テンブラーのヘラヘラしたような態度に元々込み上げていた怒りを更に込み上げて男は正面を向いているテンブラーの胸部を乱暴にその岩のような甲殻で包まれた腕で押す。押された方は一瞬体勢を崩すが、数歩後退りながら転ばないように立て直す。

「納得なんてする訳ねぇだろうがぁ。散々俺らの悪口言いやがってよぉ、何が家畜だぁ? 動物だぁ? そんな口聞いてたらなぁ、今に痛ぇ目に遭うぞコラァ」

 縦にいくつも切り抜かれたマスクの間から覗く目が怒っているのがテンブラーに伝わる。マスクの下からはっきりと映る口の周囲を囲う髭がその男の威圧的な態度に相応しい風貌をまき散らしている。



「痛い目ってぇ? 殴ってくんのぉ? それとも背中のそのハンマーで撲殺でもするってんのぉ?」
「お前何ヘラヘラしてんだ? コラ。お前ふざけてんのかぁ?」

 下手すれば重症を負う可能性があると言うのに緊張感を全く感じさせない態度で振る舞うテンブラーを見てその男はさらに近寄ってガンを飛ばそうとする。

「いやいや、ふざけてるって訳じゃないけどさぁ、いきなり暴力行為に走ろうとしてきたからさぁ、ちょっと聞いてみただけじゃあん」

 語尾を伸ばしながら男の態度に恐れる事も無く、テンブラーは自分のテンションを保とうとする。



「その喋り方がもうふざけてんじゃねぇか!!」

 語尾を伸ばした緊張感の無い話し方に遂に男は怒りだし、怒鳴り声をあげる。

「なぁセシルぅ、こいつもどっかの2人組みたいにホントに痛ぇ目遭わせた方がいいんじゃねぇか?」

 さっきまで距離を置いて見ていた別の男、セシルと呼ばれた男と同じバサルモスの防具を纏った男がセシルと呼ばれる男に近づきながらテンブラーに嫌らしく指を突付くように差し続ける。そしてセシルの左側につく。



「なんだぁお前。2人揃っておんなじ防具かぁ、しかも背負ってるのもおんなじハンマー? まさか、兄弟ぃ?」

 全く同じ防具、そして構造こそ違うが、ハンマーと言う同じ種類の武器を背負っているその姿を見て、血縁者同士だと思ったのか、テンブラーは思った通りの事を言った。

「どうだろうな、兄弟ってまで行かなくても、一応仲間同士ってのは間違いねぇかなぁ。でも君さぁ、さっきから散々オレらハンターが報酬無けりゃあ動かねぇとかなんか動物だのなんだのって好き放題言ってくれてたよなぁ? あぁ?」

 出てきてすぐにセシルと同じく威圧的な態度で迫ってくる男に、テンブラーは再び緊張感の無いその口を動かす。



「さっきその誰だっけ? サシルだっけ? そいつに今言った事じゃあん。2回説明し直すの面倒なんだからさぁ」

 今にも飛びかかってきそうな男2人の目の前で平然と体を伸ばしながらそっぽを向く。

「セシルだ、馬鹿。お前ほんとむかつく野郎だなぁ。お前なぁ、今オレら怒ってるってんの分かってんのかぁ?」

 間違われた仲間の名前を訂正しながらそっぽを向いているテンブラーを強引に正面に引き戻す。右に捻じれた体のテンブラーの左肩を強引に引っ張る事によって。



「あれぇ? お前ら怒ってんのかぁ。俺てっきりさっきの話があんまり素晴らしかったからそれに心動かされたんかと思ってたぜぇ。でも心の変化って怖いよなぁ。お前らを暴力行為に走らせようとしたんだからなぁ」

 首をかしげながらテンブラーは男達の怒りに満ちた雰囲気も全く気にせず、逆に笑いながら説明を垂れ始める。

「はぁ? 何こいつ? なぁ、こいつ頭おかしいんじゃねぇか?」

 デビットは本人なりに真剣に話していると言うのに、テンブラーはそのヘラヘラした顔を中断する様子を全く見せない。その異様とも言える様子に、デビットはテンブラーに対してある種の恐怖を覚える。



「ああ、そうだなぁ、こいつぜってぇ病気かなんかだよなぁ。俺の名前もなんか間違えるし、それに人が真面目に喋ってるってんのに、さっきからニィタニィタニィタニィタしてるし、なんか気持ちわりぃぜ……」

 セシルもデビットの説明を聞くなり、それにあっさりと納得し、そしてまるで汚い物でも見ているかのような顔をしながら上半身だけをテンブラーから離す。

 セシルと言う極めて単調にも見える名前すら覚えられないような頭であり、尚且つ少し前までは正論とも言える事を喋りながらも、現在は人が真面目に話していると言うのに、まるでふざけた子供のように妙な笑みを浮かべながらダラダラした態度を取っている。

「おいおい、人を病人呼ばわりなんて酷いんじゃないのぉ? それになんだよ、に〜た〜に〜た〜に〜た〜に〜た〜って、そんなに俺笑ってたっけなぁ?」

 わざとセシルの台詞を必要以上に伸ばしながら、そして自分の表情の事を相当遅れた時に思い出す。



「今頃気づいてるし……まあいいや、もうこっちもお前と喋ってんのも疲れてきたし、ってかメッチャムカついてきたし、ちょっとショック治療でもしてやろうかぁ?」

 突然指を鳴らしながら僅かに離したテンブラーとの距離を再び近づける。

「おぉ、やっぱその展開? いいじゃあんいいじゃあん! お前らしいぜ、それ!」

 デビットもテンションをあげ、思わずセシルのその岩に包まれた左肩を2度叩く。



「ショック治療って記憶喪失の奴にする事じゃねぇ? やる対象違……」
「黙れ! 死ね!」

 呑気に考えているテンブラーに余裕を与えず、セシルの岩に包まれた右腕が顔面に向かって飛んでくる。

「っておいおい、やっぱそのパターン? 暴力はんた〜い」

 完全に見切っていたかのように目の前に飛んでくる岩の拳をセシルの右腕と同じ方向にずれて軽々とかわす。そしてその攻撃を避けた後に再び気の無い反対宣言を垂らす。



「おい! やめろよ! お前ら! さっきから好き放題喧嘩売りやがってぇ!」

 再び直接暴力行為に走りだしたセシルを見てスキッドが怒鳴りながら今テンブラーに迫っている岩壁竜の装備の男2人に近寄っていく。ヘルムをつけて素顔を隠したままで。

「スキッドぉ! ちょっやめた方がいい……」
「いって、お前ちょっと黙ってろ、お前らさっきからいい加減しろよなぁ!」

 止めようとするアビスに掌を向けて無理矢理口だけで黙らせると、再びヘルムの奥の目線を乱暴者の男2人に向け、怒鳴る。



「なんだお前? どっかで聞いた声だなぁ」

 聞き覚えのある怒鳴り声に、セシルは一瞬酒場での出来事を思い出す。

「そりゃああるだろうなぁ。さっきお前に殴られちまったんだからなぁ」

 スキッドは先ほど酒場で吹っ飛ばされたのにも関わらず、再びセシルに近寄り、歯向かう。



「ってちょ〜っと待ってくれよぉ〜。な〜んで次から次へと話長引かせる奴が出て来るんだろうねぇ」

 ヘルムをかぶって素顔を隠したままのスキッドがセシルにずかずかと近寄っている様子を見てテンブラーは終わりかけていたと思われていたこの光景がまた止まる事を忘れてしまうのかと思い、今殴りかかってきたデビットの拳を掌で受け止めたままの状態で呑気に呆れる。



「こいつかぁ、テメェは知らねえんだろうが、さっき俺に偉そうな態度しやがったもんだから一発お仕置きして……」
「もうホントやめにしないかぁ? こんなとこでず〜っと立ち話なんかしちゃってさぁ、俺ら買物途中で偶然会ったおばちゃん達かぁ? やだねぇ、男なのにおばちゃんなんてぇ」

 テンブラーはデビットの拳を捨てるように払いながら呑気に両腕を天に向かって伸ばす。



「テンブラー、ほっといてくれよぉ、こいつさっき俺の事殴ってきて……」
「あぁ!? テメェ今度こそぶっ殺すぞ!!」
「やれるもんならやってみ……」
「うおぉおおおおおいぃ!!!」

 スキッドの態度に腹を立てたセシルは再びその岩塗れの腕の先の拳を握りながら怒鳴り声をあげると、突然2人の間近で極めて妙で尚且つ有る意味で威圧的なその叫び声に近い怒鳴り声を聞き、思わず喧嘩を始めようとした2人は勿論、周囲で見ていた者達も固まる。



「ったく〜、ここまで言わないと止まんないのぉ? ちょっと今ので喉痛くしちまったぜ……。まいいや、これ、な〜んだ?」

 テンブラーは凄まじい声をあげた後、再びいつものテンションに戻し、少し離れた場所に立っている柱の影から片手でも持てるようなサイズの小さな樽を持ち出した。

「なんだよこれ、樽じゃんかよぉ」

 デビットはそのテンブラーの持っている物を見て思ったままの事を言った。



「そうだよ、樽だよ。でぇも〜、ただの樽じゃなくて、危ない樽ね」

 テンブラーは少しだけ笑いながら持っている樽を手首を遅めに返しながら相手に全体像を見せる。そして一拍置いて再び口を動かす。

「こん中にはなぁ、大量の火薬詰められててさぁ、この導火線に火ぃ付けると、どうなるか分かるぅ? こうなんだよぉ」

 説明をしながら樽に貼り付けていた燐寸を剥がし、そして発火性のある混合物をつけた先端を樽に素早く擦り、そして先端に灯った火を、相手の返答もロクに待たず、導火線に火をつける。



「ってちょっ待ってよ! こんなとこで……」
「心配すんなって。ちゃんと……うぉおらよっと!」

 いきなり火をつけた為にそれを見ていたアビスはその場で爆発されるのかと驚き、その手遅れな状態で止めようとするも、テンブラーも着火後の処理は弁えていたのか、アビスを一言で宥めた後、徐々に短くなっていく導火線を携えた樽を空に向かって投げつける。

 大剣を扱うだけあって相当な腕力を持っているのか、どんどん樽は天へと登っていき、そして数秒後、その片手でも持てるサイズが持つ樽から放たれたとは思えないような爆発が起こり、空間の一部分を黒に染め上げる。そして、燃えた樽の破片がゆったりと地面へと戻って来る。



「まっ、こう言う事だ。実はまだ1個残ってんだよなぁ、ほら、これ」

 テンブラーは再び柱の影から樽を取り出し、再び手首を回しながら全体像を皆に見せつける。

「まさか……こんなとこでそれ爆発させる気?」

 先ほどの爆発で一瞬両腕で頭を押さえながら屈み込んだアビスはその2個目のタル爆弾に、恐怖を覚えて後退りながらテンブラーに訪ねる。



「まっさかぁ、こんなとこでドッカ〜ンさせたら俺も、村人も、ハンターも、後家畜みたいなハンターとかもみぃ〜んな雲の上か地面の下逝っちまうだろ? これはあくまでも脅しだよ、脅し」

 テンブラーは今手に持っているタル爆弾を軽く宙に投げる動作を繰り返しながらそれが単なる脅迫であると伝える。

「良かったぜぇ……。雲の上ってのは分かるけど、何だよ地面の下って……」

 2度目の爆破行為が行われない事を知り、安堵の表情を浮かべるスキッド。だが、そのあまり聞きなれない地面の下と言うのがどうも気になるようだ。



「地面の下ぁ? 分かんないかぁ? 雲の上の反対の意味だよ、地獄。地獄って何か地面の下にありそうな感じだろ? まっ、それはいいとしてだ、兎に角ホントに、真面目に、行かねぇとホント時間無駄になっちまうからなぁ。じゃあ、行くぞ! 今度なんかゴチャゴチャ言ってきたら、例のあれ、その場でドッカンしてやっからなぁ」

 テンブラーは脅迫を加えながらどんどんその足を村の外へと向かわせていく。ハンター達も恐る恐るその気楽かつ恐ろしい顔も持ち合わせた紫凶狼鳥の装備の男の後を続く。そして村人達もそれぞれの荷物を載せたリヤカーを引っ張りながら、遂にこの村を捨て置き、出発する。

「あのさぁ、テンブラー、アーカサスの方から来たって言ってたよね? だったらあの爆破テロの事、何か知らないかなぁ?」

 アビスはリヤカーを引きながらテンブラーの隣でこれから向かう街の現状を聞こうと、テンブラーに話し掛け、そしてその事実を知ろうとした。



「実は俺もあんまその爆破テロってやつは分かんねぇんだけど、でもアーカサスも最近は大変らしいから、ちょっとその辺詳しく話してやっから、ちゃんと聞いてくれよ」

 アビスとスキッドはテンブラーの話を聞きながら、それぞれのリヤカーを引いて歩く。



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