■■ 窮地と言う緊迫感で/KNOTTING HURT □□

燃え上がる建物から逃げただけで終わりと言う訳では無いのがこの状況である。
彼、彼女らの合計三人はギルドへと赴く使命があるのだ。
そこで仲間と出会う為に、僅かな可能性に賭け、進もうとしているのである。

しかし、今はとある事情で足止めを喰らってしまっているのである。



「くそぉ! あいつらどこ行きやがった!?」
「折角の獲物だってのによぉ!」

上下共に濃い緑色の服を着た男達が街道の周囲をきょろきょろと見渡し、走り回りながら
何かを探している様子を荒々しく見せつけている。

男達の数は数える余裕が無いくらいのものがあり、全員が同じ服を着ている事から、
どこかに所属している様子も窺い知れるが、彼らは全員どこからか盗んできたであろう
包丁やつち等の凶器を片手に持ちながら、危なっかしい様子を飛ばし続けている。

「よし! あっち探すぞ!」
「おおぅ!」

男達は全員ガタイの良い者ばかりであり、顔付きも非常に硬い印象を与え、
そしてどこかでつけたのであろう切り傷、そして縫い跡が顔に刻まれている。
まるで近寄っただけで即座に殺されてしまうような印象を受け取ってしまう。





「あっぶなかった……。とりあえず、こっちから逃げよ?」

建物と建物の間の奥。

――そこは太陽の光すら届かない暗闇の地帯ブラックエリア

元々夜であるのだから、尚更暗いその通路。
そしてその奥にある高部に登り、三人は恐るべき存在おとこたちから逃げ延びたのである。

高部に登った後は壁に身を隠し、三人は上部から目元だけを出し、様子を窺っている。

ミレイは暗闇の中で男達がこの場から消えてくれたのを確認すると、
ひそひそと二人に声をかける。今見ている方向とは逆の場所に右親指を差しながら。

「オッケェ……。でも後ろに回られてたりしてないだろうな?」

アビスはミレイの隣でゆっくりと頷いた。だが、一つの不安がアビスを襲っていたようである。



「だから三人いるんじゃないの? 互いに見えない物をカバー出来るから人数いるのはいい事よね」

レベッカにしては珍しく、僅かながら優しさと、アドバイスを混ぜたような言葉をアビスに提供する。
人数がいれば死角をカバー出来ると言う意味なのだろう。

「レベッカにしては久々いい事言うじゃない。ってかあの男達見てちょっと思った事あったんだけどさあ……」

ミレイもレベッカのその言葉によって、昔のあの時を思い出し、軽い笑みを浮かべてみせる。
その裏にはやや悲しさも含んだように見えたが、暗いこの場所では相手に詳しく見られる事は無かったようである。

それより、ミレイはここで何を思ったのだろうか。



「あの服って刑務所よね? そんな事いちいち今頃言おうとしたの?」

レベッカは緑一色の上下服を着た姿が囚人であると既に分かっていたようであり、
ミレイが聞こうとしていたであろう内容を先読みしてしまう。

「いや、残念ね。そうじゃなくて、顔よ。なんか水ぶくれみたいなの見えなかった?」

ややふざけを混ぜたような回りくどい言い回しで対応して見せたミレイはあの囚人の集団である
あの男達の顔に浮かんでいた物を聞いてみる。



「見てる訳無いわよ。逃げるのに精一杯だったし、暗くてよく見えなかったし」

いつの間にかレベッカの表情からはミレイを威圧するような、睨んだ目つきが少しだけ崩れていた。
それでも言いたい内容は全て隠さずに言い切っているが。

「俺もあんまし分かんなかったわ……。ってかお前ってやっぱ目はいい方なのか?」

アビスもそのミレイの言う水ぶくれのような部分を見る事は――見る余裕と言った方がいいかもしれないが――
出来なかったのだろう。
だが、アビスは決して視力に問題がある訳では無いが、やはりミレイだけが確認出来た事に疑問があったようだ。



「いいかって、まああたし弓使ってる身だし、それに悪くなるような事別にしてないし。ってかあれぐらい普通に見て分かんない?」

ミレイは軽く笑いながら質問に答える。

命中率を命とする以上、それなりの視力を誇っていなければ扱うのは難しいだろう。
だが、ミレイの青い瞳ならば、どこまでも見通してしまいそうな雰囲気をくれるのは気のせいだろうか。

「あんたそれ自慢?」

どこか自分を高く評価して見せようと言う意識で答えていたミレイに対し、
レベッカはミレイと同じような色をした瞳を細める。



「いや、別に自慢じゃないけどさあ……。兎に角あの状態なんかヤバそうな雰囲気だからさあ、捕まったら不味そう……じゃない?」

ミレイもレベッカに対して、ぶっきらぼうな態度がいつの間にか崩れており、
どこか近くにいても対して苦にならないような対応を見せながら、
ミレイはその囚人達の様子に怯え始める。

「その水ぶくれみたいなのと、捕まるの別に関係無くない? どっちにしても殺されるのがオチじゃないの?」

確かにレベッカの言う通り、顔の状態がどうであれ、元々囚人であった彼らが捕まえてきて
生きて返してくれると言う保障はどこにも無い。



「確かにそうだけど、あの症状見たらさあ、なんかの病気でも持ってんじゃないかって一瞬思ってさあ……」

ミレイはまるで汚くて触りたくも無いような物を見るような顔をしながら、
あの男達の体調的事情を説明する。
多少推測の域に達しているが、この隠れている状況ではどんな考えでも参考にはなるだろう。

「なるほどねぇ……。所でさあ、そろそろ行こうや?」

アビスも半ば無理矢理と言った感じで納得し、
そして隠れっぱなしではいずれここがばれてしまうと考えた後は、
ここを離れる事を提案し始める。



「確かに、そうね。今なら後ろから来るって感じは無いし、やっぱ今のうちに行くに限るわね!」

ミレイはアビスの提案をすんなりと聞き入れ、そして今隠れている壁から身を離しながら、
完全に立ち上がる。
その場で立ち上がってしまっては、相手からその姿を見られてしまう可能性があったからだ。

「でも途中でばったり出会ったりしたらどうするのよ?」

多少心配事があったのか、レベッカはもしもの時にどのように対処するかをミレイに訊ねる。



「大丈夫よ。無駄に別行動とかしなけりゃ大丈夫だって。これ終わったら、ちゃんと話し合いたいしね」

ミレイは何としてでも全員が助かる道を進んで欲しいと考えているようである。
無事に逃げ切った後の事を思い浮かべ、何かを求めたような笑みを浮かべる。

「話ねぇ……」

レベッカはそれだけ呟き、立ち上がる。





【地獄の囚人空間を切り抜けて/DEAD TOUCH】





「とりあえず……。後はこっからどう行くか、だね」

既にミレイ達はあの高部から更に奥へと逃げ切り、そして、
先程囚人達が暴れ回っていた場所とは別の街道へと出ようとしていた。

「所で様子は、どうなんだ?」



――今、ミレイは影に隠れながら奥の様子を窺っているのだ――



アビスに訊ねられるミレイだが、ミレイは左手を差し出し、黙るようにとその手が見えない合図を送ってくる。
その様子を見る限り、隠れている場所の外の世界は決して良いものでは無いのだろう。

「駄目……。例の緑色の服着た連中そこら辺歩き回ってる……。今出たらきついわね……」

ミレイは普段のトーンの高い声の音量を殺しながら、アビスに視線を向け、伝える。

「マジで……?」

アビスも声を殺し、奥の世界に何が広がっているのか安易に想像する。
アビスも様子を覗きたい一心だとは思うが、今はミレイが見ているのだから無理がある。

「でも出る場所安全なとこったらここぐらいしか無いからしばらく様子見ないと……」

ミレイは奥の様子を隠れて窺ったまま、アビスを見ずに返答する。



――だが、そんな光景を見ながら……――



――ミレイともう一人の少女は……――



「……」

アビスはミレイの見ている奥の世界が気になっているのか、今は殆どレベッカには
意識を渡していないようにも見える。

それを無言で感じていたレベッカであるが、突然ゆっくりと後退し始める。



―― 一応この空間には裏路地らしき地帯に出られる道もあるのだが……――



そして、無言でレベッカはアビス達の視線が自分に向けられていない一瞬の隙を突き、
そのまま裏路地への分かれ道へと姿を消してしまったのである。

一体どうしたのだろうか。先程までは地味に仲良くやってきたと言うのに、
突然の別行動を始めたレベッカに何があったのか。



――彼女レベッカが姿を消して数秒も経たない内に……――



「あ、あれ? レベッカ?」

アビスはミレイから視線を後ろにいるであろうレベッカに向けたが、
そこには既にレベッカの姿は無く、残っていたのは空しさだけが残るごみちりだけだ。
時折吹く弱い風によって揺さぶられている。

「ちょっ……ちょちょちょミレイ……!」

アビスは焦るようにミレイの肩をやや乱暴に揺さぶり、事の深刻さを伝えようとするが、
ミレイは嫌そうな表情でアビスに顔を向ける。



「何よ? 煩い奴ねぇ」

ミレイは息を殺して奥の様子をまだ窺っていると言うのに、相当声の高さを落としているとは言え、
突然揺さぶられた事によって一体何があったのかを多少不満を混ぜた声色で聞こうとする。

「いや、そうじゃなくて……えっと、レベッカだよ、あいついなくなったんだよ……!」

多少睨まれているが、それでも言わなければいけない事は言うべきであると、
アビスはある意味勇気を振り絞り、姿を消したあの少女の事を説明する。









◆▲ 何故、離れる必要があったのか/ARBITRARILY PROGRESS ▼◆



ミレイと共にいた時にうっすらと見せていた友好的な部分は何だったのだろうか。
上手く行けばこのまま破壊されたえんも元通り結び直る所だったと言うのに。
しかし、彼女の行動の真相は、少年少女アビスとミレイには分からないだろう。
語る本人がもう付近にいないのだから。



(悪いけど、やっぱりあんたとは組む気は無いから)

レベッカは街灯すら通らない裏路地を駆け足で突き進みながら、
心中でミレイに対して呟いた。

やはり、見せ掛けだったのだろうか。あの態度及び、言動は。

(第一あんなアビスとか言ったっけ? あんな使えなさそうな奴と同行してる時点で終わってるっつの)

レベッカからもアビスはどうも頼りない人間として評価されていたようであるが、
ミレイとは異なり、ほぼ率直にアビスが直接聞けば心に突き刺さりそうな言葉を飛ばしている。

(あんたと一緒にいたら病気になりそうだし、それじゃ、さよなら)

レベッカの心は素直だったようである。
その様子を窺う限り、ミレイと仲直りする気も本当は無かったに違いない。



――もう彼女はミレイと分かり合う気は無いのだろう――



単独と化したとは言え、レベッカも立派なハンターである。
ハンターとして狩猟場に赴いている時はあの火竜リオレウスの武具を纏っているのである。
危機ピンチに陥ったとしても何とか出来る事だろう。





いつの間にか彼女の表情はどこか他者を見下したような笑みに変化へんげしており、
ある意味で自信過剰な一面も受け取れる。





彼女レベッカはもうこの時点で、自分一人だけででも充分この街アーカサス
生き延びる事も可能であると確信している様子だ。
どうせここは裏路地であり、人影も見当たらず、幸いにも妙な飛行生命体や歩行型生命体の姿も無い。
炎も飛んでこないのだから、このまま逃げ切れればこれほど嬉しい話は無い。





―ガチャ!



「!!」



――突然路地通りのドアが開き……

――伸びた両腕がレベッカを包み込む……

――口元を乱暴に押さえられたのだから、悲鳴も飛ばせず……

――ドアの奥の暗闇の世界へ引きずり込まれ……









■▼■ 暗闇に潜む者/CONVICT ■▲■

無法者はどこに潜んでいるか分からない。
常に姿を曝け出しているかどうかも分からない。
そもそも、どこに潜んでいるかの基準すらも分からない。

それ以前に、規律ルールの無い現時点で、分からないとか言っている余裕すら無いのかもしれない。
世の中は途轍もない残虐性を秘めているのだ。



「やったぜ、いい獲物じゃねぇか」

μ 少女を押え込んだ一人の男……

兇暴な表情の中で笑みを浮かべながら、喜びに浸る。
ランプで薄暗く照らされた室内で、凶悪な笑みがうっすら映る。

「これでもう14人目だぜ! はっはっはははは〜!」

しっかりと目を凝らして見れば、何人もの凶暴な面構えを持った男達が室内に潜んでいたのだ。
どれも、かなりの年数を生きてきたつわもの揃いであり、子供っぽさ、幼さがまるで伝わらない。

その中で、両目の間に斜めに傷の入った男が今まで何人の獲物を手に入れてきたのかを
わざわざご丁寧に報告をしながら、右手に持った鈍色に輝く刃先の尖った包丁を見せ付ける。

「ん〜!!」

口元を押さえられ、悲鳴すら飛ばせず、レベッカは目の前に包丁を見せ付けられ、
恐怖のあまりに目を動揺させるが、ほぼ無駄な行動である。



「おれらなあ、今までずっと刑務所ムショん中入れられてたからよぉ、一気に爆発させてんのよ」

もう一人の首元に青い刺青いれずみみ出させた男が首を左右に倒して音を立てながら、
外の空気シャバの素晴らしさを改めて感じ取る。

「お前には見せてやるかぁ? あれ・・をな」

男達の数は実質、無数であるのだが、その中ではやや細身でゲッソリとした印象を持ちながらも、
狡猾なたくらみをいつも提案しそうな暗い表情の男が未だ押さえられているレベッカに対し、
部屋の奥を指差し、その箇所を見させる。



――すると、その箇所を見せる為に他の男達がぞろぞろと視界を譲り……――



薄暗い部屋の奥に映るものとは……



α 無数に転がる人間リトルライフス…… β

一体何があったのだろうか? 今は動く気配がまるで無い。
それよりも、床に流れている赤いものは……。

そして、無理矢理引き千切られたような衣服の間に見える肌の一部一部が
大きく膨れ上がっているように見えるが……。



「!!」

レベッカはそれを見るなり、これから自分がどうなるのか、半ば自動的に悟る事になる。
恐怖で目が大きく開かれ、全身に震えが走る。

「結構楽しかったぜ。最近の女はいい身体してっからなぁ。昔とはまたちげぇんだなぁ。色っぽくなりやがってよぉ」

レベッカを拘束している男の生まれはいつだったのだろうか。
恐らく、レベッカがこの世に命を宿す前から生きていたのかもしれない。
時代の変わり目をここに来てようやく感じたのだろうか。

しかし、今のレベッカにはそのような事は全く関係無い。

「さぁて、どうやって遊んでやっかな〜!」

包丁を持った両目の間に傷を携えた男が刃の先端を凝視しながら、
これからの始末の仕方あそびかたをあれこれと頭の中で巡らせる。



――だが、そんな凶悪な行為そのものよりも……――



――顔回りには妙な水ぶくれようなあとが……――



「それとも、お前の処女バージン奪ってやっかぁ?」

長髪の非常に硬い印象を与える表情の男が指を鳴らしながらゆっくりとレベッカへと迫る。
その言葉に続き、今まで直接レベッカに対して喋りかけて来なかった奥の男達もゆっくりと迫ってくる。

その男達は奥ではひそひそと笑い合ったり、何か相談をしていたりしていたのだが、
今はもう完全に視線は全てレベッカへと向けられている。

「!!」

未だにレベッカは口元を手で非常に強く押さえられている為、
言葉らしい言葉を出す事も出来ず、ただ恐怖に唸り続けるだけだった。

「そんな怖がんなよ。ちゃんと楽しませてやっからよぉ!!」

包丁を持った男はテンションの激しく上がった口調で大声を発しながら、
恐ろしい笑顔を見せ付ける。

持ち上げられた包丁が僅かにきらめく錯覚すら覚えさせる。



(いや……絶対殺される……!!)

直接声には出せなくとも、心の中では自分の気持ちを表現する事が出来るはずだ。
見て分かる通り、この薄暗い室内でどうなってしまうのか、それを明確にしている。

「お前の後は誰捕まえてやっか計画プラン立てとかんとなぁ!」

包丁を持った男の隣にいる長髪の男が次の獲物を想像し、指を鳴らす。



(いや……! やだ……! 誰か助けて……!!)

その中にはきっと、ミレイも含まれているであろう。アビスはどうかは分からないが……。
だが、その望みが叶う確率は……





◆◆ 絶望的な数値である/UNREASONABLE REQUEST ◆◆





青い瞳から突然涙が溢れ出ると同時に……



視界がぼやけ、頭痛、吐き気がレベッカを襲う……



ε δ NATURE MEDICINAL δ ε



















「うっそぉ……。あの馬鹿どこ行ったのよ……! ったく!」

ミレイは建物の影の奥に自分の声が響かないよう、高さを殺しながら、
建物と建物の間の小さい空間を駆け足で回りながらレベッカを探すが、いるはずが無い。

「ごめん……俺ちゃんと見てなかったから……」

アビスとしては自分がいつの間にかではあるが、見張り役として役目を背負っていたのかもしれないのに、
それをしっかりとやり通せなかった事に対して罪悪感に襲われ、ミレイに気まずそうに謝る。



「いや、別にあんたが悪い訳じゃないわよ。あいつが勝手な事おっ始めただけよ? にしてもどこ行ったのよ……」

ミレイはアビスを責める事はせず、逆にこの状況の悪さの中で仲間を探すと言う手間が
ミレイの気持ちに苛々を溜め込ませ始める。

「まさかさあ、あそこ行ったんじゃないのか? ほら、あそこなんか明らか通りそうじゃん?」

アビスは裏路地へと入るであろう分かれ道へ指を差しながら、ミレイに聞く。



「ま〜確かにそうよね……。あっちはあの男どもわんさかだし、あたしらの目ぇ盗んで行くっつったらあそこしか無いよね?」

実質、逃げてきた道、そしてミレイが様子を窺っていた場所、そしてその裏路地へと入る道の三つしか道は存在しない。
その為、ミレイ達の目を盗むとしたらそこしかありえないと、ミレイは考える。

「どうする? 探す?」

やはりレベッカも今は仲間のような状態である。いなくなったからと言って放置するのは、
アビスにはどうも出来なかったようである。



「まぁ結果としちゃあそうなんだろうけどさあ、でもチョー警戒してよ? いい?」

ミレイは笑みを全く見せ付けない非常に真剣な表情でゆっくりとその裏路地へ続く分かれ道へ近寄りながら、
アビスに大切な心得を言葉で受け渡す。

ただ、喋り方は真剣な表情に対して少し砕けているように見える。

「分かった」

アビスは短く言葉を返し、同時に首を縦に一度だけ振る。



そこの奥に、きっとレベッカは存在する可能性がある。
見つけたらその後できっちりと叩きのめしてやれば良いだけの話なのだ。

勿論、手では無く、口で。

しかし、問題はその奥に何か妙なもの・・・・が潜んでいないか、そこである。
運悪く、この周辺はあの何か・・むしばまれた囚人達の無法地帯と化している。
正直、ここは地獄である。
無論、この街全体が今は地獄だが、アビスとミレイにとっては今の状況が一番の地獄だろう。



ゆっくりと近づく二人であるが、そこに映ったのは……







「おぉいたか、こんなとこに獲物二人……。いや、女しかいらねぇや」

鉢合わせに出会ったのは、細身でありながら、殺意が丸出しの目つきを飛ばす一人の緑色一色の服の男……。

その距離は、男が手を伸ばし、一歩踏み込めば届くと言う、危険な距離……



ν 少年少女アビスとミレイは一気に表情が引きるが、片方だけは決断ディシジョンが早い…… ν

「アビス! ダッシュ!」

ミレイはアビスの手首を乱暴に掴むと同時にあの豪壮ごうそう蹴撃しゅうげきを見せ付けた足を走らせる。
逃げるべき道は……



■■□■ 先程ミレイが様子を窺っていたあの先だ!



「っておい!」

引っ張られるアビスも無理矢理走らされている最中に体勢を整え、
そしてミレイから左腕を解放させる。

「待てやぁ! おれの遊び道具ぅ!」

背後では、笑顔に満ち溢れた怒鳴り声が響いているが、二人は逃げる事しか頭に無いはずだ。
当たり前だ。当たり前である。当たり前じゃないなら何があるのだ?





――▲ ILLNESS RACE!! ▲――















ε▲ε 地獄の区切り/FINAL CHAPTER ε▲ε



炎や、歩行生命体や、飛行生命体が飛び交っても、大衆酒場は静けさを保っているようである。
寧ろ、ハンターにとっては中心地にもなる巨大施設であるのだから、補強も万全なのかもしれない。
一応入り口は閉じられているが、鍵はかかっているのだろうか?

一応一部の人間からはこの大衆酒場を『ギルド』と呼ぶ者もいるが、その無駄話は
とある排気エンジン音によってかき消されてしまう。



――やってきたのは、オレンジ色をした小型トラック……



前部の右側のドアが開き、降りた男は運転手しているバンダナマスクの男に一言、
とある命令をしたのである。ドアを開きっぱなしにしたままで。

「お前、ちょいフランソワーズ解放しとけ。あいつもきっと欲求不満溜まってんだろうから思っきし遊ばせてやれ」

因みにこの命令をした男は……



――皮膚が灰色である……――



膝まで伸びた非常に長い漆黒のコートの間から映る皮膚が人間ならざる空気を漂わせてくれる。
だが、それよりも、命令をされた側としては返答が無ければ不味いものがあるだろう。

「へい了解しました。にしてもあのデカブツは厄介もんですからねぇ」

ハンドルを握ったままの状態で、バンダナマスクの男は威圧的な目元は相変わらずで、
それでも敬語を使いながらも、そのこれから解き放つであろう存在について、一言飛ばす。

「あいつは毒殺しのプロだかんなあ。人間で言ったら毒使いヴェネフィックのようなもんだしなぁ」

天に向かって伸びた黄土色の髪を風に揺らしながら、比喩のような表現を使って
これからの楽しみを思い浮かべ、その男の風貌に相応しい笑みを零す。



「そんじゃ、おれはもう出発しますぜ。バイオレットさんも注意して下さいよ?」

男と言う肩書きに相応しく、やや野太さを混ぜたような声色で注意を施しながら、右手を上げて前を向く。

「言われんでも分かってるっつの。お前こそあいつの巻き添え喰らうんじゃねぇぞ?」

多少力量について馬鹿にされたような気分になりながらも、バイオレットと呼ばれた灰色の皮膚の男は
コートの裏の左ポケットから濃い緑色の球体状の何かを取り出し、空いている左手の親指を立てる。

「ありがとうございます。んじゃ、先行きます」
「おぅ」

そしてバンダナマスクの男は小型トラックを走らせ、街道の彼方へと消えていく。



「さってと、おれも仕事スタートって訳だなぁ。ギルドのおっちゃんよぉ、ビビってションベン洩らしたりすんじゃねぇぞ」

バイオレットはダラダラと大衆酒場ギルドへと近づき、右手に持った何かの端部に付けられたピンを親指だけで弾き、
そして、封鎖されている扉に向かって比較的弱めな力で投げ飛ばす。

「おれは派手が大好きだかんなあ、文句とかは聞かねぇぜ」

今度は非常に長いコートに隠れていた太腿付近にそれぞれの手を伸ばし、
二丁の拳銃を取り出したのである。



α 太く、長い銃身バレル

β 38口径(9mm)を誇る銃口マズル

γ 本体部分レシーバーに映るのは、回転式弾倉リボルバー

δ 二丁とも基本的な構造は同じだが、色は鉄の如く輝きはそのままに……

ε 蒼と、紅である



■■ そして、周囲には分からずとも、この二丁の拳銃には名前があるのだ/WEAPON NAMED ■■



蒼の拳銃ブルースパイラル ―― ロウカレスHc-900

紅の拳銃クリムゾンノート ―― メイビアG-365



拳銃二丁は、バイオレットにとっては相棒に等しい存在なのだ。
だからこそ、仕事せんじょうでも大いに活用してやろうと考えているに違いない。





――そして、既にあの投げられた何かは爆発し……――





―バァン!!



小さい音ではあるが、木造式扉を吹き飛ばすには充分な威力だったようである。
爆発により、まるで鈍器か何かで叩き破ったかのように崩れ落ちる。
もう、これだけでバイオレットの準備は整ったに等しい。















「さぁてと、仕事仕事っと」

両手に持った蒼と、紅の拳銃に力を入れ、大衆酒場ギルドへと足を踏み入れる……。
何だかギルド内部で騒がしい声が聞こえ始めるが、バイオレットにとってはそんな話、どうでもいい……。














I'll delete you.

           Are you ready?

                         Prepare to die!

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