アビスとミレイは今、アーカサスの街を離れている所である。

 街から少し離れた所にビートン鉄道と言う小さな町があり、そこから運行している蒸気機関車に乗り、とある場所へと向かっている所である。

「そうだ、この調子だとどんぐらいで到着すっかなぁ」

 機関車の進行方向と同じ方向を向いた二人乗り用の椅子がその客車にいくつも並んでおり、アビス達二人以外の客もそれぞ れの席に座り、隣同士で喋り合っている者、一人で静かに本を読んでいる者、何もする事が無くて思わず寝てしまっている者、実に様々ではある。

 通路側に座っているアビスは、すぐ隣に座っているミレイに、目だけを向けて訊ねる。

「大体これくらいのペースだったら今日の夕方ぐらいに着くかな」

 窓際に座っているミレイは、一度窓を眺め、高速で後ろ側へと流れていく外の木々の茂る景色を見ながら、答えを出した。

「夕方かぁ……ちょっと遅いように思うんだけど、気のせいか?」

 アビスとしては、これからのミレイの用事を考えると夕方と言う、夜の一歩手前の時間はやや都合が悪いのでは無いかと思ったが、ミレイの対応は意外とあっさりとしていた。

「別に大丈夫よ。どうせまたゴチャゴチャ言ってくるだけだろうし……」

 その返答には、やや屈託の色が含まれており、まるでこれから向かうであろうその目的地を避けたいような印象を受ける





アビスとミレイ、これから立ち向かう、ミレイにとってある意味困難で焦慮な苦痛ワンボーイ・アンド・ワンガール インジュア・ザ・メンタルトリートメント・アンド・ア・フィーリング・トゥー・ビー・イリテイティド・バイ





「まあ、別にそんなに落ち込む事無いだろ? ただ親に会いに行くだけだってのに」

 アビスとしては、ただ親と会うと言う、至って普通な行為であり、子供ならば誰でもしようと思う面会にどうして嫌な顔を浮かべる必要があるのか、今一理解出来なかった。



――ただ、アビスには両親がいない為、親と子のやりとりを上手く想像出来ないのも一つの理由なのだが……――



「会ったその後がいっちばん問題なのよ。あたしさあ、月に一回ぐらいの割合で呼び出し食らってんだけど、そのたんびにもう最悪としかもう言い様無いって状態よ?」

 平然とするアビスに対し、ミレイは突然両肘をそれぞれの太腿に乗せ、両手の甲の上に顎を乗せて非常にだるそうに溜息を吐いた後、今回以外にも親から呼ばれている事があると言う事実を伝え、そしてその後にやって来る感情には決して明るい物が無いもう一つの事実も伝えた。

「最悪って、なんか言われんのか?」

 悪い部分だけを非常に強調したような喋り方が妙に思い、アビスは一体親からどんな事をされて帰ってくるのか、想像はしてみるものの、頭にはまるで浮かばず、思わず聞いてみる。

「多分聞いてれば一発で分かると思う。あれは怒るっつうより、いや、怒ってるったら怒ってるかもしれないけどなんか苛めも混ざったような? ってなんかその話してたら腹立ってくるからさあ、ちょっと話題変えよ?」

 よほどミレイにとって喜ばしくない内容なのか、親のその話をしている内に徐々にミレイの口調には乱暴な何かが僅かながら見えてくる。だが、こんな所で爆発させても意味は無いし、他の乗客にも迷惑がかかってしまう。それを抑える為なのか、これから起こるであろうその親との面会に関する話を切り上げる。

「あ、ああ、いいけど、あ、そう言えばあのレベッカだっけ? あいつって、何?」

 空気を読んだのか、それとも怒ったミレイを経験している為にこれ以上ストレスを溜めさせては自分に火の粉が降りかかってしまう事を恐れてなのか、アビスはすんなりとミレイを受け入れ、そして前日、鍛冶屋に突然現れた、金髪の長髪の少女、レベッカの話題を持ち込んだ。

「あいつね、あの女アーカサスでも有名な名人級ハンターでね、その仲間もおんなじだけの実力持ったハンターが揃ってんのよ」

 ミレイは確実には認めたくは無いのだろうが、そのレベッカと言う少女は、その外見的な年齢に似合わず、凄腕のハンターだと言う事を話し、そして、その仲間達も、同じだけの素質を持っていると、諦めたように、言い切った。

 最も、アビスはその戦っている様子を直接見た事が無い為、どのような意味で名人なのかは今一分からないが、それでも狩猟の腕前が凄まじいと言う事だけは何となく理解出来る。

「やっぱあいつって、強いんだな。あの装備って確か火竜装備、だったよな? あの赤っぽい甲殻、そうだよなぁ?」

 アビスはあの時レベッカの纏っていた赤い鱗や甲殻で作られた防具を思い出す。火竜は討伐には凄まじい困難を極める。今回のクエストでそれが身に染みてよく理解出来たのだ。そんな飛竜とはもう出来れば争いたくないと、アビスは逃げ道を作ってしまっていたが、そんな事をゆっくり考えている間も与えられず、ミレイの返事が返ってくる。

「そうよ、あれは紛れも無く火竜装備よ。それより、あいつの戦闘スタイルってのが凄い独特っつうか、完全にチームワー
クだけっつうか……」

 ミレイはレベッカの装備に軽く頷いた後、そのレベッカの極めて高い名声の由来を説明しようとする。

「戦闘スタイル? それって? 後チームワークって事はなんか連携プレイが凄いとかカッコいいとか、みたいな?」

 鸚鵡おうむ返しに一度聞き返してきた後にアビスはパーティーでのその狩猟が一体どう言ったものであるか、気になってしょうがなかった。

「カッコいいって何よ……。まいいや、んとね、あいつらって常に集団、っても結局は四人までだけど、狩猟に行く前に必ず凄い精密な計画立てて、んで一人一人が役割分担持って、してやってくって言う、凄いまどろっこしいっつうか、念入りだなぁ、とか思うけど、まあ、どうだろ……」

 ミレイが言うに、そのレベッカ達の狩猟のスタイルは、完全無欠な企画による計算で尽くされたものによるようである。



――計算された狩猟アキュレイトリーハンティングは、まるで無駄な隙キュリアスアペアランスを生み出さない――



 しかし、そのやり方にはミレイはどこか納得の出来ない色を浮かべていたのである。

「へぇ、そのレベッカって言う女のメンバーってそうやって毎回色々作戦考えてやってる訳かぁ……そう言えば俺達って計画とかあんまりそこまで細かくした事無かったよな?」

 ミレイの何かを考え込んだような表情に特に気にする事無く、アビスは名人とまで謳われるようになったレベッカの戦闘スタイルを考える。





――狩猟を極限まで極めるには、究極の計画がものを言うのだろうか……――



アビスにとって、計画と言うものに深く思案した事は無かった。
しかし、名人級の称号を手に入れたレベッカなのだから、計画には非常に深い意味が込められている。
アビスにはそう認識してしまう。

一人一人の役割分担、そしてその後に展開される状況、
そこから生まれる個人の役割、最終的に待ち受ける計算し尽くされた連携の結果。

恐らくは、一人が崩れれば、その時点で全てが駄目となるだろう。
その緊張感は、並大抵のものでは済まされない。

名人級の名声を受ける為には、アビスの緊張感ではまだまだ程遠い。





「まあそうよね、あたし達って、ってかまだ一回しか一緒に狩猟行ってなかったけど、でも計画だけが狩猟の全部じゃないってあたしは思うのよ」

 ミレイは意外にも、レベッカの意思を賛成する態度は見せなかった。それよりも、ミレイにはミレイなりの考えがあるらしく、一度窓を見た後、アビスと目を合わせる。

「じゃない、って言うと?」

 名人級の実力を持つとは言え、相手はあれだけの態度の悪さを誇るレベッカである。恐らくはそのような敵対心を持つ奴と同じスタイルを取りたくないのだろうか、それとも自分なりの意見があるのだろうか。

 アビスも自分に向けられるミレイの視線に顔を軽く向け、目を合わせる。

「まあ確かにさあ、相手は馬鹿みたいな力持つ飛竜だし、あっちから見たらさり気無く振り払うような攻撃でもこっちにとってはもう一撃必殺にも相当するような攻撃バンバンやってくるってのは分かるけど、でも計画立てたからって絶対勝てるかっつうとそうでも無いから、それが絶対正しいとはあたしは思わないのよ」

 計画だけが全てでは無い。ミレイはそう考えていた。話している間は喋る内容を頭で整理する為か、アビスと合わせていた目線を窓へと反らしていたが、言い切る時に、再び目線をアビスへと戻す。

「でもあいつは『計画こそが全てだ〜』、とかいっつも威張ってるけどね」

 しかし、レベッカにとっては作戦は非常に重要視すべき点である。だからこそ、レベッカにとってはその作戦を外す事は絶対にしない。

 ミレイはそのレベッカの台詞を特に彼女の口調を真似する事無く、自分の持っている声だけで再現しながら、少しだけ乱れた暗い赤のジャケットの裾を両手を動かした正す。

「お前は別にその計画とかは大事だって思ってないのか?」

 そこまで喋ったミレイではあるが、肝心な部分はまだ喋っていない。アビスはその部分を聞こうとする。

「ああそれね、計画、作戦ってのはまあ確かに大事っちゃあ大事だとはあたしも思うわよ。罠使うとか、タル爆弾でぶっ飛ばすとか、後なんだろう、閃光玉とか、音爆弾とか、そう言う道具を使うとか、そう言うのは大事だとは、一応あたしも思ってんだけど、でも作戦練ったからって絶対に成功するとも限んないじゃん?」

 ミレイは作戦の際に扱うであろう道具を、反射的に動く右人差し指と共に口に出していき、心の奥では作戦と言うものは否定こそはしていないと考えるも、やはりそれが勝利に導く為の完全な理由にはならないと、右人差し指の動きを止める。

「だよな、作戦なんか立てても頭悪い奴ばっかだったら意味無いもんなぁ」

 アビスは体勢的にややだるさを覚えたのだろうか、両手を後頭部に回し、背もたれと後頭部に挟んだ状態で客車の前方の奥を眺める。

「いやいや違う違う! そうじゃなくってさ、いくら計画立てたって、狩場だったら何起こるか分かんないし、飛竜だってちゃんと計算通りに動いてくれるとも限んないじゃん。ってか頭悪いとかってやめてよ……。なんかあたしの悪口言われたみたいじゃん」

 アビスは計画を立てると言う行為の未熟さについて思ったのだろうが、ミレイの考えていた内容とは見事に外れ、ミレイに焦るようにそれを取り消され、そしてミレイはアビスにハッキリと伝わるよう、何が言いたいのかを説明した。

 その後に来たのは、アビスが余計に口走った、あのある意味嫌らしい言葉に対する返答。アビスは軽く睨まれたが……。





――相手は野生に生きる飛竜ザ・ワイバーン・イン・ザ・ワイルドランド、人間の作戦程度でひざまずくほど軟弱では無い――



作戦は確かに心強いが、思い通りに行かせてくれないのが、狩場だ。
作戦の精密さは、成功率ディライトパワーを極限まで高めるが、決してそれは最大マックスには至らない。

成功ばかりによる、狩人ハンターだけの喜びは決して許してはくれない。
作戦と言うものには、失敗と言う厄病神ブラックデビルが付き纏っている。
それが発動した時、時間をかけて作り上げた作戦が、崩れ落ちてしまう。





「ああ、そう……だよな。なんか作戦ってさあ、立てたはいいけど実際ちゃんと全部思ったように出来るかどうか、分かんないよな。まあ俺もそこまで細かい計画立てた事無いけどな……ははは……」

 アビスは一応ミレイから話を聞いて大体作戦と言うものの重要性は理解出来たのだが、アビス本人はそこまでの細かい計算を立てた作戦を考えた事も、そもそも作戦そのものについて考えた事すら無いのだから、今一しっくりと来てくれないのだ。

「そっかぁ、アビスはそう言う事無いかぁ……。まいいや、んとね、作戦ってのは確かに大切だとはあたしは思うけど、でもあたしはそれより、どんな状況に追い込まれても切り抜けれる力の方が大事かな〜って思うんだけど、どうだろ?」

 ミレイはレベッカに対抗意識でも持っているのだろうか、作戦を構築する力よりも、状況判断力の方が大切であると、やや戸惑うような素振りを見せながら、アビスに訊ねる。

「いや、どうだろ? って……、んと、そうだな、多分、その場その場の状況見極める方が大事、かな?」

 突然質問の相手にされ、アビスは返答に戸惑うが、すぐに気持ちを切り替え、昨日散々アビスの悪口を好き放題言ってきたレベッカ側では無く、多少厳しい時もあるが、やはり仲間であるミレイ側に付こうと考える。

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