「相変わらずね……」

 ミレイは凛々しい笑みを浮かべるスキッドを見ながら、どこか安堵の表情を浮かべる。

「さて、それより、教えてもらおうかぁ! お前の友達とやらを!」

 スキッドは立てていた肘をテーブルに軽く叩くように置くと、まるでこれから絶対に聞き洩らしてはいけない重要な会議を聞くかのように、目は真剣に、そして口元は、笑っている。



「そうだよね、まだ名前も聞いてなかったから、軽い事前の紹介って形で、教えてよ」

 アビスもスキッドには遠く及ばないにしろ、その友人には興味を持っており、それを聞こうと、両腕をテーブルの上に載せてまるで普通の会話でも聞くような、普通の体勢でミレイのその話を待つ。

「えっと、名前はクリスティーナって言うんだけど……」

 ミレイは名前だけを教えるなり、そのまま話を終わらせたいと思ったのか、黙り込む。



「ってそんだけ? もっとあんだろ! 外見的特徴ってのが! 例えばこんな風に可愛いとか! こんな装備が可愛いとか!」
「あのさぁ……」
「そう言う風に説明してくんないと」
「あのぉ……」
「つまんねぇだろ! だからちゃんとそこんとこ」
「あのさぁ! あんたいい加減黙ってくれる!? 相手の返事も無視して喋り続けるのやめてくれる!?」

 ミレイの気の無い小さい反応を無視するかのようにスキッドはベラベラと喋り続けるも、最終的にはまるで決心したかのようにスキッドの声の高さを超える声でミレイはスキッドを黙らせる。テーブルを両手で叩きながら。



「なんだよいきなり……」

 スキッドはミレイのその少しだけ怒りの籠った顔を見て諦めるようにその口をゆっくりと閉じた。

「ってかお前、可愛い関係の事しか言ってないだろ……」

 スキッドの隣のアビスも、呟くようにスキッドのその期待を想像しながら軽く笑う。



「まっいいだろ?」

 開き直るように、スキッドはアビスに言い返す。

「あぁ〜なんか尚更教える気無くなってきたんだけど……」

 ミレイはまだいない友人の事でやたらと盛り上がるスキッドを見て、ある種の不安を覚えていた。スキッドは今、これから来るであろう女の子にこれでもかと言うくらいの期待を浮かべている。それは、今までのスキッドの言動を見れば誰でも分かる事だろう。

 ミレイも多少の怖さは携えているものの、それでも容姿的には非常に整った部類に入り、そんな女の子の友人なのだから、ミレイの友人のその魅力はミレイと同等か、或いは……とスキッドは想像しているのだ。



「分かったよ! もうこれ以上変な事言わんから、ちょっとだけでいい! 教えてくれよ! 頼むよぉ!」

 スキッドはその話をどうしても聞きたいが為に、表面上だけでは反省しているような素振りを見せながら、両手を合わせて何とか話してもらうように、懇願する。

「……ったく。そうねぇ、えっと、んと……あんまり中年ぐらい行った男には見せたくないような、感じ?」

 ミレイは非常に言い辛そうに、なんだかよく意味の分からない説明を言い切った。その様子、表情は非常に辛そうだ。

 それがスキッド、そしてアビスに伝わるはずも無く、数秒の沈黙の後、スキッドが声をあげる。



「……はぁ!? 何? 男に見せたくないって……? アビスお前この意味分かるか?」

 半ば半分怒ったかのような荒い反応を見せるスキッドは、そのまま隣のアビスに今の意味がちゃんと理解出来たかどうかを尋ねる。

「いや、あんまり……。ってかなんで中年とか出てくんの?」

 アビスもスキッドほどでは無いが、そのミレイの理解に苦しむ説明に、首をかしげる。



「あ、だからさぁ……んと……なんっつうか……かわ……じゃないや、ちょっと見た目的に刺激が強すぎ! みたいな……感じ?」

 恐らくは外見的特徴、主に容姿に問題があるのだろう。と言っても醜いとかそう言ったバッドステータスがそれを呼んでいるのでは無く、良い方に向き過ぎているが為にミレイは説明を拒んでいたのだろう。その様子が顕著に見られる発言、『可愛い』と言う言葉を咄嗟に止め、回りくどい方向へと軌道変更する。



 もしそれを中年近い年齢の男性が見れば、自分と年の近い中年の女性よりも遥かに若い皺の皆無な肌や目元、及び生き生きとした瞳、そして老年を感じさせない透き通った声色等、それらの要素に魅了されてしまうに違い無い。本来人道を守るべきならば、同じ世代の女性に向けなければいけない性欲を、その世代の異なる、別の言い方ならば低い方と言う、ある意味下品とも言える方向へと向けてしまう危険がある。

 とは言っても、別にミレイにとっては中年とは言え、他人がそのような目をするのははっきりと言えばどうでもいい事だ。他人が何をしようが、基本的には自分には関係無いと言っても良い。だが、血縁者にそんな事をされれば溜まったものでは無いのかもしれない。

 ミレイは具体的な説明をきちんとせず、歯切れの非常に悪い説明を苦痛そうに話す。どうやら外見的に何か問題があるらしいが、やはりスキッドには伝わらず、

「分かんねぇよ! もういいからちゃんとキッパリ言っちゃえよぉ!」

 スキッドは我慢に耐え兼ねたのか、立ち上がり、わざわざミレイの真横にまで進み、そしてまるで喝上げでもするかのようにそのやや小さい肩を揺すり、強引に吐かせようとする。



「ちょっ! やめてよ!」
「いいから教えろっつうの!」
「おいスキッド! お前しつこいぞ!」

 強引に迫ってくるスキッドを嫌がるミレイ。その様子を見てアビスも立ち上がって止めに入ろうとする。



「あのなぁ! 仲間を知る事はこっから先な、生き残る為に……」
「こう言う時ばっかカッコつけんなよ!」
「ちょっといい加減離れ……」
「ミレイ! 待たせてごめん!」

 スキッドは何としても詳しい内容を知りたいが為にある意味ハンターとしての心得とも言えるような事を言おうとしたが、アビスに見破られ、遮られる。それでも離れないスキッドに、ミレイも少しばかり苛々し始め、そろそろ反撃に走ろうと、スキッドにつかまれている肩に乱暴に乗せられた腕を強引に引き離そうと、その二本の腕に手を伸ばした時だ。

 ミレイにとっては聞き覚えがあり、尚且つ今日約束していた残り一人の人物の声が。

 三人とも騒いでいたせいでその声はハッキリとは聞き取れなかったが、ミレイはいつも共に会話を交わしている仲だ。その特徴的な明るく、とろけるような声がたかが三人程度の騒動如きで判別出来ないはずが無い。



「あ、クリス……」
(げっ!!)

 ミレイはそう呟き、そして同時に心で悲鳴をあげながらその青い瞳を強張らせた。と同時にスキッドの両腕をそれぞれの手で掴んでいたその腕をぴたっと止める。そして、スキッドやアビスの後ろの方に目をやる。

 動きの止まったミレイを妙に感じる、アビス、そしてスキッドであるが、ミレイは何かを見ている様子だった為、その視線の先にある何かを見ようと、ミレイを除く二人は自分らの背後に目を向ける。



「ん? さぁて、やっと来たかぁ、一体どんなや……ってうぉおおおお!! いんじゃねぇ!? あれ赤殻蟹せっかくかいの装備やん!!」

 ここまで騒ぎを起こす原因を作ったと思われているかもしれないその人物が現れ、スキッドは散々自分を騒がせたそのある意味犯人と言っても良いかもしれないその人物にだるそうにゆっくりと顔をその声の方向に目を向けるが、その人物を捉えた瞬間、予め予測していた通り、ミレイにとって最悪の事態が訪れた。

 スキッドが目を丸くしてまるでこの後の人生を大きく変えるような素晴らしい出来事に遭遇したかのような歓声を上げた瞬間、ミレイはまるで操り糸を奪われた操り人形のように力無くテーブルにその頭を伏せた。そして両手は深緑の髪と髪の間から食み出ている両耳に強く押し付ける。こんな動作を取ったのは、きっと、この最悪の事態を直接その目で見たくなかったからだろう。

 そのただ事では無いスキッドの声を聞いたアビスもそれに釣られて後ろを振り向くが、一応気持ちを抑えていたつもりであったアビスも、その目を疑った。



 疑ったのは、その装備だ。赤い甲殻、と言ってもあの天空の王者、火竜とは異なり、赤を基準としているが、所々に白いラインが走っており、そしてその甲殻そのものも、火竜のように何層も重なったものでは無く、まるで一枚の鉄板を思わせるようなやや滑らかな質感。

 それが全体的な雰囲気ではあるものの、スキッドがあれだけの歓声とも言える声をあげたのは、そんな事では無い。

 上部は鎖帷子の上から例の赤い甲殻で胸部から腹部、そして肩部を覆っており、そのすき間から映る、肌と密着しているであろう、碗部と腰周り部分の鎖帷子は、細い。

 一部の防具のように胸元等の露出が一切存在しない事により、大人らしい色気的な魅力はほぼ皆無状態にしてしまうものの、露出度を減らす事により、成熟しきっていない少女のその幼さが生み出してくれる魅力を引き出してくれるものである。

 また、胸も甲殻で無理矢理押し潰しているのか、それとも元々無いのかは分からないが、その赤い甲殻で作られたメイルはその豊かさも制御しており、その抑えられた豊かさがこれまた少女としての魅力を引き出している。

 そして下部は、腰を護るコートはやや分厚い鎖帷子の上からやや細長い甲殻を間隔を置いて貼り付けており、そして、そのコートから下部であるが、恐らくはスキッドはそこに確実に目を通したと言っても過言では無いくらい、誉めて言えば魅力的、悪く言えば無防備とも言える、顔面を除いて唯一、甲殻も、帷子も纏っていない、細く、そして白く伸びた脚部が映っていたのである。

 膝の下からはほぼ全部分を甲殻で作ったであろう、まるでブーツを思わせるようなグリーヴになっており、まるで下半身はスカートでも着用しているかのような、少女らしさ、可愛らしさを見事なまでに表現している。

 ただ、そんな何も纏っていない部分を狙われた時はどうするのだろうと言う不安も残るが、逆に束縛する物が無い事によって動きが身軽になり、特にその少女の場合、華奢な体から素早い動きを期待させるに違い無い。

 そんなスキッドを釘付けにしてしまった魔の防具であるが、それに見とれている間に、その少女は再び次の言葉を口に出した。



「あれぇ〜? まさか、ミレイの友達?」

 スキッドのその爆発的なテンションにも特に驚く様子も見せず、それは恐らく周囲も充分に煩いと言う理由があるかもしれないが、少女はその額部分に取り付けられた帽子で言うつばのような部分、目の前が見えるように縦に沿っていくつか切り抜かれたラインが特徴の甲殻で隠れてしまっていた目元をはっきりとミレイの周囲にいる二人に見せようと、そのつばのような役目を果たしているであろう装甲を左親指で上に持ち上げながら、笑顔で訊ねながらどんどん近寄ってくる。

 その優しく、明るくとろける声色や、ヘルムの後部の両端の穴から引っ張り出したかのように食み出た、そして顔の横からもいくらか食み出ている明るい茶色の髪、白い肌に包まれた水晶玉のような潤いを見せる水色のパッチリとした、鋭さと強さを全く映さない瞳を携えた顔立ちは、まさに少女そのものであった。

 そのものとは言っても、おしとやかな落ち着いたものでも無く、明るく気が強そうなものでも、ましてや低音で少年っぽく聞こえるものでも無い。強さと言う強さを、まるで全て削ぎ落としたかのような、可憐で無垢な、強さでは無く優しさを保った明るさを持った、本当にハンター業を営むに相応しい風貌なのだろうかと、疑ってしまうほどのスタンスだ。



「あっ……あぁ、そうだよ、俺達……」
「そうだよぉ〜、おれ達こいつのお友達だぜぇ〜!」

 アビスはそんな狩猟と言う惨たらしい世界に不釣合いな可愛らしい少女に対して少し緊張を覚えながらその固まりそうになった口を何とか動かそうとするが、スキッドは女の子に対するやりとりには相当慣れているのか、アビスと異なり、心の乱れを全く見せない口調で、そして僅かにふざけたような素振りを見せながらその少女を見ながらにやにやし始める。



「あ、やっぱりそう!? なんだかそんな雰囲気したの……ってあれ?」

 その少女は並びの良い純白の歯を口元から覗かせながらスキッドのその返事を聞いて両手を合わせて握り、、その足の速度を更に速め、少女と二人の少年の距離を縮めるが、その最中、少女は突然声を詰まらせ、握っていた両手をゆっくりと離しながらその足を止める。

「『あれ?』って……なんかあったのか?」

 その明るい声が突然止まり、一体何があったのだろうかと思ったアビスは、初対面の相手に相応しいような、やや落ち着いた態度で、それを訊ねる。



「あ、いや、えっと、彼って……まさか、リー……んな訳、無いよね?」

 突然意味の理解に困るような事を言い出しながら、スキッドを見る少女。見られていた方の少年は、すぐにそれのフォローとも言えるような発言を飛ばす。



「リー? なんだよそれ。おれはスキッド、スキッドだよ! ボウガン使いのスキッドだ! んでこいつは……」
「アビス! 俺はアビスだから! これから宜しく! 所で君は?」

 スキッドは意味深なその単語を打ち消し、どこか自信ありげに自分の顔を右親指で差しながら何度もしつこいように自分の名前を出して自己紹介をし、そして隣の男友達の名前も一緒に言おうとしたが、いつかの銀髪の大剣と爆弾使いのハンターの時とは異なり、アビスの分の自己紹介は失敗に終わる。

 アビスも類稀とも言えるハンター業と言う荒々しい世界には相応しくないような天使のような少女に対し、今度こそスキッドに紹介を横取りされてしまわないよう、スキッドを言葉で突き飛ばすように自分の名を出し、そして握手でもしようとしたのか、右手を差し出した。



「あぁ! お前ずりぃぞ! こ〜の野郎握手でもしてデレデレ気分に浸るつもりだなぁ〜!? よし、おれの方がいいぜ! おれの方と握手してくれよ!」

 アビスにとってはただ普通に手を差し出したつもりだが、スキッドにとっては仲良く手でも繋ぎながらどこかに歩き回るのだろうと言うほぼ勝手な想像が頭に浮かび、それを何とか阻止しようと、アビスを横に突き飛ばすように左手で押しのけ、そして、まるで今にも崖から落ちてしまいそうな人間を助けるかのように、どこか苦しそうに右腕を伸ばした。

「お前何すんだよ!? お前と違って俺はまともだ!」

 突然押されたアビスはどこか苛立ちを覚え、今度はそのスキッドの右手を前方から覆い隠すように動き、そして再び右手を差し出す。



――そして、スキッドを最初に二人は言い合いをし……――



「邪魔だアホ! お前帰れ!」
「いや、意味分かんねぇよ、ってか煩せぇ!」
「お前の方が数倍うぜぇ!」
「俺は普通だ! お前が変なだけだ!」
「おれは真面目だよ〜ん♪」
「真面目じゃねぇだろ!」

 スキッドが最初に、互いに握手の手を譲らず、下らない取っ組み合いをする少年二人。途中、スキッドは何だか意味の分からないふざけ方をするも、アビスはその手を絶対に譲らない。



「あ、ちょと、まあまあ、そんなに騒がなくてもちゃんと握手は出来るよ?」

 突然騒動を引き起こした二人を何とか止めようと、一応流れ的にそれを引き起こした原因として扱われてしまうだろう少女は、一度両手を差し出して二人を言葉で宥めた後に、両腕を伸ばしてアビスとスキッド、それぞれの右手、左手を握った。

「あ、ありがと……」

 アビスは自分から握手を申し込んだと言うのに、いざ握手となると、どこか照れ臭そうな笑いを浮かべ、少し小さい声で言った。



「おぉ〜、いいねぇ、この感じ!」

 スキッドは出来れば素手と素手で感じたかったであろう、少女の温もりを想像しながら、大きな笑みを浮かべた。

「あ、そうそう、まだ名前言ってなかったよね。じゃあ、改めて、私はクリスティーナ。片手剣を主力として使うハンターかな。それと、二人ともこれからはクリスって呼んでくれればいいよ。そっちの方が短くて呼びやすいと思うから。それじゃ、宜しく! アビス君とスキッド君!」

 スキッドは名前を聞こうとした時に一瞬「ああ、知ってる!」とでも言おうとしたが、折角ミレイの存在価値が薄れてしまう程の可愛らしさを誇った少女の一生に一度の自己紹介が本人の口から直接聞けるのだから、敢えて邪魔をせず、その紹介が終わるまで黙っていた。

 少女は二人の少年の手を握ったまま、少年達が既に知っているその名前を明かし、そして使っている武器の種類を教え、そして愛称を伝えると、水色の透き通った左目を閉じてウィンクを飛ばした。

 スキッドにとってはウィンクを飛ばされた瞬間、閉じた方の左目から一瞬、ハートが小さく飛び出したような錯覚を覚える。



「あぁ、こっちこそ」

「いやぁマジ今日はラッキーデーだぜ」
(もうミレイなんかどうでもいいかも……)

 少年達にとってはある意味殺人級とも言える悩殺力を秘めたそのウィンクに、ときめきを覚えながら、アビスとスキッドは返答した。

 そしてスキッドは心の中で、確実にミレイよりもクリスの方が素晴らしいと確信し、その標的を変更させる。



「ってか早く登録済ませろっつの……」

 さっきまでテーブルに突っ伏してまるで死んでいたかのような状態を継続させていたミレイは、クリスとのやりとりでご機嫌になっている少年二人に目を向けようと、何とかだるそうにその頭を起こし、左手を額に当てながら、呟いた。

 少年達のデレデレする様子を見るのは、ミレイにとっては苦痛とも言えるのかもしれない。

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