ほぼ丸一日かけて部屋を借りる手続きを済ませたアビスとスキッドは、共に昨日のミレイとの話し合いの通り、大衆酒場へと足を運んでいる。まだギルドへの登録は済ましておらず、今日、登録と共に、街で集まっているクエストを初めて受ける事になっていた。



「昨日はちょっとマぁジ疲れたよなぁ、ちょっとまだ体だるいんだけど……、何とかしてくんないかアビス」

 登録してすぐに狩猟に向かう為、今は二人とも防具を纏った状態で歩いている。スキッドはヘルムだけ外した状態で体を左右に捩じるように解しながら、隣のアビスに変な頼みをしようとする。

「いや、何とかしろって……。俺も疲れてんだけど……。ってかさぁ、今日なんかミレイ、もう一人友達連れてくるっぽいよな?」

 スキッドの頼みを放置し、そして昨日ミレイの言っていたもう一人のまだ見た事も無い仲間を思い出した。



「あぁ、そうだよなぁ! なんかあいつ明日もう一人友達連れてくるから一緒に頑張ろうとかなんかそんな事言ってたよなぁ!」

 それを聞くとスキッドはまるで疲れ等忘れたかのように、その捩じっていた腕をだらんと下ろし、何か期待に溢れたような声でアビスの言った事を繰り返すように昨日言っていた事を思い出す。

「お前随分テンション高いなぁ。まさか変な事考えてねえだろうな?」

 そのミレイの仲間の事になるなり、突然気持ちが高ぶりだしたスキッドを見てアビスはまた何か多少ながら淫らな考えでも持ち出したのだろうと、苦笑いを浮かべながら疑う。



「いやぁそんな事ねぇよお前。でもよぉ、お前く考えてみろよぉ、あのミレイの友達だぜ? たかがミレイでさえあんだけ可愛いってんのにあいつの友達ってなると……って考えたらちょっとぐらいは期待って気持ち持てんだろうよぉ!?」

「やっぱり変な事考えてたんだな……流石はお前だ……」

 スキッドはミレイの外見的な特徴を考えると、それに関連するとでも言うべきか、友達も相当な魅力を持つ者であると想像する。男としてはまだ見た事の無い異性に対しては何かしら期待を持つ事は本能と言える事かもしれない。だが、アビスにはそこまでの、特にスキッドのように本性を丸出しに出来るだけの精神は持ち合わせておらず、流石スキッドだと、呆れる。



「だぁからお前あるか無いか早く言えよぉ!」

 スキッドは質問に答えてくれないアビスに対してにやにやしながら、強引にアビスに答えさせようとする。アビスの右肩をやや乱暴に突き飛ばすように押しながら。



「まあ……どうだろうな、ちょっとは、期待出来るかなあ……って」
「なんだぁお前、ノリ悪りぃなぁ! どうせ男同士なんだから思ってる事そのまんま言っちまえよぉ!」

 どこか照れ隠しのように、歯切れの悪い返事を、曖昧とも言える感じでしょうがなくと言ったようにするが、その様子に感心しなかったのか、まるで全てを吐き出してしまえと言っているかのように再びアビスの肩を乱暴に押し飛ばす。



「言え! ってなんだよお前、俺はお前と違うから無理だって!」

 アビスはスキッドのように本性を丸出しにするほどの勇気は持っておらず、スキッドの要求を声を荒げる事によって弾き飛ばす。アビスにとっては男同士だろうが、異性がいようが、その勇気は変わらない。

「なぁにが無理! だよお前ぇ。ホントはちょっと、じゃねぇな、ぜってぇめっちゃくちゃ期待してんだろ? どうせ可愛かったらいいなぁ〜とか、やっぱスタイルいいお姉様系だったらいいなぁ〜とか思ってんだろ? おれの前だったらそう言う事言ってもいいからよぉ、もう自分自身曝け出しちまえよぉ〜。ほんっとお前って奴はつまんねぇ男だよなぁ〜」

 スキッドも対抗したのか、足を止める事無くアビスの心の中にしまわれているであろう思いを、スキッドのほぼ勝手な想像で通常ならば恥じらいを覚えるであろう発言を、堂々と大声で口走る。



「つまんねぇって、そんな事普通に言える訳ねぇだろ! お前もうちょっと恥じらいってやつ覚えた方がいんじゃねぇの? ってか全部変な事ばっかだし……」

 スキッドのある意味堂々としており、そしてある意味羞恥的とも言えるそんな台詞の数々は、とても小心者のアビスには言えたものでは無く、スキッドのその度胸を褒める事は無く、逆にそれを少し落とした方がいいんじゃないかと、勧める。

「あぁ、やっぱ期待してんだなぁ。良かったなぁ、おれがいてくれて。おれがお前の代わりに言ったみたいだなぁ!」

 アビスのあの返答が不味かったのだろうか、それがスキッドにとって実は心では先ほどの期待を持っていたと思われてしまい、再びからかわれる。どうやらアビスのその台詞には、そのような羞恥的な考えは持っていないという事を伝える部分が不足していた為に、勘違いを受け、実は考えていたと思われてしまう。実際アビスの心ではそのような期待をしていたのかもしれない。



「あのなあ……」

 高ぶったテンションを保ったままを維持するスキッドに、アビスはどこか疲れを覚え、諦めたように溜息を吐いた。

「まあ気にすんな! この事はミレイにも、後その友達って奴にも内緒にしといてやっからよぉ! 気にすんな! マジで!」

 見破られたであろうその心の内側を、スキッドは明らかに上目線と言った感じで秘密を隠してあげる事を自慢気に伝える。



「当たり前だろ! 言うなよ絶対!」

「あ、やっぱ思ってたんだぁ……」

 アビスのその台詞は、あの期待を持っていた事を証明する証拠となった。スキッドはそれを聞いてやっぱりな、と呆然した。

 その言葉を聞いたアビスは、何も言えなかった。



「おお、遂に到着だぜ、例の大衆酒場……ってミレイの奴言ってたよなぁ。ここで登録して、んで持っていざ狩猟へゴー! って感じなんだよなぁ……って煩せぇなぁ……」

 喋りながら歩いていたものだから、実際に流れている時間よりも早く感じたのである。意外と錯覚的に早く到着した2人は、左右から取り付けられた木製の扉入口に近づこうとするが、朝と言うにはやや遅く、そしてまだ昼では無い時間帯の為か、内部では恐ろしいほどにも聞こえるその喧騒に、一瞬入る事を拒もうと思ったが、内部には今二人を待ってくれているであろう人物がいるのである。その新しい土地での初めての喧騒とは言え、こんな事で怖がっている訳にもいかず、勇気を持ってその足を踏み入れる。

「ああ……ちょっと怖いかも……」

 アビスも先ほどのテンションが崩れるほどの恐怖に、一瞬足が竦んでしまうが、何とか隣の友人と一緒にそれを克服しようと、その友人を一瞥する。



「ま……いいから、行こうぜ!」

 スキッドは恐怖を押し殺し、入口に力強く右指を差し、一度深呼吸をして酒場へと足を踏み込む。



*** ***



(うわぁ……やっぱ帰ろっかな……)
(こりゃあ村と違い過ぎだな……)

 アビスとスキッドは、ハンター達に塗れたその酒場の内部に、自分達の故郷、ドルンの村、そして、アーカサスの街に来る途中に立ち寄ったバハンナの村とは比べものにならないくらいの賑わいぶり、そして、威圧感が走っている事に気付く。

 煙草の煙や酒から発せられるアルコールの臭い、そして、狩りから帰ってきた者達のものであろう、その独特の異臭、更には一口食べれば確実にそのまま手と口が連続的に動いてしまいそうになるような、美味しそうな料理の匂い等の、様々な臭いが混ざった独特の空間を作り出している。

 そして、まるで獲物を捕らえた猛獣のような鋭い視線をギラギラとぶつけてくる者や、太ったような巨体を持った者、そして幾多もの戦いを切り抜けてきたであろう傷だらけの顔を持つ者、等、ハンターが集う街と言う事だけあって恐ろしいとでも表現出来るであろう、その屈強さを物語るハンター達が全員と言う訳では無いにしろ、その連中達から飛んでくる目線には、恐怖と言う空気がしっかりと染み込まれている。

 まだまだ年齢的には僅かながら幼い部類に入る二人にとっては、それは異常なほど厳しいプレッシャーであったに違いない。



 そんな強張った緊張をある程度ではあるが、解きほぐしてくれたのが、聞き覚えのある、と言うより約束していた少女の呼び声だった。因みに、その少女は黄色い鱗に青いストライプ、そして所々に牙が装飾された武具を纏い、背中には弓を背負っている。



「アビス! スキッド! こっちよ!」

 少女は入口に入ってまるで幽霊屋敷でも歩くかのように何やら怖がった様子を見せながらのろのろと歩く二人に、手をあげて呼んだ。

「ああ、ミレイ! もういたのかぁ、良かったぁ」

 アビスは、まさかこれだけ威圧感満載の視線が飛び交う中を探し回らなければいけないのかと言うその不安が無くなり、一直線に吸い込まれるようにミレイの座る席へと向かった。



「ああ、良かったぜ!」

 スキッドもアビスと同じように、安心の気持ちを浮かべる。最も、スキッドもこの酒場を歩き回る事に対しての恐怖から解放された事に対する不安かどうかは分からないが。

 そしてアビスとスキッドは隣り合うように座り、そしてミレイはその二人のテーブルを挟んだ場所に座ると言った場所取りとなる。

「どうしたのよ、良かった、なんて。あ、それよりさぁ、ハンター登録、まだだったわよね? 早く済ましといた方がいいんじゃないの?」

 ミレイは恐怖から解放されたようなまるで力の抜けた顔をする二人を見て、この酒場でまず最初にするべき事を二人に伝える。



「ああ、そうだよなぁ、登録しないとなんないんだよなぁ……。あのさぁ、お前も登録する時って、こんな感じのプレッシャーの中で、済ませたのか?」

 アビスはなかなか体から恐怖を抜き取れない中、何か怖がるかのように、そのハンター登録について、ミレイに尋ねようとする。

「やっぱりアビスも思ってたんだぁ……。実際登録しようとなったら他のハンター達から色々言われたりするからね……。でも大丈夫! ちゃんとあたしも一緒についててあげるから。人数いれば大丈夫だから!」

 一瞬ミレイも初めて登録しようとした頃を思い出すが、アビスの前では敢えてその詳しい事情を話そうとせず、突然難しい顔を笑顔に変えてアビスに力を与えようとする。



「うわぁ……やっぱ危ねぇんじゃねぇかよ……。やべぇじゃん、この空気。あ、所でさぁ、例のお前の友達、まだか?」

 スキッドはそのミレイの笑顔にやはりハンター達から直接何かしらの行為を受けるのだと思い、完全に安心する事は出来なかった。それを紛らわす為か、ミレイの友達らしき人物が見えない事を伝える。



「あのさぁ、いきなり話題変えちゃっていいの? ちゃんと登録しないと何も始まんないんだけど……」
「だぁからだよ! やっぱ四人の方が行きやすいじゃん! だからもうちょっと、待ってくんない?」

 登録の話からミレイの友人の話に逸らすスキッドに、相変わらずなそのテンションに苦笑を浮かべながら登録の話に戻ろうとすると、スキッドはだからこそ友人の話に持ち込んだと、まるでさっきまでの恐怖を吹き飛ばしたかのようなテンションで、頼んだ。



「はぁ、随分期待しちゃってるわね……」

 ミレイは呆れと笑いを混ぜた表情でスキッドに言うが、

「まぁ、いいじゃねぇか!」

 スキッドは自信あり気に肘をテーブルに立て、手の甲に顎を乗せる。

次へ

戻る 〜Lucifer Crow〜

inserted by FC2 system