「はい?」

 特にデイトナは躊躇ためらわず、緊張感を払拭ふっしょくした爽やかな笑顔を浮かべてアビスへと振り向いた。

 ミレイと比べて明らかに露出の多い両腕や、眼鏡の姿のせいでミレイより多少年上のような印象を受け、何だか声をかけてしまった事に後悔してしまったような気を覚える。しかし、決して相手は悪者では無いし、喋りかけた以上は何か話さなければいけないだろう。やはり先程の機嫌の悪そうな横顔はアビスの勘違いだったようだ。

「え、えっと、デイトナって、昔からミレイとは仲良かったの?」

 ミレイとは随分と異なる少女のオーラを飛ばすデイトナから目を反らしたり、合わせたりを繰り返しながらとりあえずアビスはそんな質問を投げかける。

 ミレイのように強さも交えた可愛さとか、クリスのように幼さを僅かに見せた可愛らしさと言うよりは、美人な女の子、と言う表現が似合う少女である。



「う、うん、まだ1年も経ってないとは思うけど、ミレイとはよく狩猟だって行くし、買い物だってよく一緒に行くわね」

 唐突な質問だった為か、デイトナも色々と頭の中でこれから話す内容を整理しながら、多少手っ取り早く、そのように言い切った。

「ああやっぱそうなんだぁ。俺は初めてデイトナの事知ったけどさあ、なんか、えっと、ミレイの友達だからちょっときついとこあんのかな〜とか思ってたけど、安心したよ……はは……」

 デイトナもミレイの事は良く思っているらしく、しょっちゅう共に行動する仲であるようだ。

 最初、アビスはあのミレイの友達であるから、性格も多少似ているものがあるかと思い込んでいたが、それも間違っていたらしい。しかし、普通はそういう所は言う必要は無いだろう。



「え? ミレイってそんなに怖いの? ワタシは全然そんな事無いと思うし、アビス君だってミレイが嫌がる事普通しないでしょ? だったら大丈夫よ、きっとね」

 デイトナにとってはミレイが怖い存在であるとはまるで考えておらず、そのような性格を植え付けるアビスを多少変に思ってしまう。

 勿論本当に手を出したら多分どの少女でも怒り出すかもしれないが、アビスを信用して、そう言い切った。

「う、ま、まあそうだよな。変な事したら普通は誰だって怒る、よな?」

 アビスは一体脳裏で何を思ったのか、一瞬ミレイの怒り出した姿を思い出して無理矢理笑い顔を作り出す。だが、アビスの場合は確実に例外が存在し、嫌がるから男として手を出さない、のでは無く、怖いから手を出せないのだが。

 しかし、その話を詳しくデイトナにするのは絶対に無理だろう。



「アビス君ちょっと焦ってるみたいだけど……、まさか……そんな事、無い、よね?」

 突然の態度の変わり具合に何か感じたのか、デイトナはまさかと思い、一瞬アビスを疑った事を示すかのようにその緑色の瞳を軽く細めた。

「いやいやそんなありえねえだろう? あんま疑わないでくれよ……。あ、それよりなんかレベッカともなんかえんあったみたいだけど、なんか、あったの?」

 ミレイとのトラブルを察知されそうになって焦ったのか、アビスは素早く誤魔化そうといつものように口を素早く動かし、そして話を逸らさせる為に話題を変える。

 ただ、最初の話題も元々はアビスが持ちかけてきたものではあるのだが。



「ああワタシねえ、元々レベッカのメンバーの一員だったの。その時まだワタシ狩りにも慣れてなくてギルドの方から手慣れたメンバーと組めって言われたから、レベッカのとこに付いて他のハンターの狩りの仕方を見るように言われたのよ」

 デイトナは一度アビスから緑色の瞳を逸らしてその経緯を説明し、その出てきた名前からして何だか嫌な話になりそうな予感をちらつかせながらも、デイトナは再び笑顔を交えながらアビスへと向き直る。

「そう言えばさっきなんかそんなような事聞いてたって言うか言ってたって言うか、あったよなそんなの」

 アビスも病室では少しだけではあるが聞いただろう。デイトナとレベッカに関係性があると。



「うん。だけどワタシってまだ今もそうなんだけど、狩猟の方も全然上手く行かなくてさあ……。ワタシ結局レベッカ達に捨てられたのよ……。あの時はあんまり思い出したくないけど凄い色々言われて、本気でもうハンターなんか辞めようかって思った時にフューリシアさんに拾われて、それからミレイとも会って、ホントにハンターの世界でまた明るさを取り戻してったの」

 一体そこでどんなやり取りが行われたのか、アビスならば想像は出来るのかもしれないが、あまり考え込もうとは思えなかった。

 しかし、あのフューリシアならば放浪していたデイトナを救っても決して不思議では無いだろう。

「ああフューリシアさんとはそうやって会ったんだぁ。やっぱ先輩だったんだな。でも俺……あ、いいや」

 昨日のアーカサスの事件まではずっとキリン装備の姿でいたあの女性はやはり外見通り、先輩であったようだが、そんな相手にきつい殴打おうだを仕掛けてしまった事をアビスは思い出すが、それを口に出すのはめておいた。



「ワタシなんかミレイと比べたらまだまだ未熟者なんだけど、やっぱりミレイって凄い『人』がいいから、ホントにハンターって言う職業はいいなって、思えるようになったんだよね。ちゃんとそうやって自分の事引っ張ってくれる人がいるって本当にいいよね」

 アビスの言おうとしていた事を敢えて追求しなかったようであるが、デイトナはミレイと出会った事がまるで自分のこの後の人生を全て良い方向に導いてくれたかのように天上を眺めながら笑みを浮かべる。まるで天上にミレイの幻影が映っているかのように。

「いやいや未熟っつったら俺だって全然変わんねえよ? だって俺だって≪ハンター装備≫っつうやつだし、デイトナのあの格好だってハンター装備ってやつだろ?」

 一応ここでは怪我人が見舞い客と出会い、そこで様々な感情をぶつけ合うと言う性質を持っているのだが、そんな重苦しい病院の雰囲気に既に打ち勝っているかのようにアビスは自分の普段装備している武具を口に出して自分もまだ経験が浅い事を伝える。

 今、アビスは茶色いシャツの上に青いジャケットを羽織っただけのただの一般人の格好をしているのだからデイトナはまだアビスの装備を見た事が無いと言う事になる。



「だけどワタシもね、もうすぐ新しい装備完成するとこなの。皆と狩猟行ってる時に集めてたから、もう少しなの」

 きっと日々の狩猟による素材の貯蓄が、これからの新しい防具との対面を果たせるのだろう。デイトナは自分の新しい姿を見る事が出来る日が案外すぐ近くにあるのだと考えるとアビスに対しても、雰囲気に対しても明るい笑顔を渡し続けられるような気を覚える。

「皆かぁ、そう言えばなんか言ってたよな! 仲間いるって。仲間いたらきっとすぐバンバン素材とかも集まんじゃね?」

 アビスもふとデイトナにはミレイ以外にも仲間――友達とでも言うべきか?――がいた事を思い出し、想像するよりももっと早く必要な物が集まるのでは無いかと、得意げに喋り続ける。



「うんそうなの。仲間が、ね……。でも……エリシャはもう……いない……し……」

 仲間に関する話題へと移り変わった事によって、デイトナの感情に大きな変化が訪れてしまう。さっきまでの笑顔が嘘のように崩れ落ち、まるでもっと別の感情が引き摺り出されるかのように下を向き始める。

 その話題が、今最も思い出したくなかった過去を持ってきてしまったのだ。



――灰のロングヘアーの親指を立てた少女の姿が頭に浮かぶ……――



(ってあれ……? 俺なんかヤバい事言った?)

 アビスはそのデイトナの表情の変貌ぶりに、いつの間にか触れてはいけない部分に手を出してしまったかと怖がり始める。まるでデイトナから上体だけを離すように身体を動かしている辺り、そんな空気を読み取れる。

 しかし、妙な事をしてしまった為にフォローとして投げかける言葉が思いつかない。



「なんで……死ぬのか……ホントに……分かんない、よね……」

 ハンター業での仲間であり、友達でもあったのだろうそのエリシャの死を半ば自動的に考え込んでしまい、それによって感情を大きく歪ませ、とうとう涙なんかを流してしまう。小さく嗚咽おえつまで上げているのが分かる。

 だが眼鏡の影響で直接てのひらでは緑色の瞳を押さえられない為、眼鏡を額の方へ持ち上げながら押さえ込んだ。

「あぁ、あ、え、あぁ、いや……。ど、どしよ……」

 出来ればそのまま背中でも撫でて気持ちを和らげてやろうか考えたアビスだったが、男――まだ少年であるものの――が少女にあまり触り過ぎると妙な目で見られるようになってしまうかもしれないと恐ろしい事態を思い浮かべ、言葉も、手も出せずにあたふたとする。



「エリシャ……なんで……」

 未だに死んでしまった友人の名前を出しながら、両手で顔を覆い尽くし、上体を前へと曲げている。

 だが、アビスはデイトナが泣き出してしまった理由をやっと理解出来たのだろうか、やっと行動に入る。

「あ、あっあっああのさあ……、デイトナ俺ちょっと変な事、言っちまったんだよなあ? えっとマジごめん! だから、あんま泣くなよ……?」

 あまり異性に対してはしてはいけないのかもしれないと考えながらも、アビスはデイトナの細い背中を右手で撫でながら多少距離を縮め、謝罪をしながらも強制的な部分も見せ付ける。



「うん……そ、そうだよね……」

 本当は自分でもほぼ初対面同然の少年の前で泣いて心配させる行為があまり好ましい事では無いと分かっていただろう。だからデイトナは素直にそう言い返し、何とか落ち着かせようとするが、なかなか上手く行ってくれないものである。

「えっとごめん俺さあ、マジえっとその、えっと……、やな事あったってのに変にベラベラ喋って悪かったよ……」

 単刀直入に死んだ友人の事を言えば不味いと思い、何とか別の言葉に置き換えてアビスは数度目かの謝罪を渡す。



「いや……アビス君は……悪くない……けど……、やっぱり、エリシャの事……」

 決してアビスに罪がある訳では無いとデイトナは震える身体で何とか言うが、友人の記憶はそう簡単には消えない様子だ。

「あ、あのさあ確かにえっと、そのエリシャ、だっけ? エリシャの事はまあ、残念だとは、残念だと思うけど、な? えっと別にデイトナが悪い訳じゃねえだろ? なんかさあ、自分責めてるように見えっから、あんまそうやって責めんなって」

 震えているデイトナの背中から伝わるうっすらとした体温を右手に受け続けながら、アビスは撫でて一応アビスなりに励まそうと何とか頑張ってみる。

 考え様によってはデイトナの未熟さがエリシャを殺してしまったとも捉えられるのかもしれないが、もしそう考えていたとしてもそれを打ち壊す程の何かがそのアビスの励ましに含まれていると信じたい。



「そう……なの……?」

 本当に自分が悪いと思っていたのか、そんな台詞を弱々しく吐きながら、デイトナはゆっくりと顔を覆っていた両手を離す。目元が濡れているのが本当に良く分かる。

「そうだよ、デイトナは全然悪くないから。それに泣いたりなんかしたらマジで回りの空気も悪く、ってえっと汚いとかそんな意味じゃねえけどえっと、いや、雰囲気悪くなったりするし、それに周りん人からもなんか俺が苛めてるようにも見えたりする、って俺はどうでもいいか……。もうえっと、元気出そうよ? そうやって泣いてたら多分そのエリカって人だって天国で困るだろうしさあ、えっと、やっぱちゃんと元気だそうよ?」

 確実にデイトナには何も問題点や罪が無い事を伝え、途中で直接口に出してしまった言葉を訂正しながら、徐々に悪くなっていくこの周辺の空気を正そうとアビスは頑張る。



「う、うん……そうだね……。ごめんね、折角楽しくはなししてたのにいきなり泣いたりして」

 アビスの懸命な言葉による処置と、ある意味で度胸が必要とされた背中を撫でる行為が効いたのか、デイトナはもう殆ど気分を回復させており、指で涙を軽く拭う程度にとどまる事に成功している。

「とりあえず泣き止んでくれて良かったよ……」

 目の前で女の子に泣かれて最初は非常に焦った事だろう。アビスは緊張の糸が抜けたかのように両手を後ろの椅子部分に動かし、上体もどこか反れたような形になる。



「凄い不愉快だったよね……。いきなり目の前で泣かれたりしたから、当たり前だよね……」

 デイトナはそれでもきっとアビスを心中で苛々させてしまったかもしれないと考え、とても後ろ向きな言い分を、アビスから視線を逸らしながら言った。

「え、あ、いやいやんな事無いって! 俺がマジで悪かったからマジで! 配慮の無さもかなり問題だったと思うしさあ、だから今回ぜってぇ俺悪いから! とりあえず、落ち着こ?」

 アビスも他人の気持ちを殆ど無視しながら発言していたのだ。デイトナだけを悪者扱いしようとはせず、逆に自分の方が悪者扱いされるのに相応しいと、両手を突き出しながらさっきまでの笑顔に戻るように頼み込む。



「う、うん……ありがと……。それと、エリ『カ』じゃなくてエリ『シャ』だけどね」

 もう心配は要らないだろう、と言わんばかりにデイトナは背筋も伸ばし、指だけで目元に残った透明な涙を拭いながら、アビスに笑顔を送った。拭い終わった後は額へと持ち上げていた眼鏡を元に戻す。

 何だかデイトナはアビスをこれからも信用出来るようになったような気がした。



――そこに、2人のものじゃない声がやってくる――



「あれ? デイトナじゃないか。そこにいたんだな」

 この声はアビスのものでは無かった。少し離れた場所から、その青年らしき声が聞こえてきたのだ。



――声に引っ張られるかのように、デイトナの向く方向も変わり……――



「あ、ブラウン!」

 緑のコートを纏ったその青年の名前なのだろう、デイトナは勢い良く立ち上がり、そして互いに向かい合う。

「ごめんな、ちょっと店の方で色々掃除とか修理とかあって遅れたよ」

 青いやや長めながらもしっかりと整えられた髪が異性を引き付けるような、そんなブラウンは自分の事情を手短に説明し、気まずそうに右手を後頭部へと回した。

「いや、ワタシの方もお見舞いの為に病院中走り回ってたからお互い様じゃない?」

 互いが互いを許し合うかのように、デイトナは縞々ストライプの白と水色のラインが入ったベストを軽く正しながらそう言い返した。



「あ、あのさあデイトナ……。その人、誰?」

 一時的にではあるが、殆ど放置状態に近かったアビスはゆっくりと椅子から立ち上がりながら、デイトナにその青い髪の青年について聞こうとする。第一印象は優しい雰囲気を持ちながら、どこか氷のように冷めた印象も持ち合わせている。だが、何故かそれ以外に変に違和感を覚えてしまうようだ。

「ん? デイトナ誰だそいつは」

 ブラウンの方もアビスに興味を持ったのだろう、デイトナならその答が分かるだろうと、アビスを一瞥した後に訊ねた。



「ああえっと、俺はちょっと昨日一緒に会ってそんで……」
「彼はアビス君って言うの。ワタシの友達。ミレイに紹介されたの」

 台詞を見れば分かるのかもしれないが、元々アビス・・・にでは無く、デイトナ・・・・にされた質問である。

 無理してアビスが答えようとしていたものを、デイトナが後から遮り、アビスとの関係を非常に簡潔に説明したが、内容はアビスにとって決して本当の意味で絶望に陥れるものでは無いだろう。

「とも……ああそうそう! 友達友達! 俺、友達なの!」

 一つのとある希望・・・・・は消え失せたものの、デイトナはまだアビスを別の見方で繋ぎ止めてくれていた為、アビスはその部分に浮かれて喜ぶかのようにそんなやや奇妙な態度を取ってしまう。



「でも、その人は、誰なの?」

 しかし、アビスもまだ質問に答えてもらっていない。恐らくはブラウンと言う名前は理解したのだろうが、関係まではまだ聞いていないのだ。

「ブラウンって言うんだけど、ワタシの彼氏」

 明るい笑顔は相変わらずで、デイトナはその事実を伝えて見せた。年代相応の人間関係を作っていると見ても何の問題点も存在しないはずだ。



「うっそぉ……」

 何だかもう希望も何も残らなくなってしまったかのように、アビスはさり気無く持ち上げていた両手をだらんと下へと落とし、僅かな時間ブラブラと揺らした。



「ってアビス君どうしたの? そんな……」

 いきなり全身から力が抜けたかのように見えるアビスに何か感じてしまったのか、デイトナは軽く、細い首を傾げながらアビスに心配の言葉を投げかける。

「あぁいや別に何も、無いけど……」

 アビスとしては普段と変わりないと言いたかったのかもしれないが、それを発言する時の言動や言葉の焦り具合から見ても、普段と充分に変わっていると言えるはずだ。



「え? まさかちょっとがっかりしてない?」

 デイトナはアビスをからかうかのように、そんな事を聞いてみる。

「え、何だよがっかりって……。何ががっかり何だよ?」

 とある一つの単語を無理に多様しながら、アビスは何だか原因を把握してしまっているのかもしれないデイトナに言い返した。



「ちょっとワタシになんか期待とかしてなかった?」

 多分アビスの年齢を考えれば、それも無くは無いと言えるかもしれない。そのデイトナの言葉がアビスに対する励ましやフォローになるかどうかは分からないが。

「え、いや、別に……」

 恐らく図星だったのだろう。アビスは戸惑いながらも弱々しく、そして気まずそうに否定する。

 だが、事実非常にショックだった事だろう。先ほど泣き出したデイトナを慰めて点数稼ぎのような事が出来たと言うのに、それが全て崩壊してしまったのだから。

 こう言う結果が出てしまえば、もう今後どう頑張っても無駄となってしまうだろう。



「いやしてたしょ〜? ちょっとアビス君可愛いかも。でも大丈夫だよ? アビス君にだっていつかはそう言う日が来るから〜」

 突然本当の意味で女の子らしく接してきたデイトナはしょんぼりとするアビスにそんな感想を残し、だけどそんな今の時点では残念なアビスでも必ず栄光に飾られた時が来ると元気付ける。

「そっかなぁ……、俺ってなんかあれだしなぁ……」

 アビスも表面では希望を持ちながらも、内心では自信を持っておらず、本当にその時が来るかどうかも疑わしいような様子である。欲しいのか、それとも必要無いのか、微妙な立ち位置だ。



「自信持って大丈夫だと思うよ? アビス君って結構優しいとこあるし、困ってたらちゃんと助けてくれたし、さっきみたいに。それに案外いるかもよ、そのアビス君のこれ・・になるかもしれない人が」

 勿論デイトナ自身がアビスの彼女になる予定は無いのだとは思うが、それでもアビスの長所は見つけていたらしく、これからの活動の支えにしてみたらどうだと、アドバイスを送る。

 しかし、やはり立てられた右の小指の意味が気になる所だ。

「え? ってかその小指って何なん――」
「あ、そうだデイトナ。ちょっとオレ店の方の仕事まだ終わってないから追悼式出れないんだよね。悪いなちょっと」

 アビスが小指の意味を問い質そうとしたが、ブラウンが急な用事を思い出したのか、デイトナに今日の式に出る事が出来ないと伝え、詫びる。



「そっかぁ……。出られないんだぁ……、でも確かにお店の方も早く片付けないと仕事も始まらないし。うん、大丈夫、ワタシだけで出るからブラウンは仕事の方頑張って!」

 本当ならば、共に出席していたであろう式に出られないブラウンに対しては、デイトナは特に怒る素振そぶりも見せず、逆に力を与えるかのように頑張るよう、明るく対応した。

「ありがと。そんじゃ急ぐから、そっちは頼むぞ!」

 そのままブラウンは手を振りながらデイトナの側から離れ、他の見舞い客の収まる事の知らない階段へと姿を消していく。













■■ ここからが、本当の修羅場…… ■■



――時は過去へと戻り…… / PAST SPACE――

単純に言えば、これはミレイがアビスを呼びにアビスの自宅へと足を踏み入れる数時間前だ。
時間はもうすぐ昼、等と言った中途半端な時間では無く、朝のお話だ。

アーカサスだけの規模となれば、朝もこれから働きに出かける者達によってなかなか慌しい風景を見せてくれる。
しかし、今回は出勤が目的では無い。
他の場所でも怪我人や遺体の処理が施されているが、着目すべき点はアーカサスの大衆酒場……






           ――δδ 魂の葬儀屋ソウルリーパーはようやく楽しめるのだ……δδ ――
                        I want to meet my family……



「皆はここからは入るなよ!」

 案内棒を両手に持った軍人の男が、ずらりと並ぶコーンの前で押し寄せてきそうな勢いを見せてくる街人達に大きな声をあげる。

 そのコーンは酒場の出入り口から真っ直ぐと通路を作るように並べられており、そしてその最終地点には濃い緑色が特徴的な軍用トラックの荷台が口を開いて停車している。そこに何かを運ぼうとしているのだろうか。

 その街人に注意を払った男以外にも軍隊の男が並んでおり、更には酒場へと担架を持ちながら入っていく者達も見える。



――だが、最も注目すべき点は、人々の様子だ……――



 その軍服の男達の周囲に群がる人々はただの野次馬では無いだろう。その酒場には、無数のハンター達が永遠に目を覚ます事の無い身体になって放置されているのだから、話を聞いた者達が集まってきたに違いない。

 酒場からは、その目を覚ます事の無くなったハンター達から放たれているであろう死臭が激しく漂っており、思わず背を向けたくなるだろう。しかし、遺族の者達は、嗅覚よりも人間的な絆意識を強く意識するだろう。

 その証拠に、耳をわざわざ澄まさなくても周囲からは老若男女ほぼ差別無しの泣き声や悲鳴が響いている。

 酒場のドアから担架を前後で持った白いマスク装着の兵士二人の姿が現れるな否や……



「ラムル!! ラムル!!」

 担架に乗せられていたのは、頭部に風穴を開けられたゲネポス装備の青年だった。

 もう既に返答も、立ち上がる事もしないであろうその相手に必死に声を浴びせていたのは、そろそろ無駄な脂肪も見え始めている中年の女性であり、そのハンターの母親らしい。

 その隣には同じぐらいの年齢であろう中年男性の姿もあり、コーンを並べて作った通路の端に待機していた兵士達によって押さえつけられる。

「ラムル! なんでお前が!? おいラム――」
「こら! 入らないで! 通路の邪魔になる! 面会はトラックの方で!」

 担架で運ばれた死体にすがり付こうと飛び込んだものの、すぐに兵士に止められる。どうやら死体の確認は軍用トラックの場所で出来るらしいが、喜べるものでは無い。





「なんかすげぇ事んなってんなぁ……」

 泣いている者も混じったその人混みの中で、茶色いジャケットとつば付きの黒い帽子を被った少年こと、スキッドが周辺を見渡しながら、最終的には隣に立っている少女にその緑色の目をやった。

「うん……ここで沢山の人が殺されたって言ってたもんね……」

 スキッドと比べると随分と明るい茶の色持った髪の少女こと、クリスは周囲から立ち上がる泣き声、喚き声に耐えながら、その多少難しさも携えた表情でじっと大衆酒場を見詰めていた。

 もう狩猟が終わった為か、今はあの赤い色が特徴的な赤殻蟹装備の姿をしていない。一応集まってきている人間の中には武具を装備している者もいるが、クリス達は今はその中に含まれていない。

 私服姿になりながらも、その白いパーカーと黄色いミニスカートなんかで少女らしさを失わせていない所が何ともクリスらしいが、アーカサスが燃え上がっている最中に集団で襲われた際の小さな後遺症か、頬や額にはガーゼが貼られている。更によく見れば、履いている白いニーソックスの下に包帯を巻いているのも分かる。



(ルーテシア……、ステファーヌ……)

 スキッドとクリスは酒場を見ながら口を開いていたが、淡い赤の髪を持った少女、ディアメルは直接口を開かず、心の中でもう亡き者となってしまった二人の友人である少女を思い浮かべる。

 まるでその淡い赤の髪に同化するかのような純粋な赤のニット帽と、そして下に向かって伸びたツインテールがどこか愛らしい。

 クリスも同じツインテールではあるが、太さはディアメルの方がずっと上である。

「所でディアメル? まさかこの中に友達とか、いなかったよねえ? 他の人にもホントに冥福は祈りたいけど、もしそう言う人がその中に入ってたら……」

 同じツインテールを持った少女であるクリスは、咄嗟にディアメルへと向き、その水色の瞳には真剣なものと、そしていずれ本気で露にしてしまうかもしれない悲しみを僅かに浮かべながら酒場に向かって指を差す。



「え、えっと……いない……ですよ? 一応私の知らない人ばかりでしたから……」

 ディアメルは言い切ったものの、クリスからはどこか恐怖が放出されており、嫌な意味で胸騒ぎが起こり始める。もしあの本当の事実・・・・・が知られた時にどうなるのか、それが怖いに違いない。

「なあクリスお前いつまでおれら疑ってんだよ? いねぇってんだろ? 心配すんなっつの」

 悲しげな表情を浮かべているクリスに対して、スキッドがクリスの細い肩を左手で叩きながら現在の場の空気に多少相応しくない笑みを浮かべている。それでもクリスを元気付けようとしている姿は彼らしい。



―― 一瞬クリスはまるで凍り付いたかのように黙っていたが……――



 三人が喋っている間にも次々と死体と化したハンター達がどんどん運ばれるのだが、黙ったその瞬間にまるでより印象強くさせるかのように周囲の声が鮮明に聞こえ始める。

「レイン!! レイン!! なんでだよぉ!!」

 再び担架で運ばれてくるクック装備の男性を見て、一人の男が手を伸ばして妨害してくる兵士の傍らでそう叫んでいる。

「おれだよぉ……テイルズだよぉ……!」

 男のくせに、と言いたくなるような空気だが、知人がむくろと化したのを見て黙っている方が無理なのかもしれない。自分の名前まで出して反応を待つが、結局それは伝わらない。

 情けも無しと言わんばかりに軍用トラックへと運ばれていく、その両脚の関節が非常に無理のある方向へと滅茶苦茶に曲げられ、挙句に折られたそのクック装備の男性を追いかける。



――そしてもう一つ……――



 他の兵士二人によって担架で運ばれてきたのは、ハンター装備の女性ではあったのだが、残酷にも頭部が胴体から斬り落とされており、その頭部も何とか担架には乗せられていたが……

「あぁ……あれって……ティルだろ! ティル!!」

 まだ少年と言う年頃として見ても差し支えが無いであろう男性がその首を斬り落とされた女性ハンターを見て叫び出す。

「ティル、ティル……なんで……」

 同じくまた別の男性が出てきたが、顔は老けており、多分は父親なのだろう。

「なんで……ティルなの……? あなたぁ……あぁっはぁはぁはぁあああ……!!!」

 もう一人、別の人間が出てくるが、その同じく老けた姿を見ると母親であるらしい。誰にも変えられないその現実によって母親らしき人物はもう周囲の人間達も気にする事無く、自分の旦那にすがり付き、そのまま泣き叫ぶ。

 周辺を見ても泣いている人間の数は多いのだから、一人が泣き叫んだ所でそれは周囲の環境に押さえ付けられてしまう。



――やがて黙っていた少女が口を開き……――



「だけど……なんか嫌な予感するの。なんか、隠してるんじゃないかって……。ねえ、ホントの事言ってよ」

 クリスの表情はまるで晴れる事を知らず、スキッドを追い詰めるかのように多少低めた声をスキッドへと浴びせる。

「ホントはルーテシアとステファーヌに何かあったんでしょ!? もうそろそろ事実話して! 私嘘言う人大っ嫌いだから!」

 友達を疑うのは最低な事だとは分かっていても、クリスにはどうしても受け入れる事が出来ず、明らかに裏に隠している事があると考えてしまったクリスは思わずスキッドに怒鳴り付けてしまう。普段の可愛らしいとろける声色もこの瞬間だけ暴力的な色を含んでしまう。



「あ、いや……だからな……えっと、まあんと……」

 事実を知っているスキッドとは言え、何故かそこで事実を言う事も否定も出来ずに戸惑い続ける。

 普段は可愛くて優しいクリスに突然怒鳴られたからか、それともこの先の決断次第で嫌われてしまうからなのか、それは分からないが。



――戸惑っている間に再び担架持ちの兵士二人が酒場から現れ……――



「ってあれ……?」

 クリスはふと新しく運ばれてきたハンターの姿が気になり、そちらに目を向ける。そのハンターは当然のように呼吸をしておらず、いや、それ以前に顔面が破壊に近い状態にまでなっており、とりあえず凄まじい事になっていたのだ。

 しかし、クリスが気になったのはそこでは無かった。



――女性用の青怪鳥装備だったのだ……――



 それをより明確に確認したクリスは何人かいた前方の人々をいくらか押し退けながら前へ前へと出ようとする。

「ルーテシア!? ルーテシア!!」

 本来ならば前へと進み続けるクリスを止めるのがスキッドの仕事だっただろう。しかし、彼は止める事が出来なかった。いや、身体が動かなかったのだ。

 人々の最前列まで突き進んだクリスはコーンで作られた通路の端に立ち並んでいる兵士のすぐ近くで、その運ばれているのだろうルーテシアの姿を今度こそ本当に、鮮明に確認する。



――腹部に一本の片手剣が真っ直ぐ突き立てられており……

――顔面は血塗れで既に誰だか特定出来ないまでに荒らされており……



 恐らくその青怪鳥装備の女性がクリスの友人であったに違いない。



(ルーテシア……。ごめん……ね……)

 変わり果てた姿で酒場から運び出されたルーテシアに背中を向けながら、ディアメルはゆっくりと、そして悲しみを必死で堪えるように、その赤い瞳を閉じた。

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