【Flolic & Jason】





金髪で短髪の男、そして深紅の長髪、そして褐色の肌の男はとある一室に監禁されている。
無機質な木造椅子に座らされ、背凭れとして目的を果たしている柱に
そのやや逞しいとも言える身体を縛られている。

柱の後ろに両手を回され、手首を鍵付きの鎖で拘束されている。
逃げるのは当然、不可能であり、目の前に立っているのは
肉体的に強そうな印象を受ける男達である。



「ふふ、大体これぐらいやっとけば充分だろう」

 濃い緑色のタンクトップを着た男が柱に束縛されている男二人を見下しながら、両手を交差させながら払う。

「お前ら……こんな事しやがって後で後悔しても知らねぇぞ……」

 金髪の男、フローリックは全身につけられた傷に多少苦しみながら、目の前に立つ男を睨みつけている。



 無抵抗の状態で甚振いたぶられ、それでも反撃すら出来ないこの状態に怒りを隠せないに違いない。

「お前らのホビー……最低ランクだぜ……」

 すぐ隣にいる深紅の髪の男、ジェイソンも彼独自の特殊な言語を混ぜる事を忘れずに、フローリックと同じく目の前の男を睨みつける。

「なんでも言うがいい。お前らの場合、あのガキどもと違って厄介そうだかんなあ、弱らせとかないと逃げられたりもしそうだしな」

 他にも男は数人、一室に存在し、その中の一人が軽々とジェイソンの言葉を払い落とす。捕らわれている二人の体型を見るなり、直接手と手でやりあえばいくら男達の人数が多くても返り討ちに遭ってしまう可能性があると、やや臆病とも言える予測を考え、無抵抗の間に痛めつけたのだろう。



「ふん、逃げるってお前、こっちはお前ら特性の鎖で縛られてんだよ。別に逃げられる心配なんてねぇじゃねぇか。男なら堂々とやってみたらどうだってんだよ」

 フローリックは男達に向かってわざわざ鉄製の鎖で両腕を束縛しているのにさらにその状態で自分達に攻撃を仕掛けると言う男前な印象を殆ど感じさせてくれない方針に対し、今の状況を弁えずに見下したような台詞をぶつける。

「あんまりでかい態度、取らん方が……」

 顎に髭を伸ばしている中年らしき年代の男がフローリックの目の前で立ち止まり、そして、



――右手を握り始め、そして……――



「身の為だぜ!」
「うぅ!」

 最悪の出来事である。髭を生やした男は妙に笑顔を浮かべながら、拳をフローリックの腹へ食い込ませたのだ。

 防御体勢の取れないフローリックは素直に男の力を受け止めるしか無く、詰まったような声を上げさせられる。

「おいおい、直接ファイトしたら、お前すぐにダウンしちまいそうじゃねえかあ、はっは〜」

 仲間がすぐ隣で殴られた為、ジェイソンも黙っているのは無理だった。だが、直接的にフローリックを心配するような言葉では無く、男の堂々とした態度の見えないやり方に対する見下しである。

「お前もおんなじ目に……」

 髭を生やした男は立ち位置を変えず、左足に力を入れ始め、そして、



――ジェイソンの腹に蹴りを食らわす――



「遭いてぇか!?」
「!」

 直接声を発する事は無かったものの、男の蹴りは相当な打撃力を持っていた事だろう。割れた腹筋とは言え、無防備なその部分を狙われては溜まらないだろう。

「少しは自分らの立場考えたらどうだ? 出来れば俺らの仲間として充分使ってきたいんだがな」

 男は二人が動けない事を良い事に、嫌味にも似たような言葉を飛ばし、痛がる様子を見て元々にやけていた顔に更に笑みの感情を浮かべる。



「誰もお前らと組むアホなんていねぇよ。オレらそんなに趣味悪くねぇし」

 恐らくは男達は強引にフローリック達を仲間に引き込もうと企んでいたようであるが、フローリックは簡単にそれを弾き飛ばすような言葉を飛ばす。いくら人相が悪い顔立ちをしていようと、反社会的な集団に手を貸すつもり等無いのだろう。

 容姿とは対照的な心持ちと言えよう。

「強がっても無駄だ。もうすぐお前らはあいつらのように終わるんだよ。今面白い玩具おもちゃ持ってきてやるから、しばらくそこでゆっくりしてたらどうだ? よし、ちょっと行って来っかぁ」

 フローリックとジェイソンを物のように指を差し付けた後、その男は他の仲間達に呼びかけ、突然この室内から立ち去ろうとする。

 既に計画していた事なのだろうか、その様子は非常に淡々としているが、やはりどうしても気になる部分が残ってしまうものだろう。



――『あいつら』とは、一体誰だろう?

――わざわざ『玩具おもちゃ』と、回りくどく言う必要があるのだろうか?



 男達は次々と室内を後にしていくが、髭を生やした男だけが一人、この場に残る。監視役か何かだろうか。

「おい、お前に一個聞きてぇ事あんだが」

 一人だけになった男に対してフローリックは素直に答えてくれるかどうかも分からないような質問を相変わらずの乱暴さの混じった口調でぶつける。その時何故か彼は柱の後ろで固定されているはずの両手をごそごそと動かし始めているが、男は気にする事無く、対応する。

「あぁ? なんだよ」

 どうせフローリックは束縛されているのだから、多少威圧的に振舞った所で仕返しに遭う心配も一切無い。そう読んでいた髭を生やした男はポケットに両手を入れた状態で、舌打ちをしながら上から見下ろすように睨み付ける。



「お前の仲間何取りに行ったんだよ。玩具おもちゃだなんて随分楽しそうな事考えてんじゃねえか。やっぱお前らぐれぇの歳でもガキみてぇに遊びてぇ事ってあんのかぁ?」

 やはりフローリックは回りくどく言っていたその言葉が引っかかっていたのである。その言葉に含まれる幼い印象から、この場の非常に重苦しい雰囲気に似合わない行動でも起こすのだろうと、多少ながら予想する。勿論、本当の意味で遊ぶのでは無いと言う事くらいは分かってはいたのだが、やはり気になるものである。

「さっき言っただろ、あんまりでかい態度は取るなって」

 男はわざと頭を横に軽く倒し、再びわざとらしい威圧感を作りながら質問を無視しようとする。



「どうせオレらは抵抗出来ねんだろ? それにオレら最終的にお前らの仲間になるっぽいんじゃねえかよ。だったら別にいいじゃねえか、質問ぐれぇ答えてくれたって」

 諦め半分なのだろうか、この状況に歯向かう様子も見せずにフローリックは折角自分達を痛めつけようとしているのだから、その前に多少話してくれてもいいだろうと、質問に答えてもらおうと喰らい付く。

「そんなに聞きてぇかぁ、まあいいだろう、どうせお前らはどっちみちこっからは出れねえんだからなぁ。持って来んのは、首輪と、その他色んな束縛具ってとこだなあ。一応お前らはそこで縛られてんだが、連れてくにゃあ面倒だから、それなりの準備が必要になるって訳よ」

 フローリックに向かってこの空間で確定したであろう内情をぶつけた後、男はこれから扱うであろう、彼らにとっての玩具おもちゃ、そして、フローリックやジェイソンにとっての懸念けねんを堂々とした顔で教え、そして出口にその細い目をやる。

 まるで仲間が戻ってきた後が本当の楽しみであるかのような風景である。



「わざわざレジストリクトされちまう訳かぁ……。まるでハンティングされたワイバーンどもみてぇだぜぇ……」

 身体を縛られ、そしてどこかへと連れて行かれる様子を思い浮かべると、ジェイソンは捕獲された飛竜の事を考えてしまう。

 飛竜は確かに麻酔薬で眠らされた後に非常に厳重に縛られた上で運送されるものであるが、今ジェイソンの頭に浮かんだ光景はそれに酷似したものであっただろう。飛竜と同じような扱いを受けるのだから、ある種の屈辱感が走ったに違いない。

「何言ってやがる? お前らなんて今は飛竜以下、じゃないな、もう動物以下だぜ? お前らの立場なんか殆ど奴隷のようなもんだしな!」

 男はそのジェイソンの台詞から、今縛られている二人は捕獲されて落魄おちぶれた飛竜と同類であると考えていた事を読み取ったのだが、男は決して同類であるとは考えなかった。

 寧ろ、もっと下等な存在へと化したのだと、わざと大声を出し始める。思わず声をあげて笑い出しそうになるも、すぐに堪える。勿論相手からの恐怖によるものでは無く、わざわざ笑う必要性が無かったからの事である。



「なるほどなあ、オレら今奴隷的立場に置かれちまった訳だぁ……」

 ある意味で途轍もない恐ろしさを秘めた身分を与えられながらも、まるで心に残る演説でも聞いたかのように、笑みを軽く浮かべながらフローリックは髭の男を見つめる。

「そうだぜ、お前らはもう表世界には戻れねぇんだ。絶望感に浸るなら今のうちだぜ。もうすぐ仲間も戻ってくるだろうからな」

 フローリックの質問に平然と頷き、短い間だけ浸れるであろうその時間を無理矢理と言った感じで提供しながら、壁によしかかり始める。



「分かったぜ、そうだ、それより、ちょいと面白れぇ話あんだが、聞いてみろよ」

 それでもフローリックは黙らなかった。それ所か、突然この場の空気からはとても意味の読み取れない行動を始めようとしたのである。



――突然何を考え始めたのだろうか? 無駄に話題を持ち込む等……――



「あぁ? なんでお前のようなごみ当然の奴から命令されなきゃならんのだ」

 髭を生やした男は決してその場に相応しくない妙な行動と言う意味では無く、ただ純粋にフローリックに従いたくない、それだけの感情だろう。

「おいおい、これって冥土のギフトってやつじゃねぇか? お前今アローンなんだろ? 暇をキルすんなら、丁度グッドなスィングじゃねぇかぁ?」

 男はフローリックの話を払い除けてしまうが、ジェイソンが横からフォローに入り始める。

 どうせ男は仲間が周囲にいない為に、実質黙ってこの時間を過ごさなければいけない。だからこそ相手が自分にとって嫌な存在であっても、暇潰し程度にはなるだろうと、ジェイソンは伝えたかったに違いない。



「ふん、流石はお友達同士ってやつかぁ、まいいや、どうせ俺も今は暇だし、聞かせてくれや、その話ってのを。でも折角なんだから充分楽しませてくれよ?」

 縛られている者同士で話を進めたがっている様子を男はしっかりと把握したのだろうか、最初は強引にでも止めてしまおうと考えたが、実際は男も暇な状態である。

 それに縛られているのだから襲われる心配もまず無い。だとしたら駄目元でも良いからまずは聞いてみようと考えたのだ。それに、なんだか妙に期待を寄せている。

「よっし、じゃあ今してやっから、じっくり聞いてろよ」



――では、始めようか……、フローリックの唐突な話レジネーションストーリー……――



 男は無言でフローリックを見つめ、そして適当な壁によしかかる。

「むか〜しむかしあるとこに、一人の馬鹿がいました〜」

 所々の言葉を伸ばしている様子から、フローリックは真剣にその話をしたいと言う意識は持っていないようにも見えてしまう。だが、それでも続けると言う事は、何か深い意味でも隠されているのかもしれない。

 男は黙って話を聞いているが、ジェイソンは何故かフローリックを横目で、軽く笑みを作りながら、同じく話を聞いて黙っている。

「その馬鹿っつうのはほんっとアホアホで愚かにも敵の基地に忍び込んで、んで簡単に捕まって、縛りつけの刑を受けました〜」

 恐らくフローリックはその話の主人公の性格を説明しているのであろう、愚者であるが為に敵に捕らえられ、そして捕縛されてしまったのだろう。相変わらず引き締まっていない口調であるが、男はただその話の続きを聞く事だけに集中している。



「その後は〜、なんか基地の兵士から色々とボコられました〜」

 無抵抗な状態で攻撃されるのは何とも言えない苦痛が迫ってくるだろうが、それでもお構い無しにフローリックは自分のだらけたような口調を変える事は無い。

「でもその馬鹿は諦めの悪いバイオレンス少年で〜、とある手段使って脱出して周囲の訳分からん兵士どもを片っ端からぶっとばしていきました〜」

 どのようにして抜け出したのかを具体的に説明せず、そしてそのまま、まるで登場人物の都合の良いような展開を平然と話し続ける。



――やはり具体的に説明しなければ、相手の心の中に違和感が生まれるもの……――



「おいおいちょっと待てよ、どうやって脱出したんだぁ? 気になんじゃねえか。折角人に話してんだから手抜き無しで説明しろよ」

 案の定、男に遮られる。やはりどのようにして抜け出したのか、知りたいのだろう。その核心部分を追求すべく、壁から背中を離し、そして両腕を組みながらフローリックの前まで移動する。

「そうだったかぁ、駄目だな、ちゃんと説明しねぇと」

 フローリックはまるで自分自身を叱るかのような台詞を飛ばし、そして男の期待に答えるべく、説明の部分へと入る。

「そいつは両手に繋がれた鎖をなあ、ピッキングみてぇな事して外してだ、目の前にいる髭生やしたザコを締め付けて簡単に仕留めて、んで後からやってきた奴には飛び蹴りだのラリアットだの喰らわして部屋から脱出したって話だぜ」

 何故か口元をにやつかせながら、フローリックは脱出劇を誇らしげに話し続ける。



――だが、どこかで見た事があるような光景であるが……――



「すげぇじゃねえか、わざわざ束縛具外すだけの力持ってたとはなぁ。にしても随分主人公の都合のいいような話じゃねえか。なんでお前そんな話したがったんだ?」

 束縛していた鎖を外すだけの技術を持った主人公に対して男は関心を覚えるが、やはり内容としてはどうしても妙な感じを覚えてしまうものである。主人公がこうも簡単にすり抜けてしまい、そして周囲の敵対する人物を体術で破ってしまうのだ。

 今フローリックは束縛と言う極めて不利な立場に置かれていると言うのに、わざわざ想像の世界を作り出し、そこでまるで救われた自分を表現するかのように、喋り続けているのだから。

「知りてぇか?」

 相変わらず笑みを崩さず、フローリックは改めて聞き返す。

「ああ、早く言えよ」

 男は当たり前と言えば当たり前のような上目線でものを言い、命令みたいに言わせようとする。





――すると、フローリックは両腕を持ち上げ、男に見せ付ける……――





「外したかんなあ」

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