曲がり角に差し掛かり、そのまま二人はそこを突き進む。
曲がれば、多少はあの生物の目――目が直接あるかは不明だが――をあざむける事だろう。



「なあミレイ、俺らちゃんと大衆酒場ギルドまで行けんのかなぁ?」

薄暗い路地を突き進みながら、アビスはもうこれで何度目かも分からない質問を
ミレイにする。たまには自分で考えてみるのも良い事だとは思うが、アビスには早すぎるのだろうか。

「こんな時に希望捨てるような事言わないでくれる? やな事考えてたらロクな目遭わないわよ?」

暗い赤のジャケットをマントのように後方へなびかせながら、マイナス思考で物を考えるアビスに
言い返し、裏路地から抜け出せる道がどこかに無いか、青い瞳を左右に通わせ続ける。

「だよな! ってか後ろあの変なの追って来ないんだけど?」

この状況でもミレイの対応がアビスに伝わったのか、アビスは理屈や理論も考えずに肯定し、
ふと背後を見てあの大きな物体の姿が無い事に気付く。

「知ってる。だからって速度スピード落としたら話なんないわよ?」

背後の気配についてはミレイも理解済みだったらしい。
だが、それでも逃げる為の足を止めるような事は決してしないがミレイである。
やや遠方に見える分かれ道目掛けて走り続けている。アビスも同様だ。

「やっぱあのデカイの諦め――」







―ドスン……

―ドスン……

ζζ 奥から響く、聞き慣れた踏み鳴らし音……



「げっ……、最悪じゃね……?」

奥から出てきたのは、見覚えのある茶色い胴体ボディをした四本脚の生物クリーチャー
アビスはそれを見るなり急激に速度を落とし、ミレイに訊ねる。



――横から出てきた為、まだ二人には右部を向けた状態ではあるが……――



「これって、所謂挟み撃ちってやつよね?」

ミレイは罰が悪そうに両目を細めながら呟いた。

「どうすんだよ……?」

アビスは相手に声が届かぬよう、と言う配慮なのか、小さい声でミレイに頼ってしまおうとするが、



――奥から現れた歩行生物バイオタンクはアビス達に砲台のような頭部を向ける……――



「って狙われたわよ……」

アビスの質問の答えとしては相応しいものとは言えないが、ミレイの中ではこれでも充分な
返答の一種であるとして考えているのだろう。

ゆっくりと後退りながら奥にいる歩行生物を睨みつける。

「これってもう絶体絶命とか言うやつ――」
「こっちよ!」

背後に回ったとしても最初に出会ったあの生物と強制的に再会する破目になってしまう。
アビスは普段使わないような四字熟語を使ってミレイに今の状況を説明しようとするが、ミレイは半ばそれを無視するかのように、
アビスの手を引っ張り、とある場所へと向かった。



――一 直線の道に対し、横に進んだのだ――



それが意味するのは、壁としての役目を果たしている立ち並ぶ建物である。
隙間も無く建てられたその集団を単純に通り抜けるのはまず不可能だ。
だが、一部分だけをよく見れば、それを実現させてくれる場所があるのだ。



ι それは、ドア ι



裏からでも入れるようにと言う構造なのだろう。
表からしか入れないのでは、何かと不便だったに違いない。
人気ひとけの殆ど感じ取れないような裏路地に出る為のドアは
一体どんな目的があるのかと伺いたくなるが、
まさかこんな緊急事態の為に使われるとは建設者も想像すらしていなかっただろう。

簡単に言えば……



――ドアへ逃げ込んだのだ!!――



―バタン!

その音は、ドアが閉まった事を意味するものである。
追い詰められていた二人はドアの奥へと逃げ込んだのだ。
内部は多少暗いものの、姿を隠す分には申し分無い。



「多分、これで多分しのげたと思うわ。あいつら見た感じ頭悪そうだし、隠れたとしても別にここ乗り込んで探し回ったりとかして来ないはずよ、多分だけど……ね」

建造物の内部に逃げ込み、もうこれ以上走る必要が無いと安心したかのように、
ゆっくりと入ったドアのすぐ横の壁にしかかり、僅かながら乱れた呼吸を整える。

「多分ってお前……。そんな確信持てない事していいのか?」

アビスもミレイと同じように背中を壁に押し付けているが、ミレイとは比べられないくらいに呼吸は荒れている。
肩で大きく呼吸をしている様子から、ミレイより体力が無いのが見て取れてしまう。

「じゃあ他にどうしろってんのよ?」

ミレイも決して無計画で隠れた訳では無いが、アビスの無責任な言い方に多少腹を立てたかのように、
青い瞳を細めて軽く威圧感を飛ばす。

「え、いや、これしか方法無いか……はは……」

しかしながら、逃げ道は事実上、この建物内部しか無かった事だろう。
ミレイに別の答えを問い質された所で、アビスが答えられるはずが無い。
誤魔化すかのようにわざとらしい笑いを零す。

「ったくあんたって奴は……。それより、あのデカブツ通り過ぎてくみたいよ……」

ミレイは相変わらずなアビスを許し、そして、隠れている建物の外から聞こえる
おぞましい音を耳だけでは無く、全身で感じ取る。



―ドスン…………



―ドスン……



―ドスン



―ドスン!



―ドスン!!



―ドスン!



―ドスン



―ドスン……



―ドスン…………





――建物の目の前を、あの歩行型生物バイオタンクが通り過ぎる……――



脅威が近づくにつれ、ミレイの表情に映る緊張感がどんどん強いものへと変わっていく。
隠れているのだからはっきりとした場所は特定出来ないものの、音の発生場所に
目を向ける事くらいならば、ミレイでも普通に出来る。

アビスも緊張した空気の中で息を殺し、ミレイと同じく音の発生地帯を頼りに
視線を動かし続ける。

徐々に足音が距離を置き始め、それに伴い地面に響く音も小さくなっていく。
そこから、初めて安心しても良い時が来ると言うものだ。



「行った……かなぁ?」

アビスにしてはやや珍しい真剣な表情で、先程まで自分達を狙っていた
大型の生物がいなくなってくれたかどうかを結局ミレイに訊ねる。

「あんたさあ、いい加減たまには自分で考えてみたら?」

ミレイはたまりかねたのか、呆れるかのように思わず笑いを噴出しながら
自分に頼ってばかりのアビスに対してある意味で痛みを与える一言を与える。

「そぉ……だよな。俺っていっつもこうだからもーそろちゃんとやった方いっかなぁ」

まるで自分の短所を思い切りつつかれたかのように気まずい雰囲気で
それでも何とか言い返してみるが、アビスではそれが下手であるようである。

ただ、口で言うより先に行動で示して欲しいものなのだが。

「分かってんならさっさとやれっつの……ったくあんたって奴は……」

いつになったらアビスの本当の意味での男らしさを見られるのかと、
ミレイは期待をしない期待を持ちながら、再び崩れた笑みを見せ付ける。





「ん? 誰だ、そこにいんのは。お客さんか?」



――聞こえたのは、だらしない印象を持つ低さを持った男の声……――

一体どこに男は立っているのだろうか。内部は薄暗い為、すぐにその場所を特定するのは難しい。
だが、声が伝えてくれる距離感は、そう遠くは無い。

「誰よ!? 誰かいんの!?」

ミレイは先程の逃走で僅かに蓄積されていた疲労を一気に払拭し、
どこかにいるであろう誰かに対し、構えの体勢を取り、いつでも戦闘に入れるよう、準備する。



「も〜しその誰かがいっとしたら、どうすんのかなぁ? まさかこの俺をぶちのめしちゃうとかぁ?」



――姿はまだ見えない。どこにいるのだろうか?――



ミレイとは非常に対照的に、姿をよく確認されていない男はまるで子供のふざけのように、
だらだらとした言葉を返してくる。

それは非常に挑発的な態度と言えるだろう。

「まさかこの事件の関係者!?」

今のミレイにとっては些細なことであってもすぐに事件と結び付けようと言う意識が強くなっているのかもしれない。
逃げる訳には行くまいと、病衣のままだと言う事も忘れ、構えた体勢を決して崩さない。



「だとしたらちょっと困っかもな〜」



――姿は未だに見えない。だが、声だけは鮮明に――



本当に男は関係者なのだろうかと、考えたくなるような妙な返答をしてくる。
しかし、面識も無く、尚且つふざけた相手をそう簡単に信用出来るはずが無いだろう。

「その喋り方凄い怪しいわね! さっさと姿見せたらどうなのよ!?」

ミレイには武術と言う武器を持っている。剣や棒等の物理的な物は無くとも、素手でも
充分やりあえるだけの技術スキルを所有しているのが最大の強みである。

「おいミレイ……お前やめとけって。一応怪我してんだろ?」

アビスはこれからミレイが何をしようと考えているのか、容易に想像が出来た。
しかし、ミレイはあの機関車内での事件の傷がまだ完治されていない。
アビスはここで完治していない傷が悪化してしまう事を恐れたのだ。

「だからって引けってんの? 外出そとでたらあのデカブツの餌食だし、かと言ってここに隠れてたらあいつに好き放題されるかもって言う状況だし……」

アビスは分からなくても、ミレイは今の状況に安全な逃げ道が一切存在しない事を理解していたようだ。
だが、流石に外を徘徊はいかいしているであろうあの歩行生物相手に素手で挑むのは自殺行為である。
だとしたら同じ人間同士を相手にした方が都合は良いはずだ。



「ミレイ……?」



――何故か姿を見せない男は、その名前を聞くなり意味深な反応を見せる……――



だが、男がそんな一言を吐いている間に徐々にミレイも目が慣れてきた為か、
僅かながら男の居場所が分かってきたような気がしてきたのだ。

暗い建物内部で誰かが立っているのが徐々に見えてきた。



δ 決め手は、一瞬だけ光り出した箇所だった δ

もし本当に相手が人間ならば、丁度頭くらいの位置を指す場所だ。
そこに目をつけたミレイは遂に……



「あたしら狙うっつんなら問答無用ぅ!!」
「っておいミレイ!!」



――男目掛けてかっ飛ばし……

――飛び上がる!!



アビスの声もろくに受け取らず、怪しい男目掛けて飛び上がり、
特にソバットを顔面に飛ばしてやろうと考えたのだろう。

まるで槍のように真っ直ぐ付き放たれた右足は正確に狙いたい場所へと進んでいく。



――ミレイの右足と



――謎の男の顔面が



――まさにぶつかる、その時だ!!



「おっと」

力の入っていない男の声と同時に、そのままミレイの右足は男の顔面の目の前で止まってしまう。
男が発したこのだらしない声の意味は、



――男の左手がミレイの右足をしっかりと掴んでいたのだ――



「なっ!!」

ミレイの驚きを表す一言を聞き流し、顔面直撃を左手だけで平然と受け止めた後は、
そのまま床へとミレイを戻す前に男の空いている右手が動き出す。



「俺もやられちゃあかんって訳でねぇ!!」

男の緊張感の感じられないが、それでも妙な力強さだけは感じられる声と共に
右腕がミレイに容赦の無い裁きいちげきを加える。



――細い首を掴み……――





――地面へと押し付けるダウンフォールプレイ!!――





―ドン!!

「ぎゃっ!!」

首を掴まれ、そのまま重力と男の力によって床へと落とされ、最終的には
男の手と床に挟まれる形となる。

床に首元をぶつけられ、そして顎は半ば意地で引いていたが、それでもいくらかの頭部への打撃も免れず、
痛みによって背中に痙攣けいれんが走り、未だに自分ミレイの首に掴まっている男の右手を外す事も叶わず
痙攣によってしばらくの間倒れたまま硬直状態を続ける。

「こ……このやろ! ミレイに何すんだこの野郎!」

体術と言う面を見れば相当強い部類に入るミレイだと言うのに、こうも簡単にやられてしまったミレイを助けるべく、
アビスは丁度近くに置いてあった木造の質素な椅子いすを武器に、その謎の男に飛びかかる。



――ミレイと違って素手で立ち向かう勇気は無かったようである……――



「うあぁあ!!」



――アビスは椅子で男を殴りつけようとするが……



「甘いよぉん!!」

勿論男の発した言葉そのものにも途轍もないゆるさを感じてしまうが、
男の目の前に迫るアビスも男の言う通り、甘い攻撃手段だったに違いない。



――ミレイを掴んでいない左手で椅子を弾き飛ばす……――

まるで張り手のように伸ばされたてのひらが面白いように椅子を吹っ飛ばしてくれたのだ。
手に走った衝撃いたみすらも感じさせないその手数はかなりの実力者として見れる。



アビスの背後で木材イスが地面にぶつかるやや堅い印象を受ける音が響く。
手持ち無沙汰となったアビスはこれだけで一気に戦意を喪失させてしまう。

「うわぁ……やべ……どうしよ……」

武器を失ったアビスが男に立ち向かえるはずが無かった。寧ろ、武器があっても全く歯が立たないのだから、
素手で向かっても勝率が上がる事はまず無いだろう。
アビスには、残念ながらミレイのような体術は無いのだから。



――だが、男の方も徐々に目が慣れてきたのか、様子が変わり出す……――



「ってあれ? よく見たらお前らって……」















▲▲■△▲ 蒼と紅の流弾宣告/SINK SONG ▲△■▲▲



アーカサスの街にある大衆酒場ギルド

ハンター達にとっては中枢部に当たる場所であるが、今のこの混沌とした空気の中では、
殆ど狩猟の為の受付と言う機能を果たしていない可能性がある。

そして、今はあの拳銃使いバイオレットによって入り口のドアを吹き飛ばされたのだから、
更に深刻な状況が生まれた事だ。



「さぁて仕事仕事っと。お〜い、ギルドマスターさんはいんのか〜?」

バイオレットは蒼と紅の拳銃をそれぞれの手に持ちながら、酒場の中へ入り、そのままゆっくりと前へ前へ進む。
周囲には避難してきたのか、それとも一致団結してこの街を荒らしている連中と闘う為の会議でも開いていたのか、
様々なハンターの姿もあったが、バイオレットはそれを殆ど無視している。



――だが、あくまでもバイオレット本人が無視しているだけで……

――周囲のハンターはそうでも無かったのだ……









「てめぇが張本人かぁ!!」

――バイオレットの真横に立っていたのは……



μ 角竜装備の剛槌駆使者ハンマー使いだ!! μ



――侵入した灰色の皮膚の男バイオレットを叩き潰すべく、堅骨の槌ボーンアクスを振り下ろす!!――



「あぁ?」

バイオレットは間の抜けた声を小さく発しているが、目の前には既に巨大な骨の塊が迫っていたのだ。

そして、とうとう……



―バキィイイイン!!

ν 地面を割る轟音クラッシャーボイス ν

飛竜を叩き潰す為に開発された武器は建造物の構造すら容易く変える程の力を持っているのだ。
人間――に近い彼――が直撃すればまず助からない。

だが、彼は無傷だったのだ。

落下地点から最小限の動きで左にずれ、直撃を免れた。

「何やってんだお前、親衛隊か?」



バイオレットはそれだけを言うと、一度右手に持つ蒼の拳銃、<ロウカレスHc-900>を真上に放り投げ、
素早く右手で黒いコートの裏に手を伸ばし、銀色の短剣を取り出し、
刃部分が手に対して下に向くように持つなり、



――無言で、角竜装備の男の首元を突き刺したのだ――



「ぐぅあぁ……」

男はヘルムのみ、被っていなかったのだ。
視界を良くすると言う都合だったのかは分からないが、視界の確保は、
同時に防御を甘くすると言う意味でもあるのだ。

曝け出されていた男の太い首元に刃が深く突き刺さり、苦しそうな断末魔の叫びを上げ、
そのまま防具の鈍い音を響かせ、床へと崩れ落ちる。

素早く短剣を抜き取ると同時に、落下してきた<ロウカレスHc-900>を短剣を握ったままの右手で受け取り、
短剣にこびり付いた血を振り落として黒いコートの裏へと戻す。

そして、再び二丁拳銃状態へと戻る。



「おいおい、まさかここの連中全員おれに歯向かうってのかぁい? まあどっちにしても仲間一人死んじまったんだ、別に敵討ちで来られたってこっちは恨んだりしねぇよ」

既に絶命に追いやられた角竜装備の男を見て平気な顔をして周囲のハンター達に得意げに言葉を飛ばす。
拳銃二丁は今は下を向いているが、ハンター達が本当に襲い掛かってきた場合はどうなる事やら。

「て……てめぇ!! オレの仲間ダチ殺しやがって!!」

殺された角竜装備の男の仲間だったのだろうか、岩壁竜装備の男が
背負っていた角竜の鎌クリムゾンサイスに手を伸ばしながら殺人犯バイオレットに走り寄るが、
それでバイオレットが黙るはずが無い。



―ドスゥン!

―ガラン……



「お前も、こいつんとこ行ってやんなさい」



ψ 伸ばされた左手の先に持たれていたのは、紅の拳銃<メイビアG-365>

――銃口マズルから立ち上がるほぼ無色な煙……



バイオレットは今度は短剣を使った刺殺では無く、愛用の拳銃を使った射殺を実行したのだ。
ヘルムの額当てを軽々と貫通した銃弾は一撃で男の命を吹き消したのだ。

一瞬で息絶えた男を見下ろしながら、バイオレットの性格には似合わない、
やや丁寧の入った言葉を与えるが、確実に相手は聞いていない。



「所で、偶然にも生き残っちまったハンターの諸君よぉ。一個おれの提案聞いてくれやぁ」

周囲のハンター達は一瞬の出来事のあまり、しっかりとした悲鳴すらあげられず、
無言のままを継続させているが、それを楽しむかのように二丁の拳銃を持った両腕をぶらぶらとさせながら、
バイオレットは酒場内部全体を見渡し始める。

特に、女性ハンター達の多くは恐怖のあまり、顔を青ざめてしまっている。



――しかし、向こうハンターからの返事は全く無い……――



「なんも返事はねぇのかぁ、まいいや、簡単だよ。大人しく引き下がってギルドマスター差し出すか、それとも通称化けもん兵器呼ばわりされてるおれ相手に最高スリルの殺し合い申し込むか、どっちか選べよ」

バイオレットは再び口を動かし、
入り口から遥か遠く離れたカウンターに無言で固まってしまっている小柄なギルドマスターに両手の拳銃を向ける。



――狡猾な動物を思わせる緑色の目エメラルドアイズだけで周囲を見渡しながら……



この場に居合わせた、そして生き残ったとも表現出来るであろうハンター達は何を思っているのだろうか。
アーカサスの街を愛するハンターにとっては、ギルドマスターは欠かせない存在である。
誇りをかけた狩猟に赴けるのも全てはギルドマスターがいるからである。

狩猟生活のほぼ中心人物となった存在をそう簡単に見知らぬ人間――のような存在――に引き渡してもいいのか。
そもそも、どうしてこの男バイオレットは大衆酒場を狙う必要があるのかも今は分からない。



――等と文を並べている間に、ギルドマスターの隣にいる竜人族の女性が……――



「貴方の目的は一体何なの!? アーカサスを襲う指揮を取っているのも貴方なの!?」

紫に近い赤い服を纏った尖った耳が特徴の竜人族の女性は、半ば勇気を振り絞り、
バイオレットの求めている物を問い質す。

「残念だなぁ、指揮はおれじゃねぇんだよ。一応おれにとっちゃあ上司に当たっけど、そいつが取ってる訳。名前は敢えて伏せとくぜ」

バイオレットは一度尖り気味な顎を持ち上げ、女性の想像が間違いであると指摘し、再び口を動かす。

「そしてだ、おれが求めてんのは簡単だよ。お前らギルドが厳重保管してるっつう機密文書貰いに来たんだよ。そんだけだぜ?」

どうやらバイオレットはとある物質を求め、アーカサスの街へと赴いたらしい。
よほど自分に余裕があるのか、先程までは持ち上げていた両拳銃をゆっくりと降ろす。
それとも、ひょっとしたら自分の要望をすんなりと聞き入れてくれるかもしれないと言う希望を抱いたのだろうか。

「どうしてそんな物を狙うの!?」

竜人族の女性はとことんあらがうべく、理由までも問い質そうとする。この女性には自分が殺される可能性があると言う
予測を立てていないのだろうか。

「別に理由なんてどうだっていいだろ? おれはあくまでも仕事でやってんだぜ? お前らが隠し持ってる古龍の聖域新書ってやつを……」



――その時、バイオレットは空気が変わるのを予測する――







―ピュン!!

自分の左側から感じた殺気を回避すべく、素早く後方へと身を反らし、
そして、彼の性格に相応しいあれ・・を実行する。

無言で左腕を伸ばし、その先に握られている紅の拳銃<メイビアG-365>に一発だけ、吠えさせる。



飛ばされる銃弾が意味するもの……





――それは……――





ω 処刑/EXECUTION ΩΩ



簡単な話だ。
バイオレットを密かに射殺しようとしたボウガン使いの翠牙竜装備の青年は
逆に返り討ちに遭ったのだ。
英雄ヒーローになろうとした行為があだとなった訳だ。

愚かにも、頭部を撃ち抜かれ、血を流しながら壁にもたれかかり、絶命する。



青年の近くにいた、仲間かどうかは分からない人間達がその一瞬の光景に青ざめているが、
そんな事はお構い無しにバイオレットは次の言葉を周囲のハンター達に受け渡した。



「撃ったなぁ? おれに敵わん事理解しての決断だったって事かぁ」

銃口から煙の立ち上がる<メイビアG-365>の銃口を上に向けながら、結局ハンター達が何を考えているのかを読み取ったのだ。
バイオレットは相手の返答も待たず、次を始める。

「よぉし分かったぜお前ら。もう男も女も関係ねぇ。男もじゃんじゃん血の雨見せてやるし、女も好きなように遊んでやる……」



――両手の拳銃を交差させるように持ち……――



――そして、俯き始める……――



天に向かって伸びた黄土色の髪のせいで目元は隠れてしまっているものの、
その拳銃の構え方を見ると、恐ろしい雰囲気が立ち上がっているように感じ取れてしまう。





「お前ら全員……」



――獣のような緑色の眼エメラルドアイズを見開き……――



――拳銃の銃口マズルを正面へと向ける!!――



「死刑……確定ぃ!!

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