「だってさあ、ゼノンさまって言ったら今から、えっと……6年ぐらい前だったかな、あの鋼風龍こうふうりゅうっていう古龍と戦った討伐隊のリーダーじゃん? あたしだってまだハンターやってなかった頃に母さんから聞いた事あるもん。まあ今はあんまり仲は良くないんだけど……。そんでそのゼノン様の弟のあんたもハンター目指して頑張ってるってのも聞いてるわよ」

「俺ってそんな皆に広まってたのかよ……。なんかやなんだけど……」

 強大な力を持つ古龍と戦った戦士は、その兄弟の事も世間に知れ渡ってしまうのだろう。

 だが、アビスはただ有名であるらしいだけで、実際の力はまだまだ半人前程度である。いきなりそのような呼ばれ方をされても困ってしまうはずだ。



「何言ってんのよあんたは? アビスはもう色んな人に期待されてんだからちゃんと応えないと不味くない?

「そうなのかなぁ……俺ってそんなに期待されてんのか?」

 本当に信用しても良いのだろうかと、期待されているその事を重みとして捉えるかのように気が重くなるのをアビスは感じてしまう。

「そうよ? 折角あんたさぁ、皆に期待されてるってんのにあっさり諦めちゃってどうすんのよ? ここはさあ、ほら、ちょっと騙されたとでも思ってちょっと頑張ってみたら?」

 ミレイは折角期待されているのだから、今は駄目でも自信を持って何でも取り組むのはどうだろうかと、アビスを励ましてみる。



「ん〜まあそうだな、折角そうやって期待されてんならちょっと頑張ってみるわ俺。あ、そうだ、所でお前ってここに何しに来たんだよ?」

 アビスはふと気付いた事を、ミレイに訊ねる。

「いや、何って……あんたがここに連れて来たんじゃない。いきなり何しに来たって言われても……」

 『ここ』と言われれば、今隠れている洞窟を思い浮かべるはずだ。少しだけ言っている事がよく分からなかったアビスに対してミレイは軽くその細い首を傾げた。



「あぁいやいやそうじゃなくてさあ、えっと、誰か狩猟でもしに来たのかなって……意味だよ」

「ああはいはい成る程ね、そういう事ね。なんで密林に来てたかって事ね」

 ミレイはようやくアビスの言いたい事を察知し、そして今までの経緯をこれから答える。



「あたしちょっと仲間と一緒にランポス狩りに来てたのよ。どうしてもランポスの鱗が必要だっていうから皆でここに来たのよ。でもあたしがちょっと皆と分かれて行動してたらあの男に皆殺されて……」

「ってあいつそんな弱い女の子まで襲ったのかよ……マジ最悪な奴だな……」

「弱いって、そんな事言わないでよ……」

「あ、悪い……」

 言われて初めて気付いたような素振りを見せ、アビスは一言の謝罪を口に出した。

 その後、ミレイは突然何かを思い出すかのように、すっと立ち上がる。



「悪いけど、あたしそろそろ行ってもいい? もうあの変な男もいなくなったろうし、それに早く皆の事とむらってあげないと……いけない……から……」

 突然ミレイの表情が暗くなっていく。

「あ、そっかぁ……えっと、俺も手伝おうか?」

 その暗くなった表情にアビスは戸惑うが、その戸惑う口を何とか動かし、ミレイに協力すると言ってみる。



「いや、あたし1人でやらせてくれる? あの……えっと……あたしのやなとこ見せたくないからさあ……」

 ミレイはアビスの申し出を否定し、そして声が詰まる気分を覚える。泣き出しそうになったのかもしれない。



「でも……お前だけじゃあ大変だろ?」

「いいから……頼むから……あたし1人で……やらせて……。しつこい奴は嫌いよ……」

「……分かったよ」

 異性からの脅迫紛いのメッセージを聞いたアビスは、あっさりと引き下がった。



 そのままミレイは洞窟の出入り口へと近づき、そして太陽の光が直接当たる場所にまで移動し、そして立ち止まる。

「アビス……また会えたら、その時は一緒に狩猟でも……しようね……。それじゃ、じゃあね!」

 アビスに背中を向けたまま、少女は言い残す。太陽の逆光となった彼女の後姿は、なぜかいつかあるかもしれない再会の時を必要以上に期待させる、そんな様子を映し出していた。

 背中しか向けていなかったのは、きっと感情に何か大きな変化があったからかのかもしれない。

 結局、ミレイはアビスと顔を合わせず、そのまま走り去ってしまった。



 ただ、アビスはまたミレイと会いたい。そう思っていてもおかしくは無いだろう。

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