◆◆ Dark Spirit……
◆◆ Crimer No False……
貴方は、もし本当に恐怖を覚えるとしたら、どちらを選択しますか?
人間は誰だって幽霊に
強がっていても、それは所詮は見せ掛けです。寧ろ、本当は怖いから、だからこそ強がるのです。
幽霊は確かに恐ろしいです。
この世にいるのかどうかも分からない恐ろしい風貌、そして、人間らしい生きた感情の通じない恐怖の一方通行。
現世では通用しない、死をあまりにも強く意識し過ぎた
科学で証明する事の出来ない話であっても、人間はそれを見る事で心に恐怖の吹雪を浴びせかけてしまいます。
しかし、世の中には実在の真偽が問われる幽霊と比較する事の出来る存在が登場する事も珍しくはありません。
どうしてここでこの私がいちいち説明をしようとしているのかが分かりますか?
実は、私の友人がこんな話を私に持ちかけてきたんです。
最初はその話を聞いて凄くゾッとしてしまいました。
ですが、よく考えてみると、その愕く所は違う場所だったのです。
では、私が聞いた話をそのままここに記します。
――恐ろしいのは、どっち?――
これは昨日の夜の話だった。
俺が部屋で少女の心臓をもぎ取ってたら、いきなり部屋に女が入ってきたんだ。
最初は友達でも入ってきたかと思ったんだが、よく見るとそいつは友達でも何でも無かった。
あの時は正直言って本当に死ぬかと思ったぜ。
緑色に腐敗した顔面に、真っ赤に光った両目に、ボロボロの服で、しかもよく見たら足が透けてたんだよ。
正直声も出なかったんだが、流石に勝手に部屋に入られた事だけは許せなかったから、俺は勇気を出して怒鳴りつけてやったんだよ。
「馬鹿野郎!! 勝手に人部屋入ってくんじゃねよ!!」
だけどその腐敗した顔でじっと見られたから、俺はまた怖くなって、寒気ばかりに襲われてしまったんだよ。
しかも赤い目で凝視されるから、その時はどうすりゃあいいかもう分かんなくなってだ……。
とか言ってる間に女はどんどん俺に近づいてくる。
その乱れた黒い髪も正直怖すぎる。何とかしないと俺はこいつにあの世に連れてかれるんじゃないのか?
そんな事になったら最悪以外の何者でも無いから、俺はまた女に言葉を飛ばした。
「お前の目的は何なんだよ!?」
冷や汗まで流れるこの場所で、俺はその腐敗した顔に向かって思いっきり怒鳴ってやった。
同時にそれは質問の意味も含めてるんだが、そしたら女の足、いや、足は透けてて存在しないが、とりあえず止まってくれた。
これで安心か、と思ったが、次の瞬間……
「ギャァアアアアア!!!!」
鼓膜が破れるかと思うくらいの絶叫を女はあげてそして姿を消してしまった。
だけど俺はそのまま気絶してしまった。
次の日に仲間にその事を話したら、俺に同感してくれたり、怖がってきたり、嫌な顔をしてきたりと色々な奴がいたが、
俺はもうあの部屋は使いたくないと、そう考えた。
次の日、俺はあの部屋を手放した。
あんな腐敗した顔の女が出る部屋なんてもうごめんだ。
――女の幽霊は、怖いですか?――
これが、私が聞いた話でした。
どうでしょうか? 実在するかどうかも分からない極限の恐怖の象徴である幽霊が実際に現れた時の彼の心情は。
貴方は耐える事が出来ますか? そして、堂々と立ち向かう事は出来ますか?
注意をして下さい。下手に立ち向かって、もし貴方が呪われたりでもしたらどうしますか?
それは迷信なのかもしれませんが、呪われないと断言出来るのですか?
しかし、悪い事は言いません。決して、歯向かおうとは考えないで下さい。
もし貴方の身に不幸が降りかかってはもう遅いのです。
抵抗は諦めて、出来るだけ相手の機嫌を損ねないように気を使って下さい。
それでいいのです。幽霊が怖いのは誰だって一緒です。恥ずかしがる必要もありません。
無理をせず……
無理をせず……
無理をせず……
幽霊は女であっても、そりゃあ怖いさ……
生気があってこそ、女は可愛いものなのに……
え? 今気にしてるのはそこじゃないの?
そう言えば、男は何をしていたっけ?
青鳥竜の大群に
人々も落ち着きを取り戻し、その日の仕事を終わらせた者達で徐々にその道に人が溢れ始めていた。
「いやぁ〜でもマジ良かったよなぁ。怪我した奴1人もいなくてよぉ」
きっと2人で町の見回りでもしていたのだろう。その内の1人であるテンブラーは、歩き過ぎて身体が凝ってしまったからか、両腕を回しながら負傷者が出なかった事を素直に喜んだ。
紫のスーツというやや引き締まった服装とは対照的に、言動に軽いものが見える所が本当にテンブラーらしい。
「まあ確かになあ。青鳥竜っつっても一般人にとっちゃあもう手ぇ付けらんねえ怪物だかんなあ」
気楽そうなテンブラーとは対照的に、金の短髪且つ、水色の半袖シャツによって筋肉の目立つ両腕を組みながら彼の左を歩いているフローリックは、青鳥竜のその別の視点から見た時の恐ろしさを考えてみる。
ハンターの視点から見れば殆ど初心者用のモンスターであっても、武器の無い市民にとっては凶悪な生物であるのだから、町に侵入される事はほぼ死を意味してしまうはずである。
「そんじゃあやっぱ一般市民も常に拳銃常備とかの方が
テンブラーは市民でもモンスターに立ち向かえる方法を手っ取り早く考えたのか、銃器を話の中で持ち出し、空想上で迫り来るモンスターを射撃している様子を頭で思い描いた。
モンスターと銃の擬音を交互に言う度に、テンブラーの両手がまるで本当に銃器を持っているかのように動き回っている。サングラスの裏のその表情は笑顔しか映っていなかった。
「お前……前々から、ってかお前と付き合ってちっとも日なんか経ってねえけど、そんガキみてぇな表現法何とかなんねえのかぁ? 何だよお前『バキューン』だの『ドカーン』だのってよ。んなもんガキが使う擬音じゃねえかよ」
擬音を使った言葉遣いは場合によっては面白くなるかもしれないし、分かりやすくなるかも分からない。
だが、フローリックが思う事は、もうテンブラーは少年の年代では無いのだから、もう少し大人としての風格を持った言動を取って欲しい事だった。歳の近いフローリックにとって、彼の近くにいる事は恥ずかしい事なのかもしれない。周囲には町の人達の姿あり、そして彼らも歩いているのだから。
「例えだっつの例え。所でお前の事だから銃なんか常時持たせたら犯罪ばっか起こるとか、拳銃程度で飛竜とか倒せんのかとか言ってくるかと思ったけど、そういう突っ込みはしてこねえのか?」
非常に真面目な表情で言い返してきたフローリックが怖くなったからか、テンブラーは慌てながらそれは一種の表現であると伝える。
だが、案外テンブラーは真面目な性格であるフローリックの返答を期待していたらしく、恐らくはこんな事を言っていたであろう、と推測をしながら自分で言われそうな事を口に出した。
「お前よぉそれって『突っ込み』で済ませていいのかよ……。まあそうだろうよぉ、銃なんか簡単に人殺せっし、ってか飛竜どももボウガンですらまともに傷付かねえ訳だかんなあ。第一銃自体簡単に買えねえだろう。あういうのって規制も厳しいっつうしよ」
現実的な問題で考えて、それらの問題点をまるで馬鹿なやり取りの一種のように捉えても良いのかとフローリックは呆れた顔をするが、やはり実際に拳銃は社会的に難しく、そして危険な道具である事に変わりは無いと改めて意識する。
飛竜が相手になるとすれば話は別であるものの、人間相手であれば簡単に力関係を逆転させさせられるものであるし、簡単に人間が所持して良い代物では無いのは確かである。最も、ハンター専用の武器ならば尚更の話ではあるが。
「やっぱそう来たかぁ。あ、因みに俺はちゃんと銃器免許も火器登録もしてっから、全然問題はねえかんなあ。もししてなかったら一発で御用になっちまうぜ俺」
フローリックの意見に賛成したのか、テンブラーは軽くその金髪の男を一瞥する。
テンブラーも銃器を扱うある意味異色のハンターではあるが、違法に持ち歩いている訳では無い様子だ。そこの所は実際の年齢に相応しく、しっかりしているのである。
「所でテンブラー、お前あの青鳥竜の長ん事だけど、あいつどう思うや?」
フローリックは一度拳銃の話を切り上げ、スーツを着た銀髪の男に向かってたったさっき戦ったあの青鳥竜の長の話を持ちかける。ただ襲ってきた、それだけで片付けると、疑問点ばかりが残る事になるはずだ。何せ、青鳥竜達の死に方も普通では無かったのだから。
「いきなしそっち行くんかよぉ? まあ、確かに考えてみたら……あいつって多分組織が送ってきたんじゃねえのか? なんて言ったらどうせ『じゃあなんで送ってくる理由があんだよ?』とか言われそうだな。でも、結局はなんで送られたかってのは分かんねえよなぁ」
テンブラーもいくらかは予測を立てて考えてみるが、組織の事しか頭に浮かばなかった。だが、組織の事だけが頭に浮かんでも、今度は理由を考えなければいけない。残念ながらテンブラーは理由の部分で行き詰ってしまう。
「確かになぁ……。青鳥竜の長自体は喋んねえから事情聞き出すってのも当たりめぇだけど出来ねえしなあ」
青鳥竜の長の名前を僅かながら省略しながら、フローリックはその理由をどうやって探るのか考えてみるが、青鳥竜の長は当然のように人語を放つ事が無いから、また難しい問題となる。
「エルシオだったら動物の言葉とか分かりそうな気ぃすっけど……」
「……がですかー?」
テンブラーはふと、一応はモンスターと同じ扱いをされている種族であるあのエルシオを思い浮かべる。まさか鳥竜とかの言葉を理解出来たりするのかと妙な妄想なんかを立てるが、道の脇に並ぶ露店の内の1つから、男性にとっては聞き逃したくないと思われる爽やかな女性の声が聞こえた。
「あぁ? なんだ?」
テンブラーはその場で足を止め、その声の主を探し出す為に左右をそれぞれ見渡し続けるが、右にその正体がいたのだ。
茶髪の長い髪をツインテールで纏め、そしてその上に白いナプキンを被り、白と茶色を基準とした色合いのエプロンを着た若い女性が通り行く人々に呼びかけていた。
やや少女のような顔立ちの女性の隣では、やや壮年の行ったような男性が他の客に品物を茶色の紙袋に入れて渡し、代金を受け取っている様子があった。
「焼きたての
再び営業に相応しい爽やかな笑顔で、女性は通り行く人々に呼びかけた。
「いんじゃねえあれ。
テンブラーの表情が嫌らしく明るいものへと変貌し、まるでその店、と言うよりは女性自体に吸い寄せられるかのように歩き出すが、腕をフローリックに強く掴まれる。
「ってテンブラーお前買い食いとかすんじゃねえぞ。おれらさっさと戻んなきゃなんねんだからよぉ」
フローリックは異性からの誘惑に極めて強いからか――そもそも女性店員は誘惑する気は無いだろうが……――物を売る人間そのもので判断しようとするテンブラーを引き止め、道草を食うべきでは無いと強く言った。
元々遊ぶ為にここを歩いていた訳では無かったようだ。
「さっきデザート食いそびれたから行ってくるわ。離せよその手」
テンブラーは昼食後のデザートを期待していたから、食べ損なった事をいくらか気にしていたらしい。未だに掴まれていた自分の腕をやや乱暴に振り、フローリックの片手だけの拘束を外し、結局その
「ってお前ちょい待て――」
「おーい姉ちゃん! それくんねえかぁ?」
何とかテンブラーを呼び止めようとするフローリックであるが、当のテンブラーはと言うと、カウンター代わりに設置された横長のテーブルに手を付いて、女性の後ろに並べられている袋詰めの
「聞いてねぇしあんにゃろう……」
女性と話し始めてしまった以上はもう止められないと決め付けてしまったフローリックは、舌打ちをしながらテンブラーの背中を、目を細めながらずっと見続けていた。
「へぇ結構いいの揃ってんじゃん。それなんて味なんだよ?」
「こちらですか? こちらは
「マジかぁ、そんなのもあんだなぁ。俺はスタンダードが好きなんだよな〜」
「あ、そ、そうなんですか……?」
「そうだよ、まさにスタンダードだぜ。所で、姉ちゃんのお勧めっつったら何よ?」
「え? お勧め、ですか?」
テンブラーはまるで初めからその女性と
女性らしい笑顔も忘れずに対応をしてくれる店員であるが、それでも時折反応に困る事があるようだ。
「ああそうだぜ。何でもいいぜ、姉ちゃんにとってこれが一番だ! ってのがあったら教えて――」
テンブラーはそのこんがりと焼かれた茶色の皮2枚に餡子が挟まれた和菓子の中でどの味が良質であるかを、何故か親指なんかを立てながら言ってもらおうとしたが……
「ってお前いつまでくっちゃべってんだよ。こいつだって仕事だってのに迷惑してんだろう。選ぶんだったらさっさと選べお前。ちょい悪りぃなマジで。すぐこいつ片付けっからよぉ」
テンブラーの肩を乱暴に叩いてきた男こそがフローリックであり、表面上では確かに笑顔ではある女性店員であっても、心情では戸惑っているだろうと読み、テンブラーの口を黙らせようとする。
そして、その紫のスーツの男の代わりに、フローリックは軽く頭を下げた。
「あ、え、えっと、私は大丈夫ですが……」
女性店員の目の前にもう1人の男が現れたから、女性は出来るだけ場の空気を悪い色へ染め上げてしまわないようにと、何とか自分自身が不機嫌な思いなんてしていないと首を振った。
ただ、謝罪を代わりにしてきたフローリックも、両耳に付けられた3つの揺れるピアスとやや怖そうな顔立ちを持っているから、直接的な視覚で見ればフローリックの方が厄介者に見えてしまうのかもしれない。その少しでも接客に不備があれば怒鳴ってきそうな容姿も、女性を戸惑わせた原因なのかも分からない。
「ほらぁ、こう言ってんだから大丈夫だって。客には選ぶ権利と選んでもらう権利ってのがあんだからよぉ?」
元々代金を払う立場にいる以上、その人間がどのような性格であっても客は客であるが、テンブラーは一度フローリックの方に身体も顔も向けながら、自分が客である事をどこか過剰にアピールする。
そして苦笑を浮かべている女性店員を親指で差しながら自分が今手にしている権利をだらだらと口に出す。
「お前よぉ、普通店員が客に向かってやな顔出来っ訳ねえだろう。お前何変に気ぃ使わせてんだよ。お前ぜってぇうぜぇ奴だって思われてんぞ?」
フローリックはその場で店員がどうしても守らなければいけない事情を説明する。
店員はその立場上、客を引き離すような言動を取る事が出来ないから、テンブラーのその振舞い方はきっと精神的に女性を追い詰めていた事である。だが、直接言わなくても、心で思うくらいならば店員だろうが何だろうが、可能だろう。
「え、あ、いえいえ! そんな事は無いですよ! 私はそんな事はありませんよ!」
まさか今自分がテンブラーの悪口でも思い浮かべていると思われてしまったからか、女性は必死でそれを取り消すべく、その爽やかな声を多少荒げる。
「あぁ心配すんな。こいつアホだから別に何思ってもいいぜ。正直迷惑だって思ってんだろ? 普通は思うだろうなあ」
普通は客に向かって悪口に
「フローリックよぉ、お前なんでそうやって
テンブラーは自分の振る舞いが正しい行為であると誇っているのか、フローリックの意見に抗議する。自分のような人間がいてくれるから店が運営出来ていると、まるで親が子供に
「お前そん言い方だと普通に買いに来る奴いねえって事になんぞ? 他の人間お前と一緒にすんじゃねえよ。ってかさっさと買えって」
確かにテンブラーのその台詞を読み取ると、本当は買う気が本心から無いのかもしれないのに、情けで買っているようにも捉えられるだろう。ただ、テンブラーの場合は情けと言うよりはその女性の人物評価で買っているようであるが。
「分ぁったよ、買うっての。んじゃ姉ちゃんよぉ、白餡と
急かされたテンブラーは、スーツの裏から黒い革で作られた財布を取り出し、そして目的の和菓子を指差しながら個数を言った。
結局の所は自分で選択しているが、もう女性店員の方も深く意識はしていないだろう。
「はい、1つ30ゼニーですので、120ゼニーですね」
女性は笑顔を崩す事無く、カウンターの奥に並べてある
「ってお前そんなに買うのかぁ?」
その
「いやいや俺1人で食う訳じゃねえぞ? お前と食いながら歩きてぇって思っただけだって。んで、お前も食うだろ?」
結構テンブラーも金銭的に余裕があると同時に、今近くにいる仲間同士のやり取りも大切にしたい一心があったのだろう。因みにまだ財布から指示された金額を出していないものの、フローリックに1つ、訊ねる。
「……あぁ、じゃあくれ」
折角だからと、フローリックは気の抜けた声を出すと同時に、一度微小に頷いた。