入り口から倒れこんだのは、一人の女性ハンター。額から開いた穴からは血が流れ、その目はだらしなくに開いている。

「リ……リヴァー!! どうしたのよ!?」

 ミレイは突然仲間が倒れる所を見てすぐにその足を速める。そのミレイの友人であろうリヴァーが倒れてすぐに別のハンターが洞窟から出てくる。右手に赤いボウガンを持った全身赤い鎧で身を包んだ白い仮面の男だった。

 その男の姿を見て少女は意識が固まるのを覚える。

「けっ……なんも持ってねぇじゃねえかよ」

 男は仰向けに倒れているリヴァーの身体のあちらこちらを乱暴に叩きながら何か金目の物が無いかと探っていたが、何も見つからなかった為、苛々した態度を周囲に撒き散らしている。

 立ち上がり様に、動かなくなったハンターの横腹を蹴り飛ばす。



(あ……あいつがあたしの仲間殺したのね……!)

 その光景を呆然と見ていたミレイを、男は見つける。男は死体に身体を向けたまま、顔だけをミレイに向けて言い放った。

「まだ仲間いたか……、さて、じゃあ今度はお前から金目のもん貰うとすっかぁ……」

 男はボウガンを構えながら、ミレイに迫る。



「あんた! あたしの仲間に何したのよ!?」

 ミレイは仲間に手を出したその赤い鎧の男に、拳を握り締めながら近づいていく。まるでこれから殴り飛ばしにでも行くかのように。

 しかし、その程度で怖がるような男では無い。

「あぁあれか? ちょい俺ん金が無くなっちまったから、あいつらからちょい金目のもん譲ってもらおうと頼んだだけだぜ? 文句あんのか?」

 もうその男がリヴァーを殺害している事に加え、その異常な程の威圧的な声色を聞けば、とても『譲ってもらう』というレベルでは無いだろう。強盗殺人の男を前に、冷静で居られるのだろうか。



「『護る』、じゃなくて『無理矢理奪い取る』の間違いなんじゃないの?」

 心の奥に宿っている恐怖を押し殺しながら、ミレイは無理矢理強気で振舞いながら男にそう言った。

「あんま俺ん前で強がんねえ方が身の為だぜ? 金目のもん置いてくってんなら特別大サービスで命だけは助けてやってもいいぜ?」

 銃口は向けず、赤い鎧の男はミレイに助かる為の道を提供するが、空気が軽くなった気がまるでしないだろう。



 しかし、ミレイはそう簡単には男の要求を呑み込む事はしなかった。

「なんであんたみたいな奴に渡さなきゃなんないのよ!? あんたなんかに渡すぐらいだったら泥沼にでも捨てた方がずっとマシよ!」

 ミレイは男に向かって怒鳴り声をあげるが、それが男の怒りに触れたからか、男はボウガンの引き金を引き、弾を発射させる。



ビュン!!



 鋭い風を斬る音と共に、ミレイの足元に弾が突き刺さり、地面の土が小さく抉られる。

「ひぃっ!」

 ミレイはすぐ目の前に飛んで来た凶器を前に、全身を震わす事しか出来なかった。既にさっきまでの威勢は消え失せてしまっていた。今出来る事は、少女らしく、目の前の乱暴な男の前で怖がる事だけである。

「悪りぃなあ、ちょい手が滑ったぜ。でも次は真面目に殺すぞ。さっさと置いてかねえとあの女ども全員とおんなじ末路辿っ事なんぜ? いいのか?」

 びも交えたその異様な脅迫宣言は、次に男を刺激すれば、確実にミレイもこの世から去る事を意味していただろう。



(嘘ぉ……皆……こいつに殺された……の? なんで……なんで……あたしの仲間……殺す必要……あんの……?)

 その男の発言により、ミレイはリヴァー以外の仲間も殺された事を悟ってしまった。やがて、心を絶望が取り囲む。思わずその場で泣き出してしまいそうなくらいに追い詰められるが、男から放たれる殺戮のオーラが泣く事を許さない。

「どうした? 何か言ったらどうだ? それともここで死にてぇのか?」

 男が呼びかけても、ミレイはしばらく下を向いたまま、何も反応を見せなかった。



「ああそうかぁ、じゃあここで死ね」

 赤い鎧の男はボウガンを構え、銃口をミレイの黄色い防具の胴体部分へと向ける。

「あんたなんかに殺されたら皆に悪いわよ」

 俯いたまま、ミレイはこの男に殺されてしまった仲間の心情を想像し、何だか自分も共に死んではいけないと考え始める。



「ハンターだったら……」

 ミレイは呟くように、男に向かってそう短い一言を放つ。

「ハンターだったらなんだよ? さっさと言えよ」

 気の無い言葉でミレイに問う。この時点では、男は警戒の素振りは表しておらず、寧ろ無防備といった状態だ。



――そして突然に……――



自分で探したらどうなのよぉお!!!!

 ミレイはいくらか少女という身分を忘れ、最大限の力で怒鳴りながら先程大猪から剥ぎ取った牙を男に向かって投げつける。

「ぐぁっ!!」

 仮面に護られているとは言え、顔面に直撃した牙によって男は大きくよろめいた。

 非常に響く音を鳴らした牙は、そのまま勢い良く宙を舞い、草の茂る地面に軽い音を立てて落下する。自分が求めるモンスターの素材を他者から強奪するようなこの男に対しては、良い制裁となった事だろう。



 単に男に罵声を浴びせられただけでは無く、牙をぶつけてよろめかせた事によって、時間稼ぎさえ出来たのだ。結果として、ミレイは牙を投げた後、即座にその場から逃げ出した。

ってぇ……あんにゃろう!! ぜってぇぶっ殺してやっかんなぁ!!」

 男はミレイの逃げる方向を確実に捉え、ボウガンを持ちながら少女を追いかける。

「あいつ……何者なのよ……人の仲間殺して……何様のつもりよ……」

 ミレイは涙を流しながら必死で後を付けてくる男から逃げ続けた。

 走る事によって前方から風が顔に強く当たり、涙が頬を伝って後ろへと流れていく。



「待てやぁ! どうせぶっ殺されんだから大人しく死ね!!」

 後ろでは、怒鳴りながら男がしつこく追いかけてきている。ミレイはどこまで逃げれば助かるか、そこまでは考えていないだろう。いや、考える余裕が無かったのだ。それだけ追い詰められているのだから。





*** ***





「うわぁ〜〜〜……、ほんっとあいつら危ねぇ連中だったなぁ……、よくあんなんで今まで生きて来られたよなぁ」

 ガロト達を襲った深緑竜を見事に討伐したアビスは、思いっきり両腕を空に向かって伸ばしながら大欠伸おおあくびをかいていた。

 流石のアビスでも、あそこまで危険な戦い方をするハンターを見たのは初めてだったのだ。該当しているのはあの太刀を扱うジンであったが、しっかりとモンスターの動きを見てから攻撃を加えなければ反撃を受けてしまうというのに、そこの方の計算が出来ていない為に何度も攻撃を受けてしまっていた。

 その為に大量の回復薬を浪費している。なかなかハラハラさせてくれるハンターだった。

 そんなハンターと共に深緑竜と戦ったアビスであるから、肉体的にも精神的にも疲れているに違いない。



「あぁ〜……早く帰って寝るかぁ……」

 疲れ果てているアビスは、再び大欠伸おおあくびをかいた。

 その時だ。そのアビスの動作を邪魔するかのように近くで足音が聞こえたのは。しかし、アビスはその時はあまりそれを気にする事はしなかった。

 恐らくここにも別のハンターがいて、別の飛竜と戦っているのだろうと、そして、今は実際に疲れているからこれ以上は関わり事には直面したくないと心で思っているから、さっさと帰る事しか考えていなかった。

 やがて、その足音はどんどん近くなっていき、その足音を放っていた何者かの姿がやや遠方で見えた。

 最も、茂みで視界は殆ど遮られ、その姿を明確に捉えるのは無理に近かったが。



「張り切ってんなぁあいつ」

 全力疾走で走るその黄色い武具を纏ったハンターの姿を見たアビスは少しばかり関心を覚える。今自分はダラダラと歩いて帰路を目指す立場にあるが、そのハンターはアビスとは異なり、ハンターの血が騒いでいるかのように、走り続けているのだ。

 今のアビスは殆ど寝惚けのような状態であり、他の事を気にする気になれないだろう。

 だが、そのハンターの後ろには、もう1つの姿が存在した。

 全身を真っ赤な鎧で包み、白い仮面のようなヘルムを被った男だった。その男を見た瞬間、アビスの表情が変わる。

「あいつ……! まさか!」

 アビスはその瞬間、疲れの色で染まった顔を切り替え、すぐにその逃げる者を追いかける。

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