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門番のように、洞窟の入口の前に立ちはだかっていた火竜は、突然現れたハンターを抹殺しようと、地獄の獄炎で亡き者にすべく、襲い掛かる。
――ホロベ!!――
――【
まずは最初の一撃からである。目の前の
土埃を立て、足音を響かせるその
「おっと、危ない!」
どこか慣れたような顔付きで火竜の突進を回避したクリスは、即座に距離を離していく火竜に走り寄り、転ばずに加速したその体を止めた火竜がクリスのいる背後に顔だけを向け、そして少し遅れて胴体も背後へと向けるが、火竜の視界には、始末すべき少女の姿は無かった。
――ドコイッタ? ン?――
一瞬逃げたのだろうかと、火竜の頭に過ぎるも、それは間違った答えだった。
「たぁああ!!」
火竜の足元で少女の気合の声が響き、同時に左脚部に軽い痛みが走るのを、火竜は感じ取る。
――まずは片手剣が最も狙いやすい箇所を狙う……――
リーチに劣る片手剣でも、確実に照準を定められる部分がある。
それは、常に地面と接触している脚部である。
そこならば、どんなにリーチに劣る
だからこそ……
クリスは身を屈めながら素早く足元へと潜り込み、左脚部に渾身の一撃で斬撃を喰らわせたのである。大木のようなその脚は、完全に機能を奪えるまでに致命傷を負わせたとはとても言い難いが、甲殻に僅かに亀裂を入れ、尚且つ動きを一時的に止められたのは大きな利益だ。
そして、その軽い痛みで一瞬動きを止めてしまった火竜に更に追い討ちをかけるように、クリスは今度は背後に長く、そして太く伸びた尻尾の、全体を見れば僅かに細くなっている中心部目掛けて再び渾身の一撃を上から浴びせる。
――脅威となる
だが、素直に斬らせてくれないのが、
ここでは地道な
「オマケだよ!!」
尻尾の斬り口から軽く血を流させ、そして素早く尻尾の先端側に向かって飛び込むような前転で低い体勢を保ちながら尻尾の射程範囲外まで離れ、そして頭が地面と付いたその時に、両腕を力強く伸ばし、まるで逆立ち状態から腕だけでジャンプをするかのように飛び上がり、そのまま足から綺麗に着地し、そして即座に火竜の方へと向き直す。
丁度尻尾の射程範囲外に逃げた後、恐らくは背後でまだうろうろしているであろうそのハンターを吹っ飛ばそうと、尻尾を振り回すも、その攻撃はただ風を斬るだけで終わってしまう。
クリスも決して馬鹿では無い。出来れば足元でさらに連続で斬撃を仕掛け、そのまま足の機能を奪ってしまいたいと言う気持ちがあるものの、そこにずっと留まれば、確実にその巨体から繰り出される攻撃の餌食となってしまう。
確実に攻撃が迫ってこないその時は斬撃を加え、そして、隙が消滅したと察知した時は素直に距離を取る。クリスはその基本は決して忘れる事は無い。
尻尾を振り回しても意味が無い事に気付いた火竜は、遠方で構えているクリス目掛けて、灼熱の炎をぶつけようと、大きくその首を持ち上げる。
(来る……!)
――【
一般的な人間とほぼ同等の
地面擦れ擦れを飛びながら、そしてその地面の通り道を軽く焦がしながら、
だが、これをクリスは決して見逃す事は無かった。真っ直ぐと、照準を定められたその口先から勢い良く、炎が飛ばされ、口から炎が飛び出されたその瞬間に横に飛び、そして火竜に向かって走り出す。
――避けられた
同時に
炎は非常に強力である反面、吐き出す際も非常に大きな負担が身体にのしかかる。一度大きく息を吸い込み、そして力強く息を炎ごと吐き出す。吐き出した後は必ず動きが止まってしまう欠点も備えている。クリスはそれを逃さず、火竜の顔面目掛けて飛び上がり、その額部分が黒くなった赤い頭部を一端踏み台にする。
それは決して自身の重みで踏み潰そうとした訳では無いし、少女自身の軽い体重に追加された防具の重量程度では飛竜の甲殻を潰せるはずは無い。
炎を放ち、焦げた喉を落ち着かせようと、一呼吸置いている火竜の背中まで一気に走り登り、背中を覆う甲殻と甲殻の隙間目掛けて腰に下げておいた麻痺毒を塗った小型のナイフを渾身の力で真下に向かって突き刺す。
「えぇえいぃ!!」
――
果たして、この刃の意味とは……――
見事に深く刺さってくれた小型のナイフをそのまま放置し、そして再び動き出しそうになった火竜から、左翼を伝ってそのまま地面へと戻っていく。
一瞬、クリスは普通に足元に潜り込んだ際に麻痺毒のナイフを突き刺せば簡単だったと思うも、咄嗟の判断だった為、いちいちそのような過去を気にする必要は無いと、再び目の前の火竜に構えの体勢を向ける。
それよりも寧ろ、背中の方が、これからの事を考えると都合が良かったのかもしれない。脚部に刺せば、その後の片手剣による攻撃でうっかり弾き飛ばしてしまう危険もある為、それならば、普通の狩猟では通常攻撃出来ないような場所に刺し留めて置く方が良いだろう。
背中に軽い痛みを覚えた火竜は、自分の左側に降りた小癪な小娘を吹き飛ばすべく、一度クリスに向かって大型の棘の生えた尻尾を振り飛ばすも、距離を置かれる事により、回避されてしまう。
しかし、火竜はそれで諦めた訳では無い。今度は一気にその巨大な翼で巨体を持ち上げ、空へとその体を浮遊させていく。
――【
そして、
ただ飛ぶだけならば、攻撃が届かないだけで、損傷的な打撃を負う心配は無い。
だが、飛ぶ為に必要な行為。それは、翼を力強く羽ばたかせる事。
それによって生み出される
それは、容易く
「!」
翼を羽ばたかせた事により、クリスにはまるで台風を思わせるような豪風が襲い掛かり、思わず転びそうになるも、素早く左足を後部へと伸ばし、そして左手で剣を持ったまま、地面に生えている草を握り締め、少しでも風に耐えられるよう、踏ん張った。
滞空すれば、地面の上でしか動けない人間相手にも、軽々と勝利出来るだろうと、火竜は空に陣取った状態で足元にいるクリス目掛けて地獄の炎を飛ばした。
「下に行けば!」
真下へと逃げ込む途中、クリスの背後では三度ほど、爆発音が響き渡る。空中にいる場合、火竜の肺呼吸は極めて活発なものとなる。理由は、翼の運動により、肺が活性化するからである。その為に、地上にいる時に比べて非常にテンポ良く火球を放つ事が出来るのである。
最も、それはハンターにとっては脅威以外の何物でも無いのだが。
――背後の轟音は、もし直撃していれば、まず助からない……。
灼熱の炎は、生物の生存を許さない……。――
飛び上がった火竜の真下にさえ逃げ込めば火球の直撃を受ける事は無い。火竜とは言え、そこまで口を真下に向けられるほど柔軟な首を持っている訳では無い。
三度目の爆発音が鳴り終ると、突然まるで祭でも終わったかのように周囲の空気が大人しくなり、羽ばたく風の音だけが無機質に響き渡る。その風は、真下にいるクリスに体勢を崩させるほどでは無いにしろ、どこか飛竜の臭いを携えたような、生温い風が浴びせられている。
(大分収まったかな……はっ! やばい!!)
真下にいても尚火竜の様子をその視界から外さぬよう、ずっと真上からその飛んでいる様子を監視するように、見ていたが、突然異常な殺気を感じ取り、即座に火竜の真下から離れようと、飛び込むように範囲外へと逃げ込んだ。
――【
真下は
だが、それを解き放つ
炎を浴びせられないなら、直接自身が降りればいいのだ。
その凄まじい質量ならば、真下の
――ソレデニゲテルツモリカ!!――
「きゃっ!!」
火竜は、自分の下で待機している愚かなハンターを一気に踏み潰してしまおうと、その翼の動きを完全に停止させたのである。その後何が起こるかはもう言うまでも無い。動力を失ったその胴体は一気に地面へと急降下し、危機一髪体を投げ出して回避してしまったクリスに着地時に発生した強風を浴びせ掛ける。
――直撃からは逃れても、強風は
体勢を崩したのは、次なる攻撃の為の下準備なのだ。――
一度体から地面に落ちたクリスは即座に体勢を立て直すが、目の前に映ったのは、口から今にも炎を吐き出しそうな、凶暴な飛竜の顔面だった。
(もう……逃げれない!!)
一秒も待たぬ内に迫り来る灼熱の紅球。だが、クリスには一つ、逃げなくても危機を免れる事が出来る手段を持っている。
――右腕に備わった金色に輝く盾なら、きっと
それを信じ、盾を体の前に掲げ、そして全神経を右腕に集中させる。
迫ってくる炎に備えるには、これしか無い。
球が直撃したその光景は圧倒の一言だ。見事にその炎は轟音と共に盾の真正面で砕け散る。
――砕けた
さらにその反動、
――
「がぁっ!!」
大木に背中を強打し、
――それでも、赤殻蟹のその防具は充分
クリスの纏っている赤殻蟹の防具。ハンターを守ると言う本来の役割も果たしながら、少女らしさをもアピールするその
盾蟹の甲殻はキチン質であり、軽量ではあるが、その強度は非常に高い。
盾で防御体勢を取れば、それは
だが、防具の性能が
防具自体に衝撃に耐えられる特性が無ければ、盾を通り越して、体に苦痛が襲いかかる。
背中を打ち付け、目を強く閉じながら痛がる余裕も与えないかのように、火竜は、大木に背中から寄りかかっているクリス目掛けてその巨体を走らせる。
クリスも流石にずっと痛がっていては相手に攻撃のチャンスを素直に渡してしまうと思い、即座にその徐々に引いていく痛みを無視するかのように大木から背中を離し、そして、何か策でも思いついたのだろうか、一度火竜の方向へと大きく一歩だけ素早く跳ぶように踏み出すと、すぐに大木の方へと体の向きを戻し、勢い良くさっきまで寄りかかっていた大木目掛けて足を走らせる。
――先ほどまで
そのまま助走による反動を使ってまるで壁を走るように大木を駆け上がり、そして火竜がまさに間近に迫ってきたその瞬間を狙い、そのままバック宙返りの要領で火竜の背中の上に飛び上がる。
――
火竜の頭部が見事に大木に激突し、鈍く、そして乾いた巨大な音と共に大木は根元だけを残してその上からは折られてしまう。
クリスは空中で体の上下が逆になった非常にアクロバティックな状態で素早く、今度は毒の塗られた小型のナイフを取り出し、そして徐々に上下関係が元の状態になると同時に、落下の重力加速を利用するかのように、着地と同時に力強く再び背中の甲殻と甲殻の間に毒のナイフを突き立てる。
先端から深く刺さり、麻痺毒に続いて今度は純粋な毒素のナイフが背中に装備される。やがて麻痺毒も時期に体内を駆け巡り、火竜の動きを止めるだろうと、クリスは予測しながら、いまだ走り続けている火竜の背中から尻尾へ向かって走り、そして尻尾の先端から勢い良く飛び下りる。降りてすぐに火竜の転倒する音が響く。
――殆ど揺れていない尻尾を非常に巧みに渡り、クリスは先端から一気に飛び降りる。
空中で上手く体を捩り、着地時に
火竜は、突然いなくなった標的に、慌てふためき、そのまま転倒。その木々の茂る中で、クリスは再びその火竜の足元へと駆けより、立ち上がる前の脚部に斬撃を浴びせ掛ける。背中の毒が回ってきたのかどうかは分からないが、最初の時に比べると、徐々に動きに鈍さがかかってきているようにも見えた。
「そろそろ投げといた方がいいかな」
クリスは腰の後部につけてあるハート型のポーチから一つ、やや赤みを帯びたボールこと、ペイントボールを取り出し、立ち上がる火竜から素早く距離を離しながら火竜の胴体目掛けて力強くペイントボールを投げつける。
火竜にぶつかったペイントボールはその勢いによって砕け、そこから鼻に纏わりつくようなきつい匂いが解き放たれる。決してそれは意識に障害を与えるものでは無いが、その匂いの範囲は絶大なものである事には間違い無い。
――
今回はその匂いで
本来とは少しだけずれた
(ミレイ、アビス君、出来るだけ早めにお願い!)
あちらも今頃はイャンクックと激闘を繰り広げているであろうが、火竜に比べればまだまだ脅威は浅い部類に入るであろう。アビス達がイャンクックを相手に勝利を収めている事を祈りながら、クリスは再び迫ってくる火竜相手に、その銀色に煌く剣を向ける事を止めない。
火竜を倒すだけならば、クリス一人でも出来ると言う自信はあるが、それより、今謎の連中に捕らわれているスキッド達の事もある。クリスにとってのペイントボールを投げた理由は、そちらの方が大きい。
【