突然の人間の気配を感じ取った怪鳥は、突然その鳥のような嘴を携えた頭部をきょろきょろさせ、周囲に何か自分を汚すような邪魔者がいないかを見渡す。

――ダレカキタノカ?――

 その気配は、単なる感覚では無く、確かに誰かが自分の周辺で刃を閃かせており、そして、その誰かと言う存在ハンターも、意図的に怪鳥に敵対心を持っており、その証拠として、今、二つの影が、近づいてきているのが、音だけで無く、眼で見ても分かるようである。





「アビス! あいつ、結構凶暴化してるっぽいわよ! 気ぃ抜かないでね!」

 弓を左手に、右手に矢を持ちながら怪鳥へと向かうミレイは、すぐ隣を走るアビスに、怪鳥の口元から火が軽く噴射されている様子を見ながら、伝える。





――凶暴化。それは、ハンターに対する脅威アグレッシブテラー――



怪鳥は怒っている場合、口元から炎をちらつかせる習性があり、その際は雰囲気通り、暴れ回るのは当然であり、またその攻撃の破壊力もより暴力的になる為、非常に近寄り難い印象を受ける事になる。
通常ならば、怒りが収まってから戦いたいものではあるが、今回は例の猛毒草ジャガーヘッドを食した後であろう、その証拠にただ口元から火をちらつかせているだけでは無く、まるで徹夜でもした研究員のように眼は充血し、その周辺には怒りによって出来た皺が見え隠れしている。更に、その賜物なのか、胴体の一部や翼にも、血管が浮かび上がっている箇所も多く見られる。
普通の怪鳥とは明らかに異なる雰囲気が、その怪鳥からは見て取れる。



「あの毒草の影響なのか!?」

「きっとそうよ!」

 アビスのその質問に、一言で答えると、ミレイは、右手に持った矢を弓の弦に引っ掛け、最初の一撃を牽制と言う意味で、胴体に向かってその鋭い矢を放つ。

 飛竜最弱の座を誇る怪鳥とは言え、飛竜である事に変わりは無く、その発達した堅い甲殻は、その矢の一撃をことごとく防ぐ。

(やっぱまだ無理か……)

 ミレイはそれは当然の結果だと分かっていたかのように、軽くその青い目を細める。





――【下愚なる突撃ステューピッドドライブ】――



ミレイの先ほどの一撃の仕返しとでも言うべきだろうか、怪鳥はやや間抜けと言われかねないような、頭部を左右に降りながら、そして左右に空気に触れると燃焼する液体を吐き散らしながらアビスとミレイに走り寄ってくる。
その巨体で相手を轢き殺し、運良く回避を成功した相手ハンターには炎の贈り物を捧げる。
押し飛ばされるか、焼き払われるか……



「危ねっ!」
「おっと!」

 アビスは左へ、ミレイは右へと慣れた足取りでその前方の確認をあまりされていないであろう突進を回避し、二人を通り過ぎた怪鳥はその不安定だった足取りから、前のめりに無残にも転げ落ちる。

 ただ転げ落ちるだけならば、怪鳥にとっては痛くも痒くも無い事ではあるが、アビスはその後を追いかけると言う事を忘れなかった。

 剣士の場合、飛竜の動きが止まった所を狙うのを忘れてはいけない。動きが止まった時にしか攻撃出来ないのだから、転倒中に近寄るのはほぼ基本とも言える。

 怪鳥が立ち上がろうとした頃には既にアビスは足元に移動しており、やや細い大木のような脚部を斬りつける。だが、予想外の甲殻の強度に、そのバインドファングでは傷らしい傷はつけられず、逆に攻撃された怪鳥はまるで下等な弱者を見下すような、背後に笑みを浮かべたような鋭い眼差しでアビスを見詰めると、その邪魔者を払いのけようと、鞭のように細い――とは言ってもそれなりの太さを携えた――尻尾をアビス向かって振り飛ばす。



――アシモトデナニシテル?――



――【尻尾による掃討スレンダーロッド】――



細いその尻尾とは言え、油断のならない危険な武器身体の一部。背後を守る付属肢は、周囲に纏わりつく煩い虫ハンターを払いのける。
細さに惑わされると、直撃した際に重症を負うのは免れない。
風を切り裂き、獲物に地面と垂直に襲いかかる。





「うわっ!」

 異様な空気を読み取ったアビスは、咄嗟に軽くしゃがむ事によってやや高い位置を風を切りながら横切る尻尾を回避する。遠方のミレイはその間に、ミレイ自身と怪鳥の間にアビスを挟む形にならぬよう、アビスと逆の場所に駆け足で移動、そして、数本の矢を纏めて弦に引っ掛け、そして一気に胴体の甲殻に傷をつけようと、纏めて鋭い攻撃を発射する。

 その甲殻には多少の傷は入るものの、まだ決定打には程遠い。援護のつもりで放ったその矢は、今度は怪鳥の攻撃対象をその遠距離から攻撃しているハンターに移る事となる。

 怪鳥の足元に立った状態にいるアビスをまずはその黄色い嘴で払い除ける。





――【鋼鉄の嘴ジャイアントビーク】――



嘴はただ食す為だけに付けられた器官スプーンでは無い。人間どもハンターに対しては武器としても利用出来るのだ。
黄色く染まった槌巨大なクチバシを横に振るように目の前の小僧アビスにぶつけ、衝撃を与える。
そのハンマークチバシはあまりにも強大だ。





 突然迫った嘴に、アビスは咄嗟に盾で受け流すも、その反動で多少顔に歪みが現れる。それでもアビスには確認出来たのである。怪鳥はアビス以外の、別の場所を睨みつけている事に。そして、睨み続けて一秒も経たない内にその飛竜としては小柄ながらも、人間から見れば巨体とも言えるその体を、ミレイに向かって走らせる。

「ミレイ! そっち行った……」
「分かってるわ……!」

 アビスに言われなくとも、怪鳥の動きを遠方にいるとは言え、決して目を逸らさず見ていたミレイにとっては既知とも言えた事だ。当たり前だとでも言うかのように返事を荒げた声でする。

 また突進でもしてきたのだろう。ミレイの中ではそう思っており、即座に危険地帯デンジャラスラインである正面からずれた。









――これで一件落着――









――のはずが無い――









――もし一件落着へ済むのなら、怪鳥様怪鳥が素直に突進だけで終わらせてくれなければいけなかった――








――だが……――









――突進状態から咄嗟に急ブレーキのように止まった後……――









 その大きな嘴を真上に振り被り、その反動を使って今度はミレイに立っている地面目掛けて振り下ろす。





――シネ!!――





「きゃっ!」

 怪鳥の最も危険とも、そして、正面にさえ立たなければ安全とも言える、所謂突進でも仕掛けてくるのだろうと、怪鳥の突進方向と垂直に走ろうとしたその時だ。突然怪鳥の動きが止まり、振り下ろされた嘴が草の茂った土に非常に深くめり込み、その土埃と、振り下ろされた際に発生した風圧により、ミレイに軽い悲鳴をあげさせる。





――【顔面押し潰しオーバーウェイトスタンプ】――



その黄色い体の一部巨大なクチバシは、軽々と地面に穴を開ける。地面が土ならば、尚更それは容易い。
体を持ち上げて勢い良く地面に突き刺し、小娘ミレイもろとも巻き込もうと企む。
だが、相手は意外と手強く、なかなか巻き込まれてはくれないようだ。





 その土を掘り起こすほどの迫力から、ミレイは思わず身を投げるように攻撃をかわし、そしてそのまま転がるようにすっと立ち上がる。

 だが、怪鳥の攻撃はまだ終わらない。嘴を持ち上げた怪鳥は再びその嘴をミレイ目掛けて叩き落す。既に立ち上がっているミレイにとって、その嘴を回避する事等、容易い事ではあるが、弓はある程度距離を置いていなければ、大きな威力を期待出来ない。

 常に至近距離状態を保たれていては、矢を射る余裕すら作れない。攻撃を回避出来ても、攻撃が出来なければ、戦いは永遠に終わらない。しつこく近くで嘴を振り下ろされ、ミレイの心には徐々にうっとおしさすら感じられてくる。

「ミレイ! 今助けに行くぞ!」

 だが、アビスから見ればミレイのその様子は絶望的にも等しい。今にも直撃しそうな、嘴の振り下ろし。喰らえば確実に重傷を招くであろうその見て分かるほどの重たい一撃を連続で放つ怪鳥から、早くミレイを解放させようと、全速力で怪鳥に近寄ろうとする。

 ミレイの方では、アビスのその声が聞こえていたかどうかは分からないが、ミレイも一人で窮地を脱出出来ないほど、未熟者では無い。

「あぁ〜! もうしつこいわね!」

 徐々にミレイの内側に溜まっていた怒りが遂に表面に現れ、嘴を背中から地面に落ちるように避けたミレイはその地面に背中がつくまでのほんの僅かな間に即座に矢を構え、持ち上がった嘴目掛けて矢を放つ。





――射られた矢が嘴の下部に見事に命中、突き刺さる――





 怪鳥は嘴に走る激痛に軽く仰け反ると同時にミレイの背中は地面についた。怪鳥が怯んでいる間にミレイは背中に走る軽い痛みを気にする事無くそのまま一度横に軽く転がり、うつ伏せ状態になった後に素早く立ち上がる。

 アビスが辿り着いた頃にはもう既にミレイは怪鳥の執拗な攻撃地獄から解放されており、アビスは怪鳥に正面を向けている彼女に一言声をかけるも、ミレイから軽い笑顔で返される。

「ミレイ、良かった! 何とか助かったみたいだな!」

「当たり前じゃん。これぐらい一人で出来……アビスごめん!」

 咄嗟にミレイは上方から感じた殺気に、アビスに謝罪を投げかけると同時に、怯んでいる怪鳥を目の前にどこか油断した様子を見せる少年を勢い良く突き飛ばし、そして少し遅れてミレイはアビスとは逆方向に飛び込んだ。

 いくら謝ってきたとは言え、突然突き飛ばしてきたミレイに一瞬嫌気を覚えたアビスであったが、その行為の理由は一瞬で理解する事となる。何とか痛みを堪えた怪鳥は、すぐ目の前で互いに喋りあっている愚か者目掛けて火炎液を吐き出したのである。





――【地面焼く炎液ディープレッドブレス】――



空気に触れると燃え上がるその液体は投擲距離は短いが、それでも炎である事には変わりは無く、触れた相手を焼き尽くす。
地面へと着弾と同時に火柱が立ち上がり、地面に焦げの臭いと言う痕跡を残していく。
嘴から生み出されるその火炎液は愚か者ハンター達の接近を拒むのだ。





 ミレイはずっと怪鳥を視界に入れていた為、この危機を察知出来たのだ。ミレイの事ばかり見ていたアビスには、怪鳥のその危険な動作を察知する等、不可能に近かった。

 草の茂る地面、先ほどアビスとミレイの立っていた場所は、火炎液によって軽い炎に包まれる。

「アビス! やっぱこいつ危なっかしいわ! 気ぃつけて!」

「分かった!」

 普段戦ってきた怪鳥とは比べ物にならないくらいの凶暴性を誇る目の前の怪鳥。それを少し離れた所にいるアビスに、ミレイは大声で伝えると、アビスは片手剣バインドファングを持っている方の手をあげて理解したと言う合図を送る。




――ツギコソハアテテヤル!――




 今度こそ火達磨にしてやろうと、怪鳥は再びアビスに向かって火炎液を吐き落とす。今度はアビスは怪鳥からは目を離していなかった為、他者の力を借りず、アビス自身で、後方に飛ぶように、火炎液を避ける。

 そして、ミレイに背中を見せた怪鳥の背後からは、容赦無く矢が降り注ぐ。

「後ろが無防備よ!」

 数本纏まった矢が背中のやや棘棘しい雰囲気を見せる甲殻目掛けて飛んでいく。当たり所が悪かったのか、一瞬怪鳥の動きが止まり、下がった頭目掛けてアビスのバインドファングが勢い良く振られる。



*** ***



「あれ? 君らって、まさか例のあの二人って奴か?」

 巨大洞窟の奥まで辿り着いたスキッドは、岩の柱に縄で縛られた二人のハンターを見つけ、それが、今回のクエストで救助すべき相手であると悟り、少し慣れたような態度で、声をかける。





――この縛られた二人こそ、今回の救助相手――





「あ、あぁ、多分、そうだよ。それより、これ解いてくれないか?」

 怪鳥の装備と言う、桃色のやや刺々しい甲殻で作られた防具を纏った、灰色の目と、ヘルムから食み出た限り無く灰色に近い銀色の髪の男が、今自分達を束縛している縄に目をやりながら、頼み込む。

「早く解いて」

「あ……あぁ、分かったよ……今外すから」

 怪鳥の装備の男のすぐ隣でもう一人のバトル装備と言う、特定の飛竜の素材こそ使っていないものの、角鹿の皮や青鳥竜の鱗等の安価な素材で作られた、バトル装備の男の声を聞くなり、突然スキッドは一瞬苦笑いをしながらも、何とか表に出そうになった本音を押し殺しながら、懐に閉まっている剥ぎ取りナイフを取り出そうとする。





――怪鳥装備の男の声、及び外見は至って普通の十代後半の男性ではあるのだが……――





――バトル装備の男の容姿及び声色は、スキッドを苦笑いさせるには充分な要素を兼ね備えていた……――



声帯に何か問題でもあるかどうかは分からないが、まるで酒で酔ったオヤジのような、何だか歪んだような聞き取り辛い声色。
とても美声とは言い難く、ましてや男前な声とも言い難い。
容姿もスキッドにとってはどうも好きになれないものだった。触る気は一切無いだろうが、もし触れば確実にざらざらするであろう細かい鬚が点在する面。
無駄に広がった鼻、そして、殆ど強さの感じられない、細い黒い目。どこか中年の男性をそのまま表現したような、そんなハンター……

一応ミレイからは自分達スキッド達と大体同い年だと伝えられていたが、疑り深い……





 すぐに解くように喋ってきた時に口元から覗かせた並びの悪い黄ばんだ歯も、スキッドに嫌な感情を与える事になる。直接はまず有り得ないだろうが、間接でもキス的行為をしたら、スキッドは確実に精神的に殺されてしまうに違いない。

(まいいや、さっさとこれ外しちゃわんとな)

 尚、その男の髪型はヘルムで完全に隠されている為、分からないが、その外見的特徴から、スキッドはあまりそこに期待を寄せはしなかった。

 下らない事に対して自分自身でそれを制御しながら、スキッドは剥ぎ取りナイフを取り出し、縄に刃を接触させる。





――何か、聞こえる……――





 だが、スキッドはそれに気付いていない。





――音が大きくなってくる……――





 そして、スキッドの背後から、凄みのある声が聞こえ始める。

「おい、お前、そこで何してる?」

 突然聞こえたその声に、スキッドは別の誰か、勿論悪意の持った人間では無い者がやってきたと思い、いつものテンションを保ちつつ、後ろを振り向き、答えようとするが、

「ああ、こいつら助けようと……」

 背後からやってきた男達を見た瞬間、スキッドの声が詰まり、そして……



*** ***



(スキッド君……大丈夫かな……)

 クリスは心中で不安の気持ちをいっぱいにしながら、洞窟の奥へと駆け抜ける。男達が過ぎ去った後、どうしようか考えた挙句、まずは奥まで行って現状は確認しておこうと、決心したのである。

 その赤殻蟹せっかくかいの防具の中で、その防具に覆われていない素肌を露出させたその足は、防御面では非常に問題視される所ではあるが、逆に束縛される物が何も無い事によって動きが軽やかになると言う特徴を兼ね備えている。

 単に異性に淫らな欲望を与えたり、防御面での心配を与えるだけでは無く、動作を俊敏にさせる為の配慮なのだ。その証拠として、今は鈍さを全く感じさせない、まるで神速とも呼べるその速度で洞窟の一本道を駆け抜けているのである。その速度は恐らくは先ほどのスキッドの全力疾走に軽々と追い付くものであろう。





――パートナースキッドに対する心配が、この少女クリス精力バイタリティーを増幅させる――



この洞窟はほぼ一方通行である事がクリスの中では確定されている。
確実に今は謎の集団男達に捕まっているに違いない。
単独で立ち向かうのは非常に恐ろしい事である。
だが、仲間ミレイ達を呼びに行っている暇は無い。

ここで逃げれば見殺しにするようなものである。
相手は大切な仲間スキッドである。
何が何でも必ず助けなければ、本人スキッドは当然として、少女クリスにも深い影を落とされるに違いない。





(あれ? あっち、明るい……?)

 洞窟には外の世界へ続く穴は出口とも呼べるかもしれない入り口からしか無いはず。しかし、奥ではどう言う訳か、今まで通ってきた通路よりも遥かに明るい。通路にも何か発光性でも秘めたのだろうかは分からないが、至る所に埋まっている、或いは壁に張り付いている鉱石が光っており、それらが周囲をほんのりと明るく照らしていたが、奥は一段と明るい。

 恐らくはそこに目的の人物が存在するであろうと、クリスは読み、そして元々速く動かしていた足を更に速く動かし、その一段と明るい場所が遂に目の前に迫ると同時に、即座にその足を止め、そして、あれだけの速度で走ってきたのにも関わらず、全く息一つ切らす事無く、岩陰に隠れながら、その可愛らしい水色の瞳を、どこかハンターとして相応しい凛々しさを表すような鋭さを僅かに見せながら、恐る恐るその一段と明るいエリアの様子を覗き見る。





――そこに映っていたのは……――





(あっ! スキッド君!)

 クリスの瞳に映ったのは、蒼鎌蟹そうれんかいのキャップを外され、素顔を露にされたスキッドが別の二人と共に岩の柱に縄で縛れている姿だった。





――その様子に絶望を覚える余裕も与えないかのように、クリスの背後からも、おぞましい悪寒が襲ってくる……――





――それは、声だけでその感覚を覚えさせてくれる――





「おい、お前、そこで何をしてる」

 突然のその別の中年に近い男の声に、クリスはその細い肩を飛び上がらせて驚き、反射的に素早く後ろを振り向くと、その目の前には、火竜の装備を纏った男が持ったボウガンの銃口が映っていた。




――その銃口が意味するものとは……――

前へ 次へ

戻る 〜Lucifer Crow〜

inserted by FC2 system