――とある街の一角で……――

酒場からある程度距離の取られた場所でも、当たり前のように軍隊の者が壊れた街の復旧作業や、
負傷者、及び死者の運送をし続けている。

街道をくまなく走り回る軍用トラックの排気エンジン音が様々な場所から鳴り響く。



「そうだジェイソン、お前んとこの連中、無事だったのか?」

 確実に少年と言う領域を超えたであろう外見を持つその金髪の男は、すぐ隣を歩いている赤い長髪の男にそんな質問を投げかけていた。

 白い網模様の水色の半袖シャツが非常に涼しげな姿を連想させ、僅かに黒い色を思わせる赤のズボンを着用している。そして両耳にはそれぞれ三つずつ、長方形のまるで振り子のように揺れるピアスを装着しているのだ。

 歩きながら、ジェイソンと呼ばれた男を横目で見ている。

「流石にアンハートの奴は少なかったが、おれのフレンドはそこまでテンダーじゃねえらしいぜ」

 その深紅の長髪及び、獰猛な龍の印刷された黄色い短いジャケット、そして外側に黄色い稲妻のようなラインの施された真っ赤なズボンが何とも特徴的だ。ジャケットも殆ど胸部ぐらいしか隠しておらず、露出した胸元や腰が、彼の特徴である筋肉質な褐色の体格をより強調している。ズボンも脛が見える程度に短く作られており、その姿は他の者と比べると相当独特である。

 ジェイソンの仲間は決して無傷とは言えなかったものの、そこまでもろくなかった様子であり、それに伴い重傷を負った者はいないとの事だ。



「そりゃ良かったぜ。こっちも何人か確認したんだけどな、死んじまった奴はいなかったみてぇでよ、ちょっと安心したぜ。オレんとこの奴ら誰も昨日酒場に行ってなかったらしくてよぉ、殺されねえで済んだってたぜ」

 すぐ隣の建物から重傷を負った男性が担架で運ばれる様子を感覚で確認しながら、フローリックは自分のハンター業の仲間達が偶然なのかどうかは分からないが、酒場にいなかった為にそこまでの被害を負う事は無かったと伝えた。

 最も、殺される可能性のあった場所は酒場だけには限られていなかったのだが。

「ヒアーした話だとな、ボーイとか、ガールも結構あの世に逝かされちまったらしいぜ? サッドな事だが、ヤングな連中はこう言う時に普段のパワー試されんだよなあ」

 そのジェイソンが聞いた話によると、ハンターとしてまだ経験が未熟な少年や少女も多く犠牲となってしまったらしい。悲しい話でありながら、経験の浅さが非常事態の回避に遅れを生じさせてしまったのかもしれない。



「そいつらガキとか殺されたんかよ? まあなんか分かんなくもねえよなあ。一緒に狩りとか行ってんだったらオレらがちょいアドバイスでもかけてやりゃあ大体は何とか出来っけど、多分そいつらって飛竜以外の連中の対策なんかぜってぇ学習してねえだろ? 多分そう言う未熟なとっから犠牲っつうもん生まれんだろうなあ」

 相変わらず、その低く張りの効いた声でフローリックはジェイソンのその話を聞き、自分なりの考えを述べてみる。

 ハンターは元々飛竜を狩猟する為の存在だ。決して対人戦に特化した人材とは言えない。だから強盗や山賊等の血の気に溢れた人間達と戦うには意外と向いていないのだ。そんな人間対策の技術を教えてもらえる訳でも無いのだし。

 それに、暗黙の了解として狩猟用の武器を人間に向けてはいけないと言うものだってあるくらいなのだから。

「またセイムな事件起きなきゃいいけどな」

 ジェイソンの言う通りである。これ以上似たような破壊活動を起こされては精神的にも辛いはずだ。犠牲者自身にならなくとも、他者がそうなったと言うその事実でも充分に苦しいのだから。



――そこに一人の男がやってくる……――



「おい! 君達、君達がフローリックとジェイソンか!?」

 突然横から走り寄って来たのは、赤を基準とした装備――服装とでも言うべきか――のギルドナイトである。赤いハットが多少お洒落な印象を与えながらも、その役職の都合上なのか、その声は決して若いとは言えない。



「ああ? ギルドか、なんか用か?」

 声及び、名前を呼ばれた事によって半ば自動的にその男の場所へと振り向いたフローリックはその男がギルドナイトである事を手早く察知し、一体自分達に何の因縁を吹っかけられるのかと、多少面倒な気分になる。

「第一ネームをスタートから固定させてるのも気になるがなあ」

 ただ呼ばれただけでは無く、まるで初めから相手を狙っていたかのように、名前すらも挙げていたのだから、ジェイソンがそこに気が向くのも分からなくは無い。



「私はエメットと言うんだが、テンブラーの頼みで君達にはなしたい事があるんだよ」

 そのやや中年の入った容姿をした男は、自分の名前を明かし、まるでテンブラーの代わりとでも言わんばかりに大切な話をしようと考えている。

「話ぃ? 何はなしてぇんだよ?」

 何か深刻なものを抱えている事は理解出来たが、やはり内容そのものはそのエメットの言葉だけでは把握出来ない。フローリックは相手が自分より年上である事もあまり気にせず、眉を潜めながらもう少し詳しく施させようとする。



「毒煙鳥の事だよ。君達、先日アーカサスに降りてきた毒煙鳥と戦ったって言うじゃないか。実はさっきギルドの調査隊が街の中で死んでる毒煙鳥を見つけてだ、検視解剖をした所なんだ」

 エメットは先日の街中で蹂躙していた毒煙鳥について、伝えたい内容があったようだ。しかし、解剖と言うワードを見るとその飛竜――厳密には鳥竜――そのものでは無く、その内部に話題があるようだ。

「その感じだとぜってぇ素材だの報酬だのって話じゃねえな」

 エメットの表情から大体の見当が付いたのか、フローリックは確かにあの時は毒煙鳥から皮等を剥ぎ取っていなかったし、事実上討伐に値するような褒美を何一つもらっていなかった。しかし、今はその話では無いと感じ取る。



「ああ、あの毒煙鳥、一般的にクエストに張り出されてる連中とは格が違う奴でさあ、とりあえず私に付いてきてくれないか?」

 エメットは前日の毒煙鳥がまるで非常に強力な固体であったかのような事を軽く説明するが、それより先の話は別の場所で行いたいらしい。歩き出しながら、二人を親指で前方を突きつけながら案内しようとする。



*** ***



 案内されたのはギルドナイトの基地である。本来ハンター達が依頼を受注する大衆酒場とは随分と距離を取った場所に設立されており、そこでは違法ハンターの取り締まりや、飛竜の分析や調査が行われている。

 それらはあくまでも全体の一部分に過ぎないが、金髪と赤髪の二人が案内されたのは≪飛竜管理室≫である。

 通路の端に設置されたドアは木材の内部に鉄を挟み込んだそれなりにしっかりとした作りながらも、外見自体に威圧感は存在しない。だが、そこを開けばもう話は別である。

 いくつも設置された長方形テーブル、そして椅子。まるで図書館のように設置された棚や書物は見る者をあっと言わせてくれるだろう。ドアのすぐ横に設置されたコルクボードには飛竜の写真が画鋲がびょうで止められており、その上から何か気付いた事でも書いたのか、≪○マーク≫やら、そこから線を引いて何かコメントが書かれている物も多々存在した。



「それじゃ、ちょっとこれを見てくれるか?」

 椅子に座った二人の男の目の前に設置されたテーブルの上に、エメットが紫色のバインダーを置いてその中を開いた。それを開くと早速と言わんばかりに毒煙鳥の写真と、その横に飛竜の簡単なデータが掲載された紙が映される。

「毒煙鳥だな? 一体なんのトークするつもりだぁ?」

 ジェイソンはその灰色がかった色をした鳥竜を確認し、テーブルに右肘を置きながらエメットに紺色の目を向けた。



「本来の我々の管理下にある狩猟地帯の毒煙鳥は攻めて≪上位≫とランク付けられてる固体までしか存在しないはずなんだ。だけど今回我々が発見したあの・・毒煙鳥・・・はあのゴムの皮の質があまりにも違いすぎたんだ」

 ハットを脱ぎながら、エメットはテーブルに開かれたバインダーの毒煙鳥の写真を指差しながら、説明を施した。

 やや茶色に近い金の短髪がどこか強さと誇らしさを強調させている。

「質が違うってのはあれか? どうせ流れ見たら普通のよりずっとえぇって言おうとしてんだろうが、どうせそうだろ?」

 いちいち呼び出してまで説明しようとしているのだから、先日の毒煙鳥が通常より弱い固体であると告白してくるはずが無いだろう。そんな読みを取ったフローリックは肘をテーブルに立てながらその先日の毒煙鳥を思い浮かべる。



「まあ、そう言う事になるな。所で、君達は上位のランクの狩猟には赴いてるのかね?」

 自分の言いたい事をあっさりと悟られて多少これからの説明に戸惑うエメットだが、それはこれから話す内容の一部に過ぎないのだ。残りはまだまだある為に、エメットは再び質問を問いかける。

「ああ結構行くぞ? オレら結構しょっちゅう行ってんよなあジェイソン」

 意外とあっさりとした返答だった。フローリックは隣に座っているジェイソンを横目で見る。

「だからおれらのウェポンだって上位のスタイル保ってんだぜ? 今度証拠のギフトルックさせてやっか?」

 ジェイソンも誇らしげに自分達が≪上位≫と呼ばれる世界でも上手く狩猟をしていると主張し、その証拠品である≪上位≫クラスの素材で作られた自分の武器を持って来ようかと出入り口に親指を差した。



「いや、そこまでしなくても大丈夫だ。君達は信用するよ。だけど良かったよ、君達が≪上位≫でも通用するハンターだった事が。あの毒煙鳥は並のハンターが戦ってたら確実に死傷者が出る程の固体でな、検視官の者達も正直驚いてたんだよ。最初に戦う飛竜だから、それに騙されてうっかり敗れてでもしてたらこっちも大変だったからな」

 やはり前日の毒煙鳥は大した実力の持たない新人か、それ相応のハンターならば歯の立たない強固な存在だったらしい。

 どうやらフローリック達は≪上位≫でも通用するハンターであるようだが、そんな彼らでも相当苦戦していたのだ。その力の差がどれ程のものであったのか、早急に知りたい所だ。

「やっぱその毒煙鳥っつうのは特別にスペリオルでもしたような≪上位≫以上の毒煙鳥なんだろ?」

 これから話される内容が予想出来たのか、ジェイソンは右の人差し指を回しながら何か特別な力でその戦闘力を超越された固体では無いかと推測してみる。しかし、その表情には曇ったものや、脅え等がまるで存在せず、まるで面白そうな表情を浮かべたままだ。



「結論から言えばそうなんだ。調べた結果なんだが、その≪上位≫の固体よりもあの皮の分厚さや強度も確実にまさってたし、毒袋の毒の強さもやっぱり≪上位≫よりも高い濃度が検出された。それから確実に誰かが注入したのだとは思うが、妙な薬品成分も検出されたんだ。まあそれは組織の者がやった事だとは検討が付くんだが」

 その毒煙鳥の各パーツの強さの説明を聞く限りでは、やはり≪上位≫より上のランクに位置する強さだったようだ。流石にその皮がどれだけ分厚く、頑丈なのか、また、毒素がどれだけの影響力を及ぼすかは詳しく知る事が出来ないようではあるが、単純に比べると言う意味で考えればその説明で大体は充分だろう。

「そん皮だの毒だのはどうでもいいとしてだ、結局≪上位≫以上の奴だったって訳か?」

 決してフローリックは素材に必要以上にこだわる性格では無いらしく、純粋に強さの定義を知りたかったようだ。その質問の返答を受ければ、もう彼の要求は無くなるはずだ。



「そうなんだよ。きっとあの強さは≪ジー≫級レベルに相当するかもしれないんだ。所で君達には後二人仲間がいたはずだが、彼らは無事だったのかね? もしそうだとしたら君達四人はなかなか見込めるハンターだと思えるんだが」

 一度エメットは毒煙鳥と戦っていた残り二人の姿を思い出すが、今この飛竜管理室にいるのはこのフローリックとジェイソンしかいない。つまり、二人が足りないと言う計算になるだろう。



 エメットがよく口に出していた≪上位≫とは、狩猟の世界に於けるランク、レベルのようなものである。

 飛竜達はその姿は同じであっても、生息地、環境、時間によってはその肉体的な強さが著しく異なる場合があり、それは時に経験の浅い者を容易く地獄へ落とす個体を生み出す事がある。

 ギルドはハンター達を管理する義務を背負っている為、無謀な狩りに挑戦させ、容易く命を落とさせる事を許されない。区域や飛竜を管理し、その飛竜の強さに合ったハンターだけ、正式な狩猟を許可するのだ。

 そして、ランクは決して≪上位≫だけでは無い。下のレベルである≪下位≫、そして、現在最高ランクと位置づけられている≪G級≫が存在する。順序良く並べれば、

≪下位≫ ⇒ ≪上位≫ ⇒ ≪G級≫

 のように飛竜の強さが上昇するのだ。

 今回の毒煙鳥が≪上位≫よりも強い固体だとすれば、それは恐らく現在発表されているランクに該当する存在と一致するのかもしれない。



「いちおあいつらは無事だぞ。ちょい今は別行動中だけどな。とりあえずあいつらはまだガキだけど、それなりにやってたからまあそこまでザコっつう訳でもねぇだろ」

 フローリックは一度、共に毒煙鳥相手に戦った残り二人の姿を思い出す為、天上にその威圧感の篭った細い目を向ける。

 恐らくその二人はスキッドとクリスであるだろうが、その二人はここにはおらず、違う場所で動いている最中だ。年齢はまだまだ幼い部類に入りながらも、狩猟の腕が認められているのは少し喜ばしい話だ。



「やっぱり君の仲間は皆力のある連中だと言う訳か。君の顔なんか見たら、弱い奴は簡単に捨て置いてくような気がするよなぁ!」

 エメットは毒煙鳥と闘った者全員が無事である事に関心を覚えたのか、その多少老けた顔に笑みなんかを浮かべ、そしてフローリックの生まれ付きであろうその気の弱い者ならば近づいてくれさえしない可能性のあるその常に怒りを混ぜたような顔付きに対して声を高ぶらせた。

 それは笑いを堪えられなくなった事の証拠であろう。

「オレってそんなにえぇかよ?」

 自分が強面こわもての男として評価されてしまった事に対して、フローリックは大して自覚が無かったのか、軽く眉を潜める程度で済ませる。



「ははは、冗談だって冗談。所で、一応あの毒煙鳥は君達が討伐したようなもんだろ? あんなのを放置されてたら街がどうなってたか、想像するだけでも恐ろしい。出来れば君達にあの毒煙鳥の皮を報酬として出したいんだが、どうだ?」

 今度は話題を変え始め、エメットは折角彼らが毒煙鳥を命がけで討伐してくれたのだから、それに似合う報酬を手渡そうと考える。≪上位≫よりも強い固体であると想定出来るならば、そこから取れる素材も相当優秀なものなのだろう。

「さっきその毒煙鳥、ドラッグの影響もリザーブしてたって言ってたが、オーライなんだろうなあ? こっちがヤク中にでもなったら勘弁だぜ?」

 素材を貰える事自体はジェイソンにとっても嬉しい話であるはずだ。

 しかし、前日の毒煙鳥は薬物を注入されているとここで聞いたのだから、副作用がその素材となる≪ゴム質の皮≫に影響を及ぼしていたらとても受け取る事は出来ないだろう。人間に害が忍び込まないとも言い切れないのだから。



「心配はしなくても大丈夫だ。あくまでもあの薬物は毒煙鳥の体内に取り入れられてただけだから、外側の皮とかには影響は無いさ。毒袋はちょっと強力になってるが、薬が関係してなくたってあんな毒塗れな塊に触ろうだなんて思わないだろ?」

 皮とは対照的に、≪毒袋≫だけは内臓器官と言う都合上か、体内で影響を与える薬物の影響を多少受けていたらしい。

 しかしエメットの言う通り、その素材そのものが毒と言う近寄り難いオーラを放ち続けているのだから、取り扱う時を考えれば薬物の影響は殆ど関係無いはずだ。通常、毒袋を持ち運ぶ際は専用の止め具を使い、口を厳重に閉塞へいそくさせるのだ。

「まあ確かにぃ……そうだよな。んじゃあとりあえずあいつらにも伝えとかんきゃな」

 それを聞いたフローリックは微妙な笑いを作り、そして共に戦ったあの二人の少年少女にもこの素材の話をしなければと、ふと室内の窓に目をやった。



「あ、そうだ、そう言やあギルドっつったら多分ネーデルっつう女いると思うんだが、そいつ今どうしてる?」

 突然思い出したのか、フローリックは毒煙鳥と同じく先日に出会ったあの青い長髪の少女について訊ねるが、もうギルドの方で処理されている事を前提で聞いている辺り、多少鋭い部分が見えてくる。

「あのなら尋問室で調査受けてるとこだよ。何せあの組織の一人だったからなあ、結構厳しく受けてるぞ。まああのはなんも躊躇ためらわずに話してくれてるから随分と素直なんだなあ」

 結局ギルドの者に捕らえられ、事情を聞き出されているらしいネーデルであるが、特に歯向かったり、反発したりはしていないようだ。あの大人しい性格は嘘では無いのが少し安心出来る所だ。



「やっぱあいつ見た目通りだったか。むっつりだったりしたら面倒だかんなあ、安心したぜ。所で赤殻蟹の野郎はどうなってんだ? あいつん事だからかなり厄介なんじゃねえか?」

 ネーデルに気があるかどうかは定かでは無いが、フローリックのそのネーデルに対する視覚的な性格判断は誤っていないようだ。しかし、問題はネーデルの兄の方である。

 昨日の最後の最後まで見せた悪足掻わるあがきを見ると、とても素直な態度を取るとは思えないし、誰も思わない。

「ノーザンの事だな。大丈夫だ、あいつの武具は全部奪ったし、ちゃんとボウガン持たせた衛兵も付けてる。抵抗はまず出来ないだろう。けど渋ってばかりで吐こうとはしないのがちょっと厄介なんだが」

 既に名前は知らされており、エメットはそのノーザンの厄介さを思い出し、表情を難しくしながら溜息を飛ばす。武器を構えた衛兵がいなければ取調べすらしてもらえないとは、相当性格面で信用されていないようだ。

 出来れば妹であるネーデルを見習って欲しいものではあるが、きっと彼は聞かないだろう。



「まあいんじゃねえのか? 元々あいつがアーカサスここ荒らしまくったんだし、それに妹ん事ゴミみてぇに使ってた糞野郎だし、あいつにゃあまるで同情なんか出来やしねえや。いっそん事刑務所ムショんでもブチこまれりゃいんだって」

 ネーデルに対しては多少なりとも手を抜いた尋問をしてほしいと願っているかもしれないフローリックだが、ノーザンに対してはまるで話が別である。悪そのものであるノーザンには非常に冷たい態度を示し、ある意味で彼らしい表現さえも出している。殆ど捨てているかのような空気である。

「おれがスィンクした事があんだが、メイビー、メイビーだぜ? またあいつのフレンドがリベンジしにおれらを狙ったりしてくると思ったんだが、きっとこのリーライジングはミステイク無しだぜ?」

 あまりにも解釈の難易度が高いであろうジェイソンのそんなメッセージが唐突に放たれた。

 彼が思うには、恐らくノーザンの仲間がまたどこかに現れ、そして自分達の前に立ち塞がるとの事だ。どこからそのような自信が来たのかはよく分からないが、その読みには間違いは存在しないとの事である。



「でもよぉ、こっから先あんな街一個焼くような奴がバンバン出てきたらこっちも溜まんねえぞ? オレら正義の救世主でもねぇってんのにこれからもずっと相手してろってか? やめろやそんなわっざわざ疫病神引っ張り寄せるような事言うの」

 相手が強力な力を持っているのはほぼ大前提な話ではあるが、フローリックはそれらの脅威と戦い続ける精神力があるかどうかで多少不安になり始める。決して体力不足と言う訳では無いだろうが、誰だってあの連中と戦い続けていれば気力が持たないかもしれない。

 何せ、ノーザンだけでは無く、あのバイオレットやデストラクトの事情もあるのだから。

「そうだ、そろそろおれら追悼式にジョインするんじゃなかったか? まだタイムは残ってるだろうが、タイムにはマージン持つのが常識ってもんだぜ。そろそろゴーアウトしようぜ?」

 どうやらこのアーカサスの街では後に追悼式が開かれるらしい。恐らく二人はそこに向かう途中だったのかもしれないが、その途中でエメットに出会い、毒煙鳥の事情を聞いたのだ。

 確かにこのギルドの基地からは去った方が都合が良いのかもしれない。



「そうだな、もう毒煙鳥の話も聞き終わったんだし。もうここ出っかぁ」

 ここでの目的はあくまでも毒煙鳥の話だったのだ。それが終わった今、もうここにいる理由は一応無くなったとしてフローリックは椅子から立ち上がり、半ば勝手に退室しようと、ドアへと向かい出す。

「死んだ連中のスピリット、ちゃんと弔ってやる必要もあるしな」

 ジェイソンも立ち上がり、エメットに挨拶の一環として右手を軽く上げながらフローリックの後ろに付く。



「分かったよ。素材の方は後で準備しとくから適当に期待しといてくれや」

 エメットもギルドハットを軽く左手で正しながらテーブルの上のバインダーを閉じる。



*** ***



「うあぁあ〜〜〜ぁあ……、なんで取り調べっつうもんはあんな時間かかるし、しかも中途半端に眠くなんだろうなぁ〜、うあぁあ〜……」

 ギルドの基地内の廊下を歩いているのは、紫色のスーツ、そして同じく紫のパナマ帽、ピンクのワイシャツ、真っ赤なネクタイと言った、まるで営業家でもあるかのようなしっかりとした格好の男だった。

 だが、欠伸あくびをしながら両腕を伸ばし、子供のような事を言いながら歩いている部分は多少頂けないだろう。隣にいるギルドナイトの兵士も多少困っている。

「それは貴方が酒場の現状を知る数少ない人間だったからですよ」

 そのギルドナイトの兵士はまだ経験が浅い為か、そのスーツの男に対して敬語を使い、その取調べを受ける事になった理由を告げた。



「なんかそれって俺の強さとかたくましさとか褒めてるように見えっけどなあ、あんな何時間もず〜っと質問に答えさせられてる方の身も考えてみろって話だよなぁ。俺アナウンサーとかやった事ねえからそこまで喋んのに耐性ついてねぇんだぞ」

 スーツの男は両腕を後方へと押し付けるように強引に伸ばしながら、恐らく相当な時間拘束されていたその空間を思い出してだるそうに愚痴を零し続ける。

「ですがこちらにとっては良い情報になりました。バイオレットと言う男の実力も分かりましたし、それによってこちらも対策をこれから練る事が出来るんです」

 それでもギルドナイトにとってはテンブラーの話は有力な情報源として役に立った事だ。特に今回ハンター達を虐殺し、そしてギルドナイトも数名亡き者にしたバイオレットの対策はこの先の重要な課題になるはずなのだから。



*** ***



「ん? あいつって……」

 ギルドの基地内の通路を歩いていたフローリックの遥か前方には、つい最近見かけたとある男の姿が映された。

 黙っていれば紳士的な風貌さえ見せてくれる紫色のスーツ姿ではあるが、その着用している人間を見れば、確実に『紳士的』と言う表現は崩れ去る。

「テンブラーだろ? なんであいつもここにインしてんだ?」

 ジェイソンもその姿を見てすぐに名前が浮かび、疑問形を残しながら首を軽く倒し、僅かにその深紅の長髪を揺らす。



「とりあえずよ、さっさとネーデルちゃん解放してやってくんねえか? あの結構デリケートなとこあっからあんま刺激したら泣いてまうかもしんねぇからよ、さっさと解放しろ……ってあれ? あそこになんか見覚えある奴らいんだけど?」

 名前はテンブラーであろうその紫のスーツの男は未だに隣を歩くギルドナイトに色々と言い続けていたらしい。しかし、向かいから歩いてやってくる二人の男を見て、足を止めた。



「つうかあれってフローリックとジェイソンじゃねぇかあ。お〜い、なんでそんなとこいんだよぉ?」

 テンブラーは二人の姿を確認するなり、隣にギルドナイトがいる事も忘れたかのようにその足を速め、その二人の男の元へと近寄っていく。しかし、テンブラーも色々と事情聴取をされていたのだから、彼も話す材料は多い事だろう。

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