「撃て! 奴に攻撃のチャンスを与えるな!」

周囲は全てが闇で支配されている。そう、今は時間は夜であるが、もう1つ、注目すべき点があるのだ。
地面を激しく叩きつけるその豪雨は、その地にいる者達の耳へと鮮明に届いていく。

今放たれた男性の力強い声は、古びた砦に配属されているボウガン装備の討伐兵達の隊長である。
内部で火薬を使い、銃口から大型の弾丸を発射させる極めて殺傷能力の高い武器を、兵達は使っている。
その発砲されている相手とは……



その相手は【鋼風龍こうふうりゅう】である。

古龍と呼ばれる科学的にもまだ解明されていない飛竜にして、戦闘能力も極めて高い危険視されている存在だ。
黒い甲殻、4本のやや細身な四肢、四肢の間に位置する黒い翼、黒い身体の中に混じった色を思わせる青い両眼。
そして、その甲殻は鋼の造りとなっているから、打たれる雨によってつやすらも見えている。

低空飛行で飛び回り、目の前にいる敵対者、即ち兵士達に対し、脅威を見せ付ける。



――口から、風の弾丸を吐き出す……――



高密度に圧縮された空気が砦に向かって飛ばされる。
たかが空気と言って侮る事は出来ない。着弾時に激しく破裂し、周辺を激しく巻き込むのだから。
戦いの為に送り付けられた空気弾が、数名の兵士を吹き飛ばす。

鋼風龍の攻撃にも怯む事無く、何十人も配属されている兵士達はボウガンで必死の抵抗を続けている。
手を止めてはいけない。確実に、目の前の悪魔を倒さなければいけないのだ。

しかし、相手は古龍と呼ばれる未知の領域だ。
まだ科学的な解明はされていないものの、周囲に風を纏わり付かせ、外から飛んでくる投擲物とうてきぶつを全て弾き飛ばす。
接近すら許さないその古龍は、遠距離からの攻撃すらも拒絶してしまう。

無数のボウガンから発射される弾丸も、その殆どは鋼の甲殻に辿り着く前に弾き飛ばされてしまう。
運良く辿り着いた弾丸であっても、致命傷を負わせる事は出来なかった。
ただ、痛みすら覚えない程度の掠り傷を負わせる程度だ。

事実として、兵士達は人数以外では、とても鋼風龍こうふうりゅうまさっているとは言えない状況だ。



『ニンゲンメ……ソノテイドカ……』

初めてここで黒い龍が口を動かしたのだ。
非常に低く、そして野太く、それでも人間にはしっかりと聞き取れる声を放ったのだ。
当然、通常ならば古龍であろうが、飛竜であろうが人語を扱う事はありえない。

まるで言い捨てるような言葉を放った後、龍はその鋼の翼を力強く羽ばたかせ、風が何枚も重なったような風波を巻き上げる。

「ぐぁあ!!」
「うわぁ!!」

その風の力を見縊る事は出来ず、被害者となった兵士達はまるで風に投げ飛ばされるかのように、砦から距離を取らされてしまう。
それは、実際に投げ飛ばされてしまったと表現しても正しいだろう。兵士はそれだけでもう負傷してしまっているのだから。

風を操る古龍によって、砦に配属された兵士達は徐々に数を減らしていく。
周囲に映り始めるのは、破損したボウガンの破片や、兵士達の死体と血であった。

しかし、生き残っている兵士達は誰一人として諦める事は無かった。
ボウガンを必死に扱い、銃弾を発射させ、古龍に傷ぐらいはつけていく。
だが、それで喜んでいるのは早すぎるだろう。
まだ、決定打を一度も与えていないのだから。



それに伴い、鋼風龍が立ち去る様子は一向に見えない。
きっと、まだ足りないのだろう。何かが。

甲殻に付いている傷は、所詮はである。
痛みも感じなければ、動きを鈍らせる為の要素にすらならないのだ。
だから、これはほぼ無意味なに等しい。



――とうとう、鋼風龍は1つの選択肢を取った……――



『コレデサイゴダ……』

もう満足を覚えたからか、そして、最期の最期に究極の贈り物でも差し出そうと考えたのだろうか。
鋼風龍は雨の激しく降る空間で大きく舞い上がり、砦の真上へと陣取った。

鋼の刺々しい口元に、風の力を溜め込む。

終に、発動された……





――【終極への案内者アルティメットストリーム】――

口内から噴き荒らされる放射風は、砦の真上から激しく突き刺さる。
高密度に圧縮された凶器なる風が、砦を叩き割り、内側から破裂させ、残された兵士達を軽々と黙らせる。

砦すらをも砕いていく風であれば、人間なんか一溜りも無いのが現実なのだ。

そうである。

命を落としてしまった兵士達が、ここに来てまた一気に数を減らす事となったのだ。
しかし、残っている者なんて、いるのだろうか?





目の前の現状を確認した鋼風龍は、ようやく自分を狙う敵対者、即ちボウガンを装備した兵士達を殲滅したと意識する。
もうこの夜の嵐の空間にいる理由は無くなった。
風で自分を護る理由も無くなった。

風の護衛膜を解除すると同時に、どういう訳か、嵐もピタリと止んでしまう。
まさか、あの大嵐もこの龍が操作していたのだろうか。



『ショセンニンゲンハコノテイドノモノナノカ……』

まるで失望でも覚えたかのように、砦に背中を向けてそのまま飛び立とうと、翼を羽ばたかせる。
しかし、それがこの龍にとって、ミスとなった。



「貴様に……勝手な真似は……させん……」

砦を大破された際、全員が命を落としたはずだというのに、たった1人だけが生き残っていたらしい。
その1人は、最後の力を振り絞るかのように、近くにあった自分の愛用のボウガンを握り、1つの弾を発射させる。

発射された弾は、鋼風龍の背中に鋭く突き刺さる。
違和感を覚えた鋼風龍自身も、流石にそれに対しては反応を見せる。

『ナンダ……?』

単に違和感を覚える程度では終わらなかった。



ドォオン!!



小規模ではあったものの、背中全体を包み込むには充分な爆風が巻き上がる。
そして、爆風により、古龍の身体は前方へ押し出される。

『グォッ!!』

自分に走ったその衝撃に、驚きと戸惑いを露にする。
その撃たれた弾丸は、着弾した際に弾自体が爆発する仕組みになっていたらしい。
本来ならば、そして上手く行けばそのまま体内へと侵入させ、体内爆破でもさせていたのかもしれない。
しかし、強靭な鋼の甲殻の前に、それは防がれてしまった。

だが、これがある意味で鋼風龍に対する決定打となったのだろう。



「済まない……アビ……ス……俺は……もう……」

この時点ではもうこの男、隊長であるが、もう虫の息だったらしい。
家で待っているであろう弟の名前を呟きながら、濡れた地面の上に上体を落とす。
そう、これは永遠の眠りについてしまった事を意味していた。



『マダタタカウチカラガノコッテイタトハナ……』

対照的に、鋼風龍は背中に傷を負った程度であり、命には別状は無かった。
背後を振り向きながら、弾丸を発射した誰かを眼だけを動かして探してみるが、もう全員が横たわり、死に絶えていた。

再び、前に向き直った。

『マアイイ……コンカイハコレクライニシテオイテヤロウ……』

やがて、鋼風龍は背中に傷跡を残したまま、この大地から飛び去っていく。
きっと夜明けが近かったのだろうか、地平線の彼方から、太陽がゆっくりと姿を出し始めた。

しかし、光が映し出すのは、死体に埋め尽くされた残酷な大地だったのだ。
新しい朝が始まる瞬間、あまりにも凄惨過ぎる光景が鮮明となった。








その後、鋼風龍の行方を知る者は、誰もいない……

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