等と考えている間に、相変わらず裏路地からは抜けてないものの、徐々に周囲の建物はいけいが後ろへ流れていく。目的は今の所、はっきりとはしていないものの、流れる背景はほぼ自動的なものである。

 だが、男の姿をじっくりと見れば、どこか殺し屋ヒットマンのように見えなくも無いのが少しだけ不思議であり、怖い。



――男は気づいていない、何かの足音……――



(さてと、俺はどうすりゃいんだろうかねぇ。誰か教えてくれよぉ)

 男は自分で考えようとせず、誰かに答えを問い質そうとするが、その教えてくれる人物は確実に近くには存在しない。男のだらしなさがやや、うっすらと見えたような気がする。



▼▼ 男とは別の場所で/OTHER AREA ▽▽



「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

 どこかの裏路地で聞こえる、少女の息を切らした声。同時に響いているのは、足音だ。

 だが、その切らした息を聞けば分かる通り、ゆったりとした足音おとでは無いのだ。駆け足と言う状態を継続させており、それによって体力を奪われているのだろう。



――そして、その少女は青い長髪であり……――



▽▽ 視点は戻り……/RESTORATION ▼▼



(ど〜しよっかね〜。どっか同志でも見つけて同行でもすっかね〜)

 男は相当なマイペースの持ち主なのだろう。どこかに偶然仲間のような人物がいれば助かると頭の中でだらだらと考えながら歩き続けている。とは言うものの、思うように見つからない為、その気分の重さからか、暗く染まりだしている空を見上げながら、その足を動かし続ける。



――因みにこの男、サングラスまでも着用しているのだ……――



 普段は紫色に染まったパナマ帽のつばによって見えにくいが、見えた場合はそれなりの威圧感を受けるに違いない。

 特に決まった目的が無ければ、周囲の変化を気にする事も無い。だから、近くに分かれ道が近付いている事も、男は特に意識をしていないのだ。目の前にあるとは気付いているが、そこに深い意味を問い質したりは、決してしない。彼の、今の状態ならば。



――徐々に足音が近付いている事も知らずに……――



 だらだらした男と、息を切らしている少女の距離は、もうそんなに遠くは無かった。恐らくこれは、互いに意識していない話だ。



――そして、とうとう……――



 分かれ道の出会い頭で、互いに身体に衝撃を走らせる事になったのだ。しかし、実質的には身体が大きい方が被害は少ないものであったに違いない。



――男と少女がぶつかり……――



「きゃっ!!」
「おぉお〜っとと」

 突然曲がり角から現れた紫色に埋め尽くされた男とぶつかった少女は、特有とでも言うべきであろう可愛らしい悲鳴を飛ばしながら弾き飛ばされそうになるが、倒されずに済む結果となる。

 男の方はと言うと、体格差の都合上からか、ぶつかった衝撃で特に体勢を崩す様子も見せず、逆にわざとのように発した驚いた声と共に、背中から倒れそうになった少女の両方の二の腕を素早く掴み、体勢を戻してやる。水色の袖の無いノースリーブの服装、そして、肩から二の腕の中間辺りの白い肌だけを露出させ、そしてその中間から手首までを青い袖のような部分が覆っている。

 男は結果としてその露出した肌の部分を掴んだ訳であるが、両者とも突然の出来事であった為か、妙な感情を表に出す事はしなかった。

 一度少女の状態を改めて確認し、一声かける。

「悪い悪い、怪我は、まあねぇよな? それよりどうしたんだ? そんなに息切らしてよぉ。まるで痴漢に追っかけられてました〜って感じだぜ?」

 やはりぶつかったと言う事実には変わりは無かったのだから、ひょっとしたら傷でも負わせてしまったのかもしれないと一瞬男は考えたが、少女の姿を見るなりただ呼吸を乱しているだけでそれ以外に変化が無かった為、怪我らしい怪我は無いと勝手に判断し、話を変える。

 やや嫌らしい例えを使いながら、呼吸を乱している理由を問い詰める。口調には追い詰めるような威圧的な空気が感じられないものの、その言い方には少し訂正が必要あっただろう。

「あ、えっと、今ちょっと……」

 少女はこの短い間ですぐに呼吸を整え、そして質問に答えようとするが、なぜかうつむき、答えを表へと出そうとはしない。しかし、目的があった事に間違いは無いはずだ。

「まっさかホントに痴漢に追っかけられてたってか?」



――そして、再び足音が……――



 これは目の前の青い長髪の少女が発しているものでは無い。少女が発していたそれ・・は既に止んでいる。

 そう、別の人間による足音であり、徐々にそれは近づいてくる。一体どこから来るかは分からないが、一人だけでは無いのは確かであり、いくつも重なってどんどん接近してくる。

「あ、あの……この足音……」

 足音を聞くなり、少女は突然きょろきょろと周囲を見渡しながら、怖がり始める。口調も途切れ途切れになり、まともに言葉を発する事もままならなくなる。

「これで目的誕生だな……。よし、一回そこ隠れてな。後は俺に任せな」

 男は元々は目的も無く、裏路地を歩いていたのだが、この少女が現れ、そしてここへと降りてきた状況が男にとある義務を与えたのだ。



――男は少女を適当に隠す――



 裏路地には物置にも使われるような小屋がいくつも建てられており、その内の一つに少女をやや強引に押し込んだ。

 恐らく内部は汚いかもしれないが、今は気にする場合では無いだろう。

「さてと、これでだな」



――男が決心を固めている間に、時は訪れる――



■□ 現れた、バンダナマスクの男達/GANGSTER RUN ◆◇



 がたいの広い男三人が走らせていた足を止めるなり、真っ先に男に狙いを定める。

「おいそこのスーツ野郎。青い髪したガキの女見なかったか? いたら教えろよ」

 バンダナマスクで顔は隠れているものの、その裏で怒りと共ににやけた表情を作りながら、そして指を鳴らして男にゆっくりと近づく。

「いいやぁ、全っ然知らないねぇ。知らないから俺はっこれで」

 あくまでも男は何も見ていなかったとして、その場から立ち去ってしまおうと、右手を投げ捨てるように一振りする。

 相手は紫色のスーツを纏った男が見た事実を知るよしも無いのだから、嘘を言った所でそう簡単にはバレる事は無いと捉えたのだろう。

「おいちょっと待てよおい」

 別の同じく黒いバンダナマスクを装着した男がこの場を去ろうとする男の肩を引っ張り、動きを無理矢理止める。

「なぁにさぁ? 知らんってんだろ?」

 男は自分の意見を通そうとするが、バンダナマスクの男三人トリオは今にも殴りかかってきそうな目つきで更に近寄ってくる。



――やはり疑われているのだろうか?――



「お前ホントは知ってんだろ? あの女あいつの居場所。教えろよ、それとも、殺されてぇか?」

 バンダナマスクの男はスーツ姿の男の肩に手を回し、無理矢理にでも奥に隠しているであろう何かを引っ張り出そうとする。



――顎元に銀色に輝く刃物ナイフを突きつけながら……――



「……どう言うつもりかなぁ? これは」

 スーツ姿の男の顎のすぐ下に映るのはナイフである。もしバンダナマスクの男がそれを上に持ち上げればたちまち鮮血が辺りに飛び散る事だろう。そして、もう少し刃の動きにくせをつければ首さえも狙える事だろう。

 だが、その脅されている男はと言うと、見ている側が気持ち悪さを覚える程に、落ち着いており、今の状況を軽く見ているかのように、にやけながら聞く。

「ひひひ、お前よぉ、あんましオレらん事甘く見ん方がいいぜ? そいつが手ぇ動かせばお前は血塗れだぜ?」

 スーツの男がナイフを突き付けられている様子を外から見ている別のバンダナマスクの男が右親指を下に向けながら、ナイフが見せてくれるであろう未来を思い浮かべる。

「血塗れねぇ……。どうしたらオレの事解放してくれる?」

 相変わらずスーツ姿の男は取り乱さず、冷静な態度でナイフを離してもらう為の条件を教えてもらおうとする。やはり外見も、年齢も大人なのだから無駄に焦ったりせずに対処出来るだけの精神力が養われているのだろう。

 とは言うものの、スーツの男が追い詰められている状況である事には変わりは無く、手取りを間違えれば確実にナイフの餌食となるはずだ。

「あの女がどこ行ったか教えろ!」



――男にナイフを突き付けている男の声が裏路地に響く――



 更に、スーツの男を絞め付けているバンダナマスクの男の腕の力が強くなり、元々間近にまで迫っていたナイフが更にスーツの男に近づけられる。

「怒鳴るこたぁねぇだろうよぉ。まあいいや、兎に角白状すれば俺は晴れて解放の身になるって訳だな」

 耳元で罵声を受けても尚、身体を飛び上がらせたりもせず、逆に離してくれる条件を聞けた事によって心の奥に生えていた緊張が緩やかになったような気がした男である。

「やっぱ助けて欲しいかぁ? じゃあ早く言ったらどうだ?」

 ナイフを突きつけられているスーツの男に向かって、すぐ隣にいるバンダナマスクの男が腕を組み始める。








――言えば解放される……――








――そうだ、元々あの少女なんて、自分とは関係無い存在だ――








――こんな奴に狙われてると言う事は……――








――実はとんでもない悪女だとか?――








――身元も分からない奴と同行しても利益なんてあるのか?――








――逆に不利益になる可能性も低いとは言えない……――








――だったら無視しても一向に構わないのでは?――








――そうだとすれば、勿論……――








――男の決断はもう分かるだろう……――









――それは残酷な決断……――
























「やだ……」



―< 最終的な意見/FINAL ANSWER >―



「お前今なん……うぅ!!」



――バンダナマスクにぶつけられた、スーツ男の左肘ひだりひじ……――



 ナイフを突きつけていた男は顔面を肘で打たれ、そのまま地面へと倒れこむ。

「てめぇ! 何しやがった!」

 自由の身となったスーツ姿の男は両手を交差させて音を何度か立て、そして今仲間をやられて罵声を飛ばす男と、もう一人のバンダナマスクの男に対して言葉を飛ばす。

「やっぱ教えんのや〜めた! こう言う時っつのはなぁ、敢えて助けるってのが王道っつうかもうマンネリ化してんだよ!」

 スーツ姿の男は前腕ぜんわん部分を地面とほぼ平行に保ち、両腕を肩から回しながら、この場面では普通ならどのような行動に入るべきかを、ふざけているかのような態度で伝える。

「何てめぇ訳分かんねぇ事ほざいてんだよ、あぁ!?」

 仲間をやられた為に元々乱暴な口調に更に拍車がかかっている訳であるが、やはりこのスーツの男の台詞を今一把握出来ないのだろう。それでも、両腕を握り締めながら、目を血走らせているが。

「あのが今どこでかくれんぼしてっかは、この僕ちゃんをぶちのめしてからゆ〜っくり聞いて下ひゃいね〜。そっちは二人だから〜、ボコにすんのはチョ〜楽勝な話だろうね〜。因みに、僕ちゃんなら10秒でケリつけさせて頂きま〜す!」

 スーツ姿の男は突然一人称を変え出すと同時にまるで子供同士でからかい合うような馬鹿な口調で男二人を挑発してみせる。そして、決着までにかかる時間までも宣言する。利き腕である右腕を引き、軽く構えの体勢を作りながら。



「じゃあ……落としてやっぜぇ!!!」



――まるで大猪のように、襲ってくる!――



――強く握られた、力強い拳メタリックプレス

――スーツの男の顔面に迫る!!



「ひょい」

だらしなさを与える低い声を直接口に出し、左へずれて避ける

――そして非常に素早く……

「ドカーン」

力の入っていない声と共に

――右手による手刀しゅとう打ち!

――狙いは首の後ろ部分!

「う゛えっ!」

バンダナマスクの男の悲鳴が小さく響くが



「バキューン」

再び力の入っていない声と共に

――両手を互いに握り、その塊をバンダナマスク野郎の脳天へ!

「がぁ!」

そんな短い悲鳴と共に、地面へ崩れる



「てめぇ! こんにゃろ!」

最後の一人が攻めて来る!!



スーツ姿の男は紫色のズボンに覆われた右の脚部に力を入れ、

「はぁあ!! はいっ!!」

何故か非常に甲高い声を気合にしながら、
左足関節、そして左肩付近を蹴りつける。

「うっ!」

連続で入れられ、まともに悲鳴を飛ばす余裕も与えられなかったバンダナマスクの最後の一人だが、
次の攻撃で終わりを迎えられてしまう。



「あたぁおぅうん!!」
「う゛ぅ!!」

相手の顔面に飛ばされた蹴撃!

書いて表現するのが難しいような妙な甲高い気合と共に
放たれたその一撃は敵対者を軽々と蹴り飛ばす。



最後の男が地面へと崩れる姿を見るなり、スーツの男は我に帰ったかのように声色を元に戻す。



「はいおしまい。っつうか四秒で終わったし。俺ってほんっとつえぇよなぁ、やっぱハンターっておんもしろっ!」

 予定よりも早く決着ケリがついた為に、突然自惚うぬぼれ始め、両腕を空に伸ばしながら何故かハンターと言う職業を出し始める。ハンターと言う常に全身に筋肉をみなぎらせる職業の為に肉体的にも非常に強くなっていると言いたいのだろうか。

「今おねんねモードに入ってる君達よぉ、人ってのはおっそろしいから次からは注意してくれよな? 俺はこう見えても空手4段、柔道5段、剣道3段、数検2級、フェイトリフティング190キロ、危険物取扱士甲種合格の俺に突っ込んでくるなんてよぉ、384年はえぇぜ?」

 地面に倒れているバンダナマスクの男達をに指を突きつけながら、自分の自慢話を持ち込み、そして最後には非常にキリの悪い数値を言い放つ。途中、格闘とは直接関係の無いような自慢部分もあったが、本人はわざとだろう。

「それでもやりてぇってんならなぁ、闇討ちとかでもして見なさ〜い。後ろからブスッて行くなり、俺がさり気なく食う飯とかに毒混ぜっなり、なんなら飛竜でも調教していっきなし俺目掛けてぶっ飛ばすなり、じゃんじゃん頑張って下ひゃ〜い」

 恐らく男達には聞こえていない事だろう。それを意識してなのか、実際にされれば確実に困るであろう内容を平然と喋り続け、そして最後はある意味でお決まりなのかもしれないふざけた態度を見せ付けてやる。

「じゃ、帰るわ、バイバ〜イ

 そして最後にスーツの男は傷らしい傷を一つも受ける事無く、後半部分の発音を強めながら、裏路地を後にしようと歩き始める。



――だが、この人何か忘れてない?――



「あ、やべ! バイバイじゃねぇや、んと、お〜い、嬢ちゃんもう出てきていいぞ〜。変態集団バカタリオンは俺がびっちり成敗してやったからなぁ!」

 鋭く身体を停止させ、そして後ろを振り向いて隠れさせていた少女を呼び出した。

「あ、はい、えっと、ありがとうございます」

 少女はゆっくりと木材質の小屋のドアを開き、ギシギシと言うやや聞き苦しい音を響かせながら、ゆっくりとその華奢な身体を表へと出す。



「いや〜君にも見せてやりたかったぜ〜。俺の華麗なる格闘シーンってのをよぉ。悪漢二人相手にこんな弱そうな男一人が必死に闘うってシーンなんてもう映画俳優級だよなぁ。実は強いって言うそんなドラマがビッシビシ伝わって来っぜぇマジでマジでマジでよぉ〜」

 男のあの時の考えとしては少女に危機が及ばないよう、そして彼が言う・・・・『変態集団バカタリオン』に少女の姿を目撃されぬよう、そんな配慮を取っていたが、それによって自分の格闘の姿を見せられない状態になってしまい、それを少しだけ後悔する。それにしても彼は非常にマイペースであり、少女のペースを考えていないようにも見える。

「あ、そ、そうなん……ですか?」

 流石に助けられたとは言え、少女もこの男の外見的な年齢に相応しくない言動に妙な気持ちを抱いたのか、少しだけ眉を潜めながら言葉を途切れ途切れに発する。



「そりゃそうだろうよ〜。ってか君ちょっと引いてないか?」

 男は今更気付いたのだろう。自分の言動によって目の前の青い長髪の少女の感情に影響を及ぼしてしまっている事に。

「え? いえ、そんな事は無いですけど……」

 これでも男は命の恩人である。恩人をけがすような態度を取っては非常に失礼であると思い、首を横に振りながら否定してみせるが、本心はどうだろうか、疑問が残るだろう。



「そっかぁ? 良かった良かった。ちょい一瞬だけなぁ、『うわぁ、何こいつ〜、キモ〜い』とか思われたりしたら泣いてたかもしんないからなぁ。良かった〜、こんな年頃のガキんちょなんかにキモいだの死ねだの思われたら溜まんねぇぞ?」

 直接言われて安心を覚えたスーツの男であるが、また調子に乗り出し、もし自分が想像していたような発言を受けていればどうなっていたかを何故か楽しげに語り始める。

「いえ……えっと、そんな事はわたし言いませんけど……。それに『死ね』はちょっと酷いと思うんですが……」

 男のだらけたペースについていくのが難しいのか、少女は少し怖がったような口調で、相変わらず途切れさせながら自分の性格が決して男の言うような荒々しいものでは無いと、少女なりに必死に伝える。



「あ、そうだよなぁ、君みたいな結構……いい感じの少女がよぉ、そんな暴言吐いてたらもうドン引き決定だよなぁ? 気ぃつけろよ、言葉が汚い奴はなぁ、一部の男子からモテなくなっからなぁ? 逆にちょい悪とか、不良とかの男子からはモッテモテかも、だけどな!」

 男は途中で無理矢理言いたい内容を変え、そしてもし本当に目の前の少女が男の言っていたものとぴったりと重なった人格だったらと想像すると、どこか恐ろしさを覚えるも、それでもやはり嗜好の分野によってはそれでも充分にやっていけると言い切る。

「ああ……はい、そうですね……」

 男の勝手に作り出した話題、そして、それに勝手に乗る男自身に多少の疲れを覚えてしまったのか、それでもあまり無礼な態度を取ってはいけないと思い、少女は小さくうなずきながら返事をする。



「なんだよそん態度はぁ? まいいや、それより、名前教えてくれよ。名前教えてくんないとこっちもなんか色々面倒だろ? 教えてくれよ」

 男は最初だけ、脅かすように元々低い声色を更に低めるが、顔を初めて合わせた相手から一番最初に聞くべき情報に気付き、今更ながらそれを問い質す。

「あ、はい、えっとわたしは――」



――すると何故か男の言葉が少女を遮り……――



「とか言っといていっきなし『人から名前聞く時はまず自分から名乗るべきじゃないのか』とか聞いてくんだろうよぉ?」

 だが、少女の即答には、

「そんな事言いません! ちゃんと聞いて下さいよ!」

 そんな、荒げた言葉が入っていたのだ。



「だよな、悪りぃ悪りぃ、怒んなよ……ちょい調子乗りすぎたぜ、ははは……」

 男は初対面の少女から初めて荒げた声を浴びせられ、戸惑いながら左手を少女に向かって一度、払う。少女の声色が元々落ち着いたものである為、直接的な威圧感は感じないが、言葉の内容で戸惑ったのだ。

「んで、お名前教えて下ぁさい」

 そしてとうとう名前を聞く時がやってきた訳であるが、男の口調は結局の所、ふざけた色が混じっている。



「はい、わたしはネーデルと申します」

 これこそが少女の本名なのだ。だが、その紹介の仕方はとても礼儀正しいものである。

「はいはいはい、ネーデルちゃんね。オッケィオッケ」

 真剣に聞く気があったのかと疑いたくなるような態度を見せる男であるが、親指を立てる辺り、しっかりと名前は覚えたであろう。



「そうです……。所で、わたしもお名前をお伺いしても宜しいでしょうか?」

 少女、ネーデルは男に名前を明かしたのだ。だから、今度は少女が名前を聞く番になるだろう。

「あ、そうだよなぁ、次は俺かぁ。俺はなぁ」




――右親指でパナマ帽の前方のつばを押し上げながら……――













「テンブラーってんだぜ!」





α 持ち上げたつばの下にあるサングラスがどこからか α
α   飛んできたであろう光によって輝いて見えた  α

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