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これから始まるであろう、狩猟が呼び出した戦いが。
だが、今回のメンバーにアビスとミレイの姿は無い。
前回の機関車内部での激戦での傷がまだ癒えないと言う理由もあったが、
今回はあの青年の二人の事情もあり、ある意味で好都合だったのかもしれない。
四人以上での狩猟はギルドで禁止されているのだから、
しょうがない話である。
「今回助けんのが猫っつうのがなんかあれだよなぁ」
フローリックは乗っている馬車の荷台に設けられている窓に映る流れる木々を適当に眺めながら、今回の目的を思い出す。
■フローリックの武具は、あの
全身を茶色とも言える土色で覆われた甲殻や背甲で覆い、
双角竜の象徴とも言えるあの巨大な日本の角は、
両肩に装着されており、天に向かって小さな波を作りながら伸びている。
ヘルムにも角はあしらわれているが、両肩のそれと比べれば、
非常に小さい物ではあるが、それでも双角竜の面影は消え失せる事は無い。
「そうですよね。確か今回猫人からの直接の依頼でしたよね?」
恐らくフローリックは他のメンバーに話しかけるつもりで口を動かした訳では無かったのかもしれないが、クリスはそれを聞くなり、確認を取るつもりで、話しかけ始める。
「そうだぜ。っつうかなんでか分かんねえけど内容の文に『ニャ』って語尾入って無かったとこ気になんねぇか?」
フローリックは単純に一度頷いた後、受注しようとした際の説明文に猫人族特有の語尾が入っていない事にふと気付き、そこから周囲にも話題として撒き散らし始める。
■クリスの纏っている防具は、
真っ赤な色をメインに、白いラインが一部に入った甲殻がほぼ全身を保護してくれている。
隙間の少ない構造が防御体勢の効力をより高めてくれるのだ。
露出した太腿の中間から膝にかけての部分はある意味で防御面で心配が残るものの、
それを補うだけの
彼女には飛びぬけたスピードと体力があり、それも充分武器と誇っても問題が無いほどである。
キチン質の軽い甲殻の特性もこのスキルの手助けをしているのだ。
「だよなぁ? 普通猫人ってかんならず最後に『ニャ』ってつけんじゃん。なんかすっげーわざとらしいけど、ってかホントに猫人が差し出したやつなのか?」
スキッドも猫人の特徴は理解出来ているらしく、あの独特の言語から反れたメッセージを思い浮かべるなり、猫人としてはやや違和感を覚えてしまい、それを青色の甲殻で包まれた右人差し指を突き出しながら口に出す。
■スキッドの装備は、
蒼鎌蟹の鋭さを残した作りが全体的な特徴であり、
青い甲殻が全身を包み込んでいる。
今は外している物の、天に向かって真っ直ぐに伸びた二つの突起が目立つキャップも特徴的である。
「そこにダウトはねぇはずだぜ? ギルドの方でもしっかりセイしてたんだしよ〜」
スキッドは疑いを持ち始めるも、ジェイソンはそれをかき消した。確かにアーカサスの酒場で受注する時も、受付嬢はしっかりと猫人から差し出された物だと、答えていたのだ。
流石にギルドが嘘を言うとは思えない。狩猟のほぼ全てを管理している組織なのだから。
■ジェイソンの纏っている武具は、
強靭な白毛を惜しみなく使い、地味な白と言う色に別色の装飾を施された両手両脚には、
甲殻や鱗とは異なった柔軟な印象が見て取れる。
今はスキッドと同じく被ってはいないものの、まるで
赤みを帯びた仮面、そして両頬から外へ突き出た突起、後頭部の白い大量の毛が特徴的である。
だが、それよりも、もっと特筆すべき部分が……
「確かにそうだけど、ってかジェイソン、それってわざとの格好なのか?」
スキッドがどうしても気になっていた箇所でもあった。ジェイソンの上半身を見るなり、ようやくと言った感じでその部分を問う事が出来たのだろうか。
一応ジェイソンの特徴である褐色の皮膚が見事に腹筋の割れた上半身をアピールしている訳ではあるが、実は常にそれが見えた状態なのだ。
――即ち、上半身の装備を纏っていないのだ……――
未だに詳しい事情はまだ聞いていない訳ではあるが、
通常ならばフル装備として纏うであろう胴体の武具を
一切纏っておらず、そこだけは生身の身体が剥き出しの状態になっているのだ。
ある意味ではクリスとは対照的とも言える。
身体的特徴で見ても、白い肌と、黒い肌。
そして両者とも一応は細いと言えば細い体型ではあるが、
クリスは華奢と言う意味で細いのに対し、ジェイソンは筋肉が凝縮されて細く維持されている。
クリスは下を、ジェイソンは上を露出させているが、両者ともそれぞれ俊敏性を見せてくれる事に
期待を持ってもまず問題は無いであろう。
「わざと以外になんのリーズンがイグジストするってんだ? あんましイクイップし過ぎてたらなあ、おれのアビリティ存分に活かせれねぇだろ?」
確かに装備するのを忘れてきた訳では無いようである。それ所か、逆に全身に決まりきった武装をしても逆に重量が重なり、自分の特性を活かせなくなる事だって考えられる。
きっとジェイソンは自分の持ち味を失わせたくないが為に選んだ選択肢であろう。
「多分お前らじゃあまず知らねぇったあ思っけど、こいつはなぁ、スピード重視の奴だからこんぐれぇのハンデあっても問題ねぇよ。なんせこいつ双剣だかんなぁ」
フローリックはジェイソンと共に狩猟に行く頻度が高いからなのだろう、その抜いた武具の意味を理解しており、ジェイソンには瞬発力が備わっている事をスキッドに伝える。
まるで双剣を使うにはスピードが無ければいけないと言う事を定着させるかのようだ。
「あ、あの、所で、話ちょっと戻したいんですけど……いいですか?」
元々猫人の話だったと言うのに、いつの間にか装備のスタイルの話題へと逸れていた為、クリスはどこか申し訳無さそうに話題を戻そうと、三人に弱々しく声をかける。
「あぁ? ああそうだったぜ。元々猫人が何もんかっつう話だったもんな。どっかの誰かのせいで思っきし話ずれちまったって訳だぜ」
反応したフローリックはだるそうに荷台の壁に寄りかかりながら、嫌みを込めた目線をスキッドに飛ばして見せる。
「っておれじゃねぇかよぉ! ただちょっ気になっ――」
「分ぁったやぁうっせぇなぁ……。お前どうせオレらいねぇ時もこんなんだったろ?」
スキッドは睨んでくるフローリックに即座に気付き、思わず声を荒げて歯向かおうとするが、煩い少年相手にフローリックは右手を払いながら、そして舌打ちをしながら黙らせ、そして今までの彼の行動履歴も軽く読んで見せる。
「ちょい気んなっただけだっつの……。んじゃクリス、話続けてくんね?」
あくまでスキッドは興味を持っただけだったようだ。気まずく思うが、やはりクリスの話の方へ戻る事が先決である。まるで自分の罪を紛らわせるかのように、隣に座っているクリスに催促する。
「お前が言うなっつの」
だが、フローリックはスキッドの見え見えの考えを読み取っていたのか、いつもの低い声色で言い捨てる。
「え? いえいえ! 大丈夫です! はい! あ、えっと、それで、なんだっけ、猫人の書いてた内容に確か他の仲間も近くにいるはずだって言うのも書いてませんでしたか?」
スキッドが責められていると思い、クリスはフローリックの鋭い威圧的な視線を、自分の左手を横へと振りながら打ち消し、そして本題へと戻る。
どうやらクエストの内容にはその『猫人』の仲間と
「ああリメンバーだぜ。なんかそんな事ライティングされてたなぁ。でもどんなフレンズなんだろうなぁ」
ジェイソンはそのクエスト内容の依頼文の中に記されていたものを覚えているらしく、クリスに向かって頷いた。
そして窓を眺めながら、仲間のその姿そのものを想像し始める。
「結局猫人なんじゃねぇのか? 一応依頼してきた奴も猫人なんだし」
フローリックの推測は一番正しいものかもしれない。同種族の方が最も妥当かもしれない。だが、あくまでも想定である為、恐らく別の者も有り得るかもしれないが、今は特に間違いがあったとしても問題は無いだろう。
「だったらよぉ、だったらだぞ、あの変な語尾んとこはどうなっちまんだよ?」
スキッドは喰らい付くかのように、フローリックに向かって一番最初にしていた語尾の話を差し出す。
「結局こんなとこじゃあ分かんねぇだろ? なんか特別な猫人か、それとも、猫人っつう名前した人間か、或いはもっと別のなんか、じゃねぇか?」
やはり直接依頼主へ会わなければこの謎の真相が明らかになる事は無いはずだ。フローリックはこの話を大体でも良いから纏めてみようと思ったのだろうか、結局の所あの獣人の猫人である事に代わりは無いか、或いはその獣人の種族の名前を持った人間であるか、そして更に或いはそのどちらでも無いかと、決定する。
【バブーン荒野/Baboon Catacomb】
≪木々は殆どが枯れ果て、緑豊かな面影はまるで感じられない飢渇な台地。
ここを支配するのはそんな朽木や、硬い土壌に突き刺さった巨大な岩石の数々。
時折木々の間から落葉草を採取出来る事があるものの、
殆ど人が立ち入る事は無い。
この周辺には岩竜がうろつく事があり、
下手に巻き込まれる事を恐れての話である。
また、この人間の住み着かない環境の中、
何故か一軒だけ鉄製の壁で作られた小屋が設置してあるが、
この小屋が設置された理由、そして使用の目的を知っている者は
もうこの世には存在しない≫
馬車から降りた四人がする事は、まずは依頼主である猫人を見つける事だろう。この台地には
「さぁって、ホントにこんなとこにあの猫人とかほざく奴んのかぁ?」
フローリックは背中に<鬼斬破>を携え、そして直接視界を遮る物が特に目立つ様子を見せないこの空間を見渡しながら、あの人間の腰の高さ程度しかない獣人を見つけ出せるのかと考える。
「いなきゃおれら手ぶらでカムバックだぜ? アーカサスによぉ」
ジェイソンは<インセクトエッジ>を両手にそれぞれ持ち、同時に投げて空中で一回転させながら、ゆっくりと歩き始める。
「いや、多分いるはずだぞ? 依頼出すにしても金かかってる訳だし、依頼だけ出してバイバ〜イなんてしたらただの無駄だろ?」
スキッドも青く鋭いキャップを嵌めながら、いないと言う事はまずありえないだろうと意見する。
ギルドへ依頼を出すにはクエストをクリアした者に対する報酬金としての金が必要となるのだから、依頼を出すと言う行為そのものでも決して楽なものでは無い。
「でも今思ったけど、その今回助ける猫人が直接出した訳じゃなくて別の誰かが出したってのも考えられないかなぁ?」
伸び伸びとした言葉なんかを出すスキッドではあるが、突然のようにクリスはその依頼について再び考え込み始める。
「なんか考えらんねぇってこたぁねぇなそれ。まあでも別にオレらもちゃんと決めてここまで来た訳だし、とりあえずやれっとこまでやっとくに限んだろ?」
フローリックは両手を後頭部へ回しながら、その足を歩かせ始め、そして他の者達も動き出す。
「でもさあ、お前の言う事がマジだったらさあ、差出人は猫人って事にしといてその、クエストの中身っての書いた奴は猫人以外の何かって事になんね?」
スキッドはクリスを見ながら、決してクエストの依頼が猫人本人が直接出したとは限らないと主張して見せる。
「それって、猫人の代わりに誰かが依頼を出したって事だよね? でもだとしたらその代わりに依頼出し――」
「もうスィンクすんのストップにしねぇかぁ? いくらスィンクしたってクエスチョン塗れだぜ? 今はサーチする事だけ考えようぜ?」
クリスは再び疑問の鎖と化した様々な事情についてあれこれと考え始めるが、やはりジェイソンの言う通り、ここは考えながら時間を過ごすよりは、目的の本人を探す方に専念した方が良いのかもしれない。
「っつうかもうちょいで夕方になっちまうぜ」
フローリックは何となく空を見上げるが、既に太陽が地平線の彼方へ沈みかけており、徐々にオレンジ色が空を覆いつくそうとし始めている事に気付き、時間の経過と言うものがいかに早く迫ってくるかと言う事柄を皆に伝えるかのように口に出す。
■ □ ■ □
この地域にいるのは今回救助目的でやってきた四人、
そして救助されるべき『猫人』。
だが、彼ら以外の者がこの地に存在しないとも限らない話である。
決してこの台地が特定の者に所有権を与えられている訳では無いのだから。
現に、この地にとある一人の何者かがいるのだ……
「――あ〜、ちょっと今はまだ来てないっすね〜」
とある何者かが岩に腰を下ろしながら、一人で何かを喋っている。だが、妙な部分としては、話す相手がどこにもいないと言うのに、
「ああ、はいはい、そこんとこは心配ないっすよ〜。こっちももう万全っすよ〜。こいつの整備もバッチリですしね〜!」
その何者かは敬語こそ使っているものの、重苦しい口調を思わせないような態度で接し続け、そして何か向こうから言われたのだろうか、すぐ左側の地面に刺してある黄色い杖のような物を左手で叩きながら答える。
「えぇ? あぁあっちでしたらなんかバイオレットの奴がなんとかやってるって聞きましたけど? なんか撲滅委員会がなんちゃら、みたいな感じで邪魔もんは全員
どうやらその今喋っている謎の男は別の仲間がいるようである。口調は若者らしい印象を与えてくれるものの、やはり殺戮に対する甘さはまるで見えてこないのがまた恐ろしい。
――それより、この男。皮膚が青いのだ……――
「きっとそうっすよ〜。最近俺らに歯向かってくるアホどもいるじゃないっすか〜? きっとそいつらがあいつに捕まっ……ってあれ?」
恐らくはこの男が差している人物とは、きっとあのメンバーであるに違いないだろう。だが、何故か男は突然声を詰まらせ、話を途切れさせてしまう。一体どうしたのだろうか。
「あ、いやぁ、今思えばあいつらがここに来るっつう事はっすよ? あいつ、バイオレットの事なんすけど〜、あいつやらかしたって事になりやしませんかね〜?」
相手は確実にこの男より上に当たる者だとは思うが、それでも男は焦る事無く話を続行し、そしてそのバイオレットと名乗る男の失敗の道筋を説明し始める。
「あいや〜別にあそこで必ず始末しなきゃあかんって事も無かったはずですし〜、それにまあここにゃあ俺と、後ここら辺って岩壁竜とかウロウロしてんですよ〜? ここでくたばってくれりゃあ俺としちゃあ好都合ってもんですぜ〜?」
どうやら決してアーカサスの街での抹殺が完全なる義務では無かったようである。それでも始末しなければいけない事には代わりは無いらしく、そして今回この男に出番が回ってきたと言った所だろう。
「はいは〜い! まっかせといて下さいよ〜! あんな連中黒焦げにしてやりますよ〜。あ、所で双角竜捕獲ってやつ、結局誰が出動する事になったんでしょうかね〜?」
男は足を組み始め、自信に溢れた言葉でどこかにいるであろう相手に対応し、そして何かを思い出したのだろうか、別の場所で任務を遂行しているであろう同業者の事を訊ねようとする。
「ってうわぁ、あいつらっすか〜? ガルシークとスパンボルなんかに任せちまったらもう
その二人の名前はどれほどの実力者なのだろうか、この喋っている男がまるで小さく見えてしまう程である。凶暴として知られる双角竜の捕獲を完全に成功させると言い切る程であり、尚且つあの鎧壁竜でさえ恐ろしい程の短時間で捕獲を完了させてしまう実力なのだから、確実に恐ろしい連中である事には間違いないが、この男もそんな恐ろしい連中の一員であるのだから脅威である。
「あ、いえいえ冗談っすよ〜! 折角の仕事なんすからあいつらに譲るなんて嘘っすよ〜! それに、実はさっき妙なニャン公見つけましてねぇ……」
――突然男は陰湿な笑みを浮かべ始め……――
「きっとそうっすよ……。あの管理局のっバカどもの集団の、あれっすよ……」
よく見れば、男は右手に黒く、そして角ばった細長い妙な物体を持っており、それを耳元に当てる事で会話が成立しているようであるが、内容を見る限り、とても心地の良い空気が流れているとは到底思えない。