「あ、そうだよなぁ、登録しないとクエストなんて受けれないからな」

 アビスは今更のように気付き、まるで気の抜けたような、目を細めたミレイを見た後、登録出来るであろう、奥のカウンターに目をやった。

「そうよ、新しい仲間見てはしゃぐのも別にいいんだけど、でも登録の方もさっさとやっちゃわないと何も始まらないわよ」

 ミレイはようやく落ち着いたアビスのテンション、勿論スキッドには到底敵うものでは無かったが、その様子に安堵の溜息を吐きながら、自分の椅子から立ち上がる。



「そうだよな……。元々登録してさあ始めようって感じだった訳だしな……。そんじゃ、登録の方行くか! スキッド、行くぞ」

 ミレイの方ばかり見ていたアビスは、登録を一緒に済ませようと、スキッドにも声をかける。

「登録かぁ、そうだクリス、登録って結構めんどいのか? あんまり時間かかるってんならなんかやなんだけど」

 ハンターとしてこの街で生きるなら、ハンター登録と言うのは必須とも言える手続きであるが、その手続きにあまり時間を費やしたいとは思わなかったのか、それともその時間のロスによってクリスと言うミレイ以上の風貌の良さを誇る女の子との狩猟へ向かう為の時間が無駄になる事に違和感を感じたのか、スキッドはどれだけの時間を必要とするかをクリスに訊ねる。



「ああ、心配しなくても大丈夫。名前とか出身地とか、そう言うの書くだけで済むから」

 難しい顔をし出すスキッドを見ながら、クリスはその彼の顔を元に戻そうと、手続きは決して苦痛では無い事を伝えた。それを聞くなり、スキッドは、

「あ、そうなの? じゃあさっさと登録済ませちまおうぜぇ! いざ登録へぇ〜♪」

 スキッドは突然右腕を天に突き出すように動かしながら、まるで何か楽しい事でもしに行くような鼻歌を歌いながら、受付と思われるカウンターへと進んでいく。



「なんかスキッド、ここに来てからずっとテンション高いわね……」

 背筋をぴんと伸ばして堂々と進んでいくスキッドの様子を後ろから見ながら、ミレイは全く衰える事の知らないスキッドの機嫌を、どこか気味悪そうに思った。

 クリスが来てからだ。スキッドのテンションが全く下がる事無く今に至っているのは。でもそれについてはミレイは言う事は無かった。

「いいんじゃない? やっぱり仲間はあれくらい元気無いとね!」

 ミレイの肩を後ろから叩きながらクリスは笑顔を浮かべながら、言った。



「そうだよ、それより、早く俺も行かないと!」

 先頭を突き進むスキッドに続いて、その後ろを残されたアビス達三人が歩いていく。

 一番最初に到着したスキッドは、カウンターに立っているメイド服の女性に、カウンターに右肘をつきながら、登録を頼み込んだ。

「あのぉ、すいませ〜ん。ハンター登録したいんですが、出来ますよね?」

 そのやや馴れ馴れしいとも言えるような態度にも動じず、平然とした態度でそのメイドは答えた。



「新しくこの街に来たハンターさんですね?」
「あぁ、はいはい! 俺もです!」

 メイドの言葉に続くように、スキッドの後ろからアビスが走りこむように現れ、アビスも登録をしたいと言う事を伝える。



「登録ですが、それはあちらにいらっしゃるギルドマスターが受け付けておりますので、そちらに行かれてもらいますか?」

 メイドの女性は、右手を自分の右側にゆったりと差し出した。その奥には、カウンターにその通常の人間の半分程度の大きさの鬚を生やした老人が乗っており、小柄ではあるものの、その威厳さが感じ取れる。

「あぁ、はいは〜い。あのぉ、すいませぇん、ハンター登録したいんですが」

 スキッドはメイドの指した方に進みながら、そのギルドマスターと呼ばれる小柄な老人に登録を申し込む。



「オヌシら、新しくここに来たハンター達じゃな? さっきから聞いておったぞ。オヌシの声は大きいからなぁ、はっはっは」

 どうやらスキッドとメイドの女性のやりとりは、隣でじっくりと見ていたようだ。ギルドマスターは一度大きく笑った後、カウンターの裏に飛び下りるように地面に降り、そして何やら手続きの書類なのだろうか、それらしき紙を二枚ほどカウンター裏の引き出しから取り出し、それをアビスとスキッドに手渡す。再びカウンターの上によじ登った後に。

「なんだ、こんだけで済んじまうのか、簡単だなぁ! アビス」

 その書類には、出身地、性別、名前、得意武器等、本人の証明とする為の情報を書く覧が記されており、アビスとスキッドは、その空欄をどんどん埋めていく。思っていたより簡単であり、思わずスキッドはアビスを見ながら、言った。



「さて、これでようやくこの二人もここでハンター生活改めて送れるって訳ね」

 ミレイはクリスと共にアビス達のすぐ横でカウンターによしかかりながら、遂に少年二人がアーカサスの街のハンターになったんだなと、少し関心を覚える。

「あ、所でミレイ。今日は何のクエスト受注するつもりなの? また例の緊急クエストだってのは分かるんだけど……」

 ミレイのすぐ隣のクリスは、一体今日はどこに狩猟に行くのか、まだ聞いていなかった、と言うよりどのクエストそのものの計画も一切していなかった為に一体どうするのかを聞こうとする。恐らくは今溢れ返っている緊急クエストと言う、時間的に非常に切羽詰っている類を受注すると言うのは、予め分かってはいたが。



「そうよねぇ……今受けないと不味いってクエスト……あれ? そう言えばバウダー君達……随分戻って来るの、遅いわね」

 何のクエストを受けようか悩んでいると、ふと今ここにはいない仲間のハンターを思い出した。

 バウダーと言う、ミレイより少し年上の男性ハンターだ。彼はダギと言うハンターと共に、数日前にニムラハバの丘に向かっていた。内容は、その丘の巨大洞窟の奥に生えているジャガーヘッドと言う毒草なのだが、その危険植物を喰らったモンスターは、その毒素により性格が凶暴になり、近辺に悪影響を及ぼす影響がある為に、その洞窟を塞いでくると言うものだった。付近には原種と亜種の怪鳥がうろついているとの情報もあったが、その程度ではバウダー達ならば、解決出来るだろうと、そう思われていた。

 彼らは、帰ってきておらず、その報告もなされていない。



「バウダー君って……確か一昨日言ってた……」
「そうそう、彼。ちょっと今聞いてみるわね」

 クリスは一昨日、ミレイと話したあのダギのタコウィンナーさんの話の際に聞いたあの名前を覚えており、考えてみれば、二日近くも戻って来ない事にはどこか違和感を感じたのである。アーカサスの街からニムラハバの丘までの距離はそう遠くないのだから、二日は長すぎると見たのだ。

 ミレイはメイドの女性にその事を聞こうとした。



「あのぉ、すいません。ちょっといいですか?」

「はい? 何か?」

 ミレイの呼び声に、メイドが振り向く。



「えっと、一昨日バウダー君とダギが受けた、えっと、ニムラハバの丘への狩猟……でいいのかな? そんなクエストあったと思うんですが、あの二人まだ帰って来てないですよね?」

 ミレイはカウンターにきつく前のめりによしかかりながら、メイドの人に尋ねこむ。

「あ、はい、ちょっと待ってて下さいね」

 メイドは一言ミレイに言うと、緊急クエストの書類が大量に重なった書物をめくりながら、そのニムラハバの丘のクエストの受注書を探し出す。ようやく見つけたのだろう、その受注書を一枚取り出して見るなり、突然顔が険しくなる。



「あ、ちょっと待っててもらえますか! マスター!」

 その受注書を持ったまま、メイドは声を荒げながら、距離の遠くないギルドマスターの元へと駆け足で近寄る。



「マスター! 大変です! あの『ニムラハバの毒草の駆除』って言うクエストなのですが……」

「なんじゃ、騒々しい。見せてみろ、ん? これは……」

 近くにいると言うのに大声で話すメイドに対して心で「落ち着け」とでも言うような、やや怖い顔を見せた後にその受注書を受け取ると、ギルドマスターも顔を険しくしたのである。

 その受注書には、無論、そのクエストの詳しい内容が書かれているのだが、その下、更に強調して言えば、隅とでも言うべきか、そこに小さく、「これを受けた奴は確実に死ぬ……」と言うおぞましい事が書かれていたのだ。

 つまり、バウダーとダギは、その死の宣告に騙されたのだ。



「よっしゃ、全部書いたぜマスター……って、なんか騒がしいなぁ、どうしたんだ?」

 スキッドは必要事項を全部書き終え、ギルドマスターに提出しようとしたが、その渡すべき相手が何やら紙らしき物を見ながら、慌てているのである。その異様な様子に、スキッドもそのギルドマスターの見ている紙をカウンター越しに、無理矢理でも見ようと、顔をカウンターの奥へ伸ばすように、背筋を伸ばすも、角度等の影響により、その紙の内容を見れる事は無かった。



「こんな事最初見た時は書かれてませんでしたよ!」

「いや、この跡はきっとしばらくしてから浮かび上がるように仕組まれたやつじゃ、きっと」

 その受注書のおぞましい箇所は、ハンター達が目を通すであろうコルクボードに張られている時間帯を過ぎると、浮かび上がるように特殊な細工されたものらしい。内容の容易性、契約金の安さ、報酬の魅力等、簡単にハンターをその魅力に陥れるだけの要素を取り入れており、目を通したハンターなら誰もが受け入れてしまうような、そんな作りになっていた。

 それが、受注後になって、本性を表したのである。



「なあ! おいおい! どうしたってんだよ!?」

 カウンターの奥で騒がしい様子を見せるメイドとギルドマスター。どうしてもその原因を知りたいスキッドは、カウンターを両腕で叩きながら、その身をカウンターの奥へ乗り出そうとする。

「スキッド、もうあたし達の受けるクエスト半分決まったようなものよ!」

 騒ぎ立てるスキッドを横から見ていたミレイは、どこか期待を寄せたような、凛々しい笑顔を見せながら、スキッドに近づいた。



「決まったって……どゆ事?」

 ミレイの様子に呆然としながら、アビスが訊ねる。

「実はさぁ、あたしの友達がクエスト出てんだけど、まだ帰って来なくて、しかもそれがなんかの罠だったみたいなの! だから、それ受ける事になるかもしれないから!」

 カウンターの奥でのやりとりを聞いていたミレイは、そのメイドとギルドマスターの焦り具合や話している内容から、何となくそのクエストの真相を読み取り、ただ事では無いと察知し、それを先ほど受けたあの二人の救助を考えていた。



「よし、決まった。オヌシらの受けるべきクエストは、あの二人、バウダー・ノインと、ダギ・ゲロニーオを救助する事じゃ。それじゃ、この少年らの登録も終わった訳だし、早速四人で行ってもらうか、ニムラハバの丘へ!」

 アビスとスキッドも必要事項を全て書き終え、提出する事で正式にアーカサスの街の正式なハンターとなったのである。ギルドマスターは、この非常事態を元々この街のハンターであるミレイとクリス、そして、今日ハンターとなったアビスとスキッドを、そのクエスト、バウダーとダギの救助に向かわせようとする。

「えぇ!? マジっすか?」

 突然のそのクエストの要請に、アビスは期待に胸を膨らませ、喜びとも言える、大きな声をあげる。



「ああ、オヌシらなら、彼女らと共にきっと良い成績を残せるじゃろ。期待しているぞ」

 ギルドマスターは、その鼻の下に生えている横に長い鬚を指で触りながら、アビスとスキッドの活躍を期待した。

「おお、やったなアビス。おれら期待されてるっぽいぜ!」

 その言葉に、スキッドはきっとこれからもアーカサスの街の平和の為にその腕前を披露出来るのかと思い、アビスの肩に右腕を回す。



「だな、兎に角さぁ、早く行かないと不味いんじゃないか?」

 アビスもやはり期待されている事に喜びを感じているのか、笑顔を作りながら、そのスキッドの腕をどかし、酒場の入口とは別の扉、恐らくそこからクエストに向かうであろう、その場所に指を指した。

「遂にアビス君とスキッド君の活躍、見れるんだね。なんだか楽しみ!」

 クリスはまだ見た事の無い少年二人の狩猟の腕前を想像しながら両手を合わせて握りながら笑顔になる。



「ああ、おれら頑張っちゃうからなクリス! そんじゃ、四人でそのクエスト受注って事で!」

 スキッドはクリスに右親指を立てた後、ギルドマスターの方を向き直してそのマスターの方にも親指を立てる。



――しかし、その最高のムードは一人のハンターによって砕かれる……――



「おいおい、そんなガキどもに行かせていいのかよぉ?」

 それは予想外の言葉だった。期待に溢れ返りながら、さあ新しい街でのクエストへ赴こうとした時に、それを乱暴に止めるかのような、冷たくも、重く、低い男の声が、アビス達の動きを止めてしまう。

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