遂に現れた、肉親を殺した鋼風龍デーモン・コールドゥ・ザ・ルイン・ワールド



――現れた鋼風龍。こいつには個別名詞までもが備わっている……――



≪ブリガンディ≫



現時点での飛竜達の力を遥かに凌駕し、人語すら理解し、そして扱う。
この龍が相手ならば、言葉で分かり合えるかもしれない……。

四人は願っていた。だが、伝わらない……。

この鋼の龍の言う、「殺しはしない」と言う言葉は、信用出来るのだろうか……?





 ブリガンディはゆっくりと元々低空で滞空していた黒い胴体を空に向かって持ち上げ、そして……



――口元に溜めていた風の『気』を、地面に向かって、解き放つ!――



「来たわよ!」

 ミレイの緊張感溢れる声によって、残された三人も、上から落ちてくる風の塊を横に大きく飛んで回避する。

 たかが風の塊でも油断は出来ない。その圧縮された弾は地面を易々と抉る。

「ナカナカダナ……。コノテイドデヤラレテタラ、ツマランカラナ……」

 ブリガンディは軽々しく回避されてしまった自分の贈り物であるが、それに対し、悔しむ様子を見せず、それ所か、逆に手応えのある相手であると悟り、逸楽心を沸き立たせ始めるかのように、表では見えない笑みを浮かべる。



――鋼風龍は笑う……。殺さずに苦しめる……。この光景を思い浮かべ……――



「そんなもんでおれらがやられるって思ってんじゃねぇぞ!」

 片膝立ち状態のスキッドはグレネードボウガンに予め装填しておいていた通常弾を、翼を羽ばたかせているブリガンディ目がけて、特に狙い場所も決めずに発砲する。

「ちょっ! スキッドく……!」

 恐らくクシャルダオラの生態をロクに理解してないであろう、スキッドの無鉄砲な攻撃を何とかクリスは静止しようと、声を上げ、手を出そうとするが、それは間に合わなかった。





――通常弾ノーマルシェルが鋼風龍に直撃……――





――のはずが……――





――漆黒の甲殻スチールボディ以外の甲殻シールドで拒絶される……――





――その甲殻シールドの正体とは、周囲に突如現れた風である……――





 放たれた通常弾はその鋼風龍の纏う風により、軌道を変えられ、発射時の勢いだけは殺されないまま、発射した本人、即ちスキッドの足元に帰ってくる。

「うわぁ! 危ねぇ! なんだこれ!?」

 直撃こそは免れたものの、発射した本人の弾が自分の所へと戻ってくる等、今までの経験ではありえない事だ。スキッドは足元に刺さる弾丸を既に回避行動と言う意味では非常に手遅れではあるが、左足を持ち上げて驚いた。

「スキッド君! 絶対撃っちゃダメ! 跳ね返されるの!」

 それだけ手早く言い残すと、クリスは背中を向けているブリガンディの尻尾、その地面と先端が接触しそうなまでに垂れ下っている箇所に狙いをつけ、スキッドの返答を待たず駆け抜ける。

(いや、撃つなって……どう言う事だ?)

 スキッドにはクリスの言った事がどう言う事かはっきりとは理解出来なかったが、先ほどの状況を考えると、飛び道具は全て風の力で弾き飛ばされる、そう考えておくのが普通であろう。



――だが、本当に攻撃が禁止されたとしたら、スキッドはどう援護すればいいのだろうか?――



 顎を引き、再び口内に風の力を溜め込み、そして目の前のアビス目がけて吐き落そうと企むブリガンディの背後からは、クリスの気合の声が響き、斬撃が走る。

「たぁあ!!」

 垂れ下がる尻尾目がけてクリスは銀色に閃く剣を力強く横振りに斬りつけようと、可愛らしさの奥に秘めたような気合をあげる。

「フン……ムダナコトヲ……」

 クリスの気合で気付いたのか、それとももっと別の何かで気付いたのか、背後から迫る攻撃に鼻で笑いながら、ブリガンディは全身に力を入れる。



――すると……鋼風龍ブリガンディの足元が目でもはっきり分かるほどの風が走り出し……――



 尻尾に攻撃を届ける間も与えられずにクリスはそのまま風によって突き飛ばされるように後方へと押し出される。その風の力は半端では無く、まるで小規模の台風に巻き込まれたような圧力だ。

「いっ!!」

 クリスは背中から倒れそうになるその体を何とか片足を後ろへと持っていき、そしてその片足に力を込め、地面へ吸い込まれるのを防ぐ。





――【猛風による完全防衛タイフーンマッドネス】――



風を周囲に纏い、周辺の邪魔者の接近を拒む。
近寄る者には、強制的に距離を置いてもらう。
強風と言う捧げ物と共に。





 ブリガンディは背後で強風を浴びて体勢を崩すクリスに目も向けず、そのまま完全防衛の風を纏いながら、正面に立っているアビスに照準を定める。



――アビスは近寄れない。強風がそれを拒む。ただ、風圧に強制的に距離を取らざるを得ないのだ……――



(やばい……! 来る……!)

 アビスは距離は置いているとは言え、それでも常に全身に浴びせられる冷たくも冷酷な色を見せた風を吹き付けられ、更に自身の兄を殺した張本人と言う威圧的な姿に、上手く接近出来ない。

 だが、口元に溜まった『気』の意味は、理解していた。





――【憤怒なる烈風ブレイカーブリーズ】――



二発目の空気弾。
それは地面で慄く愚かなアビスに向かって振り落とされ、
驚異的な圧力で吹き飛ばそうと企む。

避けられたその地面には、大きく抉られた跡だけが残される。





「うわぁ!!」

 来ると言う事を予測しており、アビスは目の前に落とされる風の塊を後方に飛び、そして盾を構えて吹き飛ぶ地面の土等の破片を防ぐが、破裂したその塊は周囲にも打撃を与え、アビスの盾に重くのしかかる。

「フン……ショセンハタダノミジュクモノカ……」

 着弾時の破裂による風圧で背中から転ぶアビスを上から見下ろしながら、ブリガンディは相当手抜きであろうその攻撃でも慄きを現した悲鳴を見せたアビスの様子に対し、軽く呟いた。



――余裕を見せた鋼風龍ブリガンディの表情、その横から飛んできた物は……――



「! ン? ナンダ……?」

 ブリガンディの頭部の右から何かがぶつかり、軽く顔を顰めながら、飛んできた方向に顔を向ける。

 そこに映っていたのは、黄色い甲殻や鱗で精製された防具を纏った弓を扱う少女。

「やっぱ顔だけは守りきれてないみたいね!」

 ミレイはアビス目掛けて攻撃していたブリガンディ、この龍の視線は完全にアビスへと向けられており、ミレイに対してはほぼ無防備状態だった。そんな龍の頭部を横から矢で狙い撃ちにしても、攻撃が跳ね返ってくる様子が無かった為に、勝ち誇ったような軽い笑みを浮かべて言い放つ。



――風による保護ウィンドプロテクションにも、やはり守りきれない部分があるのだろうか?――



「フン……コザカシイオンナダ……」

 ある意味弱点を見つけられたとは言え、それを理由に恐れる様子も見せず、ただ、ゆっくりと攻撃を仕掛けてきた少女の方へと、顔を最初に、そして胴体も向ける。

「小賢しくて悪かったわね!」

 多少馬鹿にされたような気を覚えたミレイであるが、弱点を発見したであろう彼女は決して怯む事無く、矢を再び右手に握る。



――だが、まだ一発しか当てていないと言うのに勝手に弱点と断定しても良いのか?
等と言う細かい事を考えている余裕は、この空間には無い――



 照準器のような鋭さと正確さを見せた凛凛しくなった青い瞳がしっかりとブリガンディの頭部を狙い、そして矢もそれに答えてくれる。ミレイの矢は再び、正確にブリガンディの頭部へと進んでくれる。

「フン……シツコイヤツダ……」

 しかし、頭部には傷らしい傷が入らない。鋼の甲殻は並大抵の攻撃を簡単に許してはくれないのだろう。だが、周囲の風が僅かではあるが弱まったような印象も辺りに散らす。

 そしてブリガンディは何度も同じ箇所を狙われる事に対し、多少の煩さを覚えたのだろう。呟きながら、矢を握るミレイにと、攻撃の照準を合わせる。

(スキッド……あんたも早く気付い……)

 ミレイはスキッドに気付いてほしかった。胴体を狙っても風によって攻撃が跳ね返されるが、頭部ならば、跳ね返される心配はきっと無いであろうと言う事を。

 だが、今はスキッドに直接それを伝える余裕は無いし、距離もある為、口で伝えるのはまず無理だ。だからこそ心の中で、スキッドが気付いてくれる事を祈る事しか出来ないミレイであるが、ブリガンディの怒りの攻撃が心の呟きを吹き飛ばす。





――【風龍走る破壊道シャドーウィング】――



ただ地面を抉りつけるだけでは終わらせない。
地面に沿って高速で直進し、地面の塵を吹き飛ばしながら突き進む風と言う名の竜ドラゴンブレス

ミレイは直撃は免れたものの、直前を通り過ぎる風の竜が残していった強風により、
呟きを阻害され、そして少女の体も風圧に耐えられなくなり、
背中から地面へと倒される。突き飛ばされるかのように。





「うっ!!」

 ミレイは強風を全身で受け、倒れこむも、すぐに立ち上がる。多少防具の重みが障害になるが、大したものでは無い。

 すぐに攻撃体勢に戻ろうとするミレイであるが、更に追い討ちをかけようと企むブリガンディの姿が目の前に映る。



――低空飛行するブリガンディの後足の爪が、ミレイ目掛けて振り落とされる……――



 即座に攻撃体勢を中断、そしてすぐに回避体勢へと移す。



――迫る爪を寸前の所で飛び込んで避けるミレイ……――



――誰もいなくなったその地面に、爪による跡及び、砕けた地面の欠片が飛び散り、残る……――



 食らえば致命傷は必須であろうその爪の一撃を回避したミレイだが、二撃目も迫り来る。

「フン……ムダダ……。アキラ……!」

 一撃目を回避出来たからと言って、次の攻撃も回避出来るかどうか分からないと思い浮かべ、楽しげになったブリガンディの背後から、とてつもない違和感が襲い掛かる。『あきらめろ』と言い切る前に。





――鋼風龍ブリガンディの背中に突き刺さる一発の銃弾――



両翼の間に上手く突き刺さる一発の銃弾。
ただ刺さるだけなら、ほぼ無意味なこの攻撃ノーダメージ
しかし、この刺すと言う動作は、単に言葉を中断させるだけの意味を持つ訳では無い。

―響く爆発音―

これが一番の見所でもあるだろう。
かつて受けた事のあるこの一撃に、ブリガンディは戸惑いと驚きと、痛みを覚え、
まだ四人に見せなかった無様な声を見せ付ける事となる。





「グオッ……!」

 翼の動きを止めずに空中でまるで腹部から倒れこむように仰け反り、昔の激戦を一瞬だけ脳裏に浮かべる。

「見たかぁ! おれの徹甲榴弾の威力って奴ぅ!」

 スキッドはブリガンディの周囲から目に見えるだけの風が消えた事に対し、自分の攻撃に自信を持ち、ミレイを助ける為に徹甲榴弾を放ったのだ。見事に背中で爆発を起こす自分の武器を見て、スキッドが勝ち誇ったような大声を上げる。

 そして、続いて体勢を崩したブリガンディの足元に斬撃が走る。

「はぁあ!!」
「えぇい!!」

 アビスとクリスの気合が響き、アビスは脚部を、クリスは尻尾を狙いつける。直接的な威力を叩き込めたかは分からないが、甲殻には傷が付けられる。

「ナニ……?」

 ブリガンディは突然活気に溢れ始めた四人の精神に、戸惑いを感じるも、それはすぐに自分の楽しみの一環として、直接怒りを外部へと流す事はしなかった。

 その代わりに、ブリガンディは、現在の戦闘のスタイルを変える。

 それにアビスは気付く事は無いが、クリスは気付き……

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