死ンデシマイナサイ……

             アノ世ヘト赴クノガ一番良イ話ナノヨ……

        ツライコトモ……クルシイコトモ……スベテワスレテシマイナサイ……

              イキテイルコトガ、サイコウノシアワセデハナイノデスヨ……

           ニクタイヲウシナイ……タマシイヲヌイタホウガラクナノヨ……

      モウイタイオモイダッテシナクテモスム……シンダカラクルシイナンテ、ダレガキメタコトナノ?

               地獄ニ堕チルトモ、天国ヘト昇レルトモ、誰モ証明シタ事ハナイノニ……

          寧ロ……オ前ヲアノ世ヘト引キズリ込ンデヤロウカシラ?




一体この人は何を語りかけているのだろうか。
何を考えて、語りかけているのだろうか。
ここで語り、伝える意味合いがわざわざ存在すると言いたいのだろうか。

死ぬ事は恐ろしい事に限定されてしまうのだろうか。
死ぬ事に何か理由が存在するのだろうか。
死んだからと言って、そこで名誉を称えられたりするのだろうか。

生きる者は幸せと感じているのだろうか。
生きている事自体を幸せと思う者もいるのではないだろうか。
生き地獄に遭っている人間だっているのではないだろうか。

この世から去ったら何があるか、見た事ある人いるの?
この世を去ってしまったら、普通下界の人間とは交流出来ないでしょ?
世を去ったら、後は生まれ変わるか、堕ちるかを待つだけじゃないの?

それでも生きていたいのだろうか?
生きて、何をしようと考えているのだろうか?
生きていたからって、誰かから栄誉を称えられるとも限らないのだ。



             
だったら、シネバ??

                  
そしたら、ナニモカンガエナクテスムヨ??

                         
もう、シネバイイヨ……オマエモナ……





              
ヒヒヒヒヒ……



                          ヒヒヒヒヒ……

                   ヒヒヒヒヒ……

      ヒヒヒヒヒ……

                                                 ヒヒヒヒヒ……

                               ヒヒヒヒヒ……
















                            ――NIGHTMARISH NIGHT  /  DANCING CARCASS――

                                  きっと、アーカサスの街では知られていないはずだ……
                                『死』と言う『死』が狂気に踊らされ、そして、実際に……

                            ◆  辻斬亡霊ヴェパールの黒い笑顔は、殺しの血痕……  ◆










 後ろを振り向いたネーデルに与えられたのは、煉瓦レンガによる極めて硬い物質による贈り物だった。

 喜ばしい響きはまるで無い。男によって、その煉瓦レンガで頭部を殴られたのだから。

「ざまあ見ろって。騒ぎ起こした張本人が」

 中年では無いが、少年でも無い男がすぐ足元で腰を丸めて頭を抑えているネーデルを見下ろしながら、右手に持っていた煉瓦レンガを今度はネーデルの細い腰を目掛けて投げ落とす。



「!!」

 声を出さなかったが、ネーデルの元々強く瞑られていた赤い瞳がもっと深く、そして強く瞑られる。頭部の痛みが続いている最中に腰への痛みが走り、どうしようも無い立ち位置に追いやられたのだろう。

 本気で投げ落としたつもりの無いその煉瓦レンガも、元々それなりの重量を誇っている訳だから、打撃の観点で見ればかなりの凶器である。ネーデルの腰に軽くバウンドをしながら、地面へと転がり落ちる。



「全くしょうがない奴だよねえ。あれだけ街破壊しといて呑気にお散歩だなんて」

 男と同じく、少女でも中年でも無い女が男の隣に立ちながら、苦しむネーデルを見下ろした。



――だが、ネーデルは黙っている訳では無く……――



「そうです……。騒ぎを起こした原因は私にもありますよ……」

 ネーデルはそのまますっと立ち上がり、水色の服についた砂埃や極小の粒を払い落とす。地面にだらしなく広がっていた青い長髪も、立ち上がる事によってピンと重力に従って下に垂れている。

「随分素直だなあ。だけどこれで済むと思ってるか?」

 特に息を切らしてる様子でも無いネーデルを見ながら、男はネーデルを逃がすまいと、威圧的な目で睨みつける。最も、ネーデルの背後は広場となっているのだから、追い詰めているとは言い難いが。



「許される事だとは全く思ってません。ですが、私はこれから会いたい人がいるんです。自分勝手な事は承知ですが、ここで立ち止まってる訳にはいかないんです」

 まだ頭部には鈍痛が残っているが、ネーデルには目的があり、それを果たす為にどうしてもここ、広場の一歩手前で黙っている事は出来ないと男と女に言った。

 優しく、そしてとても御淑おしとやかな声色であっても、その中身は真剣なものが映っている。

「お前に会いたい奴なんている訳ねえだろ。責任取れ――」



――ネーデルは待たなかった。一気に駆け出したのだ――



「っておいお前待て!」

 男はネーデルを掴もうとしたが、もう手を伸ばす範囲にネーデルはいなかった。素早く駆け出したネーデルはそのまま広場へと向かっていく。男はもっとネーデルを甚振いたぶろうとしていたのだろうが、それは叶わなくなってしまった。



(テンブラーさん……。早く会いたい……)

 広場へと真っ直ぐと足を走らせながら、自分を最も大切に思ってくれたであろうその男を思い浮かべる。



*** ***



「なめんじゃねえぞてめぇ!」
「死ねぇ!!」
「お前のせいだ!!」

 至る所で響く罵声、そして殴りつける音、そして殴りつけられる音、この空間は目も当てられないものとして考えて間違いは無い。

 特にハンターの武具を纏ったままでこの追悼式に参加した者は、自分がハンターであると強くアピールしているようなものであり、それはハンター業とは無関係に生きてきた人間達の怒りの矛先を向けるには最も手っ取り早い標的であるのだから、正直悲惨な話である。

 その証拠に、武具を纏った者は男女の差別無しに攻撃を受けている。それも、木材や鉄の棒等の鈍器で。

 しかし、中には武具では無く、私服で参加したハンター達もいるが、彼らは……



「なんで……こんな事なんのよ!!」

 周囲では殴る人間と殴られる人間がそれぞれの役目を負っている中で、ミレイは苛々した様子でずっと右手に力を入れている。人混みの中を潜り抜けているミレイの右手には、デイトナの左手首が握られている。

「……」

 引っ張られているデイトナは、周囲にいる者達、特にハンターを狙っている者達の後ろを進む度に恐怖に煽られる。眼鏡の裏に映る緑色の瞳もその恐怖に合わせて萎縮いしゅくしてしまっているが、直接出す言葉が思いつかないのか、ただ黙って引っ張られているだけである。



「アビスは……ちゃんといるわね!?」

 ミレイは流石にアビスの手は掴んでいないものの、ちゃんとミレイについて来ているだろうと信じ、完全には後ろを見ずに声を張り飛ばす。そう言っている間にも、ミレイのすぐ横ではハンターを殴りつけている乱暴者の姿があった。

「あ、あの……ミレイ……っいやっ!!」

―ドテッ!

 デイトナのすぐ後ろで、顔面から血を出した一人の翠牙竜装備のハンターが倒れこむ。そして、その人間は女性だったのだ。すぐ目の前に立っていた丸い木の棒を持った男の表情がとても恐ろしかった。



*** ***



「はぁ……はぁ……マジこぉっえぇ……」

 広場の端に植え付けられた樹の影に隠れながら、スキッドはその大人が五人ぐらいで手を伸ばして囲んでようやく輪になれそうな大きさの樹に止しかかり、愛用の帽子を右手で取って大きく深呼吸をする。

「でも良かったぁ……すぐ逃げれて。ディアメルは大丈夫?」

 クリスも白いパーカーを両手で払いながら住民達の暴動に巻き込まれる前に脱出出来た事を素直に喜ぶ。

 持ち前の体力はここでも活かされているのか、スキッドに比べると随分とその呼吸は落ち着いており、その状態で隣にいるディアメルに声をかける。

「はい、私は大丈夫です。ですけど、このまままだ続いちゃうんでしょうか?」

 ディアメルは白黒のチェックシャツの上に来ている黒いニットベストの左胸に近い部分を右手だけで握るように掴みながら、遠くで繰り広げられている暴動からその赤い瞳を逸らした。



「ずっと続くのなんてごめんだけどよぉ、だからっておれらがどうこう出来る問題じゃねえだろ?」

 スキッドだって、暴動なんかずっと続いて欲しいとは思っていないだろう。しかし、だからと言って彼が、と言うよりは皆で力を出した所で簡単には住民の怒りを抑えられないだろう。残念ながら、黙って彼らの気が済むのを待つしか無いのかもしれない。

 帽子を外されたその濃い茶色の髪は尖ったように下を向いており、それが結構細かく枝分かれしている。アビスと比べると結構髪には力を入れているようにも見える。

「ですけど……やっぱりハンターって、嫌われてるんでしょうか……?」

 そもそもこの暴動の原因は、ハンターを目的として襲撃をしてきた組織である。しかし、その組織はもう撤退しており、残ったのは生き残った人間達のみである。

 組織が悪いと言えばそれで充分な答となるが、切欠として考えればハンターが原因であるとも言えなくも無い。結果、この暴動が起きてしまっている。

 それを考えたディアメルはすぐ奥から響く罵声や悲鳴を聞きながらゆっくりと俯いた。



「ハンターが悪いだなんて勝手に決めちゃ駄目だよ? あの人達はただ悲しみに落ちて正常な判断が出来なくなってるだけだと思うから、ちゃんと分かってもらわないと駄目だと思う」

 クリスはスキッドの寄りかかっている太い樹に左手を預けながら、目の前の惨劇を見詰める。

 向こうにいる人間達は広場の中にまだ残っている――『逃げられなかった』とも言えるかもしれないが――ハンターに気が行っているのか、クリス達の姿は目に入っていないようだ。

「ここはやっぱり、落ち着くのを待つしか無いんでしょうか?」

 ディアメルは自分の赤いニット帽を右手で軽く触れながら、クリスに赤い瞳を向けた。



「うん、凄い無責任かもしれないけど、ここで私達が出ても殴られて終わりになると思うし。まさかこっちも暴力で対応する訳にも行かないし……」
「あ、あれ? あれってアビスじゃね? あいつ何してんだよ!? あんなとこで」

 クリスも俯きながら水色の瞳を細めていたが、スキッドは見覚えのある自分と同じ年ぐらいの少年を見つけ、樹からその身を出した。

「え? 嘘ぉ!? アビス君!?」

 クリスは細めていた瞳を大きく見開き、人と人とがたわむれているその中で一人の人物を探そうと集中する。しかし、きっと見つけられていないだろう。



「あそこだよあそこ! あいつ何してんだよ!? ちょっおれ行って来るわ!」

 スキッドはどうして分からないのかと心中で呟くかのように、勢い良く右手を伸ばし、指も伸ばして場所を口だけで言い、騒ぎの起こっている場所へと一歩踏み出した。

「待って下さいよ! 一人で突っ込むなんて危ないですよ!?」

 素早くスキッドの右腕を両手で掴んだディアメルは、元々血の気立っている住民達の中へと戻っていくのは非常に危険であると考える。一応相手は人間であるとは言え、猛獣の群れに突っ込むのと殆ど変わらないようなものなのだから、彼女の考えは妥当だろう。



「心配すんなって! どうせおれ最近来たばっかだから顔覚えられてねって! お前らだったら余裕で覚えられてんだろうから来んなよ! じゃあ行くわ! すぐ戻っから!」
「あぁ! ちょっとスキッド君!?」

 確かにスキッドはアーカサスの街に引っ越してからそこまで時間は経過していない。クリスやディアメルと比べれば顔そのものの知名度は相当低い事だ。

 だからスキッドはディアメルの両手を強引に振り解き、そのまま人々の中へと向かってしまったのだ。

 クリスが呼び止めようとするが、無意味だった。結局ここに残されたのはクリスとディアメルの少女二人だけである。



*** ***



 周辺を見れば見る程、その凄惨たる光景がしつこく目に焼き付けられてしまう。下手をすれば自分が次の標的になってしまうかもしれないと想像すれば、それがまた恐怖心を煽る事になってしまう。

(やっべ……ミレイとかどこ行ったんだよ……)

 アビスである。

 とりあえず、ハンターが纏う武具を一切着ていない事と、街へ来たばかりであまり顔を覚えられていない事が幸いし、直接打撃を負っている様子は無い。

 しかし、周りにいるのは恐らくは顔すらも始めてみるような人間達であるが、皆、殴っているか、殴られているかのどちらかである。特に殴られているのは決まって武具を装備した者達だ。

 アビスは逸れてしまった友人を探そうと周囲をキョロキョロと見渡しているが、見つかる様子は無いし、きっと見つかる保証も無い。



「アビス! お前マジ馬鹿か!?」

 青いジャケットを着ながらどこへ向かおうか右往左往していたアビスに悪口を混ぜたような声をかけたのはスキッドである。その茶色いジャケットをなかなか派手になびかせながら走り寄ってくる姿は一応彼はアビスと同い年でありながら、アビス以上にたくましく見えてしまう。

「あれ? スキッドお前なんでここ分かったんだよ!?」

 突然やってきたスキッドではあるが、アビスはすぐにスキッドに反応する事が出来たようだ。大した凛々しさを見せないその顔でスキッドの姿を見ながら驚くが、スキッドはその質問には真剣に答えようとはしなかった。



「いいからお前早く来いって馬鹿! こんなとこいたらお前マジ殴られんぞ!?」

 スキッドにしてはなかなか的確な判断だった事だろう。質問の回答を期待するアビスの手を乱暴に引っ張り、再びスキッドは走り出す。周辺を見渡せばもうしつこい程に殴る者と殴られる者の姿が見えてしまうが、幸い二人の少年は標的にされていないようだ。

「あ、そっかぁ……あぁ……」

 すぐにスキッドに引っ張られた為、アビスはまともに返答する事が出来なかったが、多分アビスの中ではミレイに今どう思われているか考えていた事だろう。



*** ***



「アビス!? アビス!! ったくあいつどこ行ったのよ!?」

 ミレイは苛々した様子で人の群れから外れた場所で辺りを見渡し、少年の姿をその青い瞳だけを頼りに探していた。隣には膝までの丈のある白いスカートを着用した少女の姿があるが、ミレイの態度に少しだけ困っているようである。

「まさかどっかで逸れたんじゃない? でも囲まれたりしてないかなぁ……」

 デイトナの方はミレイとは異なり、第三者として見ても怒っている様子は見せていないが、アビスを心配する気持ちはミレイと変わらないようだ。まるで心の隅に残っている恐怖を押さえ込むかのように両手を握り締め、一歩前に踏み込み、人混みの中を凝視する。



「流石のアビスでもそこまでは行かないと思うけどさあ、ってかどこよ……、ったく……」

 ミレイは人混みへと戻ろうとしているが、思うように前に進まなかった。確実にミレイは顔を覚えられているし、実際に攻撃を受けそうにもなっていたのだから、戻るのはある意味自殺行為に近い事だ。

「けどワタシ達ってやっぱり戻るのめといた方いいじゃん? また殴られそうになるよ?」

 今にも戻ろうとうずうずしているミレイの姿を見ながら、デイトナは自分達の都合の悪過ぎる知名度を理由に、このまま進む事を躊躇ためらおうとする。デイトナは一応赤縁あかぶちの眼鏡で簡易擬態カムフラージュしているから上手くやれば誤魔化せるかもしれないが、ミレイの場合は被り物も無いからそうはいかない。



「まあ……そうかな……? アビスなら何とかやってると思うしね、多分」

 デイトナの意見に納得したのか、ミレイは無謀に突っ込む事を諦め、一応アビスだって男であると考える。まさか殴りつけられてそれで終わってしまった、なんて事はきっと無い事だろう。

「ミレイさん! ミレイさんですよね!?」



――デイトナの声では無く、もっと別の優しさを強く表現したような少女の声がやって来る……――



「ん? 誰よ? あ、ネーデルじゃん。なんでこんなとこ来てんのよ?」

 すぐ横を見ると、そこには青く、長い髪を持った少女がおり、駆け足で近づいてきていた。

 水色の袖無しノースリーブの服と同じ色のスカートの姿が特徴的であり、曝け出された相当に白い二の腕と同じく白い脚部がどこか眩しい印象を相手に渡している。

 スカートと袖無しノースリーブと言う点ではデイトナと共通しているが、スカートの丈はデイトナと比べると相当に短く、その脚線美が強く強調されている。

「わ、私ですか? 実はテンブラーさんを探してたんですが……」

 外見だけで比べれば確実にネーデルはミレイと歳が近いはずであるが、それでも敬語を使いながら、自分がどうしてここにいるのかを説明する。



「テンブラーさん? いや、あたしは見てないわね。まあちょっと逃げんのに必死だったし。所でアビスの事見なかった? ちょっと今逸れちゃってさあ……」

 ミレイは軽く空を見ながら、テンブラーとは対面していない事をネーデルに伝え、そしてネーデルにもアビスと出会ったかどうかを聞く。僅かでも良いから希望が欲しかったのだろう。

「いえ、アビスさんは見てないですが……」

 ネーデルからしてみればアビスとは出会ってからそこまで時間が経過していないが、しっかりと彼の事は覚えていたようだ。だが、この広場では直接顔を合わせていない様子だ。



「そっかぁ……見てないかぁ……じゃあ一回こっから離れよ! なんかあたしらって結構狙われやすいしさあ」

 アビスの情報が入らなかったのがやや残念な話だったかもしれないが、だからと言って広場の近くをウロウロしていればまた血の気を撒き散らした住民に目を付けられ、追いかけられる危険もある為に、ミレイは広場の外へと通じるであろう道に指を差した。



*** ***



「いやぁマジでやばくなかったかあれ?」

 広場の外へと繋がっているであろう道を歩いているスキッドは黒い帽子を被りながら、周りにいる男女にそんな声をかけている。

「いっきなり皆キレ出したから俺も正直かなり怖かったんだよね。まあミレイが即行で走り出したから付いてったんだけど途中で逸れてメッチャ焦ったんだけどな……」

 アビスもスキッドの隣で苦笑を浮かべながらあの空間から逃げ切れた事についての感想をぐだぐだと述べた。彼はとりあえずミレイを頼っていたらしい。



 因みにこの道を歩いているのはこの四人だけでは無く、他の住民達の姿もある。しかし、殺気立った様子は無く、彼らはハンターであるが私服姿であるか、或いはハンターでは無いものの、牙を剥かなかった者のどちらかであるだろう。

 実際に今、牙を剥いている者達は全員広場にいる為、ある意味ではこの通路は連中達の死角となっているのだ。



「アビス君、ミレイの事だけど、まさか街の人の事殴ったりとかしてなかった……よね? なんかミレイだったら狙われた時に防衛手段か何かで手ぇ出しそうな感じだったからちょっと聞いてみたんだけど……」

 スキッドの隣にいて、そしてアビスとは隣接していない少女、クリスはミレイの性格を知っていての発言なのか、そんな事をアビスに恐る恐る訊ね出す。ミレイは少女ではあるが、アビスが知っている少女の中では結構乱暴――とは大袈裟おおげさかもしれないが――な部類に入るらしい為、咄嗟の暴力には暴力で返しそうな気を覚えさせてくれるのだろう。

「いや、それは多分……無いと思うぞ? デイトナだっていたしさあ。あ、所でクリスの隣にいるその、えっと、女の子、誰?」

 アビスもミレイには不安を覚えていたようだ。本当に追い詰められればミレイは持ち前の体術で軽々と他を圧倒してしまうし、そしてアビスもミレイには殆ど頭が上がらない。ただ今は、それが広場で実行されていない事を祈るのみだろう。

 そして、クリスの隣にいる淡い赤の髪を持った少女が気になったのか、名前を聞こうとするが、名前も知らないその一番端にいる女の子をどうやって口で差そうとしようか悩んでいたようであるが、最終的な決断はその台詞の通りである。



「ん? 彼女? 彼女はディアメルって言うの。私達の友達! アビス君は初めてだよねぇ?」

 クリスはディアメルの白黒のチェックのシャツに覆われた左腕を軽く触りながら名前をアビスに教える。厳密にはノーザンとの最終決戦の時に同じ地にいたから初めて・・・では無いだろうが、改めて確認するなら、今が丁度良いのかもしれない。

「あ、あぁ……確かに、初めて、だな……うん」

 アビスはディアメルを改めて確認するなり、声を詰まらせながら、妙に笑みを作り出す。初対面――厳密には既に顔は合わせているが――に加え、相手が異性と言う事もあって多少気まずくなったのかもしれない。



「アビスさん、ですか? えっと、始めまして、ディアメルです。宜しくお願いしますね」

 ディアメルはアビスと目を合わせようと、歩いたままの状態でやや前に身を乗り出し、ちょっと無理な体勢でアビスに挨拶を交わした。

「あ、どうも」

 アビスの返事は非常に短いままで終わった。自分から名前を聞いておいて、少し短過ぎるようにも聞こえる。



――スキッドはアビスの態度を見逃さず……――



「アビスぅお前なんかディアメルん事好きんなったりしてんじゃねえのかぁ?」

 アビスの隣にいるスキッドが、嫌味のようにアビスを問い詰める。歯切れの悪い態度はスキッドにとっては絶好の弄り甲斐となってしまうのかもしれない。

「ってなんでお前そ、そう言う話になんだよ? やめろよ!」

 スキッドのからかいに戸惑ったのか、アビスはスキッドを右手で押しながらその異性に関するちょっかいをめさせようとする。



「お前ってマっジで分かり易い奴だよなぁ〜。女見たらすぐこれだぁ。ホンっトお前面白れぇ奴だなぁ」

 アビスの言動が何を意味しているのか、スキッドには手に取るように分かるらしく、すぐ右には少女二人がいる事も忘れるかのようにべらべらと喋りながらアビスを弄り続ける。

「スキッド君? あんまり調子に乗んないでね?」

 黙っていればこのままアビスの状況が悪くなってしまうと考え、クリスはやや真顔になりながら、隣にいるスキッドの右肩にそのやや小さめな手を置いた。声こそは怒っていないものの、後一歩の所で抑えられていると言った感じだ。



「そうですよスキッドさん……。すぐそうやって調子に乗るから――」
「分かったってごめんごめん! おれだけ悪モン扱いせんでくれよ。さっきまであんな暴動とかあった訳だし、ちょっとウォーミングアップみたいな感じだって! マジで」

 ディアメルにまでかなり軽くではあるが、怒られてしまい、四人の中で一人孤立したような気分になったスキッドは左右それぞれを見渡しながら両手まで振りながら反論をする。一応彼なりにさっきまでの重たかった空気を和らげようとしていたらしい。

「それの為に俺犠牲になったのかよ……」

 スキッドの気持ちは分からないでも無いが、それでもアビスがからかいの対象にされたのは間違い無い。その茶色い目を細めながら、恨めしそうにスキッドを睨んだ。



「ってかスキッド君『ウォーミングアップ』ってちょっと、って言うか相当意味違ってるよ……? 正しく使うんだったら『気分転換』とか、じゃないの?」

 タイミングは多少遅かったのかもしれないが、クリスの誤表現指摘が入ってくる。スキッドは少し格好を付けた言い方をしたかったのかもしれないが、意味が違えば効果は逆の結末を辿るはずだ。

 普段はスキッドと仲良くやっているクリスも、苦笑を浮かべて対応をしている。

「スキッド……く……ふふふふ……」

 右端でスキッドに対して訂正を加えているクリスの様子を見ながら、ディアメルは右手で口元を押さえながら、空気の抜けるような音を小さく響かせて笑っている。

 あまり周辺に聞こえるようには笑いたくないと言う一心であるのが、その右手の押さえ具合でよく分かる。



「なんかおれらすげぇ扱い悪くなってね?」

 笑われているスキッドはおもむろに左にいるアビスへ向きながら、自分達男二人が少女二人から低い評価をされてしまったとにやけ出す。

「いやお前が全部りぃだろ!」

 その扱いの悪化を何故かアビスにも原因があると言い張るようなその態度に、アビスはスキッドに全て原因があると少し声を荒げてしまう。元々はスキッドの余計な口出しが原因だったのだから。勿論、よりによって異性に関する事で。



「お〜いアビス! アビスだろそこにいんの」



――遠くから聞こえる、大人の男性の声……――



「あ? この声って……あ、テンブラーじゃん!」

 いきなり名前を呼ばれ、アビスは焦るようにその場で立ち止まりながら周囲を見渡すが、気付けば左側に分かれ道が存在し、そこに目的の人物がいたのだ。

 最も、その人物は単独では無く、他にも人間がいたが、今はテンブラーと言う男に着目するのが先だろう。

「アビス、お前の声結構遠くまで響いてたぞ。何盛り上がってたんだ? 俺も混ぜてくんねえか?」

 最後にアビスが発した否定の言葉がより一層強い音量を誇っていたらしい。それがテンブラーの好奇心をくすぐったのか、今話していた内容を再び話してもらえれば嬉しいような表情をサングラスの裏で浮かべている。ポケットに手を突っ込みながらも、はっきりとその様子が分かる。



「あ、いや、別に大した事じゃないんだけどさあ……。テンブラー達もあそこから逃げてきたの?」

 アビスにとってはあまり周囲に知られたくない話題だったのだろう。何とか話題を逸らす為に今ここにテンブラー達がいると言う事は……と考え、広場での事を聞き出そうとする。

「ああお前まさか俺らがあんな秩序も愛もねえような暴行に巻き込まれたとか思ってたかぁ? お前大人ん力無礼なめんなよ?」

 テンブラーはまるで自慢でもするかのように、ズボンのポケットに両手を入れたまま、そう言った。ただ、追悼式の後、という事を考えるとテンブラーの表現方法は少し適切さに欠けているように感じられる。しかし、気分を戻す事を考えれば、悪くない言い方かもしれない。



「いや、別にそんな事無いんだけどさあ……」

 アビスは意識したつもりは無かったが、そうやって思われてしまえば多少対応に困ってしまうのかもしれない。

「そうだテンブラー、お前なんかエルシオん奴が話あるとか言ってなかったか? 全員集めた方いいだろ」

 元々テンブラーと同じ場所からやってきたフローリックはさっさと前へと進んでしまっていたテンブラーに向かって提案を渡す。テンブラーのようなスーツ姿と言う、ある意味での厚着とは異なり、白い網模様の入った水色の半袖シャツが非常に涼しげな印象を提供している。



「ああそうだよなあ。ってかアビス、お前ミレイちゃんとは一緒じゃなかったのか? 後ネーデルちゃんもいねえと話んなんねえ、っつうか話出来ねえぞ。どこ行っちゃったんだろな?」

 テンブラーはアビスを見るなり即座にあの緑色の髪を持った少女を思い浮かべ、そして多少遅れて最近になって初めて出会った青い髪の少女も思い出す。その二人もいなければこれからの話が出来ないようである。

「いや、一応は途中まで一緒だったんだけど途中で逸れちゃってさあ……。でも近くにいるとは思うから、まあ心配無いんじゃない?」

 どちらかが原因であると言うのは隠しながら、アビスは通路の両脇に建てられた建造物を交互に目をやって事情を述べた。



「じゃあすぐ見つかるって結論でいいな? けどあんのネコちゃんったらよ〜、どこでミーティングすっか言ってなかったんだよなぁ。待ち合わせ場所はちゃんと明確んなってたってんのにどこで喋っか決めてねえとこがマジでお茶目キャットだよな〜」

 テンブラーはとりあえずはミレイが無事であり、ネーデルも恐らくは無事であると予測し、両手を後頭部へと回す。

 しかし、あの猫人こと、エルシオは待ち合わせ場所を説明していたのに、会議場所は報告していなかったらしい。テンブラーらしく、今ここにいないエルシオを小ばかにするような発言を子供のように放った。



「あ、あの、テンブラーさん。多分その待ち合わせ場所で話し合いをするんじゃないんですか?」

 その子供のようなテンブラーの小ばか発言には特に反応せず、大事な部分にだけ対応したのはディアメルだった。恐らくはその待ち合わせの場所の付近にある酒場かカフェとかで話すつもりであったのかもしれない。

「ああそう言う考えも有りかぁ。ってかお前誰だ? いや、なんかどっかで見た事あるような顔してんだけど、ちょいあんま思い出せねえや。誰だっけ?」

 それを『考え』として済ませる事は間違いであるのかもしれないが、テンブラーはそれよりもまず自分に喋りかけてきた女の子が誰であるのかを理解出来ずにいたようだ。

 赤いニット帽で淡い赤の髪の上部を隠し、その下からはなかなか太いツインテールが下がっている。

 白黒の袖が長いチェックシャツの上には黒いニットベストを纏い、紺色のホットパンツに灰色のニーソックスを着用したその姿は少女と言う観点から見ればなかなか可愛らしい格好ではあるが、特定の名前を言い当てるのは難しいかもしれない。

 特にニット帽で顔が僅かに隠れていればそれだけで尚更難しくなるものだ。



「あ、すいません。私です、ディアメルですよ?」

 自分の顔をはっきりと確認させなければ紫のスーツを纏った男こと、テンブラーに自分の正体を知ってもらえないと考え、両手でまるで防具のヘルムでも脱ぐかのようにゆっくりとニット帽を取り、そして取ったニット帽を多少豊かな胸の前で強く握った。

「マジか!? 結構いい格好してんじゃねえかよぉ。ってかディアブロじゃなくてディアメル、だったんだなぁ。でも良かったぜぇまた会えて」

 テンブラー自身も武具では無い姿として捉えればなかなか意識している服装であると言えるが、ディアメルもテンブラーから見れば結構輝いた服装であると言える。

 ただ、名前を間違えて覚えていた事はいちいち口に出さなくても良かったかもしれない。



「ん? テンブラー、そいつが酒場で助けたっつうガキか?」

 ニット帽を被り直しているディアメルを一瞥しながら、フローリックはさっきのギルドナイトの基地内でうっすらと聞いたテンブラーの話を思い出し、そこに出て来ていた人物がそのディアメルを差しているのかと訊ねる。

「そうなんだよ。さっきも言ったろ? このが最後の一人で、殺される瞬間俺が助けてやったって。あん時ゃなんかアビスとかと結構ダラダラやってたからよぉ、後一秒でも無駄な事ほざいてたりしてたらぜってぇ間に合わんかったろうから今考えたらかんなりスリル有り過ぎの過去ってやつなんだよなぁ」

 テンブラーはフローリック以外に者達にも教えてやろうと思ったのか、酒場での救出劇を大まかにではあるが、知っている者ならば反射的に脳内で再生されるように説明し始める。それだけでは飽き足らず、もし時間が遅れていた場合の事態までも喋り出し、どこか無駄に気分が上昇しているようにも見える。



「あ、そうだったんだぁ。テンブラーそうやってディアメルん事助けたんだぁ。ディアメル、そうだったのか?」

 テンブラー達と出会った時からもう既に横一列と言う形は崩れており、気付かぬ間にすぐ隣に姿を置いていたディアメルを見ながらアビスは聞いてみる。

「は……はい。そう……です……」

 聞かれたからには答えなければいけないと、ディアメルは一応対応はするものの、アビスとは目を合わせず、それ所か下を向いて震えている。その細い腕を凝視すればきっとその様子が分かるはずだ。



「マジ良かったぜぇ。一人でも助かったって考えたらなんか俺――」
「お前マジ調子こいで喋んのやめろって。あいつなんか震えてんだろう。見て分かんねえのかぁ?」

 テンブラーが未だに笑みなんかを浮かべながら説明を垂れていたが、後ろから明らかに怒った表情を作っているフローリックが現れ、乱暴に肩を引っ張った。

 確かにフローリックの差された指の先を見れば、そこにはまるで悪夢でも見てうなされているかのように脅えているディアメルの姿があったのだ。

「まあまあフローリックよぉ、そんなに怒る事は無いだろ? 今は合流出来た事に祝杯でも上げて――」
「お前はちょい黙ってろって。今そんなもんやってっ暇ねんだって」

 さっきまでは後ろで黙っていた白い半袖シャツの大男であるギルモアも、怒っているフローリックをなだめようとしてみる。

 しかし、最後に添えた余計な一言のせいであっさりと払い除けられる破目になってしまう。



「ってまあ待て待て! 俺だって別にそんな訳じゃねんだぞ? ただ『こうだった!』っつうの言いたかっただけだって!」

 一応テンブラーも大人に分類されているはずなのに同じ大人に分類された人間に怖い顔をされた為、何とか口を動かして対抗をしている。そしてすぐにディアメルへと近づいた。

「ディアメルちゃんもよぉ、俺が悪かった! マジ悪かった! 君ん事ちゃんと考えてなかった俺が悪かった! だからそんなしょんぼりした顔しねぇでくれよ? なんか俺の長女見てるみてぇだからよぉ?」

 テンブラーは俯いて震えているディアメルの背中を、手を背後へと回すように伸ばしながら叩く。それと同時に自分にだけ罪があるものとして必死な謝罪を試みる。台詞の内容から、娘がいると捉える事が出来るが、それにしては何だか情けない姿である。





「テンブラー……、大人気おとなげ無い奴だ……。ホントに既婚者なのか……?」

 ジェイソンの横で、呆れたかのようにテンブラーの姿をフューリシアは眺めていた。前日にテンブラーと初めて出会った時に家族がいるとは聞いていたが、それが嘘に見えてしまうような言動がテンブラーなのだ。

 薄い紫の長髪が風によって僅かに揺れた。

「あいつ、下手したら精神外傷トラウマ、コールしちまうぜ?」

 長髪ではあるが、性別は男であるジェイソンはテンブラーの言動を見て、軽く首を倒した。

 褐色の皮膚と、深紅の髪の持ち主は意外と少女の内心を読み取る力があるらしい。ただ、ディアメルはもう既に一度目眩を起こしているのだが。

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