「っておい! 何すん……」
「やめて下さいフローリックさん!!」

 本来は人に向けるべきでは無いであろう対飛竜用の得物。それを乗客の前で、その乗客は誰一人防具も、武器も持っていない為、ハンターでは無い、或いは今だけ私服姿なのかどうかは分からないが、そんな無防備状態の乗客達に刃を見せつけたフローリックを見たスキッドはここで殺戮活動でも始めるのかと、右手を伸ばしながら何かを言いかけるが、行動と言う面ではクリスの方が的確であり、尚且つ迅速であった。

 即座にフローリックの目の前にクリスは立ちはだかり、両腕を両端に向かってそれぞれ広げる。丁度逃げる為に距離を置いた乗客とフローリックに挟まれる形だ。



「なんだよ……。やめろって言われてもな、別になんもしねぇよ」

 大袈裟と言った感じで目の前に飛び出してきたクリスには、刃を見せると言う、明らかに殺人を行うと言う事を暗示した行為をしたと言うのに、やや力を抜いた感じで言いながら、目を細める。



「しますよ! その太刀でこの人達斬ろうと考えたんでしょ!? やめ……」
「やんねぇよ。心配すんな。ただの脅しだ。こいつら理性ってもん忘れてたみてぇだから、思い出させてやっただけだ」

 口元を緩めながら、フローリックは目の前で真剣な眼差しを浴びせてくるクリスに刃を見せつけた意味を説明した。殺傷能力の極めて高い武器を目の前で閃かせてやれば、にやけた男達を瞬時に黙らせられると思ったのだろう。

 だが、その効果は恐ろしく絶大であり、ほぼ事件の無関係者である女性や、あまり性に関する知識の乏しい子供にまで影響を及ぼしたのだから、フローリックの行為はとんでもないものと言えるだろう。



「ホント、ですか?」

 クリスは本当に目の前の金髪の男が太刀を振り回さないと言う約束を守ってくれるかどうか、疑うかのように水色のその目を鋭くさせるが、返答は嘘を吐かなかった。

「やんねってんだろ。それとお前ら、今度調子こいだ真似しやがったらお前ら上と下に分けっぞコラ」

 フローリックはゆっくりと刃を鞘にしまいながら、非常に回りくどくも、非常に恐ろしい言葉を残し、舌打ちをしながらアビス達の方へとその体の向きを元に戻した。



――それは、上半身と下半身に切断する事を意味しているのだ……――



「でもホントに何があったんですか……?」

 クリスもミレイの隣に戻りながら、、あれだけフローリックを凶暴化させた原因が何か、さきほど凶暴化した本人に聞くが、

「なんでもねっつってんだろ。まいいや、兎に角だ、ってかどこまで喋ったか忘れちまったじゃねぇかよ」

 質問を否定し、そして話題に戻ろうとするが、途中であの事件と言う邪魔が入ったせいで、強引に話が中断され、記憶が殆どうろ覚え状態になってしまっている。それによって再び乗客の男達に苛立ちを覚えるが、その再び発動しかけた空気を素早く止めたのは、ミレイだった。



「あぁえっと、えっとですね、確かえっと、事件の話でしたよ! 事件の話です!」

 しっかりとフローリックの話を聞いていたミレイだからこそ、この再び歪みそうになった空気を止められたのである。だが、ミレイも咄嗟に口を開いた為、つまづいてつまづいてようやく何の話かに辿り着いたのだ。

「そうです! 確かハンターが行方不明になるって、後ジェイソンさんが何とかってのも言ってましたよ!」

 クリスもしっかりと話を聞いていた証拠として、ミレイの説明に何か付け足しでもするかのように、具体性を明らかにする。ここまで説明すれば、フローリックも機嫌を直して話題に戻ってくれるであろう。



――だが、それは、少女二人ミレイとクリスがあの事件に目を向けていなかった事を指し示す……――



「ああ、そうだったな。事件がどったらこうたらだったな。ってかお前ら二人はもっちろんオレの話なんて聞いてねぇだろ」

 思い出したフローリックであるが、アビスとスキッドの方に目をやるなり、突然上から見下ろしたような目線を浴びせつける。



――少年二人アビスとスキッドが話を聞いていたはずが無い……――



*** ***



 一方、フローリックの威嚇攻撃を前に、青いロングヘアーの少女側へと逃げ込んだ乗客達は徐々に広がりを見せ、少女から離れていく。

「あ、あの〜、実はわたし国立博物館に行こうとしてたんですが……」

「ん? 場所が分かんないのか?」

 やや申し訳無さそうに訊ねてくる少女に、一人の中年男性が優しそうに対応し、そして少女は再びその口を動かした。



「あ、はい、それで、場所を教えてほしいのですが……」

 すると乗客達は一度フローリックによって兢兢きょうきょうとしていた心気を復活させるかのように、少女に対して次々と口を開いていった。



「いいぜ、えっとな、降りた後にまっすぐ進めば噴水があってな、そこを右に……」
「違うぞ。右じゃなくて左だ左。そしたらでっかい銅像あってな、して……」
「そんな説明じゃあよく分からんだろう。一応噴水のとこに看板あるから、そこを見たらどうだ?」

 あの奇妙な事件の影響で少女は乗り合わせていた人達と親しくなってしまったのだろうか。乗客達は出来るだけ正確にと、少女に道案内を施した。

 教える立場にある乗客達同士で、説明の訂正を投げかけていたり、雑な説明に対してやや不満のようなものをぶつけていたりと、どこか教えると言う行為に対して争っているような雰囲気もちらちらと見えてくる。

 言い合っていた乗客達ではあったが、次第に意見は纏まり、少女は正確に目的地までの場所を知る事が出来た。まさかあの事件を見させてくれたお礼と言った感じなのだろうか。少女はそれが原因で一時的に人気者となったらしい。特に男性陣に。

 その代わり……



――怒鳴ってきた男フローリックは確実に全員から嫌われたであろう……――



 最も、本人がそれを気にする事は無いとは思うが。しかし、少女はある意味で助けられたのだ。あの気まずく、恥ずかしい雰囲気に、ある意味での救いの手を差し伸べられたのである。



*** ***



 大事件を引き起こしたゴンドラはようやく崖の上へと近づいていく。アビス達五人、そして、乗客達は降りる準備、とは言っても行動を見せると言うよりは、いよいよ到着すると言った心構えと言った所である。

「さぁってと、そろそろだな。ジェイソンの奴もう来てたりしてな」

 フローリックはゴンドラの左部に未だよしかかったまま、崖の上に目を向け、待っているであろう仲間の姿を思い浮かべる。

「ジェイソンさんですか……。どんな方なんでしょうか?」

 ミレイは初めて出会うその人物を思い浮かべながら、フローリックに訊ねる。



「ん? ああ、あいつかぁ、そうだな、一言で言やぁ、陽気な感じってとこだな。何せ双剣使いだ。結構激しい奴だぜ」

 初めてここでフローリックはそのこれから出会う人物の戦闘スタイルが双剣である事を明かした。それ以前に『インセクトエッジ』と言う双剣属性の武器を出していたのだが、四人はその武器が双剣である事には気付いていなかったのかもしれない。

「双剣使いかぁ……。確かに激しそうだよなぁ、あう言うのって。だって、乱舞だよな?」

 スキッドの頭の中には、連続で攻撃するのに非常に好都合な二本の刃、双剣を持ち、舞うような斬撃を繰り広げるハンターの姿が思い浮かんだ。一体どんな人間が現れるのだろうか。だが、確実に一つだけ確定してしまっている事があった。

 それは……



――確実に、女性では無い事を……――



 名前からして確実に女性では無いだろうし、あの破廉恥な事件で激怒したフローリックの性格から見れば、もし女性だとしてもスキッドの好みのタイプであるはずが無い。

 スキッドにとっては、新しく出会った人物はミレイ、クリスと言った、端麗な少女達が連続で登場してくれたのだから、次も……と想像していたが、それは叶わなかった。

「まっ、見りゃあ分かんだろうな。よし、もうそろだな」

 フローリックは軽く答えると、降りる準備と言った感じで、よしかかっていた柵から背中を離した。



■ ■ ■ ■



 終点へ到着したゴンドラの前方の柵が係員によって開けられ、アビス達が先頭に、次々と乗客がゴンドラを後にする。

 アビス達五人はゴンドラ到着の見張り小屋を通り過ぎるが、そこでフローリックは突然右手を上げながら、声を発する。

「おい! ジェイソン! 待たせたなぁ!」

 そのフローリックの目の先に映っていたのは、建物に寄りかかりながら、小型のナイフを手の上で回転させながら上に投げている長髪の人間だった。

「あぁ? 来ぃたか〜、待ぁちくたびれちまったぜ〜」

 ナイフを手元で回転させ続けていた男は、所々で伸ばしながら、フローリックに対応した。そして、右手だけでナイフを回転させたまま、徐々に五人に近づいてくる。



 先ほどのゴンドラで大事件を引き起こした少女にも負けないであろう胸元近くまで伸び、そして耳元まで完全に隠れた真紅のロングヘアー。そして、髪と肌の色とはやや不釣合いな、紺色の尖ったような瞳。

 そこまでならば、やや女性的な印象を受け止められるかもしれないが、それは、この胴体の視聴的な面が、全てを取り消してしまっていると言っても良いだろう。

 胸元が見えるかどうかと言うくらいまでの短さを持った黄色いジャケット。脛まで見えた僅かに短い真っ赤なズボン。はっきりと映された腰部及び、胴体の中心の上から下にかけての部分には、見事に割れた腹筋が見え、この男の筋肉に恵まれた肉体を表現している。

 胴体は褐色であり、どこか暑苦しい雰囲気を漂わせている。上半身の服装は、男性としては極めて高い露出度を誇り、まるで自身の肉体美を周囲にアピールしているようにも見える。

 二十代後半の年齢に相応しく、声は低いが、その中には、まるでダンサーのような陽気な声色が見て取れる。柔らかさも携えたような緩い性格もちらちらと見えてしまう。



「お前来んの早過ぎだって。お前いっつも五分前所か二十分前行動だからなぁ」

 フローリックは後ろに四人の仲間を連れ、そして両手をポケットに突っ込みながら、ジェイソンに近づいていく。

「いいじゃねぇかよ〜。世の中アーリーがベリーインポータントなんだぜ〜。」

 ジェイソンは、すぐ隣で青く、長い髪の少女、さきほどの女の子であるが、走り去っていく様子を気にする事無く、特殊な言語を用いながら、未だにナイフを振り回す手を止めない。



「まぁ大事だってのは分かっけど。それより、こいつらなんだが……」

 フローリックにとってはジェイソンのその独特な話し方には既に耐性が付いているのだろうか、納得の表情を見せた後に、後ろを歩く二人ずついる少年と少女に指を差す。

「ん? おお、お前おれと距離置いてあんな短けぇピリオドの間にフレンズ呼び集めたってんのかよ〜。お前なぁかなか遣り手じゃねぇかよ〜」

 改めて紹介された四人の少年と少女。フローリックとジェイソンは何か二人で行動していたらしいが、別行動を取ってしばらく見ない内に四人もの人物を引き連れているのがジェイソンにとってはなかなか出来る男だと思ったのだろうか。



「違げぇよ、男二人はドルンの村ってとこにいてな、一応オレの知り合い的な感じだ。んでこの女二人は、そだな、男どもの面倒見る係ってとこか?」

 フローリックにとっては、アビスとスキッドは過去に顔を合わせた事のある存在である。

 アビスは共に柔白竜を討伐した仲であるし、スキッドは柔白竜の討伐以前に同じ村の住人として色々と面倒な目に遭わされてきた存在だ。

 だが、ミレイとクリスは違う。今日始めて見る顔である。アビスとスキッドのだらしなさとは裏腹に、とてもしっかりとした振る舞いを持った少女二人を見るに、なんだか少女二人に世話ばかりかけていたのだろうと、わざと少女二人を世話係と呼んだのである。



「え? いや、別に面倒見る係だなんて……。そこまで言いますか?」

 ミレイは突然アビスとスキッドがまるで問題ばかり引き起こす子供のような扱いを受け、半ば納得したような態度をちらつかせながらも、一応否定の素振りを見せ付けるが、その時の表情は苦笑の裏にも複雑な心境が垣間見える。

「なんだ図星っぽいじゃねぇか。別にいんだぜ。どうせこいつら、明らか面倒事引き起こそうなづらしてやがるし。別に庇わんでいいって」

 ミレイの戸惑いを見るなり、本当の事を言われてわざと何も無かったかのように振舞おうとしている様子に、フローリックは心の中で「やっぱりな」と呆れてしまう。



「いえいえそんな事ありません! アビス君もスキッド君も凄く頑張ってましたから! そんな事ありません!」

 アビス達男二人が変な目で見られているのが嫌だったのだろう。クリスも大慌てでアビスとスキッドに対する酷評を取り消そうとしたが、

「ってかお前、『頑張る』って……。頑張って当たり前なんだって」

 クリスの言い方が悪かったのだろうか。フローリックはそれが当たり前であると、呆れながら眉を顰める。

 狩猟の世界では頑張るのは極当然の事であり、そして頑張った所で結果が出なければ何も意味は無い。狩猟の世界ではある意味、結果が全てである。

 結果と言うものが赴いたハンターの成績を上下させてくれる。努力だけではどうしようも無いのだ。達成したと言う証拠が無ければ、口で言っても誰も信用はしてくれない。そして、それについては誰もケチはつけられない。



 何故なら、今まで全てのハンターがそうしてきたのだから。

「え? いや、確かにそうですけど……」
「そんな事どうだっていいだろ〜? さっさと鍛冶場にゴーだぜ!」

 フローリックに言葉で負けそうになるも、それでも尚、クリスは対抗しようとする。しかし、その言葉での争い、とは言っても非常に規模の小さいものではあるが、それを止めたのはジェイソンだった。

 まるで飽きた芝居でも見ているかのようなつまらなさそうな表情を浮かべながら、その方向に恐らくは鍛冶屋があるのだろう、右親指を突きつけながら、相変わらずの特殊な言語を混ぜた発言で皆に促進する。

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