僕は……時々思う事がある……

  僕は……時々感じるんだよ……

    僕は……時々胸が痛くなるんだよ……

  僕は……時々凄く寂しくなるんだよ……

僕は……人を悲しませたくないんだよ……



一体友達とは何なのだろうか? 普段何気なく一緒にいる相手を深く考えてみると時々思ってしまうんだ。
意識しない事だから、意識すると突然怖くなる事だってあるのがとても恐ろしい。

どうして僕は相手を友達と呼ぶ事が出来るのだろうか?
そして、どうして相手は僕を友達と呼んでくれるのだろうか?
そこに理由が存在するとしたら、やはりそれを求めて、そして追求し続けるべきなのだろうか?

だけど僕ら人間と言うものは、完成した存在として見られる事が多い。
動物と比べても知能もあるし、新しい技術を生み出して世界を作っていくその姿はまさに神にだって匹敵する。
それでも人間にとって、必要だったのか、それとも更に上に立つ神様がわざとそのようにしたのかは分からないけど、
相手の心を読み取る事が出来ないんだよ……

一部では修行の末に身に付けた超人も存在してるけど、常識で考えればそれはまず有り得ない話だよね……
そして、僕は相手の本心を窺い知る事なんて出来やしない。
いや、出来ない方がいいかもしれない……。だって、見てから後悔するのも怖いから……。

僕は時々思ってしまう事があるんだ……。
本当に相手が僕の事を友達として見てくれているのか……。
まさかそれを直接問い質す訳にもいかないだろ? 聞いたら絶対に変だと思われると思うし……。

だから、時折相手の機嫌を損ねてしまった時に怖くなってしまうんだ。
えんとはどこまで頑丈に出来てるのかも分からないし、何かの拍子で簡単に切れないとも分からない。
きっとそれは僕の勘違いなのかもしれないけど、まさか相手を支配する訳にもいかないよね?

それを本当に確かめるとしたら、或いは確かめられるとしたら、どんな時だろうか?
友達に命の危機が迫って、それを助けるかどうか?
或いは自分が危ない目に遭ってる時に、それを助けてくれるかどうか?

そこまでして友情を確かめようと思う人がいるのかどうかは疑問だけど、どっちにしても怖い話だよね……。
確かめる為に一つしか無い命を天秤てんびんにかけてしまうなんて……。

だけど本当に怖いのは人間が死んだ時だよ。
きっと、感情を爆発させてしまうのだと思うけど、やっぱり……一番露になる所が怖いんだ……。

本当に人間は最後の最後にしか本当の気持ちを表せないのかなぁ?
多分僕の勘違いだとは思うけど……






                            ――NO NEGLECT  /  I LOVE MOTHER――

                                  世の中には笑って済まされない事もある……
                                どうして現実は常に残酷な空気をはらんでいるのか……

                          ◆  悟童さとりわっぱだって、時には恋しくなるものさ……  ◆






 ゆっくりと兵士二人の持つ担架に乗せられて運ばれていたのは、青怪鳥装備の腹部に刺さった片手剣≪サンダーベイン≫が非常に痛々しい少女だった。生前は恐らく明るい少女だったのかもしれないが、今はもう顔面も血塗れであり、既にその面影は消失している。

「ルーテシア……なんで……こんなに……」

 クリスはその運ばれているルーテシアを見ながら、現実の恐ろしさに水色の瞳を震わせ、出来ればこれが嘘であって欲しいと願いながらもゆっくりと両手を握り締める。

「クリス……えっと、マジそんな落ち込むなって……」

 スキッドも人混みを潜り抜け、クリスの隣に辿り着いた後は本当にこの時にかける言葉として相応しいものなのかも分からないと考えながらもそんな言葉を投げかけ、強引にクリスを鎮めようとする。



「スキッド君……やっぱり、嘘言ってたんだぁ……」

 コーンを並べて作られた通路の最前列で、クリスはスキッドと目を合わせず、俯いた状態でスキッドが自分を騙していたと問い質す。多少周囲の人間達の騒音で危うくかき消されてしまう所だったが、とりあえずスキッドの耳には届いているようだ。

「あ……いや、んと……それは……んとだなぁ……」

 人の命と言う、非常に深刻な問題に直面している為、スキッドも普段の多少ふざけの混じったような態度で接し続ける訳にも行かず、何と返答すれば納得してくれるのか悩みながら、言葉を必死で選び続ける。



――……と、二人が暗いやりとりをしている間に再び兵士が酒場から現れ……――



 もう一人のハンターが担架で運ばれてきた。酒場の出入り口を通り、外の世界にその姿を出してもらうが、もうその本人は周囲と口を聞けるような状態では無かったのだ。

 多少黄色の混じった色が特徴的な黄土色の赤殻蟹装備の少女であったのだが、流れる血がその生命活動を停止させていた事を嫌らしく暗示させている。

「って嘘……、ステファー……ヌまで……なんで……」

 クリスはその装備の少女も見つけ、次から次へと襲い掛かってくる衝撃の事態に、声そのものを出す気力すらも奪われそうな錯覚に包まれる。



――その瞬間、別の誰かが声を張り上げた……――



「お……お姉ちゃん! 嘘だろ!?」

 ハンターの門をくぐろうとすれば確実に、一瞬で門前払いを受けるであろう小柄な少年が、そのステファーヌと呼ばれた黄土色の赤殻蟹装備の少女を見て通路の先頭にまでやってくる。因みに、彼はスキッド達がいる場所の反対側に位置していた。

「帰ってこないと思ったら……」

 相当な老け顔である男性、恐らく父親だろうその男はその低い声からどんどん力が抜けていく。

「嘘よ……いやぁあああ!!!」

 同じく老け顔である女性、きっと母親であるその女は、娘の死を受け入れられず、人前も気にせず、大声を上げ、そして泣き崩れる。



――だが、どうしてルーテシアの時は誰も来なかったのだろうか……――



――偶然親族がこの街にいなかったのか、それとも……――



――そして、例のステファーヌの姿はと言うと……――



――一応その姿は青怪鳥装備のルーテシアと比べればまだ綺麗とも言えるが……――



 甲殻と甲殻の隙間である横腹に深く刺さった鋼氷剣を伝って血が昔は流れていたのだろうが、今は既に止まっていた。恐らく、その剣に宿った氷の力が内部の血液すらも凍らせてしまい、ある意味での止血に成功させたのかもしれない。

 しかし、その深く刺さった刃は確実に内臓を破壊しており、同時に生命活動さえも既に停止させているだろう。武具がもろすぎたのか、それとも武器が鋭過ぎたのか、或いは、その二つとも正解だったのか。

 決して完全に止血が行われていた訳では無い。内臓破損によって口からは血が垂れ続け、そして左の曝け出されている太腿部分には風穴が開いており、そこからもほぼ延々と血が流れ続けている。実はここ、バイオレットにとっての絶好の攻撃箇所として捉えられ、拳銃で穴を空けられ、動きを取れなくなった所に鋼氷剣の一撃を落とされたのだ。

 今となっては昔の話であると同時に、置き土産とも比喩出来る惨劇である。



「さっき……無事だって……聞いてたから……」

 スキッドが知らなくても、クリスにとって今運ばれてきた二人の少女は紛れも無くクリスの友人なのだ。それが二人、今日ここで死亡が確認出来てしまい、俯いたまま感情を炸裂させてしまいそうになる。

「あ、あのえっとだな……んとまずとりあえずこっち来い!」

 スキッドは何を言い返せば良いのか浮かばず、自分の茶色いジャケットを右手だけで持ち上げているととりあえず今どうすべきであるか、思いついた。それはクリスをこの通路の最前列から引っ張り出し、後ろへと戻る事だった。

 後ろにディアメルだって取り残しているのだから、三人に戻った方が好都合かもしれないと考えたのだろう。

 白いパーカーの袖を少しだけ乱暴に掴み、素早く後方へと下がった。



 人々の群れから何とか抜け出し、酒場の隣に建設されていた建物の壁に寄りながら、スキッドはクリスに話を付けようと一度軽くではあるが、深呼吸をする。

 ディアメルもしっかりと付いてきており、それでも何故か二人の間に口を挟む勇気、と言うよりは説得すべき言葉を見つけられず、自分自身の色味を感じる白オフホワイトに黒のチェックの入った長袖のシャツの二の腕部分をそれぞれの手で軽く押さえるように、緩めに自分の身体を抱き込んだ。

 その上には黒いロングのニットベストを着用しており、胴体部分だけはそのチェック模様を窺う事が出来ない代わりに両腕部分でだけ、その模様を拝む事が出来る服装となっている。

 因みに下半身は紺色のホットパンツ――細袴ズボンの丈を股下5cm程度まで短くしたものと考えてほしい――と、本来ならばそれより下は完全に曝け出されているであろう脚部を覆い尽くす、灰色でその外側には上から下に向かって黒いラインが2本引かれたニーソックスである。

 遠距離からさっと見れば本来の意味での細袴ズボンを着用していると思われるし、よくよく見れば細袴ズボンとニーソックスの間から素肌が微妙に見えている為、上半身の暖かそうな着こなし、そして赤いニット帽を考えると暖かいのか、それとも寒いのか微妙な判断になる所である。

「スキッドさん……やっぱりちゃんと本当の事言いましょ?」

 ディアメルは脅えた様子で赤い瞳を揺らがせながら、クリスの腕を離したスキッドに一言伝える。

「あぁ、だからんだって。んでえっとだなぁクリス……」

 スキッドからしてみればこれからクリスに事実を伝えるのは既に決まっていた事だ。ディアメルを一瞥し、そしてすぐにクリスへと向き直る。



「やっぱり……死んでたんじゃん……。折角信じてたのに……、なんで私の事騙したの!?」

 クリスは自分が信用していた未来を簡単に打ち砕く本当の現実・・・・・を見てしまい、友人であるスキッドに向けるものとしては本来確実に相応しくない目つきでスキッドに威圧的な視線をぶつけながら、思わず怒鳴ってしまう。その裏では、今にも泣き出しそうな感情すら浮かべている。

「いや……だからな……えと、んと……」

 本当はこの人混みから多少離れた場所で本当の気持ちを伝えようと思ったスキッドであったが、それを答えるより前に、今目の前にいる茶髪のツインテールの少女の感情の変化に対して、どこか怖い気分になっていたのだ。

(ってかこいつ泣きそうじゃね? やべぇじゃん!?)

 決して周辺の人間――ディアメルも含めるが――の全員が全員、スキッドとクリスに注目している訳では無いだろうが、それでも人前でクリスが泣き出す姿をあまり想像したくなかったのだろう。

 スキッドはその緑色の目だけをきょろきょろと動かし、この緊急事態の予兆を回避する事が出来る場所を探し、そしてすぐに行動へと移る。



「え、えっとクリス! お前ちょいこっち来い! んでディアメル! お前はそこで待ってろ! ってか来んな!」

 スキッドは急ぐかのように再びクリスの細い腕を乱暴に掴んでほぼ一直線に建物と建物のちょっとした隙間を目指し、そして空いている左手で後ろにいるディアメルを追い払うかのように動かし、ディアメルには近寄ってこないようにやや乱暴に、そして手早く施す。

「は……はい……」

 スキッドが何をしようと考えているのかよく分からず、ディアメルは気の抜けた声で小さく返事をし、そしてその場で立ち止まる。辛うじて建物と建物の隙間は見えるものの、二人の姿をはっきりと確認する事は出来ない。



――そして隙間に到達した瞬間……――



「もう離してよ! なんで嘘なんて言ったの!?」

 よほどあの二人の件がショックだったのか、クリスはスキッドに掴まれていた左腕を乱暴に引っ張り、何とか悲しみを堪えながらスキッドに怒りをぶつける。

「えっと……あん時の空気考えてたんだよ空気! あそこで言ったらお前ぜってぇ隙とか出来てやられてただろうしよ!」
「あの二人はねぇ……私の大切な友達だったの……。大事な事はちゃんと言って欲しかっただけなのに……」

 スキッドはその嘘を言ってしまった時が丁度激戦の時間となっていた為に、心に深く突き刺さるような事実を敢えて隠し、落ち着いた所を狙って真実を語ろうと計画していたらしい。スキッドのその必死でバタバタと動かしている両手がそれを密かに証明しているように見える。

 だが、やはりクリスにとっては誰とも変えられない友人――厳密にはディアメルの事を考えて『後輩』の方が正しいかもしれない――の事実をすぐに知りたかったようだ。目の前で無残な遺体を見せ付けられた為に、今になってようやく本当に涙なんかを流し始めてしまう。拭う為に持ち上げられた左腕、そして人差し指がどこか悲しげである。



「確かにえっと……大事だってのは分かっけどな? あんまそう言う深刻な事ってよぉ、戦ってる最中に言えるようなもんじゃねえだろ? ディアメルん時もよぉ、二人ん事話したらすげぇ泣き出してたし」

 スキッドだってクリスに嫌がらせをする為に虚偽きょぎを送った訳では無いはずだ。ディアメルと再会した時を思い出し、クリスの時も同じような目に遭ってもらわないようにと、そんな苦渋の決断を取った様子だ。

 目の前のクリスの状態が気まずいらしく、一度右手で帽子のつばを軽く正す。



――確かにディアメルの時も酷かった……――

酒場で友人二人であるルーテシアとステファーヌの死をスキッドに知らせた時は、激しく泣いていた。
正直に言えば、もう戦いをしていられるような状態では無かった。
隙だらけの状態では咄嗟に迫る危機も充分な余裕を持って回避出来るはずが無い。

その後は何とか立ち直れたから良かったが、やはり戦闘中は安易に人の死を報告するものでは無いだろう。



「お前って確かにつえぇけどな、そう言う風になったらぜってぇお前でも力100%ヒャクパーなんか出せなくなっちまうだろ? きっと。あん時お前だけ捕まって一人んされた時だって仲間がどっかでまだ生きてるって希望あったからあそこでもちゃんとお前切り抜けられたんだと思うしよ」

 恐らく前日のクリスが突然あの赤殻蟹装備のガンナー、ノーザン及びその部下達に捕まり暴行を受けた時も、他の場所で仲間が生きていると言うその希望が自分自身も生き延びようと言う気力に変える事が出来たのだろう。

 だからこそ今ここでスキッドの話だって聞いていられるに違いない。

「だけど……、死んでたん……でしょ……? 二人とも……」

 その通りである。クリスは涙でしっかりと喋る事が出来なくなってしまっているが、その内容は確実に正しい。



「ま……まあそうだけどな……ははは……。けどあれだぞ? 別にお前ん事騙そうとか考えてた訳じゃねえんだぞ!? ただお前に頑張ってもらい……たい……あ、いや、やっぱこれ騙してたか……。えっとあ、あ、えと、あ、えと、マジでごめん……」

 初めからクリスを騙すつもりはまるで無かったスキッドでも、自分の行動とその相手の心境等の事情を繋ぎ合わせて考えてみれば結局それはクリスを騙していた事に他ならない。

 説明している途中でそれを理解し、スキッドは元気を失った声で謝るが、許してもらう事を前提にしていないような態度である。

「だけど……やっぱり……嘘なんて……嫌い……」

 やはりスキッドにも色々あったのかもしれないが、クリスもやや複雑な心境であるようだ。スキッドの気持ちや配慮を理解していても、どうしても納得し切れない様子である。

 ただ、その嫌った対象が『嘘』なのか、それともその嘘をいた『スキッド』なのかはあまり考えたくないものだが。



「いや、まあんとりぃのは全部おれだし、それに後でキレられたり、ぶっちゃけた話仕返しで殴られたりすんのも前提で考えてたから、まあとりあえず……真面目にごめん!」

 建物と建物のこの薄暗い場所で、スキッドはクリスから何かしらの反撃が来ると覚悟を決めていたらしいが、何故かそこまで恐怖心には煽られていなかったらしく、おどおどした様子も無しにスラスラと口が動いている。やはりクリスの愛嬌を見ると確実に手を出してくる事は無いと確信してしまっているのかもしれない。

 だが、最後の謝罪で、スキッドはそれなりに勇ましいのか、それとも多少嫌らしいのか分からない、度胸の見えた行動を取ったのだ。



――クリスを強く抱き締める……――



「えっ……? ちょっ……」

 クリスは突然スキッドに引っ張り寄せられ、一体何をされるのかと身体が硬直するも、その答はあまりにも単純だった。

 単刀直入に、抱き締められたのだ。スキッドの両手がクリスの細い胴体と、明るい茶色が愛らしい髪をそれぞれ押さえ込み、そしてスキッドの身体へと密着させられる。

 意外にもスキッドとクリスの身長差はそこまで大きなものでは無い為、形としてはクリスの顔面がスキッドの胸元へとぶつかるのでは無く、二人の顔が交差するような形となる。因みにスキッドの方がやはり身長はある。



「ホントはおれが助けに行ってれば良かったかもしんねえけどよぉ……、あんまおれ状況理解してなかったからおれが知らねえ内に殺されてたんだってよ……。いっつもおれうるせぇくせにいざって時ゃなんも出来ねえ馬鹿なんだよな、やっぱ。マジ、ごめんな、女泣かす男なんて最低だよな……」

 スキッドはクリスを強く抱き締めたまま、自分が原因であの二人が亡き者となってしまったのかもしれないと、声を小さくしながらすぐ近くにいる少女こと、クリスに言い続けた。その二人が酒場にいるなんて言う事も知らなかったし、ましてやそこで惨劇の地獄絵図が完成されるとも考えていなかった。

 それを責めるかのように、口を動かし続けている。白いパーカーの布の優しい感触や、茶色い髪のまるで毛糸のような柔らかな感触にいちいち妙な感情を沸き立たせるのでは無く、クリスを精神的に護る所か、逆に酷く泣かせてしまった事に罪悪感を覚え、弱々しい声でクリスに謝った。決してスキッドも泣いている訳では無いが、テンションは相当低くなっているのが分かる。

「違うよ……スキッド君は……最低じゃない……。私も……自分の事ばかりで……ごめんね……怒ったりして……」

 クリスは抱き締められたまま、自分の考えを改め、決してスキッドだけが罪を背負う必要は無いと未だ泣きながら訴える。

 少し気が動転していたのかもしれない。だから色々と考えてくれていたスキッドに怒鳴り声なんか浴びせてしまったのだろう。



って、気にすんな。おれって結局馬鹿丸出しだしよ。けど殴り飛ばされなかっただけラッキーだけどな」

 スキッドは相手が友人且つ、少女だからなのかは定かでは無いが、根に持つような事はせず、いつものテンションに戻りながらややスキッドらしい雰囲気を混ぜながら言い返した。

 だが、クリスは友人には優しくても、腕力は意外と馬鹿に出来ない。今までの戦いを考えれば、本気になったクリスに対してスキッドでは対処し切れない危険すらあるのだから、攻撃を受けなかった事に関しては素直に喜んでも良いのかもしれない。

「……」

 それ以上はクリスの言葉は無かった。しかし、スキッドの両手にはクリスの華奢な胴体が震える感触が間隔を置きながら伝わるのが分かった。今度こそスキッドの中で自分の悲しみをぶちまけ始めたに違いない。



――建物の影の外にいる少女は……――



 スキッドとクリスの姿を離れた場所で、ディアメルはその二人の辛いやり取りを申し訳無さそうに眺めながら、俯いた。

(やっぱり……私だけずるかったのかなぁ……)

 周辺にもうこれでもかと言うくらいに響き渡る悲鳴やその他喧騒、泣き声を浴び続けながらも、ディアメルは自分が今このアーカサスの街道に立っていられる理由を思い浮かべる。自分の虚しげな表情を誰かに見られるのが嫌だったのか、赤いニット帽の前部を右手で引っ張り、目元を隠す。

 その光るような赤く、それなりにぱっちりとした瞳を隠す事で自分自身は周囲に対して感情を隠せると思い込んだのかもしれないが、目の前が暗くなった事によって、その過去・・・・が僅かに蘇ってしまう。



――■■大衆酒場の光景が脳内に再生される……■■――

―― あめぇよ!! この無能筋肉がよぉ!!

―― 終わりはてめぇだっバーカ!!

―― ミンチんなっちまえよぉ!!

―― 当たんねぇよっバーカ!!

灰色の皮膚、真っ黒なロングコート、黄土色の点に向かって伸ばされた髪、暴力性と若者の印象二つを兼ね備えた容姿。
そう、亜人バイオレットの、品の高さをまるで感じられない戦闘中のメッセージである。
どれも大人気おとなげの無いようなものではあるが、殺人鬼としては充分な迫力であった為に、強烈に焼き込まれているようだ。

実は大量虐殺ジェノサイドモードが開始される瞬間、ディアメルは酒場内のテーブルの下に身を潜めていたようだ。
ディアメル自身のその思い浮かべた空間で、そんなハンターらしかぬ臆病な姿が映された。

―> 立ち膝すら出来ないその高さのテーブルの下で……

―> 膝も腰も全て曲げ……

―> 頭を両手で押さえながら、うつ伏せになるかのようにうずくまっていた……

そんな中で、ディアメルは狂気の光景と音響を浴び続けていたのだ。
テーブルの下は一応バイオレットの眼には止まらなかったらしいが……



周囲に散らばる血液や、身体の一部や、激しく床に叩き落される誰かの胴体……。
悲鳴と共にどんどんそれらが増えて、散らばっていくその地獄の中で、
ディアメルはもう病気になってしまうのかと言うくらいに身体を震わせていた。

一人、また一人殺されていく度に今度は自分が狙われるのでは無いかと……
永遠とも言えるその時間、震え続けていた……

頭を撃ち抜かれて一瞬で絶命させられるのか……
直接命に別状の無い手足を破壊され、激痛にうなされる中でゆっくりと殺害されるか……

どちらにしても、それがディアメルに良い影響なんかを与えるはずが無い……

そして最後の最後、最後の最後にとうとうバイオレットに眼を付けられ……






 正直な話、よくあそこで自分一人だけ、あまりにも都合の良い展開で殺されずに助かったと今でも疑問に覚えずにはいられなかった。しかし、今ここで生きているとは言え、思い出して恐怖を覚えない事は無い。

(……)

 自分だけ一人、助かったが、その代わりに酒場にいた他の何十人と言う数のハンターが惨殺された。その中には例のあの二人の友人や、自分とほぼ同じであろう年頃の少年少女だって含まれていたが、全て例外無しに殺されている。

 それが、今ここで自分一人だけ、ここまで来るとその表現にしつこさすら感じられるかもしれないが、他のハンターが殺されたのだから、自分もあの酒場内部で殺されているのが普通だったのかもしれない。それによって、不公平が消失するのだから。

(そう言えば……テンブラーさんだったっけ……今どうしてるのかなぁ……?)

 一般常識で考えてみても通常ならば確実に助からないあの空間で、天文学的な数値を誇ったであろう確率で助かるその要因となった、あの紫のスーツ姿があまりにも個性的な男の姿がディアメルの頭の中に浮かぶ。

 出来ればもう一度出会い、そこで改めて礼を言いたかった事だろう。何せ、あの男は命の恩人なのだから。



(テン……ブラ……さん……)



――突然意識が遠のいた……――



 頭の中が白くなり、一瞬脚の力が抜けてしまう。そのまま症状が進行すればそのまま地面に向かって倒れてしまう所だっただろう。前日の惨劇を思い出したせいで目眩を起こしたのだ。

 だが、ディアメルはすぐに右膝を地面についてしゃがみ込む。殆ど道の中央とは言え、元々道は封鎖されているのだから、どこにいた所で大した問題にはならないと考えたのかもしれない。



――抜き取られるかのように、体温も急激に落ち……――



「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

 ディアメルは左手で額をニット帽越しに押さえながら、下を向いて激しく深呼吸を続けている。ある意味で、前日のバイオレットの虐殺行為はディアメルにとっては激しい心の傷となっていたのだろう。言わば、これは精神的外傷トラウマだろう。

 立ち上がる様子が無く、逆に誰かの手が無ければ自力で立てなくなっているようにも見えるが、周囲の人間は酒場に集中している為にディアメルの状態を気にする者はいなかった。

 全身から冷や汗が流れている事も本人は理解する。



――そこにやってきたのは……――



「ディアメル! ディアメルお前どうしたんだよ!?」

 スキッドの声が響き、そしてそれはどんどんディアメルへと近寄ってきた。

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