「ああ見えるぜ。メ〜ッチャクチャな」

 スキッドは男達の威圧感に負けんと、相手を見下すように無駄に言葉を伸ばして相手がいかに臆病者かを強調する。

 すると黙っていたデビットが再びその憎たらしい口を開き、セシルに話しかける。

「なぁ、セシル。こいつらちょっと生意気じゃね? 多分親の躾なってねぇんじゃねぇのか?」

 デビットはセシルの太く、そしてがっちりとした右肩に左腕を乗っけて寄り掛かり、にやけながらアビスとスキッドに右手の人差し指を向ける。



「こいつら……って。俺も? ちょっ……待ってよ……。俺は何も言ってない……じゃん……」

 突然矢先を向けられたアビスはどうすればいいかと、あたふたとし始める。無理も無い事である。元々この言い合いはスキッドと柄の悪い男2人で行われていたものである。一応アビスもある程度の言及はしていたものの、それはあくまでもスキッドに言われてしょうがなく言ったものに過ぎず、アビス本人が進んで言った事では無い。

「あぁ? なんだって? こいつ。いきなり逃げんのかよ? こいつと一緒にいたんだから止めるぐらい出来ただろ? おい?」

 蚊帳かやの外として振舞おうとしているアビスに対してデビットがその悪い柄に相応しい態度で脅したてる。

 セシルの肩から腕を下ろし、今度は右手をテーブルについてアビスに迫る。



「いや……逃げるって……訳じゃ……うわぁ!」

 突然アビスはデビットに胸倉を掴まれ、そして無理矢理立たされ、恐ろしさに思わずハンターとは思えないような情けない声をあげる。

「っつうかテメェメッチャムカつくんだけど。オレは何も知らんみてぇな顔してよぉ。こんな状況で逃げるって考える事事態おかしいんじゃね?」

 デビットは胸倉を掴んだまま、互いの顔が触れるかどうかと言う距離までデビットは顔を近づけ、鋭い視線でアビスを脅す。



「ムカつくのはテメェだろ!! アビスに手ぇ出すんじゃねぇよ!!」

 それを見ていたスキッドはアビスを守ろうと、スキッドも立ち上がり、セシル等完全に無視してデビットに怒鳴りながら、殴りかかろうとする。

 だが、実際に殴りつけると言う行為は、あっさりとセシルによって打ち砕かれる。

「おい、何やってんだ?」

 振り被った右腕をセシルによって簡単に掴まれ、折角の一撃を与えようとしたその拳が全く動かなくなる。セシルはやや冷めた声でスキッドに尋ねる。



「つっ!! この!! 放せよこんにゃろう!!」

 スキッドは何とか右腕を開放してそして友人を助けようと、その腕を捩じるなり力を入れて上下に動かすなりするが、セシルの肥大化した腕の怪力には敵わず、そして、事態は最悪な方向へと走る。

「誰に命令してんだこのガキ!!!」

「ぐぁ!!」

「きゃあ!!」

 セシルは怒鳴ってくるスキッドの顔の側面目がけて空いている左腕の拳を飛ばし、その威力によってスキッドはさっき彼が座っていた椅子と、肘をついていたテーブルを弾き飛ばしながら吹っ飛び、そして背中から木造の床へと倒れこむ。

 テーブルに乗っていた2人の飲みかけのジュースの入ったグラスがテーブルから落下し、やや悲痛な叫びとも言える割れる音を一瞬だけ響かせる。

 その痛ましい様子を横から見ていた客の女性がその様子を見て思わず悲鳴をあげる。まるで自分が殴られたかのように。

 酒場の店員やその他の客達も、自分達も巻き込まれないよう、ただその様子を見ているだけである。もし止めに入ったら巻き添えを喰らうかもしれないと言うその恐怖が全身に走っている。



「スキッド!! ……おい、ちょっ……もうやめてくれよ……」

 友人が殴られ、まさか今度は自分も殴られるのでは無いだろうかと言う恐怖感に襲われ、胸倉を捕まれたまま、アビスは何とか離してもらおうと、デビットに懇請した。震えた声で。

「何言ってんだお前? 元々言やぁお前が黙ってばっかだからこいつがお前の為に頑張ってくれ……あぁ? 何だ?」

 アビスに対して目を大きく見開いてその威圧感でアビスを脅し立てながら話していると突然、一瞬ではあるが、地面が揺れるのを感じたデビットである。明らかに人間の仕業では無いのがその振動の規模で察知すると、デビットはその異様な空気から思わずアビスの胸倉を離し、酒場の出口の方へと目をやる。



「地震じゃねぇのか?」

 セシルも吹っ飛んだスキッドの事を一瞬忘れてデビットと同じ方向へと目をやる。

「地震……って、あっ、それより、スキッド!!」

 アビスもその地震に対して違和感を覚えるが、アビスにはそれより前にやる事があった。それは、地震の正体を探る事よりも、自分の為に庇ってくれたスキッドの元へと行く事だ。

 殴られた右の頬を右手で押さえながら上体のみを起こしているスキッドにアビスが近寄る。



「大丈夫か? 今凄い感じで殴られてたけど……」

「心配ねぇよ……こんぐらいでへたばってちゃあ話になんねぇぜ……」

 口の端から血を流し、物凄く痛そうな顔をして未だ押さえ続けているが、心配して近寄ってきたアビスに対しては、まるで今の一撃が殆ど無に等しかったかのように強気に振舞う。



「所でアビス、今なんか地震とか言ってなかったか、あいつ」

 スキッドは上体を起こしたまま状態でその体を支えていた左手を地面から離し、そしてセシルの方へと左手の人差指を指して言った。

「あぁ、なんか確かに言ってたけど……」
「おい! やばいぞ! 村に飛竜だ! なんか赤い奴が3頭も来てるんだよ! 早くお前達も逃げろ!」

 突然酒場の外から中年の男が現れ、酒場の人間全員にそれを伝えるや、男は即座にその場から酒場の外へと走り去ってしまう。

 そして男の勧告と同時に酒場からは再び悲鳴や騒動が響き渡る。



「飛竜だって? このままじゃあオレらもやべぇんじゃね?」

 デビットはセシルにやや笑った顔を作りながら、言った。

「そうだよなぁ、よぉし、俺らもちょっくらその飛竜とかの連中に制裁でも加えに言ってやろうじゃんか」

 セシルはそれだけを言い残すと相方のデビットと共にアビスとスキッドをそのまま放置し、元々自分達が座っていた場所に置いていた武器、防具、両者ともハンマーであるが、それを即席で纏い、そして、得物を持ち上げようとする。



「っておい! ちょっ待てよ!」

 その場からいなくなるセシルを見てスキッドは立ち上がり、セシルを怒鳴りながら呼び止めようとするも、セシルは振り向いて一瞬鼻で笑った後、再び前を向きなおす。恐らくスキッドはセシルに向かって仕返しの一撃を食らわしたかったのだろう。



「おい待てスキッド。今そんな事してる場合じゃないだろ?」

「けどよぉ……」

「今はその飛竜追っ払うのが先だろ? 今はハンターの俺らじゃないとこの村更に凄い事になっちまうだろ? まずはそっちからだ」

「ちぇっ……わぁったよ……」

 アビスの説得にしょうがなく乗ると、2人とも酒場を出て、そしてアビスはリヤカーを置いている酒場の裏へ、そしてスキッドは宿屋へとそれぞれ足を運ぶ。そして、それぞれの場所で防具を即座に纏い、そして得物を持ち上げると、飛竜達の暴れている戦場へと赴く。

 2人が飛竜を眼中に入れた時には、もう既にこの村に偶然滞在、或いは元々この村の住人であるハンター達が、激闘を繰り広げていた。そのハンター達の背後では、悲鳴を上げながら逃げ惑う戦う術を持たない住民の姿が映されている。



「うわぁ……あれって、火竜じゃないか……?」

 皮製の防具を纏ったアビスは隣にいる蒼鎌蟹そうれんかいの防具を纏ったスキッドの隣でその赤い色をした飛竜を見てそれがあの空の王だと思い、怖い感情を表したような声でスキッドに聞く。

 スキッドの纏っている武具は、蒼い鎧ではあるが、所々が尖った印象を与える作りとなっており、まるで刃を鎧にしたような、そんな形をしている。

「いや、違ぇよあれ。ちょっと似てるけど色薄いからあれ多分桜竜おうりゅうじゃね?だ。多分ピンク色の火竜ってとこだな」

 スキッドは火竜にしてはどこか雰囲気の違うその姿を見て、それは確実に火竜では無い事を察知する。火竜に似ている何かだとすれば、それは体の構造的に極めて近似した飛竜、桜竜だと言う事に気付く。



「ホントにかりゅ……じゃ……あ……じゃ……じゃなくて桜竜なんだな? まいいや、兎に角早く俺らも行かないとまずいんじゃないか?」

 目の前に強大な力を持った飛竜を、見て少し焦っているのか、アビスは何度かつまづきながらそれが桜竜だと言う事を確認する。

「だな、兎に角さっさとあの連中ぶっ潰してその後あの野郎ぶん殴り返して……」

 スキッドは愛用のボウガン、グレネードボウガンを背中から降ろしながらいざ戦わんと、手始めに予め装填しておいた通常弾を雌火竜に向かって発射させようとした時だった。背後から恐ろしい威圧感、そして殺意が走ってきたのは。

 スキッドは無言で後ろを向くと、そこにいたのは、さっきまで別のハンターと激闘を繰り広げていた桜竜とは別の桜竜。さっきの酒場に走ってきた男の言った通り、今回の飛竜は1頭では無く、3頭だ。今背後に降り立った飛竜はこれで2頭目と言う事になる。



「ってなんだこりゃあ!! まだいんのかよ!!」

 背後に現れた淡い赤色をした飛竜を見て思わず声を荒げてしまうスキッド。

「いや、さっき3頭来たってあの人言ってたんだけど……でもこの状態なんかまずいぞ! 構えろよ!!」

 一瞬アビスは呑気にあの酒場にやってきた男の言っていた事を思い出すが、今目の前にいるのは人命を軽々しく無へと変える飛竜。その殺戮に満ちた空間が生み出す空気にその呑気と言う精神が一瞬で潰し消され、戦場に相応しいその焦りの精神が無理矢理引っ張り出される。



「分かってるっつうの、ったくよぉ……って早速酷い挨拶だな、おい!!」

 ハンターに対する挨拶として、桜竜は大きく息を吸い込み、そして全てを灰へと変える灼熱の火球をアビスとスキッドを纏めて焼き払おうと、2人の中心に向かって放たれる。

 2人は持ち前のハンターとしての知識から、アビスは右へ、スキッドは左へとその体を投げ、直撃を免れる。

 地面に激突した火球は、轟音と共に地面に軽い穴を空け、そして焼き跡を残す。

 その挨拶を回避した2人は、目の前の桜竜に向かって勇猛果敢に立ち向かう。他のハンターは恐らく別の桜竜と戦っているであろう、今この雌火竜と戦っているのはアビスとスキッドだけだ。

 ガンナーであるスキッドはいかなる理由があっても決して雌火竜の正面に立たぬよう、立ち回り、そして雌火竜にその銃弾を打ち込んでいく。



 アビスは自身に噛み付こうとしてくる桜竜のその恐ろしい口を上手く避け、そして足元に潜り込み、脚部を斬りつける。雌火竜は足元の邪魔者を排除しようと、尻尾を振り回したり、噛み付こうとしたりするが、排除に至る事は無い。

 スキッドの射撃の腕も決してバカでは無い。ましてや、標的に纏わりついているアビスを誤射するようなヘマは決してしない。もし誤射すれば対飛竜用に作られた銃弾、ボウガンならば、アビスは簡単に即死、或いは重傷を負った所に雌火竜の攻撃が待っている。重傷と言う重荷がその攻撃から逃げられないようにしてしまうのが更に恐ろしい。

 そして桜竜は遠距離からしつこく狙ってくるスキッドに体当たりを仕掛けようと、その脚でスキッドに向かって走り出す。その様子を素早く察知したアビスは素早くその軌道から外れる。



 一方、狙われた方のスキッドも、その異様な空気を即座に読み取り、軌道から素早く外れる。勢い余った桜竜は情けなく体勢を崩し、地面に転び込むが、すぐに立ち上がる。

「お前、なかなか腕上がったんじゃね?」

 スキッドはアビスにそれだけを言うとアビスも笑いながら言い返してくる。

「ここんとこ最近色々あったからな。俺だってずっと昔のままじゃないんだからな」

 2人でその上達した技術を認め合っていると、立ち上がった桜竜は再び火炎弾を吐き出そうと、大きく息を吸い込む。



「またあいつ変な球吐き出す気だぞ」

 アビスはその攻撃体勢を見てスキッドに伝える。

「ああ、見りゃあ分かるぜ」

 桜竜が完全に見切られているであろう、地獄の火球を吐き出そうとしたその時だ。突然雌火竜の背中に何か木造の何かが落下し、桜竜と接触したのと同時に大爆発が起こり、その衝撃で桜竜は火球を吐き出す前にそのまま地面へと崩れる。だが、背中がしぼんだり膨らんだりしている所からしてまだ絶命には至っていないらしい。そのしぼんで膨らんでの動作は呼吸をしている証拠だ。



「うわっ! っておい! なんだよ、今の、なんか上からすげぇもん降ってきたぞ!」

 スキッドはその突然の贈り物に幸運と喫驚を覚える。一体誰が落としたのだろうか、一撃で雌火竜をダウンさせた恐怖の贈り物の正体にただ驚くばかりである。

「あぁ、見た見た! まさか、天罰?」

 空から降って来たとすればきっと天からの罰だろうと、アビスは言う。だが、その正体はその後、すぐに知る事となる。民家の上の方から低音で落ち着いた声質の声が聞こえたのだった。



「驚いたか? 今のは俺からのプレゼントだ」

 それだけを言ってきた声の正体を見るべく、アビスとスキッドは声の出た所、即ち、上を見上げると、そこには一人の男が立っていた。

 紫色の何か威圧的な風貌を兼ね備えた鳥のようなデザインの施されたヘルムのせいで良くは見えないが、僅かにはみ出た銀髪、そして、赤い瞳をしている。そして胴体もヘルムと同じ紫色のカラー、そして何枚もの甲殻を重ね合わせたような刺々しい威圧的なデザインをしている。そして、背中に背負っている武器は、緑色の刃を備えた大剣である。

 その姿を見てアビスは一瞬フローリックと同じぐらいの年齢を感じたが、大きく違う点としては、フローリックの場合はやる気の無さそうな橙色の死んだ魚のような目をしていたのに対し、今屋根の上に立っている男は飛竜をも怯ませるような鋭く、そして凛々しい目をしている。

「あ、あの人か、爆発する変なの落としたのは……」

 アビスは初対面で尚且つ、その男の鋭い目を見て、何を言えばいいのか分からず、とりあえず爆発物を落とした人間がその威圧的な装備をした男だと言う事を知り、それを口に出すだけだった。

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