「ってかさぁ、ちゃんとおれら洞窟の方に向かってんだろうなぁ?」

 樽爆弾の入ったザックを何とか肩から下げ続けているスキッドは突然、本当に目的地の方向へと歩いているのか不安になり、クリスに少し笑ったような顔を作りながら聞いた。

「うん大丈夫なはず。ちゃんと地図見て歩いてるから。でももうすぐよ。そこに到着したらまずは……」
「洞窟爆破! だろ?」

 両手で地図を持ちながらクリスは、森とも呼べる木々の非常に密集したその場所で、既に目的地は間近だと言う事をスキッドに伝える。

 それを聞いたスキッドは、真っ先にやるべき事、洞窟の入口を破壊し、内部に茂っている猛毒草を採取出来ないようにする事を、即座に実行しようと言わんばかりの張り切った声をあげるも、即座にクリスに止められる。





――スキッドとクリスの役割ミッション それは、洞窟の入り口の爆砕クロージングゲート――



丘の中心部に聳える洞窟。その中に叢生そうせいする猛毒草ジャガーヘッド。それらの撲滅こそがこの二人スキッドとクリスの使命。

その願いを叶えてくれる兵器を、今二人は所持している。それは、樽爆弾である。小型ではあるが、入口を塞ぐ破壊するには充分な威力パワーを備えている。

入口を封印するのは容易い事ではある。だが……その前に……





「ああ違う違う! 違うの。まずは中に入ってバウダー君とダギ君がいるかどうか調べてから。ひょっとしたらその中で何かあったって事も考えられるから、まずは探索から。いきなり壊しちゃったら閉じ込められちゃうじゃん」

 慌てるように、クリスはスキッドの即席な実行を止めた後、まず初めにしなければいけない事を、その慌てた心を落ち着かせ、ゆったりと教える。

「なるほどなぁ、さっすがはクリスだ。可愛いだけじゃなくて頭もいいんだなぁ〜」

「あ、う……うん、そうかな……、ありがと、ははは……」

 クリスとしては、対して考えた訳では無く、当たり前の事を言ったつもりだったのだが、スキッドにその意見、そして、ほぼ無関係な容姿の事まで誉められ、どこか気まずそうな雰囲気で頷いた。相変わらずスキッドはテンションが高いと、心で思う。

 森林の奥を進むと、やがて、木々の全く生えていない荒野が現れ、そして、その中央には、例の巨大な洞窟が口を開いていた。そこには、目的の人物がいるかも分からないが、入らない事には何も分からない。二人は、その中へと足を運んでいく。



猛毒満ちた草花の洞窟ケイブ・イン・ザ・ヴェノム



猛毒草ジャガーヘッドの茂る多少の冥暗の残す洞窟。
入口は、モンスターの進入を容易く許可し、そして帰る者に狂気と混沌を授与する。

毒に侵された凶暴化した飛竜の相手をするのは、自殺に等しい。≫









「さてと、ホントにいんのかぁ? あの二人。お〜いっ! 誰かいんのか〜! いたら返事ぐらいしろっつうの〜!」

 スキッドはその洞窟の中で、クリスより前を歩きながら、その二人がいるかどうかも分からない空間の中で、大声で呼びかける。洞窟内部の灰色をした岩の壁により、激しく声が木霊する。

 内部は薄暗く、入り口から入る太陽光により、入り口周辺はまだ明るいものの、その奥は、発光性の鉱石等がその洞窟内部をやや明るく照らしてくれている。無論、奥に行けばそれだけ光の強さも弱まっているのが分かる。

「いてくれたらすぐに作業に取り掛かれるんだけど……いるかなぁ?」

 スキッドの後ろで、すぐに見つかればと願うクリス。だが、ここにいると言う事は断定は出来ない。もし奥まで進んで、誰もいなければ即座に実行と言う形にはなるが、一方通行かどうかも分からないこの洞窟では、探し回るだけでは効率は悪く、直接呼びかけると言う考えは決して悪いものでは無いだろうと、それをただ見守る。



「いるかなぁ? じゃなくていてくんないと困るだろ? いなかったら入り口爆破即行やっちゃうよ、おれ。でももしいなかったらどこ行っちゃったんだろ、って話にもなるけどな」

 後ろから聞いてきたクリスの方向を振り向き、スキッドはいなければ即実行、そして、いなかった場合はどうなるだろうかと、答える。今回の目的は洞窟の入口を再び封鎖する事だけでは無く、あの二人の救助もある。見つけ出さなければ意味が無い。

「ここにいなかったら多分怪鳥の方にいるのかなぁ?」

 この丘での注目すべき場所としては、この大洞窟か、或いは、怪鳥の住み着くエリアか、どちらかだろう。そのどちらかで二人が戻って来れなくなったのだろうから、ここにいなければ、怪鳥の場所、今アビスとミレイの向かっている方にいるとも考えられる。

 クリスは、洞窟の入り口の方にその水色の視線を送りながら、スキッドに言った。



「だよなぁ、よっしゃ、ちょっとおれ奥まで突っ走ってくっからさぁ、これ、持っててくれ!」

「あっ! ちょっと待っ……!」

 スキッドは突然クリスに、樽爆弾の入ったザックをクリスの体に押し付けるように渡し、クリスの返事もろくに待たないまま、洞窟の奥へと全力疾走で走り去ってしまった。





――爆破の障害となるのは、これから助けるべき人物バウダー・ノインとダギ・ゲロニーオ――



最終任務は、洞窟を塞ぐ事。これだけが二人の任務ミッション。だが、妨げはその二人がいるかどうか。確認が無ければ破壊は不可能だ。
だからこそ、スキッドはその障害を出来るだけ早く確認、除去したい為に、疾走する。

パートナークリスを置いて……





「あぁんもう……。迷子になったらどうするのぉ?」

 流石のクリスも、決断力の速さと、後先を考えないその危なっかしい行動ぶりが何らかの気持ちの変化を及ぼしたのか、肩の力を落として少し体を前に落としながら、溜息を吐いてしまう。

 数秒、駆け抜けるスキッドの後姿を眺めた後、自分も早く追いかけなければと思い、クリスも洞窟内部の通路を駆け抜けようと、足を動かそうとするが、何やら背後に違和感を感じ、その足を止めたままの状態で、背後の違和感に神経を集中させる。

(誰? まさか、アビス君とミレイって事は無いよね……じゃあ、バウダー君とダギ君……?)

 もしここに別の人間がいるとすれば、その四人、今は怪鳥と戦っているであろう二人、そして、救出すべき二人。その人間達しか思い浮かばず、一瞬だけ安堵感を表そうとするも、その背後から微かに聞こえる声が、その四人の内の誰かだと言う期待を崩れさせる。

 その声は、男の声であった為に、ミレイである確率は完全に無くなった。そして、アビスの場合は声は男性として低めな音程ではあるものの、どこか気弱そうな印象を与えるものである。

 バウダーとダギは男だと、予めミレイから聞かされているものの、実際にその声は聞いた事が無い為、どんな声かは分からないが、どこか中年以上の年齢を感じさせるような、やや凄みのある声が、しかもそれが複数聞こえ、バウダー達のものだと言う考えも、どこか正しいとは思えなくなってしまう。















――誰? ホントに……誰?――















 一瞬鳥肌が立つような恐怖に襲われたクリスは、すぐにスキッドを呼び止め、共に逃げようとも考えたが、スキッドは相当遠方まで行ってしまっている上、距離を考えるとスキッドに危険を知らせて逃げるのは不可能に近い。道はほぼ一本道であり、普通に通っていては、確実に捕まるのがオチである。








――タン……タン……タン……タン……――








 徐々に、背後から迫る怪しい足音が近くなってくる。














――迫ってくる雰囲気は確実に温もりのあるものでは無く、威圧的な雰囲気だ。とても仲間のものとは思えない……――












(アビス君達……じゃない……! どうしよ……)










――直接姿を見られたら殺されるかもしれない……――










 今、クリスにとっての最善の手段は、数個、立った岩の陰に隠れる事だった。急いで周囲を見回すと、丁度自分の体を外から隠してくれそうな、隙間の殆ど見えない岩の密集地帯がある事に気付き、即座に身長より少し高い岩を軽々と登り、そして隙間に上から入り込み、そして僅かな隙間から、その怪しい人物が通り過ぎるのを待ったのである。

 クリス達が通った道は確かに一本道ではあったが、ある程度曲がりくねっていた為、直接クリス達の姿は見られていないと言う保証は出来る。だが、あれだけ大声を出したスキッドがいたのだから、背後からやってくる連中から見れば、既に洞窟内部に誰かがいると言う事は既に知られた可能性は非常に高い。

 そして、しばらく待つ事十数秒、やがて、その怪しい男達はクリスの目の前を平然と横切り、何かを話していたが、クリスはそれより先に、その男達の外見的な特徴に、一瞬驚きの表情をあらわした。

 先頭に立つ男の後ろに付く二人の男は、どちらも火竜と呼ばれる飛竜の赤い甲殻から作られる防具を纏っており、背中にはどちらも鉛色の特に何も特徴の無い巨大な剣、大剣を背負っている。

 そしてその先頭を歩く男は、とてもハンターとは思えないような服装ではあるが、威圧感は後ろの火竜の装備をした男達に負けないものが感じられたのである。




――まるでその強靭な筋肉を他者にアピールするかのようにも見えるタンクトップ。
その曝け出された黒い皮膚の二の腕は、クリスの細めの太腿の太さを軽々と上回る。
まるで筋肉そのものが防具の役割を持っているような強靭な肉体。――



下半身も、ズボンによって直接窺い知る事は出来ないものの、強靭な上半身と並んで下半身も強靭である事は間違い無い。

そして、筋肉によって見事に太いその首の上にある厳つく、凶暴な一面を軽々と想像出来るような強面。
短めに切り揃えられた焦げ茶の髪。
身長は後ろの二人より頭一つ分は大きく、筋肉で覆われた肉体と重なり、非常に威圧的な雰囲気が漂う。
普通の少女ならば、それを見ただけで泣いて逃げ出すに違い無い。


謎の装備品バイオレンスアームズ


両腕に装着している銀色の何か金属質な篭手のような物も、この男の異質な雰囲気を感じ取れる。
それは肱部分までを覆っており、そして、手の甲及び指の部分には、リボルバーのような、底の浅い装置が取り付けてあり、それらはそれぞれ腕部分に装着されている角ばった黒い光沢を放つ装置から、チューブのような物で繋がれている。
それは果たして武器なのか、それは今のクリスには分からないが、兎に角只者では無い事は確かである。





 その男達が向かっている先は、スキッドの走り去った方向である。

「さっきあっちでガキのような声、聞こえたよな?」

 先頭を歩く黒人の巨大な男は、後ろに付く男の内の右側にいる方へ顔を向け、訊ねる。

「はい、確かにこの中でやたらと大声で騒いでた者が」

 一度軽く頷き、洞窟の奥へ指を差しながら、答える。



「まさかジャガーヘッドが目的なのか。邪魔者が出たか……」

 先頭の男は、恐らくは、洞窟に侵入した少年は、ここに生息するジャガーヘッドこと、猛毒草が目的だと悟り、その元々細い目を、更に細める。

「つい最近も現れましたからね。愚か者二人。今は奥で捕縛していますが、あの侵入者が解いてしまう可能性がありますね。少しお急ぎになられた方が宜しいかと……」

 左側を歩く男が、先頭を歩く男に催促する。恐らくは、その二人とは、今回の救出すべき対象であるのは、クリスにも容易に想像がついたが、問題はどうやってこの場を切り抜けるかだ。

 男達はクリスの隠れている岩場を通り抜け、やがて、そのクリスに届く話し声も徐々に小さくなっていく。








――謎の連中男達は、今スキッドの方向へ向かっている……――








(どうしよ……スキッド君……!)

 下手をすればスキッドはあの連中に殺されてしまうかもしれない。折角始めて出会った仲間がこんなにあっさりと死を迎えてしまう事だけはなんとしても避けたかった。

 今、この場でスキッド達を助けられるのは、クリスしかいない。しかし、洞窟は今知っている範囲では一本道。あの先にはひょっとしたら分かれ道があるかもしれないが、そんな確信は出来る保証が無い。











――だが、どうやって助ける? 謎の連中男ども相手にクリス一人で立ち向かえるか?――











(何とかしなきゃ……! でも……)

 クリスの頭では、今焦りの気持ちでいっぱいになってしまっており、どうすれば良いか、なかなか思いつかず、ただ時間ばかりが迫る。

 やはり、思い切った行動がここでは必要とされるのだろうか。

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