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アビス達は、あの
そして、四人は意識を飛ばされ、それぞれの過去の世界を見せつけられた。
一部は悲しみ、一部は恐れ慄く。
しかし、四人は全員、その
過去にいつまでも取り残されていては、
短い期間の間に鍛え上げられた少年の精神力、
そして、少女達の長い月日をかけて鍛えられていた精神力。
それらが
――――
アビス達四人は、あの攻撃を受け、散り散りとなってしまった訳であるが、それを馬主が助けてくれたのである。
一応馬主はクリスから遠方へと避難するように言われていたのだが、遠方からでもはっきりと聞き取れるような風による轟音が、逃げる馬主の耳に突き刺さるように飛び込み、その途端にアビス達が心配になったのだ。
だが、その場所には、黒く、鈍く光る甲殻を持った謎の龍がいた為に、そんな所に飛び込む勇気が沸くはずが無かった。馬主はハンターでは無いし、軽々と人間を葬り去れるであろう力を持った龍に近寄る等、ほぼ自殺行為に等しい。武器を持っていても勝てるかどうか分からないような相手なのだから、武器の無い馬主にとっては尚更である。
その恐ろしい様子を遠方から見続けていた馬主は、ふとした事に気付く。どう言う事か、その黒い龍は徐々に体を天に向かって浮き上がらせ、そして、そのまま空の彼方へと姿を消していったのである。
その時、一瞬その龍が何か喋ったようにも聞こえたが、馬主はそれを聞き取る事は出来なかった。
龍がいなくなった空間で、馬主はあの四人の生死を調べるべく、単独で歩き回った。もし帰路の途中で何かハンターに事故があった場合、その報告をギルドにしなければ、四人が受けたクエストが放置状態とされ、後に出動する回収班に余計な手間をかけさせる破目になってしまう。
死体を見るのは、馬主にとっても嫌な事ではあるが、探さなければ他の者に手間をかけさせてしまう。出来れば死んでいない事を望みたい。心に希望を無理矢理縫いつけながら、雨が止んで、そしてぬかるんだ地面を探し回る。
探す事数時間、一人ずつ、無残に倒れているハンターの姿が発見されていった。馬主の力なら、人間一人を馬車まで運ぶ事は、通常ならば対した苦にはならないはずであろう。
しかし、今は少年少女達は防具を纏っている。防具の重量も合わされば、馬車まで運びこむのは決して容易な事では無い。とは言え、クリスの
それでも個人個人の体重に上乗せされている事には変わりは無く、その作業は困難を極めた。
武器も持ち主からそう距離が離れていなかった為に回収も全部完了し、そして、ようやく馬車を走らせてそして帰路を進んでいる途中でフローリックに出会い、彼を馬主の隣に座らせてあそこに至ったと言う。
馬車の荷台に当初乗らなかったのは、内部には戦いに敗れて意識を失った者達がいるのを聞いていたからだ。流石にそんな連中のいる空間でじっとしている訳にはいかなかったのだろうし、馬主と話だってしたかったのだろう。
――■ ■――
「……まあ、そう言う訳だ」
フローリックは、その四人が風を受けて、そして馬車に運びこまれるまでの経緯を話し終えた後、両手を後頭部に回りながら、壁に寄りかかる。
「まぁ兎に角俺達は助かったってのは分かったんだけどさぁ、なんでフローリックはそこにいたの? なんかの用事かなんか?」
とりあえず経緯を聞いて納得を覚えたアビスであったが、フローリックがそこにいた目的までは話されなかった。だから、この場で、この地にいた理由を訊ねようとした。
「ってかその格好だと絶対狩猟とは全く無関係な事してたんだろうなぁ」
スキッドはフローリックのその防具を全く纏っていない所謂私服の姿を見るなり、確実に飛竜相手にした用事を済ませた訳では無いと、やや嫌味のように、にやけながら、フローリックを指差しながらアビスを見た。
「狩猟じゃなきゃ駄目だってか? 別にお前に関係ねぇ事じゃねぇか。相変わらずお前って奴はなんも変わってねぇな」
スキッドの態度に見事なまでに反応したフローリックは、一度舌打ちをした後、正面に座っているスキッドを睨み付ける。
そして、しばらく間を置き、スキッドのその態度に諦めたかのように、だるそうな面構えで再び口を動かす。
「んとだな、んで用事の事だけど、なんか遠くで物騒な竜が暴れてるって聞いたから、様子見ようと思って街出てみただけだ。別に深い意味とか、そんなのは別にねぇよ」
どうやらアーカサスの街の方でも、アビス達が遭遇したあの鋼風龍について騒がれていたらしい。しかし、その強大な力を、古龍と言う事実から撒き散らされる先入観によって受け止めたハンター達は、決してそのクエストに挑もうとはしなかった。
その古龍とは、アビス達が偶然の遭遇によって、強制的に戦う事になった訳ではあるが、結果は敗北。しかもお情けで命も奪われずに済んだ。まず普通のハンターでは勝ち目など無かっただろう。
そして、その鋼風龍が人語を扱う事は、まず街のハンター達は知らないであろう。
「様子見るって……。そんな無防備な格好で大丈夫だったんですか? 凄い危ないと思うんですが……」
フローリックが単に鋼風龍の姿を見たいと言う理由で街から出てきたと言うのは分かったが、ミレイはフローリックの姿にとてつもない違和感を覚えた。
――通常、竜に近づくならば、身に着けるであろう、全身を守るあの防具……――
とても戦いに備えた格好とは思えないような薄着姿の彼を見れば、その用心の足りなさに気付くであろう。飛竜の攻撃は、防具を着ていてもとても危険視されると言うのに、打撃に備えた構造とは思えない私服の姿で竜の姿を見物するのは、あまりにも危険すぎた行為である。
「心配ねぇって。オレはそんなアホじゃねぇから。ってかその鋼風龍ってのは見れなかったけどな」
フローリックは一応見ようとはしたのだが、もう現場に近づいた時には既に龍の姿は消えていたようだ。折角見ようとしたと言うのに、それが叶わずに終わってしまうのは、やや悲しい現実かもしれないが、逆に直接その姿を見ない事によって不意打ちによる事故死から逃れられて良かったと言う見方もあるだろ。
「いや、見れなくて良かったと思うよ、俺としてはだけど。だって……あいつは……ホントに強かったから……」
フローリックは鋼風龍を目の当たりに出来なかったとは言え、大して残念がったような態度を見せる事無く平然とした態度で言い切ったが、アビスから見れば、見ない方が結果としては良かったと、突然俯きだし、声を低くしながら、鋼風龍を思い浮かべ、心を震え上がらせる。
「おいアビス、お前どうしたんだ? いきなしテンション下げやがって……ってか鋼風龍、だよなぁ? ってそれって、あれ? 確かそれって、ゼノン殺した奴……か?」
フローリックはアビスの暗くなった雰囲気に眉に皺を寄せながら訊ねるが、鋼風龍に対して、数年前の事件が頭に
「はい、そうなんです。実はクエストから街に戻る途中で……」
「出くわしたんだよ。そのえっと、なんかブラ……えっと、ブリ、ブラギン……何とかって奴に」
テンションの下がったアビスに代わってなのだろうか、ミレイがその遭遇に関する説明をしようとした時だ。アビスが突然割り込むようにミレイの説明を遮り、鋼風龍に備えられた特殊な事情を話そうとするも、それは非常に分かり難いものであり、とても説明としては捉え難いものだった。
「アビス、お前何言ってんだよ。意味分かんねぇよ」
折角横から入ってきたと言うのに、何が言いたいのかよく理解出来ないアビスに対し、フローリックは腕を組みながら、その元々細い威圧的な目を更に細める。
「違ぇよアビス。ブルガンディだよ。あいつって名前あったじゃん……」
「もういいもういい! ちょっ二人とも黙ってて! あたしが説明するから!」
スキッドがアビスに対してフォローを投げかけるも、結局スキッドもしっかりと覚えていなかったらしい。だからこそ、ここの説明はミレイに任せた方が確実に良いだろう。
――ブ『ル』ガンディ、では無く、ブ『リ』ガンディなのだから……――
「あ、ちょっとごめんなさい。騒がしくなって……。えっとですね」
元々アビスとスキッドが勝手に入ってきてしかも名称の間違いをしたのだが、まるで二人の代わりにと言った感じでミレイはフローリックに謝った後、改めて本題に入ろうとする。
(男どもが二人揃ってどうなってんだよ……)
フローリックは一瞬、狩猟をしたであろうその四人のメンバーの中にいる男二人が心配になってしまう。まともに説明すら出来ず、それ所か、少女等に助けてもらっているのだから、尚更心配になってしまう。
少女の方は、どこか手馴れたような表情で二人を黙らせた後に、説明を始める。
「その戻る途中に鋼風龍に会ったんですよ。えっと、その龍には固有名詞がついてて、ブリガンディって言うんですけど、その龍と、戦ったんです。って言うより戦わなきゃいけなかったって言うんでしょうか……」
ミレイは、とりあえずその
「ブリガンディ……か。あいつって名前なんかあったのか。変わったとこって、そんだけか?」
元々飛竜、古龍もそうではあるが、竜に固有名詞が存在するのは、非常に考え難い事ではあるが、フローリックにとっては、その龍が持つ特殊な事情がその一つだけなのかどうかと、更に追求する。
「もう一つは、人語を扱う所……です」
もう一つの特殊な事情は、クリスによって明かされる。やや威圧的な雰囲気を飛ばすフローリックにまだ慣れないのだろうか、やや一歩引いたような態度も僅かに見せる。
「人語、かぁ。喋るって訳だな。おれもゼノン殺したのはクシャルダオラだってのは聞いてたけど、まさかあいつにブリガンディって名前があってしかも喋るとはなぁ……。随分厄介な奴に出くわしたもんだよなぁ、お前ら」
フローリックは四人がいかに、死ぬか生き残れるかどうかの瀬戸際に追い詰められていたかを実感しながら、通常の竜には備わっていない特長を改めて確認しながら、足を組んで壁に寄りかかる。
「そうなんだよぉ、でもあいつもさぁ、おれらの事相当なめてたみたいで地味に『殺しはせん!』みたいな事も言ってたからなぁ、助かって良かったんだぜ。折角クリスに会ったってんのに即行で死んでたら死んでも死にきれなかったからなぁ! ははは!」
やや真剣な空気に入っていたこの空間に、スキッドが突然入り込み、
「なんだこいつ。女垂らしになっちまったか。あ、一応この際だから聞いときてぇんだが、このアホお前ら相手に変な事とかしなかったか?」
どこか空気を読まないようなスキッドの動きに、フローリックは妙に嫌らしく思い、特にクリスの事を口に出した時のにやけぶりはとてつもないものであり、その時点でスキッドは女の子相手にどんな振る舞いを見せていたのか、読み取られてしまう。
その真偽を確かめるべく、フローリックはミレイとクリスに目をやりながら、スキッドの事を問い質す。
「ああ、それですねぇ……まあちょっと落ち着いてくれれば……」
「あぁいえいえ!! そんな事無いですよ! 元気溢れる少年! って感じなだけで変だなんて、そんな事はありません!」
――ミレイは思い浮かべればそれだけスキッドの今までの鬱陶しい一面が頭に飛び込んでくる……――
初めて出会った時には嫌らしく接近され、そしてアーカサスの街へ向かう竜車の内部では防具を外した後の私服状態の姿を見て変な事を想像され、そして、同じく内部で頭突きを食らわされながら押し倒され……。
何故かミレイは自分がスキッドになめられてるのでは無いかと、難しい顔をし出すも、クリスのフォローが入り、スキッドの実態が今明かされようとしたその瞬間が遮られる。
「ほら、クリスだってそう言ってくれてるだろ? おれはただ煩いだけのアホじゃねんだぞ」
何とか自分を守ってくれたクリスについていこうと、自分を誇らしく見せつけるスキッドであるが、スキッドが言っても恐らくは聞いてもらえないだろう。