アビスはミレイの実家から帰る為に乗車していた機関車の中での出来事を、スキッドとクリスに病室の中で多少説明として至らない部分があったものの、説明をした。

 それを聞くなり、スキッドはベッドで未だに目を瞑ったままのミレイを一度見た後、感想とも言える言葉を発する。

「マジかよ……。すげぇなこいつ。そんな怪物野郎とやりあってたのかよ……」

 スキッドが驚くのも無理も無いだろう。



――ミレイと争っていた相手は、あの肥満で巨体の暴漢ドレッドフルバーサーカーだったのだから……――



「そうだよ。俺なんかあの姿見ただけでもう『どうしよ』って感じになってたし、んな事考えてる間に一気にやられちゃってさ……。その後はミレイが闘ってくれて」

 アビスはその男のせいで頭や身体の数箇所に包帯を巻いていると言うのに、その経緯を話しているアビスはどこか気楽そうな印象を受ける。両膝にそれぞれ左右の肘を乗せて顎を両掌に乗せながら、多少笑いも浮かべて説明する。

「お前ちょっとカッコ悪りぃなあ。女一人に闘わせといてお前だけはこそこそ隠れてるってやつかよ〜。勿体ねぇなあ、折角お前の見せ所だったかもってとこだったのによ〜」

 スキッドは突然アビスを指差しながら、からかい始める。確かにいくら男であるアビスが傷ついたからと言って、それを理由に女の子を単独で闘わせるのは非常に不味いものがあるだろう。だが、アビスが闘いにはほぼ参加していなかったのは事実だ。だから今はどうしようも無い話である。



「いや……そんな事言われてもなあ……、相手は超デブで背も高くて、んと後は顔も怖かったし、目茶力もあった訳だし……俺は無理だったんだって、ホントに」

 スキッドの態度は多少ふざけているとは言え、言っている内容は嫌でも正しいと言えば正しい。アビスはどう言い返して正当化すれば良いか分からず、とりあえず男の凶暴と言う象徴とも言える部分をあげていき、スキッドに改めて男の恐ろしさを教え込む。

「聞いたっつの、そんなデブだって特徴は。でもミレイもよくそんなジャイアントコング相手にここまで傷つくまでやってたよなぁ。こいつ怒ったら怖いだけじゃなくて実際手ぇ出されても怖いんだな……」

 既にアビスからは男の身体的な特徴は聞いている。再びされたその説明を手で振り払いながら笑みを消さないスキッドであるが、やはり普通に考えればミレイがその肥満の男に勝利した事がどうしても疑わしくてしょうがないのである。



「スキッド君、違うよ。ミレイはそんな怖い女の子じゃなくて、悪者に負けない強い女の子だよ? そんな言い方しないでよ」

 スキッドのそのミレイがただ恐ろしい女であると言うその言い方がクリスを反応させたのだろう。スキッドの言い方はまるでミレイが何でも力だけで解決しようとする非常に気性の荒い性格をしているかのようなものだった。

 勿論実際はそのような事は無い。決して強ければ怖いと言う式は成り立たない事が、クリスの口から出される。あくまでも、恐ろしい力を持った少女では無く、悪に屈しない強い心を持った少女なのだと。

「ああ悪い悪い。でもそんな風に聞こえたかぁ? いや、言ってたか……怖いとかなんか色々言ってたもんな〜。でもハンターなんて誰だってキレたら怖いだろ?」

 スキッドは一応はクリスの友人に妙な事を言った為にほぼ当たり前のような返答を受け、一応謝罪こそ投げかけるものの、その後の開き直りが殆どその謝罪の意味を取り消してしまっている。ハンターは巨大な飛竜相手に武器を振るう連中なのだから、その心を持つ者が本気になれば誰でも恐ろしくなる事が可能なのかもしれないが、そのような気楽な事を平然と口に出せるのは流石はスキッドと言えよう。



「あのなあ……スキッドお前結局それが答えかよ……。結局怖いとか思ってんだろ……」

 アビスは苦笑せざるを得なかった。折角謝ったと言うのに、余計なものを付け加えてしまったせいで本来の意味が失せかけてしまったのだから。

「お前そんな事言うなみたいな感じで言ってっけどなぁ、実際考えてみろよ。あんなデブジャイアント相手に平気で喧嘩するなんてもうこいつクイーンゴリラかなんかじゃねえのか?」

 再びスキッドはアビスを乱暴に指差しながら、未だ眠っているミレイに大して少女につけるには失礼極まりないであろう異名を出し始める。



「ちょっとスキッド君……」

 その妙な異名に対しては流石のクリスも黙っていられなかっただろう。それでもスキッドは友達なのだから、軽い笑みを入れ、そして呆れた顔をしながらすぐ隣にいるスキッドを左手で軽く叩くが、その後続く可能性のあったであろうクリスの台詞をアビスが遮る。

「お前ゴリラなんて言うなよ。普通ゴリラっつったら太くてゴツくて、なんか気持ち悪いだろ? 俺やだぞ、そんなミレイなんて」

 アビスは純粋にその嫌らしい異名を否定した後、もしミレイが今よりもずっと太い体型をしていたら、と考え、妙に恐ろしくなる雰囲気を覚える。



――巨体となった外見によって襲われた時の恐ろしさを植えつけられるのでは無く、
折角アビスにとって定着しつつあるミレイの少女らしい華奢な雰囲気が
ぶち壊される事に対して怖くなったのだろう――



「でも案外先祖がゴリラだったりしてな!」

 スキッドはその話題を止めず、必要以上に盛り上げようとほぼ完全に笑顔になり出すが、



――何時間も熟睡していた少女が目覚めると同時にそれは止められる……――



「誰がゴリラよ……。人の事動物呼ばわりなんかして……」
「あれ? ミレイ、お前やっと目ぇ覚めたのか?」

 機関車の中で肥満の男と死闘を繰り広げた少女が今、両目を開けたのである。そして、ゆっくりと上体を持ち上げるが、アビスはそれを見てまるで待ち侘びていた気持ちを復活させたかのように、ミレイに向かって上半身を近づけるようにして声をかける。



「覚めるわよ……っつうかスキッド、あんたもうちょっとデリカシーってやつ、ホントに学習したら?」

 やはりミレイもスキッドの妙な話の一部を聞いていたらしい。いくら自分が素手での闘いに強くても、その異名は黙ってはいられないだろう。多少身体が痛む為か、声には殆ど力が入っていないが、呆れた表情は相変わらずである。

「げっ……聞いてたのかよ」

 スキッドはミレイは完全に眠っていたのだから話を聞かれている事は無かっただろうと考えていたが、しっかりと聞き取られていたのだ。



「良かったミレイ! でもその傷大丈夫なの?」

 スキッドの気まずい反応を気にせず、クリスはミレイの頭に巻かれた包帯及び、顔の至る場所に貼られたガーゼを見ながら、容態を訊ねる。あれだけの巨漢と闘ったのだから、心配せずにはいられないだろう。

「んと……まあ、あんまり大丈夫じゃ、ないかな? 結構身体中色んなとこ痛いし……、ってかよくこんな身体であんな大男倒せたよなって、ちょっと自分でも凄いって思ってるとこなのよ」

 ミレイはここ病院でいくらかの治療は受けたのだから、機関車の中にいた時に比べれば痛みは大分だいぶ引いたと言えるが、それでも身体を自由に動かせる程の精神力を奮い立たせるのは不可能に近い。

 いざ戦闘となれば、多少の痛みは押し殺さなければいけないのかもしれないが、機関車内部でミレイが保持していた痛覚は通常の少女がとても耐えられるようなものでは無かった。男を倒した後にミレイは無様に倒れたが、あれだけの激痛を我慢するのはほぼ無理だった。

 だから今こうしてベッドの中でゆっくりとしていられるのは一種の天国としても感じられるのかもしれない。



「大丈夫じゃないって……、どれくらいで退院出来るの?」

 病院に運び込まれたのだから、相当な怪我を負っていたのは言うまでも無い話かもしれないが、それでも実際に聞くとなれば、深い影が心に刻み込まれる事だろう。クリスはミレイの怪我を不安そうに思い浮かべながら、再び外の世界で自由に動けるその日を訊ねる。

「退院ねぇ……、んと、あたしは直接聞いてないから分かんないけど、アビス、先生からなんか聞いてない?」

 ミレイは機関車の中で軽い意識障害を起こし、そしてそのままの状態で馬車へと運びこまれ、そしてそのままアビスと共にアーカサスの街の国立病院へと運ばれた。

 詳しい話をミレイが聞いているはずも無く、やはり突然退院の話題を持ち込まれてもミレイにはどうする事も出来ず、アビスなら話を聞いているかもしれないと思い、彼に目を向ける。



「ああ、それねえ、なんか少なくとも一週間は安静にしてないと無理だって言ってたぞ。あんな奴とやりあった後なんだからちゃんと休めよ?」

 アビスは勿論ではあるが、ここの院長からは話は聞いていた事だろう。アビスは院長の言っていた事をほぼそのままミレイに伝え、そしてミレイを今の状態になるまで追い詰めた男を思い浮かべながら、半ば命令のように、休養を今更のように与える。

「分かったわ、でもすぐ復帰出来ると思うから、あんまり変な心配はしなくてもOKよ」

 自分の身体の事を思ってくれるアビスに対してこれと言った反発を見せず、ミレイは軽く頷く。



「そうだ、お前らんとこもかなり面倒な事になってたみてぇだけどなあ、実はだ、こっちもかんなりやばい事なってたかんな〜」

 アビスとミレイの短いやり取りを見た後にスキッドは自分達の方でもミレイ達に勝るとも劣らないような苦難に遭っていた事をやや自慢でもするように、話そうとする。

「どうしたんだよスキッド。いっきなり妙なテンション取りやがって……」

 アビスは激戦の後だからなのかそうなり出したのだろうか、スキッドのそのいつものだらだらとしたテンションに対して妙な感情を覚えながらも、スキッド達の方では一体何があったのか、興味を持ち始める。



「だってよぉ……」

 スキッドは椅子の背凭れにやや強くしかかり、両腕をだらしなく下げ、ぶらぶらと揺らし始める。








*** In the demon's space ***







「お前らぁ! こっから逃げれると思うなよ!」

 薄暗い室内から脱出したスキッドとクリスの目の前に映ったのは、覆面を被った汚らしい肥満の身体を持った男達の集団である。彼らは全員、スキッドがどこからか仕入れたであろう木造の丸棒と同じ物を片手に持っている。

 男達はスキッドとクリスを威圧するかのように、わざとのように、大きく、そして荒げた声をぶつけてくる。

「うっせぇなあ! こっちはお前らみてぇなエロ親父と一緒にいる気なんかねぇんだよっバーカ!!」

 相手は木造とは言え、一応は武器を持った集団である。それでもスキッドは負けじと声の純粋な大きさと、威勢の良さで歯向かおうとする。単にすぐ隣にクリスがいるから格好をつけたかっただけなのか、それとも本気になればスキッドも強いのかはまだ分からないが。



「スキッド君……、そんなに相手怒らせたら……」

 クリスはスキッドから丸棒を譲り受けているとは言え、まだ完全に脱出出来ると決まった訳では無い。下手に相手に感情を植え付けてしまえば更なる猛攻を仕掛けられる可能性もあるだろうと、不安になりながらスキッドに声をかける。

「いいって、今頃静かぶったってどうせこいつら許してくんねえぞ。だったらもう本気で行くっきゃねえだろ?」

 先程の室内で見せたクリスに対する優しさはどこへ飛んで行ってしまったのだろうか、スキッドは多少ながら顔に笑みを浮かべながらも、きつい口調で、戦う以外の逃げ道が存在しない事を伝える。

 表情だけでも笑わせていたのは、恐らくクリスを本気で怖がらせてしまわないようにと言う配慮なのだろうか。顔まで怒っていては本当の意味でクリスの味方でいられるのかと言う疑問が残ってしまうのだから。



「え……あ、うん、そうだけど……」

 確かに逃げ道は無い状態である。だが、クリスからはどうしても戸惑いの空気が放たれているのが見えてしまう。ただでさえ数分前まではここの男の一人にもてあそばれ、さらに執拗な責めを受けるのでは無いかと言う恐怖にまで襲われたと言うのに、ここでクリスにまで戦わせると言うのだろうか。

「まあどうせおれらハンターやってる訳だし、おれら二人本気出しゃ結構いいとこまで行くと思うぞ?」

 ハンターなのだから肉体的にも強いだろうと、スキッドは誇らしげにクリスに伝える。一応スキッドは素手の状態であるが、丸棒で武装した集団相手に闘えるのだろうか。



――だが、相手はいつまでも喋っている時間を提供してくれる訳では無い……――



――当たり前の話ではあるが……――



「おい、いつまでお喋りしてんだ、あぁ!?」

 覆面を被った男の一人が再びわざと脅したてるような台詞を飛ばし、同時にゆっくりとスキッドとクリスに接近し始める。

 そして、右手に持った丸棒を上に振り上げ、その標的をスキッドへと定める。相手が少年少女、二人だけなのだから、油断しきっているのだろうか、男の動作は隙と言う文字ばかりが似合ってしまう。

「死ねぇ!」





――バシッ!!――





――木片が身体を打つ音が一瞬だけ、そして大きく響く……――





「もう……これ以上好き放題はさせないから」





――男は丸棒を力無く落とし、そして身体も床へと崩れさせる……――





 男を一撃で倒したのは、クリスだった。

 男が丸棒を振り上げている間に、非常に素早く男の首元を狙い打ちにしたのである。元々片手剣でいつも狩猟に出ている身なのだから、それに似た武具の扱いにも充分精通しているに違いない。それに、対飛竜用の片手剣とは異なり、重量も非常に軽く、人間程度を相手にするなら、充分過ぎる質量である。

「クリス、お前すげぇな……」

 そのクリスの早業に、スキッドは思わず心を奪われるが、クリスはすぐにとある行動に移る。

「スキッド君、これ、使って。これなら対等にやれるから!」

 クリスは男が床に落とした丸棒を素早く拾い上げ、スキッドに手渡した。

「ああ、オッケオッケイ。って来たぞ!」

 スキッドは丸棒を天辺部分から渡された為、それを左手で受け取った後に滑り止めとして役目を果たしているであろう、白い帯の巻かれた部分を右手で持ちながらクリスを見ながら頷くが、その時には既に無数の足音が床に響かせていた。



――覆面男の集団が一気に攻めてきたのだ……――



「うん! 分かった!」

 長々とした返事をする余裕が無い為、クリスは短く答えると同時に丸棒を持っている左手に力を入れる。









◇◆◇ Skid's viewpoint / スキッドサイド ◇◆◇





<真っ直ぐ、目の前に丸棒が振り下ろされる!>

うわっ! あっぶねっ!

――素早く自分の丸棒を横に構え、上からの衝撃を受け止める!

いってぇなぁ……メッチャ振動来んだぞこれ。とりあえずぶっとばしとかんとな! 喰らえこのデブ野郎がぁ!

――力任せに男の頭部を叩きつける!

よっしゃあ! ざまぁ見ろってんだよ! おれだってやる時ゃあやんだかんなぁ!
やべっ! まだ周り敵だらけじゃんかよぉ! なんかランポス相手してるみてぇじゃんかよぉ!

――とりあえず横から迫ってきた覆面の男の脂肪に塗れた横腹を叩きつける!

うわぁやだなぁ、こんなブヨブヨボディ……。ってか全然効いてねぇんじゃねえのか?
っつうか臭せぇなここ……。

ってうわぁ!

<右に立っていた覆面男の丸棒が腹に食い込む!>

いっ!

痛って……、最悪だろ……、ってこんなとこで負けてらんねぇんだよ!

――何とか立ち上がり、腹に攻撃した男の顔面を叩きつける!

デブだから強いとか思ってんじゃねぇぞ!
っつうか寧ろおれら若造チームの方が力有り余ってんだかんなぁ!

――次はさっきまで正面だった位置に現れた男を殴りつける!

おっしゃ! この感じじゃあ結構上手く脱出出来っかもな!
でも早くこいつら片付けないとな!

<後ろから迫る丸棒に気付かず、背中に激痛が走る!>

ぐあっ! やっべ……。後ろ取りやがって……卑怯じゃねえかよ!
ってか手上がんねぇし……、最悪だろ……。



「スキッド君、大丈夫!?」

あれ? クリスじゃん! おれん事助けてくれたんかよ〜!
おれに向かってきたデブ男ぶっ倒してくれたぜ〜! ナイスクリス〜!

「ここはやっぱり背中合わせに行こ!」

だな! 流石はクリスだぜ! なんか力戻ってきたし、
互いに背中守りながら行こうぜ!









◇◆◇ Christina's sight / クリスポイント ◇◆◇





<目の前から数人の覆面男が襲ってくる!>

いくら数が多くても勝てるなんて思わないで!

――男達の丸棒の軌道を正確に読み、隙の出来た際に首筋を的確に打ち付ける!

ちょっとだけ大変だけど、こっちはいつも飛竜相手に戦ってんだから、
くびるのだけはやめといた方がいいよ!

<横からクリスの頭部を殴り飛ばそうと、男が大きく両腕を横に向かって振り被る!>

おっと! 当たんないよ! 力だけで攻められてもこっちは負けないんだから!
ただ力だけじゃなくて技術も無いと勝てないよ!

――大きくしゃがみ込み、逆に男の顔面を狙い打つ!

力だけで来たって絶対負けないから!
でも当たったら痛いんだろうけど……

<背後からの空気を感じ取るが……>

後ろだからって油断してると思ってるの!?

――すぐに振り向き、横から迫る丸棒を上手く受け止める!

今までの腕前無礼なめないでよね! ハンターはいつも回りに気配ってんだから!



あれ? スキッド君! どうしたの!?
いきなり屈み込んじゃって、大丈夫なの!?

兎に角スキッド君なんとかしないと!

――とりあえずスキッドを狙う男を狙って黙らせる!

よし! とりあえずこれで何とかスキッド君は大丈夫かな?
スキッド君、大丈夫!?

「ああ……何とかな!」

ホントに大丈夫なのかなぁ?
でもいいや! とりあえず立ち上がってくれたし、
やっぱりここは互いに背中守りながらの方がいいんじゃない?





―― 少年少女は丸棒を片手に、互いに背中を守る形を取る ――



◇ ◆ □ ■ 二人は集団の汚らしい覆面男どもに勝てるのだろうか? ■ □ ◆ ◇

―> スキッドは純粋に力任せで行くのかな? でもそれだけで勝てるの?

―> 逆にクリスは持ち前の技術で的確に攻撃、回避の両立が出来そうだけど

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