――◆◆ 逝去を見送り続けた酒場にて/LOCAL LIQUOR STORE ◆◆――

勇敢なる一角獣装備の女性、フューリシアと、単独で何人ものハンターを殺害した狂気、バイオレットの
素手での戦いが終わり、再び行われた虐殺活動。

最早、彼を止められる正義の戦士は存在せず、事情を知らずにこの大衆酒場に入り込んだ人間は、
残酷な現実を前に腰を抜かす事となるだろう。
誰も止めてくれる人間が存在せず、と言うより、止められる人間が存在しないのだから、
抑制と言う行為も存在しないのだ。結果として、次々とむくろが生産され続ける。

そして今、酒場に転がっている者達もとんでも無い事になっている。

バイオレットに攻撃され、血を流し、或いは噴き出しながら横たわっている。
武具を纏っていようが、その中で強度が弱い箇所を狙われれば何も纏っていないのと変わらない。
そこに男女の差別は一切存在せず、男であれば容赦無しに始末されるし、女の子だからと言って情けをかけられたりもしない。

刺殺しさつ絞殺こうさつ撲殺ぼくさつ射殺しゃさつ、これらの方法によってハンターの人間達はこの世を去って逝ったのだ。
相手の得物を使って殺そうが、ここでは規律ルールが動きを制限してはくれない。

即ち、ここは自由自在フリーダムであるのだ。





――◇◆ 作り上げられた死体の数々は……/BLACK CORPSE ◆◇――

大剣によって武具ごと上半身と下半身に切断された岩壁竜装備の男性ハンター……
その大剣は男の腹部に未だ放置されたまま……

右腕、左脚を強引に斬り落とされた柔白竜装備の女性ハンター……
使ったであろう片手剣は胴体の天辺に付き立てられているが、既に頭部は無くなっている……

ハンマーによって顔面を潰され、周囲に血液と内容物をぶちまけた戦闘用の武具の男性ハンター……
例の如く、ハンマーは男の頭部付近に放置されたまま……

太刀によって胸部を貫通された紺角蟲装備の男性ハンター……
まるで飾り物のように壁に突き立てられ、そのまま壁にぶら下がってしまっている……

同じくして、太刀によって下から貫通され、そのまま口から切っ先を食み出させている毒煙鳥装備の女性ハンター……
股関節から、口まで真っ直ぐと突き立てられ、そのままの状態で血を垂らしながら床を転がっている……

適当に捨てられている双剣によって顔面を既に原型を保てないまでに滅茶苦茶に荒らされた骨組装備の男性ハンター……
目玉は抉られ、殆ど骨まで見えていると言う絶望的な状態。勿論絶命している……

他は、容赦無く四肢のどこか、或いは全てを斬り落とされていたり、そこまでは行かなくとも、
関節の法則を無視した方向に滅茶苦茶に折られていたりしている。
武具があるにも関わらず、精密に武具の弱い部分だけを狙ったバイオレットの攻撃により、
様々な形で血を出しながら横たわっているのだ。情け容赦の一切知らない世界だ……





殺し屋は既に返り血で赤く染まっており、カウンターの後ろで震えているとある二人・・・・・に近づきだす……。






「残念だったな〜ギルドのマスターさ〜ん。それと、竜人族のお姉さんよぉ」

灰色の皮膚、そして漆黒のロングコートが特徴的なバイオレットは、返り血で赤く染まった顔の口を吊り上げ、
カウンターに堂々と右肘みぎひじを立てながら、背後を一瞥する。

背後には無数の男女のハンターの死体が転がっており、とても凝視出来るような光景では無い。

「……」

紫色の民族衣装のような服を纏った竜人族の女性は、恐怖のあまりか、何も声を発する事が出来ずにいる。

「こ……今度は……何をするつも……りじゃ……」

ギルドマスターは辛うじて、非常に小柄ながらも、老いた声を必死で振り絞るように出す。

「さあどうでしょうね〜。お前らの選択次第だぜ。おれの目的、覚えてっよな?」



――何気無くカウンターの上に置かれていた茶色い一升瓶いっしょうびんの酒を左手に取り……――



バイオレットは飲酒なんかをしながら、最初にここへ赴いた動機を喋りだす。

「ど……どうして……あのような……物を……?」

竜人族の女性も必死で口を動かし、バイオレットに問う。

「言ったろ? お前らには無関係だって。それに今の状況考えてみろよ? 下手に歯向かったら、お前らの全く役ん立たなかったハンターボディガードどもとおんなじ目に遭う事んなっぜ?」

やはり、立場的にも、実力的にも有利な立ち位置にいる為か、バイオレットは再び笑みを浮かべながら、
後ろを右親指で差しながら強要する。

「わ……分かった……。今……渡すから……命だけは……見逃してくれ……。おい、持ってきて……くれ」

ギルドマスターとは言え、やはり命を持つ一種の存在である。殺される事は怖い話である。
その恐怖には勝てず、竜人族の女性にあの『古龍の聖域新書』を持ってくるよう、命じる。

「で……でもマスター……」

やはり恐怖が抜けず、口元が震えた状態が続いてしまう竜人族の女性であるが、

「早く!」

ギルドマスターの焦った口調が、そのような言葉を発せさせた。
僅かでもこの男バイオレットの機嫌を損ねてしまえば命が危うくなるのだから。



――女性は、ゆったりと、そして迅速にカウンターの裏のドアの奥へと入っていく……――



「そうそう、それでいいんだよマスターのお爺さんよぉ? 始めっからその新書さえ差し出してくれりゃあよお、無駄な死骸出んで済んだってのに、判断間違っちまったなぁ? ホントにそれでハンター仕切ってんのか? もっと勉強しなさい? どうやったら被害最小限に抑えれるかってのをなあ」

バイオレットはもうこれで、自分の欲している物が手に入ると安心したのか、
カウンターに背中を預け、ギルドマスターに背中を向ける体勢になる。左手には相変わらず瓶が握られたままであり、
時折その中に入っている酒を体内へ取り入れる事を忘れない。

一種の一服なのだろうか。



――だが、何かの気配を覚え……――



「あぁ? そこ誰かいんのか? いたら出て来い」

バイオレットは突然酒場の中央付近へと、瓶を持ったまま歩き出し、
同時に表情も先程までの笑みを含めていたものが抜け、威圧的なものへと変貌する。

周囲はテーブルや椅子で囲まれておる為、床の方に対する見通しはとても悪い。
だが、バイオレットは気付いてしまったのだ。

周囲に転がる男女のハンターの死体を越えながら進んだその先に……



――出入り口から見て、中心から左寄りの場所にいたのだ――



――しゃがみ込んでいる女性ハンターの姿があり……――



「あぁれ? まだ生き残ってやがったかあ、皆殺しんしたはずなんだけどなあ」

確かに酒場にいる人間ハンターは全員あの世に送ったはずだと言うのに、
何故かここに一人だけ、生き残った最後のハンターが姿を見せているのだ。

バイオレットの計算違いだったのだろうか。

「……お、お願い……やめて下さい……」



――少女は懇願を始める……――



何とかバイオレットから距離を取ろうと、反射的に立ち上がった狩人用装備の少女は、
震えた透き通る声で頼みながらゆっくりと後退する。

一応少女はガンナーであり、赤を帯びた鉱石等の素材の影響なのか、普通の装備と比べると、赤い印象を受ける。

だが、それよりも、問題はバイオレットである。

「やめてだぁ? おれ最初言ったよなぁ? ここいる奴ぁ全員死刑だって。お前明らかまだガキだろうけど、決まりは決まりだかんなあ、ちゃ〜んと覚悟決めてもらうぜ?」

少女の頼みを聞き入れず、バイオレットは獣のような緑色の眼を細めて口元を吊り上げながら、
まるで楽しむかのように少女に言い飛ばす。

「え……? そんな……」

少女の赤い瞳が恐怖で揺れ始める。逃げたくても、目の前にいるバイオレットの恐ろしさのあまり、
身体が動いてくれず、ツインテールの薄さが見える赤い髪が静かに固まって見える。



「残念だけどなあ、お前ぐれぇの歳の女もここで皆あの世逝きんなった訳よ。さっきも楽しかったぜぇ? あの叫び声響かせて死んでくとこおがめんのは。女っつうのはよく分かんねえ生きもんでよお、男と違ってちっとも護りきれてねぇんだよ。なんだありゃあ、戦う分際でファッションショーか? 腕だの足だのじゃんじゃん出しやがってよお、折角鎧なんだから全部護っとけって話んなんねえか? どうだよお前」

どうやらバイオレットにとって、男性ハンターよりも女性ハンターの方が仕留め易かったようだ。
性別によって武具の形には大きな違いがある訳だが、女性ハンターの方はどうも装甲が全体的に薄かったり、
腕や脚部の露出が目立ったりしている。

それが動きを良くする為なのか、或いはもっと別の理由かは分からないが、
少なくとも、バイオレットにとっては急所を丸出しにしているのと全く変わり無いのだ。
外見的な魅力等、バイオレットの戦闘スタイルを見ると、ただ弱点を晒しているだけなのだろう。

「そ……そんな……事……分かり……ません……」

だが、少女にとっては単純にバイオレットそのものが怖かったようであり、
その口調は未だに震えたままだ。今にも泣き出しそうな気もしなくも無い。

「おいおいそうやって逃げんなよ。お前にとっちゃあ人生最期・・の質問コーナーなんだぜ? 最期・・ぐれえ思い切った返答でもしてみたらどうなんだよ? ホントはお前思ってんだろ?」



――バイオレットは少女にゆっくり、ゆっくり、近づきながら話を続ける――



「あの黄色っぽい装備した女はなんであんなに足曝け出してんのか、とか、さっきおれに素手で喧嘩売ってきた女もあんなに足だの手だの腹だの見せびらかしやがってのか、とか、っつうかそれ以前になんで女っつうのは殆ど全員足なんか出してんのかっつう疑問あんだろ? 女同士なんだから堂々と答えてみろよ?」

バイオレットの中ではただ攻撃対象の重点としかならない、女性装備のある意味での魅力を、
無理矢理と言った感じで、狩人用装備の少女に迫る。

「私にそんな……困り……ます……」

だが、やはり男の台詞には僅かながら性的に不味い部分もあった事だろう。
少女はそこに対して多少、男に対する違和感を覚え始めるも、やはり恐怖だけは抜けてくれない。

「困る、ねぇ」

それだけ言いながら、バイオレットは少女に対して右半身を向けながら、



――瓶の中身を再び飲み始める――



瓶の口が床に対して真下を向き、バイオレットの口内へと流れていく。
勝利の一杯のようなその酒はバイオレットにどのような感情をもたらすのだろうか。

だが、この飲酒状態に於いて、バイオレットは事実上無防備だ。
今なら上手くやれば一撃くらいは加えられるかもしれない。
だが、加えた後、どうなるかは想像したくないだろうが、一か八かに賭けるなら、実行しない手は無い。

それは少女の震える心の片隅で感づいていた事なのだ。
目立たないが、右の拳が強く握られ、今にも発動しそうな予感を見せてくれている。



――そう。今なら……!!――



――そして……!!――





あめぇぞお前」

決してバイオレットは油断をした訳では無かった。瓶から口を離し、空いている右手を……



――少女の顔へと伸ばしたのだ――



「きゃっ!」

伸ばすと言っても、生易なまやさしいものでは無い。
殆ど暴力と言っても過言では無い程の威力だった。
狙いが甘かった為、喉元を保護するパーツ部分に運が良かったのかどうかは分からないが、そこに拳がぶつかったのだ。

だが、走った衝撃と、突然の暴力に少女の悲鳴が飛び上がる。



――もう、これで少女の未来は悪い意味で保障される……――



「お前おれん事殴ろうとか思ってたろ? あぁ?」

一升瓶をすぐ横のテーブルに乱暴に置きながら、
バイオレットはまるでならず者が弱い者から恐喝でもするかのように少女に迫り、指を鳴らす。

「え……いや……そんな事……」

少女は全身を震わせながら、必死に否定するも、無駄なようにも見える。

「今頃嘘こいだっておせぇぜ? もう殴り合いで殺害免除なんてめだかんなあ」

更に指を鳴らし、少女を威圧する。精神的にも、肉体的にも追い詰めて見せたいのだろうか。

「え……嘘……」

確実にこの少女は先程の一角獣装備の女性フューリシアのように殴り合いを申し込んだ訳では無いはずだ。
だが、この先にあるのは、殴られるか、殺されるかのどちらかであり、それに絶望したのかもしれない。



――遂に地獄の攻撃ヘルナックルが発動する……――



「覚悟、決めろ……よっ!!」



――左腕が飛ばされる!!――



「きゃっ!!」

少女の右の頬を強い力で殴りつける。顔が強い反動によって左を向かされるが、倒れる事は無かった。
バイオレットなりに、力加減でも見せたのかもしれないが、確実に痛かったはずだ。
顔は武具で保護されていないのだから。



――そして素早く次の一撃!!――



「おらよっ!!」

今度は力加減が一切無かった。男性としては多少背が低い部類である彼でも、腕力だけは
人間を片手で持ち上げるだけのものを誇るのだから、それを本気で出されてしまえば確実に、無事では行かない。



――右腕ききうでが未だ横を向かされている少女の頬を直撃……――



「うぐっ!!」

内部で切れ、口から血液と、それに混ざった唾がいくらか飛ばしながら少女は遂に背中から床に倒されてしまう。
床に響く音が痛々しい雰囲気を呼び起こす。



――それを見ていたギルドマスターは……――



「や、やめろ! いくらなんでも女の子相手に――」
「今取り込み中だ爺!!」

怒鳴り立てるギルドマスターに対し、バイオレットは……



――右手で漆黒のコートの裏から一発発射スラッグショット型のショットガンを取り出す――



―バスゥン!!
―ガシャァン!!

「うわぁ!!」

素早く抜き出され、そして発射された弾丸はギルドマスターのすぐ隣を通り、
そしてその背後に並んでいる酒瓶の一部に命中し、硝子が割れる音が響く。

ギルドマスターに被弾しなかっただけ幸運と言えるが、バイオレットはわざと外したのだろう。
ハンターの急所を恐ろしい程に的確に狙う実力を持っているのだから、その気になればおどす事は簡単な話だ。

「さてと……」



――バイオレットは再び左手に一升瓶を持ち……――



「おいおいまだ終わりじゃねぇぜぇ? これからなんだからよぉ……」

床に倒れ、殴られた右頬を右手で押さえながら苦しんでいる少女に近づき、そして少女の細めな腰をまたぎ、
そのまましゃがみ込む。

相変わらず右手にはショットガンが持たれたままであり、男の威圧感を更に倍増させている。

「や……やめて……下さい……殺さないで……くだ……さい……」

顔面に突きつけられるショットガンの銃口によって、本当の意味での最期を予知された為であるのか、
少女は涙を溢れさせながら、口の中で出てきた血液によって赤く染まった白い歯の見える口を必死で動かした。



「なぁにが『殺すな』だよ。もう都合いい話なんて通用しねんだっつうの。酒場ここいる時点でもうお前のあの世逝きは決定してたんだぜ? ただ他ん奴より遅くなっただけ〜」

面白がるかのように、バイオレットは少女の頼み込みを無視し、
少女に絶望しか与えない言葉だけを厳選しながら言葉だけで責め立てる。

「人を……殺して……楽しい……んです……か……?」

少女としては、自分だけでも何とか助かりたいと言う、ある意味で自己中心的で、そして本能とも言える欲求の為に、
殺されるまでの時間を稼ぐかのようにバイオレットに言葉で立ち向かう。

未だに赤い瞳からは涙が流されたままだ。



「あのなあ、楽しいとかそう言う前にお前はどうだ? って話んなんねぇか? お前だって飛竜だの何だのって色々殺してんだろうよ? 今回たまたまお前が始末される番になったっつうだけだろ? 飛竜に殺されようが、こうやっておれみてぇな奴に殺されっか、んなもんハンターやってりゃあどっちでもくなんだよ。死因がどうだろうが死んじまったら全部一緒だろ?」

仰向けになっている少女の視線からは、バイオレットの天に向かって伸びた黄土色の髪が途轍もなく威圧的に見える。
おまけに涙のせいで目の前が歪んで見えてしまうが、これだけはもうこの状況下ではどうしようも無い。

バイオレットにとっては死んでしまえばそこに誇りとか、名誉とかは存在しないのだ。

「やめ……てくだ……さい……」

それでも少女にとっては未だに突きつけられている銃口がたまらなく恐ろしい。



――突然バイオレットは銃口を逸らし、その銃口を床へと付ける――



「お前さっきからそればっかだなあ。死にたくねんだったらなあ、始めっからハンターなんかしなきゃいんだっつの。そうだろ? あんなもん行かなきゃ死ぬ心配もねんだし、行ったら行ったでやったらギルドからの制約だの受けてロクにゆっくりもしてらんねえ。しかも時折妙な奴が武器振り回して関係ねえ奴巻き添えにしやがる。こんなハンター社会になんでお前みてぇなガキんちょが手ぇ出すんだろうなぁ」

バイオレットは正式にはハンターでは無いものの、ハンター業の仕組みについては理解を持っているようである。
飛竜の討伐は個人だけの理由、言わば密猟は違法行為である為、関わりたくなければそこに不慮の事故で死亡する理由は生まれない。
そのような物騒な世界にどうしてすぐ泣き出してしまうような少女がハンターになったのか、やや不思議に思ったのだろう。

「もう……やめて……下さい……お願いです……」

それでもバイオレットにとっては目の前の少女の命運は関係無い。
やがて流れる涙が蟀谷こめかみを伝い、木造の床を湿らせる。この涙が止まるのは、バイオレットがいなくなるか、それとも、
この少女がこの世から立ち去った時である。確実に。

「お前好きだなぁ、そん言葉。やめてやめてやめてやめて。それ以外なんかネタねぇのか? 折角追い詰められてんだからよぉ、どっかの映画とかみてぇに馬鹿にカッコつけたアクションとか見せてみろってんだよ。窮地の悪足掻わるあがきっつうのは上手く行ったら後世に名前残っかもしんねぇぜ? 泣いてばっかいねぇでなんかしてみろよ……」



――バイオレットの目元が一瞬暗くなったような錯覚を提供し……――



――そして、すぐに……――



「なぁ!! してみろよぉ!!」

バスゥン!!

χχ ショットガンから放たれる大型の弾丸ショットシェル……



「嫌ぁあ!!」

先程までは呟くような、小さな音量だった少女の声が、床をえぐる威嚇射撃の影響で一気に最大近くまで引っ張り上げられる。
オマケに両肩まで大きく飛び上がる。

顔のすぐ真横に発射され、着弾の轟音がすぐ横にある耳へと直接的ダイレクトに伝わった。
ここまでくればもう既に脅しの段階レベルでは無く、殺害の一歩手前まで迫っていると言えよう。

「おおテンション高ぶってきたんじゃねぇか?」

その甲高い叫び声がバイオレットを刺激したのか、バイオレットの口調にもどこかノリが入り始めている。



――違う……。恐怖が倍化しただけだ……――



「や、やめ、やめて下さい!! 殺すのだけはやめて!! やめて下さい!!」

先程の発砲行為トリートプレイがとうとう少女の感情抑制の糸を切ってしまったのか、
少女は未だ口の端から血を流し、おまけに元々多量に溢れていた涙を更に溢れさせながら必死で命乞いをし始める。

「うわぁ壊れちまったぁ……。ここまで来ちまったらもうあかんだぜ、ははは」

叫び狂う少女に対するコメントを言いながら、バイオレットはわざとらしい笑いを飛ばし、
ふざけ半分なのか、それとも本気なのか、銃口を少女の眉間みけんへと接近させる。

「や、やめて!! 殺さないで!! 何でもします!! だから殺すのだけはめて下さい!!」

ここまで来れば、もう少女にとっては命さえ助かればその後はどうなっても良いと考えたのだろうか。
殆ど自棄やけになりながら、自分の生命の安全だけを最優先にする。



――少女のとある言葉ワードがピンポイントに伝わり……――



「何でもぉ? マジで何でもすんのぉ?」

一番気になった部分を抜き出しながら、バイオレットは情けの一環としてか、銃口を逸らしてやった。



――溜まりかねたのか、ギルドマスターは……――



「おい! もうやめたらどうじゃ!? そこまで徹底的に――」
「だぁから取り込み中だっつってっしょ〜!!」

ふざけたバイオレットの言葉とは非常に対照的な動作アクションが次の悲劇と化す……



バスゥン!!

ビィン!!

「ひぃ!!」



バイオレットは再びギルドマスターに向かって発砲したのである。直接狙いはしなかったが、
ギルドマスターの立っている木造のカウンター、即ち、ギルドマスターの下を狙って撃ったのだ。

真下で響く着弾音ダイナマイトキッスが老いた悲鳴を小さくとどろかせる。



「何回言わせんだよこの爺は。痴呆症でも始まっちまったか〜? あんましつこいと他の奴らから鬱陶しい野郎だって思われっぜ?」

その侮辱でも混ぜたような発言の後、バイオレットは再び仰向けで震えている少女へと向き直す。

「さって、話戻すかあ。よぉし、お前何でもすんだな? 真面目に何でもすんだな?」

念押しのように、何度もしつこくバイオレットは問う。



――だが、少女は震えて硬直したままだ……――



「おいおいすんのかって。お前が言い出した事だろう?」

多少口調を強くしながら、再び銃口を突きつける。

「はい!! な、何でもします!! しますから殺さないで下さい!! お願いします!!」

未だに止まる事のしらない涙を垂れ流しながら、少女は必死に命乞いを続ける。

「うっせぇなぁ……。まあでもお前あれだぜ。『何でも』っつうのはかんなりやべぇ意味も含んでるって知ってっか?」



――だが、バイオレットにまたがれた少女からの返答は無い……――



「おれの命令一個でおめぇは、誰か殺したり、眼球めんたま穿ほじくったり、毒ガス撒き散らして大虐殺したり、内臓引き摺り出したりしなきゃなんなくなんだぜ? 途中で逃げたりでもしたら、今言った事全部お前にしてやっかんなあ〜」



――銃口で少女の細い顎を押し上げる……――



「やります……。逃げませんから……下ろして下さい……それ……」

狩人用装備の少女はもう体力的にも、精神的にも限界が近づいているのか、口調が弱々しいものに変わっていく。
だが、流れる涙だけは全く衰える事を知らず、その赤い瞳も揺れたままであり、少女の視界も揺れたものであるに違いない。

「それでいいぜ。もうこっちも飽きてきたぜ。お前ばっか責めんのに時間使ってちゃああれだかんなあ」

少女を跨ぎながらしゃがんでいるバイオレットはようやく気が済んだのか、一度左手に持つ瓶の酒を飲む。



――ようやく提供される指示ミッションは……――



「んじゃ、そんじゃあお前はおれの部下第一号だ。とりあえず竜人のあいつが新書持ってきたら、おれは即行こっから脱出する。フランソワーズに乗ってなあ。だからお前はおれの邪魔んなった瞬間使えねぇ人間ゴミんなっ訳だ」

バイオレットのその言葉の奥に映る作業とはどのようなものなのか、理解出来るようで理解出来ない。
しかし、何とか言いなりになっていれば命だけ・・・は助かるだろう。



――> 少女の頭の中で……/DESPAIR IN HER MIND <――

(こ……これで助かるの? ……私……なんも悪い事……してない……よね?)

自分が助かる代わりに、他の街人が死ぬのかもしれないこの状況で、
少女は別の意味での恐怖に駆られ始める。

(でも……怖い……!!)

だが、殺し屋のバイオレットと同行するなんて、たまらなく恐ろしい事だ。
どこの世界の者かも分からない奴と動くのはとても恐ろしい。

(なんとか……して……!! 誰でも……いいから……!!)

本心では、バイオレットに付こうとなんて、思っているはずが無かったのだ。
これらの恐怖が涙の滝を止められずにいるのだ。





「お前の一番いっちばん最初ん仕事はすげぇ簡単だから、ぜってぇ失敗しねぇ。失敗したくても出来ねぇ限りなく特殊な仕事だ」

何を言っているのだろうか、バイオレットは何やらただならぬ空気を含んだような仕事を、
自分の両足の間に挟まれている少女に押しつけようとしている。

「……何ですか……? そ、その仕事って……」

多少涙が収まり、気分も落ち着いたのだろう。少女は思い切ってその仕事内容を問い質そうとするが……



――バイオレットの緑色の目が下を向き……――



「仕事かぁ、内容は回りくどく言やあこうだ。おれの邪魔にならんようお前には動いて欲しい訳よ。ただ聞いてるだけだとメッチャメンドそうな作業に見えっだろ? でも心配すんな。チョー簡単だ。記憶力も、体力も、忍耐力も、何も必要ねぇかんなあ」

一度酒場の出入り口の奥に見える夜の外に目をやりながら、バイオレットはある種の覚悟を決めさせるような忠告を飛ばす。

「な……何ですか? その……内容は……」

少女としては早く内容を知りたい事だ。早く教えてもらうよう、血が垂れた口を恐る恐る動かす。
結局の話、涙はまだ止まらない様子だ。



――そして、数秒後に……――



「よっし、そろそろ単刀直入にお前に指示してやる。二文字だぜ、に、も、じ!」

バイオレットは左膝だけ床に付けてしゃがんだ体勢のままでとうとう話す気分になったのだ。
だが、わざわざ区切ってまで強調する必要性があるかどうかは本人にしか分からないのだろう。

「二文字……ですか……?」

あまりにも短すぎる内容に、少女はどこか恐怖を覚え、赤い瞳を動揺させながら、再び恐る恐る訊ねる。










――バイオレットの口元が釣り上がり……――










「死ね」

φφ これが、仕事内容である……



(!!)

少女の赤い瞳が大きく広がり、止まりかけていた涙が再び溢れ出す。





――κκ 少女の顔面へと動くショットガンの銃口マズル κκ――

同時にバイオレットは左手に持つ瓶の中にある酒を再び飲み始める。



ψψ ここから始まる死への直球投下カウントダウン…… οο

瓶の中身が空になったその時、確実にショットガンは吠えるであろう。
どれだけの量が残っているかは、バイオレットにしか分からないだろうが、
それよりも、それよりも……、あの言葉の意味が肝心だ。

仕事の邪魔にならないように、少女は動かなければいけない。
だが、任務の過程で邪魔になってしまう可能性も出なくは無いのである。
根元からバイオレットは考えたのだろう。
存在そのものを消してしまえば、失敗する必要も無くなると……



しかし……、その答えが、少女に与える影響とは……






▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

崩壊していく精神の中で……

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲



δδδ βββ εεε

もう、ここには羞恥や、戸惑いは必要無い。
殺される事が確定したのだから、もう少女自身の精神を抑制する制御装置リミッターは、
壊されてしまった認識してもおかしくは無い……。

(え? うそ!? それが……結局それが答えなの……!?)

一応命は助かると希望を抱いていたのに、その二文字・・・・・で全てが消し飛んだ。
男の性格を見れば、当たり前の結末だっただろう。だが、少女にはそれは今は関係無い話。

(殺される……!! もう駄目!!)

少女は再び噴き出してくる涙に思わず両目を力強く閉じるが、視界が遮られるだけで、
バイオレットの向けられた銃口が遮られる事は無い。



(こんな……最期なんて……いや!!)

少女だって、一応はハンターであるが、文字通り、少女らしい純粋な心も持ち合わせている。
まだまだ楽しい事だって、運命の出会いだって、その他色々な巡り合せに遭遇したかったはずだ。
だが、引き金トリガー一つで、もう少女の運命は決定される状況なのだ。



(誰でもいいから……誰か……助けて……!!)

恐怖のあまり、直接声を発する事も出来ず、精神世界のみで必死な叫びを飛ばし続けるが、
それは現実では誰にも伝わってくれてはいないのだ。



――徐々に身体全体が寒気に包まれる……――



――更に、身体そのものも硬直し始める……――



(まだ死にたくない……、まだ母さんのとこに……行きたくないよ……)

再び視界が揺らぎ始める。涙のせいだろう。歪んだ視界の奥には、未だに飲酒しているバイオレットが映っている。
少女の事等、気にもかけていない様子だ。
そして、この少女はもう親が他界してしまっているのだろうか?

(もうやだ……、こんな世界……もう何とかして……神様……!!)

極限にまで追い詰められ、とうとう実在するかどうかも分からない至高の存在にまですがり始める。
それとも、世界を最初に生み出した存在に対して弱々しいながらも怒りを覚えたのか。



▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

やがて、瓶の中が空になり……

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲





「さて、んじゃ、あばよ……」

瓶を左手に持ったまま、バイオレットは多少ずれていた銃口の先を少女の顔面へと向け直し、
これからの血塗れの風景を想像するかのような、小さく、短い一言で締め括る。



ρρ 遂に、引き金トリガーが下がり始める!! ρρ








REMAINDER!!     WARNING!!     WARNING!!     WARNING!!

















          THREE SECOND! ―― 3秒前!!







――◆◆ 少女の最期の、死の目前の想い……/WITCH NECKLACE ◆◆――

(もう駄目!! 駄目!! やだ!! やめて!! やめて!!)

伝わらない願いである。バイオレット相手に、感傷は一切通用しない。
心の中で甲高い声で泣き叫ぶが、まるで意味を見せ付けない。
そして、現実世界でも、涙はまるで止まらない。

(それだけはめて!! やめて!! お願い!! やめて!!)

迫る銃口からはもう逃げる事は出来ない。だが、心中で悪足掻わるあがきをするだけなら、
少女でも出来る事である。

それにしても、非常に痛々しい言葉である。

(お願い……!! 助けて……助けてよ……ねえ……お願いだから……)

精神世界でもその甲高い声が揺らぎ始め、こんな時にとある人間の姿を思い浮かべ始めるのだ。







          TWO SECOND!! ―― 2秒前!!!







(クリスさん……!! 助けてよぉ……!!)






――突然この少女の視界が真っ白になり……――

その中に、目的の人物の姿が浮かび上がったのである。
こちらに向かって、左側から振り向く、とある少女の姿が……。

上半身しか映らないものの、確実にあの赤い甲殻が特徴的な赤殻蟹装備を纏っており、
視界確保の為に縦に切り抜かれた穴のある額当ての横から映る容姿が眩しく見える。
ほっそりと保たれた首もその少女のスタイルの良さを表してくれている。

ハンター本来が持つであろう相手を仕留めると言う、荒々しい世界にそぐわないような
水色の瞳は、見る相手をなごませるような輝きを見せてくれる。
そのパッチリと開いた瞳は、向かい合う相手に優しさを恵んでくれる。
左目を閉じてウィンクしたその姿は異性を一撃で仕留められる程の威力を誇るようにも見える。

けがれの無い白い肌も、思わず同姓であるこの少女も見惚みとれる程である。
その滑らかさは、視聴的にもそうだが、物理的な手触りも最高級として感じ取れるだろう。

更に、笑みの一環から笑顔を浮かべながら開いている小さめな口からも眩しさが現れていた。
微細なずれも生じずに並んだ純白な歯からも、同姓の人間が羨ましがるようなオーラが放たれている。
こんな清潔感のある少女からキスを受けた少年は、その嬉しさのあまり、
そのまま死んでしまうかもしれない。ある意味で悪魔のような特徴を備えているのだ。



その、異性は勿論、同姓でもうらやましがり、そして見惚みとれてしまうような眩しい笑顔が突然、
揺れ始めたのである。

と言うよりは、かすんできたと表現した方が正しいだろう。その理由は明白である。



ξξ 現実を受け入れる時間が、迫ったのだから!! ξξ







バイオレットは不気味な笑みを浮かべたまま、決定的なそれをの当たりにする事となる。

―>やがて、ショットガンは……

―>最期の決断を下す為に……



――βα 少女の、最期の叫び……/FINAL EYES αβ――

(いや!! やだ!! やだ!! 助けて!! クリスさん!! 助けて!! お願い!! 来て!! 助けて!!)










          ONE SECOND!!!―― 残り1秒!!










最期の時ジャッジメントタイムが、やってきた……

バイオレットの双眸そうぼうに力が入る……

きっと、その目玉はこう言っている……



『地獄でも泣いてろ臆病モンがよぉ!!』











(いやぁあああああああ!!!!!)

涙が噴出するも……











―バスゥン!!!!!!!























大衆酒場の遥か上空、夜空に響き渡った、一発の銃声。
どうしてこの世の中、弱いと言う条件だけで悲惨な結末を迎えなければいけないのだろうか。
あまりにも酷過ぎる、世の中の仕組みシステムは今もこの世界を漂い続け、気まぐれに問題へと接触する。

被害に遭った人間が何と言おうが、このシステムは実体を持たないが為に、文句を言われようが
そのまま無視して素通り出来てしまうと言う、何とも気まぐれで残酷な性格なのだ。

あの泣きながら必死で耐えてきた少女も、このシステムを恨むしか無いであろう。
だが、恨んだ所で、この世界がどのような態度を見せるのか、それは誰にも分からない。



あの狩人用装備の少女が最期の最期に思い浮かべたあの赤殻蟹装備の少女。
クリスの事であるが、確実に狩人用装備の少女は気付いていないのだ。






――今、クリスも只事ただごとでは無いと言う事実を……――










■■◆ 駆け抜ける鎌蟹纏いし眼光/THE FASTEST BELIEF  ◆■■

覚えてはいるだろうか?

スキッドである。

蒼鎌蟹装備を纏った、あのガンナーである。

今、彼は偶然逃げ込んだ建物内部を経由し、薄暗い道を突き進んでいたのだ。
ひょっとしたら、一時的にはぐれてしまった仲間とまた会えるかもしれないと言う希望を抱いて。

勿論適当に突き進んでいるのでは無い。しっかりと、最初に毒煙鳥と戦った場所へ向かうように、
その方向を意識しながら駆け抜けているのだ。それだけは間違い無い。



「ど〜しよ……早く会わねぇとなぁ……。出来ればクリスに会いてぇ」

スキッドはドアを通りながら隣の建物へと移っていく。
そして、出来れば一番最初に再会したいであろう仲間を思い浮かべ、ヘルムの下でにたにたし出す。
決して彼が変態性欲の持ち主では無いのだが、やはり、少し気になってしまうだろう。

(まああいつん事だから別に死んでるってこたぁ……ねぇよなぁ?)

スキッドとしては、信用したいのだが、自分で出した有り得るのか、有り得ないのか
どちらとも言えないような言葉を出すなり、突然不安になり始める。



――同時に冷や汗も出てくるが……



(いや、まさかなぁ……。あ、あんな可愛い奴が死んだりとか、しねぇよなぁ?)



明らかに可愛いからと言って死なないと言うのは間違った認識だとは思うがスキッドにとっては
彼女が生きていればどうでも良かったに違いない。
問題は、生死の確認なのだから。



――絶対に生きている……。それだけを意識しながら、走り続ける……――



「ん? あれって……」

いくつもの扉を抜け、そこでスキッドは何か赤い物が目に入り、足を止める。
あそこに映ったものは、確かに赤いものであるが、更によく見てみると……



――赤い甲殻で作られたブーツのような武具であり……――



壁の影に隠れている胴体は見えないが、確かにその足だけがスキッドの視界に入ってくる。
薄暗くとも、ガンナーであるスキッドの視力はそう簡単には誤魔化せない。

「なぁんだ、クリスじゃねぇかよぉ。お前どうしたんだ? そんなとこで」

そのブーツのような武具は赤殻蟹装備の一部分であると感じたスキッドは、
即座にその装備者の正体がクリスであると理解し、緊張感の抜けた声でどんどん近づいていく。



――返事が来ない事を気にする様子も無いスキッドである――



「どうしたんだよ〜。おれだよ、スキッドだよ」

そしていよいよ胴体部分とご対面する。

「クリ……!!」



――そこでスキッドは声を詰まらせる――





λλ 単純に言えば、驚きのあまり、声を失ったのだ……

οο そして、ヘルムの下の緑色の目も恐怖で硬直する……





▼▼ そのクリスと思われる赤殻蟹装備の女性の姿は…… ▼▼

ある種の特徴とも言えるコートの下に見える露出した太腿部分は、まるでいぼのような
吹き出物によってその全てを覆い尽くされ、そして赤や青、それも汚らしい色で染まり上がっている。

そして、股間部分からは何やら妙な黄色を持った液体が流れており、
更には、非常に濃い色を携えた、固体と液体が混ざったようなものも確認出来る。

よく確かめれば、何やらしょっぱさと酸っぱさを混ぜたような臭気と、
その臭気を遥かに超える、思わず鼻を押さえたくなるような吐き気すら覚える臭気すらも
この周辺に漂っていた。実はこれ、糞尿を垂れ流しにしているのだが、
スキッドは詳しく分かっていないだろうし、分からない方が良いだろう。

武具に覆われた部分がどうなっているのかは不明だが、顔面も最悪な状態となっていた。
同じくいぼのような吹き出物によって顔は酷く荒れており、それらによって
口や鼻等の部分が歪んでしまっている。

口からは何やら吐瀉物としゃぶつのような物が流れており、その周辺に
酸っぱい臭気を充満させている。前述の臭気と混ざり合い、凄まじいオーラを放っている。

そして、眼球はとんでもない事になっており、顔から飛び出しそうな程に突き出てしまっており、
真っ赤に充血しているのである。本当に『目』本来の役割を保持しているのかどうか窺いたくなるような状態である。
更に、ヘルムから食み出ている茶色い髪もよく見ると、周辺に散らばっており、
それは、髪が抜け落ちている事を意味していた……。



スキッドの頭の中で構築されていた、あの可愛らしいイメージが、この目の前の汚い現実によって、
一気に崩壊し始めるのだ。

――目の前に倒れているのは……――

――美少女では無い……――

――いや、人間でも無い……――

――これはもう……――



――化け物である……――





よく見渡せば、他にも別の装備をしたハンターの姿があるが、どれも悲惨な状態になっている。
そんな事、スキッドには関係無かった。
目の前にいる知人の姿を見て、スキッドは震え始めたのだ。

「嘘……だろ……? クリ……ス……? マジ……嘘……だろ?」

先程までは、周囲をメロメロにしてしまう程の愛くるしい表情を振り撒いていたあのクリスだったのに、
今はもうかつてのあの『可憐』すら超越した反則的な輝きを見せていたあの面影が消え失せており、
もう目も合わせたくない気分にまで達してしまうスキッドである。



――だが、少女は決して死んでいた訳では無かったようであり、なんと、声を発したのだが……――



「ダレカ……タスケテ……グルジイ……」

もうその声色までがやられていたようである。

かつてのあの明るく、まるで威圧感を見せ付けないとろけるような愛らしいスイートボイスが、
今はまるで蝦蟇蛙がまがえるのように野太く、そして到底可愛いとは思えないような
汚らしい声に変貌していたのである。

下手をすれば、中年の男性の声にも聞こえてしまう。



――既に、スキッドの精神は限界に達していた……――



「クリス……嘘だろ……? お前……あんなに……アホみてぇに……メッチャ……可愛かったっつのに……」

スキッドはヘルムの下でその緑色の目を動揺させたまま、身体も震わせ始める。
やがて、涙までもが流れ始める。



――そして、最後の言葉となった、悲痛の叫び……――



「お前どうしちまったんだよぉおおお!!!!! こんなのお前じゃねぇだろおおおよぉおおおおお!!!!」




上を見上げながら叫び狂うスキッドには、誰も助けの手を差し伸べてはくれなかった。
アイドルとも称されるある意味で危険過ぎる可愛らしい容姿を誇った、あの少女の卑劣な最期だったのだ……。










――ππ 誰か……。この状況に対して嘘だと唱えてくれ……。頼むから…… ππ――

お前はこの現実に耐えられるかい?
お前が何と言おうが、現実を捻じ曲げるのは無理なんだよ?
諦めて受け止めなさい。現実の残酷さと言うものを。

お前が何を言おうが、ああなっちゃったものはもう復元されないんだよ?
何? なんか文句でもあるって?
だったら神様でも、破壊兵器でも、荒くれもんでも、なんでも連れてきなよ?
どうせ変えられっこ無いんだからさあ。

あぁれ〜、お前まさか泣いちゃってる?
馬鹿じゃねぇの? 現実にそむいて何考えてんの?
だったら、お前の妄想世界で勝手に生きてる事にしたら?
それが一番だよ?



ひひひひひ……










――ππ もう……変えられないのだ……。恐ろしく残酷過ぎるこの現実は…… ππ――

前へ

戻る 〜Lucifer Crow〜

inserted by FC2 system