外見としては首元には四角い銀色のプレートに薔薇のエンブレムが描かれたペンダントをしており、やや無機質な濃い緑色のタンクトップと言った非常に涼しそうで尚且つ柄の悪い雰囲気を漂わせている。そして、アビス以上に濃い紫色をした男性にしては非常に長い部類に入るであろう、肩まで伸びた長髪がその柄の悪さを更に引き立てている。

 やや怖みのある声からは想像も出来ないような、まるで迷子の子供に声をかける女の人のような、見かけだけ優しい声を2人に投げつける。

 だが、そんな見かけだけの甘い声に2人が素直に反応するはずも無く、その異様な男相手に物凄い嫌な顔で対応する。

「何だよ……こいつ……」

 スキッドは突然喋りかけてきた男を見て思わず引いている事を表すような言葉を漏らす。

「こいつ呼ばわりはいかんでしょうよ〜。折角お兄ちゃんが心配してあげてるってんのにさ〜」

 確実に年下であろう、スキッドにまるで汚い物でも見るかのような目をされたのにも関わらず、男はスキッドの言葉に特に怒りらしい感情を見せる事もせず、再び優しい言葉を投げかける。



「いや……別にさぁ……心配とか……しなくても……いんだけど……」

 アビスは下手に歯向かうと男を逆上させる危険があると思ったのか、出来るだけ刺激しないように小さい声で、そして結局は引く事を表すような態度を僅かながら見せる。

「遠慮なんていらないんだよ〜、2人とも。お兄ちゃんが悪い人に絡まれないように守ってあげるんだからさ〜」

 男の言う通り、一応ボロな村の酒場とは言え、周囲を見渡せば何やら悪そうな雰囲気を漂わす男も何人か足らず存在している。勿論至って普通な一般客も無論、酒場で会話を楽しんでいるが、やはり悪そうな雰囲気を漂わせている少し荒れた男どもは少年達のような肉体的に弱い者を狙わないとも言い切れない。

 一見すれば男の言い分はそれらしいかもしれないが、だが、男の柄、そしてその柄に非対称な喋り方を見ればとてもこの男に付いて行こうとは思えない。



「いや……いいですよ……。俺ら、一応ハンターなんで……自分の身の回りの……事は……出来ますんで……。いいですよ……」

 アビスは何とか男が去ってくれるよう、気弱ながら小さい声で何とか追い払うように試みるが、殆ど効果は無い。

「いやいや、だから言ってるじゃ〜ん。遠慮なんていらないって〜。ほら、お兄ちゃんに付いてきて〜」

 男はアビスの願いを聞き入れず、再びいつもの甘い声を発しながら自分の方へ来るようにと、一瞬去るような動作、体を横に向けると同時に右手を男側へと軽く振る。しかし、アビスとスキッドはそれに動じる事は無く、そしてスキッドはしつこい男に対してややキレ気味な態度を表そうとする。



「やめてくんないか? ハッキリ言うけど、しつこいぞ。人がやだってんだから、さっさと行ってくんないか? こっちもゆっくり話したいってんのにさあ」

 相手が一応見た目だけは年上だからか、或いは逆上を恐れてか、スキッドもやや改まった喋り方ではあるが、聞いた側としては明らかに怒っていると捉えても間違いとは言えないようなその態度の声で男に歯向かう。

「え〜、しつこい〜? そんなぁ〜、そんな言い方無いっしょ〜」

 威圧的に攻められた男であるが、相変わらずの甘い声で言い返してくる。



「おい……スキッド、やめろって……。変に逆らったら……」
「いいんだよ、お前はちょい黙ってろって。ここはおれに任せろって」

 アビスの止めの言葉を無視し、スキッドは逆にアビスに何も言わないようにと、掌をアビスの顔の前で止めながら言った。

「あぁ?」

 一瞬男の表情が変化したように見えたが、スキッドはお構い無しに男を追い払おうと、歯向かおうとする。



「あのなぁ、こいつも言ってるけどよぉ……」

 スキッドは一度アビスに指を差してそのまま話を続ける。

「悪い人から守ってやるって……お前だって充分悪(わる)って雰囲気丸出しじゃねえかよ! お前なんか信用出来っかよ!! いきなりなんか来やがってよぉ!! まるで誘拐でもしようかって感じじゃねぇかよ!!」

「おい……スキッド! そこまで言ったら……」
「いんだって! 言われっぱだったら気分わりぃだろ!!」

 遂に怒鳴られ、数秒間だけ言われるがままに黙っていた男だが、アビスが止めに入っても再びそれを払いのけるスキッドを見るなり、男は遂に……



「てめぇ!! 何だとコラ!!」

 外見通りの本性を表し、テーブルに右腕の拳を叩きつけ、物凄い剣幕でスキッドに怒鳴りつける。

「ちょ……待てって! いきなし逆ギレなんてやめろよなぁ! 勝手にそっちが突っかかってきたんじゃねぇかよ!」

 スキッドは一瞬恐怖に駈られたが、それでも男の迫力に負けんと、勝手に喋りかけてきて嫌な雰囲気を作ってきたその男に向かって怒り返す。



「てめぇ折角この俺がてめぇら守ってやろうって気遣ってやったってんのによぉ!! 何なんだてめぇはよぉ!!」

 男が酒場全体に響くような声で怒鳴った為に内部で会話や飲酒等を楽しんでいた人達もそれに驚き、騒ぎの発生した場所、即ち、アビスとスキッドのテーブルにその視線を向ける。

「知らねぇよ!! 勝手に来といてもう意味分かんねぇっつうの!!」

 折角2人でこれからの事を話し合っていたと言うのにいきなり外部から見た事も無い変な男が現れ、そしてしつこく迫り、挙句の果てには突然怒鳴り出し、どうしてわざわざこんな所で怒鳴られる必要があるのか、スキッドには分からない。アビスも恐らくはスキッドと同意見に違いない。



「ああそうかいそうかい! 一応ここはなぁ、てめぇらみてぇなガキどもがいたら危ねぇんだぜ。この後多分悪〜い奴らにこっ酷くやられちまうかもしんねぇな〜!! はははは!!!」

 男はスキッドの言い分に一瞬納得したかのような素振りを見せると、今度は脅迫染みた事を言い捨て、そして勝手に一人で大声で笑い出した。

「何だよ、こいつ……。ホントに……。さっさとどっか行ってくんねぇかなぁ?」

 スキッドは柄の悪そうな男に怒鳴られたのにも関わらず、全く怖がった様子を見せず、逆に肘を付いて顎を手の甲に付きながら大きな溜め息をつく。

 一方でアビスはその後男が恐らく暴力的な行為をしてくるのかもしれないと思い、その恐怖から殆ど何も言えずにそのまま黙っている。



「おい、デビット、なんかあったのか? そんなにキレちゃってよぉ」

 デビットと呼ばれた今怒鳴ったばかりの男の隣にもう1人、デビットと同じく柄の悪い男がやってくる。

 デビットは長髪にやや細身の体をしているのに対し、もう1人のこのやってきた男はやや太った外見が特徴的だ。太っているとは言っても決して単なる肥満では無く、筋肉と合わさったような肉体である。そして、口の周りには円を描くような頭髪と同じ灰色の髭が生えている。

「セシル〜、聞いてくれよぉ。こいつらったらよぉ、折角オレが悪人から守ってあげるって言ったのによぉ、なんかオレキレられちゃってさぁ、もう酷いんだよぉ」

 相方のセシルに対し、怒りのテンションを無くし、仲間と話すに相応しい態度に戻して怒鳴るまでの事情を説明する。



「そうかそうか、それは可哀そうだなぁ。なぁ、お前ら、折角人が救いの手差し伸べてるって時にあんな態度は無いんじゃないのか?」

 セシルと呼ばれた男は太った外見に似合うような、喉に引っかかるような聞き苦しい声でアビスとスキッドに迫る。最も、今回の騒ぎを起こしたのはスキッドなのだからアビスはある意味部外者なのかもしれないが。

「態度も何も勝手にそいつがやってきたんだっつってんだろう! それにお前1人じゃあなんも出来ねぇのか!? 仲間なんて呼びやがって、この臆病もんが!!」

 太った方の男、セシルの方が外見的にも声色的にもデビットよりも威圧感があり、もし暴力に頼って襲ってきた場合も確実にデビットより腕力は上であるのは確かである。だが、そんな相手にも恐れる事無くスキッドはデビットの時と同じように勇敢、そして無謀に歯向かい続ける。



「臆病もんかぁ? そう見えるか?」

 セシルは少しだけ笑った顔を作りながらスキッドに対して怒った表情を作る事も無く平然と尋ねる。

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