父親は鼻で強く息をしながら、アビス越しにミレイを睨みつける。睨みつけられた方はアビスの胸に顔を押し当てたまま全く喋らないが。

「そんな事無いんです! あっちじゃあホント凄い色々喋りますし、それに礼儀だってちゃんと分かってる奴なんです!」

 アビスはそんな父親の視線に怯みもせず、それともミレイを抱いていると言う行為から、彼女から勇気を受け取っているのか、アーカサスの方面でのミレイの振る舞いをやや下手な口で説明する。

「でもこいつはさっきからうんともすんとも言わないんだぞ。どうせお前も嘘吐きだろ」

 父親はアビスの言っている事が信用出来ないのだろう。実際ミレイは家では明るい様子をまるで見せ付けず、死人のように非常に暗い対応しかしてこなかった。それを見ればアビスの言う事が嘘だとして認識してしまうのも分からない訳では無い。

 父親の目が再び細くなる。まるでアビスにも何かされそうな雰囲気である。

「俺は嘘なんて言ってないです! ただこいつは、ちょっと今は……えっと、ちょっと疲れてたんですよ。だからちょっとあんな……」
「いいからお前も邪魔だ! 今はミレイに用があるんだ! どけないなら無理矢理追い出すぞ!」

 父親には他人だから優しく接すると言う精神は無いのだろうか。必死でミレイを庇うアビスに腹を立て、アビスにまでやや度は低いが、荒げた声を吹きかける。

「また殴るんですか!? それは俺も黙ってられません!」

 いつの間にか、アビスは無意識の内にミレイの頭だけを自分の下に抱き寄せていた状態から、背中にも手を回してほぼ全身を抱き寄せるような状態になっていた。いくら血縁者とは言え、暴力を振るう様子を黙って見てはいられないのだ。

「さっきから偉そうな事ばかり言いやがって。お前、大体そいつのなんだ! いつの間にうちに入り込んで何様だお前は!?」

 見下ろした体勢のままで、アビスに問い詰める。あくまでも父親から見れば躾の一環である。それを邪魔してきたアビスを許したくないのだろうか。

「……彼は……あたしの……先輩よ……」

 アビスばかりに喋らせていたミレイは、ようやく治まってきた腹部の痛みに安心するが、それとは別の感情が喋る行為の邪魔をしかけていた。だが、それを必死に堪えながら、力強くアビスとの関係を、アビスに抱き締められながら言ったが、それをアビスがあっさりと訂正してしまう。

「違うよ、こいつ俺の友達です! 別に俺が変なら変でも結構です! でも俺はこいつの友達なんです」

 アビスは父親が帰ってくる前に居間から聞こえていた、ミレイの友人は変人と言う、愚弄の意味の込められた話を聞き取っていた。だが、この際アビスにとっては変人だと思われても構わなかった。どうせこの家以外では変人だとは思われないだろうから。

 アビスは決して否定はしなかった。

「ふうん、そうか。まあ家内が一体何言ったかは分からんが、お前は何しに来たんだ? 話の邪魔しに来たとでも言うのか?」

 父親が友人に対してどのような感情を抱いているかは分からないが、今度はアビスに対し、何の目的でこの家にやってきたのか、まるで追い詰めるような人相、そして口調で訊ねる。

「あ、いや、えっと、それは……」
「あたしが無理矢理引っ張ってきたのよ。アビスの事悪く言うのやめてくれる……?」

 アビスが返答に戸惑っていると、ミレイがアビスの両腕の束縛から離れ、立ち上がりながら事実を父親に伝える。アビスは元々外野であり、この話に巻き込む理由等無かった。だが、ミレイは一人で行くのは心細いと言う理由でわざわざアビスについてきてもらったのだ。

 そして再びミレイは口を動かした。多少呼吸を乱しながら。

「もうあたし外行くわ。もう今日帰んないから。アビス、来て」

 それだけ言い捨てながら立ち上がるとミレイはそのまま傷だらけの顔でまっすぐと、ドアへと向かっていく。アビスを呼び、共に外へ出ようとする。

「なんでアビス君にあたんの? 友達にもそうやって八つ当た……」
「煩い、横から入んないで」

 ジュリーの何事も見逃さないその嫌らしい言葉を、ミレイにしては珍しく払いのけるも、それで相手が黙るはずが無い。

「なんなのあんた」

 再びジュリーがミレイを止めようとするが、ミレイはそれに対して再び言い返す。

「何がどうなって何? って話よ。もういいわ、もう帰んないから、それじゃ」

 ミレイはやや意味の理解に苦しむような言い分を返し、そして返答を待つ間も無く、そのままドアの外へと出てしまう。アビスも慌てるようについていく。

「待て、晩飯はどうする気だ。勝手な事はするな」

 父親も容赦無くミレイを引き止めようとするが、それも否定するミレイである。

「『勝手』って意味が分かんないんだけど。もう行くから」

 ミレイは振り向かずにドアの外へと出てしまう。

「あ、ちょ、ちょっと待っ……」

 アビスも慌てて居間を出ようと、声を詰まらせながら進む。

「まだ話は終わってないぞ! いい加減しろ!」

 父親は今度は怒鳴りながら強引に止めようとするも、ミレイの足は全く止まらない。

「こっちはもう限界よ!」

 居間の外の通路を歩きながら、ミレイはどかどかと歩き、居間の方へは目も向けず、怒鳴り返す。騒ぎが気になった弟達三人は階段から恐る恐る覗くように見ているが、そんなのはミレイには関係無い話である。

「どうせ言う事無くて逃げるだけじゃん。ばっかみたい。そうやって現実逃避してたら……」
「そうやって横から入んのやめてくんない? うざいから」

 ジュリーも父親に加担しようと、嫌みのように言ってくるが、それもミレイは弾き飛ばす。もう家を後にしてしまうのだから、何を言った所で仕返しの心配は無いとでも思ったのだろう。黙っていてもきっと追い討ちをかけてくるとは思われるが。

「待て!! お前また殴られたいか!!」

 父親はまるで脅迫でもするかのように、暴力を伴わせながら引き止めようとするが、今度は全く返答をしないミレイであった。それ所か……



――家の外へと続くドアを開いた瞬間、勢い良く走り出す……。まるで刑務所から逃げるかのように……――



「あ! ちょっミレイ!? あ、えっと、お邪魔しました!」

 アビスはいきなり走り出す走り出したミレイを見て一体何が起こったのか戸惑うが、アビスの今の居場所はミレイの家族の元では無く、ミレイ本人の隣である。とりあえずミレイについて行った方がいいだろうと思い、アビスは居間に向かって軽く頭を下げて挨拶した後、走っていくミレイの後ろを急いで追った。



*** ***



「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

 ミレイは実家からある程度の距離が離れた裏路地へと逃げ込むように入った後、遂に体力に限界が走ったのか、壁に背中を押し付け、軽く空を見上げながら大きく肩で呼吸をする。

 殴られたり蹴られたりと言うのも重なって体力が消耗していたと言う事情があったのかもしれないが、もうミレイには本気で走る力は残されていないようにも見える。

「お……おい……ミレイ……、お前、ちょっ待てよ……はぁ……はぁ……」

 アビスもしばらくしてようやくミレイのいる裏路地へと辿りついたものの、既にミレイと同等か、或いはそれ以上に呼吸を荒げ、そんな状態でゆっくりとミレイに近寄ってくる。

 一応アビスは走り去るミレイの後姿を見ながら追ってきた訳だが、ミレイは足が速く、とてもアビスでは追いつけるようなスピードでは無かった。だが、道が一直線だったからこそ見失わずに済んだのだ。

「アビス……良かった、ちゃんとついて来れたのね」

 ミレイはある程度呼吸を整えながら、自分の足に置いていかれたままにならずに済んだのかと、安心を覚え、アビスを見ながら力の抜け切った笑みを見せる。

「所で、お前その傷大丈夫なのか? ってかしょっちゅうあんな事されてんのか?」

 アビスも大体は呼吸が整ったのだろうか、ミレイの確認にはあまり気を向けず、ミレイの顔の擦り傷や痣を見て、実家に呼び戻される度にあれだけの仕打ちを受けていたのかと、想像してしまう。

「いいや、今回が一番最悪よ。先月行かなかったのもあったんかもしれないけどさあ」

 ミレイは背中を壁に預けたままの体勢で、これまでで一番凄惨だったのが、今回であると伝える。それを知ってたからこそ、アビスを連れて来たのかもしれない。

「でもお前さあ、なんでちゃんと言いたい事言わないんだよ。黙ってばっかだから好き放題言われてたんだろ?」

 アビスは気持ちを切り替えるかのように、先ほどミレイの実家で振舞っていたあの態度について、追求しようとする。ミレイの普段の態度ならば、確実に言いたい事もはっきり伝えられただろうし、納得させる理由だってしっかりと作れたであろう。

「言っても無駄から言わないだけよ……。あいつらはねぇ、こっちが何言っても絶対聞き入れないからね……」

 それを聞いたミレイは突然、何か喉の奥から違和感を感じ、それによって声が詰まるのを感じる。それでも質問には答えなければいけないと、とりあえず事実は伝えておいた。

「無駄ってお前……。普段の態度そのまま見せりゃあいいだけだろ。なんでちゃんと言わないんだよ」

 一瞬笑うアビスであるが、どうしてアーカサスの街にいた時のような振る舞いを家族に見せなかったのか、それが気になってしょうがなくなり、最終的にはややミレイを問い詰めるような口調で言いながら、ミレイの正面に移動する。

「だから言っても無駄だからよ……」

 正面にやってきたアビスを言葉だけで突き放すかのように、両手をズボンのポケットに入れながらミレイは先ほど言った言葉を繰り返すかのように、小さく言った。

「お前何が無駄なんだよ。お前あっちでもすげぇ真面目だし、なんだし、普通に喋ってりゃあ大丈夫だろ……」





――だが、ミレイはそれを聞き、怒鳴り声をあげる……――





「だから無駄だから無駄だっつってんのよ!! こっちの事情なんも分かってないくせに偉そうに言ってこないでくれる!?」

 ある意味でしつこかったアビスに、遂にミレイは出してはいけない感情をあらわにしてしまい、実家で散々好き放題言われ、そして最終的には殴られ、蹴られた、その際に蓄積されていたであろう怒りをまるでアビスに全てぶちまけるかのように怒鳴り散らし、無駄だと言う事をより強く強調させる。

「はぁ!? お前なんで俺に当たんだよ!? 俺お前の事思って言ってやってんだぞ! 八つ当たりじゃねぇかよ!」

 怒鳴られたアビスはと言うと、自分はミレイを想って言ったと言うのに、怒りをぶちまけられる対象にされ、オマケに右手で力強く突き飛ばされ、それによって仕返しの感情でも生まれたのだろう、アビスも遂に怒鳴り出し、その茶色い目に力を入れ、怒鳴りつけてしまう。

「無駄だってんのに聞いてくんないからでしょ!? あのやり取りみてたらこっちが喋っても無駄だって普通気付くわよ!!」

 理解してくれないアビスに対し、ミレイは再び怒鳴ってアビスに対抗するが、アビスはそれで止まってはくれなかった。

「じゃあなんで俺なんか連れてきたんだよ!? だったら勝手に一人で行って怒られてりゃあ良かっただろ!?」

 元々アビスはわざわざミレイに呼ばれてついて来た身である。なのに、つれて来られた先で怒鳴られたのだから、アビスも立腹するのはしょうがない事かもしれない。

「あ、違うの……、んと……ちょっと、そうじゃなくって……」

 それを言われたミレイは突然威勢を失い、自分の行いを反省するかのように、声を小さくし、一体自分が何をしていたのだろうかと、あれこれ考え始める。アビスはミレイを想って言ってくれたと言うのにそれに対して怒鳴る方が明らかに悪いと言えるだろう。

 アビスに何かしらの恐怖を感じたのか、それとも完全に自分が悪いと言う事を自覚していたからなのか、何とかアビスを落ち着かせようと色々考えるも、思いつかずに迷い込んでしまう。

 その時のミレイの瞳はどこか揺れていたような印象を受ける。

「……ったく、お前今んとこ絶対怒る場面じゃないと思うぞ。気持ちは分かるけど、怒る相手間違えんなよな」

 ミレイのその落ち着きを取り戻した様子を見てアビスも安心したのだろうか、怒鳴るのを止めて注意を施す。そして今度はミレイの両肩に両手を移動させる。

「だけどな、お前。色々そっちもなんか事情とかあるってのは分かっけどさあ、やっぱ言いたい事あったらちゃんと言わねぇとよお、誤解とかそう言うの招くだろ?」

 流石にアビスも怒鳴り過ぎただろう。ただでさえ血縁者に怒鳴られ、暴力を振るわれた後なのだから、アビスまで敵のようになってしまってはミレイを酷く傷をつけてしまう事になるだろう。そして先ほどまでの乱雑な口調を崩し、いつもの少しだけ頼りなさそうに聞こえる声色に戻し、ミレイを見つめる。

「やっぱり……まあ、そうよね……」

 ミレイも実際ははっきりと言えば良かったのかもしれないと思うが、上手く返事が出来ず、途切れ途切れのさまを見せ付けてしまう。

「っつうかお前さあ、俺の事呼んだのだってホントは俺と一緒だったら上手く喋れる、っつうかちゃんと分かってもらえるように話せるっつうのかな……、なんかそんな自信付くと思ったから、わざわざ俺連れて来たんだろ? そうだろ? だって俺、外から聞いててなんか分かったんだけど、俺いなくなってもっと喋んなくなっただろ? だから俺心配だったんだからな」

 アビスは大体理解し始めていた。どうしてわざわざミレイの家庭の事情に連れて来られたのかが。近くに頼れる人を置いておく事で少しでも勇気付けようとしての事だろう。ただ、アビスにそんな効力があったのかどうかは分からないが、ミレイにとっては充分に大きな支えになってくれたはずである。

「まあ、大体……合ってる……」

 ミレイは俯きながら、声を詰まらせながら答える。緑色をした前髪がミレイの目元を見事に隠す。

「やっぱな。お前がさあ、家でどんな風にやってきてたかは全然分かんねぇけどさあ、俺はお前は普通だって、いや、っつうか俺よりずっと真面目な女だって思ってっからさあ、あんま心配はしなくていいぞ。お前は充分真面目だから。それに別に俺が変な奴だって思われてても別にいいから」

 未だミレイの両肩に手を置いたまま、アビスはミレイを否定せず、家庭でどんな事を言われようと、ミレイに対する態度は変えないと、恐らくは酷く落ち込んでしまっているであろうミレイのテンションを復元させるべく、軽く笑顔を作りながら接した。

「……あ、あぁ……うん」

 アビスの終わらせ方が妙だったのだろうか。まだ続けて喋ってくるのでは無いかと思っていたミレイはそのまま黙っていたが、そのまた続きを話しそうな雰囲気を漂わせながらも結局は言い切っていたその台詞に、焦りながら咄嗟に頷いた。

「後さぁ、俺すぐお前んとこ来れなくてごめんな……。ここまでなるまで行けなくてさあ……、でもちょっと俺も怖かったんだよね……殴られたり蹴られたりしてるとこに飛び込んだら俺もやられるんじゃないかってさあ……。ホントごめんな、これじゃあ俺何の為に来たか分かんないもんな……」

 アビスはふとミレイの顔につけられた傷跡を見て、その原因の半分は自分にあると悟る。体罰が始まった瞬間に居間へと入ればあそこまで発展しなかったかもしれない。それを考えると謝罪せずにはいられなかった。すぐに入らなかった事に対してもしかしたらミレイはアビスに対して何らかの怒りの感情を抱いているかもしれないと考えると、どうしても言葉が途切れてしまう。

「……いいわよ……アビスは悪くないわよ……ホント……だから……」

ミレイは俯いたまま、傷や痣だらけの頬を軽く撫でてくれるアビスに謝罪の気持ちを持つ必要は無いと伝えるが、ミレイの方も言葉が途切れている。だが、ミレイの場合は、気まずさから来るものと言うよりは、込み上げてくる感情に遮られていると言った方が正しい。

 何とか感情を堪えながら、アビスと目線を合わせないまま、俯いたままの状態を保つ。

「いや、悪いだろ? そこまでボロボロになるまで来れなくてさあ、それにその傷じゃあ相当痛いんだろ? ホント……ごめんな。後お前んの事情も分かんないのにさあ、なんか変な事言ったのもごめん。だからお前さっき怒鳴ったんだろ? なのに俺の方も怒鳴り返してちょっと……悪かったよ」

 ミレイはアビスを気遣ってなのか、悪いのは自分自身だけだと、弱々しい口調で対応するが、アビスはミレイの肩から両手を離さずに悪いと言う事実をしっかりと自分のものにした。

 傷がつくまで放置していたのは明らかにアビスにも何か悪い部分があるであろう、本人はそう考えていた。それに、先ほどミレイに怒鳴り声をあげさせたのだって、ミレイの事情をまともに知りもしないくせに出しゃばるように迫ったからだろう。

 ひょっとしたらそれは怒鳴られて当たり前だったのかもしれないのに、アビスは怒鳴り返してしまった。恐らくミレイの精神は罵倒と暴力で崩壊しかけていると言うのにアビスまでその手助けをしてしまう所だったのだ。やはりそれを考えれば、アビスは謝らずにはいられなかったのだ。

「あ、いや、えっと、こっちこそ……」

 ミレイもアビスのその言葉に納得を覚えたのだろうか、何か言い返そうとする。だが、突然声を詰まらせるミレイであった。アビスからはミレイの前髪によって見えないだろうが、その青い瞳は軽く揺らいでいた。

 喉の奥から突き出てくるような感情を必死に堪えながら、ミレイは次の言葉を何とか、絞り出すように発する。

「ごめん……なさい……、怒鳴ったり……して……」

 ミレイは相手の気持ちも考えずにただ怒りに任せてアビスに暴言を放った自分自身を恨みながら、地位的に上も下も無い相手に対する者に対する謝罪としては礼儀の籠ったようなそれを、攻めてくる感情を堪え、言い切った。だが、その時には既に感情が崩壊しかけており、僅かに肩が震えているのが、今目の前にいる少年の両手を伝って、そしてその相手に伝わる。

 自分自身の行為に対する恨み及び、そんな乱暴な態度をしてきた自分に対しても尚優しさを与えてくれる少年に触れ、感情が崩壊しかけているのか。

「お前、まさか……泣く?」

 俯いたまま震えだしたミレイを見て、もしかして、とアビスは一瞬だけ戸惑ってしまう。















――そしてミレイは……――















――遂に感情を抑えきれなくなり……――















――アビスにすがりつき……――















――大声で泣き出した……――















――と言うような真似はしなかった――







 アビスの考えは突然のミレイの咳払いによって遮られる。

「ってお前、どうしたんだよ」

 ある意味で場の空気を乱すような、その行為がアビスを軽く笑わせてくれるが、ミレイはその咳払いで何とか復活させたであろう心持を見せつけるかのように、いつもの明るい口調でアビスに喋りかける。

「アビス、一応この際だから言っとくけど、あたしこう見えても泣かない女だからね。大丈夫よ、あたしはもう平気だから」

 ミレイは恐らくは台詞通り、泣きそうになっていたのだろう。下手をすれば、そのまま泣き出し、そしてその状態で目の前の少年に抱き付いていたりしたのかもしれない。だが、ミレイはそんな事を平然と出来るような女の子では無かった。

 まるで自慢するかのように、アビスの両手を軽くどかしながら笑みを浮かべた。だが、指で軽く目を拭っている辺り、僅かばかりは涙を出していたのだろう。初めて流したのはまだ実家にいた時であり、アビスに抱きしめられた際に密かに泣いてたのだ。

 最も、それはアビスは知らない事ではあるが。

「ホントか? って結局ちょっとだけ泣いてたんかよ……」

 その態度の一変ぶりに再び笑いを見せるアビスであるが、目元を拭っている様子を見ると、やはり感情だけは素直なんだと思ってしまうが、再びミレイは口を開く。

「いや、あれは……んと、まあいいじゃん! とりあえず近くに酒場あるからさあ、そこ行こ? 話したい事もあるしさあ」

 泣いていたと言う事を相手に知られて少し恥ずかしくなったのだろうか、ミレイは突然これからの行き場所を口に出しながら、その目的の建物があるであろう場所に指を差しながら足を動かそうとする。

「っておいちょっと待てよ! ってか話したい事ってなんだよ?」

 アビスを置いていくかのように、裏路地から出ようと駆け足で暗い通路を出ようとするが、アビスも急いで足を走らせ、ミレイの後ろを追いかける。

「ああ、それね、んと、家の、ってか姉さんの事って言った方が正しいかしら……」

 質問されたミレイは自分のそのやや身勝手な行動に軽く反省しながら、足を止め、後ろにいるアビスに顔だけ向けて答えた。

「姉さんの話? ってなると?」

 アビスはミレイの横につきながら、再び質問をする。

「実はさあ、姉さんも昔はハンターだったのよ……」

 ミレイはそれを言うと、残念そうな表情を浮かべ、俯きながら昔の自分の姉の姿を思い出す。

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