――そして、遂に行われる追悼式……――

一体どれだけの人々がこのアーカサスで命を落としてしまったのだろうか。
とむらう為に行われる式でありながら、これを遺族から許される保証は無い。

決して笑顔を見せられない式……
  決して祝えない式……
    決して面白くのない式……

しかし、街はしなければいけないのだ。

  追悼式を……






 ここはアーカサスの広場である。街の中心部に位置し、その空間の規模は相当なものだ。周辺に建設された建造物がまるでこの広場を監視しているようにも見える。

 その広場の更に中央にはなかなか大型のサイズである噴水も備えられており、中央から噴き上げられる水が街に住む者に涼しい空気や視覚を提供してくれる。最も、今はその空気はただの見かけ騙しでしか無いのだが。

 今は多くの人々が集まっているのだ。まるで戦う力を所持していないかのような、一般服の人達や、まさにハンターの街に相応しい武具を纏った者達や、その他商人あきんどの者等、あらゆる立場の人間が集結している。

 そして、白い小規模な階段付きの高台にいるのは、臨場しているギルドマスターだ。



「我らが誇りに誓うこのアーカサス。先日の惨劇が多くの命を奪っていった……。ハンターは時代を乗り超え、そして新たな時代を作り上げていく。ハンターとは後進に新たな知識と勇気を与え、我らの世界の調和を保つ存在なのだ……。それがこうも簡単に打ち破られたのだ」

 式辞は既に終わっているらしく、ギルドマスターは小柄ながらもその髭を備えた威厳のある表情で、本来のハンターがどんな姿であるのかを、大勢の人々の前で誇らしく、そして静かに語る。



 ここに集まっているのは殆どが遺族・・なのだ。感覚を研ぎ澄まさなくても、至る所から泣き声が聞こえる。主に女性のものが大半をしめているが、老若ろうにゃくの分別をする余裕も無い程に入り乱れている。

 泣いている本人のすぐ近くでも、また泣き声が聞こえているのだから、そこに気遣いは必要無いのかもしれない。手に握られたハンカチが非常に冷酷な湿り気を見せ付ける。



(うわぁ……やっぱ泣いてる人多いんだなぁ……)

 この人々の中にはアビスの姿があった。紫と言う多少特徴的な色をした髪を持っていながら、その表情はお世辞にも凛々しいとは言えず、そしてハンサムとも、不細工とも言えないその少年は、後ろを振り向いて背後にいる人々の泣いている姿をしばらく見続けていた。

 自分と比べると僅かながら歳が上のようにも見える容姿の女性や、確実に自分の歳の倍以上は余裕で進んでいるであろう老けた容姿の女性が目に入り、そして夢中になったかのように目を離せなくなってしまうが、



ドン……



 それはアビスの右からやってきた誰かの左手だった。赤いジャケットの袖に包まれたその腕は、後ろを向いたアビスの身体をやや乱暴に叩き、無理矢理アビスを正面へと向き直らせる。

「アビス……。あんまり後ろ見ない……」

 隣にいたのはミレイである。眩しさすら感じ取れる事のある深緑の髪のすぐ下で、その青い瞳を緩めではあるが、尖らせている。人が溢れる空間だからか、その声はこそこそと小さいものであるが、その目つきは確実に怖いものがある。

「あ……あぁ、悪い……」

 アビスも声を小さくしながら、注意をしてきたミレイに一言渡す。

 ミレイの右にはノースリーブの黄色い上着と、白と水色のストライプベスト、そして赤縁あかぶち眼鏡――視力が悪い事が理由では無い――が特徴の少女、デイトナの姿があり、アビスに飛ばされた注意に反応してか、無言でアビスを見ていたが、特に怒った様子は無い。やはり付き合いがまだ短過ぎるからそこまでする必要は無いと考えたのだろう。



 アビスとデイトナに挟まれる場所に立っているミレイはアビスがちゃんと前を向いたのを確認するなり、ミレイ自身もギルドマスターの総説に再び意識を集中させる。



「しかし、我らは彼らの死を改めて受け止め、ハンターとして、そしてアーカサスの街の為に、力を尽くさなければならぬだろう。悲しみに落ち込んでしまった者もいるし、その場では強く辛抱しても、伏在している者もいる事だ。我らは決して死者の魂を祈る事を決して忘れはしない」

 ギルドマスターは、天に昇っているであろう魂を見上げるかのように、空をゆっくりと眺め、その状態で再び演説する。死を乗り越えて、壊れたものを再建する事こそが生きる者への義務とでも言うかのような、そのような内容である。



*** ***



 アビス達の元から多少距離があり、だが人の多さから、確実に目でその場所を確認するのは困難だと思われるその場所に、別のグループの姿があった。

 それでも、ギルドマスターによる総説が途切れる事は無いし、聞こえなくなる事も無い。

「人の心と言うものは大層たいそう邪悪なものである。捻じ曲がった知恵や計り知れない権力、そしてそれらが総合し、誤りの倫理観さえも生まれ、他愛の無い戦いを生み出してしまう。あの者達もそうであるが、我らも今一度、自分を見直す時なのかもしれぬ」





「あぁ〜、なんか随分堅苦しい事喋ってんなああの爺さん」

 茶色のジャケット、開いた前方から見える灰色シャツ、つばのある黒い帽子からは濃い茶色の髪が食み出ているが、その髪は尖った印象がある。

 この少年こと、スキッドは日常会話ではまず見る事の無いであろうそのギルドマスターの非常に改まった、まるで参考書をそのまま読んでいるかのような話し方に窮屈な思いを感じていたのだ。

「……」

 スキッドの右にいるのは白いパーカーを着用している女の子こと、クリスである。その生地の柔らかな質感が少女と見事に組み合わさり、外見的な愛らしさを上昇させている。

 しかし、当のクリスは軽く俯いており、そしてまるで口を開くような様子を見せていない。最も、演説の最中に私語をするのは妨害行為に当たるのだから黙っているのが当たり前なのかもしれないが、きっともっと別の意味が秘められているのだろう。



「クリス? おい、クリス、大丈夫か?」

 スキッドはクリスがまるで反応してくれないその様子が気になり、無理矢理にでも何かしらの反応をさせようとクリスの左肩を軽く叩いた。

「ん? あ、うん、一応大丈夫だけど……」

 クリスは自分がそこまで気分が下がっていないと笑顔を作ってみせるが、無理をしているようにも見える。まるで心の奥で払拭ふっしょくする事の出来ない闇に取り付かれているかのように。



「なんか……ギルドマスターさんのおっしゃってる事、あんまり皆が納得してくれないような気がするんですが……」

 スキッドの左側にいるのはディアメルである。赤いニット帽と黒いロングのニットベストの毛糸の感触が柔らかさと可愛らしさを表現しており、白と黒のチェックが目立つ長い袖が二つの腕の細い様子を強調させている。

 今はその多少小さい手をそれぞれ握り合い、ギルドマスターの総説が本当に遺族に対する慰めになっているのか、疑問を抱く。



「人は確かにいつかは滅び、朽ち果てる。この自然の法則には誰も歯向かう事は出来ぬ。しかし、この事件は自然の法則を無視した死を残酷に手渡した。なぜ滅びなくてはいけないのか? 我々は悲しい気持ちで溢れ、それでも尚、迫り来る悪夢と立ち向かう一心じゃ。決して死を無駄にする事はしない」

 ディアメルが小声でスキッドに話しかけている間も、ギルドマスターの老いた声が周辺に大きく響き渡っている。



「ああ……、なんかオレはよく分かんねえけど、あんま納得出来るような感じじゃねえよな……?」

 スキッドがギルドマスターの総説を理解しているのか、非常に疑問の残るような返答であるが、ディアメルはきっとギルドマスターのそれは理解しているだろうから、問題はきっと無いだろう。

「一応ここに来てる方達って……死んだ親族の方が悲しくてここ来てる訳じゃないですか……? なんだかギルドマスターさんの言ってる事って、ハンターの話が多いような気がしますし、慰めって言うよりはなんかこう……死ぬって事に関する説教聞かされてるような感じもしますし……それが式だと思うのでしょうがないとは思いますが……」

 ディアメルは小声でスキッドに自分なりの考えを話し始める。ここで亡き者となってしまったのはハンターに限定された事では無い上に、あくまでもディアメル自身の観点からではあったが、彼女の言う通り、説教になっていると言うこれらの事情が、この追悼式の意味合いに強い疑問点を残しているのだろう。



「うん、確かにここって、ハンターじゃない人も結構来てるから、ちゃんとそこんとこはギルドマスターも理解してると思うよ……? ハンターだけ贔屓ひいきするとも私は思えないし……、この街の人全員をちゃんと考えてそれでこそ本当の追悼式だと思うし……」

 クリスはいつの間にかほぼ完全に、と言っても良いほどにその落ちていた感情を回復させており、ギルドマスターがハンターの死だけを対象にしているとは考えられないと、ギルドマスターに対してフォローを試みる。

「確かに、だよな。ちゃんと考えりゃあ一般人無視って考えんのも早すぎだと思うしな」

 スキッドはクリスの意見を聞いて、一度自分の考えを改め直す。それでも周辺に響く泣き声が止む事はまるで無いのだが。



*** ***



 また離れた場所に、一つのグループが存在していた。前述された二つの少年少女のグループとまた離れた場所に、その一つのグループが存在する。

 今度のメンバーは、誰一人として外見的な歳が幼く見える者が存在せず、全員が大人として認識される顔立ち、体格、風貌を持ち合わせている者であり、同じくギルドマスターの総説を聞いていた。



「我々の街を繁栄させるハンターが亡き今、ここで我らは天に昇ったハンター達の名をここにあげていくとしよう……」

 高台に登ったままのギルドマスターは、台の下で横に並んでいる何人かのギルドナイトの一人から、何枚か束になった紙切れを受け取った。

 それにしても、この街で死んでしまったハンターの名前を一日足らずで集めるとは、ギルドもかなりの情報収集力の持ち主であると窺える。



「あんまいい気分しねぇよなこれ……」

 周囲を軽く見渡しながら、フローリックは両耳にそれぞれ装着した三つのピアスを揺らす。

「式はフェスティバルじゃねえんだ。サッドネスなんだよ、サッドネス」

 当然追悼式の意味を知らないと言う事では無いだろうが、ジェイソンはこの式がもたらすものが祭のような道楽なのでは無く、悲しみだけなのだと、ジェイソンにしては珍しい真顔でそう答えた。



「だけど今はおれ達に出来る事は、祈る事、ただそれだけじゃないかな? この中に女の子も含まれてると考えるともう……」

 白い半袖シャツにジェイソンの纏っている物と酷似した黒いベストを来た男こと、ギルモアは、フローリックとジェイソンの後ろで自分達に出来る事がその一つだけであると言ってみるも、自分が本来好きだったものも既に亡くなってしまっていると考えるとどうも切なくなってしまうようだ。

「おいおいそんな事また言ってたら野蛮男にまた脅しかけられんぞ? 黙ってりゃいいのに」

 紫色のスーツを纏った男であるテンブラーは、ギルモアと言うその多少肥満体質の灰色の髪の男を見ながら小さく笑う。すぐ右にいるギルモアはその様子だと誰よりも深くこの追悼式を受け止めているのかもしれない。



――しかし、左側も気になり……――



「所でそっちは大丈夫なのか? 随分頼られてる気ぃすんだが」

 テンブラーの隣にいるのはギルモアだけでは無かった。左を見てもそこには確実に顔に見覚えのある人間が立っていたが、このメンバーで考えると唯一の女性となるだろう。

 しかし、厳密にはこの女性が一人だけとは言えないのかもしれない。

「私は大丈夫だが、事態が事態だからなあ……」

 薄い紫のロングヘアーと黒いテーラードジャケットと呼ばれる上着を着用した女性がふと下を見ながら、テンブラーへと言い返す。恐らく周囲も騒がしかったから聞こえなかったのかもしれないが、その女性――名はフューリシアであるが――のすぐ下からは泣いている声が聞こえている。

 勿論フューリシア自身のものでは無いし、特殊能力のようなもので口以外の器官から声を発している訳でも無い。フューリシアは、別の女性を抱いている所だったのだ。

 その茶色の髪だけが映されるが、顔面はフューリシアの胸元に押し付けられており、窺い知る事は出来ない。

 しかし、泣いている事に間違いは無く、今も尚、フューリシアの中で身体を震わせている。



「やっぱ友達死んじまったら誰だって耐えらんねえかんなあ。あんたみたいな奴がいてくれて安心してんだろうなあ」

 テンブラーはそのフューリシアの中で泣いている女性の名前も、関係も詳しくは分からないものの、自分を支えてくれる人間がいるかいないかで状況は大きく変わるものだとその場で知ったような気がする。

 紫に染まったズボンに両手を突っ込みながら、死亡したハンターの名前を読み上げているギルドマスターへと目を向け直した。



*** ***



「マルク・ボブリット……、優秀な片手剣使いで、怪鳥の討伐の腕前を買われていたハンター。アンカーソン・ペトル……、ハンマー使いで、多くの後輩を従えたハンター……。デイビー・ナット……、努力家のハンマー使いで、以前は鋼風龍に勇敢に挑んだ一人じゃった……」

 既に何人もの名前がギルドマスターの皺だらけの口から出されているが、これはほんの一部に過ぎない。

 天にと安心して昇れるようにと考えてなのか、ギルドナイトの何人かがギルドマスターを囲うように立ち、喇叭ラッパで哀歌を奏でている。物静かで、その名の通り悲しい音色である。

 しかし、名前が一つ出される度に、色々な場所からより一層大きな叫び声にも近い泣き声が放たれる。元々騒がしいと言うのに、そこに更にワンステップ上の音量が飛んでくるのだ。一言感想を述べるとしたら、凄まじいの一言に尽きる。



「ゴルム・アウトレン……、屈強なボウガンハンターであり、鎧壁竜を相手に優秀な成績を残した……」

 名前を出し始めたギルドマスターの様子を見ながら、アビスは決して泣く様子は見せなかったが、何故か妙に胸騒ぎなんかを起こし始める。

「なんか……ヤバそうな気ぃすんなぁ……」

 本当ならば心の中で呟くべきだろうが、アビスは周辺の様子に圧倒され、思わず直接口に出してしまう。しかし、周囲も非常に煩くなってきている為、その程度の小声はすぐ右にいるミレイにすら聞こえないだろう。



 そのミレイの方は、アビスよりもずっと長い間このアーカサスの街で暮らしてきているのだ。アビスはまだこの街での知人は相当少ないだろうが、ミレイは話が別である。

 その為、ミレイもひょっとしたら感情を爆発させたい気持ちで一杯なのかもしれない。しかし、その様子はまだ見えない。



――周辺では……――



「ツバ……サぁ……ツバ……サぁ……!!」
「テイリアぁ……死ぬなよぉ!!」
「なんで……ザン……死んだのぉ!?」

 既に名前を呼ばれた故人の名前を叫ぶように呼びながら泣く人間が多数、この広場にはいた。単独で泣いているのか、誰かに縋り付いて泣いているのかは見なければ分からないが、ミレイは背後を振り向く事をしなかった。

 だが、そんなミレイも心でとある心配をしていたのだ。

(あたし……大丈夫かなぁ……。デイトナ、頼むから泣かないでね)

 至る場所から飛んでくる悲鳴を強制的に受け止めながら、ミレイはすぐ右に立っているデイトナに何かが起こらないよう、手も言葉も出さずに祈っていた。ミレイは知らないだろうが、これでもデイトナは一度、友人の死を理由に病院内で泣いたのだ。アビスの前で。因みにその友人はミレイにとっても大切な存在であった。

 その時はアビスに慰めてもらっていたが、アビスがいなかったらもっと深い闇に襲われていたはずだ。



「ん? ミレイ、なんかあった? あ、別にワタシは大丈夫よ? もう、大丈夫だから! そんな心配しないでよ」

 自分の事を見続けていたミレイが気になったデイトナは、軽く左手を顔の前で振りながらそこまで気を使われなくても大丈夫であると伝える。もう既に泣いたのだから、きっと大丈夫だろう。

「そ、そう?」

 悟られたと思ってミレイはどう対応すれば良いか迷うが、すぐに選択肢から選び、そのように言い返した。



「コウ・アルベルン……、新米ながらもランポスの狩猟で一目置く片手剣ハンターじゃった……。ニルクレット・タリエン……、双剣使いで一度神山龍すらも撃退した経験を持つ女性のハンター……。エリシャ・リアライト……」



――エリシャ・リアライト……――



 この名前が出された瞬間、デイトナの緑色の瞳が大きく開かれ、そして輝きすらも失われる。

「!!」

 まるでその一言がデイトナの生命活動すらも奪ってしまうかのような動揺ぶりである。驚いているようにも見えるが、直接少女に問い質すには無理があるかもしれない。



「太刀を振るう姿は随分と勇敢なものがあったのじゃ……」

 ギルドマスターのその短い捧げ言葉が終わる。

 同時に一気にデイトナに異変が起きるが、それをミレイは見逃さなかった。



(やっぱ……無理かなぁ……?)

 ミレイは横目で右にいるデイトナを少し申し訳無さそうに見ていたが、僅かに俯き、震えているのが分かる。

「ミレ……イ……、ごめ……ん、やっぱ……り……無理……かも……」

 喉の奥から突き破って現れるような力を必死で堪えながら、ミレイに謝罪なんかをするデイトナであるが、その理由は確実にミレイは分かっているはずだ。そして、何が無理であるのかも、分かっているはずだ。



「いいわよ……。気にしなくて……」

 ミレイは小声で震えるデイトナに呼びかけ、そのままデイトナを自分の華奢ながらも力強い動きを見せてくれる身体へと引っ張り寄せる。

 デイトナも眼鏡を額へと左手で素早く、そしてやや乱暴に押し上げるなり、ミレイの胸元へと顔面を押し付ける。張り飛ばしたいであろうその声を抑えているが、嗚咽おえつだけはミレイの中で小さく響いていた。

 ミレイは自分のすぐ下に見えるオレンジ色の整えられた髪を悲しそうに見詰めながら、自分だけは絶対に泣かないようにしようと一層精神を引き締めた。



(俺ちょっと気まずいかもなぁ……見ねぇ方いいよなぁ……? ってかミレイ強えぇ……)

 アビスのすぐ隣、右側ではあるが、そこではミレイがデイトナを慰めているのだ。状況が状況であるものの、少女同士が抱き合っている所を見るのは非常に気難しく思えるものである。だからアビスは出来るだけ横を見ないよう、まるで横から流れてくるある意味おぞましい光景を紛らわすかのように、ギルドマスターのいる高台ばかりを見詰める。

 少女ながらも、簡単には泣かずに耐えているミレイの姿には関心を覚えながらも。



*** ***



「イルビー・メイトリアルス……、弓を扱う女性のハンターで、リオレイアを何度も討伐していた……。レイル・バリス……、屈強なランス使いで、他にも色々と武器を使っていたのじゃが……。ルーテシア・マクレイガー……」



――ルーテシア・マクレイガー……――



 ギルドマスターの出したその名前に反応を覚えたのは、アビス達と距離を取って式に参加していた三人組である。

(ルーテシア……。安らかに、ね……?)

 赤いニット帽が可愛らしい少女、ディアメルは、もう下手に泣き腫らして周りに迷惑をかけないようにと、両手を握り合わせながらゆっくりとその赤い瞳を閉じた。

「クリス……お前はもう大丈夫だろうなぁ? 泣いたりすんなよ?」

 つば付きの黒い帽子を被った少年、スキッドは、すぐ左にいるクリスを心配し、そして周囲にいる人間と同じような末路を辿らないようにと、念押しもする。

「うん、大丈夫。もう泣いたから……うん、スキッド君に面倒かけたりはもう、しないから」

 今ここにいる三人のメンバーの中では唯一、何一つ被り物をしていないクリスは頭のやや上部の後部から伸ばした明るい茶色のツインテールを小さく揺らしながらスキッドへと振り向き、軽い笑顔を見せた。

 泣けば、酒場でルーテシア達を見た時のようにスキッドをまた困らせてしまうと考えた為に、もうこの場では泣かないと決めたのだ。ディアメルだって耐えていると言うのに、自分だけ弱い部分を見せる訳にはいかないと、きっとそこまでも考えてみたに違いない。



*** ***



「サム・レディアント……、柔白竜討伐で一つの名を手に入れた片手剣ハンター……。ウェルヒル・レプシン……、ガンランスを操り、双角竜の討伐で名を上げた男だった……。ポルート・ヴァーカアルホ……、大剣の指導に一役買った大物ハンターじゃった……。以上を持って、天へと昇られた戦士達の名上げは終了じゃ……」

 一体どれだけの時間を使い、ハンター達の名前を挙げたかは分からない。しかし、ギルドマスターの表情には明るいものは全く見えはしない。その皺だらけの顔にはやはり、悲しいものが映っていた。



 再び耳を澄ませば、様々な場所から泣いている声が響いているのがよく分かる。それを強引に押さえ付ける権利は誰にも許されていない。

 自分の父を、母を、兄を、姉を、弟と、妹を、息子を、娘を、友人を、知り合いを、家族を、親族を、先輩を、後輩を、その他様々な関係者を殺されたこの悲劇を、誰が納得してくれるのだろうか。

 ギルドマスターも心が痛いはずだ。



「なんか聞いた事ある名前の奴も呼ばれてたよなぁ……。お前んとこも何人か駄目だったかぁ?」

 ようやくギルドマスターがハンター全員の名前を読み上げた所に、テンブラーがすぐ右にいる白いシャツの多少肥満体質な男であるギルモアに喋りかける。

 テンブラーのサングラスはこの時は光の反射を見せ付ける事は無かった。

「とりあえず大丈夫だったよ。何人かは病院で寝てるんだけど、死んでなくて良かったぜ。きっとフローリックも喜んでると思うし、もうこんな式はこりごりだよ」

 ギルモアはその大柄な体格、小さな子供ならば泣いて逃げ出すような硬い印象を思わせる顔付きとは対照的な気さくで控えめな口調で答えた。彼の外見的な年齢から、その入院してしまった者達も年齢に相応しい実力を持った者が揃っており、死だけは免れる事が出来たのかもしれない。





「なんで父ちゃんが殺されたんだよ……」
「もう生きる理由なんかねぇよ……」
「明日からどうやって生きてくんだ……」
「ギルドは何してたんだよ……」
「娘が殺されるなんて……」



 至る所から悲しみの声が聞こえる。正直な話、その全てを受け取り、何かに記そうと考えるのは馬鹿であると言いたくなるくらい、量は膨大であった。もう誰が何を喋っているのか、その喋った内容がどこの誰のものなのか、判別するのも馬鹿らしいと思えてしまうくらい、本当にその量は膨大であった。

 親族や知人に対する嘆きが殆どであるが、よく聞いてみれば、何かを責めているようなものも見つかるのがやけに恐ろしい。



「ギルドナイトってこの街護るのが仕事なんだよなあ?」
「確かにそうだぜ。だからおれ達安心して暮らしてたってんのに」
「変な生物みたいなのとか、人間みたいな奴もいたけど、ギルドは何してたんだよ!?」
「飛竜しかまともに相手出来ないのか! ギルドは!」

 追悼式に集まった人々の中から、そんな声が怒鳴り散らされた。本来のギルドナイトはハンター業の全てを掌握し、その他の取り締まりも行う。そして、街に危機が迫った時には総動員で解決するのが役目である。

 しかし、この現状を見れば、とても役目を果たしていたとは思えないだろう。力を持つ者を信用していたのに、最終的な結果がこれだけの死者を生み出したのだ。住民の怒りはとても払い切れるものでは無い。



「待て! 私達は手を尽くしたのだ! 決して死者を放置するような真似は――」
「今回の敵はあまりにも強大だったのだ! 我々が助かっただけでも運が良かったもので――」
「実際に私達も何人も戦死した! 悲しみに打たれてるのは皆だけでは無い!」

 怒鳴り立てる住民達に対抗するかのように、ギルドナイトの何人かも前に出て自分達の意見を主張する。恐らくふところに小型武器を隠し持っているのかもしれないが、彼らがそれを取り出す様子は見せない。相手は武器も無い一般住民なのだから。



「相手が何だろうがおれらを護るのがギルドナイトだろう!」
「強いとかそんなもん理由になんねえよ!」
「爺!! お前ハンターしか相手してねぇだろ! 他の人はどうしたんだ!」
「弱いくせにナイトとか誇ってんじゃねえよ!!」

 しかし、住民の怒りは収まらず、周囲から放たれる罵声が止んでくれる事は無かった。言い訳がましい事を言うギルドナイト達に更に怒りを覚え、それに相応しいものを乱暴に送りつける。

 そして、『爺』とは確実にギルドマスターを差しているだろう。



「待つのじゃみなの衆! ただわしはこの街をいたわり、護ってきたハンター達に最期の別れを告げる為に――」

 ギルドマスターも高台に乗ったまま、何とか怒りを静めようと再びメガホンを強く握るが、遮られる。



「言い訳なんて聞きたくねえよ!」
「色んな人が死んだのが事実なんだよ!」
「そう言えばあいつらハンターの事狙ってなかったか!?」
「結局おれらってハンターのせいで巻き込まれたんじゃねえかよ!」
「一般人も巻き込んだってのか!?」
「ふざけんじゃねえよ!! いつも口ばっかだってか!?」

 何故か、一般住民達はハンター業とはほぼ無縁に生きてきた人間達の方へと内容を変えていた。もし今回の組織がハンター達を対象とした、或いはそれに関係する何か・・を対象としていたならば、そこにえんの無い人間達は報われない事だろう。

 元々悪くなっていた空気が更に、一気に悪化し、決して騒ぎ立ててはいなかった者達も妙に脅え始める。



*** ***



「なあミレイ、なんか俺ら敵に回されてるような気ぃすんだけど……」

 周囲から放たれる罵声に怖がりながら、アビスはとなりにいるミレイにまるで助けを求めるかのように声をかける。

「うん、確かにここにずっといたらなんか因縁吹っかけられそうだしね……」

 ミレイも、緑色の前髪を軽く右手で払い除けながらあまり顔を動かさず、その青い瞳だけで左右を見渡した。既にデイトナはミレイから離れており、落ち着いている様子だ。



「よくよく考えたらおれらハンターのせいでこんな目に遭ったんだよなぁ?」
「いっつも街の為に骨なんか折ってるって思ってたけど、結局こんなもんかよ!」
「人の命背負ってんなら本気で折れよって話だよなぁ」
「おれら巻き添え喰らったって事だよなぁ!?」

 どんどんハンターと言うハンターを悪者へと変化へんげさせようと、怒りに身を任せた者達がそんな事を口に出し始める。まるでハンターの存在が、大量の犠牲者を生んだかのように。



「ハンターなんか普段から飛竜どもに喧嘩売ってっけど、たまに街だって襲われるよなぁ?」
「そいつらの怒り買って帰ってくるから俺らまで被害に遭うんだよ!」
「そうだよなぁ! おい、お前だよ。お前ん事言ってんだぞ?」

 とある男が、隣にいたチェーンメイルの青年に目をつけ、そしてゆっくりと近づく。

「え? いや、僕は……」

 額部分もある程度は覆い尽くしているそのヘルムの下で、青年はあからさまに脅えており、まるで抵抗すらせず、後ずさる。



「お前のような奴のせいで沢山の人死んだんだぞ? 責任……」

 脅えている相手であろうが、ハンターである事には変わり無い。男は拳を握り締め……



「取れよぉ!!」



――放たれる拳は、青年の顔面を狙い打つ……――



「あう゛!!」

 突然殴られ、青年は男の力に従い、背中から倒された。この一撃、と言うよりはこの行為がこれからの悲劇の引き金となったのだ。

 他の者達はあくまでもただ口だけを動かし、ギルドナイトやハンター達に罵声を飛ばしていただけだと言うのに、とうとう直接暴力をけしかけても良いのだろうと半ば勝手に判断し、そして事は始まった……。



――怒りに支配された住民はそのまま空気に便乗し……――



「なめんじゃねえぞこの野郎!」
「俺ら一般人巻き込んだ仕返ししてやるからなあ!!」
「どうせお前ら武器俺らに向けられねえんだろうしよお!!」
「ちょっとは頭冷やしてみろや!!」

 そんな罵声が響くと同時に、その暴徒と化した一般人は周辺に設置、或いは地面に転がってある木材、鈍器、煉瓦レンガ等、また一部は刃物なんかを持ちながら、襲撃事件を呼び起こしたある意味での張本人であろうハンター達に襲い掛かる。



―― 一般人による、ハンター達への制裁が始まった…… ――










 一気に暴動の嵐に包まれてしまった広場へと向かおうとしている、一人の少女の姿があった。

 水色の袖無しノースリーブのシャツに同じ水色のミニスカート、そして両腕を覆うアームウォーマーのような同じくして水色のその装飾品それらを纏う姿は、青く長い髪と非常に相性が良いと言える。

 肩口だけが曝け出されているが、その肩口の左腕の部分には包帯が巻かれており、前日にとある傷害を負ってしまった事を説明している。



(ちょっと長引いちゃった……。皆さんまだいるかなぁ……)

 少女ではあるが、その手の振り方は少女特有のものとは言えず、前後に勢い良く振る形を取っている。決して両手を持ち上げ、その持ち上げた状態で左右に振る形では無いのだ。

 駆け足で建物と建物の間の道を進み、一刻も早く知人に会おうと考えているに違いない。この少女は取り調べを受けていた為に時間が遅くなってしまったのだが、皆に会いたい気持ちが変わる事は無い。



 しかし、広場に近づくにつれて少女の感情は期待とはもっと別のものに支配されようとしていた。

(なんで、こんなに騒がしいんだろう?)

 広場で追悼式をおこなっている事はきっとこの少女でも知っているだろう。

 だが、その騒がしさは単に泣いているとか、悲鳴を上げているとか、その領域に属しているものでは無い。男性の、それも暴力的な色を混ぜたものが響いているのだった。

 まさか自分のせいでは無いだろうかと、不安になりながらもその足を止める事は無い。まるで少女に力を分け与えるかのように、すねの中間辺りまでの長さの紫のブーツが太陽の光を反射させている。



 広場の目の前に到着したはいいが、それより先は言葉が浮かんで来なかった。

 どうして折角戦いが終わったと言うのに、また人と人とがぶつかりあっているのだろうか。戦いを再開させる理由なんてどこにあるのだろうか。きっと少女は無言で、その赤い瞳で現状を見詰めながら感じている事だろう。

(一体……何があったの……?)

 黙ってその光景を見ている事しか少女には出来なかった。やはり、自分が原因でこの騒ぎが起こってしまったのだろうか。



「おい、こいつってあのネーデルじゃね?」

 この少女の名前だろうか。ネーデルの視界の外でそんな声が聞こえるが、ネーデル自身はまだ気付いていないようだ。

「そうね、確かあの組織の元一員だったって? 噂で聞いたのよ」

 女性も含まれているようであるが、ネーデルの視界には入っていないようだ。

「だったらマジで張本人じゃん。殺しとく?」
「そうね」

 台詞の内容から確実に良い空気が流れているとは到底思えない光景でありながらも、ネーデルはまだ気付いていないようである。目の前のあまりにも騒がしいその暴動の様子に圧倒されているのだろうか。



「とりあえず……くたばってくれや」

 男は背後からネーデルを狙おうと、煉瓦レンガを一つ右手に持ちながら近づいた。



「え? 誰かいるんで――」

 ネーデルは誰かがいるのかと後ろを振り向くが……



ガン!!

「いっ!!」



 ネーデルの頭部に硬い物で叩かれる音が小さく、短く響いた。

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