――既に太陽インティは沈みかけており……――



アーカサスへの猛攻撃が終わって初めて夕日が現れたこの時間。
オレンジのカラーへとその街並みを染めていく。
憂鬱ゆううつさえ感じさせてくれる不思議な空間で、既に争いは止んでいた。

自分達の愚かさに気付いたのだろう。
争いはまた争いを呼ぶだけで、幸福を呼ぶ事はありえない。

だから、今は街のとあるカフェで会議が開かれている様子だ……






 とある街道の端に立てられている一つのカフェがあった。決して規模は巨大とは言えなくとも、そのカフェの上部から食み出るように備え付けられた看板が可愛らしかった。

 オーソドックスな茶色の板の上にはピンク色のハートが大きく描かれており、その中にティーカップのイラストが描かれている。

 そして、恐らくはそのカフェの名前なのだろう、ハートの看板の下にもう一つ備えられた横長の板にはこう書かれていた。



――≪LOVE handShake≫――







「とりあえずこれで全員、でいいんだな?」

 ベージュの毛並み、そして性格とは正反対とも言える深紅の愛らしさすら混じった目を持った猫人、エルシオは円形の大型テーブルの脇に設置された木造の椅子の上で立ちながら、辺りを見渡す。

 エルシオの場合は猫人と言う特性上、椅子一つだけではまるで他の者達と視線を合わせられない為、椅子の上にもう一つ椅子を乗せ、それで何とか視線の確保をしている。

「まあ別にいんじゃねえの? あんま多すぎてもあれだし、とりあえずこれで全員って事にしといていんじゃねえの?」

 テーブルに肘を付き、頬杖まで付いているテンブラーは非常に僅かな角度で視線を動かしながらエルシオへと言い返す。

 テーブルを囲んでいるのは、テンブラーを含めて8人である。エルシオは猫人と言う種族である為、その人数には含まれず、あくまでも一匹として扱われている。

 因みに少年少女五人と、成人を行っている男三人と、エルシオ一匹はそれぞれ固まるように座っている為、テーブルを上から見れば三つのグループのようなものが見えると同時に三つの人と人の間のやや大きな隙間も見える事になる。



「エルシオ、やっぱ話っつうのってあれか? 最近暴れてる組織に関するやつか」

 フローリックはテンブラーの隣で、テーブルの下で足を組みながらこれから何を主語として話してくるのかを聞く。

「分かってるみてぇじゃねえか。元々俺はあいつらと対立してる訳だし、それ以外に話す事なんてなんもねぇだろ」

 エルシオは猫人とは思えないような言葉遣いで、そのフローリックの考えが正解である事を告げた。寧ろ、それ以外に話す内容がある方がおかしいのかもしれない。



「あの、これから先はずっとあの組織と戦い続けるって言う事なんですか?」

 今回の襲撃の件はあまりにも恐ろしい事だったはずだ。ミレイはそのような恐ろしい相手とこれから何度も戦わなければいけないのかと、多少心の中で恐怖心を感じながら、エルシオに対して敬語で接する。

「あいつらは世界規模で激動してっから、その気になりゃあ戦闘なんて日常茶飯事になんだろうなあ。戦うっても飛竜相手にするようなもんだが、下手すりゃあそれ以上になる事だって考えられんだろうなあ」

 今回襲ってきた集団が属するその組織――名称はまだ知られていないが――の恐ろしさをうっすらと感じさせるかのように、エルシオは天井にいくつも設置された洋灯ランプに照らされた空間の下で、ゆっくりと視線をミレイから横へとずらしていく。



「マジかよ!? 飛竜だけでもかなり面倒だってんのにそれ以上ってマジどんだけなんだよぉ!? おれら大丈夫なのかぁ!?」

 スキッドはアビスの隣で単純な感想だけを飛ばす。

 飛竜でもハンターにとっては非常に大きな脅威であると言うのに、それを超えるレベルの敵対者が現れる可能性すらあると言うのはスキッドにとってはあまり関心したくない事だったのかもしれない。

「一応言っとくが、俺らの仕事はガキの遠足でも、命の保証もされてる組み手でも、受注して飛竜の討伐の権利貰ってする狩りでもねぇんだぞ。臆病もんは留守番してんのがお似合いの内容だぜ」

 エルシオはスキッドのその高ぶった声にも無駄な部分で反応を覚えず、命の保証がまるで無いあまりにも危険な仕事であると冷静に述べる。その口調は相変わらず乱暴に見えるが。



「いや嘘だって……、おれだけ留守なんてなんかやだぞ……」

 自分の発言が原因で一人だけ置いて行かれてしまうと思ったのか、スキッドは気まずそうに帽子のつばを右手で正した。

「エルシオ、あんま心配しねぇでいいぞ。こんなバカでもボウガンぐれぇ使えっから、連れてったって邪魔にはなんねえだろう」

 フローリックの声がやってくるが、それはスキッドに対するフォローなのか、軽い侮辱なのかは判断するのは難しいだろう。どちらの意味としても取れてしまうのだから。二人分距離を置いて座っているスキッドに差す親指が何とも威圧的な印象を思わせる。



「だけどおれがルックアットした感じだと、飛竜をキルするウェポンだけ使えてもインポッシブルに見えるがなあ」

 褐色の皮膚が目立つジェイソンはフローリックのそのスキッドに対するある意味の侮辱を静止させようとしたのか、それともただ自分の考えを述べようとしたのか、右の人差し指を多少ゆっくりと動かしながら口を動かした。

 飛竜に立ち向かう為の武器だけを使えても勝てるのかどうか、疑問に感じているらしい。今までの現状を見れば、その武器だけを使えていてもどこかで無理が生じてしまうのでは無いか、きっとそう捉えているはずだ。

「じゃあなんか他にも特殊能力って言うか、えっと、なんかその強い、他の力、みたいなのも大事になるとか、そう言う事言ってんの?」

 ジェイソンの意見に答えようとしたのはアビスである。ハンターとしての技術以外の力も組織に立ち向かう為の充分な力になるのかと質問をしようとしているが、案外それを言い表す為の言葉を作るのは難しいようだ。



「メイビーだぜ」

 ジェイソンは小さく一度だけ素早く頷きながらそう言った。それは肯定こうていを表現しているのだろう。

「そうだ、所でお前の名前聞いてなかったよなぁ? そこの緑の髪したお前、名前なんつうんだ?」

 今頃のようではあるが、それは本人も自覚しているかのように、エルシオは左に軽く視線を逸らせばすぐに目が合う場所に座っていたミレイにまだ聞いていない名前を聞こうとするが、やはりどこか乱暴そうな雰囲気がある。



「あ、あたしですか? あたしはミレイです。これから、宜しくお願いします」

 エルシオのそのまるで教えるのが当たり前であるかのような言葉遣いに戸惑いながらも、ミレイは軽く頭を下げながら、これから先も宜しくとあくまでも敬語で対応した。

「お前がミレイかぁ。そう言やあテンブラーから聞いたんだが、お前格闘技使えるらしいなぁ」

 やっとここで顔と名前が一致したのである。改めて一つ聞こうと考え、エルシオはミレイの特技について訊ねる。



「あぁ、はい、いくらかは使えますよ。少なくとも適当なゴロツキ程度なら簡単に簡単に対処出来ますけど」

 自分の能力をある程度認めてもらえたからなのか、ミレイは軽く笑顔を零しながら自分の力がどれくらいのものなのか、簡単に説明する。ただ、知っている者ならば、その能力は単にあしらう程度では説明が付かないと考えるだろう。

「けどエルシオ? お前なんでそんな事いちいち聞くんだよ? 一応おれらハンターだぜ? ハンターなのにそんな人間相手に喧嘩する力がそこまで重要になんのかよ?」

 スキッドは自分がハンターであると言う自覚は決して忘れていない様子である。通常は飛竜を狩る事を生業なりわいとしているのだから、人同士との戦いを想定する必要は無いはずである。

 しかし、エルシオは何故かそのハンターが本来は持つ必要の無いであろう力に関して追求している為、反論しようとスキッドは考えたのだろう。



「今の話聞いてなかったか? 飛竜以上の連中とも戦う事になるって。ただ武器使えて解決出来んだったらとっくに組織なんか消え去ってるわ。飛竜は飛竜で、組織の連中は連中で区別しとかんとこれから先は生き残るのは無理だぜ。まさか人間みてぇに小回り効く相手にあんな馬鹿でけぇ得物振り回すってか?」

 飛竜を相手にした武器ならば、威力だけを見れば非常に期待する事が出来るだろう。しかし、それは相手が絶大な密度を誇る攻撃力とは対称的に鈍い機動力を狙っての性能である。

 もっと身体が小さい、と言うよりは機動力をもっと手に入れた者が相手ならば、重量は大きな障碍となるはずだ。だったら、非常に素早い対応も必要とされると考えて間違いはきっと無いはずだ。

 エルシオは特に表情を崩さず、その小さい口を動かしている。

「ですけどエルシオさん。組織に立ち向かうには色々と力が必要なのは大体分かるんですが、中途半端な力でも大丈夫なんですか?」

 ここで初めてクリスは口を開き、組織と戦う為には狩猟の技術以外のものが必要であると理解するも、それでもその力が完成されたものでなくても対等に渡り合えるのかと不安になりながら聞き質す。

 ミレイに続いて、二人目の敬語を使う少女である。



「中途半端だぁ? まあそうだなぁ、力はそれなりにねえと返り討ちん遭うだろう。ってかお前もなんか出来んのか?」

 エルシオはとりあえず、と言った表情でクリスに言い返し、質問も一緒に供える。



――そこにやってきたのは、盆にグラスを9個乗せてやってきた少女である――



「お話の最中に失礼します。ご注文されていたサイダー9人前お持ちしました」

 黄色いエプロンを着ていたが、その少女の正体は誰が見ても分かる通り、ディアメルだった。流石に作業中と言うだけあって赤いニット帽は外されているが、それ以外の服装はエプロン着用と言う部分を除いて、何一つ変わっていなかった。

「あれ? エルシオなんか頼んでたの?」

 一つずつ丁寧にグラスが置かれている最中、アビスは恐らくは会議の中心人物(動物?)であるエルシオが皆に気を使って注文していたのかと、エルシオに聞いた。



「俺がそんなもん頼むはず――」
「いや、俺だよ。俺が頼んだんだよ。流石にずっと喋ってばっかだと喉疲れるし、頭だってなんか微妙に使うから糖分だって摂りてえだろうよぉ? だから俺がさっき頼んでたんだよ。まあ今思い出したんだけどな! とりあえずディアメルちゃんよ、サンキュ!」

 エルシオが頼んだ訳では無かったようだ。

 皆が気付かぬ間にテンブラーが注文していたらしく、長引く会議の中で皆の精神が疲れてしまうのでは無いかと考えての好意だったようだ。きっと彼がおごるのだろう。

「ってかお前、サイダーって、おい……」

 フローリック達のような大人の部類に入る人間にとってはサイダーはやや味が幼過ぎるのだろうか。テンブラーのその適当にも近い選択肢に違和感を覚えてしまっている。



「それでは、失礼します」

 ディアメルは軽く頭を下げ、テーブルから離れていく。

「さて……。お前にもなんか出来んのか? って話だったな。なんかあんのか?」

 エルシオは両手でグラスを挟んで軽く飲んだ後、クリスに聞いていた質問を再度聞き質す。



「あ、はい、私は一応護身術程度ならある程度身に付けてます」

 クリスだって、少女でありながら、素手でもなかなかの強さを見せ付けていたのは事実である。ミレイと比べればその強さは確実に劣っているが、それでも自分の身を護ると言う点で考えれば相当な強さだ。

「なるほどなあ、とりあえず普段からあんな飛竜とかの化けモン相手にしてっから、妙に鍛えられてるって訳だな。まあお前らも何回か組織の連中とはぶつかってるようだし、そこは心配ねえか」

 エルシオはそこで一安心する。彼がどこかでいつの間に聞いていたのか、彼ら彼女らは組織とは実際に何度か戦っており、今ここにいると言う事はそれなりに力を持っていると言う事だ。

 勿論それで自分の実力に安心しても良いと言う事では無いが、少女二人を見ているエルシオの赤い瞳はやや安堵の色も見せている。ただ、アビスとスキッドがどう見られているのかが気になるが。



「それに俺の場合は銃だって使えっかんな〜。ほらよっ」

 テンブラーも何かアピールしようと思ったのだろう。紫のスーツをわざとらしく両手で開き、内部に隠し持っている拳銃やらその他刃物等の武器を見せ付ける。裏にびっしりと備えられており、それによって重量も相当ありそうに見えるが、それを纏い続けるテンブラーもかなりの男である。

「ってかテンブラーさあ、それ重くないの? ずっとそんなの着てて疲れないの?」

 見れば見る程そのスーツの重さが気になってしまい、アビスは拳銃の数々にそこまで動揺せず、重量に関して聞こうとする。



「俺はいっつも大剣振り回してんだぜ? こんぐれぇ平気でいらんねえでどうする? こんなもんなんも気になんねえよ?」

 テンブラーの対応は軽いものだった。元々テンブラーは大剣を使いこなすハンターだ。全身の筋肉も相当に鍛えられている事だろう。だからこそ大量の銃器をふところにしまっていられるのだろう。

 説明しながら、ゆっくりとスーツを閉じる。

「拳銃使える奴がいるってのはなかなか心強い事だな。剣とかの近距離戦はまあ、特に問題無さそうだなぁ……。その他ん事は後でゆっくり聞けばいいだけの話だし、そろそろ重要な話してぇんだが、ちゃんと聞けよ?」

 エルシオは大体はこのメンバーの強さを改めて知る事が出来たのだろう。この中で聞けなかった事も結構多いが、それは後に聞いた所で大きな問題にはならないはずだ。

 しかし、彼にとって、非常に大きな本題があったようだ。



「大事な話?」

 アビスはこれから何を話されるのか、呟くように口を動かした。



「そうだ。単刀直入に言うとだ、俺等はアーカサスから離れて、これから組織にまともに対等する為にオルトリアの森林に向かう。今はまるで武器も兵器もねえし、移動手段もあのジープだけだし、俺等全員が乗るには確実無理がある」

 エルシオはアーカサスの街から離れる事を計画しているようだ。その離れると言う計画だけを聞けば大したものには聞こえないが、その目的を聞けば、その目的地に何が用意されているのかが気になる所だろう。

「だからそこまで旅行に行くって訳だな? けど道のり大変そうだなぁ」

 当然のように目的は旅行では無いが、テンブラーは周囲の空気を紛らわす為にわざとらしくふざけた事を口に出す。



「旅行じゃねえよ。けどとりあえずテンブラーが軍の仲間から移動用のトラック借りるっつうから、もう明日の朝には出発出来るだろう」

 やはりテンブラーの下らない考えはあっさりとエルシオに払い除けられていた。しかし、テンブラーは既にエルシオとは事前に話し合っていたのか、もう準備の段階は済んでいるようだ。

「え? そんな早く出んの? それにそっちが準備万全でもこっちだって準備ってもんあんだろ? ちょっと無理じゃね?」

 その急過ぎる展開に、アビスはまた時間に振り回されなければいけないのかと、焦るように色々とエルシオに言い返す。

 いきなりの予定だったとは思うが、それ以前にアビスは朝が弱いと言う事もきっと忘れてはならない要素だろう。



「準備ってお前、大したもんは必要ねえんだぞ? 着るもんと、武器さえあれば充分だ。野宿の道具なんか必要ねえかんなあ? 宿ぐれぇちゃんと見つけて泊まらせてやっから」

 一体アビスが何を考えて次の日の早朝からの出発を拒んだのかを勝手に予測したエルシオであるが、その他の事情も合わさっているように見えるのは気のせいだろうか。

「組織と戦うって言う事は、じゃあしばらくは飛竜相手にした狩猟ってのも一時中断みたいな感じになるんですか?」

 ミレイは戦い続けると言う意味では共通点があるものの、それでもその戦う相手が組織となれば今までのように狩場へと赴いての狩猟はどうなってしまうのかと、その部分で不安になり始めてしまう。

 ただ、組織もハンターを狙っていたのだから狩猟がまるで無縁になるとも思えなかったのだが。



「いや、飛竜との戦いは休みにはならん。あいつらは飛竜すらも手懐けてるから寧ろギルドが仲介しない狩猟だと思っても全然いいだろう。もう受注して飛竜狩るなんて言う形なんて殆ど無視してもいいぐれぇだ」

 エルシオはもう一度サイダーに手をつけた後、飛竜との戦いはどうなるのかを説明する。

 あの・・毒煙鳥・・・を知っている者ならばきっと感付くだろう。団員そのものも脅威ではあるが、元々脅威である飛竜すらも扱っている組織なのだと。

「だから、尚更イクイップメントはキャリーするって事なんだな?」

 最も左端に座っていたジェイソンも、そのエルシオの一行程度の説明に納得したのか、肘をテーブルに立てる。

 組織の戦闘員による攻撃から身を護るのも大事であるが、飛竜からの攻撃を護る事にも都合が良いのが武具と言うものなのだから。



「そう言う事だな」

 エルシオは他に話す内容がこの時は偶然思いつかなかったのか、とりあえずはジェイソンの意見に肯定するだけで終わらせた。

「あ、あの……所で私は、やっぱり同行した方が宜しいんでしょうか?」

 今まで黙っていたネーデルであるが、スキッドとミレイに挟まれる場所にいた彼女は、エルシオにこれから自分はどうすれば良いのかを恐る恐るに聞き出した。



「そうだったなぁ。お前の事があったな。んで、同行したらいいかどうかって、お前にこの街に居場所なんてあんのか? お前はもう襲撃かけたあのノーザンって奴の妹としてもう街中に知れ渡ってんだぞ。残ってたら何されっか分かんねえぞ」

 ふと気付いたかのように、その青い髪の少女を見詰めるエルシオだが、確実にこの街ではゆっくりするのは不可能だろう。ネーデル自身は素直で決して争いを好まない性格であるものの、その兄があの有り様だ。厳しい現実に置かれているのが事実だ。

「じゃあネーデルもオレらに付いて来させた方いんじゃねえか? もう敵に目ぇ付けられてんだろうし、ほっとくぐれえならオレらの目が届くとこにいた方がいいだろうしよ」

 エルシオに続きながら、フローリックはなかなか適切とも言える判断を取る。この街にいれば組織以外の者から危害を加えられる可能性があると読み、常に目の届く場所にいさせて危険から逃れさせようとしているのだ。



「なんだお前、やっぱネーデルちゃんになんかしら興味でも持ってんじゃねえかよぉ」

 隣に座っているテンブラーはからかうかのように何かとネーデルの肩を持つフローリックに対してにやけ出す。

「そうじゃねえよ。普通に考えてそう言うやり方すんだろうよお。お前じゃあるめぇし何変な事考えてんだよ」

 大人気おとなげの無いにやけを作りながら妙に喋りかけ続けてくるテンブラーとは対照的に、フローリックはまるでしつこい酔っ払いでも相手にしているかのような怒った顔付きで睨みつけている。



「『俺じゃあ』ってお前随分な奴だなぁ。だってよぉ、ネーデルちゃんのあれ・・ん時だってお前やったらブチギレモード全開んなってたし、まああれ・・は俺でもキレんだろうけど、ってか結構ネーデルちゃんにこだわってねぇか?」

 一体テンブラーはネーデルのどんな状態を想像していたのか、恐らくはあまり子供のような者には見せてはいけないようなものを考えているのかもしれないが、その時にやたらとフローリックが真面目になっていたのが気になっていたようだ。

「別に拘ってねぇよ。ただなぁ……」
「ただ? 何だよ?」

 フローリックはネーデルにまとを絞っている訳では無いようであるが、続きを期待させるような態度に、テンブラーは再び喰らい付く。



「オレもこいつぐれぇの妹いんだよ。ネーデルん事見たらなんか思い出してよぉ、ほっとくのもなんか危なっかしいとか思って、連れてこうって考えただけだ」

 どうやらフローリックには妹が家族にいるらしく、ネーデルとその妹の姿が重なったのかもしれない。ネーデルも似た面影を持っているのだから、無意識の内に護る必要があるだろうと考えてしまったのだろうか。

「あぁなるほどなあ、お前結構顔に似合わねえで優しいとこもあんだなぁ。つまりお前って……」
「なんだよ?」

 テンブラーは妙に納得の表情を浮かべ、家族関係の都合から他人に対する接し方も大きく変わるものであると口に出すが、その後にまだ何かを言おうとしている。

 言われている側、フローリックもまた何か妙な事か、それとも至って真面目なものとして捉えても差し支えの無い事を言おうとしているのか、気になっている。



「地味にロリコンなんだな!」

 テンブラーの意見に真剣なものが入っていると信じる方が愚かだったのかもしれない。元々は明日の予定の為に皆で集まったと言うのに、既に話題がずれてしまっている。

 両手を後頭部へ回しながら、そのついでに軽く紫のパナマ帽も正す。

「アぁホか! じゃあこんままほっとけってんのか? それにお前の方がずっとそう言う男に見えんだろうよぉ。変な格好しやがって、黙ってたらお前人攫ひとさらいに見えんぞ?」

 そこまで派手には取り乱さず、フローリックはいつものように重たい雰囲気を思わせる威圧的な態度で言い返す。そして、テンブラーのそのスーツとパナマ帽の姿、及びサングラスのスタイルに対して歩く罪人のような評価すらを与える。



「うぅわお前それ最低発言じゃねえかよ! 人ん事外見で判断するとかお前マジで差別主義なんだなぁ! 最悪だわマジ。それに俺がロリコンだなんて……、おいアビス、俺って別にロリコンなんかに見えねえよなぁ?」

 自分に最低な評価を下してきたフローリックに絶対に反発してやろうと、テンブラーはフローリックに一つの性格を勝手に定着させ、それで終わるかと思えば、今度は円形テーブルを挟んでやや正面部分にいたアビスに突然話題を振った。

「え? あ? あい? い、いや、別に……まあ見えなくも、あ、いや、全然見えない、と思うよ俺は」

 いきなり質問をされたのだから、アビスは準備もまるでしていなかったその答を無理矢理作るかのように頑張ってみるが、一瞬テンブラーを敵に回しそうになっていたのはきっと気のせいであると信じたい。



「ってアビスぅお前今ちょい『見えなくも無い』とか遠回しに俺ん事ロリコン野郎とか言おうとしたろぉ〜?」

 しかし、テンブラーはアビスのそのうっすらと見せた――アビス本人はそんな気が無かったのかもしれないが――本音をしっかりと捉え、またテンブラーは大人としての品質を疑われるような伸ばし言葉を使ってアビスを追い詰める。

「え、あ、いやそんな事無いって! 俺ちゃんとテンブラーん事は信じてっから! それにロリコンとか言うんだったらスキッドだって怪しくないか?」

 テンブラーに敵視されると感じたアビスは首を横に何度か振りながら訴える。特にハンサムとも不細工とも言えないその丸みを帯びた紫の髪が左右に揺られるが、今度の標的はスキッドへと変わったらしい。因みにスキッドはアビスのすぐ隣に座っているのだ。



「いやアビスお前おれぐれぇの奴がロリコンってちょっとおかしくねえか!? ミレイとかクリスだって、あ、今回ネーデルもいんだよな、んでその三人だって点で言ったら大体80点かそんぐらい簡単に超えてる顔だけど、おれらはまだ純粋な少年なんだから別に女、まあ女の子だけど、手ぇ出したってロリコンなんて言われる必要まるでねぇかんなあ!」

 隣に座っている茶色のジャケットを着たスキッドはまるでここが一応店内である事も忘れてしまったかのように大きな声を張り上げてアビスに抗議をする。

 その言語の対称が大体は分かっているスキッドはその該当者達に無責任に近い点を与え、そして自分自身の年齢ではまだまだ愛情表現を表しても罪にはならないと主張する。

「スキッド、あんた何よその80点とかって……。そんな偉そうに言ってあんた評価下がるわよ?」

 ミレイはスキッドにいきなり出されたその点が気に入らなかったのもあるだろうが、それよりももう既に少女達がすぐ近くにいるこの場で平気な顔をして高らかに言いたい事を言っているスキッドを嫌そうに見ながら力無く口を動かす。



「まあいいだろう? お前褒められてんだぞ? そこんとこは女らしく喜べよ?」

 スキッドにとっては数字での評価であったとは言え、ミレイを馬鹿にしたつもりは無かったようだ。右の親指を立てながらミレイに無理矢理笑顔を作らせようとするが、駄目だったらしい。

「なんかもの・・みたいな扱いされて逆に不愉快なんだけど!?」

 点数で評価される事自体が気に入らなかったのだろう。ミレイは左手で頬杖を付きながらその青い瞳を多少尖らせながらスキッドへと対応する。



「スキッドぉお前ダぁメだろぉ? 女の子怒らしちゃあ」

 流石にテンブラーも少女に対してはややだらしない所があるように見えて、根はしっかりとしているのか、態度が軽く変わったミレイを見ながらスキッドを責める。

 とは言え、テンブラーのそのサングラスの表情には険しいものはまるで無かったのだが。

「いや違うって! おれキレさせるつもりなんて全然無かったんだぞ!?」

 本当にミレイを怒りに支配させてしまったのかと考えたスキッドはそれでも笑みを崩す事無く、その黒い帽子の下で自分の行いを見直し、他者を傷つけるつもりはまるで無かったと主張する。

 右側にいるミレイに向かって手を振りながら対応している辺り、彼には彼の意見があるのだろう。



「あのさあ、あんたはそう思ってっかもしれないけど、あんたの場合無意識の内に怒らせてる事多いのよ」

 スキッド本人が気付いていない事を教えるかのように、ミレイはその声の強さを落としながらだらだらした様子で説明を施す。出来れば異性に対してもそれ相応のやり取りを上手く出来るようになってほしいものである。

「ってかいつまでこんなアホみてぇな話してんだよ。これ飲み会で酔っ払ってたら喧嘩確定じゃねえかよ」

 ミレイの態度に妙な空気を感じたのか、フローリックは軽く眉の間にしわを寄せながら、今グラスの中に入っている液体がサイダーでは無くもっと別のものだとしたら、と想像し出す。



「なんでお前はそうやっていっつも物騒な事んだよ? まさに『顔は性格の鏡』ってやつだな!」

 すぐ左に座っているテンブラーは、そのフローリックのある意味で空気を濁すような発言に対する反撃として、その見るからに厳つい肩をやや乱暴に叩きつける。

 そしてテンブラー自身にしか分からないような奇妙な造語も飛ばす。

「ねえよ、んな意味分かんねえ言葉なんか」

 案の定、聞いた側がその言葉を理解してくれるはずも無く、フローリックは舌打ちをしながらテンブラーの造語をその態度で弾き飛ばす。恐らくテンブラーとしては、その表情の険しさがそのまま性格も同じものを表しているのだと言いたかったに違いない。



「所でジェイソン、お前さっきから黙ってるみてぇだけど、なんで入って来ねぇんだよ? まっさかミレイちゃん達の誰か狙ってるってかぁ?」

 フローリックから払い除けられてしまったテンブラーは今度は今まで口を動かしていないジェイソンが気になり、フローリックを挟んで左にいるそのジェイソンに向かってからかうようにけしかけてみる。

 しかし、どうしてここでミレイの名前が出されるのだろうか。やはり彼女が最も印象が強いからなのだろうか。

「あんまし下んねえから黙ってっだけだろ。ジェイソンはお前に比べたらずっと真面目だかんなあ」

 やはりここは長い付き合いであるフローリックのフォローがものを言うのかもしれない。内容は決して健全とも言い難いのかもしれないから、敢えて閲覧者側へと周っていたのかもしれない。

 だが、フォローと言う表現も大袈裟おおげさなのかもしれないが。



「バッドな話だが、オレはグレートなエイジの女しか興味ねぇんだ。ガールのようなチャイルドはごめんだぜ!」

 現在、『少女』に関する話題が展開されているようであるが、ジェイソンはもっと歳の近い女性が好みであるらしく、少女と言う枠に該当する異性には興味を示さないようである。ジェイソン自身の外見年齢も相当高いものがある為、疑う必要はきっと無いだろう。

「だってよ? お前はもうちょい精神年齢も大人んなれって」

 すぐ左にいるその褐色の皮膚と深紅の長髪を持った男を左の親指で差しながら、フローリックはテンブラーに向かって勝ち誇ったような顔で言い返した。



「あのぉ、テンブラーさん? さっきあたしらの事差してたみたいですけど、なんであたしの名前をストレートに出すんですか?」

 話題も話題であるが、ミレイは自分の緑色の髪を左手で軽く触りながら自分の名前を直接出してきた理由をテンブラーへと訊ねる。その表情はどこか難しいものがあり、一応テンブラーはアビスやスキッドと比べれば充分に大人であると言うのに、言動がどうもしっくりと来ない事による影響だろう。

 触られた髪の間から軽く十字架のピアスが映る。

「そりゃミレイ当たり前だろう、お前が女三人トリオん中で一番イケてんだと思われてるからだろ? まあクリスとネーデルもいいけどお前が一番印象つえぇんじゃねえの? なあアビス」

 質問に答えたのはテンブラーでは無く、スキッドだった。右側にいるミレイを凝視しながら人差し指すら差してより強調して見せる。更にはアビスまでも巻き込んで。



「いやあたしそこまでキャラ強くないと思うんだけど……」

 実際の所はどうなのかと、ミレイは自分のその性格が周りからどう思われているのか考え直しながらも、そこまで言われる所までは達していないのでは無いかと弱々しく対応する。

 その弱々しく聞こえる理由としては、考え込みながら発言しているから、発声に完全に力を注ぎ切れていないのだろう。

「そんなの本人が分かる訳ねえだろ? お前ハッキシ言ってどっちかっつうと……ってアビスお前はどうなんだよ? ちゃっかしシカトすんなよな?」

 しかし、結局は本人が自分の本当の姿を完全に知っているはずが無いと、スキッドの強い発言が飛んでくる。自分の濃い茶色の前髪を軽く弄りながら、まだ質問の答を出していないアビスに向き直る。



「え? 俺は……別にそう言のはあんま意識出来ねぇけど……でも俺的にはなんかミレイが一番安心出来るって感じ? なのかなぁ」

 アビスには異性に対する緊張感がまだ残っているからなのか、その喋り方には何かに邪魔されているかのような雰囲気を覚えさせてくれる。

 それでもアビスにとっては、現在の異性の仲間の中で最も同行している割合の高いミレイに信頼と安心を置いているようであるが、それは相手に意図しない形で伝わってしまうらしい。

「そっかぁアビスのこん中での理想のタイプはやっぱミレイちゃんって訳か?」

 テンブラーは単刀直入にアビスがミレイを指した事に対してなるほど、とでも思ったのか、やはり好きな性格の女の子はミレイで決まりであるのかとアビスに向かってサングラスの裏で目を細める。

 オマケにその表情もかなりにやけているのがはっきりと分かる。



「あぁいやちぁうちぁうって!! ただ、えっと、なんつうか別に一緒でもそこまで変な感じになんないっつうか……」

 アビスにとってミレイは決して『彼女』では無く、『友達』として見ている為、そのように言われれば焦るのは確実なのだろう。両手を顔の前で振りながら焦って反発するが、この時点で気持ちがばれてしまっているように見えるのは気のせいだろうか。

「何だよお前変な感じって。お前まさかミレイの事でエロい事でも考えて――」
「スキッド……? アビスの事あんたと同類にしないでくれる?」

 スキッドはアビスをもっと責めてやろうと考えたのか、気持ち悪い程に笑みを浮かべながらスキッドはミレイの何を指しているのかは分からないが、確実に真面目な考えを抱いているとは考えられない。

 当然のようにミレイ本人に静止され、スキッドに対して軽い怒りのようなものをミレイは見せてくる。



「分ぁったよ別にお前のあれがどのこのとかって意味じゃねえよ! 例えだよ例え!」

 しかしスキッドはミレイのどの部分を狙っていたのだろうか。このままミレイを怒らせてしまうかと思ったスキッドは、何とか口を動かしてミレイを下品な存在として扱おうと考えていた訳では無いと落ち着かせる。

「スキッドお前ちょっと黙ってろよ……。でもミレイの場合ってさあ……えっとなんっつうかちょっと男っぽいっつうか……」

 いつもミレイの血圧を上げるような発言を飛ばすスキッドに対してアビスは自分の紫の髪の間に自分の右手を軽く差し込みながら、ミレイの姿が具体的にアビスにとってどう感じられるのか、説明しようと努力するが、



「あたしって男に見える――」
「違うと思うよ? アビス君は多分ミレイなら女の子なんだけど、でもちょっとボーイッシュな所もあるから妙にドキドキしたりとかしなくて済む、って言いたかったんだと思うんだけど、アビス君、合ってる?」

 アビスの言い方が極めて悪いせいで肝心のミレイには殆ど意味が伝わらず、その言い方の通り、ミレイは自分が男のように見られているのかと多少笑い声を洩らしながら青い瞳を細めるが、クリスの助けが横からやって来る。

 ミレイのそのショートで纏められた緑の髪型や、『パンツ』スタイル――決して『下着』の意では無く、一般人の中で意識されているあの細袴ズボンと考えて欲しい――と言った、男性の格好に近いものを選択する精神はまさにボーイッシュと言う言葉が似合う少女だろう。

「あ、そうそう! そゆ事! ミレイの場合無駄に色気とか可愛げとか無いからなんか、いいんだよな!」

 アビスの多少鈍い頭ではそのクリスの説明が思いつかなかったのだろうが、言われてからそれが自分の頭の奥の奥で練られていた意見として、それを武器にミレイへと対応する。

 クリスやネーデルは明らかにミレイよりもその艶のある髪は長いし、スカート着用の事もあって、後ろから見たって誰でもその二人は少女であると容易に捉えられるだろう。だが、その二人と比べて異性を強く緊張させるような可愛らしさが抑えられていると言う意味を込めているはずの最後の言葉は人によっては違和感を覚える事だろう。



「アビス……、あんたそれ褒めてるように見えるけどとがめてるようにも見えるわよ?」

 ミレイは呆れるように右肘がテーブルについた状態のその手を、乱暴にショートスタイルながらもなかなかボリュームのあるその緑色の髪に刺し込みながら、微妙に別の悪い意味も含んでしまっているアビスの台詞に言い返す。

 しかし、手が髪に刺さったと言うよりは、下げた頭をその下にあった右手に入いらせたと表現した方が正しかったかもしれない。

「いやいやミレイそんな事無いよ! アビス君はミレイにそんな事言わないから!」

 アビスは決して悪気があった訳では無いと伝えようとしたのだろう、クリスは呆れた顔を作っているミレイに対してそう言った。アビスの性格をしっかりと理解している証拠だろう。



「アビスってお前ホントフォローされまくりな男だよなぁ」

 どうして他者の助言が無ければ自分の言いたい事を伝えられないのかと、スキッドは口が上手いとは言えないアビスに向かって指を差した。

「けどそんなとこもまたアビスらしいと俺は思うぜ?」

 人に助けられてばかりのアビスとは言え、その情けない姿をいつも見せているアビスがまた彼らしいと、テンブラーは一言言いながらサイダーに手を出した。



「んじゃあ結論から言うとミレイはロリコン属性から外された、って言うか始めっから属してないって事でオッケーだな?」

 話の今の内容を考えるとずれているとも、話を戻したとも言えるそのスキッドの言葉は、最終的な決断を意外とあっさりと呼び出した。ミレイはそのような属性には入っていないと、きっとそれで良いのだ。

「なんでいきなりあたしがそんな風に言われなきゃなんないのよ? 結論出した理由よく分かんないんだけど?」

 だが、ミレイとしては今までのやり取りの中でどう考えて、練って、そこまで導いたのかよく分からなかったらしい。喉の渇きを癒す為にサイダーに手を出すが、スキッドに対する疑問は消えない。



「もういいや、理由なんかこの際どうでもいんだって。お前は安心しろ! とりあえずやらしくない顔って事で! でもロリコンロリコンっつんだったらどっちかっつったらクリスん事じゃね?」

 ここに来て理由を考え、説明するのが面倒になってしまったのか、スキッドはとても相応しい答とは思えないような最終的決定で決め付けてしまう。

 しかし、本当にその属性を求めるならば、ミレイよりももっと別の人物がいたのである。

「えっ? 私!? なんで?」

 突然話の標的にされ、クリスは今まで自分がそのような目で見られていたのかと困惑し始める。



「ってお前なんでその話に食い付いてんだよ!?」

 そろそろフローリックの担当も決まってしまっているかのような態度である。スキッドの妙な表情に対し、フローリックは嫌そうな顔でそう言った。

「もうこの際とことんはっちゃけていんじゃねえの? 折角こうやって8人と1匹が集結してんだしよ!」

 しかし、同じ大人であるテンブラーは考えが異なっていたようだ。話題がどうであれ、前日及び、今日の朝から昼にかけての悲しい式等の用事があった事を考えれば今はとても楽しい空気なのだ。テンブラーの言っている事は案外間違いでは無いかもしれない。



「もうこりゃあイッツオールオアナッスィングってやつだなぁ……」

 一番左に座っているジェイソンはそのテンブラーのまるで自分の内心を全開にしたかのような発言を聞きながら、恐らくは意味を把握する事が難しいような例の独自の言葉を放った。

 この意味は『ヤケクソ』と言う複雑なものが込められているが、きっと周囲は意識していないだろう。

「ってかお前それただのアホだろう? 女どもまるまる損じゃねえかよ」

 いくらこの空気が楽しいものに変わってきているのかもしれない状況であるとは言え、テンブラーの考えはただノリに乗って他者を犠牲にしているような行為だとフローリックは考える。

 それでもこの会話の中でとある一つの役割を背負っているように見えるのが何とも面白い所だ。



「アホじゃねえよ。たまにはこうやってバカやんのも楽しいもんだろ? なあスキッド?」

 テンブラーはある意味でその会話の空気に相応しい笑顔を浮かべたままで険しい顔をしているフローリックに再び左手を払い除けるように振った。そしてもう一人しっかりと楽しんでいるであろう少年へ顔を向けながらそう聞いた。

「え、あ、まあ……そうだな!」

 どうしてここでいきなり戸惑う必要があったのかは分からないが、スキッドは最終的にはっきりとした声で肯定した。



「ああそうだったわね。元々スキッドのせいでクリスも被害者になってんのよね……」

 ミレイの中で、テンブラーに対しても何らかの違和感を持っている可能性は極めて高いが、現在のこの話題の原因はスキッドのどうでもいいような発言である。何故かミレイの中で力が抜けるような感覚を覚える。

「う、うん……まあ……」

 それでも今周辺の空気は凄く楽しいもの(勿論、それは一部の男性チームの話ではあるが)を感じさせてくれている為、それを今更になってぶち壊すのか、それとも敢えてこのまま楽しんでいてもらおうか、クリスは悩んだような微妙な返事をする。

 反射的に手が動いたのか、ボリュームの小さめなツインテールを携えているその明るい茶色の髪に左手を軽く当てた。



「クリスちゃんよぉ、そこまで落ち込むなって。ロリ顔だって全然悪くねぇぞ? 男から人気出りゃあそりゃあクリスちゃんの株が上がるってもんだろう?」

 多少疲れたような表情をその愛くるしい顔に混ぜたクリスを確認したテンブラーは、事実上まともに顔を合わせたのがこのカフェである事も気にしていないかのように平然と言いたい事を口にする。

 しかし、彼は自分の年齢も考えてみた方が良いだろう。

「お前が言ったらただの変態にしか見えねぇだろ」

 テンブラーなりにフォローを意識していたのかもしれないが、フローリック、即ち第三者がその台詞を聞いていれば妙な部分に性欲があるとしか思えないようだ。

 まるで本物のその犯罪者を扱うかのように、もう何度目かは分からないがその橙色の細い目を更に細めながらテンブラーを睨みつける。



「確かに大人が女の子狙うなんてヤベぇかもな〜」

 まるでフローリックに便乗するかのように、スキッドは自分の少年と言う枠に収まった年齢を誇りながらそんな事を口に出す。彼も同じく言えるような立場では無いように見えるのだが。

「スキッド、お前が言う事じゃねえと思うんだけど?」

 アビスの考えはやや鋭く、人を責めていても自分を見直さなければまた攻撃をされる可能性があるぞ、とでも言っているようなメッセージである。アビスも結構苦笑とは言え、笑っている事には変わりの無い表情を浮かべているのがまた滑稽こっけいだ。



「ってかあの、テンブラーさん? 一応大人なんですからもうちょっと考えてもらえますか?」

 この街で再会する前は、ミレイはテンブラーに対してはそこまで違和感を覚えていなかったのかもしれない。

 だが、今の話の現状を見るとどこかテンブラーの精神的な年齢が外見に反して異常に低く見えているような部分があり、それが怖くなってそんな事を言ったのかもしれない。

「まあまあミレイちゃんよぉそんな顔すんなって。それに俺これでも3人娘いんだから他の少女なんかに手ぇ出したら一家から嫌われちまうんだぜ?」

 自分に対してマイナス方向の感情を飛ばしてきていると察知したテンブラーはまるで停止を呼びかけるように右手を突き出しながら、実は自分には家庭が存在すると、自分の根の強さをアピールする。



「この前も思ってたんだけどよぉ、お前のそれすっげぇ嘘せんだけど」

 全部が全部そうであるとも言い切れないが、フローリックは子供がいるとは思えないようなテンブラーの言動に信用を持てないでいるようだ。この嘘を盾にして今のような言動を取っているとも疑えてしまうのだ。

「いや、あの、フローリックさん。それは間違い無い……です。あたしが始めてアーカサスの外で、まあ大分だいぶ前の話なんですけど、その時にちゃんとしっかりあたし聞いてましたので、そこは嘘じゃないですよ」

 そろそろテンブラーも危険な時に近づいているのか、それでもミレイは相手が確実な(外見上では)大人である以上は妙な軽蔑をしてはいけないと考え、テンブラーの肩を多少持つように言動には注意する。

 昔、テンブラーから聞いた話をここで改めて思い出したのだ。



「ナイスだぜミレイちゃん。ホンっトお前ってすぐ人疑ったりするよなぁ。こいつの将来が心配だぜ」

 テンブラーは自分の人格に今危険な予兆が走っている事に気付いていないのか、それともきっと自分は大丈夫であると安心してしまっているのか、そのミレイの言葉に対して右肘をテーブルに付けたままで親指を立てる。

 それでもやはり自分のプロフィールを疑ってくるフローリックが妙に気に入らないのか、彼の未来にまるでケチをつけるかのように言い捨てる。

「お前に言われたくねえよ。それにお前ミレイからもちょっとドン引きされてんの分かんねえか?」

 それでもフローリックは平常心を保っていた。そして、ストレートにミレイからどう思われているのかをミレイの代わりに、と言わんばかりに口に出した。



「んな訳ねえべよぉ!? 俺はいつもナイスガイでクールガイでタフガイでその他色々ガイなんだぜ? ただウケる話してんだけだろう? それでドン引きだなんてお前も盛り上げ方知らねえ寂しいマンだったりすんだろう?」

 やっとテンブラーは気付いたのかもしれないが、それでも本気で信じようとはしなかったようだ。

 今は馬鹿ををやっているのかもしれないが、いざ狩猟となればその彼の言う通り、たくましいものさえ感じさせてくれる事だろう。どうやら真剣になる時とふざける時を本人なりに区別しているらしい。だが、やはり今の話し方には確実に違和感を覚えるだろう。

「何お前ちょいジェイソンみてぇな喋り方してんだよ。慣れてねえくせに使ってんじゃねえよ」

 特殊な人種しか使わないような特徴を混ぜて喋りだすテンブラーに再びフローリックはケチとももっと別の意味の何かとも言えるものを飛ばし、何故か無駄に笑いが零れてしまう。



「けどなクリスちゃんよぉ、ブスって言われるよりゃあずっとマシだと思わねえか?」

 現在、『ロリ』と言うあまり少女本人には使ってはいけないような言葉の標的になっているのはクリスである。テンブラーは言われていた本人に直接の感想を問い質そうとする。

「え? んとまあマシと言われればマシだとは思いますけど……」

 クリスも素直には喜べない内容であるからか、その細く整った眉を小さく歪ませながら返答に困ってしまう。



「心配ねえじゃん。女の子なんてじっくり見たら皆おんなじように見えるぞ? ロリだの可愛いだの言ってる前になあ適当に髪整えといて後体型維持しときゃあ勝手に可愛い属性になってくれんだって」

 スキッドは元々少女と言うたぐいが好きであるからか、半ば反射的に可愛く見えてしまうと主張する。属性がどうであれ、その少女達本人が自分の身体の手入れさえ怠らなければ大抵は良く見えてくれるのだろう。

 しかし、少年だからこそ許される表現も多少目立っている。

「お前マジ良かったなあお前。お前ガキじゃなかったらテンブラーよりドン引きされてたんだろうよぉ」

 しかし、フローリックの言う通り、これが大人による発言だった場合、スキッドの信用問題にまで発展していたかもしれない。しかし、スキッドはまだ十代半ばの少年であるのだ。



「あんたそれ微妙に差別入ってるわよ?」

 ミレイも黙っている訳にはいかなかったのか、赤いジャケットを左手だけで軽く引っ張りながら、もしやり場の無い女性もいたらどうなっていたのか、僅かに残された笑みをとりあえず浮かべながらダラダラと言った。

「それに可愛い属性って……」

 クリスもスキッドがどこまで堂々としているのかと、苦笑を浮かべながらその属性の持つ威力について何故か考えてしまう。



「でもさあ、周りからなんか見られた時に女の子達の顔、あ、ってかちゃんと、えっと……」

 少女が自動的に可愛いものだと思われる、と言うその話にアビスも乗ろうかと考え、自分も何か話を持ち出そうとするが、その詰まった様子を見る限り、確実に相手には伝わっていないだろう。

「アビスお前何言いてぇんだよ? ちゃんと言いてぇ事も言えねえと詰まんねえ男だって思われんぞ?」

 スキッドは意味の伝わらない声を発しているアビスの肩を乱暴に叩き、笑いながらその口下手な性格を馬鹿にする。



「おお! アビスぅお前またなんか度胸発言でもすっ気かぁ!?」

 それでもテンブラーは一体アビスが何を考えているのか気になってしまい、わざわざ両腕の腕全体がテーブルに付くように下ろし、そしてやや前のめりになるようにテーブルの中央へ近づいた。

「なんでそこで盛り上がんだよ……」

 再び下らなくて、馬鹿らしくて、命の危険も無い平和過ぎる話が始まるのかと、フローリックは左の肘を乱暴にテーブルへと下ろした。



「いや、えっとそうじゃなくってさあ、なんかどっかで聞いたんだけど美人は出来る人に見られるって、なんかそう言うのがあるって聞いた事あったんだよ」

 さっきはいきなり言いたい事を短く纏めて言おうとしたせいでアビスはつまづいてしまったのだろう。

 だが、今回は落ち着いて口を動かしていた為、本当に自分が言いたかった事を相手に理解してもらえたようだ。だが、お世辞にもその説明の仕方は上手いとは言えない。

「ああ俺知ってるぜ。所謂視覚効果みてぇなやつだろ? とりあえず可愛い奴は何やっても上手く出来るように見えるし、失敗したとしても空気でなんか大体は見逃してもらえるみてぇなあれだな?」

 テンブラーもその話は多少受け入れているのだろうか、容姿が整っている者であれば多少ミスを犯してもすぐにそれを正す事が出来るものであると周囲が認識しているとまるでアビスに付け加えるかのように口を動かした。

 だが、それは本当にそうだと言えるのか多少疑わしいものでもあるが。



「何だよそれ、随分都合いいような話じゃねえかよ」

 本当に今のような話があるのかと、フローリックは大して好きでもないであろうサイダーに手を伸ばす。

「事実だぜ多分。それに分かった事もあるし、アビスはとりあえずロリコン寄りじゃなくて美人寄りって訳だぜ!」

 無責任な肯定態度を取るテンブラーであるが、話の流れから感じ取ったのか、アビスを指差しながらここで得られた情報を相当テンションの高い様子で明かした。



「じゃああたしは美人寄りって事ですか……?」

 ミレイの事で今のような多少妙な話が展開されていた為、だとすれば自分の属性は既に決定されているのかと、テンブラーにそのような質問をして見せる。どこか気まずそうな表情が少し可哀想である。

「いや……別に俺そんな事で言った訳じゃないんだけど」

 アビスにとっては今ここにいる3人の少女の中ではミレイが一番安心して一緒にいられる少女であるとは言え、どんな印象であるのかそこまで求めるつもりは無かったらしい。



「お前自分で言ったんだろ? 美人は出来るように決まってるって。お前さっきからミレイ指してたんだろ?」

 スキッドは今のような話が展開された原因を決して見逃さず、アビスに対してからかうように接する。

「なんでそこにミレイの事が出てんだよ?」

 アビスとしてはあまりミレイにこだわられると精神的に気まずいものがあるのだろうか、そろそろその少女一人に限定した返答を止めてほしいと思い始める。



「所でスキッド、お前はどうせロリコン寄りなんだろ? 見るからそんな顔してんかんな〜」

 アビスに軽い攻撃を仕掛けるスキッドにばちが当たったのか、テンブラーからのある意味で攻撃とも言えるような疑いを渡される。しかしその顔だけでそのように決め付けられるのも少し悲しいだろう。

「けど普通そう言う事って断言出来なくね? はっきり『うんそうだよ』って言ったらなんか終わりそうおれ……」

 今まで好き放題ベラベラと喋っていたスキッドだが、一体何を思ったのか、突然羞恥心しゅうちしんに目覚め、そのテンブラーからの質問を答える行為に対して戸惑い始める。



「スキッドあんた……、今頃気付いたの?」

 ミレイからしてみればもうスキッドは自分の心の内側をほぼ完全に暴露しているものとして間違いの無い様子ではあったが、もうここで控えても遅いのでは無いのかと思ってしまう。

 その気付く事の遅さに笑いそうになるも、気持ちが疲れているのか、実際に笑い声をあげる事は無かった。

「こいつももう堕ちたなこれ……」

 この内容の話にハイテンションで喋り続けていたスキッドのそのいきなり戸惑う姿を見て、フローリックはこれから先の事を一瞬思い浮かべ、不安になり出す。気付くのが遅過ぎだろう、スキッドは。



「じゃあ結局スキッドもそう言う趣味があったって訳だな!」

 フローリックとは対照的に、テンブラーは明るい態度でスキッドの本心を掴み取り、そしてあっさりと口に出してしまう。

「スキッド、バレバレになってるし……」

 アビスもこの話題の中ででは多少妙な目で見られている対象なのかもしれないが、スキッドの考えが周囲にほぼ完全に漏れてしまっているのがとてもおかしかったのだろう。

 腹の奥で笑いの感情を零しながら隣にいるスキッドを横目で見た。



「あ、あのぉ……こんな話いつまで続けるんですか? なんかバカらしい感じもすんですけど……」

 この話に本気でのめり込んでいる者であれば時間の経過等まるで気にならないのかもしれないが、あまりのめり込んでいない者ならば、意外と苦痛になるものである。

 ミレイはまだこのやり取りが継続されてしまうのかと、気まずそうに会話の横から入り込み、テンブラーに訊ねる。

「うぅ〜ん、まだ続くかもな!」

 テンブラーはまだ終わる見込みが無いと勝手に判断し、きっぱりとそう言い張った。



「断言しないで下さいよ……」

 どこからそのような自信が沸いてくるのか疑問に思うかのような表情を浮かべながら、ミレイは相変わらずなテンブラーの態度に軽く溜息をいた。

「んでもってだ、さっきからネーデルちゃんまるで口開いてくんねえけど、なんか喋ろよなぁ?」

 ふと気付いたのか、少女のグループの中でまるで口を開いてくれない青い髪の少女が気になり、テンブラーはその少女と視線を合わせる。名前は今まで何度か出ていたのに、肝心の本人は全く口を動かしていなかったのだ。



「え? えっと……私は……」

 突然呼びかけられ、ネーデルはどう反応すれば良いのかと、軽くその赤い瞳をきょろきょろとさせた。

「こんな話題初っ端からされたら入りれぇだろうが」

 ネーデルは実質的にこのメンバーに初めて加わっていると言うのに、その最初からこんな奇妙過ぎる話が展開されていては思うように加わるのは難しい事であるとフローリックはネーデルの肩を持ち始める。

 ネーデルだってまだまだ少女なのだから、この話題は難しいものがあったのかもしれない。



「そっかよぉ? 俺別にそんな事思わんけどなぁ? 俺が女だったらバリバリ参加すっけどなぁ!?」

 テンブラーなんかに異性の気持ちを考えさせるのが間違いだったのだろう。テンブラーは結局男としての精神のままで女であった時の事を説明し出すが、周りから見れば馬鹿らしいものが映るだろう。

「そん前にお前みてぇな女まずいねぇし」

 フローリックは実に正しい意見を出してくれた事だ。テンブラーのようなノリの極めて軽い女性はきっと探すのは難しいはずだ。ちょっと怒った様子のフローリックであるが、あくまでもこの会話に加わっている為、結構損な立場である。



「まぁたそうやって差別みてぇな事ほざいちゃう〜」

 テンブラーは威圧的な対応があまり好きでは無いのか、まるで特定の性格を持った女性を払い除けるようなフローリックの態度に異議を唱えるが、それにしては態度が非常に妙である。

「差別じゃねえし別に」

 あくまでも自分の意見であると、フローリックは特に変わった態度も見せず、至って普通に対応する。



「まぁまぁまぁまぁけどよけどよネーデル、おれらのメンバーって結構こんな雰囲気なんだぜ? 多分他んとこだったらゴツい奴とか多すぎてヤベぇけどここじゃあこんなのも結構ありだから楽だろ?」

 スキッドもすぐ右に座っているネーデルにこのメンバーの良さをを知ってもらう為に、自分達の印象を受け入れてもらおうとあれこれと喋りかける。元々彼らはハンターを生業なりわいとしているのだから、それに伴って性格が荒い人間が多いと言う先入観もあるが、今のこのやり取りを見ていればその荒さを感じるのはきっと無理かもしれない。

「でも別に他が全部が全部そんな怖い奴ばっかって訳でもねえと思うけどなぁ?」

 スキッドはハンターが全て気性の荒い性格であると言っているように感じたアビスは、そこに軽く訂正でも加えるかのように、人差し指を回しながら自分の意見を述べた。



「あ、はい……。でも、ここなら安心出来るかもしれないです」

 ネーデルから見れば、このメンバーは前日の戦いを見事に潜り抜けた精鋭とも言えるが、戦い以外の場面ではこのように笑いすらもある意味で分け与えてくれるやり取りをする姿には安心を覚えさせてくれる事だろう。

「ああネーデル、一応言っとくけどこんな話が毎回ある訳じゃないからね? 普段はもっと別の真面目な話だってあるし、まあ後は健全っつうかそんな話、ってのもあるから、とりあえずは安心してもいい、のかな?」

 しかし、このままでは初めてこのメンバーに入ってきたネーデルにこのメンバーの奇妙な所ばかりが伝わってしまう事だろう。

 ネーデルの右に座っているミレイはあくまでも今回のやり取りはほんの一例に過ぎないと、誤解を招かないようにミレイは施した。



「『かな?』じゃねえよ、いんだって。お前結構微妙な表現使うよな」

 スキッドはミレイの曖昧性の高いその言い方に違和感を覚えたのだろうか。今までミレイとは共にしてきた訳であるが、その中で思っていた事をここで出したのだ。

「悪かったわね、ちょっと迷っただけよ」

 ミレイもある程度は自覚していたのか、多少怒った様子でスキッドへと言い返した。



「うん、でもネーデルもこれからも仲良くやろ!」

 それでも同い年(に近い姿)のネーデルとは仲良くやりたいと言う一心が強いクリスは同姓でありながらも思わず惚れてしまうような笑顔を浮かべながらネーデルへと呼びかけた。

「あ、はい!」

 まだこのメンバーには慣れていない為か、それとも元々そんな性格であるからか、ネーデルは見るからに同い年に近い姿をしたクリスであっても敬語で頷いた。その落ち着いた笑顔はクリスとはまた別の意味で魅力的だ。



「ナイスなアンサーだなぁ。これならもう連中の事でスケアーする必要も無くなってきたな?」

 ジェイソンはこの話題にはあまり入り込んでいなかったが、ネーデルの姿を見るなり、前日のあの敵対していた組織に対する恐怖心が抜け切っているように見えた為にそんな事を口に出したのだ。

「とりあえずこの際言っとくとだ、まともなのはこいつと、そこの女二人ってとこだな」

 そのジェイソンの言葉をすぐ隣で聞いていたフローリックは、この際だから今の内に言っておこうかと思ったのか、このメンバーの中でしっかりしている人間を紹介する為に、ジェイソンと少女二人を順に指差した。

 因みに、自分を指差す事はしなかった。



「おいおい、なんで俺がそん中入ってねぇのさぁ?」

 やはり横で聞いていたテンブラーはどうして自分がその真面目なグループに所属していなかったのかと異議を唱えるが、現状を見ていた者ならばそれは確実にふざけていると見えてしまうだろう。

「ってか俺もまともじゃないって事、かよ? スキッドはまあ当たり前だと思うけど」

 アビスもその中に入っていなかった事に驚いたのか、テンブラーに比べると恐る恐ると言った態度でフローリックに訊ね始める。



「ってなんでおれが当たり前なんだよ!? おれちょっと盛り上がってただけだろ!?」

 スキッドはただ明るく振舞っていたつもりだったのかもしれないが、アビスに言われたのが気に入らなかったのか、その緑色の眼を大きく開きながら何としてもと言わんばかりに異議するが、その強さはテンブラーやアビスを凌いでいるだろう。

「もうバッカみてぇだこいつら……」

 これから先もこのメンバーで進み続けるのかと考えると、フローリックのゴツゴツとした右手が半ば勝手に顔面を覆い尽くしてしまう。



「あ、そうだ! ちょっと俺も聞きたい事あんだけどさあ、ちょっといいかなぁ!?」

 アビスは何か大切な事でも思い出したのか、他の者達もきっと何か喋りだそうとしていたのだろうがそれに割り込むかのように強引に声を張り飛ばした。

「んん? どうしたんだよアビス。いきなし張り切り出して」

 テンブラーはいつでもどうぞと言わんばかりにテーブルの下で足を組みながらその質問を待ち構える。



「あんま下んねえ事聞くんじゃねえぞ?」

 フローリックは期待はあまりしていないのか、それでもアビスならばそこまで問題発言はしてこないだろうとある意味で安心している。

「お前そう言う事言うなって。こう言う時ってかなり重大な事言うって相場が決まってっからなあ」

 それでもテンブラーは期待したいと思い、アビスの意欲を崩すようなフローリックの態度に対してまるで攻撃するかのように肩を乱暴に叩き付け、そして再びアビスへと向き直った。



――そして、とうとうそれが発表されたが……――



「えっとさあ……ロリコンって、何なの? さっきから思ってたんだけど……」







――周りは一気に固まってしまった事だろう……――



ただ、こんなやり取りが行われている中で、あのベージュの猫人、エルシオはテーブルに背中を向けながら、
片手だけで持てる黒い妙な機械を耳元に当て、何かを話しているように見えたが、一体何をしているのだろうか。



















――■■太陽の沈んだとある村……■■――



一つだけ言える事があります。それは、分かりますか?
あまりにも単純な話ではありますが、ここがアーカサスの街では無いと言う事です。

その古ぼけた雰囲気を見ると、この規模は村として呼んでも差し支えは無いと思います。
しかし、そこに住む人々は毎日を必死に生きているのです。
それを忘れてはいけません。

夜だからか、人々の姿も映らず、非常に静かな空気を漂わせてくれています。
きっと昼間に頑張った人間がゆっくりと身体を休ませているのかもしれないのです。
それはそれはとても微笑ましい光景ですよね?

あれ?

あれ?

よく見ると、決して豪華では無い木造の家の壁が壊されているではありませんか?
それだけではありません。何やら赤い液体のようなものも付着しているのは気のせいでしょうか?
どうしてここで壊された光景を見なければいけないのでしょうか?

あれ?

あれ?

何か、聞こえます……






―タタタタッ……

この暗い空間に響くのは、とある誰かの足音であるが、一人だけの音では無い。
もう一人の足音も響いているが、そのタイミングはバラバラである。



よく見ればその音を響かせている者の正体は男女であり、女の方が少し身長が高かった。
無残にも何者かの力で破壊された石のへいに隠れ、二人は腰を落とした。

「お姉ちゃん……怖い……怖い……よぉ……」

咄嗟に逃げ出してきたのか、シャツ一枚だけのあまりにも粗末な格好をした少年が、
姉らしき女性の胸に顔を押し当てながら泣きじゃくる。

「シキ……大丈夫……大丈夫だから……絶対」

大事な弟の頭を片手で引き寄せ、もう一つの手で小さい身体を引き寄せながら勇気付けているが、
この姉本人もまた、酷く脅えている様子だ。

しかし、安心しても良いだろう。

姉が今確保している視界の前方、そして左右にはまるで二人を怖がらせる何かの存在は無い。
折角ここまで逃げてきたのだから、逃げてきた何かの姿がここに無くとも何ら不思議では無い。
だが、二人の両親はどこにいるのだろうか?
まだこの村のどこかにいるのだろうか?

弟はまだ泣いている。しかし、既に太陽は沈んでいるのだから、その様子を鮮明に捉えるのは難しい。
姉の仕事は、弟を護る事、そしてこの村から逃げ切る事、だろう。



あれ?

あれ?



現在姉が確保している視界、本当に安全だと言えているのだろうか?
確かに姉の前方は大丈夫であるし、右だって、左だって、大丈夫だ。
ここで後方は大丈夫なのか? と心配されそうであるが、その方向は今弟の顔の向きと同じなのだ。
書き忘れていた、と思われるかもしれないが、そこまで弟だって馬鹿では無いだろう。



だが、弟の現状をよく考えてみよう……

弟は、現在顔を埋めているのだ。

そんな状態で、姉の背後を確認出来るのだろうか……













                
時は既に遅し……













背後を確認出来るはずが無い。これが結論である。
姉は泣いている弟に気が集中されており、自分の後ろを気にする余地は無い。

そうである……



後ろには既にいるのだ……



装束を纏った謎の二人が……

しかし、顔は分からない、見えない……

二人とも白い装束であるが、片方はやや黒も混じっている……

誰かの血液で滲んでいたりもする……




「怖い……よぉ……お姉ちゃん……」
「大丈夫だから……。後でお父さんとお母さんにも会おうね……」

後ろには気付いていないのか、まだ弟は泣いているし、姉はなだめている最中だ。
まだ家族は離散していないようだが、それよりも、もっと意識する部分があっただろう。



黒を交えていない方の装束の腕が持ち上がる……

その腕をよく見れば、一筋の刀が握られているが……

いい加減、早く気付けよこの姉弟……







きっと空間は誰にも聞こえぬ声で謳っているに違いない。

  付近に血の雨を降らせれば究極の悦楽へと変わり果てると……

    もう、村は死んでいる。人も、死んでいる、そして、何もかも……

  それより、最も肝心な事……

姉弟を狙っているのは、何を意識して?






簡単過ぎる……

簡単過ぎる……

簡単過ぎる……

簡単過ぎる……

簡単過ぎる……






簡単過ぎる……

簡単過ぎる……

簡単過ぎる……

簡単過ぎる……

簡単過ぎる……







簡単過ぎる……

簡単過ぎる……

簡単過ぎる……

簡単過ぎる……

簡単過ぎる……






































                          
シ……


                                               
ネ……

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