*** ***



 雰囲気が静かな町とは言え、露店の並ぶ区域ではかなりの賑わいを見せるその点に関しては、どこの世界でも同じ事である。人々が互いにすれ違い、そして各露店では通り過ぎる客を呼びかける声が放たれる。

 料理をするには欠かせないであろう肉や魚、そして野菜、穀物等は全てここで揃う上に、味付けにも欠かせない調味料だってしっかりと揃う。他にも、その料理を乗せる為には確実に必要となるであろう食器類も揃っているが、元々この町では陶磁器の技術が発展しているのだから、ある意味ではこの町は『食』の文化にも貢献しているのかもしれない。

 既に出来上がった食べ物を売っている店もある。そこからは出来立ての香ばしい肉等の香りが漂い、食欲を注いでくれる場所もあるが、調理前の食材もその種類はあまりにも豊富である。

 そして現在、とある男女が買い物を済ませ、帰路を歩いている所である。当然のように、身長も体格もある男側の方が多くの荷物を持っているのは言うまでも無い。



「この町の品揃え、本当に良かったですね」

 淡い赤の髪の上に、端に『V・V・T』とロゴの打たれた真っ赤なニット帽を被った少女が隣を歩く男に一言添えた。少女は紙袋を両腕で抱き抱えるように持っており、細い顎の下では多少の細長い野菜等が紙袋の上から食み出しているのが分かる。

「じゃねえと困んだろ? こっちゃあ11人分も作んだかんよお、なんも無かったら話んなんねえぜ?」

 ハンターとして、そして男性としてたくましく出来上がっている両肩の、右側の肩に巨大な豚肉のかたまり――そして、そのかたまりの周りには他の材料も大量に縛り付けられている――を乗せて右腕で支えたままの状態で歩いている金髪の男は、これから作るであろう分量を想像しながらも、その重量で表情をまるで崩す事は無かった。



「やっぱり、フローリックさんは家庭でも料理はしてたんですか?」

 この赤い髪を持った少女はディアメルであるが、ディアメルはすぐ隣を歩く男の話を聞き、普段から料理に襲われる生活を送っているのかと訊ねる。きっと彼の食材選びも非常に上手いものがあったのかもしれない。

「ああしてたぜ。親は大抵家空けてたから、オレが飯作ってたんだよ。じゃねえと兄弟が腹減らすだろ?」

 純粋にフローリックは答えた。通常ならば、親が子供達の為に食事を作るのだろうが、いない場合は一番上にいる者が何とかしなければいけないものだと相場が決まっているとの事だ。

 現在のフローリックの姿を子供と呼ぶのは大変失礼な行為に値すると思われるが、小さい時もきっと作っていたのは間違い無いだろう。



「そう言えば、テンブラーさん達なんだか兄弟の事で色々はなししてましたけど、フローリックさんもやっぱり兄弟は多かったんですか? それに作る側になるって言う事はやっぱりそれなりに人数も多かったんですか?」

 紙袋自体の重量はそのややパンパンに膨れ上がっている姿とは対照的にやや軽いものがあるからか、それともディアメル自身の中でハンターとして最低限必要であろう腕力が備わっているからか、ディアメルはその紙袋を持つ事自体には何の苦痛の表情も浮かべずに、歩き続けながらフローリックにも兄弟がいるのかどうかを訊ねた。

「それなりってもんじゃねえぞお前。6人だぜ? 弟がよぉ」

 その一定の人数を予め決めておいていたかのようなディアメルの聞き方に対して、フローリックは両方とも塞がっている両腕の力を抜く事無く、そしてその加えられている力に負ける事無く、自分の下に何人の兄弟が存在するのか、まるで多少無理矢理心に刻み込ませるように教えた。

 実はフローリックは右手に豚肉のかたまりを担いでいるだけでは無く、左手にも荷物を持っている。

 豚肉の大きさに匹敵するであろう木箱をロープでしっかりと全体を縛り、そしてそのロープの上部が出っ張っており、そこが丁度持つ部分としての機能を果たしている。真っ直ぐ左腕を伸ばしていれば歩いている過程で脚にぶつかってしまう為、脚から多少離すように持っているが、その重量をその左腕だけで支えている力も物凄い。

 やはりハンターだから、鍛え方がまるで違うのかもしれない。



「それじゃあ7人兄弟の長男って言う事ですか?」

 フローリックの荷物の量に比べれば随分と少ない量の荷物を両手で抱き締めるように持っているディアメルは、その非常に簡単な合計人数を頭の中で求め、その大家族にもなり兼ねない人数に多少笑みを零しながら、再確認をした。

 相手はいつも僅かながら機嫌の悪そうな表情を浮かべている男だと言うのに、ディアメルの赤い瞳は怖がって動揺している部分がまるで無い。

「『ですか?』じゃねえよ、そうなんだって。でもなあ、弟だけってんなら一番良かったんだぜ? 1人だけすっげぇウゼぇオマケがいてよぉ、思い出すたんびに溜息まで出てくる奴、いんだよ」

 一番上であると言う事は、意味としてはそれ以外当て嵌まらないのだから、フローリックは少しだけ乱暴な対応を見せるが、単に質問内容がどうこう、では無く、自分のその家族構成に何かを思っているようにも見えてくる。

 彼をそうさせてしまった原因は、その1人・・にあるらしい。



「え? 誰なんですか? お兄さんでも、弟さんでも無いって事は……、まさか、お姉さん、いるんですか?」

 フローリックの台詞を聞いていれば、弟だけに限定されていれば最も幸せであったと読み取る事が出来ただろう。ディアメルはそれ以外の何かを感じ取り、ひょっとすると……と考え、彼にとって最も都合の悪そうな存在を恐る恐る口に出した。

「そん逆だ。妹だよ。オレん次に生まれた女なんだけどなあ、ルージュっつんだけど、兎に角メッチャクチャうぜぇし生意気だしでマジで疲れる奴なんだよ」

 それは間違いではあると、ディアメルの頭頂部を見下ろしながら伝えた。身長差の関係から頭頂部ばかりがその目に入ってくるが、赤いニット帽が特に目立っていた。

 しかし、そのフローリックを困らせているであろう女は年齢的には下に位置する様子だが、それでも彼を追い詰めているのはあまり間違いでは無いと考えられる。



「妹さんが……ですか?」

 目の前の力自慢の男に、そんな妹がいたのかと、ディアメルは多少心中で驚いているかのようにそう言った。

「マジでうぜんだよあいつっつうのはよぉ。歳は多分お前とあんま変わんねえけど、あいつん事考えたら多分料理所ん話じゃなくなっかもしんねえから、そこんとこはスルーって事にしてくんねえかぁ?」

 溜息を漏らし続けながら、フローリックは実の妹との関係性について大まかではあったが、喋っていた。

 年齢の事情を探れば、フローリックとその妹こと、ルージュとの年齢差は相当あるように捉えられる。それでも彼のテンションを削ぎ落としてしまう点ではまるで弱いとは言い切れないのだろう。



「え? あ、はい、いいですけど……」

 ディアメルは他の者達とは異なり、フローリック達のメンバーに入ってからちっとも時間が経っていない。だから皆の事はよく分からないし、そもそもこのメンバー内での行動も一時的なものであると話もしているから、そこまで親密になる必要もひょっとしたら無いのかもしれない。

 それでもフローリックにとっては色々と事情がありそうだから、ディアメルはそれ以上聞こうとは考えなかった。

「所で、お前は兄弟とかいんのか? オレん方はあんま聞くなって言っといてこんな事聞くのもあれだけど、お前いんのか?」

 フローリックも目の前の淡い赤の髪を持った少女の兄弟構成でも気になったのだろう。自分の事はもう聞くなと言っておきながら、他人の話だけを聞き出そうと言うある意味で勝手な事を言った事に反省を覚えながらも、最終的には訊ねた。



「私は、一人っ子なんです。ですからたまに兄弟がいる人を見ると少し羨ましくも思ったりするんですが……」

 それを言ったディアメルの表情が少し寂しいものへと変化した。やはり幼い頃は家にいるのがいつも自分よりも大きく歳の離れた大人達ばかりだったから、歳が近い家族がいて欲しかったと思っていたのだろう。

 トラブルさえ感じられるフローリックのその多い兄弟に憧れを一瞬抱いてしまい、たった今寂しい顔になったその表情に笑顔が灯る。

「悪かったなぁ……。お前に嫌味言ったみてぇだなオレは」

 兄弟姉妹けいていしまいがいる人間にとっては時と場合によって溜息や嫌な思い出さえも表に出してしまう事があるようであっても、子供が自分1人だけ、と言う人間にとっては本当に羨ましいものなのだろう。しかしそこは両親の事情や家庭環境も入ってくるのだから、そう思い通りにいかないのも事実だ。

 それでも目の前に兄弟姉妹がいる人間に憧れている少女が横で歩いていると言うのに、それを無意識の内にけなしてしまっていた自分こそがフローリックであったから、やや申し訳無い気分になった。



*** ***



 宿屋の貸し部屋に戻ったフローリックとディアメルであるが、宿の厨房に立っていたのはフローリック単独であった。きっと単独である方が自分の思い通りの昼食を作れると考えていたのかもしれない。

 厨房は、瓦斯焜炉ガスコンロが4つほど備え付けられており、その隣には水道が設置されている。これから使う大きなフライパンも楽々入るような大きさだ。

 そして窓も備えられている為、内部が煙で充満する危険も無いだろう。一応焜炉の下に設置された戸棚や、天井付近に備え付けられた戸棚にはいくらかの鍋やフライパン及び、お玉やフライ返し等もしまわれていたが、フローリックはそれらの道具を使う事はしなかった。どうやらそれらの道具も自分で買い揃えてきたようだ。



―ストン! ストン!

 俎板まないたの上で、牛刀と呼ばれるやや万能型の包丁が男の左手に押さえられている半分に切られた玉葱たまねぎを力強く、そして正確に切り刻んでいる。大き過ぎず、小さ過ぎず、バランスを保つように切り続けている包丁を操っているのは、似合わない黒のバンダナと黒のエプロンを付けているフローリックである。

 すぐ傍らに置いていた半球状の鉄製の容器こと、ボウルには既に均等なサイズに切られた紅夷松キャベツが大量に入れられている。もう1つのボウルにも、既に切られたであろう豚肉が大量に入れられており、そして今、切られた大量の玉葱たまねぎと共にその全てが油の敷かれた、上部外径40cm程の鉄板の厚いフライパンに注がれた。



―ジュゥウウウ!!

 熱された油がフライパンの中に落とされた食材に触れ、弾ける音と更に燃え上がるような激しい音が周囲に響く。

 しかし、その調理の効果音に驚いている余裕は無い。すぐにフローリックはフライパンのを左手で持ち、右手には木造ではあるが、頑丈に作られた調理用のヘラを持ち、そしてフライパンの中を混ぜていく。放置しておけばたちまち焦げの餌食となる。

 一度野菜と肉の入ったフライパンを熱している焜炉の火を弱火に切り替え、そして素早くもう1つの、油の熱された同じサイズの大きなフライパンに中華めんが入れられる。

 また同じく油と食材が触れ合う音が響くが、すぐに混ぜなければ、フライパンの表面にめんが引っ付いてしまう。

 弱火にしていた肉と野菜のフライパンの焜炉の火を強め、その大きなフライパン2つを両手に持ちながら前後へと激しくあおり続ける。フライパンの中で、激しく内部の食材が揺さ振られていた。



*** ***



「おい、出来たぞ!」

 両手でなければ絶対に持てない程の量が盛られた焼きそばの大皿を持ったフローリックは、一軒家で言うと居間に位置する場所にいる他のメンバー達に一声かけながら、目の前の円形状の大きなテーブルの中央にその大皿を置いた。

「おぉ〜待ってました〜。今日のメニューは何だろ……ってすげぇ量だなぁこりゃあ」

 昼食の為に、上着のスーツとパナマ帽を脱いでいたテンブラーはテーブルに向かいながら昼食を期待していた事を口に出すが、実際にそのテーブルに置かれたものを見た瞬間、軽く驚いた。

 大人数でなければきっと完食なんて不可能だと思える程に山のように大皿に盛られた焼きそばを見れば、誰だって一瞬は言葉を失う事だろう。それでも焼きそば自体は全体的に非常にバランス良く絡められたソースや、所々に麺と麺の間に挟まっている具が食欲を大きく注いでくれる。



「11人分作りゃあ平気でこんな量になんだろ? 後サラダ持って来っからお前ら早く座れ」

 これから使うであろう人数分の食器とグラスをぼんに乗せてテーブルに置きながら、フローリックは再び厨房の方へと戻っていく。焼きそばだけでも随分とボリュームを感じられるが、まだ持って来るものは残っている様子だ。

「結構いい匂いするなあ。ってか焼きそばなんて結構久々かも」

 アビスはテーブルの焼きそばからほど良く放たれてくるその嗅覚的な刺激に食欲をそそられ、そして1つの懐かしささえ思い出したような気分を覚えた。アビスの今までの食生活はよく分からないものの、あまり意識をしながら毎日何を食べるかは考えていなかった様子である。



「あいつは基本何でもクッキング出来る男だぜ? そのマインドになりゃあスウィートなもんだって作れるってこっちはヒアしてたがなあ」

 ジェイソンは厨房へと戻っていったフローリックの背中を指差しながら、菓子ですらいくらかは作れるのだと、友人としての知識をアビスへと教えてやった。折角調理器具を自在に操るだけの腕前を持っているのだから、ジャンルを限定し過ぎるのも少し勿体無いだろう。

「隠れた才能ってやつだと思うけどあいつが菓子作るってちょっと想像し難いなぁ……」

 スキッドもこれから食事に入る為に愛用のつば付きの帽子を脱ぎながらフローリックの普段知られない才能を実感するが、あの普段の性格と顔付きと照らし合わせると、どうも信じ難いようだ。



「人は見かけで判断するものじゃないぞ? 人間は色んな所で才能を発揮させる種族だからな」

 このメンバーの中で見れば、猫人のエルシオと同じく唯一人間では無いシヴァがゆっくりとスキッドの隣を通り過ぎながらそう言った。

 形だけは一応人間の形をしているシヴァも、純粋な人間の普段は見る事の出来ない所を見る事は決して嫌いでは無いらしい。ただ、彼もテーブルに向かっている辺り、一緒にしょくす様子ではあるが、その仮面で覆われたような特殊な顔構成でどうやって食物を体内へと取り入れるのだろうか。



*** ***



「よっし、準備も出来たっぽいし、じゃあ食うかぁ!!」

 テンブラーはグラスにポッドの中の冷えた水を注いだ後、箸を右手に持って張り切った。早く口に入れたいと食欲が暴走し掛けているのかもしれない。

「テンブラー、お前待てや。『頂きます』ぐれぇ言えや」

 テンブラーのすぐ右に座っているフローリックは、何も言わずに食べようとしているテンブラーを睨みながら、その行儀マナーの悪さを指摘した。人が苦労をして作ったものなのだから、それを当たり前のように食べようとするテンブラーを許せなかったのだ。



「あぁそっかそっかぁ悪りぃなあ。じゃ、頂きま〜す」

 普段は何も言わずに食べられる環境にいたのかもしれないが、現在はそうは行かないようである。

 テンブラーはまるでしょうがなく言うかのように、ふざけ半分で文字を伸ばしながらその食べる前の挨拶を見せる。きっと食べる許可が下りただろうと意識したテンブラーは、箸でその山盛りになった焼きそばをつまみ、自分の皿へと盛った。

「しょうがなくって感じじゃねえかよ……」

 あまり誠意の感じられないテンブラーの態度をすぐ隣で見ていたフローリックではあるが、とりあえず言ったから良しとしようと考え、それ以上は追求しなかった。



――そして、各自、食前の挨拶を交え、早速と言わんばかりに手を伸ばしていく――

 食べる前の挨拶を交えさせる皆ではあるが、少女達は基本的に礼儀の正しい者ばかりであった為、手を合わせて挨拶をおこなっていた。そして、男性陣の中で唯一、手を合わせていたのはシヴァであった。

 因みに、ジェイソンは『レッツイート』と言ってから、手を伸ばした。



「いやぁいんじゃねえのこれ? 久々なんか旨いもん食った感じすんだけど」

 ソースが上手く絡んでいる麺を箸で持ち上げるようにして口に運ぶアビスは、そのソースの甘辛さに関心を覚えながら、そんな感想を述べた。台詞から察知すると、普段は味が大して良くないものを何気無く摂取しているように聞き取れるが、とりあえず現在の彼の表情は明るいと表現出来る。

「これだったら店で出しても充分行けんじゃねえ?」

 スキッドにそこまで味覚の判断力があるかどうかは分からないが、スキッドの舌の判断によると、人からお金を取ってまでこの料理を食べさせても何の問題も無いようである。

 バランス良く切られた豚肉と紅夷松キャベツも麺に混ざってスキッドの口の中へと入っていく。

 そして、アビスとスキッドはそれぞれ左から順に隣同士で座っている。アビスの左には、ミレイが座っている。



りぃなあ。オレはもうこれでも外食店で働いてたかんなあ」

 自分で作った焼きそばを食べながらも、フローリックは少年2人から渡された感想をしっかりと捉えていた。どうやら彼はもう既に不特定多数の人間に差し出す立場に進んでいるらしい。

 まだ友人や知り合い、そして仲間程度にしか振舞っていないのだろうと言うスキッドの一種の疑いはここであっさりと払い除けられる。

「あれ? フローリックさんって飲食業でも働いてるんですか?」

 そのフローリックの話を聞いたミレイは、狩人としてだけでは無く、手先のある程度の器用さも求められる職に就いているのかを訊ねた。

 まだ口の中にいくらか残っていた為か、左手で口を軽く押さえて周囲から中を覗かれないように保護をする。



「ああオレたまぁにだけどな、レストランとかで働く事あんだよ。たまにあんだろ? ハンターとしての仕事ちっとも見つかんねえ時とかがよぉ。そん時にバイト気分でそう言うとこ行ったりしててよぉ」

 フローリックはグラスに注がれた冷たい水を一度飲んだ後にミレイを見ながら対応した。

 ハンターとは言え、年がら年中仕事に恵まれている訳では無いのだから、時期が悪ければ収入が全くやって来ない事だってある。今回のフローリックの隠れた才能は副業で効果を発揮しているようだった。

「こいつはこんなルックスでもなあ、スキルは店からアドミットされてんだぜ。ハンティングなんてギャンブルのレベルが強いから実際バイトの方が案外インカムは安定したりもするぜ」

 フローリックの右に座っている深紅の長髪のジェイソンは、長い間友人関係を作っていた訳だから、料理の方の事情はよく分かっていた。多少外見は怖いものの、それでも腕前は認められているし、料理は事実上、狩猟とは違って命を直接奪われる危険性がまず無い為、ある意味ではそちらで収入を得る方が良いかもしれないともジェイソンは考える。



「確かにハンター業は山が当たれば最高ですけど、普段から命賭けた仕事でもありますから、安全面とか考えたらその方が案外良かったりするかもしれませんよね」

 ミレイの左に座っているクリスもそのハンター業の中に常に潜んでいる危険性を改めて思い出しながら、左手に握っていた箸の動きをピタリと止めた。本当はハンター業が恐ろしい仕事だとは分かっていても、実際に退職する気になれないのは、何かの魅力に支配されているからなのかもしれない。

「ってクリスお前まさかいきなし『ハンターや〜めた』とかんじゃねえだろうなぁ?」

 その台詞を聞いたスキッドは、まさかクリスがそのままハンターの世界から遠ざかってしまうのでは無いかと思い、ある程度は引き止めようとする意志を見せ付けるが、これからクリスが出すであろう台詞を予測した時の喋り方が非常にふざけているように感じられる辺り、実際の所はそこまで心配していないのだろう。



「いや、別に私そんなつもりで言ったんじゃないけど……」

 少しスキッドから違う意味で取られてしまったと思ったクリスは、誤解を解く為に言い返したが、そこまで内容自体は凝っているとは思えない。寧ろ、それだけ言えば伝わると思っていたに違いない。

「けどスキッドぉ、真面目に考えてみたらさあ、女がハンターやってるって言う、なんかそう言うの結構すげぇとか思わねえ?」

 アビスは、自分の皿の焼きそばが無くなってしまったから、新しい焼きそばを自分の更に箸で盛りながら社会的には低い地位で設定されているであろう女性がハンター業に就いている事に今頃のように関心し始める。



「はぁ? お前何言ってんの? 男女差別スタートか?」

 スキッドはまだ自分用の皿の上に少しだけ残っている焼きそばの上にベーコンサラダを盛りながら、男と女を比べるような発言をしたアビスを横目で見た。

「スキッド、多分あれじゃない? 女だってのにハンターやるって事は男みたいに強い精神力とかどんどん付いてくんじゃないかって、アビス言いたいんだと思うわよ」

 アビスの言い方が悪かったと察知したミレイは、口の中のものを飲み込んだ後に彼が何を伝えたかったのかをもう少し分かりやすく、代わりに説明して見せた。ただ、それは的確な判断か、それともアビスに対する批評か、どちらなのだろうか。



「なんか俺置いてかれてるような気になったんだけど……」

 自分の言いたい事もロクに言えず、代わりに他者にまるで通訳のようにされているアビスは、申し訳無さそうに苦笑いを浮かべながら、新しく盛った麺を箸で掴んだ。

「だけど、戦いの世界では女性も充分に貢献出来る存在であるのは事実だぞ」

 シヴァは仮面のような特殊な顔の下部に差し込むように食べながら、その戦場に於いての女性の大切さについて話し出そうとする。普段から静かにしている彼であるから、時折口を開く時は妙に空気が真剣な色に変わるものである。



「へぇシヴァも地味に詳しいんだぁ〜? ってかそれどうやって下から食ってんの?」

 普段は冷静さを保っているシヴァであるが、さり気無くディアメルとネーデルに挟まれる場所に座っており、そのシヴァを見ながら、スキッドはそこまでその女性についてやけに色々と知っていそうなその亜人からもっと聞き出そうとするが、その前にその仮面のような構造の顔でどうやって食べているのかが気になり、そちらの方を先に問い質そうとした。

「悪いが、論点を崩すのだけはめてくれるか?」

 シヴァは自分の身体の構造を見られる事が嫌だったのか、それでも取り乱す事も無く非常に冷静に否定をする。まるで光っているかのような独特な作りをしている黄色い眼も多少細くなるのが分かった。

 しかし、単に話題を変えられたくないと言う事情もあるのかもしれなかったが。



「あぁはいはい……」

 スキッドはそのシヴァの寡黙ではあるが、その裏に何か得体の知れない恐怖のようなものを感じ、ただ静かにその身体構造に関する質問は取り消した。隣にいるディアメル及び、そしてシヴァを挟んでいるもう1人の少女、ネーデルからの視線に冷たいものも覚えた為、尚更である。

「純粋に力で勝負するなら男が圧倒的に有利だが、戦場じゃあ力だけで解決なんて出来ないだろ? 不安とか、悩みとかも交差するような所で役に立つのは女性だ」

 シヴァは亜人でありながらも、人間と同じ作りになっている右手で箸を操り、食しながら話を続ける。実質その仮面のような顔立ち以外の部分は殆ど人間とは変わらない。

 その説明の中身は、力比べならば男性が有利であっても、それ以外の面では女性が隠された力を発揮するようである。特に、精神的な部分での支えとなる様子だ。



「なんかキッパリ言ってるけど、なんか精神的に頼れるとか、そう言う意味?」

 アビスはその興味を覚えた話題を聞いているせいで鈍り始めてきた右手に持った箸でゆっくりとキャベツとベーコンをつまみながら、自分の中で導き出された意味をシヴァへと問う。

「そうだな。男は力とかの戦闘能力に優れてるから先頭に立って戦うのが得意だが、女性の場合は確かに戦う事は出来る事は出来るが、それよりも心の支えになる事を得意としてるのが事実だ」

 シヴァはアビスが質問を投げかけている間にサラダを顔の下から入れ込むようにして食し、そしてアビスの質問が終わる頃には既に呑み込んでいた。

 女性は男性と同じく武器を持って立ち向かう事も出来るが、男性と比較すると、考え方も外見も違う女性が放つ何かが男性にしか分からないような力を授けるらしい。やはり、人間の性としては女性の前では無様な所を見せようとは考えないだろうし、逆に気を惹かせようとも思えるかもしれない。

 そう言う男の魂が熱い何かを呼び出すのかもしれない。



「単純にそんな馬鹿力だの破壊力とかで解決出来る単純な戦いぐれぇだったら男だけの方がぜってぇ効率いいだろうけどなあ、女っつうもんは意外と細けぇとこにも目ぇ行くから、戦略とか練る時ゃ随分頼られたりすんだぜ」

 フローリックも男女関係の事情はいくらか把握しているらしい。

 男は力で勝負する傾向が強いが、女の場合は広い視野を持ち合わせてくれているから、そこから新たな戦略や、敵対者の弱点を知る事が出来たりするのだ。単に性欲の対象としてでは無く、全員が上手く生き残れる為の作戦をも出してくれる知能面で非常に心強い所を見せてくれるのが女性の強みだと言う。

「レディは男と比べてブレインの作りが違うから、アナリシスの力も男とはコンパリスン出来ないぜ?」

 同じ人間ではあっても、実は脳の構造が違うとジェイソンは説明する。その作られ方が違うからこそ、男と比較する事の出来ない部分が多いのである。やはり、ジェイソンであっても女性はメンバーにいて毒になる事は無いと考えているようである。



「ああなんか実際さあ、女の方が頭良さそうな感じするからなぁ。でも力が弱いとか言われても俺あんまり実感沸かないんだけど……」

 ソースが上手く絡んでいる焼きそばの味をしっかりとその口で実感しながら、アビスは直感的に女性が頭が良い印象がある存在として、そう何となく言い出した。アビスにとっては女性はか弱くなければいけないらしいが、今アビスの周りにいる少女達はとても弱いとは言えない連中が揃っていると思われる。

「そりゃあ多分お前が全然駄目駄目だからじゃねえのか? だってアビスお前ミレイと比べたら明らかあれ《・・》だろ?」

 スキッドはおかわりの焼きそばを中央の巨大な皿から箸で盛りながら、アビスの特徴とも言えるその頼りなさを言及する。

 嫌味のように聞こえるが、実際に考えてみるとアビスは女性を弱いものとして捉えているのに対し、実際は女性であるミレイはどう考えてもアビス以上の強さを誇っているし、寧ろ、ミレイのせいで本当に女性が弱い立ち位置にいるかどうかも疑問になってしまう。



「あれ《・・》ってお前……」

 スキッドのその妙に笑った表情で放たれたとある部分だけを強く強調したような言い方に、アビスは何故か自分が相当低い場所に位置する者として見られているような気分になり、それでも言い返す言葉が思いつかないどうしようも無い状況に追い詰められる。

「あのさあスキッド……。あたしさあそうやってアビスと比べられるってちょっとやなんだけど?」

 何やらスキッドが変な事を考えていると読んだミレイは、アビスと比較される事に対してやや不満そうな表情を浮かべながらスキッドに向けているその青い瞳を細めた。

 因みに、ミレイはもう少しで自分用の分を食べ終える所である。



「比べる相手が貧弱過ぎるからか?」

 口の中で少量の焼きそばを噛みながら、スキッドは口も押さえずにそのミレイの不満そうな顔の理由を聞いた。

 確かにアビスの場合は男でありながら、やや貧弱な部分もあるし、ミレイにはまるで頭が上がらない男であるから、比べる相手があまりにも悪過ぎたと言う理由も多分無くは無いだろう。だが、アビスにとっては愉快に聞こえるものでは無いと思われるが。

「違うって。そう言う意味じゃないわよ……。それにあんたもそのデリカシーの無さ何とかした方がいいかもね」

 ミレイはアビスに向かって遠回しに悪口を言うつもりは無かったらしいが、スキッドのそのいちいち食い付かなくても良いような所に目を光らせてくる性格があまり好きでは無いらしい。

 僅かに付着した唇のソースを舐めた後、再び箸で麺を掴む。



「まあそんな怒んなって」

 アビスの隣で再度次の分を箸で掴みながら、スキッドは折角の食事の最中に険悪な空気を浮かべない方がいいぞと言うかのように、わざとらしい笑顔を飛ばした。変な事を言う彼であっても、その明るさもあるから相手が本当に怒りのみに支配される事が無いようである。

「だけど冷静に考えてみたら男ばっか、ってのもすげぇ地味だって思わねえ?」

 紫のパナマ帽とスーツの上着を脱いでいても、サングラスだけは外していなかったテンブラーは、箸で紅夷松キャベツと4分の1程度に切られた蕃茄トマトを一緒に挟んだ状態を保ちながら、女がいなければ空気が鮮やかにならないのでは無いかと問うた。



「テンブラー、お前スキッドのフォローでもするつもりか?」

 すぐ右に座っていたフローリックは、スキッドの愚かな言動を庇う態度を見せてくるテンブラーにそんな声をかける。

 このメンバーの中では自分で作った唯一の人間だからきっと何かしらの愛着を焼きそばに感じているだろうが、彼も相当な量を盛りながら食べているのが分かる。きっと何度か新しいものを皿に盛っていたのだろうが、今乗っている量も相当なものがあり、きっと男性陣だけで目の前の山を崩せてしまう勢いすら感じられる。

「違《ちげ》ぇよ。俺もちょっと意見があってな。男にとっちゃあそうやって女の前でカッコつけれるってのは1個のチャンスでもあんだぜ? 実際あんだろ、職場恋愛ってのが。まあ俺らハンターにとっちゃあ戦場恋愛とも狩場恋愛とも言うかもしんねえけどなあ!」

 テンブラーは自分自身の考えがあるのだと強く主張し、そして男性は女性の前であるからこそ力を発揮出来る事があるのだと説明する。同じ場所で動く者同士がそこで苦難を共にしていつの間にか1つの絆が出来上がる事もあるのだと、非常にテンションを高くしているのが分かる。

 彼は何気に女性を広い範囲で好む性格だから、これから知っていく事になるであろう少年達に頭に刻み込んで欲しかったのだ。



「やっぱ狩猟って友達がどのこのじゃなくて最終的にそうやって恋人関係とかになったりするって事!?」

 テンブラーの気持ちに一番応えていたのはアビスだった。箸を掴んでいた右手と、皿を押さえていた左手をテーブルにゆっくりと落としながら、狩猟の先に映るものを思い浮かべてその茶色い目に希望の光を灯らせる。まるで1つの目標でもその場で作り出されたかのようだ。

「ああそうだぜ。女の前でカッケぇとこ見せてりゃあいつかは惚れられたりすっかもしんねえからなあ! ってかアビスぅ、お前もまさか期待とかしてたりってか?」

 どうしてテンブラーがハンターになったのか、その志望の動機が明らかになりかけた光景ではあるが、そんなテンブラーもアビスのその輝きの走った目に気付き、その意気込みを伺った。



「いや……別にそんな訳じゃねえけど……」

 アビスにはもっと別の理由があったのかもしれないが、彼だって異性を意識する年頃である。皆の前で異性を意識している事を疑われるような質問をされれば、少女に対してある程度は控えめな態度で接しているアビスであってもやや気まずくなってしまうだろう。

 その気分を紛らわす為に、ベーコンサラダの紅夷松キャベツの葉を口の中に入れた。

「いやしてんだろうお前ぇ。だから今かなり張り切って聞いてたんだろ?」

 スキッドもその焦るアビスを追い詰めてやろうと、箸に麺をぶら下げたままの状態で隣にいる少年をからかう。だが、スキッドも案外異性を意識して頑張っている所もあるように見える。まるで自分の本音をアビスを使って表しているようでもあるが。



「やめろってだから……」

 アビスもそろそろ精神的に苦しくなってきたのか、スキッドに弱弱しく反発しているが、アビス単独での反発だと殆ど効果を示さない様子だ。

「まあアビスだったら狩猟でカッコいいとこ見せんのはまだまだ先の話じゃないの?」

 そこで助け舟のように、ミレイの意見が入ってくる。しかし、その事実と言う事実をあまりにも強く追及し過ぎたその内容は、結構棘も感じられるものだろう。

 ミレイの表情はやや呆れたものが映っているが、何かもう少しアビスに期待を寄せているようなものも一緒に映っているような感じもする。



「ふっ、ミレイもなかなかいい事んじゃねえか。それでアビスももうちょい男っぽくなりゃあいんだけどなあ」

 フローリックはアビスのどうも自慢の出来る部分の少ないそのだらしない所を上手く察知していたミレイを褒めるかのように鼻で笑った。だが、2人揃ってアビスをけなすのでは無く、意地悪くプレッシャーを与える事で力を付ける事を促進させるように仕向けているその一種の圧迫感がフローリックらしいのかもしれない。

「アビスってそんなに実力が認められてない男だったのか?」

 このメンバーの中での唯一の猫人であるエルシオもその使い難そうな前足を上手く使いながらフォークで食事をしていたが、アビスの扱いの悪さと、実力の無さが気になったからか、テンブラーの右の席でやや重苦しく訊ねた。

 因みに、エルシオは人間と比較するとその身長は非常に低い部類に入る為、椅子の上に木箱を乗せて高さを稼いでいる。



「いやちょっ……何だよそう言う言い方……。確かに俺……そうだけど……」

 エルシオに言われて、アビスは何だか全員から言葉の攻撃を受けているような気分になり、自分が本当にこのままでも大丈夫なのかと非常に不安になってくる。

「アビスぅ別にあたしあんたの嫌味言うつもりじゃなかったからさあ、そんな落ち込まないでよ……」

 何となくアビスの気持ちを感じ取ったミレイは、フォローの一環として、なだめる言葉を苦笑を浮かべながら渡した。それでももう少ししっかりしてくれれば安心出来ると考えている事に間違いは無いだろうが、やはりここで彼を落ち込ませるのは不味いと考えたのだ。



――だが、テンブラーが話題を大きく変え始める……――



「あ、そうだ! 俺前々から皆に聞こうと思ってたんだけどよぉ……」

 テンブラーは本当の意味で全員から聞き出したかった事をこの場で、そしてこの時間でようやく思い出したかのように一瞬室内にその低くだらしない声色を響かせ、そして全員の視線を強引に自分へと向けさせた。

「話って何だよお前……。また下んねえ事じゃねえだろうなあ」

 自分で作ったベーコンのサラダを口の中に入れながら、フローリックは横目でテンブラーを疑った。テンブラーは信用されていないようであるが、これから先の付き合いで改善されて欲しいものだ。



「そうじゃねえよ。折角こうやって皆集まってんだからよぉ、今まで狩猟で何狩ってきたか聞きたくてよぉ」

 最も、数日前から全員は集まっていると言えば集まっているが、こうしてゆっくりと会話を交える余裕が無かったとテンブラーは言いたかったのだろう。サングラスの裏ではきっと両目をきらめかせているであろうテンブラーは今ここに座っている少年少女、そして男どもの生き方を知りたかったのだ。

「おれもちょっと気になってたんだよなぁそれ。ハンターだってのになんか最近そう言うはなししてなかったような気もするしな」

 スキッドもテンブラーに賛成しているのか、唇についたソースを舐めながらこのメンバー達が本来最も意識すべき項目を忘れているのでは無いかとも思い、折角なんだからこの際じっくりと話してみようとも考えたようだ。

 ハンターであるなら、一度は狩猟について喋ったり、聞いたりする光景を見せるのも普通だろうし、寧ろ一度だけで済ませる必要も無いだろう。



「だろぉ? 特に俺としては少年少女チームが今まで何狩ってきたか知りたくてよぉ。若い勇士、みてぇなの想像したかったんだよぉ」

 自分と意見を共有してくれるスキッドを見ながら、テンブラーはまだまだ歳若い者達がどのような苦難を乗り越えてきたのかを頭の中で勝手に思い浮かべる。

 やはりここで生きている以上は、過去にどれだけの天災級のピンチが迫っていようとも、それを乗り越えている証拠である。

「お前が言うと、ってかそん言い方すっげぇ妙に聞こえんだがなあ」

 テンブラーの標的は少年以外の方にも向けられて事だろう。それを考えたフローリックはその言葉の選択肢から何か品の無い事でも予想しているのでは無いかと想像してしまい、テンブラーに向かって呆れの意味合いを込めた目線を向けた。



「そう言う事言うなよなあ。んでだ、なんか俺的にはミレイちゃんぐれぇがかなりすげぇのやってそうだけど、なんか今までで一番の大物! ってのあったら教えてくれよ」

 否定したそばから、早速と言わんばかりに緑色のショートヘアーを持った少女にテンブラーは照準を定める。

 ミレイの何がこの集まりの中で無上むじょうな存在として注視される原因となったのだろうか。弓の扱いなのか、それとも格闘術か、男勝りなその強い性格か、或いは駆動車の操縦テクか、それは分からないものの、きっとそれら全てが合わさって完成されたミレイのとあるオーラがテンブラーにその台詞を使わせたのかもしれない。

「あったぁし〜……は、まぁ……まだアビス達と知り合ってなかった時はよくクリスと行ってたんですけど、桜竜が一番きつかったと思いますねぇ。あのピンク色した奴いるじゃないですか」

 ミレイも狩猟の経験は年数として思い起こしてもそれ程過剰な時間は使っていないだろうが、やはり真剣に思い出すとなれば箸を使う右腕の動きも止まってしまうものである。

 天井に青い瞳を向けながら、そしてやや苦しそうに声を絞り出すように口を動かしながら、アビスと直接出会う前の出来事を思い出した。



――思い出されたのは、桜色に染まった深緑竜……――



桜竜おうりゅうの事だなぁ? まあ『さくら』竜って言ってる奴もいっけど、まあどっちでもいいかぁ。けどそれだったら俺も昔1回戦った事あったぞ。3頭いっぺんになあ。確か初めてアビスとスキッドと会った時だわ。お前ら覚えてんよな?」

 ミレイが言ったその特徴から、テンブラーは正式な呼び名をまるで豆知識のように皆を見ながら言った。

 そして、大分だいぶ過去の話すらも思い出し、その場所ではミレイの時とは違って状況が3倍も違っていたと、ミレイの時を上回る深刻な状況であったと、相当小さくなりかけた焼きそばの山に箸を刺した。刺した際に視線を向けた相手は、アビスとスキッドである。

「ああ覚えてるよ。確かテンブラーの樽爆弾がなんか凄かったってやつ、覚えてるよ」

 アビスは少し考える為に箸の動きを止めるが、すぐに頭に桜色のリオレイアと、樽爆弾を使って爆撃攻撃を繰り広げていた男の姿が思い浮かび、その男がテンブラーであった事を思い出す。

 それにしても、初めてテンブラーと出会った事を考えると、非常に懐かしいものである。



「こっち3頭一気に相手だったからなぁ。ってかそれだったらミレイんとこの自慢よりおれらんとこの方がずっとやべぇ状況だったんじゃねえのか? お前の話かなり冷めたな」

 スキッドも思い出した、と言うよりはアビスと同じタイミングで頭の中に昔の光景を思い浮かべていたに違いない。

 過去の出来事とは言え、3頭を相手にしたその衝撃にも近い事実は確実に心に刻まれた重たい状況だったはずである。折角ミレイが印象に残った狩猟の話をしたと言うのに、数で劣っていると伝えたスキッドのせいでミレイの話の強さがどんどん薄れていってしまう。

「スキッドって地味にやな事言ってくるわね……。だけどこっちなんてホントにバカでかくてさあ、なんか顔だけでも大男さえも簡単に超えんじゃないかってぐらいデカかったし、兎に角あれ尋常じんじょうじゃなかったもん。ねぇクリスぅ?」

 まるでミレイの話なんか聞きたくない、と言わんばかりのスキッドの態度にミレイは少し腹を立て、普段の高い声のトーンを相当低めながらスキッドを睨む。睨んでいる少女と睨まれている少年の間にいるアビスが少し気まずそうだ。

 だが、スキッドから視線を逸らすと同時にいつもの高いトーンに戻し、そして隣にいるクリスと他の全員を交互に見ながら当時出会った桜火竜の力強さを説明する。最後はほぼ完全にクリスにその意識が集中する。



「う、うん……。あれって確かギルドでもキングサイズとして測定されたし。その時2人でしか狩猟に行ってなかったからホントにここでハンター業も終わりになるかって思ったけど、だけど私達頑張ったから良かったよね!」

 きっとクリスも当時の出来事を想像したから、あの時の恐怖が蘇ってきたのだろう。丸く、可愛らしい水色の瞳を細めながらその当時の桜竜の寸法がいかに周囲を驚かせていたかを話した。

 それでもここに今いるのは、当時本気で力を振り絞ったからであるから、それはそれで1つの成長だろう。

「そうよねぇ。あん時あたしは弓でずっと翼狙って、クリスはいつものあのスピードで脚斬ったり頭狙ったりしてたからねえ。でも今だったらもうそこまで死ぬかどうかってとこまで追い詰められないんじゃない?」

 ミレイもきっとその当時は辛かった事だろう。2人だけの空間だったから、役割分担も非常に重要な作戦となる。当時からミレイもクリスもなかなかの実力を備えていたようであるが、現在はもっと実力を付けている状態であるようだ。



「なんかお前らもかなりすげぇとこまで行ってんだな……。けどおれらだって村にいた時結構面倒なのやった覚えあんぞ? 確か蒼鎌蟹だった覚えあるわ。あの爪振り回す暴れん坊がな」

 そこまで説明をされてようやくその桜竜の恐ろしさを理解したスキッドは、自分達も何か相手に印象付けてやろうと、丁度自分が今所持している武具の素材を提供したモンスターをイメージし、それを放しのネタとして選択する。

 因みに今現在武具を纏っている訳では無く、今着ているものは茶色のジャケットである。武具だと少し窮屈であるから、こう言う時は私服の方が都合は良いだろう。

「『蒼鎌蟹』って、あの鎌振り回すあいつの事ね?」

 スキッドの出してきたモンスターの名前を聞いて、ミレイはイメージをより鮮明に把握する為に、確認の質問のようなものをスキッドにする。



「そうなんだけど、あん時は俺もまだ下手だったんだけど、俺とスキッドと、後……えっと2人ベテランの人がいて、その人達の協力もしてもらって、そんで倒したんだよ。その2人はもう村出ちゃってもういないけど」

 本当はスキッドに訊ねたつもりだったミレイであるが、返答をしてきたのはアビスだった。

 当時(恐らく現在もそうかもしれないが……)はまだまだ腕もそこまで立っていなかったが為に、協力をしてくれたその2人のハンターには随分とお世話になった事だろう。或いは、その2人のおかげで今こうしてここで会話と食事が出来ているのかもしれない。

「そんでそいつの素材使って、オレは今のあの装備持ってるって訳! オレの愛用品ってとこだな!」

 アビスに続くように、スキッドは皿に盛られたままの焼きそばの存在を一時的に忘れ、その蒼鎌蟹から得た素材を使う事で現在の武具を持っているのだと、やけに誇った態度でミレイに説明した。



「お前らそれって結局そのベテランども頼り切ってたんじゃねえのか? おれにとっちゃあそう聞こえんぞ?」

 フローリックはスキッドの話を聞いて思わず笑い出しそうになるが、何とか堪えながらその自慢話を打ち砕くような事を言ってやった。当時、彼らが未熟だった事を考えれば、そのベテラン達がどれ程頼れる存在であったのかが分かってくる。

「まあそりゃあ昔の話だからだろう? そう言うフローリックは今まで何狩ってきたんだよ?」

 開き直ったスキッドは、昔と現在を自分の都合で区別し、そしてスキッドにそうさせる原因を作った男に向かって過去を話させようとする。



「あぁ? オレかぁ? そうだなぁやっぱ一番の大物っつったらやっぱ双角竜じゃねえか? 砂漠で砂潜ったりするあいつだ」

 ここで言わなければ単に顔と態度だけの男であると思われてしまうと僅かながら考えてしまったフローリックは、特に思い入れのあったであろう巨大な2本の角を持った飛竜を候補に出した。

「双角竜ですか? そう言えば私達は戦った事無いですね……。大きさに反して速度も併せ持った凶暴な飛竜だって言われてたから避けてましたね……」

 ミレイは実物を見た事はあるのだろうか。口の中の物を完全に飲み込んだ後、そのサイズに似合わない素早さをうっすらと聞いた覚えがあったのか、それを思い起こしながら敢えてそのクエストだけは受注していなかったその過去も一緒に思い出した。



――巨体と双角そうかくを誇る砂上の飛竜の姿が浮かぶ……――



「流石にあんな双角竜相手で平気な顔して戻ってくる奴はいねぇだろう。オレだってあいつ仕留めんのにどんだけ罠使って、音爆弾投げて、砥石といし使った事か……。でもあいつんおかげで今の装備あるって考えたら今じゃあいい経験だってもんよ」

 いくらフローリックでも、涼しい顔をし続けながらあの双角竜そうかくりゅうと戦うのは困難を極めるのだろう。当時は様々な道具を駆使し、そこで初めて勝利を勝ち取る事が出来たというものである。

 その強敵から得たものによって、今の自分が作られているのも事実であるから、それは立派な戦績である。

「それに、双角竜はテイルの使い方も相当プロフィーションシーされてるから油断してたらバックからも狙われるデンジャーな飛竜だって事だぜ」

 ジェイソンだってきっと双角竜と戦った事があったのだろう。単に無造作に振り回されるだけの存在として見られがちである尻尾のさばきも非常に熟練されているのが双角竜であるから、背後から狙っても返り討ちに遭う危険性を秘めているとジェイソンは話す。



「あいつ地味にデケぇから俺らみてぇに近距離でしか攻撃出来ねぇ連中は脚しか狙えねぇもんなあ。あ、そうだ、所で紫凶狼鳥なんてどうよ? あいつも結構メンドくせぇだろう?」

 テンブラーは焼きそばを口に入れたまま、双角竜の体格を思い浮かべ、そしてそのような大きな相手であれば、必然的に攻撃が可能な場所も限られてしまうと、自分達人間との体格差を嘆くように言い放った。

 しかし、やはりテンブラーも自分の自慢話をしたい様子であり、怪鳥に似た姿を持った鳥竜を候補に出した。

「あれ? しきょう……ろうちょう? 何それ? 強いの? ってかそれって怪鳥に似てるってどっかで聞いた事あんだけど……」

 アビスはきっと見た事が無いのかもしれない。初めて聞いた者であれば確実にアビスのような錯覚に陥れられてしまうのだろうが、実態を知らない彼はその紫凶狼鳥を見縊みくびっているのである。



「アビスってまさかその紫凶狼鳥の事見た事無いの? 確かにパッと見だったら怪鳥とあんまり変わんないかもしれないけどさあ、でも実際はもう完全に全然違う種類だって思った方がいいわよ?」

 ミレイはやはりアビスよりハンターの経験が長いからか、本物のその紫凶狼鳥の姿を見た事があるようである。シルエットは怪鳥こと、怪鳥に似てないとも言い切れないものの、細かい部分を1つ1つ比べれば、それは明らかな相違点がある事が判明される。

 アビスと隣同士で座っているから、まるで2人だけで喋るかのように顔を合わせながら喋っている。

「わたしも1回だけ戦った事があるんですが、あ、勿論他の友達とですけど……。怪鳥と比較すると甲殻も刺々しくて、凄く頑丈でもありますし、毒も持ってますし、火力の方も数倍威力が上がってますから、同種と考えたらいけないと思います」

 個人としての性格は明るいものの、それでも見慣れない者達の中にいるディアメルは滅多に開けないその口を、再びここで開いた。食事中であるから、トレードマークの赤いニット帽は外しているが、淡い赤の髪で束ねられているツインテールが逆に目立っていた。

 そんなディアメルでも一度は紫凶狼鳥しきょうろうちょうと狩場で出会った事があり、その外見的特長を多少大雑把にではあるが、スキッドを挟んでいるアビスにそれを説明した。



「あれ? 随分詳しいみてぇだけどディアメルお前まさかあんのか? 戦った事。まあ実はおれも実物は見た事ねんだけどな!」

 スキッドはディアメルのすぐ隣に座っている訳であるが、外見的な説明をするディアメルについて、質問をする。結局はスキッドも目撃経験は無いようだが、元気良く伝える必要性も無かっただろう。

「はい、でも1回だけですし、その時は丁度凄く弱ってる固体を討伐するって言う内容クエストだったんですが……。動きが何だか深緑竜にも似たようなのがありましたから、単に怪鳥が紫色になった亜種のようなものだと思ったら絶対に痛い目を見ますよ? そう言う私も目の前で炎吐かれそうになって死ぬかと思いましたけど……」

 決してディアメルとその仲間達は本気で紫凶狼鳥と張り合う訳では無かったようだ。

 話を聞く限りは、怪鳥に深緑竜の動きを混ぜ込んだような動きを見せてくる鳥竜として捉える事が出来そうであるが、その時の状況を考えると、あの時・・・の話も持ち出してみれば相当な強運の少女と言えるかもしれない。



――まあ、灰皮の亜人バイオレットの話を持ち出してはいけないのだが……――



「飛竜全般に言える事だが、正面に立つのは関心しないぞ? まあ紫凶狼鳥は飛竜じゃなくて、鳥竜だが。それと、紫凶狼鳥は昔までは怪鳥の亜種として調査されてたが、何年か前に全くの別種である事が確認されてるぞ」

 ディアメルとは違う意味で殆ど口を開かないシヴァではあるが、そんな冷静な性格であるからこそ、人の未熟な部分や、心及び動作の隙を見切る事が出来るのだろう。

 飛竜が最も得意とするのは前方に対する迎撃である。よほどの理由が無い限り、正面に立つのは自殺行為に等しいのだから、シヴァはまるで厳しい指摘をするかのように、その黄色の眼を左に座っているディアメルに向けた。

 ただ、彼女がどのような状況で正面に立っていたのかは不明だが、紫凶狼鳥の名前が怪鳥と近似しているのに反し、生物学的な分類は違うものとして隔離されているのは少しだけ驚きの事実だと思われる。

「へぇ〜、よく俺は分かんないけど、シヴァって相変わらず色々知ってんだね」

 アビスは飛竜の名前とか、外見とかには興味があっても、その学問的な難しい解釈には興味を示していないのかもしれない。

 それでも知識の深いシヴァを少しだけ尊敬し、そしてグラスに入っている無色透明の冷水を飲んだ。



「管理局に就いてる以上は飛竜の生態情報は把握してないと苦しいからな」

 いつもの性格に相応しく、シヴァは冷静に説明をしながら、自分が使っている皿の方へと視線を戻した。

「所でそんな博学なシヴァさんに聞きたいんだけど、お前はなんか討伐任務とかには出たりした事あんのか? ギルドん方じゃあ亜人はハンターとして許諾してくんねえから色々厳しいんだろうけど、お前の話も聞いてみてぇなぁ」

 突然テンブラーはシヴァに向かって、サングラスの裏でじっくりと見詰めながら、狩猟経験を訊ねた。狩猟をするにはハンターズギルドで正式な手続きを取らなければいけないから、人間より明らかに身体能力のまさっている亜人であれば、突出した能力によって乱獲、或いはそれに似た行為をされてしまうとテンブラーは考えたのかもしれない。



「一応おれは狩猟の許可は正式にギルドから下りてるし、管理局にいる以上は状況に応じて飛竜と戦う必要性も出てくる。それと、おれが一番最近戦った飛竜と言えば、棘刃竜きょくじんりゅうだな。皆は知ってるか?」

 許可が出ているならば、シヴァと組めればどれだけ心強い事になるのだろうか。

 そして、彼は一頭の飛竜の名前を出したが、すぐに皆に理解を確かめている辺り、まだ知名度は高くない種族なのだろうか。

「そんな飛竜いんですか? 『きょく』……って事は、とげの……竜ですか……?」

 聞き慣れない、と言うよりは聞いた事すら無いその名前に、ミレイは何となく外見を想像しながらシヴァに目を合わせた。



「やっぱり、体中に大量の棘が生えてるって言う事で、正しいですか?」

 クリスもきっと見た事も聞いた事も無いのだろう。棘だらけの身体を連想しながら、同じくシヴァへと目を合わせた。

「そう捉えてもらって間違いは無い。そして、紫凶狼鳥と同じで体内に毒を持っててだ、その大量の棘の先端から毒を分泌する。接近は困難を極めるが、怒らせない限りは襲ってこない閑散な性格だから、その大人しい所だけが紫凶狼鳥と異なる性質だな」

 その想像は間違っていないとシヴァは答え、そして体内に含んでいるものが紫凶狼鳥と一致している事を教えた。棘自体が物理的な殺傷力を含んでいる事に加え、体内をむしばむ液体すらも分泌させるのがまた恐ろしい話である。



「それで、シヴァは戦ったの結局?」

 アビスはきっと今一頭の中でその棘刃竜きょくじんりゅうの姿を上手く連想出来ていないのだろうが、まず気になったのが、本当に戦ったのかどうかである。

「いや、戦う事が任務じゃなかったから、生態調査の為にとある樹海に赴いてだ。だけどおれを見るなりいきなり襲い掛かってきてかなり驚いたのを覚えてるぞ。まあこっちは何とか麻酔毒を爪に塗り付けてそれで大人しくさせたんだが」

 戦い自体がその時の任務では無かったらしいが、その気になればシヴァであっても、いや、シヴァだからこそ相手を捻じ伏せる事が出来たのかもしれない。今は引っ込めている爪に麻酔毒を塗る事で、当時の危機を回避したようである。



「静かなのに襲ってくるってのが全然意味分かんねえんだけど。なんか言ってる事変じゃね?」

 スキッドの頭の中に浮かんでいるのは、棘だらけの身体とは対照的に大人しい姿であったのに、いきなりシヴァからはその飛竜が攻撃を仕掛けてきたと説明されたから、想像していたものを打ち砕かれてしまったのだ。

 内容の矛盾についてスキッドは軽く首を傾げた。

「説明不足で悪かった。本来の棘刃竜は外部から攻撃を受けても今までの飛竜が見せるような意図的な反撃を見せてくる事が無いんだ。だけど限度が過ぎると奴は怒り出して、本来の凶暴性を見せ付けてくる。だから普通は手を出さない限りはその姿を見る事は無いんだが、あの時は事情が異なってたんだ」

 自分の話し方を見直したシヴァは、棘刃竜の内部に眠っている性格の事も話した。付け足しをする事で、その矛盾点も解消されるはずである。1つ足りないだけで相手に伝わるものが変わってしまうのだから。



「こっちが何もしないと大丈夫な飛竜……かぁ……。なんか飛竜も色々あんだなぁ。そう言えば俺は青鳥竜の長3びきいっぺんに相手にするクエストやった事あったっけ」

 アビスは純粋に相手側から襲い掛かってこない飛竜であれば安全なタイプであると思い込んでいるのか、あまり不快事を考えずに自分用の水滴の映るグラスを眺めた。

 そして、その表面の濡れたグラスを眺めていると何故か自分が過去に受注したとあるクエストを思い出し、特に自慢する様子も無しに感情も込めずに言い出した。

「アビスぅ、お前そんなん言ったって誰もすげぇって思わねえぞ。第一お前今かなりなんとなく的に言っただろ? 説得力もねえぞ」

 初心者から見ればその青鳥竜の長だって充分に脅威な存在となるだろうが、手馴れたハンターであれば数があった所で自慢にすらならないと、フローリックは苦笑しながらアビスへ伝えた。

 恐らくそれを薄々アビスも気付いていたから、相手に強い感情移入をさせる意志が非常に弱かったのかもしれない。



「因みに俺は6頭相手した事あるぜ! 異常発生って言うそんなのあったから結構前に受けた事あったな!」

 アビスに便乗しようと思ったのか、それとも丁度良い機会だったからか、テンブラーは空いている左手の手の甲をフローリックに向け、そして指を全て開いた。勿論それだと1頭分指が少ない訳であるから、途中で箸を皿の上に置いて右の人差し指でその少ない部分を補った。

 因みにアビスも自分の気持ちを伝える為に、視線をしっかりとアビスの方にも向けた。

「テンブラーそれって……。フォローなの? それとも、嫌味?」

 話題の中心になっているのが青鳥竜の長であっても、数を2倍にされてしまえばアビスの立場は確実に悪くなるだろう。だから、アビスは普段威圧感所か、異性を惹き付けるオーラさえ飛ばさないその顔の眉を軽く潜めた。



「出来ればフォローとして捉えてほしかったな! 青鳥竜の長だって案外面倒な奴だしよぉ、いちいち候補に出したからって恥だって訳でもねえぞ? あ、ネーデルちゃん俺にも入れてくれ」

 テンブラーの目的は、本当はそれであったらしい。ただ、相手に違う形で伝わってしまっただけのようである。

 正式名称を言わず、略称を使いながら、そのモンスターだってそれらしい品格を備えているとダラダラと説明する。ふとネーデルが自分のグラスに水を注いでいるのを見つけ、自分のグラスにも入れてもらおうと、グラスを持ちながら腕を伸ばした。

「あ、はい」

 ネーデルも特に断る理由も無かったから、自分の右側から伸ばされる腕の先に持たれたグラスを受け取り、ゆっくりと冷水を注いだ。



「おれはワンタイムだけのエクスペリエンスなんだが、神山龍しんざんりゅうの討伐に携わった事があるぜ? これはボーストしてもいいトークか?」

 ジェイソンもそろそろ自分の勇姿を皆に伝えようと口を開いたが、そこから出てきたものは、他の飛竜とは逸脱した生命力を誇る偉大な龍であった。流石のジェイソンもまだ一度しか無い経験であるようだが、これならば自慢話の材料としては最適であるかもしれない。

「ラオって……、あのバッカデケぇあの巨大で地震とか鳴らしたり街荒らしたりしてるって言うあいつん事?」

 スキッドは案外飛竜――厳密にはこの『龍』に限り、分類は異なるのだが……――にはある程度精通しているようであり、その恐ろしい程の巨体で地面を踏み鳴らし、そして建物を崩壊させるその鬼畜な姿を連想する。



――山のような巨体を立ち上がらせている姿が頭に浮かぶ……――



「スキッド……別にあの龍意識持って村壊したりしてる訳じゃないのよ? ただ通り道にあるからそれで偶然被害受けるってだけで。所でジェイソンさんはそんな龍と戦えるって事はやっぱり凄い実力者って訳なんですよね?」

 案外それはハンターをやっている者であれば誰でも知っているある意味一般常識のようなものなのかもしれない。

 ミレイのその軽やかな説明がそれをうっすらと証明しているように見えるが、やはりジェイソンの戦績も気になるのだろう。

「まあ10年以上ハンターやってりゃあそんぐれぇ普通に行くぜ。確かオレもそいつの討伐には関わったぜ。勿論こいつと一緒になあ」

 その時の討伐にはフローリックも関わっていたらしく、それにハンター歴も長ければそれだけ危険な任務に携わる回数も可能性も大きくなっていくのだと、少し先輩としての風格を見せながら話した。



「それで、勿論討伐は成功したんですよね?」

 ミレイは1つの期待と不安を抱きながらも、フローリックにその激闘の結末を聞こうとする。ただ、何となく彼の口調と雰囲気を察するともう答は決まっているようにも感じられるが。

「当たりめぇだろ? じゃねえと村1個潰れてたかんなあ。そん時貰った神山龍の甲殻まだ実家に残ってんぜ? 名誉ある一品としてな」

 年下の相手に実力が低いものとして見られる事に抵抗を覚えたからか、フローリックはそんな中でも自信を保ちながら堂々と返答した。もし彼らが本気で力を振り絞っていなければ、村人は住む場所を失っていたのだ。その時に手に入れた甲殻は、その証拠として残り続けているのだ。



「お前にしちゃあ随分カッコつけた事ほざいてんじゃねえかよぉ。なぁ〜にが『名誉ある一品』だよ、マジうけんなぁ。因みに俺は城砦蟹じょうさいかいと戦った事あんぜ?」

 テンブラーは妙にフローリックが格好を付けていると意識してしまい、からかうような態度でフローリックを横目で凝視し続ける。その彼に似付かない堅苦しい言い回しを放置出来なかったのだ。

 そんなテンブラーも、人に誇れるだけの巨大な敵対者に勝利した過去を持っているようである。しかし、ラオシャンロンと比較するとどちらが素晴らしいのかはきっと人それぞれだろう。

「お前オレと張り合うつもりかぁ?」

 フローリックと続くようにテンブラーも大物を出してきた為、何だかライバル意識でも持たれているのかと感じたフローリックは僅かに笑みを浮かべながら、ピンクのワイシャツを着ている男の内情を聞き出そうとする。



「ってかその前にさあ、そのじょう……さんかいとか言うのって、何なの? その神山龍とか言う奴の仲間、っつうか似たような奴?」

 アビスは今回の食事の中で聞いた事の無い飛竜やその他大型モンスターの名前をいくつも聞いてきた訳だが、そのたった今出された名前についても更なる興味を覚えた。

「アビス、『じょうさんかい』じゃなくて、じょう、さい、かい。赤殻蟹と蒼鎌蟹のサイズを何倍もしたような奴よ」

 流石はミレイであり、アビスの見事なまでの言い間違いを、ミレイはその正式な名称を区切るように発音する事で、より相手に伝わりやすく努力をする。

 外見的な大きさだけで言えば、それだけの比率は下らないだろう。



「おっ、ミレイちゃんもまさか遭遇経験ありってかぁ? んで、フローリックよぉ、俺は張り合うんじゃなくて、報告だぜ? 俺だってこんな経験ありだって言いたかっただけだ」

 ただミレイは名前と大きさだけを詳しくアビスに伝えただけであるが、テンブラーはそれだけでミレイが戦闘経験すらもあるのかと思い込み、純粋に聞いた。

 だが、テンブラーも他者に言おうとしている事を残しているせいで、ミレイの反応も待たず、すぐに隣にいるフローリックに自分の考えを伝えた。

「そんな大物にしちゃあ随分適当くせぇ言い方じゃねえかよ。でもお前もそれなりには実力持ったハンターって訳だよなぁ?」

 それでもフローリックからしてみればそれだけの大物の話を聞くと言うのに、テンブラーの話し方に迫力が感じられなかったのだ。しかし、そこに激しくこだわらず、テンブラー自身の狩人としての腕前を評価し始める。



「そりゃそうだろうよぉ。俺はこう見えても爆撃王呼ばわりされててだ、樽爆弾とか使うの上手うめぇって評判なんだぞぉ? 最近ちっとも樽爆弾使ってなかったけどなあ」

 もしテンブラーがハンター業に就いていなければ、そのやや奇妙な性格が災いして大人の品格を問われる事になるだろう。

 だが、事実としてテンブラーは人目置かれる優秀なハンターであり、純粋に自分の得物を使いこなすだけでは無く、火薬を使った危険な道具も上手く使いこなす腕前を誇っているのだ。しかし、最近はタイミングや状況の都合があったからか、殆ど樽爆弾を使っていなかったらしい。

「ここにいる皆はハンターとしてはそれなりの資質を持った者として見ても大丈夫らしいな。話を聞いてると安心する。エルシオもきっとおれと同じ思いだろう」

 このメンバーの中心となって口を開く事をしない、或いはひょっとすると目立つ事を苦手としているのかもしれないが、そんなシヴァはハンターの世界に関する話題で充分に盛り上がっている光景を見て、信頼出来る集団と仲間になれたとして1つ安心する。

 敬語こそは使っていないものの、それでも上司に当たるであろう猫人のエルシオが今何を考えているかを代わりに言ってみせる。



「俺にいちいち当たり前の事聞くなよ。ハンターならそれぐらい常識だ。今の自分で自惚うぬぼれてるようだとこの先が心配だ」

 エルシオは職業柄の性格なのだろうか、弱者を甘やかすような言動を取る事は一切無かった。多少地価ががあるならば、もっと上を目指すのがこれから先も戦う者の精神であると、一種の教訓を教え込む。

「まぁたエルシオお前……。お前猫ちゃんのくせして相変わらず生意気くせぇ事言いやがってぇ。そんなんじゃあ猫人特有の可愛さで女性ファン的なもんも出来ねぇぜぇ? 折角今候補4人もいるってのによぉ」

 テンブラーはエルシオの外見そのものについていじる事を楽しみとしているかのように、その可愛らしい外見に反する威厳ぶりについて、自分の欲望すらも混ぜたような事を言い始める。

 猫人ならば、その動物らしい愛嬌からか、女の子に好かれる要素を持っているとして間違いは無いであろう。今テーブルを囲んでいる人間の中に、緑色の髪をした強い精神を見せるミレイに、ツインテールが可愛らしいクリスと、青く長い髪が女性らしさを見せているネーデル、そして赤いツインテールと毛の柔らかな印象を映すニットベストを着ているディアメルが混じっている。ある意味候補は多いのかもしれない。



「興味ねぇよそんなもん……。勝手にやってろアホらしい……。所でネーデル、お前は元々組織にいた人間だから、それなりに鍛えられてると思うが、お前だったら殆どの飛竜相手に出来んじゃねえのか?」

 猫人特有の初めから保持されている可愛らしさを秘めた赤い瞳で無理矢理殺気に満ちた目付きを作りながら、エルシオは元々低めなその声を更に低めながらテンブラーに言い返した。

 しかし、やはり敵組織に所属していたネーデルの実際の腕前が気になるのも事実であり、テンブラーに対する殺気を解除した後、ネーデルにどれだけの素質があるのかを聞いた。その聞き方を見ると、初めから1つの期待を浮かべている様子だ。

「なんだよエルシオ。お前ネーデルちゃんの事ファンに引き入れようとか考えたなぁ?」

 当然エルシオにそのような欲求は存在しないだろうが、今のテンブラーの目に映っているのは、密かに1人の少女を自分側へと引き寄せようと企む姿なのだ。だが、テンブラーは楽しくてもエルシオは確実に楽しくない。



「死ね……」

 エルシオは世界中で扱われている暴言の中でも最も短いものを選択し、呟くように放った。

 直接命に関わるその命令形の言葉の中に、否定や嫌悪といったマイナスの要素を全て入れ込み、そしてそれを直接口に出したのだ。

「って何お前ガキが使いそうな暴言吐いてんだよ? ひっでぇなぁ……」

 テンブラーはその言葉を頻繁に使う年齢層を把握してるのか、一度その部分に対して追求するが、純粋に言葉に秘められた意味と嫌に強いその威力に僅かながら恐れおののいてしまう。



「えっと、わたしは……金獅子を討伐した事があります。つい最近戦いました。アビスさん達と出会う前に、ですが」

 エルシオとテンブラーのやり取り――だが、テンブラーが確実な加害者だろう――に戸惑いながらも、ネーデルはエルシオと、そして意外にもテンブラーとも同じ色をしている赤いその瞳を一度だけ横に逸らしてから、このメンバーと知り合う大分だいぶ前の話を思い出す。

 エルシオは喋りさえしなければそれらしく見えるかもしれないが、テンブラーは性別と年齢の都合から可愛らしいという属性が似合わない目の色を持っている。逆にネーデルならば、その純粋な瞳の色と同時に、その内面的な性格と合わさって、可愛らしいという属性は似合うであろう。

「金獅子……金獅子ってあの金ピカゴリラ野郎だろ!? あいつ相手にお前、ネーデルちゃん1人でやったってか?」

 一度暴言を吐かれてだんまりとしていたテンブラーは、その金獅子の恐ろしさを知っているからか、単独で向かったと思われるネーデルの秘められた力に驚くかのように聞き直した。

 その特有の呼び方が少しテンブラーらしい。



「はい……。ですが、動きをよく分析すれば倒せない相手でもありません。わたしは大剣を使うんですが、案外足元は金獅子にとっては死角ですから、重症を負う事は無かったです」

 ネーデルにとってはそこまで驚かれる事を予測していなかったからか、多少返答に困るかのようにその静けさの灯る声を詰まらせるも、すぐに復元させる。

 相手は手強い相手であるとは言え、必ずその動きには癖があるから、それを読み取る事が出来れば戦えない相手では無いとネーデルは説明するが、そのネーデルの雰囲気を考えれば、それは決して弱者に対する嫌味に値するものでは無いだろう。とりあえず、ネーデルはそこまで傷を負う事無く戻ってきたようである。

「金獅子って……何? ゴリラゴリラって言われてっけど、桃毛猿に似た奴なの? なあミレイ」

 再び聞いた事の無いであろうモンスターの名前を聞いたアビスは、再びミレイからその詳細を聞こうとする。彼から見れば、ミレイは歩くモンスターの図鑑なのかもしれない。

 ただ、実際に『ゴリラ』という単語が出たのは一度だけであるのだが。



「え? あ、まあ確かに分類上は桃毛猿と同じ種類になってるけど、実際見たら多分桃毛猿が可愛く見えるかもしれないわよ? 金獅子って凶暴だからねえ、本気で」

 もうミレイも断る為の返答を考えるのに疲れたのか、やや平然とした態度で分かる所まで答える。

 単純な恐ろしさがよほど強いレベルを占めているからか、人間からすれば充分に脅威とも言える桃毛猿が弱いものとして捉えられてしまう程、金獅子の迫力が強いと説明をしている。

「あれ? まさかミレイちゃんも金獅子と戦った事あんのか? 随分詳しいみてぇだけど」

 説明をする少女を見るなり、テンブラーはまさか経験があるのかと思い、早速と言わんばかりにその部分を追求する。



「まさか……。そんなの有り得ませんよ……。あたしその時クリスと一緒に雪山から帰る途中だったんですけど、偶然金獅子と出くわしたんですよ。いや、出くわしたってよりは……、えっと、こっちは見つけてるけど、向こうからは見られてない状況……って言うんでしょうか?」

 ミレイもなかなかの実力を持ちながらも、その金獅子とぶつかり合う度胸はまだ出来上がっていないらしい。

 しかし、偶然出会ったその光景を思い出しているミレイの表情は、まるで思い出したくなかったものを思い浮かべているような感情を映しており、下手をすればこのまま聞き続けるのが気まずい空気にもなり兼ねない。

「それで私達岩陰に隠れて様子窺ってたんです。そしたらいきなり吠え出してそれと同時にいきなり黒い毛皮が金色に変わったんです。外から見ても明らかに怒ってる様子だったんです。勿論私達は気付かれないようにこっそり雪山から何とか逃げ切ったんです……。凄い……怖かった……よね……」

 クリスも当事者だったから、ミレイと共にその話の説明に協力をするが、やはり表情に明るい色は灯らなかった。

 一体金獅子がどれだけの力を持っているのかは現時点では詳しく分からないものの、そんな極限の状況下に少女2人が立っていたと考えると、これまた物凄い場面だった事だろう。



「う、うん確かにね。だけどとりあえず直接ぶつかり合う事も無かったからいんじゃない?」

 クリスのその表情には恐怖という言葉があまりにも似合ってしまう程に、暗いものが落とされていたが、ミレイは持ち前の凛々しさを混ぜた笑顔を浮かべながら、隣にいる茶色のツインテールの少女に言った。

「けどさあ、ネーデルってそんな聞くだけでもヤバそうな奴と平気で戦ってたんだろ? って事はミレイとクリスより狩猟はすげぇって事じゃね?」

 アビスは当事者では無いのだから、ミレイとクリスがどんな思いをしたのかは完全には理解する事が出来なかったから、すぐにネーデルに話題を戻せたのかもしれない。

 ネーデルのその会話の中だけで表された実力と、現時点でのミレイとクリスの――アビス個人の判断ではあるが……――実力を比較し、結果的な勝者をネーデルに決定した。



「あのさぁ……あんたに言われたらちょっとあれなんだけど……?」

 突然敗者扱いされたから、ミレイは多少不愉快な気持ちになってしまう。

 事実として、アビスはミレイのように精密さや判断力がある訳でも無く、クリスのように体育系の人間がうらやむような身体能力や体力を誇っている訳でも無いのだから、そんなアビスが言う台詞では無かったのだろう。

 隣にいるアビスを見ながら、ミレイは目を細めた。

「ああいや違うって……。ただ直感的に思った事言っただけだって。でも実際ネーデルが戦ってるとこ見た事ねぇよな俺ら」

 機嫌を損ねてしまったと感じたアビスは、単刀直入な言葉は出していないものの、それでも謝罪の気持ちを込めながらミレイに返答する。だが、ネーデルの狩猟時の姿を実際に目で確かめた事が無いのなら、どうして比較したのかと聞きたくなるかもしれない。



「そりゃあそうだろうよぉ。最近俺らって狩猟らしい狩猟もしてなかったからなあ。下手したら『受注ってどうやんだっけ?』状態にもなっちまうぞこれ」

 テンブラーは残り少なくなってきたサラダの皿から、纏めて紅夷松キャベツの葉を箸で掴みながら、最近の自分達の状況を話し出す。確かに最近は色々あり、一般的なハンターが受けるクエストを一切受注していなかった。

 だが、手続きの方法を忘れてしまえばそれは一大事である。

「あんなんでいちいち忘れてたらお前の記憶力疑うぞマジで」

 フローリックは当然のようにその受注方法を忘れていないだろう。

 だからこそ、ハンターにとってあまりにも基本的な内容を忘れるような素振そぶりを見せるテンブラーが多少心配になったのかもしれない。



「いやいやジョークだっつの。そんなんで俺が忘れる訳ねえっしょ〜」

 どうやら大丈夫であるらしい。テンブラーはわざわざわざとらしくふざけた態度を取りながらも、記憶力に不備が無い事をアピールした。

「でもさあ、これから先俺達ってちゃんと今まで通りの狩猟出来んのかなぁ? 最近その変な組織との戦いばっかだったし、それともまともに組織に勝たないと一生普通に狩猟出来ないとかだったりしないよなあ?」

 ふと感じたアビスは、今まで受けてきた普通の狩猟がどこか懐かしくなってしまい、組織との戦いが自分達の本職を妨げていると考えると何故か違和感を覚えてしまう。自分が頑張っているものを第3者に妨げられる事に対する葛藤は、年頃の少年らしい感情だろう。



「いや、それはねえと思うぞ? 確かにあいつらもすげぇ連中揃ってっけど、多分狩猟するぐれぇの余裕はあんだろう? 元々あいつらだってそこまで表出て暴れてる訳じゃねえし。あ、でも結構標的ターゲットハンターに絞ってっけどなぁ……。そこんとこは状況次第ってもんか?」

 フローリックも徐々に組織の内部構成や行動方針等を分かってきたのか、そこの所の事情も混ぜながら、これからの狩猟の問題についてアビスに説明を施した。やはり、先日の旧友の話は案外無駄にならなかったのかもしれない。

「あの組織は元々影で隠密に動く団体だ。基本的に人に知られる事を極端に避ける性格を持ってるが、たまに派手な一面を見せるのも事実だから、本当に油断のならない事も事実だ。例えば、以前のアーカサスの事件がそれに当たる」

 だが、本気で詳しいのはやはり管理局に所属している者である。

 シヴァは静かな態度で説明を施す。元々は目立たない組織でありながら、一部では例外もあり、過激に目立つ破壊行為を行う所もあると話した。特に、数日前のアーカサスの街での話が特にそうである。



「早く……平和が来ると、いいですよね……」

 ネーデルにとっては元々同じ場所にいた者達である。そんな彼らが今、世界規模で混沌を生み出す活動を続けているのだから心を痛めるのも無理は無い。

 分かり合える日が来ればいいと、ネーデルは軽く俯いた。

「ネーデル、お前心配すんなって。きっとお前の気持ちちゃんとあいつらに伝わっから。元々仲良しだったんだろ? お前も真面目なとこあんだから、ぜってぇあいつら分かってくれるって」

 元気を無くしていくネーデルの横顔が気になったスキッドは、絶対にネーデルの気持ちは無駄にならないと励ましてやった。ネーデルは馬鹿な部分を持ち合わせていないし、ふざける事だってしない。仲間の為に真面目に、そして一生懸命な姿を見せるその性格は、きっといつか最も大切な場面で発揮される事だ。

 スキッドも時折非常に無礼な発言を飛ばしたり、場を弁えない言動を取る事があるが、異性に対しては時と場合によって上手く元気付ける事の出来るその性格は確実に評価されているだろう。



「あ、はい……。ありがとうございます……」

 スキッドの気持ちを強く受け止める事が出来たネーデルは、心の奥で何かに阻まれたような様子を見せながらも、緩やかな笑顔を浮かべて頷いた。それでも、スキッドなんかに対して敬語を使っているのを考えると少しだけ滑稽な光景である。

「その為にもおれ達管理局も力を入れないといけないな」

 シヴァもネーデルの気持ちには応えたいと考えているのだろう。表情は全く窺い知る事が出来ないが、その奥では改めて決心する強い意気込みが見えている。

 彼らが力を入れる事は、ネーデルは勿論、きっと世界中の者も幸せになる事だろう。そう信じたいものだ。



――しかし、すぐに別の何かを感じ……――



「ん?」

 シヴァは突然その場で立ち上がり、目の前のテーブルから離れた所にある窓を強く見詰め続ける。まだそこまで緊張感を抱いている訳では無いものの、今までとはどう考えても様子がおかしかった。

「おい、シヴァどうした? いきなり立つなんて」

 アビス達と知り合う前から共に行動していた亜人の仲間のその姿を見て、エルシオは何があったのかと訊ねる。



「悪い。何か気配を感じた。行儀が悪くて済まない……」

 シヴァも出来る事なら食事中に1人だけ立ち上がるような事はしたくなかっただろう。まだ皿に自分が盛った分が残っている事を少し詫びながら、椅子から離れて窓の目の前に向かって歩き始める。

「気配って……、俺らなんも聞こえねえけどなぁ……」

 シヴァには感じたその気配も、アビスにとっては見えもしないし、聞こえすらしなかった。だから、どうして窓の近くにまで進んでいったのか今一理解出来なかったようだ。はっきりと言えば、どうして立ち上がったのかさえ理解出来ずにいる。



「シヴァは人間と違って聴覚が何百倍も優れてるからなあ。変な気配には敏感だぞ」

 エルシオの説明が入るだけで、シヴァと他の人間の違いが一目瞭然となったような気がしてしまう。

 やはり亜人というだけあって、ものの聞こえ方も常人とは比較出来ない程優れているらしい。だから、一般の人間には分からない僅かな気配にも敏感に反応する事が出来たのだろう。

「なんか狼みてぇ……」

 スキッドはシヴァの後ろ姿を見て哺乳類の一種を思い出してしまう。確かにその種も聴覚は鋭いが……



「あれ? スキッドさあ、狼ってあれどっちかっつったら嗅覚じゃん? 聴覚が鋭いのって言ったら蝙蝠こうもりじゃない?」

 確かに狼も聴覚は優れていない訳では無いだろうが、スキッドは丁度今『聴覚』に関する話題に乗っていて、そういう意味合いを含めて狼を出したのだろうが、ミレイの反論のようなものが入ってきた。

 狼は聴覚も優れているが、最も強い部分は嗅覚である。だから、捉え方によってはシヴァが聴覚では無く、嗅覚が優れていると言う解釈になってしまうかもしれない。だから、この場合は聴覚が最も優れた動物を出すのが的確だったのだ。

「あ、そっかぁ。でもシヴァって微妙に蝙蝠こうもりに似てなくもねえよな。なんか黒っぽい外見っつうか……」

 一応は納得をした様子を見せるスキッドだが、やはりそこに少年らしさが残っていた。

 シヴァのその全体的に暗い色遣いの多い体色が、そのたった今出された聴覚に優れた動物に似ていると感じたからか、スキッドは呟くようにそんな事を言い出した。





――そして、シヴァはと言うと……――



 窓を開けて外の長閑のどかな風景をじっと凝視する。

 その黄色い眼は元々余計な感情を一切含まない強いものがあるが、今はそれがより一層強調されている。まるで奥の奥まで見通しているようだ。



――建物を越え……

――周囲に生える青々とした木々を越え……

――直接は見えない、新鮮な空気を越え……



――やがて、1つの危機を察知した――







「これ……、青鳥竜だな……」





――だが、まだその察知には続きがあり……――





「しかも……大勢か……」

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