「おい何だよ! いきなりやな事言いやがってぇ!」

 酒場には大勢のハンター、防具を纏っているか否か、或いは顔付き等で判断出来るだろうが、その中の誰が言ってきたかは分からないが、スキッドはその大勢のハンター達に向かって怒鳴り散らす。

「あぁ……また……」

 ミレイは恐らくは三人の仲間には聞こえていないであろう、その小さい声で呟いた。青い目を細め、右手を額に当てながら。



「始めてここ来たようなヒヨッコがなぁ、思い上がってんじゃねぇよガキが」

 先ほどと同じ声が響く。どうやら今喋ってきた男が先ほどの四人のムードを取り消したに違い無い。

「そうだぜ、ハンターの世界ってのはなぁ、お前らみてぇなお遊び気分じゃあやってけねぇんだよ、バーカ」

 最初に喋ってきた男の空気に合わせてなのか、それともその男の知り合いなのか、桃毛猿とうもうえんの防具を纏った三十代中盤ぐらいの少し若い男が座ったまま膝を立てながら、どこか偉そうに言い放つ。



「遊びだなんて……そんな事は……」

 アビスは始めて来たこの街の酒場から放たれる、ハンターとして相応しいような、威圧的な空気に圧倒されたのか、スキッドのような自信に溢れた強気な発言は出来ず、ぼそぼそと呟くように、弱々しく自分達に嫌味をぶつけてくるハンター達に対抗する。

「っつうかそこの気弱そうなお前、なんだその格好。その防具なんて、まさに『俺は初心者です』って言ってるようなもんじゃねぇか」

 再び、全く別の男が関わってくる。アビスのその、文字通り新米のハンターが身につけるような、その極めて安価な素材や鉱石で作るような物を装備しているその姿を乱暴に突付くように指差しながら、馬鹿にするような台詞をぶつける。



「はははは! 言われてみりゃあそうだぜぇ!! はははは!」

 それを聞いた別の男が大声で笑い出し、それに釣られるかのように、他のハンター達も、酒場全体に響くような大声で一斉に笑い出した。その笑い声の裏には、下卑た、そして軽蔑した気持ちがふんだんに組み込まれている。

「……酷い……。そこまで言わなくてもいいじゃないですか!」

 いくらアビスの防具が安価な物からとは言え、あそこまで本気で笑ってきた事に対し、クリスは暗い顔を浮かべながら、笑ってきたハンター達の方を見ず、下に俯きながら、恐らく傷ついているであろう、アビスに対し、心を痛めた。だが、ただ言われっぱなしだと気が済まなかったのか、思い切ったように、大勢の威圧的な風貌を兼ね備えたハンター達に向かって声を荒げた。


 スキッドは自分達を守る為とは言え、さっきまでの優しさの篭った笑顔を捨てたクリスを見て、一瞬、どんな女の子にも少しだけ怖いと感じる部分はあるんだなと心中で呟くが、それを直接口に出す余裕を与えられる事は無かった。理由は椅子に座っているハンターから重く、辛い言葉を吐きかけられたからだ。男達の威圧感に勝てる自信が無かったのだ。

 因みにその笑っている連中の中には女性のハンターも含まれている。



「兎に角お前らのようなひよっこ野郎はキノコ採りとか、角鹿つのじか狩りでもやってりゃあいいんだよ! お嬢ちゃん達、そんなひよっこどもと言ったって、ぜってぇ足手纏いになって、お前らも一緒に死んじまうかもしれねぇぜ。やめとけ、そいつらなんかと行くなんて」

 別の男も、アビスとスキッドに対して好き放題罵声を飛ばす。そして、ミレイとクリスにでも言っているのだろうか、少年二人と行く事をやめさせようと、ある意味少女二人を庇うような事を言い飛ばした。少女二人に言う対象を変更した際、男の口調が緩くなり、いかに差別化されているかが窺える。

 ミレイとクリスはもう何ヶ月もこのアーカサスの街で狩猟をしており、その実力もこの街から見ればベテランとまで言われるほどのものである為、今の状態では他のハンター達からは嫌味や罵声を飛ばされる事は無い。

 だが、アビスとスキッドはどこの馬の骨とも分からない連中だ。おまけにアビスは新米用の防具の状態である為、ミレイとクリスの受けるようなややレベルの高いクエストに挑もうとなると、罵られても当たり前かもしれない。

「……クリス、受注手続き、しといてくれる? 勿論四人って事で」

 ミレイはクリスの耳元で小さく頼み込み、クリスの返事も待たず、ミレイは思い切ったような事を口走った。



――まるで、策略でもあるかのように、ミレイは発言を飛ばした……――



「実は皆さんの思ってらっしゃる通り、こいつら二人はもうバぁっリバリの初心者で新米で完全無欠なカスで全く役に立たないクズ当然のハンターどもなんですよ〜!!」

 ミレイは、突然慢心の笑顔を浮かべながらカウンターによしかかり、右親指でアビスとスキッドを突付くように指しながら、未熟者だと言う事を酒場全体に響くような声で伝える。



「ってお前! 何言う……」
「ちょっ黙ってて……! 事情後で話すから」

 スキッドはミレイのその言い分に腹を立てたのか、ミレイに近寄ろうとするが、ミレイは自分の左腕を即座にスキッドの肩に回し、そして大勢のハンター達に背中を向けるような格好になり、そしてミレイはスキッドと顔が接触するほどの距離まで近づけ、小さく呟く。



「おい! お嬢ちゃんよぉ、何そいつに言ったんだ? 何か変な事企んでんじゃねぇだろうなぁ?」

 突然自分達に背中を向け、何かぼそぼそと喋っている様子は、ハンター達が見逃すはずも無く、それを怪しく思った男の1人が、ミレイを追い詰めるような台詞をぶつける。

「いえいえ! そんな事無いですよ、ちょっとこいつ煩かったんでぇ、『あんまり騒いだら殴るわよ』って言ったんですよ〜! 全く、初心者の分際で煩いですよね〜!」

 ミレイはさっき言った事はハンター達には聞こえていなかっただろうと思っており、決してばれる事の無いであろう嘘を、持ち前の明るい笑顔でキッパリと言った。

 多分、これはミレイなりの配慮だろう。一体何を考えているのかは分からないが、一応今はミレイを信じてみるのも悪くは無いのかもしれない。



「おい! ホントにそいつらと行くってんのか? やめろ、それだけは言っとくぞ。初心者とそんなハイレベルなクエスト挑んだら、ホントに取り返しつかん事になるぜ」

 それでもハンター達は引き下がらず、一番最初に迫ってきた男が再び少女の止めに入る。



「はい! 行きますよ〜! こいつらったらちっとも狩猟の世界の恐ろしさ弁えてないもんですから〜、あたし達がちょっとこいつらに現実の厳しさってのを教えてやろうって、そう思って……」
「おい! お嬢ちゃんよぉ、お前ふざけてんのか?」

 男達の威厳にも屈する事無く、両手を合わせながら笑顔で事を済ませようとするミレイに遂に癇に障ったのか、今アビスとスキッドとの同行を最初に止めようとした男の中で一瞬だけ怒りが生まれたような空気が、酒場に伝わる。



「いえいえ〜、ふざけてるなんてとんでもございませ〜ん! ただこいつらに直接その目に死と恐怖の世界を見せ付けてやろうって思ってまし……」
「ふざけんのもいい加減したらどうだ!!」

 全く怯まず、笑顔を保ちながら喋り続けるミレイに対し、それが狩猟に対する緊張感の無さを物語っていたのだろうか、その最初に止めてきた男は、テーブルにその拳を叩きつけ、怒鳴り始めたのである。



(ってあれ……、なんか不味くなってない? この空気……)

笑顔を保ったままで、ミレイの奥で何か不安な感じが身体中を流れる。



「ちょっと、どうしたんですか……。いきなり大声なんか出しちゃって」

 その轟きに、一瞬ミレイは何かしらの恐怖を感じ、言葉が詰まるのを感じたが、それで怯んでいてはハンターとしての言い合いに負けてしまうと想い、ミレイはその高ぶった感情を抑えるつもりなのだろうか、先ほどよりも声を多少小さくして、それでも引き下がらずに訊ねる。



「お前、ハンターの世界、なめてるよな? ここら辺のクエストってのはなぁ、初心者に講義しながらやってられるほど甘くねぇんだよ」
「そうだぜ、教えてる間に死んじまったら損すんのはお前らなんだぜ」
「友達だって気持ちは分からんでは無いが、そうやって甘やかしてたらそいつらの為になんねぇぜ」

 最初の男に続いて、次から次へとミレイに畳み掛けるような台詞がやってくる。ミレイの説得では、アビス達は認めてもらえないのだろうか。



「おい、ミレイ……。ちょっと空気やばくないか?」

 酒場の様子に何だか怒りが篭もってきたような雰囲気を察知したアビスは、ミレイの耳元でその事を小さく伝える。



「大丈夫、多分もうすぐ終わるから……。いえいえ! なめてるなんてとんでもございません! いざって事になったらこいつらなんてさっさと無視して先行きますよ〜! だから損も何も無い……」
「そんな気持ちだったらなぁ! もうハンターなんか辞めちまえ!」

 どこの席の男が言ったかはミレイには分からないが、遂にと言った所だろうか、まるで諦めたかのような、そんな罵声が酒場に響いた。



「ちょっ、なんて事言うんですか!?」

 突然のそのハンターにとってはプライドを捨てるに等しいような、その発言に、ミレイはどこか苛立ちを覚え、敬意を払いながらも、怒鳴るとまでは行かないが、声を荒げた。

「怒鳴るのも無理無いと思うぜお前さんよぉ。たかが友達って言うえんがあるだけで、このハンターの世界やってけるって思ってたら間違いなんだぜ。弱い奴にそんな友情とか言う思いやりなんか気遣ってたらなぁ、狩猟の最中に絶対重荷になって、命落とす事になるぜ」

 先ほど怒鳴ってきた男とは別の男が、どこか、ミレイを助けるような、説得力の篭もった説明を、優しげに言葉にした。だが、内容には優しさ等微塵も含まれておらず、その優しい口調とは言え、四人がそれを素直に受け取る事は無かったが。

 それを聞いたミレイは、突然俯き出し、声も全く出さず、黙り込む。



「やっと分かったかい、お嬢ちゃんよぉ。ひよっこども連れてったら、必ずお嬢ちゃんらも死ぬ。これだけは確実だ。そこの赤い格好したお嬢ちゃんも、やめとけ。さっきからお嬢ちゃんの事見てはしゃいでたろ? その二人。皆黙ってたように見えてたけど、全員見てたんだぞ。随分といい気なもんだぜ」

 今まではミレイに対してハンター達は色々と言い飛ばしていたが、突然その標的が赤殻蟹せっかくかいの武具を纏っているクリスへと変わり、向けられた少女は軽く俯きながらきょろきょろし出すが、これ以上アビス達が馬鹿にされてはならないと、多少子供っぽさを残しているのが事実ではあるものの、でも決してハンターに相応しくない資質では無い事を勇気を持って口に出し、男達に歯向かう。

「そんな事じゃないんです! アビス君達はただ挨拶したかっただけなんです! はしゃぐなんて……そう言う意味じゃないんです!」

 それを聞いたアビスとスキッドは、自分達の行いに対する羞恥心を感じたが、何故かそれに対する反論は出来なかった。寧ろクリスに自分達を守ってもらっているような、少し申し訳無い気分が生まれた。


「いいんだぜ、庇わなくたって。さっきまではずっとそのガキどもにペース合わせてたんだろうけど、んだろうけど、ホントはやだったんだろ? そいつらのしつこい接触ってやつに。やならやだってハッキリ言っちまえよなぁ」

 クリスは必死にアビス達を庇おうと男の言い分を取り消そうとするが、男は再び口を開く。表面だけ澄ました顔をしていても、きっと裏ではうっとおしく思っているだろうと男は読み、クリスの代わりにとでも言うかのように、溜息を吐いた。


「……クリス、お前ホントにそんな事……」
「いやいやそんな事無いよ! 違うの! 勝手に決め付けられただけだから!」

 男の言った内容は、スキッドにとっては正しいものだったかもしれない。今更のように思い知ったスキッドは知らぬ間に初めて出会った少女に何かしらの不愉快な思いをさせていたのかもしれないと思い、クリスに恐る恐る本音を聞こうと、さき程まで炸裂させていたテンションからは想像も出来ないような、小さい声で訊ねる。

 しかし、クリスの出した答えは男が出したものとは一致する事は無かった。多少煩いと言うのは正しいかもしれないが、それでもスキッドに対して嫌悪感を抱く事は無かったし、煙たい存在だとも全く思っていない。そして何より男の言い方はいくら何でも酷過ぎる。両手を顔の前で強く振りながら男の言い分を完全否定する。

 そしてクリスは再び口を開き、今度は大勢のハンター達の方に向きなおし、どこに今喋った男がいるか分からないが、その方向を向いたままどこにいるか分からない男に伝える。


「私はそんなやな顔なんてする気ありません! 勝手に決めつけたり、後友達の悪口言うのやめて下さい!」

 だが、男に納得させるに至る事は無かった。

「はぁ……そいつらはなぁ、まだ精神年齢も、ハンターとしての実力もまだまだ幼いんだよ。ただ可愛いお嬢ちゃんがいるから一緒に行こうみたいな、そんなふざけた気持ちじゃあとてもおれ達は納得行かないねぇ。普通なぁ、ハンターの世界だったらなぁ、女の子でも多少は対抗するって意識持ってなけりゃあやってられないんだぞ。鬱陶しい男が近寄ってきたらちょっとぐらい殴って追っ払うぐらいの勇気無いと駄目ってもんだろう。そこの青い奴もホントだったら今頃殴られて狩猟行く前に病院送りになってただろうに、ホントにとことん悪運の強い奴らだぜ。ホントは赤いお嬢ちゃんだって殴ってやりたかったんだろうけど、怖くて殴れない、そうだろ? 全く情けねぇぜ」

 男はクリスの言い分に溜息を吐いた後、再び口を開き、口調による威圧感は殆ど感じられないものの、その内容は、アビスとスキッドを絶望のどん底に陥れるには充分だった。

 通常ハンターと言えば、血の気が多く、男性は勿論、女性も例外では無い場合が多い。体力に優れたその職業の者達ならば、しつこく迫ってくる異性、特に男性が女性に纏わりついてくる場合が殆どかもしれないが、暴力で突き放す事は容易であろう。普段は人間の数倍の力を持つ飛竜相手に戦っている連中だ。同じ人間同士とのやりあい等、どうとした事は無いであろう。




「いえ……そんな事は……無いです……」

 クリスは決して少年二人を否定しようとは思わない。クリスにはハンターと言う強大な力を持つ飛竜に立ち向かう勇気と言う強い精神はあっても、相手を言葉や威圧感で叩きのめすような鬼のような精神は持っていない。だが、そんな小さな呟きがハンター達に届くはずは無かった。

「あの〜、すいませんが、こっちはちょっと急いでるんで、邪魔しないでもらえますか?」

 黙っていたミレイは、突然、顔を下に向けたまま、その閉じていた口を再び開いた。目元は見えないが、口元はどこか笑っているように見える。



「おい、何だって? こっちは心配してやってるってんのに、何だよ、邪魔って」

 ミレイの態度に腹を立てたのか、性格の荒そうな男が、眉間に皺を寄せる。

「こっちは緊急クエスト受けてるんで〜、早く行かないととんでもない事になっちゃうんですよ〜」

 ミレイのその声は、まだどこか友好的ではあるものの、低く、やや苛立ちを覚えたような、そんな気分を感じさせる。しかし、まだ下を向いたままだ。



「お前、なんか怒ってねぇか? だったらこっちもそれなりの対応……」

 その時だった。突然ミレイは顔を上げ、そして、騒がしさを保っていた酒場の内部を一瞬にして沈黙の世界に変貌させるような発言を飛ばしたのは。

「だから邪魔すんな!! ってんの分かんない訳!? さっきから随分好き放題言ってくれるわね!!」

 ハンター達のしつこさに遂に溜まりに溜まった怒りが理性を崩壊させ、ミレイはいつもの少女らしさを半分捨てたかのように怒鳴り、量拳を握りながら、数歩、ハンター達の座っているテーブルの方へと踏み込む。



「なんだとコラ! てめぇ何偉そうな事ほざいてんだこの野郎!」

 ミレイの怒鳴り声に対抗してなのか、それとも自分達の意見を、まだまだ子供なのに認めようとしないからか、ハンター達の方にも同じような怒りが込み上げてくるのを感じたのである。

 男の一人が、椅子から立ち上がり、その場でテーブルに乱暴に掌を叩きつけながら、ミレイを睨みつける。



「おい、ミレイ、だからそろそろ……」
「待って、もうすぐ終わるから」

 アビスは再びミレイに喋りかけるが、ミレイはアビスに右手を差し出して、怒りに溢れた感情を抑え、平常の感情に戻しながら、黙らせる。そして、再びハンター達の方へ向きなおし、そして反論する。



「悪いけど、こっちはホントに能無しかどうか見切れないくらいバカじゃないから! 一回ずつ突っ掛かって来んのやめてくれる!? それになんかアビスとスキッドの事ただの女たらしだみたいな事好き放題言ってるみたいだけど、あんたらだって充分同類だからね!」

 殆ど発達していない胸を張り、ミレイは全く怯まずにハンター達に対抗する。決してミレイも、アビス達が全くの無力者である事を理由に教育しに行く為に連れて行く訳では無い。実力を認めての事だ。

 そして、アビスやスキッドがミレイの友人であるクリスに対してのやりとりに対しても酷く批評を受けた事にも腹を立てていたミレイはそれについてもその威圧的なものに変貌させた口調を全く緩めずに言及する。


「ああ? なんだよ、同類って。俺らが何したって?」
「言ってみろよ。聞いてやろうじゃんかよ」
「どうせ哀れな少年二人を守ろうって魂胆だろう」

 まるで惚けたかのように、怒りによってやや怖い印象を持った口調で、そのミレイの話をさらに詳しく聞こうとする。


「別に悪あがきなんてする気無いわよ。この前、そうね、確か五日ぐらい前か、一角獣の装備の女の子見てあんたら、すっごい変な顔してたわよね。鼻の下伸ばして、なんか隣同士で変な噂話したり、変なとこ見てニタニタしたり、あんたらも充分同類じゃない。いい年して何なんであんな幼い子を標的にすんのやら……。確かにまだちょっと若いのもここにはいるかもしれないけど、どうせ中年どもだっていんでしょ? 結局あんたらも、そうね、特に中年チームはもうその時点でロリコン決定よ! ロ、リ、コ、ン!」

 ミレイは決してただ男達の言い分を聞きたくないと言う単純な理由だけでは無く、自分達の事を棚に上げてべらべらと好き放題言い放ってくる男達に対するに相応しいものを持っているからこそ、このような文字通り喧嘩を売るような苦言を乱暴に飛ばしたのである。

 男達は先ほどアビスやスキッド、恐らくはスキッドの騒ぎが周囲の視線を集めたのは間違い無いとは思うが、クリスを相手にあれだけのテンションで騒いでいた事に対してそれがこれから狩猟へ赴く者の緊張感なのかと、それをマイナス的な要素として捉えていたが、それはミレイの台詞によって悉く相殺される。

 以前、男達は非常に珍しい一角獣の発光する皮や角の素材から作られた防具、その防具は甲殻や鱗等による物理的な防御では無く、皮が持つ電撃のオーラによる特殊な波動で衝撃を受け流すと言う極めて異質な性能を備えており、その水着のような皮膚の露出に対し、非常に信頼性の高い防御力を誇っている。

 だが、防御面で信頼度が高いとは言え、露出と言う部分は、男達にとっては嫌らしい目を向けずにはいられず、人間相手にするとある意味では最も危険な装備とされている。

 それを踏まえてなのか、ミレイはそのようなとても威圧的な風貌を兼ね備えた男達に言えないような、いや、言う勇気すら沸かないであろう恐るべき単語を口に出し、座っている者達を上から見下ろすような目つきを飛ばす。

 それを聞いたスキッドはミレイから一角獣装備の話をもっと詳しく聞こうと一瞬だけ思うも、雰囲気が非常に重苦しい為、敢えて黙っていた。



「なんだぁ、そんな昔の事じゃねぇかよ。俺らが言ってんのはなぁ、やる事もやんねぇでデレデレしてんじゃねぇよバーカ! って意味だよこの能無しの嬢ちゃんよぉ」

 男達は一角獣装備の女の子は覚えているのだろうが、昔の話に興味の無い男はまるで恥ずかしがる様子も見せず、開き直って逆に罵られる。僅かばかりミレイまでもがアビス達同様、下種扱いされたような雰囲気が飛んだ。



「おいおい、もう嬢ちゃん呼ばわりする必要ねぇんじゃねぇか? あんなクソガキども相手に無駄に庇うような奴だぜ。もうクソ尼でいいだろ? はっはっは!」
「そうだなぁ! 折角今まではなかなかの腕前だって思ってたのに、もう駄目だな! あんなのただのカスだよなぁ! もう雌豚だ雌豚! よく見りゃあ意外とブスだったりしてなぁ! そっちの赤い方もなぁ! はははは!!」

 ミレイに対する下落的評価がエスカレートし、遂には侮辱的内容へと変貌し、男達、酒場の内部は嫌らしい大笑いで包まれてしまう。おまけにクリスまでもが標的にされ、事態は更に悪化する。



「遂にぜんっぜん関係無いとこに路線変更ですか!? ってまああたしも関係無い話したからそこんとこはどうだ? って話になんだろうけど……ホントいい加減してもらえますか!? しかもなんかクリスまで変な扱いしてるみたいだし! そろそろこっちも本気でやらせてもらうわよ!」

 女の子にとっては、非常に心に突き刺さり、尚且つ時と場合によっては永久に癒える事の無い深い傷を負いかねないような台詞を平然とぶつけられ、おまけに大笑いまでされる始末だ。ミレイも元々怒りを炸裂させかけていたが、この台詞で遂に我慢の限界に達し、最初の方ではまだ何とか敬語で行っていたが、終わり際になった時には既に敬意等忘れてしまっている。

 クリスはそれを言われて何を思っているのかは分からないが、口には出さなくても心の中では非常に不愉快且つ恐ろしい思いをしている事には間違いは無いだろう。

 だが、少なくともスキッド、アビスも勿論だとは思われるが、ミレイとクリスをブスだとは思わないだろう。


「なんだとコラ! お前がさっきからおれらに歯向かってくるからじゃねえか! てめぇ女だからって調子こいでたら……」

 男の一人が背中に背負っている大剣の柄を握りながら椅子から立ち上がろうとすると、それよりも速く、ミレイは背中に背負っていた弓を取り出し、そして藤頭から折れて畳まれている部分を開き、そして左手には黄色い甲殻をいくつも繋ぎ合わせたような大型の弓を左手に、矢を右手に一本だけ持った。



「ってお前、何する気だ? こんなとこでそんな事したら、どうなるか……」
「分かってるわよ。こっちも本気なんだから、さっさと座ってちょうだい。雌豚とか、ブスとか好き放題言ってくれたみたいだけど、あたしらそんな称号必要無いから。ってかそれ以前に言われた方がどんな気持ちになるか、考えてみたらどう?」

 男に続くように、ミレイは怒鳴らずに、声を低くしながら答えた。矢の筈の部分を弓の弦に乗せ、徐々に引いていく。ミレイのその行為は、ある意味脅迫とも言える、恐ろしいものだ。



「……てめぇ! 調子こいでたら殺す……!」

 男は怒りが爆発し、一瞬座るような動作を見せたものの、再び力強く立ち上がり、背中の大剣の柄に手をかけながら自分の席を離れようとした時だった。







―――――バリィーン!!―――――
――――――ストン……――――――







 風を斬る音を鋭く響かせながら、一直線に他のハンター達の間を見事に通り抜け、そしてその例の大剣に手をかけたハンターのテーブルの料理の盛られた皿に矢が射られたのである。射られた料理は見事に砕け散り、そしてその矢も木造のテーブルに深く突き刺さった。

 もしこれがボウガンであれば、聴覚的にも刺激の残る銃声と共に、更なる威圧感を与えられたかもしれないが、男を得物を使って黙らせるには、これで充分だ。距離的にも、大剣よりも弓が圧倒的に有利だ。少女の照準には狂いが無く、これは明らかに狙って料理を狙ったに違い無い。

  因みに、今のミレイには相手がボウガンで攻めてきた時はどうするかと言う対処法は一切考えていなかったが、そんな危険を物ともしないような迫力で男達に対抗する。



「殺す……ですか? 仲間でも何でも無い奴がよくそんな事言えたものですよね……。勝手にあたしらの話に口挟んできて……」

 ミレイは、左手に持った弓をゆっくりと降ろし、そしてハンター達に体を斜めに見せるような体勢で、小さく、でもハンター達に聞こえるほどの音量で、威圧的な口調で口に出す。

「ミレイ……?」

 その異様な様子にスキッドはミレイの正面に立ってでも止めようと思ったが、何故か体が動こうとしなかった。一瞬この少女におぞましい恐怖を覚えたのだろうか。今、本来ならば飛竜に向けるべきであろうその武器を、一般のハンターに向け、しかも攻撃まで実際におこなったのだから。



「おい……こんな事してただで済むと思って……」

 今攻撃されそうになったハンターがどこか震えたような声でミレイに言うも、ミレイはそれを無視する。

「さっきからアビスとスキッドの事さあ、弱いだのクズだのって好き放題言ってくれてたみたいですけど……、実際に戦ってるとこも見た事無いような奴が何言ってんですか……? 強いか弱いかは仲間のあたしらが決める事ですから、一回ずつ口出ししないでくれますか……? 後、女の子相手に多少デレデレしたとこで、それが強い弱いの判別になるんですか……? 自分の事棚に上げてばんばん言ってくんの、やめた方がいいですよ……」

 ミレイは未だに斜めに体を見せるような体勢で下を向いたまま、低くなった声で、何かを堪えているかのように、今まで自分達を侮辱してきた男達に歯向かった。



「なんだお前。自分の立場分かってねぇみてぇじゃねぇか。クズにクズって言って……」

 ミレイの俯いたままの対抗に怯まない男の一人が一度舌打ちをした後、再び少女に言葉で叩きのめそうとしたその時だ。突然ミレイが再び怒鳴り声を上げたのは。

「だからうぜぇってんの分かんない訳!? マジでうざいからもう突っかかってくんなってんのよ!!」

 一瞬だけ少女と言う立場を捨てたような暴言を放ち、その言葉と、表情で無理矢理突き飛ばそうとする。



 まるで殺意に満ちたような、その普段のハイトーンの声からは想像も出来ないような、低く、怒りの篭もった声で表した苛立ちを、酒場のハンター全員に言い放つ。その時の表情や眼つきも恐ろしいものだった。

 緑色の前髪によって目元が影で暗くなるような感覚を覚えさせ、その中で、まるで空腹によって死の一歩手前の状態に陥っている飛竜が獲物を見つけた時のような、非常に殺意の篭もった鋭く、威圧的な青く、そして恐ろしい瞳が光るように映り、それがハンター達を非常に鋭く睨みつけている。

 食いしばった歯はまるで牙獣の牙を思わせるような、非常に鋭利な錯覚すら覚えさせた。

 そして、その恐ろしい鬼神のような風貌を思わせる顔つきを全く崩さず、再び怒りと憎悪の満ち溢れたオーラが纏われた暴言を突き飛ばす。



「こっちは大事な仲間助けに行くってのに時間無駄にしてらんないのよ!! 勝手にあたしの仲間過小評価したら、今度は外さないからね!! ちょっと大人だからって好き放題言ってくんのやめてくれる!? あんたらが何言ってこようがこっちは死ぬ気なんてちっとも無いから!!」

 もし次何か少女に対抗するような事を口走れば、本当にこの少女は、ハンターとして心の内に持っているかもしれない、粗暴な本性を露にしてしまうかもしれない。

 アビスやスキッドもそのミレイの本気の出した抵抗に、支援する気力すら奪われてしまう。

「……ふん、分かったぜ。死にたきゃ勝手に死ね。お前らの事なんか知らねぇよ」

 男は諦めたように、少女から視線を逸らし、同じテーブルに座っている者達と、再び会話に戻り始めた。



 それを見て、ようやく狩猟に出れると思ったのか、ミレイは安堵の為か、突然その殺意の篭もった目を崩し、そして未だミレイの方を見ているハンター達に、こう伝えた。

「はい! それじゃ、そうさせて頂きま〜す!」

 ミレイは突然にこやかになり、弓を折り畳みながら、明るい声で酒場に響かせた後、背中にその弓を背負った。

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