「えっと、アビス君の戦い方って、ちょっとこれから先危ない気がするの」

 クリスはアビスの気を考えてなのか、アビスを陥れないよう、慎重にと言った感じで話を進める。



「危ないって……俺って……やっぱ……まだクリス達と行くのは……」
「あ! 違うの違うの! アビス君の悪口言うつもりじゃないの! だけど……えっと」

 狩猟の腕前を悪く評価されたと感じたアビスは俯き、他人との狩猟はただの迷惑として扱われてしまっているのだろうかと、自分の技術を恨むが、クリスは自分の言い方が悪くてそのせいで相手を落ち込ませてしまったと酷く自分を責めながら、手をばたばたさせてそれを取り消した。そして、再び話を続ける。



「飛竜の動きちゃんと見てないような気がして……」

 何とか言い切ったその内容は、実にシンプルであった。

「動き? えっと、それって……」

 アビスはよく分かっていないようである。それとも、自分の不甲斐無い部分をばんばん言われるのを恐れての事なのだろうか。



「んと、アビス君の戦い方見てると、一箇所に攻撃してる時、あるでしょ? その時に絶対心がけなきゃいけない事があるの。それはね、ちゃんと相手の動き体全体を見てその後の状況をどう対処するか把握する事なの」

 クリスはまるで決心したかのように、アビスに言わなければならない事を、言い切った。

「ああ、えっと、それって、例えばちゃんと動き見てそれで突進してくるなとか、尻尾振り回してくるなとか、そう言うのを見極めろって事か?」

 アビスにもようやくクリスの言いたい事が理解出来たようである。





――通常、生物が何かしら行動を取る場合、体のいたる部分に変化が訪れる――



例えば、筋肉が引き締まり、鱗が引き攣ったり、
顔つきが強張ったり、体の一部分が妙に持ち上がったり。

それらを見極めて、飛竜の未来の動きを予測する。
一撃必殺の威力を持った飛竜達を相手にするならば、
この技術は必須でもあるのだ。





「う、うん、まあそう言う事になるの。アビス君の場合、えっと、火竜と戦ってた時の話になるんだけど、あの時も凄く怖かったもん……」

 クリスは今回のクエストで出くわした火竜を持ち出したが、その話になると、やや真剣になっていた顔にどこか沈痛な色を映させる。



「そうだよな、確かに火竜って、強いし、それになんか……」
「ああ違う違う! そうじゃなくって、アビス君の……事なんだけど」

 アビスは勘違いをして、火竜がただ単に強敵である事に対してクリスが言っていたのだと思い、今はアビスの技量の話だと言うのに、妙な事を言ったアビスに対し、クリスは焦るようにそれを止め、そして気まずそうにアビスの話に戻る。



「いくら相手が弱ってるからって絶対に突っ込んで連続攻撃で一気にケリつけよう、とか言う考えは絶対やめて。いくら弱ってても相手は飛竜だから、弱った体でもまともに受けたら私達じゃあまず助からないから……。それに片手剣じゃあ普通にやってもまず一撃で倒すだけの破壊力生み出すのは無理だから、完全に決着つけるまで、絶対に相手の動きは見逃さないように注意して、お願いだから……。火竜が飛び上がり様に火の球発射してくる時も凄く怖かったの……。もし私が何も言わなかったら、きっと今頃は……って……。だから、ホントにお願い!」

 クリスはアビスに言いたい事を、全て話したのだ。アビスを傷つけるのはクリスにとっては自分が傷つけられるのと同じくらい嫌な事ではあるが、言わなければ、これから先、不注意による死が訪れる可能性がある。

 アビスは実際、自信過剰になってしまう部分が時折あり、アビスが所持する片手剣、バインドファングは麻痺毒を携えた武器であるが、既に麻痺毒が予め注入されている事を聞くなり、自分の状況等まるで弁えず、飛び込んで行った。あの行為は非常に危険と言えるであろう。



――あの時は即座に火竜が麻痺してくれたから良かったが……――



 そして、相手火竜が弱っていると言う事実を理由に、相手の攻撃に移る予備動作をまるで観察しておらず、危うく命を落とす所だった。

 その時は、クリスの叫び声によって難を逃れたが、相手を観察する事をアビスは忘れていたのである。

 言わなければいけないと言うその事実を言い切った時には、クリスはやや前のめりになり、握り合っている両手に更に力が込められていた。



「あ、そうだよ……な。俺ってさぁ、ちょっとそういうとこ、あっけど、なんか仲間に心配かけてるって……やだよな……」

 アビスは自分の現実を改めて思い知ったのだろうか、一応経験の深さはアビスが負けているとは言え、女の子にやや当たり前とも言えるような事を指摘され、悔しさと、申し訳無い気持ちが混ざり合い、徐々に声が小さくなり、耳を澄まさなければいけなくなるくらいに小さくなっていく。

「あ、でも勘違いはしなくても大丈夫だから! だからってもう一緒に行かないとか、そんな事は無いから! ミレイだって絶対そんな事思ってないから! だからそんなに落ち込まなくても大丈夫! アビス君だったら絶対これからちゃんと強くなるから! だから、頑張ってね?」

 いくらクリスの話がアビスにとって心がけなくてはいけない事実だとしても、直接そのような、仲間の生命の危機にも関わるような事物を言われれば、平常心を保っている事は難しくなるだろう。

 下を向いて落ち込んでしまったアビスを何とか戻そうとする為に、クリスはそれが決してアビスに対する嫌みでは無い事、そしてアビスの狩猟のスタイルはやや危険ではあるものの、それを理由に縁を切ると言う事は絶対にしないと誓いながら、アビスが誰のアドバイスを受けなくても一人だけで戦えるようになる事を応援する。



「あ、ああ、分かったよ! 俺ちゃんと頑張るから! いつか酒場で好き放題言ってきたあいつらの事見返せるくらい強くなってみせるから! 頑張るよ!」

 本来ならば、もっと厳しく言っても良いであろう、狩猟の心得を、クリスはアビスを気遣って優しさを籠らせた説明で理解させ、その優しさが落ち込んでいたアビスの感情を回復させてくれる。



――人を説得させるには、鬼の精神より、少女の優しさがピッタリなのだろうか――



「うん! アビス君ならきっと強く……」
「なれる訳無いじゃん。あんたバッカじゃないの?」

 クリスは明るい笑顔に戻り、両手を互いに握る手を再び強めるが、その強めると言う意味は先ほどの辛いと言う意味とは全くの別物だ。

 しかし、



――クリスと丁度続くように、別の女の声が、アビスから見て右から、クリスから見て左から聞こえたのだ……――



「ん? 誰だよ」

 アビスがその方向を振り向くと、金髪のロングヘアーをした女、と言うより、年齢はアビスやクリスと殆ど変わらないような少女が立っており、頭を除く全身には赤い甲殻や鱗が目立つ火竜シリーズの防具を纏っている。この少女もハンターだと言うのはすぐに分かる事ではあるが、それより、突然『馬鹿』と言われた事に対する違和感が大きいに違いない。

「あ……貴方は……」

 クリスはその少女に見覚えがあるのだろうか。名前を呼ぼうとしたが、そんな事はお構い無しに、金髪の少女はその口を再び動かした。



「さっきからあんた達の話聞いてたんだけど、えっとあんたクリスだっけ? 随分甘いわね、あんたの説教」

 少女は腕を組み始め、茶髪のツインテールの少女、クリスに青い瞳をやり、その少女の名前を確認した後、非常に厳しい事を口に出す。

「……どう言う事?」

 クリスは顔を直接その少女に向けず、水色の瞳だけを向けて、その様子はどこか睨みつけているようにも見えるが、その目つきで、やや怒りを灯らせたような、ぶっきら棒な口調で、その真意を聞こうとする。



「実はさあ、アタシもあの時酒場にいたんだけど、随分頑張ってたわね、役にも立たない奴と一緒に行きたい為にあそこまで怒鳴り散らして。あ、それはミレイか。もうあの時点で他のハンター達からの人気も最低まで落ち込んだっての、知ってる? ミレイも、あんたも」

 その少女は、アビス達がニムラハバの丘へクエストに行く際に酒場のハンター達に未熟者として見られていた為に呼び止められ、そして激しい口論が繰り広げられていた酒場にいたのである。中心となっていたのは、ミレイと、ハンターの男達であったが、それは非常に激しく、下手すれば死傷者も出かねない空気だった。

 少女は直接その口論には参加していなかったが、きっとハンター達が笑っていた笑っていた時に一緒に笑っていたに違いない。

 少女はアビスに嫌らしく、まるで汚い物に対してのように、指を差しながらクリスに言いつける。まるで言葉で追い詰めているようだ。

「見てたの……? それと、役に立たないって言葉、取り消して。それって侮辱以外の何物でも無いよ」

 一瞬クリスは同じ街に住むハンター達からの人気が落ちてしまった事に多少の気落ちを感じたが、それよりも、恐らくはアビスとスキッドを指し示しているであろう、『役に立たない』と言う言葉に敏感に反応し、暗いイメージを残した口調のままで、再び睨みつける。



「侮辱? 何が? アタシホントの事言っただけじゃん。だってそいつ、ロクに狩り出来てなかったんでしょ? だからそいつに片手剣の心得みたいな事説明してたんでしょ? そんな事も知らないような奴と一緒に言ったら絶対邪魔になるわよね? あの話聞いてたら明らかそいつ、ただのお荷物だったみたいね」

 少女は自分の言った内容に対して全く悪びれた様子を見せず、それ所か、アビスを更に追い詰めるかのように、クリスの心の奥の奥のそのまた奥に深くしまわれているであろう本心を引っ張り出すかのように、容赦無く喋り続ける。

「いい加減もうめてくれる……? 凄い気分、悪いから……。私貴方の事好きじゃないし、それにアビス君は私の仲間だから、関わらないで」

 クリスはその少女が現れてからと言うと、アビス達に対するような、非常に明るく、ハンターと言う職業に就いているかどうか疑わしい程の慢心の笑顔、そこまでは行かなくても、笑顔、それ以前に笑いと言う感情を微塵も出していない。まるで初めから厄介者であると言う事が既知であるかのように。

 やや下に俯いた状態で、目だけを向けながら、少女を追い払おうとするが、



「別にそっちがアタシの事嫌ってようがどうしようが構わないけど、言いたい事があるんだったら、もっとバンバン言ってやればいいじゃん。あんたの喋り方、ホント面白いわね。まるでそのアビスとか言うガキに嫌われたくないから敢えて抑えながら説明なんかしちゃって。ホントはあんた達みたいな赤の他人、別にどうでもいいんだけど」

 少女は完全にアビスとクリスを見下しながら、クリスの心の中にしまわれているであろうその内容を、嫌みを交えて言い放つ。外見はミレイやクリスのように、年相応の可愛らしさを持つものの、その性格はほぼ最悪と言っても良いかもしれない。

 アビスは、目の前でクリスが対抗してくれていると言うのに、全く口を開く事が出来ない。

 クリスもその少女の台詞に反応を見せなかった為、受け入れたとで思ったのだろうか、少女は再びその口を開いた。



「一応言っとくけど、あ、アビスだっけ? あんたに言ってんのよ。聞きなよ」

「あ?」

 突然アビスが話の的にされ、先ほどまで自分の愚かさが生み出した闇の中に閉じ込められていたアビスは急に現実に引っ張り戻された事による焦りでやや間の抜けた声を発するが、その間抜けな様子に特に反応を見せず、少女は再開させる。



「パーティープレイってのはねぇ、一人一人が凄い重要になるのよ。あんたみたいなカスが一人いるだけで、他の連中の足手纏いになって、最終的に無関係な奴まで命落とす破目になるのよ。あんたのようなカスのおかげでね。カスの面倒見てる間に殺されたり、連携崩されてその隙を突かれて殺されたり、ホントカスはいい事何も無いのよ」

 アビスは何も言えなかった。少女の言っている事は、アビスの今回の狩猟に相応しいものではあった。





――確かに……ミレイやクリスからは、危なっかしい目で見られていた……――



無理して怪鳥の頭部を狙おうとして、ミレイから無理はするなと指摘された事。
弱っている事を理由に火竜の足元に止まり、危うく炎の球体ファイアボールを受けかけた事。

些細な事かもしれないが、これは一人前のハンターならば、すぐに気付く事である。
なのに、アビスは……





「いや、確かに……そうかもしんないけど……でもカスだなんて……」

 少女はアビスを未熟者と見なし、とことん見下してやろうと企んでいるのか、それとも未熟者ならそれくらいの厳しい指摘は当たり前だと思っているのだろうか、容赦と言う容赦をまるで見せつけない。

 アビスは何も言い返せないが、それでも『カス』と何度も言われ、今は絶望状態に等しい。

「いや違うよアビス君! カスだなんてそんな事無いよ! ただこの、レベッカって言うんだけど、勝手にそう思ってるだけだから! アビス君は全然気にしなくても大丈夫だから!」

 小さく呟いたアビスのフォローの為に、クリスは金髪のロングヘアーの少女、レベッカの言った事を全て取り消すようにと、声を荒げる。



「あ、レベッカって言うの、この女の子。そっか……まさか、知り合い?」
「ま、まあそんな感じ……かな?」
「勝手に仲があるみたいな言い方しないでくれる? それにこの『』とか言ってくるの、やめてくれる? 腹立つから」

 アビスは少女の名前を知ってクリスに訊ね、クリスもどこか腐れ縁的にレベッカを捉えるが、そのような空気をレベッカは許す事は無かった。

 レベッカは同じ目線として扱われたような、アビスの台詞、及びクリスの勝手に築かれたような縁に腹を立て、少女の行動には似つかない、舌打ちをし、付近に小さく響かせる。



「あ、すいませんでした。それと、腹立つんだったら、もう離れてくれる……? 私も、アビス君も凄い不愉快だから」

 本当に悪気を持っているとは思えないような、怒ったような空気を思わせる声で一応の謝罪をした後、左手をレベッカに向かって払いながら、テーブルから離れてもらうように言った。

 腹が立つのであれば、その原因から距離を取れば良いだけの話だ。実際、レベッカも腹を立てているであろうが、アビスやクリスも同じ事かもしれない。ただ、アビスの場合は立腹と言うよりは、絶望と言う言葉が似合っているかもしれないが。

「何言ってんのよ。一応これでもこっちはあんた達の事考えてあげてんのよ。まともな狩り出来ない仲間をただ友達だって理由だけで連れていく、しかもなんかそこのカス相手に『くん』付けなんかして媚びる、人のアドバイスをロクに聞かない、もう馬鹿馬鹿しくて笑う気にも怒る気にもならないわね」

 レベッカはそれでも下がらず、寧ろ自分がアビス達を良い方向に導く為の存在だと言うかのように、偉そうな笑みを軽く浮かべ、再び、容赦の無い発言を飛ばし尽くす。一体これで何度目になるのだろうか。



「なんだよ……アドバイスって……。よく分かんないんだけど……」

 アビスも言われ続けて、それでもクリスが助けてくれている事に対して僅かに勇気が芽生えたのだろうか、アドバイスと言う言葉にしっくりと来なかった為、声を小さくしたままで、訊ねる。

「何よ、偉そうに。酒場よ、酒場の心優しい方々が言ってくれたでしょ? あんたのようなカスが行くのはめとけって。でも聞かなかったし、それにアタシの話だってロクに聞き入れてないんでしょ? それを言ってるのよ」

 レベッカは一応は質問には対応してくれたものの、その顔には面倒そうな色がはっきりと写されており、そして返答の内容にも非常に重苦しく、威圧的なものが乗せられている。



「またカス扱いかよ……」

 何かと『カス』と言う単語を連発してくるレベッカに対して、アビスはなんだか内心に徐々に怒りが蓄積されてきているような気持ちを覚え、でもそれを悟られないよう、下を向いたまま、レベッカを見る事はしなかった。

「そうね、カスね。一応言っとくけど、もしアタシのメンバーにあんたみたいな奴がやってきたらまず間違い無く蹴り飛ばすわね。新米の分際で何言ってんのよって話よね」

 突然レベッカは自分のメンバーの話をし始め、そしてその想像の中で、アビスに暴力を加える事を告知する。その内容にはジョーク等の雰囲気はまるで感じ取れず、今までのレベッカの発言から見れば、それは確実に本気だろう。



「なんでそんな有りもしない事勝手に想像するの……? それにアビス君の事蹴るなんて言い方やめて……。アビス君は絶対貴方のとこに行かないよ」

 勝手な想像によって、クリスにも徐々に怒りが込み上げてくるのを覚える。クリスなら理解出来るのである。レベッカのような相手を言葉で叩きのめすような人間には到底ついていこうとは思わない事を。

「そりゃそうよね。もうこのガキ、あんたのような甘い奴のとこにずっといるんだから、もう甘ったれた子供みたいになってる訳だしね。ってかあんた、クリスだっけ? 一応命に関わるような事なんだから、もっときつく言ってやりなよ。あんたのそんな教え方じゃあ理解してもらえないわよ。こんなカス相手なんだから、もっと堂々と殴りながらでも指導してやったら……」
「あのさぁ!! いい加減してくれるかな!?」

 相変わらずレベッカは絶対にアビスやクリスより下手したてに出まいと、相手を平然と侮辱しながら、ベラベラと喋り続けるが、



――遂に、クリスは我慢の限界に達したのだった……――



 テーブルを左手で力強く叩き、短くも鋭く響く音を強く響かせ、同時に立ち上がり、いつものクリスの明るい性格からは想像も出来ないような、怒りだけに支配された怒鳴り声を響き散らす。

 そのとろける声色から発せられたものである為、怒鳴り声に驚いて顔を持ち上げたアビスの脳裏では本能的に怒鳴った時の声も可愛さが残っていると感じ取ってしまい、あまり直接的な威圧感を受け止められないような印象を受けたが、本人は非常に真面目であろう。

 その怒鳴り声に反応した他の客達も静まり、ほぼ全員がアビス達の場所に視線を送る。



「はぁ? 何あんたキレてるの? こっちはあんたのようなどうしようも無い奴の為にアドバイスしてやってるってんのに、随分酷いお礼ね」

 クリスの声色の都合なのか、それともそのような環境には慣れているのか、まるで恐れる様子も見せず、レベッカは鼻で笑いながら目を細めた。

「言っとくけどなんもアドバイスじゃないよ! さっきからアビス君の悪口ばっかり言って! やってる事おかしいって思わないの!?」

 クリスが怒ったのは無論、友達であるアビスを罵倒し続けてきたレベッカの悪行に対してである。自分に対する悪口なら耐えられるが、他人の悪口、しかもその本人はまるで抵抗も出来ていないと言うのだから、クリスはそれに耐えられなかったのだ。



「おかしい? なんで? おかしいのはそっちじゃん。ハンターの世界嘗めたような目で見てさあ。どうせそんなカス、邪魔以外の何者でも無いんだろうから、一緒にいるのがやならやだってハッキリ言っちゃえばいいのに。なんでそんな奴と一緒にいようって思うんだろうね?」

 クリスの言い分に納得の様子を見せず、レベッカは首を傾げながら、自分の考えだけを貫き通し、そして、ハンターとしての腕前が未熟であろうアビスと共に行動する理由を問うた。

「仲間であって友達だからよ! アビス君はカスでも邪魔でも無いし、嫌いでも無いから! ちょっと腕立つからってそうやって人の事見下すのはおかしいよ!」

 クリスは決してアビスを否定するつもりは無い。腕前の点では、ややクリスよりは劣っているとも言えるが、アビスよりまさっている事を理由に上に立っていようと言う気等、全く無い。



「ちょっとレベッカ、あんたまたゴチャゴチャ言いに来た訳? やめてくれる?」



――そこに現れたのは、ミレイであった――



 クリスの怒鳴り声で異様な空気を感じ、ミレイは戻ってきた訳だが、クリスのテーブルに完全に近づく前に、見覚えのある金髪の長髪の少女に気付き、非常に嫌な顔をしながら、真っ先にその少女、レベッカに嫌な雰囲気を混ぜた声を浴びせた。



「なあミレイ、この女誰だ? ちょっと可愛いかも……」

 ミレイの隣についていたスキッドは金髪の少女がクリスと何か話している、とは言っても怒鳴り声が響くのはどうかとは思ったが、それでも一応何かしらの縁を持っているのだろうかと思い、ミレイからその少女の名を訊ね、そしてやや小声で少女に対する感想を呟く。



「ああ、こいつ、一応レベッカっつんだけど……」
「そう言えばそこの変な男もいたわね。あんたさあ、女の子相手に凄いはしゃいでたみたいだけど、ハッキリ言ってあれうざいわよ。今の発言もうざいけどね」

 自分の紹介を勝手にしてきたミレイの隣にいる、クリスより暗い色の茶髪の少年、スキッドを見るなり、レベッカは汚い物を見るような引いた目で酒場でのあのクリスに対する騒ぎ振りを思い出す。そしてスキッドのその率直な感想もレベッカの耳にはしっかりと行き届いており、その嬉しくない褒め言葉を軽々と捨て去った。



「おいお〜い、変な男なんて酷いだろお前。おれはスキッドってんだよ。ちょっとあん時ははしゃぎ――」
「スキッド、やめて。こいつにはあんたのテンション通用しないから」

 スキッドにとってレベッカは初めて見る存在だ。スキッドはクリスの時のように、自分のある意味長所とも言える、その積極性をアピールしようとべらべらと喋ろうとするが、それをミレイは右手でスキッドの口を乱暴に塞いで止めさせた。

 やや力み過ぎたせいでミレイの親指と中指がスキッドの頬に食い込む。

 突然話を中断させてきたミレイに対し、スキッドは不満を覚え、ミレイの右腕を乱暴に払いのけ、再び口を開くが……



「やめろお前。いきなり押さえてくんなよな」
「分かったからこいつの前で変なとこ見せないで」

 軽く怒ってきたスキッドにも引き下がらず、ミレイは非常に真剣な顔つきでスキッドのその明るく、煩いテンションを抑え込む。



「ああ、そいつスキッドだったわね。あのさあ、あんたよくそんな煩くてキモい奴と一緒にいようって思うわね。どうせあんたの事初めて見た時も煩かったんだろうね。クリスって奴に対してでさえあれだったんだから相当うざかったんだろうね〜……うわぁ、想像するの怖ぁ……。アタシんとこには絶対来てほしくないわね……」





――レベッカの発言は、実際、明確な答えであった――



確かにスキッドはミレイとクリスを初めて見た時は、煩かった。

ミレイの時は、幼馴染であるアビスと共にいたと言う理由で、煩く関わった。
アビスとの繋がりがあるならば、スキッドとも繋がるであろうと言う、勝手な思い込み。

クリスの時は、ある程度仲が成立したであろうミレイの友人として、
そしてミレイ以上の可愛らしさを誇ったその姿を見て、ミレイの時以上に、煩く関わった。
更に、その容姿に似合う優しさが、スキッドのテンションに拍車をかけた。

だが、今目の前にいるレベッカは話は別だ……





「悪かったなぁ、おれが煩い男で。すんませ〜ん」

 ミレイも時にはやや厳しい事を言ってくる事はあるが、金髪のその少女の今の台詞の方がずっと棘だらけであった。スキッドは今度こそ鬱陶しい思いをさせてしまったかと、馴れ馴れしい態度を外さずに謝罪を見せる。

「スキッド、やめて」

 再びミレイはそのスキッドの態度を静止しようと、軽くスキッドの胸辺りを叩いた。



「あのさぁ、何そいつ。ハッキリ言って凄いキモいんだけど……。っつうか何? 『すいませ〜ん』って。凄いなんだけど。そいつ頭おかしいんじゃないの? そいつと一緒にいれるのが不思議で溜まらないわね。まさかあんた達って、珍奇な集団?」

 スキッドの態度がよほど気に入らないのだろうか、友好的な意識等まるで飛ばないような、非常に威圧的な雰囲気を込めながら、スキッドを指差した後、そのようなレベッカから見て妙な性格をしているであろうスキッドと共に行動している者達、アビス、そして少女二人に視線を行き渡らせながら、その四人のメンバーを馬鹿にする。

「だったら何? 誰と組もうがこっちの勝手じゃん。あのさぁ、あんたといると凄い腹立ってくるから早くどっか行ってくんない?」

 ミレイはレベッカの言う事等まるで気にせず、目の前からいなくなるよう、捨てるような台詞を吐きながら目を細める。



「あのなぁ、お前レベッカっつうんだな。別におれが変だとか、そんな事言うのは勝手だけどな、あんまり人の悪口言うのはめといた方がいいと思うぜ。鬱陶しいって思われてモテなくなるぜ?」

 ミレイに続いて、今度はスキッドがその少女に立ち向かった。スキッドは自分が煩い人間である事は自覚しているらしいが、それよりも、メンバー全体に対して放った中傷に対する違和感の方が大きかった。

 口が悪いとは言え、相手は一応女の子である。スキッドは優しさでも与えているのだろうか、あまり相手を恐れさせるような表情を出さず、緩やかな感情で忠告を投げかける。

「別にあんたみたいな下種男から嫌われたって別にいいけど。ってか寧ろ近寄って欲しくないわね。あのさあミレイ、こいつの事邪魔だって思わないの? 見るから変な事考えてそうな男だけど」

 しかし、レベッカは頷く事はしなかった。折角のスキッドの配慮も態度で蹴り飛ばし、そして喋っている相手をスキッドからミレイに移し、スキッドについて問い質そうとする。その内容は、決して温もりの籠ったものでは無く、これから先、四人での活動に支障が出る可能性の出るような、非常に冷たい発言を飛ばしたのである。





――それを言われてスキッドは、一瞬精神が凍り付くような感覚を覚える――



確かに煩かった、スキッドは。
だが、一応被害者の立場にあったミレイは何を言うのだろうか……。

刹那、恐ろしい事でも言ってくるのでは無いか……

思ってしまったのだが……





「そんな事あんたに関係無いじゃん。いいからさっさとどっか行ってくんない? あんたに比べればずっといい方よ。まあちょっと煩いけど、あんたみたいに腹立つ事はあんまりしてこないし。っつうかあんたいい加減そうやって人の悪口ばっか言ってくんのやめたら? ちょっと腕立つからって、威張り散らしてたら後で酷い目に遭うわよ?」

 以外にも、ミレイの言葉には、棘や冷徹と言う感情は含まれていなかった。とは言っても多少は煩いとは思っていたらしいが。

 だが、それよりも、ミレイにとってはレベッカの方が嫌いな存在であるらしい。スキッドに対してミレイが本当の意味での嫌悪感を抱いているのかどうかは分からないが、スキッドの事は気にしていないようにも見えてしまう。

「酷い目って何よ? もういいわ、あんたに何言ってもこの先変わらないだろうし、ホントにこっちも馬鹿馬鹿しくなってきた。それじゃ、もう行かせてもらうわね」

 それだけ言ったレベッカは、ミレイの返事も待たずに、平然と背中を向けて鍛冶場の外へと姿を消していった。



――威圧的な雰囲気だけを漂わせていた火竜の装備を纏った少女、レベッカ――



 アビスはその少女の背中を、軽く舌打ちしながら見送った。

「何、あいつ……」

 アビスは特に誰かに聞こうとした訳では無く、一人で勝手に喋ってたつもりだったのだが、ミレイは疲れたような声で、アビスにそのレベッカと言う少女について、軽く喋った。

「ある意味でライバルみたいな? 奴かな……」





――偶然なのか、神の悪戯か、ミレイと、レベッカの瞳の色アイズタイプは、同じく青……――



ミレイの場合、可愛らしさと同時に、ハンターとしての凛凛しさ、
仲間を思いやる、瞳と同じ色を持った大空のような広さを感じさせる。

だが、レベッカの場合、ミレイのように可愛らしさを持ちながらも、
その裏には、自分自身の実力が生み出した
難詰なんきつの心、誇示の精神、陰鬱な態度を持ち合わせ、
大空のような雄大さは持ち合わせていない。

ただ、空に似た色を持っているだけだ。





*** ***





 やがてフローリックとジェイソンも、自分の得物の強化が終わり、六人はそれぞれアーカサスの街の自分の住処へと帰り、夜をすごしている。どうやらアビス達の受けたニムラハバの丘での緊急クエストを終わらせてから、酒場のクエストには『緊急』を冠するものが無くなったらしく、数日間、軽い休暇でも取る事になったのだ。

 やや急な展開だと、アビスとスキッド、街に来て間も無い二人は戸惑ったが、今まで連戦続きだった二人にとってはとても喜ばしい事である。

 そして、外は、夜ではあるが、時間としては、そこまで遅くは無く、未だ街道を歩く人間は衰える事を知らず、街として相応しい賑わいぶりを見せ付けてくれる。



――そして、アビスのマンションの部屋へと続くドアの前に、一人の女の子の姿が……――



――トントン……――



 ドアが軽く叩かれた。軽い音が響くが、それはドアの奥にいる人物に明確に聞こえ、やがて、奥から声が上がる。

「ん? 誰ですか?」

 アビスは恐らくは知らない人でも来るかもしれないと、軽い敬語を使いながら、ドアに近づく。そして、そのドアを叩いた者の正体を声だけで即座に察知する。

「アビス? あたしだけど」

 いつも聞いている声である。トーンの高いその声の持ち主は、紛れも無く、ミレイだった。

 その声を聞いて何の躊躇いも無く、ドアを開け、その姿を確認する。



「やっぱミレイか、どうしたんだ? こんな夜に」

 ドアを開き、その外に向かって開いたドアが勝手に閉まらないよう、腕をピンと伸ばして押さえながら、用件を聞く。



「うん、ちょっとね、ちょっと夜遅くにごめんなさい。えっと、用事ってのが……」
「ああ、いややや、いいよ、別に謝んなくて。そこまで遅くないだろ? あ、んと、上がってくれよ。中でゆっくり話そ」
「うん、ありがと」

 ドアを開けながら軽いやりとりを二人で交わすが、とりあえず玄関でずっと喋っているのはどうかと思い、アビスはミレイを自宅の中へと招いた。

 ミレイもそんな場所で話し続けるのはどこか気まずいと、アビスに対して軽く頭を下げながら、アビスの自宅へと入っていく。

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