結局大事なのは誰なんだ? それを考えると最早他人の事が目に入らなくなってしまう。
きっと人間は確実にそう言う生き物であるに違いないのだよ。



人間が最も愛するのは、所詮、血縁者なのさ。そうだろ? 血の繋がった奴にだったら全力を注げるが、
赤の他人がどうなった所で、俺には無関係だ、そんな事平気で思うだろ?

仮に他人に気遣ったって、この世には指じゃあ数え切れないくらいの人間が溢れてる。
いちいち気なんか遣ってたら逆にこっちの頭が壊れちまうぜ。だから、いくらかは放置するしか無いのよ。

もしお前の知人がいきなりあの世に逝ってしまったら、お前はどう考える?
原因を作った他人がすぐ近くにいるとしようか。どう考える?
いきなり想像しろなんて言っても、すぐには考えられないだろうが、実際はきっとこんな結論が出るはずだ。

相手の話も聞かないで原因を作った奴を即行で恨むだろ?
考えてみろよ。唯一、血の繋がった奴が、まるで繋がりの無い赤の他人によって死んじまったんだぜ?
そいつを許すなんてお前に出来るのかよ?

そいつが間違った判断とか決断とか取ったせいでもう知人が帰って来なくなったんだ。
そいつには永遠の償いをしてほしいもんだな。寧ろ、強請を推奨するぜ。



ははは、馬鹿な奴らだ。俺がちょっと誘導しただけで馬鹿な人間どもは争いなんかし始めたぜ……。
いい光景だ。力も無い一般人と、馬鹿力しか持たないハンターどもが争ってるぜ。
これは眼を離せない光景だ。互いに罵倒し合う姿はあまりにも滑稽だ……。
このまま延々と続ければいいのだ……。戦争が終わった所で、それは二次戦争を呼ぶ切欠にもなるのだよ。

まさかお前もこの中に加わってたりするか?
それは好都合だ。争え、殴れ、石を投げろ。そして叫んで、怒鳴って、喚け。



人間は些細な事から争う気の短い種族なのだから……










                            ――HAPPY STRUGGLE  /  SAUCY RAVEN――

                                  争いは争いを呼ぶ事を知らないのか?
                              しかし、争っている所を見ると妙にワクワクするのは何故か……

                          ◆  大侯爵アンドラスの趣味は、人間同士の争いを喜ぶ事……  ◆










「お前がこんなとこいんなんて正直驚いたぜ」

 白の網模様の入った水色の半袖シャツを着用した男こと、フローリックは向かい合う紫のスーツの男、テンブラーに対してここにいる事が不思議であるかのように、そう言った。

「ああ好きなだけ驚いてくれや。俺なんかずっと検察の連中から聞き込みされまくってよぉ、すっげぇ疲れたんだぜ? 朝から殆どず〜っとだったしなあ」

 別にギルドの基地内にいた事に対してそこまで驚く必要は無いとは思うが、それを言う辺りがとてもテンブラーらしい。

 きっと、休憩すら貰えずに仕事をさせられていたのかもしれない。



「聞き込みって、お前なんか派手なプレイでコントリビューションでもしたって言うのか?」

 龍が印刷された黄色く、そして短いジャケットを纏った筋肉質で長身の男、ジェイソンはどうしてテンブラーがわざわざ取り調べを受ける必要があったのか気になり、その原因を作る貢献でもおこなったのかを聞き質そうとする。

「ああ俺なあ昨日一人ぼっちで酒場に乗り込んだ訳よ。あそこで大量虐殺されてるって聞いたから即行で向かった……って昨日言わなかったっけ?」

 極めて単純な理由のように聞こえるが、実際に実行するとなるとそれは並みの度胸では成し遂げる事は不可能だろう。どうやらテンブラーは前日に説明したと思っていたが、相手の反応は意外なものだった。



「聞いてねえよ。お前昨日すぐいなくなっただろ」

 フローリックもその話は始めてのものだったのだ。テンブラーの思い込みで既に報告した事になっていたようだ。何故かフローリックの言い分の方が事実に聞こえるのが妙におかしい部分だ。

「あれ? そうだったっけ? じゃあまた説明してやんよ。酒場で色んなハンターども殺されてるって聞いたから誰か助けられたらいいかな〜って思ってだ、乗り込んで、んでバイオレットと戦ったのよ」

 テンブラーにとっては既知の情報だと思っていたようであるが、再び説明をし始める。

 話している内容には嘘や偽りは存在しないが、相当緊張感の抜けた話し方である。逆に言えば、助かっている事に対して素直に喜んでいるとも表現出来るのだが。



「お前随分気ぃりぃな。一応いちおお前あそこでごっそりハンターども殺されてんだろ? それねんじゃねえのか?」

 テンブラーの向かった大衆酒場では結果的に多くの死者が出たのだ。それを知っているフローリックはそのテンブラーのまるで気の抜けたような態度がその状況を説明するのに相応しくないと感じ、相変わらずの威圧的な声色で言った。

「いや違ぇよ。別にだらけてっ訳じゃねえぞ? まあ確かに色んな奴死んじまったけど、ずっと張り詰めてたら俺だって身ぃ持たねえだろ。今は今でちゃんとやんのが大事だとは俺は思うんだがな」

 本人は悪い考えを持っていた様子では無く、あまり過去に縛られすぎる事によって自分自身を壊してしまうのがいけないと考え、テンブラーは張り詰めていた自分の糸を緩めておいたのだろう。

 ただ、その死者の中にもし知人が含まれていたら彼もどんな対応を取るのか、想像はしたくないものであるが。



「ハンターの事セイブしようとしたって今セイしてたが、実際には何人か助けるのサクセスしたのか?」

 ジェイソンはテンブラーのたった今言った酒場へと向かったその動機を思い出し、それが実際に成功したのかどうか、訊ねる。

「いいや、スーパーヒーローみてぇに救助しまくるなんて無理だったぜ。俺が到着した時にゃあもう皆死んでる状態でなあ、そこら中もう血塗れよ。まあ一部除いてなんだけどな」

 きっとテンブラーは早急に到着し、そしてハンター達を護ってやろう、それくらいは考えていたのかもしれないが、実際は叶う事は無かったのだ。

 常に着用しているであろうそのサングラスのせいで目の動きを窺い知る事は出来ない。



「一部っては? どう言う意味だよ?」

 酒場では全員死亡したはずだと言うのに、その矛盾した一言の台詞が、フローリックに再度質問させる原因を作る。

「それか? 一人だけ助かったんだよ。女の子でな、バイオレットに散々弄られて殺されるってとこで俺が到着してだ、何とか助かった訳よ。確か名前なんつったっけなぁ……んと、あ、そうだ、ディアブロ……あれ? なんかちげぇような……ディスペル……だっけ……? まいいや、とりあえず助かった訳!」

 唯一、殺される前に酒場から脱出させる事に成功した女の子を思い出すテンブラーだが、名前を正確に思い出す事が出来ず、その問題を放置したまま、救出に成功したと言う事実だけを強く強調させた。



――ディア・・・ブロ・・でも、ディス・・・ペル・・でも無く……    ディアメルだ――



「誰だか分かんねえけど、そいつ随分ラッキーな思いしたんじゃねえのか? 他は皆死んだってのにそいつだけ助かって。んじゃあ……そいつ以外はもう全員手遅れだったって訳か?」

 一人だけ無事に助かったのは良かったかもしれないが、その他のハンター達の事を考えるとどこかゾッとする。

 フローリックは分かり切ったような事を、敢えて聞く。

「まあそう言う事んなるだろうなあ。まだやり足りねえ連中もいただろうに、可愛そうだぜ。あ、そうだ、自力で逃げた連中もいたんだよ。女二人でな、また女の子ともう一人は俺らぐらいの歳の女だったぜ」

 一度死んでしまったハンター達に冥福を祈るかのように、通路の窓を見た後、テンブラーは突然他にあの酒場で助かった人間を思い出し、その二人の年齢的な特徴を告げた。



「助かった奴もいっけど、死んだ奴の方が多いってのが今回の結論になんじゃねえか?」

 フローリックも死亡してしまったハンターを虚しく思い、テンブラーと同じように通路の窓を眺める。自分達が運良く生き残った以上は死んだ人間の分も生きなければいけないと、心の奥で語っているようにも思える。

「ハンターがギャザーするエリアでこんな事頻発してたらトラストも無くなっちまうからなあ。とりあえず今は復興と、周りからの信用取り戻す事でハードワークになりそうだなあアーカサスは」

 ジェイソンは死者への弔いでは無く、襲われた事によって物理的にも、精神的にも大きな爪痕を残してしまったアーカサスの街のこれからを考えた。

 折角世界各地のハンターが集まり、力を見せるその街でこれだけの巨大な事件が起きてしまえば、近辺の市町村からは治安の悪い場所として恐れられてしまい、人が減少するだろう。

 そうなればハンター業の質が確実に低下する為に、それを防ぐ為にきっと街全体が力を尽くすのだろうとジェイソンは考えたのだろう。



「あ、そうだ、そう言やあアビスはどうした? なんかあいつと久々会ったからよぉ、ちょいまた会って色々喋りたくなったぜ。今どこいる?」

 テンブラーはようやく話がある程度区切りをつけてくれたと悟ったのか、話題を突如変え、あのどこか頼りない少年の名前を出して、直接出会おうと考え始める。

「アビスか? あいつだったらミレイと病院行くって聞いてんぞ。勿論ミレイからそうやって聞かされてんだけどな。アビスの奴どうせまた寝坊でもしてミレイ困らせてんだろう。ほんっとあいつったらどうしよもねぇ奴だよなあ」

 ミレイから予定を聞いていたフローリックであるが、それを聞かされている時はまだアビスは自宅で睡眠を取っていた時である。時間の管理も出来るミレイと異なり、アビスは結局このような時でもだらしない姿を見せてしまうのだ。



「いんじゃねえの? アビスだって多分これから色々あってまともに強くなってくんじゃねえの? 一応あいつだって男なんだし、きっといつかはミレイちゃんぐらい身体張って護れるぐれぇたくましくなんだろ? じゃねえとあいつの将来が心配だな」

 テンブラーはアビスを期待しているのか、右手で紫のスーツを軽く持ち上げながらこれからのアビスの行いを思い浮かべてみる。本当に男らしい姿を見せてくれる時が来るかもしれないと。

 最も、現時点ではどう考えてもアビスよりもミレイの方が数倍は強いし、護れる日が来るかどうかも疑問視されるのだが。

「結局お前も心配してんじゃねえかよ。けどそう言うとこがあいつらしいんかもな。でもこれから何が起こるかも分かんねってのにあんないざって時に力見せらんねえ奴でいいんかって話だけどな」

 心配なのはほぼ全員一緒であるらしい。フローリックはそれでもアビスのそのような性格が彼そのものを作り上げていると感じるなり、何故か笑いなんか零れてしまう。決してアビスが邪魔なのでは無く、いたらいたで何かしらの面白さがあるのかもしれない。



「じゃあそろそろよ、行くか? どうせお前らも行くんだろ、追悼式。死んじまった奴らん為にもちゃんと生き残った俺らが拝んでやんねえとあいつら天国か地獄のどっちかで恨んでくんだろうし、後でエルシオの奴も話あるみてぇだし」

 テンブラーはもうここにいる者達が時間の流れと共にどのような予定を組み込んでいくのかを全て読み取っているかのように、もうこれから開催されるであろう式を口に出し、テンブラーも窓を見た。

「エルシオ? あぁあの猫か。ってかあいつ何の話あんだよ」

 猫人と言う種族でありながら、特徴的な語尾を付けずに話すあのベージュの毛並みの猫人を、フローリックは思い浮かべる。しかし、その話の内容の予測がそこまで難しいとは思えないのが実に不思議である。

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