突然アビスは誰もいないはずの背後から声をかけられ、そしてその友好的では無い態度のそれを聞くと同時に振り向いた。

「獲物? それってあのどくちょう……!」



 事情が分からず、振り向くアビスであるが、目の前に映ったのは、ボウガンの銃口である。顔面に向けられるその脅威に、アビスは思わず声が出なくなるのを覚える。

 ボウガンは殻で作られた弾丸を飛ばす仕組みであるが、火薬の力で発砲する為、その破壊力は折り紙付きだ。もしそれを人間が受ければ、防具ごと破壊されてもおかしくない威力である。

 元々飛竜の強靭な鱗や甲殻を持ったモンスターを殺傷する為に生み出された兵器であるから、人間が狙われればもうそれは凶器の一言だ。



「毒鳥竜だぁ? 何とぼけてやがんだよ? さっき俺が狙ってた標的と戦ってたから今砥石使ってんだろ?」

 ボウガンの銃口を向け続けているその赤い鎧の男は、まるでアビスに自分の獲物を取られたかのような物言いでアビスを脅し続けている。

「標的って……何の事だよ? あんたが言ってる標的って誰だよ?」

 アビスは呼吸を整えながら、緊張を押しとどめて聞き出そうとする。何か勘違いされているのかもしれないし、下手をすれば本当に殺されてしまうから、ここは凄く慎重に行くべきだ。



毒煙鳥どくえんちょうの事だ。お前あそこから来ただろ。だったらあいつん事狙ってたって事じゃねえか。飛んでるとこ見たはずだぜ」

 アビスにとっては男の言い分があまり理解出来なかったが、とりあえず1つだけ分かった事は、この男の獲物に手を出したと勘違いをされている事である。しかし、銃口は未だに向けられたままである。

「そう言えば確かに空は……なんか飛んでたけど……」

 アビスは毒鳥竜との戦いがあったから、あまり意識はしていなかっただろう。だが、それでも何かが飛んでいたのは一応見ていたらしい。ただ、深く心に残していなかっただけだったようだ。



「なんだ、やっぱ知ってんじゃねえかよお前」

 それでも男は銃口を逸らす事をせず、アビスを攻め立て続ける。

「でもあれは俺の上通ってっただけだぞ? 俺その毒煙鳥って奴と戦ってないぞ?」

 それは事実であり、そしてここで絶対に言わなければいけない事だ。アビスは見た時の状況をそのまま説明する。



「証拠あんのか? 見せろや」

 アビスを疑い続けるその男は、まるでアビスを追い詰めているようにも見えた。

「証拠って言われても……、でも俺やってないのは事実なんだって!」

 自分は事実しか言っていないのに、それを受け入れてくれない男に多少苛立ったものの、それでも相手が怖いから本気では抵抗する事が出来ないアビスであった。

 しかし、男はそれで許してくれなかった。銃口を僅かにアビスの顔面から逸らし、そして銃弾を発射させたのだ。

 飛ばされた銃弾はアビスの横を通り過ぎ、そしてアビスの背後にある木々の中に入って消えていく。



(こいつ……本気か……)

 遂に発砲された為、アビスの緊張感も更に上昇する。恐怖と言う形で、全身に震えが走るのを覚える。

「おいおい、人のもん奪っといて逆ギレかおい?」

 どうやらこの男はまだアビスを疑っているらしい。次、発砲した時はきっとアビスの最期になってしまうかもしれない。

 しかし、アビスはまだハンターになって間もないのだ。こんなつまらない話で命を落とす訳にはいかないだろう。どうせ死ぬなら、飛竜との戦いで死にたいとでも考えているのだろうが、死なない方が良いのは言うまでも無い。

 だが、今の状況は厳しかった。



「いい事教えてやる。お前以外にも俺の獲物狙ったアホがくっさる程いてなぁ、そいつらもお前と同じで逆ギレしやがったから、あの世に送ってやったぜ。お前もどうせ反省してねんだろうし、あいつらんとこ送ってやるよ」

 一体男は何者なのだろうか。と考えている余裕はアビスには無かった。再び銃口がアビスの顔面へと向けられ、本当に絶望的な状態になってしまっている。

(!!)

 もう、アビスは言葉すら出ない。本当にここで終わってしまうのか、それしか考える事が出来なかった。



「死ね」

 それで全てが決まると思ったその時だ。

 さっきまでアビスを狙っていた毒鳥竜達が茂みから一斉に現れたのだ。随分と時間をかけていたようであるが、このまま黙っていればあっさりと餌食になってしまう。

(今だ!)

 アビスは毒鳥竜達に囲まれた隙を狙い、そして、男の気が毒鳥竜達に向けられたタイミングを逃さず、ボウガンを剣で弾く。

 逃げる為の隙を作ったアビスは、すぐにその場から逃げ出した。



「あ! くそ! 待てや糞ガキがぁ!!」

 逃げられたアビスに対して取り乱すかのように、男は理性も失ったような怒りを撒き散らす。相当怒りっぽい性格であるらしい。しかし、そうしている間にも毒鳥竜に狙われた為、男もすぐにその場から逃げ出した。

 遠距離には好都合であるボウガンも、近距離では非常に相性が悪い。だから、男も逃げる選択肢を選んだ訳であるが、逃げる方向はアビスとは別の場所だ。



「まあいいや、あんだけの量ならあいつもただじゃ済まねえだろうし、そんまま死ねや糞ガキが」

 男はボウガンを背負うと、毒鳥竜達の視界に入らないよう、岩陰を通り、そして毒煙鳥の場所へと急いで走っていく。

前へ 次へ

戻る 〜Lucifer Crow〜

inserted by FC2 system