二人だけの空間 家庭からの脱出カップル・オブ・パーソン/ビカミング・エクスティンクト・フローム・ザ・ビレッジ



今アビスは、ミレイの案内で連れて来られた街の酒場にいる所である。無論、ミレイも同じ席に座っており、円形状のテーブルに向かい合うように二人は座っている。

内部では、時間帯が夜と言うだけあり、鉱山での仕事を終えた男達や、加工業を終えた女達、及び純粋に飲みたい、食べたいと言う欲求を果たす為に単独、或いは友人等の他人と共に来ている者で大いに賑わっている。

黒と白を基準としたスーツを着たウェイターやウェイトレスがあちこちから飛び交う注文に対応すべく、忙しく動き回り、注文内容を書いた伝票を持ってカウンターへと入ると、出てくる時には何かしらの料理、或いは飲み物が円形状のトレーに乗せられ、それがまたウェイターやウェイトレスの手の上に乗せられる。

何人ものウェイターやウェイトレスの内の一人のウェイターが、今アビスとミレイのテーブルに近寄り、おかわりのジュースを二つを差し出そうとしていた。

殴られて切り傷を負ったミレイは適当に雑貨屋に寄り、ガーゼと消毒薬、そして固定用テープを買ってアビスに手当てしてもらった為、今は頬や口の端にガーゼが貼り付けられている。全く無駄な出費である。





「御待たせ致しました。こちら、ご注文為さったオレンジソーダとメロンソーダです」

 ウェイターの手が丁寧に二つのジュースをテーブルに音を殆ど立てずに置く。



「ありがとうございます」
「あ、はい」

 ミレイは一応客と言う立場ではあるが、運んでもらった事に対して素直な礼を言い、そしてアビスも何も言わないとどこか気まずいと思ったのか、ただ単に頷いた。

 そしてウェイターは軽い会釈と共に去っていく。



「んで、それで姉さんと、姉さんの彼氏が他のハンターに呼び止められたのよ。お前達にそんなクエストは早過ぎだ、みたいな感じで」

 ミレイは自分の髪よりはやや薄いものの、緑色と言う点では共通した色を持ったメロンソーダをストローで一度飲んだ後に話を再開する。

「なんかどっかで見た光景だな……」

 アビスも自分のオレンジソーダをグラスのふちに口をつけて飲みながらミレイの話を聞いていたが、それを聞くなり、自分の頭の中で見覚えのある光景が頭に浮かんだ。

 初めてアーカサスの街のクエストを受けようとした時だ。酒場にいた大勢のハンターから外見的な装備から未熟者と称され、クエストへの発向を否定してきたのをアビスは覚えていた。



「だけど彼氏の方は姉さんの事守ろうと考えててね、必死で対抗した訳なのよ。行くなって罵声浴びせてきてた連中も今にも手ぇあげそうな状態だったから」

 ミレイはアビスのやや独り言にも近いようなその言葉には特に反応せず、話を続ける。

 内容を聞くなり、どうやらハンター達はその二人の実力に対し、クエストの難易度が高過ぎた為に、行くのを止めようとしたようである。だが、それでも聞かない二人に腹を立てた者達が遂に力づくで止めようとでもした、大体そのような内容だろう。

「マジ? 喧嘩もあんのかよ?」

 アビスはその事実を聞いて、素直に驚きの声をあげる事しか出来なかった。まだドルンの村にいた頃は喧嘩等は見た事が無いし、アーカサスの酒場でも罵声を食らった経験はあるものの、喧嘩等は見た事が無い。

 最も、ドルンの村は規模が小さかったし、アーカサスの酒場もまだ一度しか赴いた事が無いのだから、それを拝めるタイミングを逃していただけなのかもしれないが。



「うん、結構多いのよ、そう言う騒動って。しかも酒とかも入ってたら酔っ払って気性も荒くなるから、下手に怒らせたり、後先輩ぶった奴の言う事ろくに聞かなかったりしたらそれで怒り出す奴も多いのよ。んで話は戻すけど、結局それでも強行突破しようとしたらとうとう連中がキレ出してさぁ……」

 ミレイは何度も酒場での喧嘩を見た事があるらしい。ただ、ミレイが巻き込まれたかどうかは不明だが、ミレイの姉、そして姉の彼氏が強引にクエストに赴こうとした結果、ハンター達を本気を怒らせてしまったと言うのは確かである。

「キレたって事は、まさか殴り合いとか?」

 アビスは恐る恐ると言った感じで、その言葉の先に待つものを、ミレイに訊ねるように聞くが……



「まあ、そうね、殴り合い……って言うか、厳密に言えばもう一方的だったんだけどね。そんであんまよく覚えてないんだけど、姉さんがちょっとハンター達に連れてかれそうになってさあ」

 喧嘩と言うのは、互いに攻撃し合うものであるが、ミレイの覚えている範囲では、互いに、と言った感じでは無く、片方だけがやられ、そして片方だけが攻めている、と言った感じだったようである。

 その部分は記憶が曖昧あいまいなのか、アビスから視線を逸らしながら考え込むが、頭の中から何とか引っ張り出した記憶と共に、再びアビスへと視線が戻る。

「連れてかれるって……まあ、なんか気持ち分かるような……」

 実家ではミレイを追い詰めるような事ばかり発言していたジュリー、ミレイの姉であるが、流石はなかなかの可愛らしさを誇るミレイの姉だけあり、ジュリーもなかなかの美人の部類には入っている。

 ミレイより長く整えられたロングヘアーに、ミレイと同じ色の青い瞳。確かに男達が見れば興味を持たずにいられないのかもしれない。

 アビスは拉致される事には多少の違和感を覚えるものの、連れていかれる対象が対象なのだから、無理も無いだろうと、少しだけ変な笑い方をする。



「いや、連れてかれる、っつうよりは無理矢理引っ張り止めてクエストに行くの止めたって言った方が正しいかしら……。んで問題はその後なのよ」

 ミレイは自分の言い方が悪かったと思ったのか、やや具体的に説明をし、そしてその後に起こった出来事を思い出すなり、俯き、声も低くなる。

「ああ、なるほどね、って何だよその問題っつうのは」

 ミレイの表情が気になったアビスは、一度オレンジソーダを飲み、グラスを置きながらその肝心な部分を聞こうとする。



「うん、えっと、それで彼氏の方が姉さんの事取り戻そうとして、それで軽い揉め合いになったのよ。その時にハンターの一人がね、彼氏の顔殴りつけたのよ。その時に……」

 考えながら喋るミレイであるが、殴られた後の結末を話そうとした途端に、何かミレイ自身に苦痛でも走ったかのように、目を細めて声を小さくさせる。

「そん時どうなったんだよ?」

 アビスは続きが知りたいが為に、ミレイのその痛々しい表情を気にもしないで問い詰めようとする。



「潰されたのよ、片目をね……」



――そしてアビスは、驚愕する――



「はぁ? マジ!? それ」

 殴られた際に失ったそのジュリーの彼氏の片目を想像すると、アビスも驚かずにはいられない。

「ホントよ。ほら、防具、っつうか手だからアームか、アームってさあ、鉄とか鱗とかで結構ゴツゴツしてたり尖ってたりしてる事って多くない?」

 ミレイはそれが事実だと言う事を認めさせた後、僅かに話を逸らすかのように、腕に装着する防具、アームについて、自分の左手首に右人差し指を突きながらアビスに質問を投げかける。



「まあ、多いっちゃあ……多いけど、それがなんかあったのか?」

 アビスも一応色々なアームを見てきた経験はあるが、やはり鉄鉱石やモンスターの鱗や甲殻を使われているだけあって、角ばっていたり、擦ると皮膚が擦り剥けてしまうような構造になっているのは理解出来る。だが、それと失明の件とどんな結びつきがあるのか、アビスには分からない。

「あれ? 分かんない? 殴られた時にその尖ったとこが偶然目に入ったのよ。それでもう一発でアウト……になったのよ」

 アビスが理解してくれない事に対してミレイは軽く首を傾げる。そして、具体的にそのアームが最終的に何をもたらしたのかを話した。



――結論を言えば、その鋭利な個所が目を斬りつけたのだ……。失明の始まりである……――



「アウトって事は、そう言う事か……」

 アビスは想像するのが怖かった。自身は経験が無いからその痛みを知る事は出来ないが、想像を絶する苦痛だと言う事には間違いないし、物を見れなくなった世界がどれだけ恐ろしい事か、それくらいはアビスでも理解出来る。

「う、うん、そう言う事よ。んでそのせいで姉さんは即行ハンター辞めて、彼氏の方も怪我したって事で一緒に辞めちゃって、そっからもう面倒な事の始まりってとこね……」

 ミレイはアビスが『失明』と言う単語を言いたがらない事を何となく察知していたのか、わざわざそれに合わせてやり、そしてその怪我から始まった悲劇を話し始める。

 その内容が内容の為か、仕切り直すかのように、メロンソーダをストローで適度な量を飲み、揉み上げを左手で触る。



「面倒?」

 ミレイの最後付近で言った台詞がどこか緊張感に欠けるようなものだった為、その台詞を鸚鵡おうむ返しに聞くと、ミレイはアビスに対し、再び話し出す。

「そうよ、面倒……ってちょっと言い方変だったかな……。まいいや、その後はすぐ家戻ってきてずっと泣いてて……ってそれもどうでもいいか、あ、それより一番肝心なとこなんだけどね、それが引き金になってもううちじゃあハンターになるってのは一切禁止になった訳なのよ」

 他人事ひとごとのような話し方に途中で違和感を覚え、ミレイはそれを放置し、無意識に右人差し指を動かしながら、その失明事件がハンター業の禁止令を生み出した事実を伝えた。



「ああ、なんか大体分かってきたかな。そんな危ない連中が多いからそう言うとこはめとけ的な……」
「ああいやいやいやいや、そうじゃないのよ。そんな心優しい気遣いなんかじゃないのよ。姉さんの彼氏に怪我負わせたハンター達見て姉さんと、それと親はもうそいつら、ハンター達ね、そいつらの事もうただの野蛮人だの頭悪い原始人のような連中だとか、そうやって罵るようになってさあ、その時丁度ハンター目指して頑張ってたあたしにもそれが降りかかってきてさぁ……」

 ミレイはアビスの言葉を強引に遮り、ミレイの家族が決して安否を考えてハンター業を禁止した訳では無く、その他者を傷つけると言うその暴力性に義憤ぎふんが溜まり、ミレイの夢にまで影響を及ぼしたと言う事を説明した。



「ああ、えっと、なるほどな……」

 アビスにその長い説明が理解出来ているのかは分からないが、大体分かったような気だけはしているようである。人に怪我をさせるその人道の外れた行為をする連中を恨み、ミレイの一家はハンターを恨むようになった。きっとそうである。

「ってあんたちゃんとあたし言ってる事理解してんの? まいいや、まあ確かに自分の彼氏に大怪我負わせたハンターが憎いってのは分かるけど、だからってあたしにハンターになるなって言うのはちょっと可笑しいんじゃないかなって思うのよ」

 アビスのその自信の無さそうな反応を見るなり、ちゃんと話を聞いてくれていたのかどうか不安になってしまうミレイであるが、多分大まかな部分は理解出来ているだろうと信用し、そして難しい表情になりだす。

 確かにそのハンター達はミレイの姉の彼氏に失明と言う大重傷を負わせたのは事実である。だが、それはあくまでも全世界のハンターの内のほんの一部に過ぎない。全てが全て、野蛮であるかと言うとそうでも無いのだ。しかし、ジュリーは怪我させたハンターを許さなかった。

 だからこそ、ミレイがハンターになると言う事は、恨むべき相手がすぐ近くに現れると言う事にもなるのだろう。



「あ、ああ」

 アビスはどう返事をすれば良いか、よく分からず、ただ気の抜けたような返事をする。

「だってさあ、その事故が起こる前は普通に親だって、ハンターはなかなかカッコいい職業だって言ってたし、それにその時にさあ、丁度アビスの話もしてくれたのよ。ゼノン様の、話、なんだけどさ、それもまだハンターじゃなくて、ハンターの夢ばっか見てたあたしになんか話してくれたりさあ、後ハンターの雑誌とかも読ませてくれたりでホントにいい感じだったのよ」

 ミレイはメロンソーダを吸い上げた後、少しだけ身をテーブルに乗り上げる体勢でその口を動かし続ける。

 事故の前は、まだハンターに対する価値観は良かった方であった。それは、今のミレイの説明が証明してくれている。アビスの事を初めて知ったのは、丁度その活気に溢れていたこの時である。最も、実際に出会ったのはその話を聞いてから数年後と言う事になったのだが。

 ただ、アビスの亡き兄、ゼノンの話をアビス本人の前で出すのはどうかと、一瞬ミレイは戸惑ったが、言ってしまったものはしょうがない。だが、やはりミレイとしてはいかに当時活気に溢れていたのかを伝えたかった。だからこそ、言い切った。



「へぇ、マジかぁ」

 アビスはオレンジソーダを飲みながら、頷いて言葉を返す。

「だから、正直言うとあたし、すっごい損してるって訳なのよ、分かるわよね?」

 ミレイは突然右肘をついて顎も手の甲に乗せながら、まるでアビスに無理矢理同情させるように、訊ねようとする。



「あ、ああ、なんかちょっとだけ分かる……ような? なんか、えっと、後から生まれた訳だから途中で……ってなんて言やあいいんだろ……あ、ごめん」

 アビスは折角だから何か対応しようとするが、頭の中で分かっててもそれを言葉で表現出来ず、結局は行き詰ってしまい、後はミレイに任せようと、謝罪と共にその口を閉じる。

「ったく……。まあいいわよ、そうね、大体分かるわよ、あんたの言いたがってる事。姉さんはハンター普通になれたのに、途中で問題起こってそのせいでハンターになる途中のあたしが被害受けた、みたいな事言いたかったんでしょ?」

 アビスのやや下手な会話表現に軽く笑みを浮かべて呆れながら、ミレイは目の前の少年が何を言いたかったのか、代わりに言ってみせてやった。



「あ、まあ、そうだな、そんな感じだな」

 アビスも照れ隠しに少しだけ声を高ぶらせて頷く。異性相手に何詰まってるのだろうかと思うも、再びミレイの口が動く。

「んで話戻すけど、あたしは結局親の反対押し切ってハンターになった訳だから、もう悪口もバンバンだし、ってかあたし無理矢理ハンターになる為にさあ、13の時に家飛び出したのよ……」

 結局ミレイはハンターになったのだ。親から何を言われようが構わないから、自分の意志を貫き通したらしいが、その為に十三歳の幼さで家を出るのはなかなかの度胸のある少女と言えよう。



「13で出るって、お前すげぇなぁ。一体どんな事やってきたんだよ、ちょっと教えてくんない?」

 アビスは正直に驚く事しか出来なかった。その歳でどうやって生活費等をまかなってきたのか等、気になる点が非常に多く、その話を聞こうとするが、

「まあそれは……ちょっと置いといてくれる? 色々大変だったからさ……」

 ミレイはその話をしようとしなかった。俯いて何か奥にしまわれている過去を必死で守ろうと言うような表情である。



「あ、分かったよ、じゃあ聞かない」

 まるでしょうがなく、と言った感じでその話を諦めるアビス。肘をついている様子から僅かながら偉そうな印象を受け取れる。

「何よ、その言い方。まいいや、ってかそれ以前にあたし結構あの家嫌いだったのよ。特に姉さんがね」

 アビスの言い方に僅かながら苛立ちを覚えたミレイであるが、聞かないでくれたのだからとりあえず良しと言う事にしとこうかと、敢えて放置し、今度はハンターになるまでの経緯から家庭環境の話へと切り替え始める。



「嫌いって……ああ、お前の姉さんか、なんか……ちょっとな……」

 アビスは幼い頃に家族と死別しているものの、血縁者を嫌うのはどうかと一瞬思うも、ミレイの姉を思い出してみると、多少納得の気持ちを覚えてしまう。あの人を追い詰めるような、そして周囲を怒らせるような発言はアビスも嫌気が刺していたのだから。しかし、ミレイの実の姉の事を直接他人であるアビスがそのままの形で気持ちを表現しては少しだけ気まずいと思い、言い切るのを躊躇った。

「いや、あれは別にやだってハッキリ言っていいわよ。あれは昔から酷過ぎだったからさあ」

 アビスの発言に特に反発もせず、寧ろほぼ完全に受け入れ、昔の嫌な過去を思い出しながら、天井を眺める。



「酷い? ってなると?」

 これからまた新しい話が始まると思い、アビスは一種の期待を寄せ、身をテーブルに軽く乗り出すようにしかかる。

「そうよ、なんっつうのかなぁ、ちょっとやりたい放題威張り放題って言うのかなぁ……」

 ミレイはどこから話せばいいのか、迷ってしまうが、とりあえず姉の性格だけはミレイの口から話され、アビスもとりあえず反応を見せる。



「なんだよそれ……? ちゃんと聞かせてくれよ」

 その純粋に様々な面で度を越えた物を抱えているであろうミレイの姉の表現の仕方についてアビスは軽く眉を潜めながら、詳しく教えてもらおうと頼み込む。

 そしてオレンジソーダを軽く飲み、ミレイの話に期待する。

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