外な返答だったのだろうか。一度迷うように言い返す。

 その後は再びレベッカの姿を思い出す為に街道の遥か奥を緑色の瞳で見詰めながら、異なった未来を想像し始める。もしも・・・の世界は所詮は空想のようなものであるが、今回の事態を考えれば、空想と言う話だけで終わらせるのは残酷かもしれない。

 デイトナ自身であまりにも誇張し過ぎた例えを言いながら、眼鏡の奥で瞳を弱々しくさせる。

「いやお前自殺はねえだろういくら何でも。だけどお前なんでそこまでしてレベッカ護ろうとか思ったんだよ? お前にあれだけ言ってきた奴なんだろ? お前一人がそこまで力使う必要も無かったと思うし、他の誰かに任せとこうとか思わなかったのか?」

 誇張のし過ぎである点はブラウンにも殆ど予想通り指摘されてしまう。

 それよりも、ブラウンが気になる点としては、どうしてあのレベッカを助けようとデイトナが考えているか、である。捉え方によっては酷いものとなるだろうが、嫌な仕打ちを続けてきた相手ならば、今回の事件は一種の償いとして見る事だって出来たはずだ。

 しかしそれをデイトナはわざわざ助けようと手を伸ばしているのだ。だから、ブラウンは訊ねたのだ。



「ホントはその方がいいんじゃないかってワタシも思ったのよ。ワタシだってレベッカからは散々な扱い受けてきてたから、もっとレベッカと仲良しな……人がレベッカの面倒見ればいいんじゃないかってそう言う風に思ってたんだけどね、なんか様子凄い変だったから……」

 最初の一文で終わっていたら、デイトナもそこで一種の冷たさを持った少女として考えられてしまっていただろう。

 だが、その台詞から想像される過去を考えてみると、やっぱり他者が助けに入るのを待っていた方が良かったのかもしれない。それでも無視出来なかったのは、あの異様な空気の影響だろう。

 肩まで伸びたオレンジの髪が寂しく揺れる。

「まさかあいつ他の奴らにも見捨てられたって言う事か?」

 事情をよく知らないブラウンだが、話の内容から状況を読み取ったのか、レベッカが現在どのような状況下であるかを悟った。



「……うん、そうなのよ。いや、ワタシがいないとこでひょっとしたら会ってるかもしれないわよ。だけどエディの今日の態度見たでしょ? あの調子だとエディの事だから他の友達にも喋って笑い合ってるんだろうし、そんな話聞かされて、しかも今のレベッカの事直接見たら普通は皆納得するだろうし……。よりによってエディだから……」

 最初はあっさりと頷くが、途中で考えが変わったからか、一度修正をかけながら、現在のレベッカの状態を考え直す。

 もしかしたら目の届かない場所で何らかの交流を取っているのかもしれないが、エディの存在がその可能性を薄めてしまっている。病院から出て行ったエディがその後何をして、どんな感情を撒き散らしているかを想像すると、どうしてもレベッカの暗くなった姿しか考えられなくなってしまう。


「エディって、元はレベッカの彼氏かなんかだったんだろ? 随分酷い奴だったんだなあ。お前に対しても随分いい気なもんだったよなああの男は。オレがお前だったら絶対付き合わねえだろうな」

 ブラウンは病院の正面玄関でエディに会った時の様子を思い出し、その時の劣悪な性格をも思い浮かべる。もし彼が女性であったならば、きっとブラウンは恋人として選択する事は無かっただろう。



「当たり前よ。ワタシだってあんな奴と付き合うなんて絶対やだし……」

 当然だ、と言わんばかりにデイトナの表情にうっすらと怒りが灯り、幻影か何かのように目の前に現れたかのように見えたエディを取り除く為に、一度緑の瞳を強く閉じ、そして開き直した。

「だけどデイトナ。お前レベッカとは仲直りしようとしてるみたいだけど、あいつが退院したらエディの奴まだ戻ってくるかもしれねえぞ。まあこれは多分、の話だからあんまり気にしなくていいけど、注意はしとけよ?」

 あくまでもエディの一時いっときの感情であると考えたブラウンは、今後レベッカの病状が回復した場合、エディの気持ちが一変して再び戻ってきてしまう可能性があると考え始める。

 特にデイトナはエディを避けている傾向にある為、ブラウンは特にその部分に対して心配になったのだろう。



「あ、そっかぁ……。いや、そこは……どうなんだろ? そこは、まあその後の状況次第、かなあ?」

 きっとレベッカばかりを意識して発言していたからか、突然その話をされてデイトナは返答に困ってしまう。

 まるで難しい問題でも解くかのように軽くその細い首を傾げながら、はっきりと定まっていない返事をブラウンへと渡した。

「レベッカの事しか考えてなかったか?」

 きっとその通りであるに違いない。それをブラウンはほぼ直線的にデイトナへと問い質す。もう返事の内容が分かっているからか、一度ズボンのポケットにそれぞれ両手を入れながら夜空を眺めた。



「んまあ多分、そうね……」

 事実、その通りであるが、ストレートに答えにくかった為か、わざと誤魔化すように苦笑を混ぜながらデイトナは答えた。

「多分、かよ……。だけどお前って思いやりあるよなあ。普通あれだけ言ってくる奴だったらもうほっとこうって絶対思うだろう。お前またレベッカんとこに行くんだろ? 明日」

 その返答の仕方にもまた苦笑を覚えたブラウンであるが、明日の予定をデイトナへ訊ねる。今までの流れを捉え、デイトナの思考を読み取ってみたのだ。

 未だに周囲の人達の量は衰える事を知らない。



「うん、時間あったら行く予定よ。だけどさあ、なんか、ほっとくにほっとき難いのよ、レベッカは……」

 デイトナはブラウンと視線を合わせながら一度頷いた。

 ブラウンから視線を外すと途端に何故か意味ありげに気分を暗くし始める。下を向いたその姿は出来ればあまり継続して欲しくない格好である。

「ん?」

 何かを言おうとしているデイトナに対しては、ブラウンはその非常に短い文字しか口から出す事が出来なかった。



「あんまりこんな事言うのもあれだけど、レベッカって毒で凄い顔荒れちゃってて、それでハンターの名誉も何もかも無くなって、それで孤独になってるって時にワタシまで本気で知らんぷりするってのがどうしても出来なくてさあ……。昔は一緒にハンターとしてやってた訳だし……。だけどやっぱりレベッカから見たらワタシってしつこい奴だって思われてるのかなぁ……?」

 きっとあのレベッカに対して、デイトナは同情しているのだろう。

 勿論顔だけが原因でハンターの名誉が失われた訳では無いだろうが、それでも一人だけ取り残された元知人を放置するような性格をデイトナは手にする事が出来なかったのだ。

 だが、自分は良いと思っても、相手がどう思っているかを考えると結局自分の性格は本当に良い方向へと導いているのか自問自答でもしたくなるような気持ちに襲われる。

「いいや、お前は充分いい奴だろう。オレだったらそこまでやれる自信ねえぞ。多分そう言うとこがアビスって奴にも気に入られたんじゃないのか?」

 恋人としてなのか、それとも人間としてなのか、ブラウンはデイトナのその性格を率直に褒める。

 きっとブラウンにはそこまで他者――特に一度えんを切ったような奴――を思いやれるだけの精神力は無いのだろうが、デイトナにはそこまでの力があるからきっと内心驚いている事だろう。

 そして、ふと先日病院で出会った、あの紫の髪をした少年を思い出した。



「え? アビス君?」

 デイトナの頭の中でもすぐに彼の顔が再生された事だろう。

 とりあえず、ここで彼女が感じた事としては、どうしてアビスに惚れられるのか、では無く、単純にどうして彼の名前が出てきたか、だろう。

「ああ、この前いただろ? お前と喋ってた男。お前が友達だって言ってた奴。お前が『彼氏いる』って言って結構ショック受けてた奴だよ」

 ブラウンは再びズボンのポケットに両手を突っ込みながら、アビスのあの言動を思い出す。

 デイトナからある意味で相当心に傷を残してしまうような事実を告げられ、テンションを落としてしまったアビスの事を、ブラウンは説明する。何故かブラウン自身、少し楽しそうに話しているのが分かる。



「でもワタシってそんなに気に入られる女なの? ただワタシは普通にしてるつもりなんだけど……」

 デイトナは自分自身がそこまで魅力に溢れていた人間であったのかと、言われて初めて気付いたかのように一度自分の身体なんかを見た後にブラウンを見た。

 自分の着用している白と水色の縞々ストライプのベストが目に入るが、とりあえず今気にする点としては、アビスの前だからと言って特別変わった振る舞いを見せていた訳では無いという事である。

「だったらお前の横にいるオレはどうなるんだ? オレは外れくじでも引いたって言いたいのか?」

 自分に自信を持ってくれないデイトナに向かって、ブラウンはある意味で残念そうな表情を浮かべながら、嫌みっぽい事を口に出す。折角選んだ相手なのだから、その相手には自信を持ってほしかったのだろう。



「え!? いやいやそんな事無いわよ!? でもあれじゃん! あんまり自分の事が最高だとか可愛いとかあんまり言えない、って言うか言い辛いじゃん? ちょっと今のは控えめにしたつもりなのよ?」

 ブラウンに残念な思いをさせてしまったと考えたデイトナは焦るように右手を顔の前で振りながら今の自分が何気無く言った発言を取り消そうとする。だが、あまり自分に対して自信過剰にもなれないだろうと、一応反論的な事もしてみる。

「そうかそうか悪かった。じゃあオレの捉え方の間違いって事で勘弁してやるよ」

 言っている側と聞いている側で意味を取り違えているのだろう。それを意識したブラウンは一つの謝罪を気軽な気持ちで行うが、どこか余計な感情まで入り込んでいるように見える。

「ちょっと何――」
「所で――」

 デイトナにとってはその態度があまり好ましいものでは無かったからか、ブラウンに向かって『ちょっと何よその言い方ぁ!?』とでも言おうとしたが、ブラウンの言葉が途中でそれを遮る。



「あ? え? ブラウンなんかまだ言う事あるの?」

 何故かあ反発するよりも前に、そのブラウンの言いたいであろう事が気になり、デイトナは聞く体勢になる。

「アビスの事だよ。アビスはどう思ってんだ? さっきの言い分聞いてたらなんかしょうがなくあいつに合わせてるって感じしたんだが」

 あの時はきっとデイトナにある種の期待を抱いていたであろうアビスであるが、そんなアビスをデイトナはどう思っているのだろうか。ブラウンはこの際だから聞いてみようと、デイトナに聞いてみる。

 そして、ブラウンにとってはデイトナのさっきの言い方がどうしてもアビスに合わせているとしか思えなかったらしい。



「そんな事無いって。アビス君とはまだ知りあって何日も経ってないけど、全然感じ悪い人じゃなかったし、それに同じハンターだし、今度一緒に行きたいなとも思ってたのよ。いきなり悪口でもワタシが言うと思った?」

 本人がここにいない以上、思わず何か言ってしまうのかと思わせたが、デイトナはアビスの悪口らしい悪口を言う事は無かった。寧ろ、同じ職業で生きる者同士として、彼の実力を見てみたいと思っているようだ。

 ただ、アビスはそこまでの実力は無いのだが……。

「言うような事してなかっただろアビスは」

 アビスは、ブラウンと容姿だけで比べれば確実に負けてしまっているし、その他の男性としての魅力もブラウンと比較するとほぼ全体的に負けてしまっている事だろう。ハンターとしての腕前はいくらかあるものの、それだけの技量があった所で、あまりブラウンに敵うような気もしないのがアビスとしては悲しい話である。

 しかし、それでもブラウンにとってアビスが変人であると捉えられていないのはアビスにとっての救いだろう。いや、アビスはただ平凡過ぎる少年なのだろう。



「そりゃあそうよ。所でレベッカの話に戻るんだけど、ブラウンは人が病気とかでなんか身体に傷害持ったりしたら馬鹿にする、なんて事絶対しないよね?」

 アビスの話からレベッカの話へと戻したデイトナは、さっきまでの明るい表情を暗い色にしながら、そしてその中に不安と言う感情も混ぜながらブラウンの人間性を問い質そうと言葉をかける。

 本来ならばこれが当たり前であると信じたいものだが、世の中の目線はそのような甘いものばかりとは限らないだろう。

「いきなりそんな暗い話になるのかよ? 被害者側が苦しんでるって時に、それ見て笑う奴は絶対おかしいだろ? それより、オレはそんな差別するような奴だと見られてんのがちょっと悲しかったぞ」

 きっとブラウンは気乗りしなかったのだろう。

 それでもされた質問だから、答える為に、男性ながらボリュームのある青い後ろ髪の目立つ後頭部に右手を回しながら、苦しんでいる人間の姿を見て嗤笑ししょうする奴を考えるが、そいつらに対する評価はあっさりとしたものだった。

 逆にそのような質問をされる時点で、僅かながらブラウンもデイトナから疑われているのか、ブラウンは青い目を僅かに細める。それがのちの関係に亀裂を入れなければ良いが。



「あぁいやいや違うって! ブラウンの事疑ってるんじゃなくて、えっと……今回みたいに色んな人が事故とか病気に遭ったりしてる訳だけど、それに対してどう思ってるのかなあって思ったのよ」

 その笑顔を交えて右手を振り、否定するデイトナの姿を見る限り、亀裂が入る様子は無さそうである。

 今はほぼ単刀直入にブラウンの感情そのものを問い質そうとしていた質問であるように見えていたが、実際にデイトナの聞きたかった事はそれである。好きで障害を持った身体になった訳では無いのだから、それを蔑視べっしする権利は誰にも無いのだから。

「今のかなりストレートにオレを差してたように聞こえたんだがな?」

 先程のデイトナの言い方がまだブラウンの心に突き刺さっていたのか、少ししつこさも交えながらデイトナへと詰責きっせきする。



「いや……だからあんまりワタシ責めないでよ……」

 デイトナもブラウンを疑うような言い方をした事を反省しているのだろうから、もうめて欲しいと願っているようだ。何だかデイトナの心が悪い空気でむしばまれてしまいそうな雰囲気である。

 デイトナの緑色の瞳が、赤いふちの眼鏡の奥で悲しそうに細くなる。

「心配するな。オレはお前の言う『最低男』じゃないからな。心配しなくていいぞ」

 どうやらブラウンは自分がそのような男では無い事を証明したかったようだ。それは、デイトナに対して自分の存在がこれからの付き合いの中で悪影響を与えない事を意味しているが、それはちょっとした仕返しのようにも感じ取れる。



「あ、それは……えっと、忘れて! ちょっとカッとしてて思わず言っちゃった事でさぁ……ははは……」

 レベッカの病室で思わず大声で放ってしまったその発言を思い出すなり、デイトナは病室から出た後の制裁すらも思い出してしまい、一瞬ゾッとしてしまう。

 単に一瞬とは言えブラウンを言葉で攻撃してしまった上に、それだけでは無く病院全体にまで迷惑をかけていたのだから、それだけはどうしても忘れて欲しいと必死になって両手を振り、そして首まで横に振り続ける。

 耳元から上手い具合に分けられたオレンジ色の髪がその頭部の動きによって捻じれるように揺さ振られる。

「感情の一つでオレの事そんな風に言うのかお前は」

 それはデイトナにとって、不安になるのに充分な威力を込めたメッセージだった。感情がいくらたかぶっていたとは言え、ブラウンをあの様に呼んでいた事は非常に不味かったはずだ。ブラウンも、怒りを通り越して呆れた表情を浮かべている。

 きっとデイトナの気持ちも分からなくは無かったのだろう。



「あぁもう! だからもう忘れてっつの! ワタシだって信じてるんだから!」

 何としてでもその部分から外れて欲しかったのか、デイトナは右に位置するブラウンの左腕に飛びかかるようにすがり付き、そして密着させた自分の細い身体をブラウンの腕から離すとほぼ同時にその左腕を右手で叩いた。

 デイトナとしては充分反省しているし、それにもう言ってしまった事なのだから、なおようの無い過去を持ち出してばかりいるブラウンの性格が嫌になったのだ。

「そうか悪い悪い。それと、被害者だって好き好んで病気になったり事故に遭ったりしてる訳でも無いだろ? 事故の前は一般人と同じ生活してたって言うのにちょっと変わっただけで社会からの地位が一変するって言うのが納得行かないよな」

 きっとブラウンはデイトナを許した事だろう。因みに、デイトナに密着された時の反動や、左腕を叩かれた時の打撃は、彼にとってはまるで気にならない程度の威力だったようだ。

 ブラウンの持つ病人に向ける視線は、至って正常なものであるらしい。そこには差別や偏見も無く、意図しない形で降りかかってくる災難である以上は、ある意味では避けられない現実であるかもしれないと言う意中があるのだろう。

 それでも社会からの目線は時として容赦の無いものへと変貌するのが納得出来ないのも本当の話である。



「やっぱりおかしいとは思ってくれてるんだぁ。でも物理的に見たら普通の人と同じように動く事がどうしても難しくなるからちょっと特別な扱い、って言うのかな、そう事されてもまあ……確かにどうしようも無いと言えばどうしようも無いけど、やっぱり一番困るのは友達からの見られ方が変わる事、よね……」

 デイトナは安心し、夜風の涼しさを服で覆われてない顔面と両腕、そして両足で感じ取る。白くて長めなスカートも一瞬風で持ち上がるが、気にする程の短さでは無いから、別の意味を含めて可愛らしいと言う表現は使わなくても良いだろう。

 その涼しさとは裏腹に、その今の話題の裏側には、友人が離れていくと言う二次被害も備わっている訳だから、微小ではあったとしても、震える事は免れなかった。

「いきなり目の色変えられちゃあもうなんて言えばいいのやら、って状態になるよな。人間なんて友達いるからストレスとかあっても頑張れるような生き物だからなあ」

 ブラウンももし自分の周りから友達が姿を消してしまったら、と考え、何を言えば良いのか分からなくなってしまう。何かとストレスの多い社会では、友達との付き合いが今後の精神に関わるのだから、やはり辛い現実である。



「今回のエディも……、ちょっとあれは余りにも酷過ぎるわよね。今まで仲良くやってたのにあんな風に簡単に離れちゃうなんて……。なんかエディのあの話聞いてたらレベッカの病状理由にして今まで溜まってた不満とかぶつけてたような気がするのよ」

 デイトナは一度エディを思い出すが、病気にかかった彼女に対してあれだけの言動を見せるのは人道を外れていると、顔には出さなくても、心の中で軽い怒りに支配される。

 付き合いの中でいつの間にか溜まっていた不満を、今回病気になったそのタイミングを良い機会にして、ぶつけるそのやり方さえもデイトナは受け入れる事が出来なかったようだ。

「ああ、あれか? 見た目もあんまり気分いい感じじゃなくなったから、今まで本人の前で言いたくなかった事までその影響で釣られるように思わず言っちまうって言うあれか?」

 大体ブラウンもその考え方を理解出来たらしい。

 人は意外と環境に釣られ易い生き物だから、今回の事件によってエディの奥で眠っていた負の感情が呼び出されてしまったのだろう。



「うん、きっとそうだと思う。やっぱり……事故に遭っただけでそうやって見るのは……」

 その人間のあまりにも弱すぎる感情部分に、デイトナは疲れたような表情を浮かべる。自分にそれが降りかかった訳では無いが、近くでそれが起きているのだから、いつ考えてもそれは恐ろしい話だろう。

「でもな、デイトナ。意外と人間ってのは見た目、っつうのも極端だけど、外見でもの決める事って結構多いもんだぞ?」

 いきなり、ブラウンは人間が持つ本能とも言うべきか、視覚的な判断方法について説明をし始めようとする。外から見ればやや劣悪な印象さえ覚えるかもしれないが、恐らくは殆どの人間が持っている本性だろう。



「え? どう言う事それ?」

 具体的に説明をされていないのだから、デイトナでもそれを深く理解するのは無理なはずだ。

 後ろへと、後ろへと下がっていく周囲の風景、即ち建造物の集団も気にする事無く、デイトナはブラウンの話をもっと聞こうとする。

「極端に言うとだ、例えばオレが、例えば火災に巻き込まれて、顔も身体も半分ずつぐらい焼けて、そんで片目も無くなってそんな風になったらお前は今までと同じようにオレと付き合おうとか思うか?」

 正直、絶対に想像したくない姿だ。

 どうしてそのような惨劇に呑み込まれなければいけないのかと言い返したい所であるが、想像上の損傷の度合いが著しく強い為、答えるのが難しそうな内容だ。だが、ブラウンも所詮は例文であるからか、その表情は気楽そうである。



「あ、いや……そんな事言われても……いきなり……」

 その絶対に想像もしたくない姿を無理に想像させられているからか、デイトナの表情に苦痛の色が浮かび上がる。素直に答えると言うのは、正直相手との関係を考えれば、そう簡単に出せるものでも無い。

「いいぞ素直に言って。オレは怒るつもりなんか無いから。オレが言い出したのに怒るなんて変だろ?」

 ブラウンはあくまでも例えばの話であるから、正直な意見を求めたい様子だ。しかし、実際の問題で考えれば素直な答を出すのは難しいはずだ。



「でも……、ちょっと難しいわよ、その質問。悪いけど、その質問ワタシ答えれないわよ」

 それが一種の答であった。デイトナは一度溜息をき、まるでブラウンを見放すかのような視線を向けながらきっぱりとそう断言した。やはり、荷が重すぎたのだろう。

「ああそっかぁ、やっぱオレも変な質問しちまったか……。いきなり障害持ったらどうする? なんて言われて普通答えられる訳無かったか……悪いなお前の事試すような事して」

 ブラウンも相当デイトナに無理をさせていたと自覚していたからか、自分の罪を笑って誤魔化すかのようににやけながら、正面に映る遠方を眺めた。まるで遠くを見ればそこに求めるべき何かが置いてあるかのように、見詰めていたが、結局何を求めたかったのかと言う時点で、ただの誤魔化し行為にしかならないだろう。



「だけどそれってちょっと言い換えたら、ワタシが事故に遭ったらブラウンはどうするの? って話にもなるわよ?」

 それは正しい理論だろう。見方を変えればデイトナの言う通りになる。しかし、それはそれでまた非常に答え難い話である。質問をする側へと回ったデイトナの表情が真剣な色に染まり始める。

「いや、そっちはめって事にしね?」
(やぁべぇ……。そっちの方考えてなかったぜ……。どうしよ……)

 ブラウンは非常に答え難い質問から逃げたくなったのか、男として考えれば非常に弱々しい態度で、デイトナに頼み込む。男は女は実質的には別な生き物であるから、見方の違いも大きい事だろう。

 ここでは、ブラウンの計算ミスが発生してしまったようだ。



「もしワタシが髪も全部抜けて、肌もボロボロになって、歯並びも悪くなって、変なにおいでも出すようになって、後手とか足とかも無くなって一人じゃあなんも出来ないような身体になったとしてもブラウンはワタシの事見捨てたりしない?」

 勿論今デイトナが自分で言った部分は、現時点では非常に正常な形、外見、雰囲気で保たれている。勿論身体の一部が無くなっていたり、と言う事も無い。

 しかし、これが現実になった時、ブラウンがどうなってしまうのか、非常に気になってしまったのだろう。

「って随分お前ピックアップするなぁ……。だからやめてくんねえか? そんな事考えたくねえからよ」

 女性としてまず外す事の出来ない部分ばかりを出してくるデイトナになんて答えれば良いのか、ブラウンは考える事が出来なかった。

 周囲をキョロキョロと青い目で見渡しながら頼み続けるが、聞いてもらえるのだろうか。



「もしもって事もあるでしょ!? ブラウンだって凄い変な例え持ち出してたんだから、ワタシのだって答えてよ!」

 デイトナはブラウンを逃がそうとはしなかった。無論、本当に走り出してその場からいなくなってしまうと言う訳では無いが、答えようとしないブラウンに向かってやや声を荒げて無理矢理返答をさせようとする。

 元々鈴の混じったようなトーンの高い声に、負の気持ちすら混じっているのがうっすらと分かる。

「だから……んとなあそれは勘弁してくれないか? かなり答え辛いから……」

 ブラウンは後悔しているが、それでもデイトナが浴びせてくる視線から逃げられずにいる。想像すらしたくない姿だったと言うのに。



「頼むから答えてよ!」

 既にデイトナの顔には笑顔と言う要素が無くなっており、このまま行けば完全に怒りのみに支配されてしまうだろう。

 両手を持ち上げ、そして握りながら強く返答を求め続けている。



「あぁのなぁ〜!」
「え? で……ちょっ……!」



――ブラウンの左腕がデイトナを引き寄せる……――



「お前がそんな風になる訳ねえだろ? 女はそうやって美貌失ったらとか考えちゃダメなんだぞ? そんなとこオレが想像出来ると思ってるか? 絶対無理だから! 第一お前の例え方言い方悪すぎ! そんなんじゃあ相手に想像してもらえんだろ? まあ想像したくも無いけどな」

 ブラウンは張り付けるようにデイトナを左手で力強く引き寄せながら、みにくくなった時の姿を想像なんかするデイトナを責め立てるように言うが、その表情は明らかに笑っており、単にデイトナのその細い身体を求めているかのような下心さえ見えてくる。

 デイトナの顔がブラウンの身体にしつこく押し付けられ、どこか苦しそうな印象を覚えるが、男性らしくその腕力が強い為か、しばらくはデイトナはブラウンの思い通りにさせられてしまっている。



「だから……もうやめてって!!」

 ふざけ半分とは言え、周りには知らない人間だって大量にいるのだから、抱き付かれている所をあまり見られたくないと思ったのだろう。デイトナは表情に怒りと言う怒りを灯らせながら、乱暴にブラウンを突き飛ばすように引き離した。



――距離を取り、再度ブラウンに怒鳴りつける……――



「いつまで縛り付けてる気なのよ!? バカップルって思われるじゃない!」

 ようやく解放されたデイトナは、周りから奇妙な目で見られる事が嫌だったからか、今のブラウンの行動を批判した。やはり、場所と時を考えてほしかっただろう。

 先程まで歩き続けていた足がこの時に止まってしまう。

「悪かったってそんな怒るなよ。今のが一種の答だよ」

 ブラウンはデイトナの温もりや柔らかさを思い出して多少笑いながら、実は質問には答えていたと言い張った。



「何が答なのよ!? 意味分かんない!」

 きっと相手に意味が伝わっていなかった事だろう。デイトナはブラウンが何を言っているのかまるで理解出来ず、再び声を張り上げてしまう。顔を押し付けられたせいで多少乱れてしまったオレンジの髪を両手で弄りながらブラウンを睨み付けた。

「『答えられん』ってのが答だよ。オレはあんまり暗い事は思い浮かべられないから残念だけどお前の質問には答えられん。これが答だ」

 確かにそれは返答の一つと言えば認められるものなのかもしれない。ブラウンは再び歩き始めながら、良くも悪くも自分には考える力が無い男であると言い切った。ただ、それは逃げているとしか言えないのかもしれないが。



「ちょっと自分勝手過ぎ〜! ちゃんと答えてよ〜」

 置いていかれそうになったデイトナは駆け足でブラウンの隣に戻り、今の答には納得出来ないと語尾を伸ばしながら反論した。ずるい返答を認めるつもりは無かったようだ。

「悪かったって。じゃああれだ。答えられないオレの罰としてだ、パフェもおごってやるから、勘弁してくれよ」

 明らかに返答として相応しいものでは無いとブラウンは自覚していたのだろうが、デイトナの望む結果を作る事が出来なかったから、償いとして、これから向かう店でサービスをすると主張する。

 それは謝罪とも言えるだろうが、認めてもらえるのだろうか。



「しょうがないわね〜。だったら一番高いやつ注文してやるんだから!」

 もので釣られているように見えるが、デイトナにとってはそれで許してやろうと思ったのだろう。だが、折角おごってもらえる訳だから、最も金銭的に苦しくなるようなものを頼んでやるとブラウンに軽い宣戦布告なんかし始める。

「オレの財布馬鹿にすんなよ?」

 意外とブラウンの懐は豊かであるらしく、その要望さえも平気で受け入れようとする。



「ごめんね〜。一瞬馬鹿にしちゃってた〜」

 元々はブラウンがデイトナを外食店へ誘っていたのだし、元々おごる事を前提で向かっていたのだから、少し見縊みくびり過ぎていたとして、あまり悪気を抱いていないような態度でブラウンに笑顔を向ける。再び語尾を伸ばしているが、その姿が本当に可愛らしく見える。

 周りには街道を歩く人々の姿が多く存在し、若い人もいれば、長い年月を過ごしたであろう老人だって何人もいる。デイトナのように髪を長くして可愛らしさを表した少女だって何人も歩いている。無論、髪の色は異なっているが、存在しているのだ。その大勢の中の世界で考えれば、この二人の男女のやり取りはほんの小さい出来事に過ぎないようだ。

 人に紛れているからこそ、二人のやり取りは大して目立っている訳でも無いのだ。仮に見られていても、過剰に意識する者も少ないだろう。



――黒い目が……――







「!!」

 突然全身に寒気を覚えたデイトナは、震駭しんがいに支配されたような表情を浮かべながら、非常に素早く背後へと振り向いた。その強力な反動によって、オレンジ色の髪も激しく捩じられるが、時間の経過と共にゆっくりと、重力に従いながら元に戻っていく。まるでその髪そのものもデイトナの恐怖に共鳴したかのようだ。

 その緑色の瞳も動転しているかのように瞳孔が縮まり、まるで絶息の直前にまで追い詰められているかのようだ。

 まるで身体の内側から突き破ってくるかのように、寒気が身体全体を覆い尽くし、その直接的な寒さの影響で鳥肌さえ立ってくる。直接肌が曝け出されている二の腕が寒さと恐怖で震えているのも分かる。



「っておい、デイトナお前どうしたよ?」

 いきなり背後へと振り向き、そのまま無言の状態となったデイトナが気になり、事情のよく分かっていないブラウンは、そのデイトナを固まらせる原因を作ったであろう何かを確認する為に同じく後ろを向いて確かめようとするが、特に怪しいものは見つからなかった。

 ブラウンの視界に映るものは、数えるのも馬鹿らしくなるくらいの数の人間達だけである。歩いているか、走っているか、何人かでそのような行動を取っているか等の区別を無視すれば、本当に数えるのが馬鹿らしくなる程存在する。

 後は、徐々に復元されつつある街並みだけである。



「……何……? 今の……」

 きっとデイトナは確かにおぞましい何かを確認したのだろう。ブラウンの一臂いっぴとも取れるであろうその言葉さえも耳に入っていないかのように、呟きながら未だに背後へと振り向いたままの体勢を続けている。表情からは、まだ恐怖の色が抜け切っていない。

「おい、デイトナ、聞いてるか?」

 返事を貰えない事に多少苛々したような態度で、ブラウンはデイトナの肩を叩き、やや強引に返答を求める。



「あ、ごめん……」

 ようやく気付いたかのように、デイトナはゆっくりとブラウンと目を合わせる。しかし、さっきまでは流れていなかったはずの汗が一滴、頬を伝って流れており、それはきっと冷や汗の一つであるに違いない。

「お前どうしたんだよいきなり後ろ振り向いたりして」

 後ろに何があったのか気になると同時に、デイトナの身に何が起きたのかが心配になり、本人しか分からない事情を聞こうとする。しかし、ブラウンの身体に寒気が走る事は無かった。



「いや、なんか誰かに見られてたって言うか……」

 証拠を直接確認出来なかったからか、確実に、とは言い切れないものの、デイトナは確かに何かを感じ取ったらしい。実際にその正体を突き止めるべく、再度眼鏡の奥で目を凝らして見渡すが、怪しい者の姿はどこにも無かった。

「誰かってお前、これだけ人いんだから誰かかれかには見られてても当たり前だろ?」

 ブラウンはきっとデイトナの気のせいであると思い込み、これだけ人間の姿がいれば、時折変な視線を浴びせられるのもしょうがないのでは無いかと考える。

 思わずブラウンの顔に笑みが浮かぶ。



「そうじゃなくて、なんか、なんて言うのかなぁ……いや、寒気走ったし……」

 それでもデイトナは肯定せず、自分が感じたものをそのまま単刀直入に説明した。実際に身体が寒くなるのを覚えたから、それを直接伝えた方が早いだろうと考えたのだ。

 単に気持ちだけが寒いのでは無く、直接寒くなった気分を覚えているからか、自分の身体を両手で包みながら撫でる。

「寒気って、まさか幽霊にでも睨まれたってか?」

 あまりにも大袈裟な言い方であると、ブラウンは笑いそうになりながらデイトナの肩に右手を回した。デイトナの右肩には、ブラウンの右手の体温が直接伝わり、僅かながらデイトナの助けになっている事だろう。



「そんな大袈裟なものじゃないと思うけど……、でも明らか普通じゃない誰かに見られたってのは多分確かだと思う……」

 その言っている事と、実際に身体に走ったものを考えると少しだけ矛盾している発言とも言えるが、デイトナはこの世の者では無い何かから睨まれた訳では無いと信じたい様子だ。

 しかし、ここまで激しく鳥肌が立つのも疑問に残る所である。止まった脚はなかなか動き始めてくれない。

「お前多分それ気のせいだろ? まさかちょっと疲れてんじゃないのか? 一回気ぃ緩めてみろよ」

 ブラウンはきっとデイトナの精神に疲労でも溜まっているのでは無いかと考え、それで普段は気にする必要の無いような事で今回のように過剰に反応してしまったのでは無いかと、平然とした口調で言ってみる。デイトナに分かってもらえれば、ブラウンにとっては安心出来る話である。



「う、うん……」

 ただ、平凡に返事をする事しか出来なかったが、再び歩き出す事が出来たから、ブラウンの存在はデイトナにとって有益なものだった事だろう。

 恋人が隣にいてあれだけの鳥肌が立ち、そして寒気に襲われたのだ。単独だった時、デイトナはどう自分を回復させていたのだろうか。普段はハンターと言う職業に就いているが、それでも精神面ではまだまだ成長し切っていない部分もあるだろうから、怖がる事は決して恥では無いだろう。

 今はただ、ブラウンと外食店に行く事だけを考えていれば良いのだから。





(いや、今絶対誰か見てたわよ……。どう考えても普通じゃなかった……。誰よ……ホントに……)

 それでもデイトナの頭の中から、寒気を覚えさせた原因の正体が離れてくれる事は無かった。

 きっとあれは気のせいでは無く、確かに実際にそこに存在していたのだ。目で確認出来なかったとしても、存在していたと内心では言い張り続けている。だが、あまりにもしつこければ相手から煙たがられるだろうと言う事を考え、もうそれ以上は口に出さなかったのだ。

 気のせいであれば、絶対に喜ばしい。













― ≫ 
Vapar's pupis…… ≪ ―

前へ 次へ

戻る 〜Lucifer Crow〜 ★小説モンスターハンター★

inserted by FC2 system