ねえねえ、いきなりなんだけど、ちょっとこのわたしの質問訊いてもらえるかしら〜?
すぐ終わる話だし、それにそこまで難しくないお話だから、ちょっと付き合って〜。

今ねえ、このアーカサスの街で小雨こさめが降ってるの。
折角事件は一応解決の方に進んだってんのに、雨なんか降ったらちょっと気分がダークになったりしない?
いや、空気とかを考えると絶対なっちゃうよね〜? わたしもそう言う気持ち凄い分かるもん。
大抵やな事が起きた時とかに絶対オプションで雨とか降ったりしない?

実は、訊きたい事って言うのはその雨についてなの!

皆ってさ〜、雨にクレヨンとかで色塗る時って、何色使うの〜?
わたし凄い気になるんだけど、多分大多数の人が青とか、水色とか選んだりしなかった〜?

実際の水の色はほぼ無色透明であって、海の水が青く見えるのは単に空が映ってるだけなのに、
勝手に青とか、水色とか決め付けていた頃の貴方達って相当幼かったんじゃないかしら?

だけどそんな所で勝手に色を決め付ける辺り、とてもロマンチストな空気が漂ってるよねぇ〜。
自分達で色を想像してしまうなんてね〜。

カラーを自分で生み出すその行動力は何とも輝かしいのに、それを降らす場所はと言うと、
ちょっと憂鬱になっちゃうのよね〜。
分かってるわよね? 今アーカサスはとても笑って過ごせるような状況じゃない事を。

だから、今回降らす雨は、ロマンチックな雨、じゃなくて、悲しい雨なの……。
まるで、空が荒れ果てた街を見て泣いているみたいに……。

現実を受け入れるその勇気こそが、人間にとって一番の強さなのかもしれないの……





                            ――GRIEF SEA /  THE NATIVITY?――

                                  悲しみだけが支配するのでは無く、
                                出来れば新たな希望も輝いて欲しい……

                          ◆  水の精霊ウンディーネによる、奇妙気まぐれな小さな語り  ◆






既に説明はされただろうが、アーカサスの街は今、雨によって空間を支配されている。
その粒は小さなものであり、轟音を響かせるものでも無い。
それでも、事実として見れば、降っている、それだけで充分なのだ。

小さな音が地面をゆったりと濡らし、建物の屋根も同じくゆったりと濡らす。
屋根は決して安い作りでは無いのだから、内部に水を浸透させる真似はしない。
耳を澄ませれば雨の音くらいは聞き取れる。

そして、太陽は既に昇っており、街、そして世界は照らされている。
それは新しい一日の始まりを既に伝え終わっている。
天気が悪くても、一日は一日なのだ。



一つのマンション。

そこにとある一人の少女が個室へ向かう為に鉄製の階段を軽やかに上がり、中に住んでいるであろう知人を呼ぶべく、
ドアを右手で軽く叩き、名前を呼んだ。





「アビス。アビス?」

 名前を呼ぶと同時に右手のスナップを利かせながらドアを叩くが、出てくる様子はまるで無い。
 緑色のショートで整えられた髪が眩しい印象を与えてくれるが、その表情はやや苛々しているように見える。



――数秒経っても出てくる気配は無く……――



「ちょっとアビスったら……いるんでしょ? 早く出てきてって」

 再びドアを叩きながら、相手の名前を呼ぶ。

 最初の時に比べて強めに叩いている為、暗い赤のジャケットがやや激しく揺れる。相変わらずボーイッシュな普段着であるが、少女は少女である。決して少年が化けている訳では無い。



――しかし、やはり出てくる気配は無く……――



「アビス、聞いてんの? いい加減してくれる?」

 一度溜息を吐き、再度ドアを叩く。緑色の髪の間から映る銀の十字架ピアスが外の光に照らされるが、まるで持ち主の感情に合わせて光っているようにも見える。

 やがてその強気な印象も見える青い瞳にグッと力を入れ、ドアノブに手をかける。



「ってあれ?」

 ドアノブを捻り、引っ張るなり、あっさりとドアが開いたのだ。普通ならば鍵くらいはかけているはずだと思っていたのかもしれないが、このドアは鍵がかけられておらず、あっさりと部屋の中へと入れてしまう状態なのだ。

「なんでいてんのよ……。まいいや、アビス!」

 緑色の髪を持つ少女はそのまま知人の名前を呼びながら、半ば勝手に室内へと上がり込む。一定の友人関係を持っている為か、その行動には躊躇とまどいの空気が見られなかった。

 そして、一人暮らしが前提となっている為か、居間と寝室が同じ部屋に纏められたような作りになっており、一つしか無いその部屋に設置されているベッドの中にいるのは……



「ってやっぱり……爆睡中だったわね……はぁ……」

 随分と幸せそうにベッドの上で眠り続けているアビスであるが、多少寝相が悪いのか、掛け布団が乱れ、寝巻き代わりに着ている白いタンクトップがしっかりと映されている。

 そしてついでに暑かったからなのか、左脚も掛け布団から出ており、その布団の上に上げられた状態になっている。男性用下着である青いトランクスも今は少女の目にしっかりと映されているが、アビス本人は見られた所で大した羞恥心を抱く事は無いだろう。



「ねえアビス、アビスったら、さっさと起きなさいって。いつまで寝てんのよ?」

 室内に直接上がりこんだのだから、今度の起こし方はノックなんかでは無く、直接アビスを揺するやり方だ。

 遠方からの音で起こすより、直接身体を揺さぶって衝撃を加えた方がずっと効率は良いだろう。だから、少女はアビスを延々と揺さぶり続ける。



――アビスの閉じていたまぶたが振るえ出し……――



「うあ……あぁ? なん……なんだ……?」

 直接身体に振動を加えられれば起きない事も無かっただろう。

 アビスは完全に睡魔から逃れられなくとも、自分の身に何が起きているのかを多少理解しているのか、上手く回ってくれない頭でアビスなりの返事をするも、どこか馬鹿らしい雰囲気を感じ取れる。

 出来ればこのまま上体も持ち上げてくれれば嬉しい話だろう。声は出したものの、まだその身体はベッドに預けたままなのだから。

「アビス……やっと起きた? 今日はちょっと病院行くからって昨日言ったじゃん? まあ厳密には今日の夜中っつった方が正しんだけどさあ……。はやく起きてって」

 寝ぼけながらも自分に反応してくれたアビスに多少安心したようだが、それでもまだベッドで横になった状態だ。ベッドから降りてもらわない限り、少女の役目は終わったとは言えない。今日こんにちの夜中から睡眠を取っていた為にまだ眠いのかもしれないが、きっとこれは計画していた事なのだろう。

 少女はトーンの高い声色をアビスへと浴びせながら、揺さぶり続ける。少女の両手には、アビスのタンクトップ越しに伝わる彼の温めな体温が意識せずとも伝わっている。



「あ……あぁ……ミレイ……か……。おはよ……」

 その茶色の目はしばらくすれば再び閉じてしまいそうな程ではあるが、上体を起こせたのだから、アビスのノルマは一つだけ達成出来た事になる。目を擦りながら、アビスはミレイと呼ばれた少女にぎこちない目覚めの挨拶を渡す。

「あ、うん、おはよ……。とりあえずさっさとさあ顔洗って、出る準備して」

 ミレイも相手が挨拶をしてきたから、気まずそうに自分も挨拶をし、玄関側に軽く右の親指を差しながら、ベッドから降りてもらうように言う。



「あ、うん……」

 自分の今の姿格好はさておき、まずは降りなければいけないと、掛け布団を左手だけでやや乱暴にどかした後、立ち膝でベッドの端へと進んでいくが、



「今……降り……!」

 さあいざ降りようと、右手をベッドの端にかけたのだが……



――右手が端を滑り……――



「うわぁ!」

 予想外の身体の傾きにアビスはそのまま前方に向かって倒れそうになってしまうが、まだ眠気が抜けていない為にその驚きを表現する声には魂が宿り切っていないように見える。

「ってちょっ!!」

 恐らくはミレイ自身にも問題があったのかもしれないが、アビスから後退するテンポが遅かった為に、ミレイもそんな悲鳴をあげる破目となる。



 バランスを崩したアビスはそのままベッドのかたわらにいたミレイを押し倒し、そしてミレイの背中と木造の床がぶつかる痛々しい音が室内に走る。

「いったっ……」

 アビスの体重が加算されたその背中に走る鈍痛によって、ミレイはそのまま青い瞳を強く閉じながらしばらく身体を硬直させてしまっている。アビスを乗せた状態で。



「あ……あぁ……」

 ミレイを押し倒し、痛い思いをさせたと言うのに、アビスは一体何を意味しているのか分からないような呻き声――と言っても苦しんでいる訳では無いのだが……――を洩らしながら、今自分の顔面に触れている何か・・に対して冷静に分析なんかを行う。

 それは硬いと言えば硬いものではあるが、その表面はまるで布のような感触があり、そして妙に温かい。

 だが、決して平面かと言うと、それは少しだけ間違っており、顔面の丁度両端部分が僅かに盛り上がっている。当然、尖っているのでは無く、小さな山のように、きっと先端は丸く収まっているはずだ。

あったかい……、それに、いい匂い……)

 アビスはまだ寝ぼけているのか、さっきの落下時の悲鳴を疑うような光景である。顔に伝わる温もりと、対象から放たれる感覚がそのような感情を呼び起こす。

 そして、右腕を軽く曲げながら、右手を顔の横へと持ってくるが……



――例の盛り上がった部分に触れてしまう……――



(あ、れ? なんだ……これ……?)

 アビスのてのひらには、顔面に接している硬い部分とは相当対照的に、奇妙なまでに柔らかい感触が伝わってくる。その何か・・からも、優しげな温もりが伝わってくるが、ここでようやく眠気を身体に縛り付けている鍵の一つを外す事が出来たのかもしれない。

 掴むように指を動かしてみると、確かにそれはとても柔らかく、布の感触と合わさってまるで癖になりそうな感情さえ覚えてしまうが、

(柔らか……って、ん?)

 今自分が掴んでいるもの・・を確認すべく、細く、だらしないその目をもう少し大きく開く。何だか、黒い布の上に暗い赤の布が重なっており、それが丁度山のように膨らんでいるのが確認出来た。

 しかし、確認出来た事がその後の良い結果を確実に保証出来るとは限らない。

(ってこれって……げっ……!)

 アビスがようやく事の重大さに気付いた時には、もう既にミレイは言葉すら発せる程に背中の鈍痛から解放されつつあった。



「ア……ビ……ス……、あんた……!」

 少女特有の高めなそのトーンを低めながら、いかにも鬱憤の一つ手前のものを混ぜ合わせたような目つきで目線の下にいるアビスを捉える。まだ背中は床につけたまま、と言うよりはまだアビスが乗っている為、背中を離したくても離せないだろう。

「ってこここれって……!! うわぁりヤベ!!」

 アビスはこの瞬間、自分が異性に対してまるで相応しくない行為を取っていたとようやく認識し、自分の身体を素早く起き上がらせ、そのまま手と足を使いながら後方へと逃げ込む。

 ただ、起き上がる際に右手を再びミレイのあの部分・・・・へと押し付けていた事には気付いていたのだろうか。



「あんた……どう言うつもりよ!? あたしの事押し倒すわ変なとこ触るわで最悪ねあんた!」

 まだ完全には抜け切っていない背中の痛みを堪えながら、ミレイはそのまま立ち上がり、アビスに罵声を飛ばす。

「あぁいやいやいややや!! んな事無いマジマジ!! ちょっ寝惚けてたマジでマジで!!」

 怒りに支配されて尖りだしたミレイの青い瞳に脅え、アビスは右手を差し出してミレイの接近を拒みながら何とか理解してもらおうと必死になる。もう既に完全に睡魔からは解放されているであろう。

 まだ傷が完治されていないのか、ミレイの額や頬にはガーゼや包帯が巻かれたままであるが、その傷がミレイの怒りを和らげたりしてくれる事は無いだろう。

 しかし、昔も似たような事が起きていた様な気がするのが何とも不思議である。



「しかもあんた地味にあたしの胸掴んだわよねぇ!? ただで済むと思って――」
「え! あ! いいいややあれはえ、えっとままマジ寝惚け、寝惚けてたんだよ!! ほほホント、ホントだって!!」

 まさかあの時・・・のように殴られるのでは無いかと感じたアビスは、自分の行動が本当の意味でミレイを責めようとしていたのでは無いと兎に角必死で訴える。

 しかし、いくら知人が相手であるとは言え、そして相手の意識が多少朦朧もうろうとしていたとは言え、その紛れも無い事実をミレイは許せるのだろうか。



「そんな言い訳あたしが聞くとか思ってんの!? あんたホントいい加減しないと――」

 ミレイの右手が強く握られたのを確認したアビスは、

「だから、えっとわざとじゃねんだって……。マジで、マジだから! なな殴んのだけは勘弁して!」

 ミレイは立ち上がって怒鳴っているが、アビスは尻餅なんかついた状態で、それにトランクスとタンクトップと言う外出には確実に向かない格好で怒鳴られている。外から見ているととても情けない姿である。

 きっとアビスからは、実際の身長以上に大きなミレイの姿が映っているはずだ。



「わざとかどうかは別として、あたしにあんな事したらじゃあなんかあたしに言う事あんじゃないの!? 言い訳とか願いとか言う前にね」

 赤のジャケットの間から映る黒い肌着を内側から僅かながら押し上げている規模の極めて小さい胸を狙われてしまったものの、本能に身を任せてそのまま拳による制裁を加えずに留める所がミレイの一種の優しさか、それとも甘さなのだろうか。

「えっと、えとマジごめん! ごめんなさい! すません! ももうぜってぇしねぇから!」



――アビスなりの謝罪を存分にぶつけた後は……――



「あ、所で病院行くみたいな事言ってたよなぁ? ちょっ今準備するから!」

 すっと立ち上がり、さっきまでの男らしかぬ言動を突然切り替え、そしてこの後の予定だけは何故か聞き取っていたアビスはミレイの横を通り、そのまま準備に入ろうとする。

「あんた何いきなり話逸らしてんのよ? ってちょっと聞いてんの?」

 適当にテーブルの横に脱ぎ捨てていたであろう衣服を拾いに進むアビスの背中を睨みながら、ミレイは自分の言っている事をアビスが聞いているのかどうか呼び止めようとするが、

「あ、えっとえと……早く準備した方いんだよな? だから即行でやっから! 待ってて!」

 まるで話を逸らすかのようにアビスは今自分がすべき行動に逃げ込むように移り、そしてミレイから都合の悪いものを渡されれば自分の行動を口実に、上手く逃げている。

「ったく……。まいいや、本気で悪いって自覚してるみたいだし……。分かったからさっさとしてね。それと、朝ごはんは取んなくてもいいから、あたし持ってきてるから」

 服を着たり、洗面所で水を流しているアビスに向かって、ミレイは丁度すぐ背後にあるベッドを椅子代わりに座り、一度疲れを見せた呼吸をしてからそう言った。













*** ***













いくらアビスの自宅で事が起ころうとも、外の深刻な状況はまるで変わってくれない。
雨に打たれ続けるその空間は、やはり空間そのものが悲しみにあおられ、泣いているようだ。

さて、このアーカサスの街は復興するのにどれだけの時間を必要とするのだろうか?
また、失ってしまった有能なハンター達の代わりとなる人間達をどうするのか?

気になる事が多いこの空間を、とあるオレンジ色の小型トラックが走り抜けている……。






「そう言えば病院って言ってたけど、今どんな感じになってんだよ? お前分かる?」

 走行中の小型トラックの右側に位置する助手席に座っているアビスは、左手に持ったサンドイッチを食べる合間を縫って運転している少女に質問を投げかける。

 そのサンドイッチが恐らくミレイが作って持ってきた朝食なのだろう。口に含んでいる過程で嫌な表情を浮かべていない事から、味に悪い点は存在していないらしい。

「いや〜あたしもさああんまりそこんとこはよく聞いてないのよ。デイトナと病院で待ち合わせの約束してたけど、まだ直接は病院行ってないからそこは行かないと分かんないわね」

 操縦桿ハンドルを握っているミレイでも病院の中で何が起きているのかは詳しく分からない。だから、それしか言い返す言葉が見つからない。それでも、駆動車は徐々に徐々にと、病院へと近づいているのは確かである。証拠に、窓の外の光景が背後へと流れ続けているのだ。



「だけど今の状況見たら……、ぜってぇ満員的な感じになってんじゃね?」

 ふとアビスは窓の外に目をやるが、外で軍隊の人間達によって担架に乗せられて運ばれている怪我人の姿を目撃してしまう。軍隊も人命救助の仕事を請け負っているようであるが、それがその場所だけで行われている訳では無く、窓を眺めていればそのような光景をほぼ無限に見れてしまう、そんな状況だ。

「そう、よね。あの連中どもに対抗したハンター達も結構やられたって聞いてるし、街の人達も相当やられてるって聞いてるから。それに、死人も多いってさ……」

 街があれだけ炎に包まれ、そして組織の暴力に振り回されたのだから、それに似合うだけの人間達に降りかかった被害も甚大なものだったのだ。ミレイはあくまでも聞いた・・・だけであるらしいが、中には怪我だけで済ませてもらえなかった者も混じっているようだ。



「あ、マジ……? あ、ってかそれよりこんな車乗ってて俺らなんか言われたりしないのか? だってこれ元々あいつら乗ってたやつだからなんかヤバくね?」

 一瞬だけ現実の恐ろしさを受け取ったアビスだが、怖くなって逃げようと思ったのか、それともふと思ったのか、今自分達の乗車している駆動車が他の人間に見られた時、と言うより何か思われた時、面倒な話になるのでは無いかと思い、訊ねる。

「そうだったわね。でも大丈夫。ビアルパンドさんって言う軍隊のあの人いたじゃん? その人が手紙あたしに渡してくれたからなんか呼び止められた時にそれ見せれば大丈夫だって。それにこの車だってビアルパンドさんが使うの許可してくれたし、大丈夫よ」

 街が襲われている真っ只中での時と比べ、今のミレイの運転状態は非常にゆったりとした印象を覚えさせてくれる。それでも、このような複雑な機械等で構成されたこの鉄の塊をアビスと一つしか歳の違わない少女が一人で操っているその横顔を見ていると、実年齢以上にたくましく見えてくる。

 因みに、ミレイの方がアビスよりも一つだけ年上である。

 暴走運転では無く、通常運転で前方に集中しながら、この小型トラックを借りた経緯を右にいるアビスに手短に説明する。



「あ、そうだったんだぁ。でも実際なんか言われたきついだろうなぁ……。ってかお前ってさあ、平気でそれ動かしてるみたいだけど、えっと、なんつんだっけ……」

「ん?」

 ミレイはアビスが一体何を言いたがっているのかを察知する為に、青い瞳を右へと向ける。顔は正面を向いたままで。

 そして、トラックは左折し、また違った街並みが窓の外へ映し出される。

「ハンターで言う、えっと、ギルドカードみたいななんか、許可してくれる、っつうえっと、なんかそんなの、っつうのかなあ、お前それちゃんと持ってんのか? だから運転――」
「ああ免許の事ね? そうでしょ? うん、ちゃんと持ってる。持ってないと無免許運転で犯罪になるし、ってか絶対途中で事故ったりするわよ? ってかハンターのギルドカードも大体免許みたいな感じなんだけどね」

 ミレイは操縦桿ハンドルにある程度集中しているものの、アビスが言いたい事を考える分に関しては何の支障も見せ付けない。

 どうやらミレイは一種の才能で運転をしているのでは無く、正式に教習所で学習を受けていたようである。これだけの機械が支配する塊を自分の思い通りに動かすならば、そのぐらいの学習は当たり前だろう。



「ってうわ……、あれ通行止めじゃん……。何あったのかしら」

 周辺では相変わらず軍隊の者達が忙しそうに作業をしているが、その正面を見ると、道全体をコーンとバリケードで塞ぎ、そして発光性のある誘導棒を両手に持った軍人の男が数人、そのバリケードの前に立っている。

 その背後では、そのバリケードを護っている人間達を超える量の軍人と、その他違う格好をした人間が見えるが……

「なんか店から色んな人運ばれてっけど、兎に角不味そうじゃね?」

 まだトラックはその問題の場所へ到着はしていないが、アビスもそこで何が行われているのか、確認する事が出来た。どうやらそこでも怪我人が大量に出現している様子だ。



「とりあえず一回Uターンしないと――」

 真っ直ぐ進んでもいずれは停車させなければいけない。

 だからミレイは変速桿チェンジレバーに左手を添えながら徐々に速度を落としていくが、トラックの前に軍隊の男二人が現れ、道をさえぎった。

「おい、そこの女! ちょっと止まれ!」

 鼻の下に髭を携えた中年程度の歳を行ったであろう兵士が運転手であるミレイを確認し、性別までも確認した事を伝える内容を交えた命令をその小型トラックへと飛ばした。



「あ、やっぱり……」

「ってこれ早速じゃね? 俺らどうなんだよ? まさか連行とかねぇだろうなあ?」

 ミレイはいつかはこの時が来るだろうと予想していたかのように、完全に乗車しているこの駆動車を停車させるが、アビスはこのまま人生の大半を削られる事になってしまうのでは無いかと脅え始める。

「大丈夫だって。そんなビクビクしないでって」

 ミレイは流石と言う訳なのか、アビスと比べると随分と平然としており、逆に周囲をきょろきょろするアビスを口だけで静かにさせようとする。手紙だって持っているのだから、証拠さえ見せれば特に問題は起こらない事を知っているのだろう。



「はい?」

 ミレイは平然とドアを開き、横にやってくる二人の兵士と話を出来る状態を作る。

「お前達、そんなものに乗って何をしてる? 子供のおもちゃじゃないんだぞ。それは敵組織の資源物質として、こちらで管理させてもらう。さっさと降りてもらおうか」

 もう一人の髭は目立たないが、それでも皺の見える顔でその小型トラックから下車するようにと施す。軍隊の方で敵組織の残していった遺品の調査でも行うのだろう。

「あ、すいません、それなんですが、ちょっと……」

 流石にここでこの移動手段を失えば、病院までの道のりは時間的に見ると更に遠くなってしまう。

 それは非常に不味い為、ミレイは腰元に付けているポシェットに右手を突っ込み、例のあれ・・・・を取り出した。



「これ、読んでもらえますか?」

 ミレイは防水用無色透明保護シートで包まれたビアルパンドの手紙を開き、それを兵士の男に手渡した。

「ん? これは、確かに少尉からのものだな。お前達特別に許可貰ってた訳だな、いいだろう。所で、免許は持ってるんだろうなあ?」

 兵士は手紙の内容を疑わず、恐らくは内容に記載されていたからなのか、そのまま預からず、その手紙をミレイへと返却し、そして駆動車を運転するだけの技量を実際に持っているのかどうか、それも確認しようとする。

「あ、はい、ありますよ。えっと……、あ、これです」

 やはり常時携帯しているのか、ハンターの証拠である免許証――最も、普段はギルドカードと呼ばれているのだが……――と共に運転免許だってしっかりとポーチの中に収められており、手紙をしまうと同時に運転免許も右手だけで取り出し、見せる。



「ん……、ああちゃんと取ってるかあ。でも15で取るなんてなかなかだなあ君も」

 兵士は渡された運転免許証を見回しながら、その取得年齢に対して素直に驚いている。

――正式名称フルネーム……

――そして交付月日……

――本籍……

――ミレイ本人の顔写真……

――交付番号 482095391165

――因みに、第一種運転免許である



 免許証を受け取りながら、ミレイは軽く笑いながら、返答する。

「あ、はいそうなんです、あたしも色々ありまして……。それとなんかここら辺随分通行止めになってるみたいなんですが、やっぱり他の所もあんな感じなんですか?」

 一体そこにどのような事情が眠っているのかは分からないが、ここで気になるのは本当に病院にまで到着出来るのかと言う事だろう。

「連中が来たせいでどこも強制的に怪我人だらけだ。まあおかげでこっちは給与増えるから悪くは無いが、苦しんでる人間見たらこっちも具合が悪くなりそうだよ」

 髭の薄い皺の兵士は、淡い緑のヘルメットを雨で軽く濡らしながら、周辺を軽く見渡して街の現状を説明する。

「所で外が物騒な時に男なんか乗せて、まさか雨の中でデートでもしてるのかい?」

 鼻の下に目立つ髭を携えた中年の男の方が、助手席に乗車している少年、即ちアビスを確認し、まるでからかうかのようにそんな事を聞いてくる。



「違いますって……。あたし達これから病院に向かうとこだったんです」

 ミレイは冷静に対処し、男女でどこかへ遊びに出かけるのでは無く、病院へと行く事を伝える。一瞬だけミレイの青い瞳がだるそうに細くなった。



 だが、どこに向かうのかを聞いた途端、髭を生やした兵士は何か効率の良い道でも知っていたのか、それを教える為に行動を取り始める。

「そうか、君達病院に行こうとさっきから走らせてた訳だな? だったら……」

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