――【炎、煙、毒、刃/EXORBITANT DEED】――



既にこの街では殆ど、やりたい放題な状態である。
既に静止をかける声も届きやしないのだ。
既に善人悪人関係無く自分自身の感情を失い、激しく逃げ回り、或いは暴れ回る。

この小さな語りの間にも、破壊を目論む者達ラージッドマインダーズは至る場所で
反社会的な行為を見せ付けてくれているのである。

放火、破壊、殺人、強盗……。

これらが今、平然と許されるのは、この混乱の中で司法と言う司法が完全に麻痺してしまっているからである。
今は裁く事よりも、自分の身を護る事で精一杯……。

もう、これはどう収集を付ければ良いのだろうか。





□◆ 忘れられていたあの少年/POOR GLORY ◆□

空からは相変わらず発射元が一切不明の炎の塊が落下する。

――建物に直撃、そして引火……

「きゃぁあああ!!!」
「うわぁあ!!」

もうどこから誰の悲鳴が響き渡っているかさえ特定出来ない。
街全体がもう騒音に包まれているのだから、本当ならば、何と叫んだかさえ分からないような状態である。

燃え上がった建物の中にずっと人間が篭っていられるはずも無く、容赦無く引きずり出されるのだ。

民家だろうが、小売店だろうが、その強制的なルートに違いは無い。
結局は人間なのだから、本能から来る恐怖を堪えるのは難しい話である。

よくよく見れば、逃げ惑う人間達の中には、この騒ぎに便乗し、店内の物品を盗み出している愚者もいる。
どさくさに紛れると言う人間の倫理に反する行為をよくもこう平然と出来るものである。



そして、蜘蛛型戦車生物バイオタンク飛行式白獣ホワイトプレインの攻撃も一切止む事は無い。
街を混沌に陥れる為に生み出されたであろう狂気の生物は、差別無しに所構わず攻撃を仕掛けるが、流石に同胞に誤った攻撃を仕掛ける事は無かった。

走り去る小型トラックも燃え上がる土産みやげを残し、荷台に乗車している連中の馬鹿騒ぎとも言える笑い声と共に虚しさだけを残していく。

だが、この場面ではあの者達は本気になっている事に間違いは無いだろう。





「よし! この調子だぁ! 撃てぇ!」

ギルドナイツの者達は一人のその気合いの入った声によって更に気力を増したのだろうか、更に連続でボウガンから弾を発射させる。

―ドォン!

―ヒュウゥン!

―バァン!

周囲を見れば逃げ惑う人々の姿を否応無しに見る事が出来るが、
ギルドナイトが手を抜けば恐らくは誰一人として対抗者がいなくなる可能性がある。

あの生業を持つ者・・・・・・・・を除いては……

(そろそろ彼ら、来る頃なんだが……。早くしてくれ)

隊長格の男は装備したボウガンの銃口マズルを、
飛来する飛行式白獣ホワイトプレインの中の一匹に向けながら、心で呟いた。

――軍隊はまだ現れないのだろうか……――





■■ 戦争に於ける国家の切り札/HIDDEN SOLDIERY □□

援軍は、忘れた頃に、やって来る。

ギルドからの要請により派遣された、人間社会の秩序を護る武力組織。
ハンター達が扱う武器とはまた違った銃器や爆薬兵器を運用し、力で人間社会を脅かす者に対して、同じく力で制裁を加える。

一見すればハンター業でも通用する程の武力にも見えるが、彼らはあくまでも一般社会に於ける戦力であり、
狩猟の世界にはわざわざ手を出す事はしない。

狩人と軍人はそれぞれ隔離されているのだ。



恐らくは街の正門から入ってきたであろう、彼らは特徴的な大型トラックに乗り込み、
その濃い緑色をした姿を周囲に見せつけながら、街のあちらこちらへと散らばり始める。

車両後部に取り付けられた原動機マフラーによって低い排気音を響かせながら、中型飛竜並の重量を誇る車両を走らせている。

いくつものトラックが走っているのだから、その全てに注目するのは不可能だが、その内の一台くらいならば、視線を追ってみても悪くは無いだろう。



【燃え上がる炎を避け、そして人々の混乱も潜り抜け……】



異型の生物兵器バイオトラップを相手に銃撃を続けているギルドナイトの元へ、
一台の軍用トラックが背後から現れ、そして車両前部の右側のドアが開き、
そして緑一色の軍服を着た男が現れる。

「エメットさんよぉ、待たせたなぁ!」

筋肉の影響でやや肥満体質にも見える体型、そして軍服と同じ緑をしたベレー帽からうっすらと映る
短めのダークブラウンの髪が特徴的だろう。

左肩には長い銃身が特徴的な突撃銃アサルトライフルがかけられており、
空いている右手を使ってエメットと呼ばれた隊長の男に挨拶を交わす。



「待ってたぞ、ビアルパンド少尉。見ての通りだ」

周囲ではエメット隊長の部下達が目の前の脅威を蹴散らす為に
ボウガンを吠えさせている。

戦闘は一時的に部下に任せ、赴いてくれたビアルパンド少尉に右手を上げる。

「ここまで好き放題荒らし回るとはなぁ。所で、元凶の特定は出来たのか? 襲撃ってのは元凶抑えれば大体は目星がつく。どうだ、特定は出来てるか?」

いつかは自分自身も射撃を開始すると感じたのだろうか、肩から突撃銃アサルトライフルを降ろしながら、
ビアルパンドは訊ねる。



「悪いが、それはまだだ。こっちも全力で動いてるが、やはり見つからん」

エメットはギルドのハットを片手で正しながら、首を横に振る。

「分かった。こっちはあの薄気味悪い妙な生きもんとか、火炎瓶投げてるイカれもんとか潰しとくから、そっちは捜索続けてくれや!」

それだけを言い、ビアルパンド少尉は突撃銃アサルトライフルを構え、そして今も射撃を続けているエメット隊長の部下の間を堂々と通り抜け……



「これが軍隊の力ってやつだぁ!!」




―ダラララララ!!!!!

φ 銃声サウンドと同時に飛び交う銃弾テラーエッジ!! φ

小口径の銃口マズルから飛ばされる弾丸により、
的確に敵生物を撃破してみせるのだ。

狩猟用のボウガン程の爆発的な威力は期待出来ないものの、
連射と言う、ラインを描くように相手を狙える汎用性が
ボウガンとは異なる操作性と破壊性を教えてくれる。







「やっべぇ……。早く行かねぇと……どうしよ……」

そんな情けない言葉を発しているのは少年であり、そして、目の前に映るのは
燃え盛る建物の数々、そして逃げ惑う無数の人間。

そして、僅かながら猛獣のようなうなりを連想させる排気エンジン音を小さく響かせる
緑色の大型トラックが何台も通り過ぎていく。

その少年から見ればかなり高度な科学力を思わせる物体オブジェクトではあるが、
今の少年にはそこまで深く考える余裕等は無かった。



μμ 建物の物陰に姿を隠し……



「ミレイ……大丈夫なんだろうなぁ……。やべぇ、早く行かねえと……」

この少年は、紫色の丸みを帯びた髪が特徴的なアビスだった。

今はハンターらしい武具を一切纏っておらず、青いジャケットの姿でこの街にいる訳であるが、
目的を果たすにも身体が言う事を聞かないようである。



――少年の頭には、今入院しているであろう緑色の髪を持った少女の事が浮かんでいた――



「やっぱ……行かねぇと!」

アビスは勇気を振り絞り、遂に隠れていた建物から姿を曝け出し、
何としてでも目的地である国立病院へ向かおうと、自分で自分に力を与えながら足を走らせる。

ξ 周囲に映る脅威トリート≫を乗り越えて ξ

緑色の大型トラックが妙に違和感を覚えるが、
状況をよく理解していないアビスでもそれを避けるべき対象にする必要は無いと捉える事が出来た。

ハンターでも無い一般市民がその大型トラックを見ても怖がって逃げる様子を見せず、
寧ろ怖がっている対象はあくまでも燃え上がる炎や、その他、迫って来ている存在に対してである。

大型トラックを操縦している者は、この街にとっては味方なのである。



ε だが…… ε



燃え上がる色を思わせるようなオレンジ色をした小型トラックだけは別格だった。
それはアビスでも充分理解しているつもりだ。

今はその姿を見せなくなったものの、緑色を帯びた大型トラックが来る前はもう酷い状態だったのだから。



κ 火炎瓶の投下レッドプレゼンツ…… κ



思い出したくも無い。
瓶が割れる音を響かせ、そして周囲に炎を撒き散らす。
破裂前の規模はとても小さな器に収められているが、破裂した途端、
容器のサイズとは比較出来ない規模が一気に広がる。

もう思い出したくも無い……



それでも少年アビスは走るしか無いのだ。
求める者の為に。

何人もの逃げる人々、そして、何かしら対抗しようと動いているハンター達。
窓硝子まどガラスを破り火を噴出す建物も、恐怖の象徴だ。
そして、その炎が重なり、集まり、周囲の夜の風景を赤く照らしつける。

それでも、走らなければいけないのだ。少年アビスは。



(まさかやられたとかねぇだろうな?)



一瞬ではあるが、駆けている最中のアビスの脳内で、ミレイの非常に恐ろしい姿が浮かび上がる。
今まで共に行動してきた身としては、すぐにでも忘れ去りたい内容ではあるが。





――□■■ 巻き添えを受け、骸と化した少女の最期の姿……/FESTIVE CORPSE ■■□――





δ 想像したくも無い……

いや、相当な精神力と体力を誇る彼女ミレイならば、そこまでの心配は要らない可能性もある。
ひょっとしたら病院から抜け出し、逆にこの街を脅かしている何か・・に対して奮闘している事も考えられなくも無い。

だが、今の状況はただ単に力が強いとか、ハンターとしての精神力があるとかで解決出来るようなものでは無い。
これは災害に等しいものだから、人間だけの能力でどうにか出来るものでも無い。

だからこそ、少年アビスは恐ろしい光景を脳内再生セレブラルプレイバックしてしまう。



確かめる為に、やはり直接本人に会わなければいけない。
これだけを意識し、ハンターとしてある程度は鍛えたであろう脚力でアーカサスの街を駆け抜ける。

だが、どこにいるのだろうか? 目的の少女は。






――周囲の状況も強いものがあるが……

今は捜す事に集中すべきである。炎による熱気もアビスに降りかかるが、まずは捜す方に集中すべきだ。
アビスにとっては、街の状況よりもミレイの状況の方が大切であるに違いない。



(どこいんだよ……ミレイ……)



アビスはハンター業に就いているとは言え、爆発的な体力を誇っている訳では無い。
周囲の熱気の影響もあるのだろうが、疲れからでもあるだろう、顔からは汗が流れ始めている。

そしてしばらくしない内に息も僅かに乱れ始める。
それでも達成すべき目標に到達するまでは休む余裕は与えられない。



――そして響く、聞きなれた猛獣のようなあの効果音ミュージック



それはアビスの背後から近寄っていた。
低い音を立てながら、アビスが気付かない遠距離から徐々に近づいてくる。
速度の差としては、アビスとは比べ物にならず、仮に人間側が本気を出したとしてもまず敵わない。

そして、その効果音サウンドを提供しているモノ・・の色は、

◆ オレンジ色…… ◆



そう、あの火炎瓶を投げ飛ばす事に特化したあの車両である。
アーカサスの街ではまずお目にかかれない技術を持った物に関心している余裕すら無い。

徐々にそれはアビスへと接近し、アビス本人もそれに気付き始める。



「ん?」

近づいてきたのだから、排気エンジン音の聞こえもより鮮明になってくる。
迫ってくる音に気付き、アビスは軽く後ろを振り向く。

映るのはもう既にここに書くまでも無く……

ζζ 角ばった印象を見せつける前部フロント



「うわぁなんだよ! 来んなよ!」

それは徐々に接近し、そしてアビスはその小型トラックの持つ意味を理解しているが為に、
何とか逃げ切ろうと、無駄な行為に走るのだ。

そして、文字通り、彼は走って・・・いる。

相手は液体燃料で走る鉄の塊であり、人間が足だけで逃げ切るのは不可能だ。
それでも、届かないであろう言葉を飛ばし、逃げようとするのだ。



――しかし、なんか声が聞こえるのだが……――



ψ 追いつかれれば何をされる事か ψ

――火炎瓶の投擲とうてきによって燃やされるか……

――直接攻撃を受け、袋叩きに遭うか……

――或いは直接駆動車小型トラックによる体当たりにより、轢死れきしさせられるか……



●▲ 無駄だと分かっていても、今は逃げるしか無い。 ▲●

人間は、しても意味が無いと心中で理解していても、それでもやってみようと言う意気込みを持っている。
何せ、今回は選択によっては自身の肉体を失い、今後の選択の権利すらも消滅してしまう。
上手く都合の良い方向へと進む保証が無くとも、何も行動を起こさないよりは、
起こした方が都合の良い道筋が生まれるかもしれない。

僅かな可能性に賭けてみるのも人間と言うものである。
溺れる者はわらさえも必死で掴み、己を護ろうとするのだから。



――しかし、相変わらず小さい声がどこからか……――



「……ス」



だが、今のアビスは逃げる事しか頭に無い。
他の民間人を狙っていればと言うある意味でエゴイストな思考が走るものの、完全にアビスしか狙っていないようである。

(やめろよ! 来んなよ!)

心の中で追跡を諦めるように命令のようなものを飛ばしながら、疲れ始めた足を止めようとはしない。



「……ビス」



少年には聞こえているのだろうか? この謎の声が。
だが、周囲の人々の悲鳴や、炎の弾ける音等の影響で極めて聞き取りにくい状況が生まれているのだろう。



――そして、それは遂に鮮明に、そして大きく……



「アビス!!」

「あぁ!? なんだ!?」

ようやくアビスに届いたようである。

ハイトーンと強さの混じった少女の声色がようやく伝わったのだ。
証拠として、アビスは周囲をきょろきょろとしながら、その足をゆっくりと止め出す。

だが、その声の発信源が分からず、結局それは声だけで終わる所に行きそうになってしまう。

「アビス、こっちよ! こっち!」

こんな状況でもやや鈍いアビスである。
声の主はどこに自分がいるかを明確にすべく、更に声を放つ。



―▲▲ 同時に駆動車小型トラックが停車する ▲▲―



「こっちってどこだよ!?」

まだ分からないのだろうか、アビスは飛んでくる声にやや怒りを覚えたかのように、
未だにきょろきょろと周囲を見渡し続ける。

「だぁからこっちだって! こっち!」



――何故か駆動車小型トラックの左ドアの窓から上体が現れる



「あ、れ? お前ミレイかぁ! さっきからお前だったのかぁ!?」

なんと、元火炎瓶をまき散らす悪魔の集団が乗っていたオレンジ色の小型トラックを
操縦していたのは、ミレイだったのだ。

安心し切ったアビスは駆け足でミレイへと近づき、驚いた声をあげる。

「そうよ、今時間無いから早く乗って! 右回って!」

ミレイはその場で喋り始めるアビスをさっさと乗せてしまおうと、
ドアの窓から出ている左手をトラックの右側へと回すように振り、アビスへ催促する。

いつまた敵に狙われるかも分からない状況だ。こんな所でゆっくりはしていられないのだ。

「あ、あぁ、うん!」

アビスは催促してくるミレイの表情が真剣であると同時に一種の怖さも覚え、
待たせてしまわないよう、手早くトラックの右へと回り込み、乗り込んだ。



――と言うか……――



――警笛クラクションには気付かなかったのか、アビスは――

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