【Skid & Christina】



「よっしゃ……はぁ……はぁ……やっと終わったぜ……」

 覆面の肥満の男達との激闘を切り抜けたスキッドとクリスであるが、スキッドは既に息が上がっており、額を汗で濡らしてしまっている。おまけに両手を両膝に乗せ、やや前屈みの体勢で肩で大きく呼吸を続けている。

「スキッド君大丈夫? この後ちゃんと行けるかなぁ?」

 スキッドの隣ではクリスが立っている訳だが、彼女は全くと言っても良いほど息を切らしておらず、ほぼ平然な様子で深呼吸を続けているスキッドの背中に両手を軽く乗せながら心配をしている。

「あぁ……多分だいじょぶだ! ……はぁ……はぁ……っつか……お前の体力ちょっとくれ」

 確実にスキッドの体力には危ないものが感じられるものの、それでもスキッド本人は格好をつけたいと言う一心があるのだろうか、荒い呼吸は相変わらずながらも、無理矢理笑顔を作りながら、そして無理に近い要求をクリスにする。

「いや……それはちょっと、無理だと思うんだけど……。でも大丈夫だから! スキッド君もちゃんと、凄いちゃんと出来てたから! 全然大丈夫!」

 クリスはあまりにも素直に要求を受け止めていたようであるが、やはり、要求の実行は無理である。自分の体力をスキッドに譲り渡すのはまず不可能ではあるが、それでもスキッドは充分にこの場で戦っていたのだから、クリスはこれからの彼に期待しながら、スキッドの背中を優しく撫でてやる。





――二人の足元に転がっているもの……それは、覆面の男達ファットデビルズ……――

スキッドとクリスの連携により、男達は一人残らず倒されたのだ。
武器はたかが木造の丸棒とは言え、ハンター業を営んでいるこの二人ならば、
力任せだけが売りである男達に負ける事は無いだろう。

勝利を手に入れた二人であるが、男達から放たれる臭気はなんとも言えない足跡として
不愉快な打撃を残してくれているに違いない。

外見だけでは無く、臭気にまで汚らわしさを残すとは……





「あ、そうだ、所でさっきなんかバババ〜ンみたいな感じの音聞こえなかったか?」

 スキッドは大分だいぶ呼吸が楽になったのだろうか、屈んでいた体勢を伸ばし、そしてその妙な音が聞こえたであろう方向へ右人差し指を飛ばすように差しながらクリスに訊ねる。

「バババーン……って言う音? ん〜、なんか聞こえたような気もしなくも無いけど……」

 スキッドのややふざけたような、わざと歪ませたようなその効果音をやや引き締まらせたような感じで改めて自分の口でも出した後、クリス自身もその音が確かに聞こえていたと言う事を伝える。

「いや、聞こえたんだよ絶対、マジ絶対、っつうかマジだよ。流石におれらずっとこんなとこでちんたらしてたら他の奴らとか来るかもしんないからもうそろこっから急いだ方いんじゃね?」

 クリスの曖昧あいまいな答えに対してスキッドは強引に肯定として軌道を変えさせ、そして嫌な予感を察知し、死臭では無いが、異臭を放つ肥満の男達の倒れ込んでいる空間から離れてしまおうと言う提案を投げかける。

「そうだけど……でもどっちに行くの?」

 勿論この場から離れるのは大切な話だろう。だが、クリスはどの方向へと走れば良いのか迷っている。下手に進んだ所で他のこの裏世界の人間と鉢合わせになって面倒事に直面するのがオチだからだ。

「だよな……、んじゃ、んと、あっち行くか!」

 言われて初めて自分の適当さに気付いたスキッドであるが、それでも逃げなければ話にならないに違いない。そしてスキッドは妙な音が聞こえた場所とは別の方向となる通路の奥へとつつくように指を差す。

「結局そんな結論!?」

 スキッドのあまり深く考えているとは言えないようなその台詞に呆れを混ぜて驚きながらも、クリスは目の前の友人を信じて走り出すスキッドの後をついていく。

「そうだよ、そんな結論だぜ! とっとと行かねぇと奴らの餌食なっちま……」



――スキッドの明るく、煩いテンションであるが、クリスは突然……――



「スキッド君静かにして! またここの人とかに聞かれたらきついから、お願い!」

 いつものクリスの優しさの篭った明るい性格からはやや想像がし難い、声の大きさは抑えられているものの、その口調には鋭さと厳しさが篭っている。

 後ろを向いてクリスに右親指を立てて大声で対応するスキッドの胸元を軽く叩きながら、クリスは抑えたのである。

「あ、あぁあ、そっか、り……」

 いつもはクリスに対してだらだらとした態度で振舞っているスキッドも、緊張感の溢れるこの薄暗い通路の中で見せられたクリスの笑顔の捨てられた鋭い水色の瞳によって謝らざるを得なかった。

 下手に大きな声を出せば場所を特定される危険もあるだろうし、呼び寄せてしまえば覆面の男達の場所から逃げてもすぐに近辺を調査される危険もあるのだから、声の大きさを落とすのは当たり前の事だろう。



◆◇石と木材に包まれた薄暗い通路を二人は駆け足で進みながら、とある話をし始める◇◆



「そうだ、スキッド君、さっき私、凄い恐ろしい物見たって言ったじゃん? 覚えてる?」

 隣につきながら同じく駆け足で進んでいるスキッドを横目で見ながらクリスは訊ねる。

 スキッドは既に白衣は脱ぎ捨てており、いつもの茶色いジャケットを主とした全体的に暗い色に包まれた服装に戻っている。白衣は重ね着していたのだ。

「ああ、なんか言ってたな、凄い怖いとか、なんか、まあ、なんか言ってたな」

 スキッドもクリスを救出した際に今のような話を聞いていたのを僅かながらに覚えていたが、その対応の仕方を見るに、本当に覚えていたかどうか疑わしい。

「やっぱり、私としてはその人達も一緒に助けてあげたいって思ってんだけど、どうかなぁ?」

 確かにクリス達は特に身体に外傷を受ける事も無く、一応は無事に束縛の世界からは脱出出来たのだが、自分達だけで外の世界に戻ってしまうのはどこか心が痛むものがあった。





◆≫ 達磨のような姿にされた女の子ザ・フィギュア・メルティング・スピリット…… ≪◆

――思い出すだけで鳥肌が立ち始める……

――強引に両手両足を切り落とされ……

――人間社会から切り離される……

――仮にそうならなくても、不細工な男達による嫌らしい責めが待っている……

――更には、女の子が非常に嫌悪するであろう凶悪な激臭を誇る体臭……





 これだけの最悪な要素を秘めたこの裏世界には、きっと、恐らくまだ別の人間も捕らえられている事だろう。だが、助けるにしても実際に行動に移すとなるとまた更なる問題が発生するであろう。

「助ける……ねぇ〜。でもおれらもちゃんと出れるかどうかも分からんって状態だかんなぁ……やっぱここはギルドにでも報告しとく方にしね?」

 自分達だけが助かると言うのもある意味で冷たいとも思えるかもしれないが、今の状況は自分達すら助かるかどうかも分からない状態だ。下手をすればここでの戦いによって命を落とす危険すらある。

 やはり、まずは自分の確保からだろうか。それから、力を持った組織の協力を得ると言った所だろう。スキッドは自分の身体の事を最優先にしながらも、彼なりの意見を渡す。

「そうだよね、やっぱり私達だけじゃあどこまでやれるか分かんないからね……。もう、あんなのは見たくないから……」

 クリスはあの縛られていた部屋で見せられた二人の変わり果てた少女二人を思い出すと、軽く身震いするような感覚に襲われる。下手をすれば、殺されずに済んだとしてもあのように、身体の一部を強制的に奪われてしまうのだから、逃げると言うこの願いだけは決して失われる事は無い。

「だな、まずはおれらがちゃんと脱出して、んでそれから……っつうかおれら以外ってどんだけ捕まってんだ? こんなとこで」

 結果的に二人はまずは脱出を最優先にする訳であるが、スキッドには一つ、気になる部分があり、それを思わず口に出す。

 確かにこれだけ規模の大きな裏の世界なら、自分以外の者も捕らわれていると言うのは分からなくは無いが、今頃のように他の者も捕らえられていると言う事に気付き始める。

 スキッドはクリスを救出するまでの途中でその他の捕らえられた人間を直接は見ていなかったのだろうか。

「あまり具体的な量は分かんないけど……、でも結構捕まってるとは思う、多分」

 クリスも直接捕らえられた人間を見たのはまだ二人だけであるが、縛られていた時のあの覆面の男の発言を聞くと、まだまだこの世界で監禁されている人間がいる可能性は非常に高いと読んでいる。

「多分……かぁ、ってかちょっとあそこで様子でも窺ってみっかぁ……」



――二人は丁度通路のT字に当たる部分へと差し掛かり、そこで一度二人とも足を止める――



 出会い頭に敵と鉢合わせになってしまえば、その後の回避が非常に困難なものになってしまう。だから、二人は足を止め、壁の影の世界を慎重に覗き見をし始めるのだ。

「うわっ、やっぱウロウロしまく……」



――スキッドは突然引っ張られ……――



 無言のクリスによって通路の脇に設置されていた扉の中へと連れ込まれる。扉の中に敵が潜んでいないかどうか、いつ確かめたのかは分からないが、スキッドは何も言わないまま扉の中へと引っ張られていく。

「静かにして……。来るから」

 薄暗い室内の中で、クリスはすぐ真横にいるスキッドを見て左人差し指を自分の口の前に持っていきながら、扉と壁の隙間から外の、通路の様子を鋭い眼差しで凝視する。

「マジか……」

 勿論スキッドには理解出来るだろう。誰がすぐ目の前を横切っていくのかを。それでも直接見なくてはその真偽を確かめる事は出来ない。

 クリスはしゃがみ込みながら覗いている為、スキッドはクリスのすぐ上から通路の様子を覗く事となる。



――案の定、すぐ目の前を男二人が通り過ぎていく……――



(あっぶね……クリスいなかったら多分アウトだったんじゃね?)

 スキッドは男二人が通り過ぎた後に、もし目の前の少女がいてくれなかったらどうなっていたか、思わず思い浮かべてしまい、軽く背筋に寒気が走る感覚を覚える。

 通り過ぎた男達二人は、なにやら黒く、小さい鉛の塊のような物を片手に持っていたが、今のスキッドは通り過ぎて行ってくれた事にだけ集中しており、持っている物に気を配る事はしなかった。

「なあクリス、そろそろ出てOKなんじゃね?」

 スキッドは下を向きながら、ひそひそとクリスに小声で訊ねる。

「でもちょっと待ってくれる?」



――クリスは何故か、この室内から出るのを拒否したのである――



 扉は部屋の奥に向かって開く構造である為、クリスがいる以上開けるのは不可能であるが、クリスはまるで自分がストッパーにでもなるかのようにその場から動かず、真上を見上げてスキッドと顔を合わせる。

「待て、とは?」

 スキッドは下を向いてクリスと顔を合わせるが、互いの視線の角度はやや妙な雰囲気を漂わせてくれる。

 とりあえず、どうして止めてきたのかを聞こうとする。

「なんか、このまま普通に逃げてもちゃんと脱出出来るか凄い不安だから……もうちょっとしっかり考えてから行動に移った方がいいと思うの。一応私達騒ぎ起こしてる訳だから、このまま素直には逃げれないと思う」

 とは言うものの、実際に敵と鉢合わせになりかけたのは、今、一回だけであるが、敵が騒音を聞いた可能性がある以上は、これからも鉢合わせに遭う可能性も無いとは言えない。

 クリスは立ち上がり、立っているスキッドと同じ目線を保ち、ただ闇雲に進むのでは無く、状況を見極めながら動く事を提案し始める。

「なるほどなあ、確かにそうだよなぁ……。おれもあの服捨てちまった訳だし、また奪い直すってなるとまた重労働だしなぁ……」

 折角スキッドは一度この裏世界の男から白衣を奪い、敵として化けたのに、逃げる途中で誤って捨ててしまったのだ。過去の誤算を軽く後悔し、再び元の状態へと戻るべく頑張ろうと考えるも、結局その思考も止まってしまう。

 スキッドは壁に右手を押し当てながら、薄暗い空間の中でどうすれば良いのか、あれこれと考える。

「それじゃあやっ……ぱり気付かれないように進むか、それとも強引に突き進むかのどっちかって事?」

 スキッドの諦めに近いその言葉を聞いたクリスはその二つの選択肢を投げかける。



―> 敵に見つからずに、影のようになって脱出するか……

―> 多少の争い事を覚悟し、死力を尽くして脱出するか……



 途中のクリスの言葉の途切れ及び、スキッドに向けていた視線の一時的な反れが妙に気になってしまうが、今はまずはどう対処するか、である。

「そっかぁ、じゃあまずはこっから出ないとな。じゃ、まずおれ先出っから、来てくれ」

 そしてスキッドは扉をゆっくりと開け、周囲に敵対する人間がいないかを確かめ、改めて扉の外、通路へとその身を曝け出した。

「じゃ、私も――」
「ちょっと待てよおい」



――突然の謎の声……――



――勿論スキッドのものでは無い……――



――中年の低く、鈍い声だ……――



「おいクリスどうし……!」

 スキッドも背後からどうも聞き慣れない声を聞いた訳だから、自分の後ろについてくるであろうクリスに何かったのだろうかと思い、後ろを振り向くが、そこに映ったのは、見覚えのある汚らしい男であった。





        ――〜〜 メモリアルプロファイル / Abscene Data 〜〜――

Feature T ◇嫌らしくたるんだ脂肪の目立つ肥満の胴体◇

Feature U ◆裸の上半身に無数に生えるけがれた体毛◆

Feature V ◇大きな鼻の下に埋め込まれた、山のように膨れ上がった巨大な黒子ほくろ

Feature W ◆両端に目脂めやにを携えた、細く、嫌らしく、下卑た両目◆

Feature X ◇笑いを作っている口の間から映る、最低最悪な黄色を含んだ下劣な乱杭歯らんぐいば

Feature Y ◆一体何と何が混ざり合ってこうなったのか、距離のあるスキッドにまで充分に伝わる生臭い激臭◆

        ★★★★★    END    ★★★★★





 スキッドは男の姿に単純に驚き、声を止めるが、声を止めるにも充分な理由があり、そして、クリスも真後ろにつかれたまま、動けなくなっている。



――クリスの後頭部に、拳銃を突きつけられているのだ……――



「おい、お前ら絶対動くなよ……。どっちかでも動いたらこの女の可愛い頭が弾き飛ぶぜ」

 肥満の男はスキッドとクリスに対して忠告を投げかける。

 すぐ目の前で硬直させているクリスの茶色いツインテールを嫌らしい目で、僅かににやけて見ながら、元々間近にまで近づけている銃口を更にクリスの後頭部へと近づける。

「お前……しつけぇ奴だなぁ。言っとくけどなぁ、クリスはお前みてぇな変態野郎なんか趣味じゃねぇぞ!」

 スキッドはその場から動かなければ、男はクリスに攻撃をしないとでも思ったのだろうか、今は充分に距離を取ったあの一室でクリスにしていた猥褻わいせつな行為を思い出しながら、口だけで何とか引き離そうとするが、恐らくは無理だろう。

「ふん、そんな事どうでもいい話だ。どうせお前らは逃げられん。この女はおれの遊び相手にでもさせてもらうぜ。こんな上玉じょうだま、かなりのレアもんだからなぁ……」

 肥満の男はスキッドの話は聞いていたようだが、半ば勝手に話を進め、そして更に勝手にクリスを自分の所有物であるかのように、再び不細工な顔に笑みを浮かべる。

「勝手にお前の遊び相手してんじゃねぇよ! クリスはなぁ、誰のもんでもねんだよ! それに第一銃で脅すとかどう言う事だって話だぞ!」

 クリスは今、一歩間違えれば即座にあの世へと旅立ってしまうと言う場面であると言うのに、スキッドは黙る所か、逆に怒鳴り立て、所有権を巡るかのように争い始める。

「おいおい、そろそろ黙ったらどうだ? あんまりぎゃあぎゃあ言ってたらホントにブチ抜くぞ? それと、持ってるもん、捨てろ。勿論女もな」

 男は直接手は出してこないスキッドとは言え、そろそろ鬱陶しいとでも思ったのだろう。内容はどうであれ、これ以上口を動かしたら本当に目の前の少女を射殺すると、声色をわざと低め、威圧的に脅したてる。

「あ、そうだったな……」

 スキッドは今始めてクリスが銃口を向けられている事に気付いたかのように、その達者な口を閉ざし、右手に持っていた丸棒を手放した。重力に従って無造作に落下した棒が無機質な音を小さく響かせる。

 クリスも、黙って丸棒を手放し、そして先程と同じ音を響かせる。



――だが、クリスの表情は恐怖、と言うよりは無表情である……――



「所で、お前はなんで黙ってんだ? さっきは散々泣いてたくせに、今はそのお友達がいるから、勇気もらってるって言うやつか? でも結局怖いんだろ? だから口も開けない。そうだろ?」

 男からはクリスの表情を直接見るには無理のある場所であるが、一応スキッドからはクリスの表情を見る事が出来る。

 そして、銃口を向けられている本人、クリスはと言うと、怖がっているような表情こそしていないものの、何か考え込んでいるような、難しい顔を浮かべている。

「やっぱり力で女の子は支配するものなの?」



――クリスは突然、その重たい口を開く――



「はぁ? なんだ、いきなりおれに質問なんかしやがって。まいいや、ああ、そうだぜ、女は別にいいんだよ、無理矢理服従させちまってなあ。特にガキの女なら抵抗するだけの力もロクに無い訳だし、脅せば簡単におれの所有物だぜ」

 多少その質問の受け答えに抵抗を覚えたかのような素振りを見せた男であるが、それでも今の力関係は上であると誇っているのだろうか、質問には答え、そして女性の弱さに付け込むかのように、主張する。

「お前さい――」
「最低だよ、それ」

 男のただ欲望だけに塗れた言い分は、ここの世界に居座る者以外が納得してくれるはずが無い。その証拠に、スキッドが肥満の男に向かって否定を混ぜた罵声を喰らわしてやろうとするが、それをクリスが遮った。

 銃口を突きつけられている状態でも尚、恐怖に駆られて身体を震わせる訳でも無く、男の歪んだ思考に対し、男を横目で睨みつけながら自分の意見を言及した。

「何が最低だよ、言っとくけどなぁ、世の中力なんだよ、力。それに、お前らはおれらの活動に首突っ込んだ馬鹿どこだからなぁ、外に返す訳にゃあいかんって訳よ」

 クリスの意見も払い飛ばし、力が強ければどんな事でも出来ると、男は誇らしげに語る。そして、男達の活動の目撃者になってしまった以上は外に情報を洩らさせては不味いとでも考えているのだろうか、脱出と言うその行為に徹底した静止を投げかける。

「邪魔だから私達の事束縛するってのは正直言うとやだけど、それより、いくら女の子に気があるからって、力尽ちからずくで押さえるのっておかしいよ……」

 クリスにとって今問題にしているのは、ここで捕らわれる事では無く、男の異性に対する物の考え方である。やや威圧感の篭ったような、低くなった声で、男とは目を合わせずにその反道徳的な行為に歯向かった。

「そうだなぁ、確かにおかしいよなぁ。でも正しいだけじゃあ自分の思い通りに助かる事は無いんだぜ? 時にゃあ力に任せるのも大事だってお前知ってるか?」

 まるで男は人生の教訓でもさとすかのように、そして相変わらずの舐め回すかのような嫌らしくだらけた口調で、クリスに話しかけ続けている。

「力で?」

 それだけ、小さく返事をするクリスに対し、男が再び反応を見せる。未だに銃口を反らさずに。

「そうだ、力、だぜ? 納得出来たか?」

 単語を抜き出して聞かれた男であるが、素直に軽く頷き、そして再度確認を取るような言葉を投げかける。

ちから……って事は……」

 クリスは一度、よく耳を澄ませなければ聞き取れないのでは無いかと言うくらいに声の大きさを小さくしながら、そして軽く俯き始める。

「やっと分かったか? この世界は完全にちか――」



――男の言葉は途絶えた、いや、途絶えさせられた

――理由? 簡単な話だ



「こう言う事だよね!!」
「うわっ!!」



――クリスの左足が男の拳銃を蹴り飛ばしたのだ!――



――天井に向かって伸ばされた左足

――上に呆気無く舞う拳銃

――舞い上がる男の驚きの声

――そして、得物を失い動揺する男……



 硬質な印象をまるで与えない左足は拳銃を弾き飛ばし、役目を終えると同時にゆっくりと床へと戻されていく。足技の弱点であるミニスカートの服装でも、それをスパッツが守ってくれているのだから、事前の対策はばっちりだったと言えよう。

 鋭く動き出したクリスの身体についていけなかったであろう白いパーカーを揺らしながら、クリスは突然の反撃に驚く男から決して水色の瞳を反らさずに睨みつける。

「すっげぇな……こいつ……」

 スキッドは初めて見るであろうクリスの以外な一面に、ただ妙に笑いながら関心するしか無かった。

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