オレノダチヲカエセヨ!!!

       ワタシノコイビトヲカエシテヨ!!!

   ナンデトウサンガシナナキャイケナインダヨ!!!

    マダコレカラダッタノニ、ドウシテゼンブウバウノヨ!!!

             ニイサンガコロサレテモウオレナンテ!!!

  アタシノオバアチャンマデコロシテシマウナンテ!!!

       ワタシノオトウトタチヲカエシテ!!!

               コドモノイノチヘイキデウバイヤガッテ!!!

   ネエサンヲドウシテコロシタノヨ!!!

          ワタシタチノコドモニマタアイタイノ!!!

     イモウトガシンデシマッタンダゾ!!!

        イッショウオマエタチヲウランデヤルカラナ!!!






どうして、人間は朽ち果てなければいけない?
人間には、片手でも、両手でも、全身を使っても支えきれない程の使命が存在するはずだ。
それなのに、時として一瞬でその生命が消える日がやってくる。

そのタイミングに、年齢も、立場も、性別も、性格も関係は無いのだ。
人間は精神的には非常に強いものがあるが、肉体的には恐らく全生物の中でも最も弱い。
胴体を貫通でもされてみろよ。確実に、あの世に送られるだろう。
そこまで行かなくても、病院のお世話になるのは確実だ。

だが、もし死んでしまった時、周囲の人間は何を考えるのだろうか?
きっと、悲しみに身を締め付けられる事だろう。
その遺族達は、その時は悲しんだとしても、永遠にその闇から逃れる事は出来ない。

それは、殴られたり、蹴られたりした時の痛みよりも、何倍も大きい力を持ってるのだ。
私も今は肉体を持っていない。だから、いつも空から遺族の泣いてる姿を見てるのだ。
私は慣れてしまった……。悲しみに慣れるとは、どんな気分だろうか……

また聞こえてくる……、あまりにも苦しい声色が……、私はこれに慣れてると言うから……







                            ――STRANGING PAIN  /  RAIN SHOUT――

                                  痛みは人をより苦しめる存在だ……
                                雨の中、きっと人々は叫んでいるに違いない……

                          ◆  魂の葬儀屋ソウルリーパーは、今日も遺族の叫びを聴いている……  ◆






 今、一人の少年と二人の少女がいる場所はアーカサスの国立病院であり、毒に犯され、容姿すら変貌させられたレベッカの病室で対面をしている。

 そんな場所にやってきたのは、黒髪と鼻ピアスが荒々しい雰囲気を漂わせる妙な少年だったのだ。

「あれ、エディ? 良かった、エディは無事だったんだぁ?」

 デイトナはそのTシャツ姿の少年こと、エディに被害をこうむっていなかった事を確認する。相手はどこか荒れた印象であると言うが、特にデイトナが怖がっている様子は無い。きっとレベッカと同じく、面識があったのだろう。

「お前らレベッカん事放置したんだってな? どう責任取んだよ?」

 デイトナの質問を無視するかのように、エディはズボンのポケットにそれぞれの手を突っ込みながら、三人に対して突然空気を重たくさせるような発言を飛ばした。



「放置って何よ? あんたレベッカから何聞いたのよ?」

 ミレイはそのエディの荒々しい態度が気に入らなかったのか、レベッカからどのように説明を受けたのかを訊ねる。因みに、ミレイもこの男とは面識があるようだ。

「知ってんだぞ、お前レベッカん事無理矢理引っ張ってったくせに途中で無視してお前らだけで逃げたってなあ。どうすんだよお前ら」

 風貌を見る限りは、ここにいる三人及び、レベッカ達に比べるといくらか歳が上を行っているような印象を受けるエディである。きっと三人がここに来る前にレベッカから聞き出していたのだろう、それをまるで脅し立てるように突きつける。



「違うわよ! 確かにあたしがレベッカと同行しようっては言ったけど勝手にいなくなった――」
「言い訳なんてすんじゃねえよ見苦しい奴だなあ。お前のせいでレベッカあんな風になっちまったんだぞ? 責任取れよ」

 ミレイの言い分を全て聞き出す前に、エディの割り込みが邪魔をしてしまい、そのままエディのペースに持ち込まれてしまう。

「責任って……そんな、無理だろ……」

 久々に口を開いたアビスは一体どんな方法で責任を取らされるのか、不安になりながら自信の感じられない口調でそう言った。



「ん? ってかお前アビスってたよなあ? レベッカから聞いたぞ、ヒヨッコハンターだってなあ。結局お前もそこの眼鏡と一緒だもんなあ」

 エディはふと口を開いてきた紫の髪の少年に目が行き、レベッカから過去に聞いたであろう情報を頼りに、望ましくない称号を提供する。そして、見かけだけではあるが、眼鏡を着用しているオレンジの髪の少女に対しても侮辱を込めた発言を飛ばす。

「ちょっ……眼鏡って……なんでそう言う言い方してくんのよ?」

 デイトナはその馬鹿にされたような言われ方に腹を立てたのか、それでも自分の中に怒りを封じ込めながらエディに言い返す。



「眼鏡は眼鏡じゃねえか。ってかお前病院来んのにいちいちそんな教師みてぇな格好してくんじゃねえよ。ヒヨッコはヒヨッコらしい格好でもしてろっつの」

 エディは悪びれた様子もまるで見せず、ハンターとしての腕前が未熟であろうデイトナを愚弄ぐろうする。

「エディ、レベッカもそうだけどあんたもやめたらそう言う上目線な態度。それに格好だったらあんたも充分人の事言えないんじゃないの? ピアスはあたしらも人の事言えないけど、鼻ピアスってちょっと引くわよ? あたし的にはの話だけど」

 レベッカとまるで変わらない他人を卑下ひげする言動に苛々し始めたミレイはエディのとある一部分にだけ、コメントを飛ばす。最も、ミレイも十字架のピアスを緑の髪の間から映る耳に装着している為、ミレイの言うべき発言では無かったのかもしれないが。因みにデイトナもリング状のピアスを着用している。



「だからお前どうすんだよ? レベッカこんな風になって。慰謝料もんだぞこれ。お前ぜってぇ払えよ?」

 ピアスの話題を放置し、エディはベッドで横になっている変わり果てたレベッカを一瞥し、損害賠償を求めようと真顔になる。

「なんであたしらが払わなきゃなんないのよ? それにそこまでレベッカ大事だって思ってんなら昨日あんた何やってたのよ?」

 いくら容姿が変貌してしまったレベッカとは言え、そんな彼女を大切に思うエディもなかなかの男だと言う事である。だが、そこまでレベッカをここで思っているのなら、アーカサスが襲撃されていた時に一体どこで何をしていたのか、ミレイは気になったのだ。



「昨日かぁ? 探してたや。でも見つかんねえんだよ。あんだけ火ぃ噴いてたらあんま動き回れねえだろ。自殺でもすっ気か?」

 どうやらエディは一応探し回ってはいたらしい。しかし、その喋り方を見ると、自分の命が最優先だったようにも見えるし、聞こえる。

 そのエディの言い方が気に入らなかったのか、デイトナの口が動き始める。

「エディって結局は自分が最優先なのね。ミレイなんてホントに必死でワタシの事庇いながら闘ってくれたって言うのに、エディはただ怖くて誰も助けられなかっただけでしょ?」

 どこまでもエディを良い人間として見る事が出来なかったデイトナは眼鏡の奥にある緑色の瞳を細めながら、護る者さえ見つけられないのかと、デイトナにしてはやや厳しい内容の篭った言葉をエディへとぶつける。



「お前誰に向かって口利いてんだよ? おれらんとこ離れてから随分偉そうになったんじゃねえかお前。相変わらず見ててムカつく奴だなお前。それに今日始めてここで会っていきなしおれに『無事だったんだぁ〜』とか言ってきてたけど、あれ引くぞ? そんなんでおれの気引けっとか思ってたか?」

 エディは昔デイトナと仲間だったのだろうか、いや、エディの態度を考えるとデイトナがエディの仲間だったと考える方が妥当である。

 元々人相の良くないその表情で眉に皺を寄せ、デイトナを見詰めながら舌打ちをする。

「……」

 一体どうしたのか、デイトナは自分を睨みつけているエディから距離を取ろうとする。まるで自分の身に何か危害を加えられるかのように。



「デイトナ、別にいいわよ、そこまで落ち込まなくて。それとエディ、もうデイトナはあんたんとこのハンターじゃないんだからもう関係無いんじゃない?」

 ミレイは脅え始めるデイトナをなだめ、もうエディとの関係性について落ち込む必要性が無いと伝える。しかし、エディとレベッカと共に行動していた時に何があったのだろうか。

(ってかこいつらんチームって……ヤバそう……)

 アビスはレベッカとも、エディとも狩猟中の交流は一切無かった為にあまり口を挟もうとは思わなかった、いや、雰囲気の都合で思えなかったが、今のデイトナの扱いを見ると凄まじいものがあったのかもしれない。



「関係無くねっつの」

 エディは言い捨てるようにミレイをも睨みつけると、再びデイトナを凝視し、そしてまた近づきながら口を動かし続ける。



――エディは、デイトナを追い詰めようとする……――



「お前さあ、おれらといた時だって完全足手纏いだったし、殆どおれら任せだったし」

 徐々にデイトナへと接近するエディは、そのままどんどんデイトナを窓際へと追い詰めていく。過去の失態を武器に、どんどん追い詰めていく。

「いや……あれは……ちょっと……。それになんで……また言ってくる……のよ……」

 デイトナは流石にミレイのように男相手でも平然と張り合えるだけの度胸は持ち合わせていなかったのだろう。純粋に怖がりながら窓際へと後退り、逃げるがやがて限界地点へと到達してしまう。



「ちょっと何だよ? お前いっつもそうだったよな? 狩猟の一個もまともに出来ねえくせしてなんか都合悪りぃ事あったらすぐそうやってビビりやがって。正直こっちが迷惑してたってのになんでお前が迷惑ぶった態度今頃取ってんだよ? だからおれらお前ん事捨てたって分かんね?」

 後一歩前へ少しでも進めば二人の身体が直接ぶつかり合いそうな距離にまで追い詰めたエディは、笑みをまるで浮かべず、もし何か妙な事を口走れば殴りかかってきそうな恐ろしげな真顔でデイトナを責め立てる。

 少女であるデイトナと比べると、随分と身長もあり、体格だって男性にほぼ相応しいものである為、迫力は充分である。

「え、そ、そ……だけど……」

 迫ってくるエディに歯向かう言葉が見つからず、デイトナはどんどん弱気になっていく。

 距離が近いせいで、エディから放たれる煙のような不快なにおいがより鮮明になる。



「えでぃ……、コイツ、アタシノコトサンザンバカニシテキタカラ……チャントイッテヤッテ……」

 どこか誇張表現にも見えるが、人によっては本当にその通りなのかもしれないデイトナの数十分前の発言に怒りを篭らせていたレベッカは、エディに向かって責めを援助するような言葉を渡す。

「ちょっと君達、あまりここで騒がないでくれるか?」

 今まで黙っていた医者であるが、病室で騒ぎ声でも響きそうな雰囲気を感じた為か、多少心を鬼にしながらそう言うが、

「ああ大丈夫だよ。別におれ殴る気別に無いから」

 エディは敬語すら使わず、デイトナから離れず、ほぼ一言に近い形で医者に言い返す。しかし、ここで医者が言っているのは、殴るとか殴らないとかの問題では無いだろう。



「ってエディあんたデイトナに何する気よ!? さっさと離れたら? 嫌がってんじゃん」

 ミレイから思えば、エディが何もしないとは考えられず、青い瞳を細めながらエディに距離を取るように言った。

「お前マジ黙っててくんね? おれとこいつの問題だし、お前関係ねえから」

 ミレイは部外者として扱われてるのか、エディはきっぱりと言ってしまう。



「どうせお前の足手纏いがああなったんだろ?」

 エディはデイトナの存在が原因でレベッカが逃げる際に鈍さが生じたのだと考え、責任をデイトナに取らせようとするが、

「いや……ワタシその時……いなくて……」

 実際デイトナはアーカサスが襲われている最中にレベッカとは出会っていなかったが、それが相手に伝わるかどうかである。窓に背中を密着させるようにエディから離れようと足掻いているが、どうか。

「ああそうか、お前だけ逃げてたってか? でもお前お前慰謝料ぜってぇ払えよ? 100万。こいつにもだけど、おれだってこいついなくなったせいでまともな狩り出来なくなっちまってすげぇ損してんだからおれにもだぞ? 今までの生意気な態度も含めて、計200万、ちゃんと用意しろよ?」

 脅えるデイトナに対してエディはレベッカと自分に損害賠償を出させようと脅迫染みた態度で接する。



「いや……そんなの……無理よ……」

 眼鏡の奥で、デイトナは緑色の瞳を動揺させ、そんな大金を払えるはずが無いと不安げに言い返す。先程までは真っ白な歯がはっきりと見えるまでに発言を繰り返していたと言うのに、エディの前では殆ど口が動かされていない。やはり、怖いのだろう。

「『無理』じゃねんだって。お前のせいでこうなったんだかんな」

 と言いながらエディは……



――左手でデイトナの胸を触り……――



「いっ……!」

 握られるように触られ、デイトナは思わず両目を強く瞑る。普通触られる事の無い場所を、好ましくない相手から触られ、恥ずかしさもそうだが、恐怖心が全身に響き渡る。

「払えねんだったら身体・・で払ってもいんだぜ? 男だったら多分顔面殴打ワンパンだったろうなあ。女だから得する事だってあんだから感謝しろよ? お前が地味に可愛い顔してて良かったぜぇ……」

 エディは怖がるデイトナのなかなか年相応の少女らしく膨らんだ胸を左手で掴んだまま、今度は右手を下の方へと伸ばしていく。



「ちょっと……やめて……」

 確実に触られて不愉快になる部分をしつこく触られ続けても本気で怒って対抗する事が出来ず、デイトナはただただ緑色の瞳を動揺させて怯える事しか出来なかった。

「お前随分色っぽいんじゃね? 結構いい匂いするし……、ここ・・だってまだ上手く使った事ねんだろ?」

 エディはデイトナのオレンジ色の髪の匂いを嗅いでそんな嫌らしい感想を残しながら、右手でデイトナの白いスカートを、指を妙に巧みに動かしながら持ち上げていく。

 最も、デイトナのスカートは膝をある程度隠す程の長さだから簡単には目的地に到達させてはくれないが、果たして……



「ホントに……や……」

 暴力で追い払う事も、暴言で追い払う事も出来ないデイトナは身体を硬直させる。そして、



――エディの手がデリケートな部分へと……――



 エディのどこかゴツゴツしたような右手がスカートの中へ辿り着き、臀部でんぶへと触れてしまう。

「や……!」

 そのデリケートな個所でエディの右手の接触を確認したデイトナは緑色の瞳から一滴の涙を落としてしまう。

 エディが自分の右手に肌とは別の何か非常に小さな段差のようなものを確認してからまた声を出す。

「泣くなや。お前が慰謝料払えねってっからおれが配慮――」



――その時、エディの肩にミレイの右手が乗せられた――



「エディ、もうそろそろいい加減にしてよね? なんか昔そっちであっただろうからちょっと黙ってたけど、そうやって身体触んの見てたら黙ってられないのよあたしは」

 性的に攻撃され続けていたデイトナを救うかのように、ミレイは多少その細い眉に皺を寄せながらエディに制止の声を投げかける。

「あぁ? お前も同罪だろ。レベッカん事あんな風にしやがって。だったらお前も身体・・で払うか? どうせ100万なんて持ってねんだろうし」

 エディはまるで捨て置くようにデイトナから手を離し、ミレイへと向き直る。しかし、ミレイの身体も狙う気でいるのだろうか。



「その言い方だとあたしにも今デイトナにしてた事しようとしてたって訳? 弱いばっかり狙うなんてあんたも終わりね」

 ミレイも一種の覚悟はしていたのだろうが、エディは人の強弱で襲う対象を決めていたに違いない。それを考えるなり、ミレイの怒りの籠った表情には呆れの色も見え始める。

「じゃあお前もこいつとおんなじ気持ち味わってみろや」

 エディはまるで楽しみがもう一つ増えたかのように、ミレイへと攻め寄り、ミレイのハンターながらなかなか細く引き締まった身体を上から下へと眺める。



「いや、あの……エディ、君ちょっとやめた方――」
「うっせえなあお前マジ黙ってろや。こいつから慰謝料分もらうだけだって」

 アビスは咄嗟に不安を覚え、エディを止めようとするが、簡単に払い除けられる。

「いや、だから……そうじゃなくて……殺され――」



「お前もよく見たら結構いい身体してんよなあ? まさかお前彼氏いんじゃねえ? あ、それともそいつが彼氏か? だったらお前結構損してんよなあ」

 アビスはもっと別の意味で言おうとしたのだろうが、結局それも無視され、エディはアビスを親指で差しながらミレイの身体を眺め続ける。

一応いちお言っとくけど、アビスは彼氏じゃないわよ? ただの友達よ。それ以外の何者でも無いから」

 すぐ目の前にまで近寄ってくるエディに対して怖がっているのかどうかは分からないが、病室の中央へと進むように後退りながら、ミレイは真顔でアビスとの関係を再確認させる。しかし、それを聞いてアビスがどう思うかが少し微妙であるが。



「お前何女の色気プンプンさせてんだよ? でもいいねえその香水」

 エディはミレイの細い右肩に手を乗せ、少女らしい空気を鼻で味わう。先程触ったデイトナと比べてどちらがそのレベルが高いのかは、エディ本人にしか分からないだろう。

「まさか本気であたしの事触る気でいんの? デイトナはちょっと気が弱いから何もして来なかったけど、今はちゃんと考えた方がいいわよ。あたし言ったからね?」

 すぐ目の前にまで近寄ってきた鼻ピアスの少年に向かってミレイは自分の右肩に乗せられているエディの左腕を睨みつけるように見つめながら、とある忠告を投げかける。



「は? お前何強がってんだよ? レベッカあう言う風にしたのはお前だろって? 払えよ、い、しゃ、りょ、う」

 そして突然ミレイの後ろへ回り込み、左腕をミレイの細い首に巻き付け、そして右手をとんでもない場所へと動かしたのだ。



――ロクに発達していない胸へと……――



 赤いジャケットの裏へと手を忍ばせ、そして黒い肌着越しにデイトナと比べれば随分と貧しい胸を意図的に掴む。

「……」

 だが、ミレイは動きさえせず、声すら上げず、じっとしていた。だが、目元は前髪で影が出来ているような印象だ。どうやら、心の奥でほぼ決まりきったあの感情を煮やしているらしい。

「なんでお前黙ってんだよ? やっぱ身体で払う気んなったか? かしこいねえミレイちゃ〜ん」

 黙っているミレイは、エディにとって最早人形と代わりない扱いを受けてしまっているのだろう。この外見や性格から考えて普段は付けないであろう敬称を使っている部分から見て、ふざけているようにも見える。



「あ……あのエディ、マジやめろ――」
「エディ、ハッキリ言うけど、そこまで触ったって事は覚悟も出来てるって事でいい?」

 アビスはやや脅えながらエディに静止の言葉を投げかけるが、それに連結するかのようにミレイの言葉も入ってくるが、その口調は非常に強いものがあった。

「覚悟って何だよ? まさか本気で身体で払うから、心の準備しろって事か?」

 ミレイの温もりも身体と右手で感じ取りながらエディはそのミレイの台詞に対して深く考える事はしなかった。



「ああそう……。あんたそう言う風に思ってたんだあ。それ間違いだから。んで、あたしにこんなセクハラな事したらどうなるか……」

 エディの右腕が絡み付いた状態でありながらも、ミレイは思考力が低いとも思えるエディに呆れたような態度でそう言い返す。

「したら何だよ? 慰謝料だってんだろ」

 逆に怒り返し、エディは右手の握る力を更に強くし、直接痛みも加えてやろうと企む。



「慰謝料とか訳分かんないんだけど。そんじゃあ教えてあげるわよ。あたしにセクハラ働いたら……」

 ミレイは軽々とエディの右腕を払い除け、そして身を自由にし、向かい合う体勢になる。



――そして……――



こうなんのよ!!!



――ミレイの拳がエディの鳩尾みぞおちを正確に狙い……――



う゛ぶぅ゛うう゛う!!!

 突然腹部に恐ろしい程の強い鈍痛が走り、エディはまるで目玉が飛び出すのかと言うぐらいに大きく開き、喫煙なんかで相当内部が荒れているであろう口から唾なんか飛ばしながらそのまま前のめりに床へとうずくまるように崩れる。

 これを放ったのが男では無く、少女だと言うのがまた恐ろしい。しかし、ミレイはある意味で特殊なのかもしれない。



(だから言ったのに……)

 デイトナも医者の男も黙って見ていた中で、アビスは予想通りの展開になってしまったと、エディをどこか可愛そうに思い始める。それでもあのような破廉恥ハレンチな行為をされれば普通の少女なら怒って当然だろう。



「ふざけんのもいい加減にしてくれる? あいつが勝手にあたしらの元離れたからこうなったってんのに、勝手にあたしら悪者扱いすんじゃないわよ。レベッカから何訊いたのよ? どうせあたしの事元から嫌いだから変に誇張とか嘘とか付け加えてたんじゃないの?」

 ミレイはすぐ足元でうずくまっているエディに対し、苛々した感情を混ぜた目付きで見下ろしながら、言いたい事をしっかりとぶつけてやった。ミレイ達は必死だったと言うのに、勝手に悪人扱いをされ、尚且つあの行為を受ければもう黙っていろと言う方が無理になる。

 そして、ミレイが身体を触られてもしばらくは黙っていたのは、デイトナの気持ちを分かってやる為だったのかもしれない。

「……」

 まだ苦しみが抜けないのか、エディは言葉すら発する事が出来ず、ミレイを見ようとしているが、そこまで目も顔も持ち上がらなかった。



「ってかあんたどこでセクハラしてんのよ? ここ病院なんだけど。あんたにとっちゃ女なんて触るだけのもんかもしれないけど、少なくともあたしの前でやったらただじゃ置かないわよ。兎に角、慰謝料とかそんな不良みたいなやり口に乗る気なんて全然無いし、なんかあたし気分悪くなったらもう行くわ。アビス、デイトナ、もう行こう?」

 エディの言動が特に気に入らなかった事だろう。ミレイは自分の胸を嫌らしく触ってきたエディから離れてしまいたいと考え、レベッカの病室から退室しようとそのまま出入り口へと向かっていく。

「それと先生、ちょっと騒がしくしてしまって申し訳ありませんでした。でもこいつの行動がどうしても許せなかったんです。ホントに……申し訳ありませんでした……」

 退室する前にするべき事があるとミレイは思い、そこまで大声で怒鳴ったつもりは無いにしろ、普通騒がしくしてはいけない病室で騒いだ事について、大きく頭を下げて謝罪する。直接怒っている様子が見えなくとも、自分がした行いについて自分から謝るのは当然の行為だろう。



「えっと、じゃ、俺らも行くか?」

 放置気味だったアビスは横開き式のドアから病室を出ていくミレイの後姿を見続けた後、隣にいるデイトナにその難しい表情も混ぜた茶色い目を向ける。

「そ、そだね……。それとえっと、失礼しました!」

 アビスには特に敬意を見せないような気軽な態度で軽く頷き、そして隣に立っていた医者の男に対しては今までの騒ぎをミレイに続いて詫びるかのように頭を下げ、そしてデイトナもアビスと共に病室を出て行った。



*** ***



 三人はレベッカのいる病室から離れ、同じ階層の椅子がいくつか設置された一種の休憩所のような場所で三人は一度腰を下ろした。

 周囲ではまるで『止まる』と言う意味を忘れてしまったかのように医者や看護婦達が駆け足で走り回り、未だに治る事を知らない患者達の為に力を尽くしているのだ。所々で響き渡る人間の名前がとても悲痛な印象を受ける。



「にしても散々な見舞いだったわね……」

 ミレイは頬杖を立てながら、重労働から解放されたような力の抜けた表情を浮かべる。同時に溜息まで洩らす。

「なんかレベッカの事忘れそうな勢いだったよなあ」

 アビスも座り込んだ状態で病院の現在の状況なんかお構いなしに白い天上を眺めながらいつまで経っても変わらないレベッカのあの態度を思い出す。態度のせいで、感染病によるあの大量のいぼを忘れてしまう程だったらしい。



「さっきはとりあえず何とかなったけど、また仕返しとかされたりしないかなあ……。ちょっと心配何だけど……」

 デイトナも三人揃って一つの長椅子に座りながら、また後でエディから何か言われたり、直接手を加えられたりしないか考え込み、先程の行為を思い出して表情を暗くする。

「多分心配無いと思うわよ? こんなに人多いんだから向こうもそこら辺分かってると思うし。下手に手なんか出してきたら周りから見られるだろうし、大丈夫だと思うわよ?」

 怖がっているであろうデイトナを、ミレイが何とか励ましてやった。人目に付く場所にいれば相手も目撃と同時に何らかの救済処置を取ってくる可能性もあるのだから、ここはある種の安全地帯と言えるだろう。



「あ、それとだけど、ちょっとあたしさあハリエッド達のとこ周って来たいんだけど、いいかなあ?」

 ミレイは突然立ち上がり、座ったままの二人にしばらくメンバーから離れる事の許可を願う。ミレイはまだ他の友達の容態を確認していないのだから、心配になったのだろう。

「う、うん別にいいけど、でももうすぐ追悼式ついとうしき始まるわよ? 今から行ってたら多分間に合わなくなるんじゃないかなぁ?」

 どうやらまだこの後に色々と予定があるらしいが、ミレイの今の用事を完了させる頃にはもう時間が無くなってしまうようだ。デイトナは許可は一応するものの、近くにある窓を指差しながら、その式を口に出した。



「あぁそっかぁ……。じゃあとりあえずこうしよ? 式の方でまた待ち合わせするってのはどう? 多分あたしの方ちょっと時間かかりそうだし」

 一度ミレイはこの後の予定も考えて一瞬目をキョロキョロとさせるが、すぐに対策を考え、後に合流すると言う手段を選択する。

「ってかミレイ、俺はぁ……どうすんの? まあ一応お前の会いに行くって友達は多分俺知らない奴ばっかだと思うけど……」

 何故か一人だけ取り残されそうな気がしたアビスは、どちらに付けば良いのか自分では判断出来なかったらしく、ミレイに選択肢を決定してもらう方法を取ろうとする。アビスにとってはミレイの知人はほぼ全員初対面となるのだから、気まずさでも感じたのだろうか。現にデイトナも実質初対面の少女であるし。



「え? あ、んと、いやあじゃああんたはデイトナと一緒にいてくれる? まあ三人で行くのもいんだけどもうあんまり時間も無いし、それにデイトナ一人だけだとまたエディの事もありそうだから、ちゃんとデイトナの事、頼んだわよ?」

 ミレイは少女一人を放置しておくと言うのが少し怖かったらしい。よりによってエディとトラブルがあった後でもあったからこそ、アビスとデイトナを一緒にさせようと考えたのかもしれない。ただ、アビスで本当にフォローし切れるか、少し疑問であるが。

「『頼んだわよ』って言ってっけど、なんか結局強制になってんじゃねえかよ」

 最初はまだ頼み込むと言う形式で留まっていたと言うのに、最後になるといきなり強制的に任務を押し付けられたような気分にあり、アビスは苦笑を浮かべながらその事を問い詰めた。



「ああ確かになんかそうなってるわね……。それともデイトナと一緒じゃあやだ?」

 まさかデイトナがアビスからけられているのかと、まさかそんな事はきっと無いと信じたいものであるが、敢えてそこを聞こうとする辺り、ミレイは結局は強請しようと考えていたのかもしれない。

「え? いやいや別にやって訳じゃねえぞ!? ただちょっと気まずいかなぁって……」

 ミレイがいなくなってしまう事に対して何を考えたのだろうか、アビスは二人きりになってしまう事を想像するなり、どこかそこに居続けるのが厳しくなるような気がしてしまう。

 ひょっとしたらアビスがデイトナを避けていたと言う予想も出来なくは無かったのかもしれないが、多分本当にそうだったとしてもアビスからは直接そんな事は言えないだろう。

 一瞬アビスはデイトナからとある視線を受けたような気がしたが、直接見て確かめようとは思えなかった。



「ワタシは別にアビス君とでも別に大丈夫だけど?」

 アビスは決してハンサムと言う訳でも無く、不細工と言う訳でも無いし、特に性格にも奇妙な個所がある訳では無い為にデイトナからけられていると言う事は無かったらしい。流石に初対面で気持ち悪がられたら非常に困るだろうが、決してそう言う話では無いようだ。

「じゃあ良かった。それじゃちょっとアビス、デイトナ、ちょっとあたし行ってくるから!」

 二人だけでもこれと言って問題が発生しないと確認するなり、ミレイは右手を上げてそのままアビス達に背中を向けて階段へと向かっていった。他の見舞客もいる中に埋もれていき、やがて目での確認が出来なくなる。



――因みに、向かっている最中、ミレイは……――



(まあスキッドじゃないから特に騒いだりしないか……)

 内心でスキッドのように異性に対して煩く喋りかけていたり、妙な態度で接していたりしないか不安になったものの、アビスならそんな心配は無いだろうと、そのまま足を軽く走らせ続けた。

 スキッド本人だったらどうなっていたか、あまり想像はしたくないだろうが、今いるのはスキッドでは無く、アビスなのである。





 二人だけ取り残され、アビスはなんだか急に静かになりだしたと少しだけ寂しくなってしまう。

(なんか喋った方いんじゃねえかなぁ……?)

 黙り続けているとどうして二人でいるのか、その理由が全身に染み渡るような気がしてアビスはふと右を見てすぐ隣に座ってほぼ真っ直ぐと、でもどこか力の抜けた緩い表情で黙って見つめていた。

 そのなかなかミレイと並ぶかも分からない整った容姿及び、服装が袖無しノースリーブである為に直接曝け出された細い二の腕に目が行ってしまい、そのまま凝視し続けているとセクハラ紛いの疑いでもかけられるかもしれないと思い、すぐに目を反らした。

 ただ、その容姿はミレイと比較するとボーイッシュな印象を見せる訳では無く、充分女の子らしいし、逆にクリスと比較してもそこまで大袈裟な程に少女らしさや幼さを見せつけている訳では無い。どちらかと言うと、大人の女性のような雰囲気を持つ少女と言った所だろう。

 しかし、デイトナの方もアビスと二人だけの空間で口を開く勇気が無いのか、それとも慣れていないのか、黙ったままである。

 そのデイトナの横顔は、何故か少しだけ機嫌が悪そうな色が映っており、先程アビスがデイトナをけているかのような発言を飛ばしたせいでそのような表情を浮かべているのかもしれない。最も、それは正面から見た訳では無いのだから、単に思い込んでいるだけなのかもしれないが。



――だが、アビスも一種の気合でも入れてみたのか……――



「あ、あのさあデイトナ……?」

 アビスにとって、名前で呼んでみたのは初めてか、それとも以前にそれで呼んだが、今はただ忘れているだけなのかは分からないが、名前で呼ぶとどこか妙な気分になる。

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